古典嫌いの実態
皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道ス黒瀬直美です。この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は349回、古典嫌いってホントなの?というタイトルでお届けしたいと思います。
古典が嫌い、古典が嫌い、古典の勉強が嫌だとかね、そういったことで古典が嫌いな生徒が多いんだっていうことが巷でよく言われていたり、
それからつい最近、3,4年くらい前か、高等学校に古典は本当に必要なのか論争というのがありまして、古典というものの存在意味が問われているような、そういう時代にありますね。
特に、やっぱりICTとかデジタルが進化するにつれて、本当に古典というのは実用的なのか、役に立つのかということがよく問われるようになったように思います。
そういったことで、今回私はこの古典嫌いっていうのは本当なのかという、そういう問いを立てて、自分の考えをつらつらと述べていきたいと思います。
まずデータ的なものを言うと、ちょっと調べても最近のがなかなかなかったんですけれども、ベネッセコーポレーションが2005年の1月から2月の間に、大学1年生から4年生に、高校時代を思い出しながら、好きな教科、嫌いな教科について調べたデータがあります。
その中で、現代文は6割の子が好き、4割が嫌いっていう、そういうデータなんですけれど、古典の場合は4割が好きなんだけど、6割が嫌いっていうね、そういうふうなデータがありました。
中学生のデータをチラッと見ると、大体好きが3割で、どちらかというと嫌い、あんまり好きじゃないっていうのが7割ぐらいになるという、そういうデータになっていたわけなんですけれども、やっぱり半数以上の人が古典が嫌いだというふうに答えているというような、ざっくり言ってそういう傾向にあるようですね。
で、やっぱり授業改善とか、それから国語の実践発表、そういうのに触れるにつけても古典が嫌いだからこういうふうに改善しようとかね、そういった論調になってたりするんだけども、私ね、今まで古典長年教えてるけど、古典が嫌いでしょうがないっていうね、そういう生徒、言わなかっただけなのかもしれないんだけども、
古典嫌いっていう声聞いたことがないんですよね。逆に古典が面白い面白い、楽しみでしょうがないって、そういったことを言う生徒ばっかり巡り会ってきたんで、私の中では古典が嫌いっていうのが遠い世界の話のように思えてるんですけど、皆さんいかがなんでしょうか。
私のやってる授業が少し特殊なのかもしれないんだけども、古典が嫌いになる理由っていうのをAI検索によってちょっと端的にまとめてもらったところ、だいたいこの文法がダメなんだっていうね、文語文法が機械的に教えちゃうっていうのでダメなんだっていうことと、それから実用性投資、これが何の役に立つのかっていうね。
実用性に投資っていう理由と、それから受動的な学習スタイル、講義式であったり、正解とか、それからスキルを教え込みによって教えられるっていう、そういうふうな受動的学習スタイルに原因があるとか、歴史的理解の難しさ、こういったことが古典嫌いに大きく影響しているんじゃないかという、そういう分析がされていました。
このことについて一つ一つ私が答えていきたいと思います。
まず、文法嫌いって言うんだけども、やっぱり文法、機械的に教えられたらそれは嫌いになりますよね。
意義や意味もなく教えられるわけですから、あんまおもろくないですよね、機械的に教えられるっていうのは。
でも文章の中でこういうふうに捉えたらグッと読みが深まって、そして世界が変わるんだ、面白いんだ、そういう体験を積み重ねることによって、ああ、だから勉強するんだと、そういう必然性が生徒の中に生まれると思います。
私、文法を体系的に教えるシーンはあるけれども、どっちかというと文章の中で古典を読み深める中で、こういう解釈によってこんなふうに読みが広がるんだ、深まるんだということを見せつつ教えているので、
情動詞とかを特に焦点化して教えてて、生徒はあんまり苦痛に思っているような、そういうところはあんまり見受けられないし、それから体系的に、どっちかというと機械的に文法を教えなくちゃならないシーンにおいては、
ゲームとか遊びの要素を取り入れながら、そういった単調な、機械的な学習の場を少し面白おかしく楽しい場に変えるような工夫をしています。
ということで、文法というのは文脈の中で教える、そして機械的に教えざるを得ないときにはゲーム性とかを取り入れる、面白い活動にしちゃう、こういうことで乗り越えていけるんじゃないかなって思います。
それから、実用性云々についての話なんですけども、古典って実用的だと私は思うんですけどね、今やっているけびしただあきらなんかも、ただあきらのうまくね、困難を乗り越えた理由を分析させることによって、
自分自身の実生活に役に立てるようなパフォーマンス課題を仕組むことによって、古典って役に立つんだというふうに思っちゃうし、逆に言うと役に立つんだからこそ生き残ってきたわけで、そういうエキスが詰まっているわけですね。
私たちの先祖がずっとこれは大事だと、とても有益だったと思うものが残ってきているのが古典なんで、古典役に立つんですよ。だからそれを上手に私たち教える側が、きちっとそういうふうな教材として落とし込めてないということなんじゃないでしょうか。
能動的な学習への転換
私たちの力量不足を言っていることにしかならないと私は思っています。それから3番目の受動的学習スタイルなんですけども、私質問ばっかりしてるんで、対話型学習スタイルですね。教え込むべきところは必要なんだけれども、それをどんどん問いにして生徒に答えさせることによって、生徒をアクティブにすることができると思うんですよ。
これも授業技術というものを添加していけば、教え込むスタイルじゃなくて、答えさせるスタイルに添加して、どんどんどんどん自分たちがアクティブになることができると思うんですけどね。
やっぱり私たちが古い時代に受けてきた古典の授業のスタイル、君子注釈主義というのをそのまま再現しようとしているからこんなことになっちゃうわけで、どんどんバージョンアップしていけば、古典本当に面白いと思うんだけどなぁ。
それから歴史的な拝見の理解が不足しているということなんだけど、最近動画とか漫画とかそういった視聴覚教材があふれているので、それを導入することによってどんどん乗り越えられるんじゃないかと思うんですね。
時間を短縮できて、しかも視覚的イメージが残って興味もつけられて、特に最近は声優さんがアニメで吹き込んでたりするんで、生徒はそれを聞きながらぐっと古典の世界を身近に感じることができるし、歴史的時代背景もちゃんと理解することができるし、
最近はそういう映像のメディアの力をどんどん導入すれば、絶対面白いものになるに違いないんですよ。ということで、この問題となる4点について私はこう思うんだということを語ってきました。
私本当に古典を嫌いな生徒っていうのを見たことがないし、文法が嫌だっていうのはあるのかもしれないけど、それを乗り越える面白さっていうのを授業でやってみせれば、授業で扱ってみせれば、本当に生き生きと生徒たちが学んでいくんじゃないかと思います。
ということで、私にとって古典嫌いっていうのは本当に遠い話で、むしろ古典の方が面白いんじゃないかと思ってしまっているわけですけど、皆さんいかがなんでしょうか。私が特殊なんでしょうか。よくわかんないけど。ということで、今日は私自身が本当に思っている古典嫌いって本当なの?というそういうテーマでお送りしました。
それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。