Xのアルゴリズムの変化
皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道、黒瀬直美です。この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は397回、アルゴリズムの海で、私はどんな言葉を泳がせる、読まれる構造と綴りたい流れのあいだで、というタイトルでお届けしたいと思います。
最近、SNSのXのアルゴリズムが変わった、というタイムラインが流れてきました。
ちょっと前からそういう言葉を目にしてきたわけなんですけれども、実際、Xの投稿をずっと読んでいってたら、本当に自分にとっては雑音の情報がたくさん流れてきて、
いかにも読ませるための、いかにも踏ませるための文言がずらっと並んできて、これ本当に人間が綴ったんだろうかと。
宣伝文句、アテンションエクモノミー満載の文言がずらっと並んでいるタイムラインに若干うんざりして、
国語の先生とか教育現場の先生とかをフォローして、その人たちの意見に刺激を受けたいなと思っているんだけど、
そういう人たちの言葉が埋もれてしまうという状態がずっと続いてた。特にここ半年続いてたかなと思うんですね。
そんな中でXのアルゴリズムが変わって、量から質に変わったっていうような、コンパクトに言うとそういった話が舞い込んできまして、
本当に変わるのかなってちょっと疑ってたんですけど、ここ1週間ぐらいで、やっぱり変わったなっていうふうに実感しました。
国語の先生、教育現場の先生のタイムラインがスーッと表に出てくるようになって、意見交換がやりやすくなりました。
本当にスキッとしましたね。今までは本当に見たくないような文章がすぐにタイムラインに上がってきて、
読みたい文章埋もれまくってて、私も多分埋もれてたんじゃないかなって思うんだけども、これでやっと書く気になったというか綴る気になりましたね。
これは私のあくまでも感覚的なものなんで、実際どうなのかっていうのはよくはわからないんだけれども、
結局のところブログを立ち上げた時にもちょっと勉強したんですけれど、やっぱり書いた記事の評価っていうものはGoogleのアルゴリズムに大きく左右して検索の上位に行くっていう仕組みになっているそうなんです。
だから自分の書いた文章は評価されないといけない。コンピューターのアルゴリズムに評価されないといけない。評価されると上位にランキングされて読まれやすいっていうそういうところに位置づけられると。
こういう仕組みになっているのでブログの文章っていうのも内容だけじゃなくて形がすごく大事。タイトルとかそれから前置きとかそれから引き込むための文章とかそれから読まれやすい構造とか、
そういったアルゴリズムというものを理解しながら文章を綴っていって検索上位に引っかかるということが自分の書きたい内容や自分の綴りたい順番よりも上位に来るものだったんですね。
ブログを書くことの難しさ
これちょっと自分としては納得いかないなって思うところもあったんだけれども、やっぱりブログを書く以上は読まれた方がいいのでそのアルゴリズムとやらに沿わせて文法であるとかそういったところで構造化して書いていきました。
確かに読みやすくてすっきりはするんだけれども、まあ形外化というかパターン化というか、どこを切っても金太郎じゃないですけど金質化した構成になってしまうなっていうような疑問点もあったわけですね。
ということで、こういったアルゴリズムに合わせようとすると読まれやすい形っていうことを優先していくので、それに合わせて文章が変わっていく。
だから自分が書きたい順番、自分が選びたい言葉、その日の気持ち、思考の引っかかり、それからあえて言わないところとか、そういった雑談なものを抱えながらゆっくりと綴りたい文章がほとんどアルゴリズムによって侵食されるわけですね。
結論を先に言え、過剰書きで整理しろ。誤解がないように文章を整えて、余分な寄り道はカットして、というように、どんどんどんどんアルゴリズムの評価に引っかかるように、分かりやすく明快に簡潔に、というようになっていけばいくほど自分が綴りたい言葉が軽く扱われ、どんどんどんどん下位に下がっていく。
出来上がった文章を読むと、私ってこんな風に洗練されすぎる文章を書く人だっけって思ったり、文章ってこんなに整ってないとダメなのかなっていう風に、そういう不安感が出てくるっていう状態になっていったなっていう風にブログを作るときに思いましたね。
これでちょっと考えてみたんだけど、読まれるとか読まれないとか評価されるとか評価されないとか、そういったことって見えないアルゴリズムっていうものに支配されているっていうことは、私たちの言葉の使い手として一つ大きく考えていかなければならない問題だと思うんですよね。
これからはSNS時代でネット社会で自分たちも誰でも自由に表現できる時代になった。
だからこそ、読まれる文章っていうのはアルゴリズムに従って書いていくってことは多分避けられないと思うんだけれども、この仕組みに飲み込まれないために、この仕組みを見極め利用し、時には批判的になり、時には最終的には自分の言葉は自分で守るっていうそういうスタンスがすごく大事なんだと思ったんですね。
でもこれってSNSだけの話じゃなくて授業でも同じだなっていうふうにふと思い当たりまして、生徒はもっと自由に書きたいけど、例えばルーブリックがあるからシンプルに評価しやすいように書こうとか、自分のもっともやもやしたよくわからない気持ちは納得できない気持ち、そういったものを自由に綴りたいんだけれどもルーブリックに従って書くとか。
評価されそうな構造に寄せてしまうとか。
学校の中にもアルゴリズムあるなーって思います。
思い当たった。
それがひいては例の忖度振り返り文章っていうふうになっていくんだろうなっていうふうな思いがしました。
だから先生が悪いとか、生徒が悪いとか、アルゴリズムが悪いとか、そういった単純な話じゃなくて、やっぱりネット社会になって、それからかなり評価社会になって、評価されるっていうことについてと、それから自分の自由な言葉の使い手としての位置と、そういったことを図りながら、この時はこうだ。
この時は批判的に、この時は自分の言葉を守るっていうように自由が増えた分、それから評価社会になった分、表現するっていうことをもう1回立ち止まって考えていく必要があるのではないかなと、今回Xのアルゴリズムを変更っていうことをきっかけにして強く感じました。
自由な表現を守る
ということで、アルゴリズムに合わせすぎて言葉が痩せ細っていかないために、自分の言葉を守りながら、自分の言葉を手放さない書き手、話し手でありたいなって思いました。
ということで、今日の配信もまあまあ自由にやってはみたんだけれども、多少雑味とか荒とかあった方が人間らしいなって思うんで、うまいことまとまらなかったかもしれませんけれども、やっぱり私も自分の言葉を守りながら、これからもポッドキャストの配信続けていきたいなって思っています。
それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
