授業改善の難しさ
皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道ス黒瀬直美です。この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は405回、授業改善が進みにくい学校現場の背景を考えてみた、授業の良さが評価に届きにくい学校の仕組みというタイトルでお届けしたいと思います。
今現在、私は生成AIの活用について自分なりのペースで取り組んでいるわけなんですけれども、やはり職場ではそんなに生成AIの活用が浸透しているとは言えないというのが率直な現状です。
このことについては他の学校の先生方も似たようなことをおっしゃっていて、やっぱり人によって温度差がある、取り組みに差があるという状況は多分どこでも同じことなんでしょう。
それはなぜなのかなということを考えているうちに、どうも授業改善するということについて対面しにくいというか取り組みにくい学校の文化があるのではないかと思い始めました。
授業が上手な先生というのは学校でも中心的に評価されてもいいはずなんですけれども、なかなか実際の学校では違うような気がします。
特に学校ではやっぱり公務文書というものがありまして、教務部といって時間割とかカリキュラムとかそういったことについて中心的に扱う部署、
それから生徒指導部、生徒の起立とか生活の安全を確保する部署、それから生徒会を取り組む部署とか、それからカウンセリングを取り組む教育相談の部署とかそういった部署がいろいろあります。
その運営を支える文書ごとにもちろん仕事が分かれ、そしてその文書には主任がいて、その主任というものになると公務運営会議という学校の運営を話し合う場所、
会議へのメンバーに選ばれて学校運営の発言権を持つことになるっていうそういう図式になっているわけです。
ここに例えば授業で工夫して研修を重ねていらっしゃる先生っていう先生が入るということはありません。
それから別の軸として部活動の評価も大きな軸になりやすい分野です。
部活動顧問の先生の指導によって上位の大会、例えば県大会とか地区大会とか全国大会でいい成績が出れば、その先生は部活動指導の面で大きな評価を得るというそういうシステムになっていて、
学校の名前が有名になるとかステータスが上がるとか、学校の特色づくりに大変寄与しているということで、部活動で成果を上げる先生っていうのもやっぱり発言権が大きくなりがちです。
特にご自身の専門分野であるがゆえに、やはり指導によって結果を残しやすい部分も多いにあるところですし、評価が見えやすい、例えば優勝したとか勝ったとか、難易になったとかっていう評価が見えやすいからこそさらにそういう傾向が強まるのだなと思います。
つまり学校運営の中心に関わる人たちっていうのは、授業が上手か下手かとか、授業に一生懸命取り組んで様々な研究活動をしているとか、そういったことではなくて、公務文書の主任とかあるいは部活動で成果を上げた先生の発言力とか、そういったことから学校運営が左右されがちなわけですよね。
じゃあここでちょっと授業が上手いってどういうことなのかっていうふうなことなんですけれども、やっぱり授業の上手さっていうのは、生徒の授業評価アンケートで最近はよく測られることありますよね。
でも授業評価アンケートって生徒って授業をきちんと見る目がないですから、どうしても人気のある先生とか、それから簡単で面白くて、ICTとか使って楽しく面白くやる先生とか、そういったどっちかっていうと授業の本質的なところを見取る力のない生徒に授業評価をさせるということになると、
またちょっと正当な評価とは違うと私は思っているので、やっぱりこの授業力というものを測るという、こういうことの難しさが存在していると思います。
だから授業に対する努力っていうのは非常に見えにくい努力で終わってしまうという、そういう現状にあるなっていうふうに、今考え直してみて思うようになりました。
学校の評価システム
だからどうしても現場では見える成果を出す人、例えば公務文章だったらちゃんと仕組みを作って、それから仕事を回して着実にミスなく漏れなくその文章の仕事を全うする。
そうするとやっぱり管理職も安心ですから、どうしてもその力量のある主任というものに評価の目が行きがちになります。
で、部活動顧問の先生は先ほどお話した通りで、見える成果っていうものに力が傾くと思うんですよね。
だから公務文章の仕事とか部活動の指導とかは成果が形として残りやすくて評価にも直結しやすい。
だけど逆に言うと授業研究というのは大切だとは分かっていても、時間も余裕もない中やるものだから、そして評価っていうのも形になったら得られるものないから、どうしても後回しになりがちです。
ちょっと言葉は悪くなるけれども、評価が現れない分適当にやってもわからないわけなんですよね。
だけれども一生懸命授業に対して努力されている先生方もたくさんいると、こういう状況なんですよ。
こういった努力が報わりにくいっていう構造が授業中心の学び、授業中心の研修っていうものを中心に置きづらくしているというふうに思うわけですね。
もし授業を学校の本当の中心に置きたいんだったら、授業の質が上がったことを評価につなげるような仕組みとか、授業研究の時間をしっかり保証する制度とか、
それから授業というものを軸にした学校運営への参加ルートとか、そういった仕組みを作り直すということが大切になってくると思います。
その流れとして最近では授業改善に取り組む新しい公務文書というのができるようになりました。
例えば教育企画部とか学びの変革部といった名前ですね。
そういった新しい文書が立ち上がる学校もここ5、6年増えてきました。
授業改善して生徒が生き生きと主体的に取り組める学校、時代に即した魅力ある授業づくりをしている学校というのは、評価されて生徒募集にもつながるアピールポイントにもなっていると思います。
その背景には少子化による生徒募集というものがとても必要になってきたこととか、学習指導要領改訂によって授業改善を行わなければならないという風潮、
そういったものが教育企画部とか学びの変革部とかそういった文書を作るという動きを後押ししているんだと思います。
新しい取り組みの展望
そういったおかげでだいぶ新しい部によって授業改善を進めていく、先進的な取り組みにチャレンジするというそういう風な流れが作られてきました。
一方、なかなか授業改善が進まずに、例えば研修会を開いても参加者が少ないとか、なかなかICT活用、生成AI活用が進まないとか、そういった声も大いにあるわけです。
授業は学校の核であって中心だと思うんですね。
その中心がこういった仕組みの中で後回しにされてしまう実態にあるというのは本当にもったいないなという風に思います。
もっともっと授業を大切にするシステム、そういったものに改革していかないとなかなか授業改善は進まないんじゃないかなと思って配信をしました。
つまりは最終的には働き方改革というものにつながっていくのかもしれません。
先生がもっと授業に取り組める時間を保証する、そして仕組みを作る、そういったことが今求められているんじゃないかなと思いました。
それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
