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2026-11-08 31:19

5/189 今更ですが「ゴジラ-1.0」の気になった点

おたよりを送る

前回、前々回と、「ゴジラ-0.0」の話をしましたが、改めてマイナスワンについても話しておこうと思います。今回も、批判になるので嫌な方は聞かないことをお勧めします。


調べたらやはり過去に話してました。

【ながらcast3/114 【ネタバレ】ゴジラ-1.0にモヤっとした話(辛口です)】2023/11/27配信

https://open.spotify.com/episode/2VoKScJ2qZBUz67cO73U9r?si=13KWSo_QRbmyg9JJa9AwbQ&utm_source=copy-link

感想

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00:10
はい、11月7日土曜日です。 ながらcastを始めます。
今日から立冬ということになりますね。 72号が何だったかな?
ちょっと今、パッと思い出せませんが、 また季節が一つ進んだ感じになっています。
土曜日なので、今日人が少ないですね。
今日は、非常に空が青く晴れていて、気持ちがいいですね。
本当にちょっと冬の日差しを感じますね。 冬の朝に近い感覚です。
空が綺麗に晴れていて、空気が少しだけ冷えている。
ただまあ、日差しがあってポカポカはしているので、 まだ冬って感じ。
本当、日差しですね、今日は。 そんな中、ながらcastを始めていきます。
スタートです。 この番組は自分大好きな62歳、私ササユキの声のブログ、
声の日記です。 通勤途中に歩きながら収録してますので、息がはぁはぁ上がったり、
周りの雑音、騒音、風切音などが入ったりしますが、 何卒ご容赦ください。
そんなところでですね、
ここ2回ほどゴジラ-0の話をしてきたんですが、 本当に不思議なんだけど、
-1の話をしてないみたいなんですよ。 ちゃんと
ゴジラで検索しても出てこないんだよね。 自分の番組の中で。
なので、
このついでに、 ゴジラ-1の話をしていこうと思います。
で、 これも劇場で
見たわけなんですけども、 やっぱりあの-0
に近い感想だったんですね。 マイナス0の方がより
強く感じたんですけど、 マイナス1の時も
感じたいろいろな違和感について、 何か語っていこうと思います。
03:00
まずここでね、一番俺が気になったのは、 主人公の四季島が
特攻から逃げ出した、 という設定なんですね。
で、あの、
冒頭、 オオトシマだっけ、
島に着陸する場面から始まるわけなんですけども、
詰まるところ、四季島は、 飛行機が故障したっていう嘘をついて、
そこから、 そこって、その特攻に向かう
隊列から離脱して、 そこの島に着陸したっていう
話なんですね。 この場面は全く描かれてない。離脱していく。
ただ、 飛行機が着陸して、
そこの、 整備士、整備兵たちがいっぱいいるわけですよね。
そこの、 班長みたいな
人と、いろいろ会話をしていくんだけど、 その後ですね、
あの、 あなたが言っていたような機械の飛行機の故障はなかった
って言うんですね。 つまり、
嘘だっていうことが、 嘘だったことがバレるわけですよ。
だから、 この時点で、四季島は、
特攻から逃げ出したっていうことが、 明らかになるんですね。
ただ、だからといって、その島で、 非難されるわけではなく、
むしろ、その隊長に、
ある種の理解を示される、 っていう流れがあったんですね。
これはわからない。本当にそれが、 リアリティがあるのかどうか。
現代的な感覚で言えば、それって、 共感できるじゃないですか。
死ぬことを強制されて、 飛んでいかなきゃいけない。
そこから逃げ出すっていうのは、ある意味、 わかるっていう感覚なんだけど、
あの時代に、 あの空気感の中で、
みんなが死を前提に突撃していく中で、
一人だけ離脱っていうことの、 その重さというか、
それを許していたら、 たぶん成り立たない世界だったわけだよね。
そのことに対してのリアクションが、 意外に薄かったっていうのが一つ、
06:01
最初に気になった話ですね。
実はその後、島に巨大化する前の ゴジラが上陸してくるんだよね。
そこの整備兵たちを襲うっていうシーンになって、
敷島に隊長が、
あれは何だろうね、 飛行機、ゼロ戦なのかな。
ゼロ戦の機関銃で、 攻撃しろ、やっつけてくれって言うんですね。
彼はそれで機体に乗り込んで、 いざ撃とうとするんだけど撃てない。
これが一番わからなくて、 なぜ撃てなかったのかっていう、
敷島の心情、 単純に怖かったっていうだけ、
だけって言うと失礼か、 怖かったっていうことなのかもしれないんだけど、
ちょっとそこがね、 多分そうとしか思えないんだけど、
怖くて撃てなかったんでしょうね。 多分それ以上ではなくて。
ただそのせいで、そこにいた兵士たち、 整備兵たちが、
全滅しちゃうんだよね。 ゴジラにやられて。
一人だけその隊長だけが残るっていう、 そこで事件があって、
その流れが一回終わるんだよね。
もちろんその隊長は敷島を攻める。
お前らは撃たなかったから こうなったんだっていうことで。
敷島もその隊長が集めてきた兵士たちの 死体がずらっと並んでいるところを見て、
引き上げる船の中で、 その隊長は敷島にあるものを手渡すんだよね。
それが一人一人の隊員たちが大事に持っていた 家族との記念写真などなんですよ。
それがまとまったもの、そういった包みを渡される。
だからお前が撃たなかったことで死んだ仲間たちには こういう家族がいたんだっていう、
お前はこれを背負って生きろみたいな メッセージだったんじゃないかなと思うんですね。
その後敷島は渡された写真を見たりするんだよね。
すごく自責の念、後悔に襲われるシーンが、
09:01
だから俺の戦争はまだ終わってないんだ みたいなことを言ってましたよね。
それの根源にあるのがこの島での惨劇。
それを自分が不思議に思うことができなかった というところにすごく行くんだけど、
この時に元特攻というのが装置としてしか 機能していないように思えたんだよね。
特攻であることをすごく簡単に 流しちゃってる気がしたんですよ。
むしろ俺に言わせればその時思った違和感ね。
一夜限りの大戸島だっけか、あの島での兵士たち、
もちろんその山上を見たから効率に残ってるんだろうけども、
むしろ特攻兵たち、自分が見捨てたっていうときついか、
の方が長い期間一緒にいたはずなんだよ、 訓練中も含めて。
ある種の仲間みたいな関係にあった連中、
そいつらの方が、これはまた俺が苦言を呈してる、
あの花の作家で君とまた出会いたいだけ。
あれなんか見るとわかるんですけども、
訓練中の彼らってある種家族のように付き合ってるわけで、
故郷がどこで、どんな家族がいて、妻がいて、みたいなことを
共有ある程度しながら、それなりの訓練期間を経て、
もちろんそこで編成外みたいなのがあるのかもしれないんだけども、
でもその中にはやっぱり知ってる連中もいて、
みたいな中で出撃したっていう風に思うと、
なんでそっちの同期生たち、特攻の同期たちが全く出てこないっていう演出が、
本当に俺は理解できなかったんですよ。
おかしくないかなと思って。
ってなった時に、結局のところこの主人公をゴジラの口に突っ込ませるための
役割を与える、敷島ですらある種装置というか、役割を果たすキャラクターとして配置されてる。
ただそれに特攻っていう設定は必要だったのかなっていうのは本当に疑問で、
12:03
こんな風に使うんだったら触れない方が良かったんじゃないかぐらいに思って、
すごい強烈な違和感っていうか、こんな風に使うんじゃないよって思ったんですね。
そっちの罪悪感は全くなくてっていう、この辺りがすごいバランスを欠いてる。
だったら本当に繰り返したね、特攻っていう設定はいらないってつくづく思った。
どれだけ彼らが調べて書いたのかわかんないけど、素人の俺ですら違和感を感じるんだから、
ちゃんと調べてやってるとも思えないんだよな。
これが一つ、軽く扱うぐらいだったらやめてほしいっていうのが俺の気持ちで、強烈な違和感ですね。
この後の話はマイナスワンからマイナスゼロになって、より強化された、より再生産されてる違和感なので、
またこの後話そうかなと思うんですが、ちょっと話がかぶっちゃいますけどね。
さて物語はこの後ですね、ノリコとの出会いとか、赤ちゃんであるアキコとの疑似的な家族の生活が描かれたり、
また銀座でゴジラに会って、アキコいなくなるみたいな物語は行くんですけども、
ゴジラに対する戦いとしては、ワダ積み作戦っていうのが提案されるわけですね。
一方四季島は嫌いを除去する仕事に就くみたいな流れもありましたね。
そこで船の特殊、なんとか艇みたいな感じの船に乗るわけじゃん。
連中と出会うみたいな流れが出てくるんですけども、
その野田とか船長の秋津、佐々木倉之介さんやる、あと若い水上だっけか、そんな人物たちと一緒にチームを組んでやっていくみたいな流れができたんだよね。
ただ実際にゴジラが上陸してくるみたいな話になって、そのワダ積み作戦ですよ、問題はね。
15:04
ここでも巧みに話が出てくるんだけど、要は民間人でやらなきゃいけないっていう流れが出てくるんですね。
これはGHQの支配下にあるっていうことが一つと、ソ連に対しての軍が動くとソ連が反応してくる恐れがあるみたいなことで、民間人主導でやる。
ここが今回の肝だし、今後のストーリー展開にめちゃくちゃ関わってくるところで、前回も言いましたけど、これこそが戦後の日本を舞台にした一番の理由だと思うんですね。
ただそのことを監督は言ってないんだよね。戦後ゼロになった日本、そこにゴジラが現れたらどうなるか。
ゴジラ分でマイナス1みたいな話をしてるんだけど、結局のところ、民間人がやる物語にしないとこの感動的な物語を作れないから、そこを選んだっていうのが実際のところなんじゃないかなっていうふうに、かなり頭の
いいやり方だなとは思ってるんですけどね。
そこには元軍人で、元海軍の偉い人とか、作戦を立案した野田とか、あとそこに参加を志願する、ある意味ボランティアみたいな勇士たちが、志のある者たちが集まってきて、みたいな流れですよね。
さっき言った秋津や水島なんかもいるっていう、四季島もそこに参加するっていう流れの中で、やっぱり命の危険性があるっていうことで、俺たちはごめんだっていう人も一定数いたし、そこを描いていましたよね。
それに対して野田がここで去っても構わないと、元海軍の人もそんなことを言ったりして、あくまでも自由意志でみんな戦うっていう流れを、割と自然に作ったんですね。
はい、そんなわけで今日は、昨日に引き続いて、あるいは一昨日に引き続いて、ゴジラマイナス1の方の、ちょっと私なりの気になる点っていうのを話しています。
18:01
ただね、あの当時、2年前なのかな、3年前なのかな、見た直後って本当に俺はね、もやもやしてたんですよ。
で、そのもやもやを結構妻にいろいろ話しながら解いていった。
あの時点で僕は僕なりに結構理解、というかこの課題、問題点をちゃんと認識していたんですけど、さすがに今ね、うまく話せてないなっていう感じがしています。
ただまあ、昨日ね、マイナスゼロで話をしたことがかなりマイナスワンとも通じているので、そちらの方がわかりやすいのかもしれないですね。
さて、続けます。
で、わたつみ作戦の話をする時に、なんかちょっと大きな部屋に集まって、で、作戦の説明をして、で、野田も別に帰ってもいいと、ここで引き止めはしない。
あくまでも自由意志で参加してくれっていうようなことを言うんですね。
で、ここで今思い出すと、結局この話し合いの後、帰ってく連中を描いてましたね、確かね。
で、逆にそこで立ち止まって残った人たちもいるっていうような感じになってたんで、
そこで参加しない意思表示をした人たちをきちんと描いてたっていう意味では、今回のマイナスゼロよりはマシだったと思います。
ただこの後ね、やんなくてもいいんだけど、やっちゃったのが、その若い彼ね、水上だっけ、水島だ、水島に対して秋津がさ、秋津と野田が歩きながら、
お前は参加しなくていい、未来があるんだから、みたいなことを言うっていうくだりがありましたよね。
当の水島は参加したくてしょうがないっていうか、もともと戦争に行けなかったっていうことを一人前になり損ねたみたいなふうに捉えている人なので、
和田積作戦にも参加はしたいんだけど、でも船長から止められるっていうところで非常に悔しがっているところは結構きちんと描いてますよね。
21:03
ここでは結局、水島の考えているメンタリティっていうのは本当に戦争中のものとそれと同じ部分があるんじゃないか。
戦争に行ってこそ一人前みたいな、これはたぶん帰ってきた福音兵たちの、もしかしたらセリフであり考え方、
俺たちは戦地に行って立派に戦ってきたんだと、お前らは言ってないんだから、まだまだ未熟だ、みたいなことを、要は下げる、自分を上げる、ディスるんじゃないけど、そういうメンタリティ。
だから見下げられた側は、もうどうしようもない、言ってないんだから、変えようもないんだから、でもそれをここで覆そうっていう、それは戦時中のメンタリティをそのまま体現してるんだよね。
そういうものをしっかり描くっていうのも逆に、いやいやそうじゃないよっていうところまでは描いてない、これうまく言えないんだけど、ただ結局水島は最後の最後で、やっぱり現場にやってきて、手伝って、働く。
人旗挙げるじゃないけども、みんなを助けるっていう、逆にヒーロー的なポジションが与えられるんだけど、その時集まってきた人たちっていうのはどうも作戦会議の時に背を向けた、要はこの作戦に参加しなかった連中
が、
ワンサがやってきて、ぜみんなで、だから逃げた連中も活躍したんだよっていう非常に予定調和的なというか、そういう感じにして、これがある種感動的な物語にはなってるんだけども、
結局のところ国家の強制じゃない、自由意志で、命の危険がないとは言わないんだよね。必ず死ぬわけではないぐらいのニュアンスじゃないですか。
そういう作戦に俺たちがやらなきゃ誰がやるみたいな使命感で突っ込んでいく人たち。彼らはかっこいい。しかも実際に犠牲者は出てないんだよね。
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マイナスワンの作戦の中では、船4隻出して、2隻はゴジラに熱線を吐かせるためのダミーとして自動操縦させて、残る2隻に関係者乗り込んでるっていう状態だったし、最後の引き上げの時もどっちかの船が壊される
っていうことはなかった。
っていう意味では、本当にうまくいったとも言えるんだけど、本当にこれって大丈夫だったの、この作戦って思うんだよね。
結局、演出的にもうまくいくかどうかわからない、ハラハラさせる展開にして、詰まるところ彼らは死ぬかもしれないっていうギリギリの綱渡りっていう流れじゃないですか。
そういうところに自由意志というところで突っ込んでいく人たちっていうこのメンタリティ、精神構造っていうのは、戦時中とどれほど違うのかっていうところなんだよね。
そういう使命感みたいなものとかを持って戦地に行った人たちもいっぱいいると思うし、もちろん国からの赤髪徴収令状で要は強制的に引っ張り出されたっていうところは違う。
けどそこでの使命感とか、お国を守るため、自分の大切な家族を守るために自分が犠牲になるんだっていう、そういう使命感で戦いに赴くっていう姿は、俺やっぱり戦時中と変わらないというふうに感じたんだよね、あの
時、マイナスワンを見たとき。
だから反戦じゃなくてむしろ抗戦的なんだよなと思ったんだよね、この人たちは。
結局のところそこで戦地に行かない選択をした人っていうのは丁寧には描かれない、あくまでも物語の外側の人になっちゃう。
だから物語の中に残った人たちはその戦う戦地へ行くメンタリティを持った人たちの物語であるということなんだよね。
彼らは最終的には作戦を成功させる、だからヒーローですよね。
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もちろんワタツミ作戦そのものは途中で崩壊してしまって、四季島の飛行機の特攻に最後は運命を委ねるしかない。
この映画のクライマックスも最終的にはそこに行きますよね。
つまり命を捨ててゴジラの口に突っ込んでいく四季島の姿っていうの。
そこで描かれているのって四季島のヒーロー性というか、やっぱり命を懸けていく男のかっこよさ、その犠牲的精神の美しさみたいなものがクライマックスに来ているっていうのがどうしても気になっちゃう。
もちろん脱出装置がついていて彼は生き延びるんだけど、一応見ている方にはそこの突っ込んでいく、もしかしたら死ぬんじゃないかっていう不安な気持ち、
ハラハラさせる展開っていうのを観客に味合わせているわけですよね。
っていうところが、匠というか批判をうまく免れるようには作ってあるんですよ。
ただ結局、そこで会議、今回でいうと和田積み作戦の説明する会議、帰る人が結構たくさんいたっていうのは救いなんだけど、
でも指名感とか、例えば船、同じ船に乗っている連中は結局みんな、水島は強制的に排除されるんだけども、残るというか、
それは仲間とか同士が戦うんだったら自分だけ逃げるわけにはいかない、みたいな圧力があったんじゃないかなって俺なんかは思っちゃうんだよね。
となると本当に戦時中と同じようなメンタリティだと思うんだよね。
だからマイナス1の時にもかなりその辺りを強く感じて怖いなっていうのが僕の感想だったんだけど、今回のマイナス0についてはさらにそれがパワーアップしてたっていう風に感じたんですね。
30:12
そのことについては昨日の配信を聞いてもらえたらなと思います。好きな人にとっては本当に聞きたくない話だと思うんで、書いておきますけどね、概要欄とかタイトルにね。
これも老害の一つかなとは思いますけども、とにかく戦争っていうものをどう描くかっていうのに関してはすごく敏感でなきゃいけないと思っているので、
その辺り、まあ本当に年寄りのいうことだとは思って聞いてもらえればいいかなと思いますけどね。最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。ではまたね。チュース。
31:19

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