1. むらスペ
  2. 「けテぶれ」宿題革命!
2022-09-01 25:18

「けテぶれ」宿題革命!

計画

テスト

分析

練習

この4つの言葉の頭文字をまとめた「けテぶれ」という自律的な学習方法についての本をご紹介しています。

学校教育の枠組みの中では、ベストの実践方法なのではないかと思います。

--- Send in a voice message: https://podcasters.spotify.com/pod/show/murasupe/message
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今日はお話ししたいのは、ケテブレ宿題革命っていうそういう本ですね。
ケはひらがな、テはカタカナ、そしてブレはひらがなですね。
宿題革命にビックリマークが最後についてます。これについてお話ししようと思ったのは、
確か2回か3回前のこの音声配信、むらスペで宿題はやらなくていいというそういうタイトルでお話ししましたけど、
それについて、いきなりやらないでいいっていうのは、
先生方、日本の学校の先生方、あるいは子どもたちをサポートしている人たちについても、
勇気がいるだろうと思うんですよね。それで、もうちょっと受け入れやすく、かつ実績もあって出版もされているような、
そういうものの例として、このケテブレというものをご紹介したいと思ったからなんですね。
これだったら本当に、例えば今日もツイッターで、今から24時間以内にも、このケテブレってテだけカタカナなんですけど、
このケテブレのハッシュタグで見ると、4つか5つぐらい投稿ありました。
なので、もうそのぐらい普及しているやり方なので、これだったら受け入れやすいんじゃないかなというふうに思っております。
まず最初に皆さんに聞いてみたいんですけど、このケテブレっていうのを聞いたことはありますかね。
テだけカタカナで、ケテブレのケもブレも平仮名です。これ聞いたことがありますよって人はじゃあハートのマークで、ないっていう人は涙のリアクションをいただけますかね。
あ、涙きてますね。ハートはないのかな。わかりました。
ここにいらっしゃる方は皆さん、僕の知っている限り日本語教育の方なので、学校教育の方じゃないですよね。
なので知らなくても当然かもしれないと思います。
ちょっとこれをね、それをこれからどんどん少しずつ説明していきたいと思います。
まずこの本のタイトルはさっきも言いましたけど、ケテブレ宿題革命びっくりマーク。こういう本ですね。
テだけカタカナです。
著者はクズハラショータさん。サチタ?いやショータでしょうね。
AmazonではKindle版ももちろんあります。そうじゃないと僕読めませんからね。
もちろんでも印刷版もあります。
264個の評価があって、4.2の平均ですね。平均の星の数が4.2になっています。
なのでかなり評価高いと思っていいんじゃないでしょうかね。
本の長さは205ページで、発売日は3年前ですね。2019年の9月18日なので、大体3年前という感じになるんじゃないかと思います。
このですね、著者のクズハラショータさんの略歴は以下のようになっています。
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ちょっとこれ、もうそのまま商品ページに書いてあることを引用しますけど、
1987年大阪府生まれ、同志社大学を卒業後、兵庫教育大学大学院へ進学。卒業後、兵庫県公立小学校に勤務、現在に至る。
小学校の宿題のあり方に疑問を感じ、家庭学習において子どもたちが自分の学習を自分で作り上げるケテブレ学習法という方法を提唱し、
ツイッター上で発表。多くの教師から注目を集めるというふうに書いてありますね。
クズハラショータとかケテブレで検索したら、このツイッターでも簡単に見つけることができます。
短い、ちょっと覚えやすいツイッターアカウントだったんですけど、すみません、もう忘れてしまいました。ごめんなさい。
前回の話の続きなので、夏休みにどういう宿題をこの人が提案しているかというと、
夏休みの部分はこういうふうに書いてあります。これも引用そのまま読みますね。
子どもたちの自己学習力を図るためにも、長期休みにケテブレを自分で回すという経験をさせることはとても有効です。
出し方は簡単。新学期に復習テストをするから、そこで合格点が取れるようにケテブレを回していきましょう。
これが宿題です、というだけです。ノート何ページ以上、ノート何ページ以上などの指定はしません。目標はあくまでもテストで合格点。これで言い終わりですね。
目標は決めるけど、そのやり方とかね、何を使うか、それをいつやるか、それをどういうふうにやるかとか、そういうことは一切決めない。
そういう宿題なわけですね。つまり何もしなくても合格できるという人は、何もしなくても夏休み中ずっと遊んでてもいいわけですね。
僕は本当に夏休みの宿題としてはこれで本当にいいと思います。
実際に9月始まりの学年ですよね、アメリカとかカナダとか、そういうところでは実際に夏休みの宿題とか、僕の知っている範囲ではないので、それでも全然問題ないわけですよ。
なので今の日本みたいに学習プリントとか山ほど配ってやるというのは僕はとても間違っています。しかも間違っていると思います。
前々回のポッドキャストでも話したように、それって効果があるのかどうかもわからないわけですよ。
多分みんな同じようにやらなきゃいけない学習プリントというのは間違いなく効果はないと思います。
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しかも漢字とかも自分の知っている漢字を10回書かなきゃいけないとか、そういうのも全く効果がないし、しかもやらせるだけモチベーションを下げてしまう学習者、学びを嫌いにさせてしまうというそういうネガティブなインパクトがすごく大きいので、僕はやらせない方がいいと思っています。
そういう意味で、とにかく夏休み明けにテストするからそれに合格できればいいよというだけ、それだけにしておくといいということですね。そういうやり方は僕は非常に素晴らしいと思います。
はい、と言われてもケテブレを回すと言われても全然わからないですよ。聞いたことがない人には。
はい、なのでちょっとそのケテブレについてご紹介をしていきたいと思うんですけど、まずケテブレというのは4つの言葉の最初の1文字ずつをつないだ言葉です。
1が計画、2がテスト、3番分析、4番練習ですね。
はい、なので計画テスト分析練習、これの頭文字を合わせてケテブレと言っているわけですね。
これね、この先生にとっては、屑原さんにとってはテストがとても重要なので、実はこれPDCAそのものなんですよ。計画はそのもの。
PDCAというのは、Pがプランですよね。DがDo、Cがチェックで、Aがアクションですよね。
はい、この先生はテストが非常に重視している先生なので、計画がプランはまずその通りですよね。
Doがテストというのも本当にそうなんです。PDCAのCはチェックですけど、それが分析ですよね。
どうしてテストがうまくいかなかったのかとかそういうところをチェックするのがこの分析ケテブレの部のところですよね。
練習のところが、最後のPDCAのAのアクションが次のテストをちゃんとうまくできるようにするために練習をするという感じですね。
なので本当にこれはもうそのままPDCAのサイクルをそのままを学習者の学校に持ち込んでいるというふうに考えていいと思います。
あくまでもそのテストを重視している先生にとってはそういうふうに解釈できるんじゃないかなと思いますね。
最初にこの屈原さん、著者の屈原さんの姿勢をちょっと説明しておきたいんですけど、
僕はこれ非常に現代的な認識ですごく僕自身は好感を持っています。
ちょっと以下引用してみますね。
価値がどんどん相対化していく今後の社会において必要なことは、
多様な選択肢の中から自分にとって何が必要かを自分で考え、自分で選び、自分でその結果を受けて進み続けるという態度ではないでしょうか。
共に歩む仲間と共同しながら、無限のトライ&エラーを繰り返し、自分なりの回を紡ぎ出していくことこそ、これからの時代に必要な態度ではないでしょうか。
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はい、これで言い終わりですね。
この辺は僕が書いている冒険家メソッドの本とかにも非常に近い考え方だと思いますね。
じゃあまず何で宿題革命なのかというと、やっぱり先生方の仕事ってもうガッチガチに縛られちゃってるんですよね。
特に普通の授業を変えるっていうのは学習指導要領とかがあっても不可能に近いわけですね。
だけど宿題だったら変える余地がまだちょっとあるということなんですよ。
でもそれでもね、外部にいる僕から見るとそう思うんだけど、
でもこの屑原先生の本の中には宿題を変えるなんてそんなことが可能なんですかみたいな、
そういう感じの反応とかも書いてあったりして、宿題ですよ。
宿題って別にだって、やれる子どももいればやれない子どももいるし、
しかも効果があるかどうかもわかんないということもそうですけど、
そんなものなのにそれを変えるのすらすごく大変なんだということで、
もう本当に学校制度の大変さというのはよくわかりました。
宿題を変えるだけでも大変というのはやっぱり実際あるみたいです。
じゃあ実際にそれをやってみてどういうふうに変わったかというと、
学力が上がったというのはもういろんな報告が具体的にこの本に書いてあるので、
具体例を知りたい方はぜひ読んでみてください。
でもそれだけじゃなくて、僕があんまり想定していなかったこと、
このケテブレが計画テスト分析練習の略だというそのぐらいのことは知ってましたけど、
あとそれが自律的にそれを回すやり方だというのは聞いてたんですけど、
この本を読むまではちょっと誤解していたところがあって、
それでそういう立場の僕がこの本を読んでちょっとびっくりしたことは、
クラス内のコミュニケーションが増えて友達が増えたという、
クラス内がみんなが仲良くなったというふうに書いてあります。
それはこの本を読むまで僕は想定していなかったことなので、
とても勉強になりましたね。
それでどうしたかというと、交流会というのをやってるんですよ。
でもこの交流会というのは別にケテブレに限定しなくても、
どこでもできる他の普通の国語の授業でも算数の授業でも何でもできることなので、
これもやってないのというのはちょっと僕はむしろびっくりしたんですけど、
ケテブレで書いているのはどうかというのを、
ケテブレで書いている交流会のことをちょっとご紹介してみますね。
以下引用です。
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ケテブレに取り組み、子どもたちが自分なりの学びを作り上げようとするとき、
同じように頑張っている仲間の取り組みは大変刺激になります。
そこで非常に有効なのが交流会。
お互いのノートを見せ合い、ノートを共有する機会を必ず設定してください。
ここまでが引用ですけど、
この後、僕がよく自分のブログでもバラバラ練習という名前で書いていたりしたようなやり方に非常に近いものが書いてあります。
ちょっとまた以下引用しますね。
班というのはグループの班ですね。
以下引用です。
班の半分の子どもたちが教室の中を動き回り、
友達のノートを見に行く。
そして、もう半分の子は班に残り、
違う班の友達がノートを見に来たら、
自分や班員の学習の良いところを教えてあげる。
こういう風に書いてありますね。
なので、こういう風にクラス内のコミュニケーションも積極的に促進している。
それもケテブレの本に書いてあることの一つですね。
この人の、くずはらさんのこういう考え方については、
少なくとも学校のシステムの中でやれることとしては本当に素晴らしいと思います。
もしかしたらこれ以上のことはできないかもしれないと思いますね。
だけど、どうしても学校のシステムの中でやっていることなので、
目標がテストになっちゃうんですよね。
テストが目標になっちゃっている。
だけどね、それもくずはらさんの言葉によるとこんな感じになっています。
ちょっと以下また引用しますよ。
どうしてテストが目標なのかということなんですけど。
はい、じゃあ以下引用です。
テストで合格点を取ることという目標は一見ドライで浅い目標に感じられるかもしれませんが、
テストの点数ほど客観的で具体的なフィードバックはありません。
計画、テスト、分析、練習、その地道な繰り返しの中で点数が少しでも上がれば満足感を得られます。
そんな自分の小さな進歩も可視化してくれるのがテストの点数なのです。
だからこそ自己学習力を図るための指標の一つとしてテストの点は非常に有効に作用します。
はい、引用ですね。
もう一箇所ね、このテストに関するこのくずはらさんの考え方を引用しますね。
以下引用です。
子どもたちがケテブレのサイクルを使って自分で学習を積み上げた上で行う学校のテストの点は、
その子の学力だけを表しているのではありません。
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その日まで自分は学習をきっちり積み上げることができていたかということも確認できます。
つまり学校でのテストの結果はその子の自己学習力を表す指標にもなるのです。
はい、これで引用終わりですね。
まずね、このくずはらさんのこの考え方の中で学力という点数ではなくて、
その自己学習力というそれを重視するというのは本当に非常に素晴らしいと思いますね。
だけど、やっぱりホームスクリーニングとか、
あるいは僕みたいに学校外での教育に関わっている人間から見ると、
やっぱり目標が設定されてしまっている。
このテストで目標を測る。
つまりテストに合格すること、テストで点を取ることを目標にするということが、
すでに教師によって設定されてしまうというのはかなり強い違和感があります。
だけど繰り返しますが、これは学校教育の制限の中では仕方がないことなので、
くずはらさんはその制限の中ではもうできる限りベストなことをやっているんだと思いますね。
でもこの方法では多分ですね、
学習者が子供たちが自分で目標を設定するということはなかなかできない。
しかも例えば学力の低い人は目標の点数を下げてもいいとか、
そういう目標設定はこの本にも書いてありますけど、
でも学校外の学びに関する目標は立てることができないわけですよね。
だけど学びというのはそれに限定されるものではないわけです。
例えば僕みたいに語学の教育に関係している人間から見ると、
すみません、まだ聞こえてますね。
大丈夫ですね。
僕みたいに語学の教育に関わっている人間から見ると、
例えば僕でも日本語教育という枠の中で仕事をしているので、
自立学習とかもやっているけど、
学習者の人が英語の勉強をしたいとか、
そういうことに関しては僕はサポーターしないですよね。
そういう意味で靴原さんが学校教育という制限の中で、
そういう枠組みの中でやっているというのは十分に理解はできるんですね。
だけど学びというのはそれだけではないですよね。
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学校教育の外でもあるものです。
例えば今ゲームでボイスチャットとかすごくありますよね。
それで香港人とかと英語でコミュニケーションする子どもとかいますよね。
そういうときに今回は日本語が通じない人と100人ゲーム内で友達になって、
毎日1時間は英語でゲームをするとか、
そういう目標を立てたっていいわけです。
それは個人の学びとしては非常に素晴らしいものだと思うんですけど、
でもこういうものはやっぱり学校教育の枠組みの外になってしまうので、
このケテブレでは扱うことができない。
つまり目標設定というのが学校教育の枠の外にある目標を設定することができない。
そういう限界はかなりあると思います。
あるいはK-POPとかK-ドラマとかそういうのにハマって韓国語を勉強したいとか、
そういう目標もこういう方法では目標設定をすることができないというのがありますよね。
こういうのがホームスクーリングとかしていると、
こういう目標設定というのは全く自由なわけですね。
なので、僕は日本語教室でもあるのと同時に、
不登校の人の集まりとか、
あるいはホームスクーリング関係のところにも顔を出したりしているので、
そういう人間としてみると学びとしては目標設定がかなり限定されてしまうというものがあると思います。
これは本当に学校という枠組みの中では実際難しいので、
それ以上のことをするとやっぱりその学校という枠組みの外でやるしかなくなってしまう。
あるいは自分自身がその学校という枠組みから離れる、
ホームスクーリングとか、
そういうことしかなくなってしまうのではないかと思いますね。
ただし繰り返しますけど、
この葛原さんというのはその学校の先生なので、
そういう学校という枠組みの中でやるものとしては現状としてはベスト、
ベストなものと僕は言ってもいいのではないかと思いますね。
あと後書きにも書いてあったんですけど、
葛原さん自身の成長の記録とかも非常に効果を持ちました。
僕自身にもかなり似ているところがあると思います。
あともう一つ僕がすごくこの本を読んでちょっと嬉しかったのは、
タイプ別の子どもたちにどういうふうに対応すればいいかというのがあって、
ABCDという4種類に分けているんですね。
Cタイプというのが宿題とかはやらないけど成績はそれなりに取れるという子どもなわけですよ。
そういう子どもというのはまさにさっきから僕が言っているような、
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学校外の枠組み以外でいろんな学びを実践していて、
それでその結果がテストにフィードバックされるので宿題はやってこないというね、
そういうタイプの人だと思うんです。
例えばゲームでいつも英語を見ているから英語の点数が高いとか、
それは英語という科目の中なのでそれは枠組みの中に入っちゃいますけど、
基礎的な認知力が高くなる。
ゲームとかをやってゲームとかあるいはたくさん本を読んで基礎的な認知力が高くなって、
その結果あまり勉強しなくても点数が取れてしまうという子どもたちのことが書いてあって、
そこのところは非常に共感が持てたという感じがしますね。
ちょっと時間が過ぎちゃうけどここだけ引用させてください。
これ言うつもりじゃなかったんだけど。
じゃあちょっと以下引用しますよ。
こういう子どもたちについて靴原さんがここに書いているところがあります。
こういうある意味で尖った子の能力を抑圧し従わせようとしてしまうのは、
これまでの学位置的な教育の問題点ではないでしょうか。
世界を変えるイノベーションを起こしてきたのは、こういうCエリアにいる子どもたちではないでしょうか。
また学級崩壊を起こすクラスの初期症状は、
こういう能力が高く自分の考えがしっかりしている子どもたちの中に不満がたまっていくという状態ではないでしょうか。
この子たちを放っておかず、学級内で思いっきり力を発揮できる環境を作ることも、
けてぶれにクラスで取り組む大きなメリットです。
以上ですね。
その方法としては、学校教育の枠組みの中ではあるけど、
もっとアウトプット的探求課題というのを与えて、
しかもそれを他の人に教えるような、そういうことも活動の中に入れていきましょう、みたいなことが書いてありますね。
こういうことは、少なくとも僕の身の回りの学校の先生とかにはあまりいなかったので、
こういうことを書いている学校の先生がいるというのは、僕にとっても非常に感動的な気がしました。
そして、正直言って日本の学校教育はかなり破綻していて、難しいと思いますけど、
それでも、こういう学校教育の中でもこういう先生がまだいるんだということは、
一つの希望のような感じもしますね。
こういうのが普及しなかったら、日本の学校教育は本当に終わりだと思います。
というか、既に終わっているけど、
その中でも、まだこういう人たちが頑張っているというのは、僕は尊敬に値することだと思っています。
24:05
それでは、本日の村辺はここまでとなります。
リスナーの皆さんもですね、皆さんも多分、学校教育ではなくても、
日本語学校のそういう枠組みの中で教えている人もいると思いますよね。
そういう人の中で、こういうけてぶれ方式というのをやってみたいという方がいらっしゃいますでしょうか。
いらっしゃいましたら、ハートマークでリアクションをお願いします。
自分にはちょっと難しいかなとか、あるいは自分には必要ないかなという方は、
涙のリアクションをいただければと思いますが、いかがでしょうか。
それではですね、本日も村辺にご参加くださいまして、ありがとうございました。
今日のですね、このけてぶれ宿題革命について、質問とかコメントなどありましたら、
ぜひ、村辺のハッシュタグ付きでご共有いただければと思います。
それからですね、けてぶれというね、てだけカタカナで、けとぶれはひらがな、こういうハッシュタグもあります。
これでも投稿されると、他のですね、同じこのやり方をやっている先生方とも
つながることができるんじゃないかと思いますね。
はい、それでは本日も良い一日をお過ごしください。そして、冒険は続きます。
25:18

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