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スピーカー 1
二番経営、No.2の悲喜こもごも。この番組では、なかなか表に出ない組織の二番、No.2をテーマに、トップのビジョンの実現の仕方や、この仕事の面白さ、大変さなど、No.2の悲喜こもごもをリスナーの皆さんにお届けします。
こんにちは、株式会社オウツーパートナーズ取締役の勝宮すいでです。本日の二番経営は、特別編ゲストトークの配信になります。
いつも一緒にやっている、言頭者の志田さんはお休みの回になります。早速、ゲストの方をお呼びしたいと思います。株式会社オウケイウェイヴ代表取締役社長、杉浦はじめさんです。
スピーカー 2
杉浦さん、よろしくお願いします。よろしくお願いします。皆さん、はじめまして。株式会社オウケイウェイヴで代表取締役社長をしております、杉浦はじめと申します。本日はよろしくお願いします。
スピーカー 1
オウケイウェイヴ名称に上場している、上場企業の社長さんということで、偉い人だと思うんですけども、杉浦さんと勝宮はですね、もともと友達で、友達っていうか同級生で、同級生も同じ学年だったじゃなくて、同じ高校の出身で、僕は杉浦さんの奥さんもよく知っているっていう仲なので。
スピーカー 2
うちの妻は、まさに杉浦でいいと思いますけど、勝宮と僕の妻は同級生でした。
スピーカー 1
そうですね、同じクラスにもなってましたので、今日ここからタメ口トークが展開されると思いますけども、ちょっとお聞き苦しいところがあるかもしれませんけれども、リスナーの皆さんご容赦ください。
じゃあ、そんな杉浦さんを簡単にですね、勝宮の方からご紹介申し上げたいと思います。
杉浦はじめさんは1970年生まれの今54歳ですね。
早稲田大学理工学部を卒業後、学生企業も学生時代にされたんですね。
ベンチャーキャピタリストとして、ソラシドエアの設立、それからOKウェーブなどベンチャーの創業や上場を実現。
コンコードエグゼクティブグループでのキャリアコンサルタントを経て、経営コンサルティングと組織開発を行うエリオスを創業。
2022年8月から現職である株式会社OKウェーブの代表取締役社長を務められていらっしゃいます。
スピーカー 1
いっぱい突っ込みどころがある感じなんですけども、大学卒業するタイミングで1994年とか3年とかそんな感じですかね。
スピーカー 2
1年浪人をして早稲田の理工、僕化学科ですけど入って、
2年留年をしている間に仕事、会社立ち会いでたりとかしてたんで、卒業年次は96年かな、1996年ですね。
スピーカー 1
まさに氷河期時代ですね。
スピーカー 2
そうですね、氷河期に入ってたかな、山内商店とかは、山内商店がちょうどその96年に破綻をしてですね、そんなタイミング。
だからその前にはですね、北海道その時代をリスナーの皆さんの世代があれですけど、
宅陣が破綻したりとかいうこともあったのが90年半ばぐらいですよ。
スピーカー 1
という感じで、54歳の90何年っていうのって、今でいうと学生企業家さんとかスタートアップとかってたくさんあるかもしれないんですけども、
当時は私もその頃新卒で就職しましたけども、あんまり学生企業家とかベンチャーキャピタルって言葉も知らないっていう世界だったんで、
スピーカー 2
その頃から今に至るまでの、杉浦さんのキャリアヒストリーをですね、これからちょっとゆっくり聞いていきたいと思います。
スピーカー 1
杉浦さんですけども、先ほどお話したように、その学生時代に企業チャレンジして、その後ベンチャーキャピタリストとして社会人デビューされてますよね。
早稲田大学の理工学部からベンチャーキャピタル、大和企業投資株式会社がファーストキャリアになると思うんですけども、
スピーカー 2
なぜ。
スピーカー 1
ないですよね。
スピーカー 2
ないですね。
スピーカー 1
理工学部からそっちに行くっていうのはあんまり選択肢としてって言うのは。
スピーカー 2
当時はなかったですね。今は結構理系の学生でVC目指す人は結構多い。
特に数年前も、そうならディープテックとかっていう言葉とかができたのは5年10年前かもしれないですけど、その頃から。
むしろ理系の学生をベンチャーキャピタルでたくさん取りたがってたりとかするんで、当時もそうだったんだけど、ただ理系の学生側の方が全然知らなくて。
大和証券グループのベンチャーキャピタルなんですけど、当時の社名が日本インベストメントファイナンスっていう社名で、ちなみにジャフコは日本合同ファイナンスっていう社名だった頃なんですけど、
就職が決まって、だから大学6年時に卒業研究しながら就職活動を2個下3個下の学生と一緒に就職活動してたんだけど、
日本インベストメントファイナンスに今の大和企業投資に就職が決まったときに、当然ゼミの先生に報告をするんだけど、先生就職決まりました?どこだ?って。
日本インベストメントファイナンスです。サラキンか?っていうふうに言われて、当然だけどベンチャーキャピタル全然知らない。
ちょっと余談だけど、もしかしたら後から出てくるかもしれないので話をしておくと、今コンコードの社長、コンコードエグゼクティブグループの創業者で社長をやっている渡辺秀一さんとは就職活動の時に知り合っていて、
彼はひとつ橋なんだけど、たまたま大和企業投資の最終面接かその1個前かあれだけど、面接の控室でたまたま偶然会って情報交換して、そこからの付き合いで、今回も含めていろいろ助けられてるけど。
スピーカー 2
今、渡辺秀一さんは、うちの大株主上位10名の中での5、6位ぐらいかな。大株主のお一人でもある。苦しい中お金も貸してもらったし。そういう出会いがありましたけど、なぜ理系の学生でベンチャーキャピタルを選んだかなんですけど、
当然なんだけど、留年をしてた頃で携帯電話を打ったりとかしていた時にはベンチャーキャピタルの存在を知らなくて、それこそ大学を辞めてこのまま仕事をやろうかなと思ってて、自分の人生の中で自分の親が、特に父親が僕の人生に関して反対をしたことって今までなかったんですけど、
それこそどこの高校に行くとか、どの部活選ぶとか、どの大学に行くとか、どこに就職するとかも含めて、全く今まで反対されたことないんだけど、唯一、大学辞めたいと思ってるっていう相談をした時に、唯一自分の人生の選択の中で猛反対されたのが、大学だけは辞めるなと。卒業しろということだけは言われて、それに反対されたのは初めてだったんで。
父親がここまで言うんだったらと思って、大学にそのまま在籍をしてて、ただ、さっき言ったように留年してるぐらいで、全然大学行ってなかったんだけど、6年次の時に大学に戻ったのは、本当ベンチャーキャピタルに行きたいと思って戻ったんですよ。
で、なんでそれを知ったかというと、普通に企業というかビジネスやってるつもりだったんだけど、なんで投資側の方に行こうかと思ったのかというと、たまたま携帯電話打ったりとかもくれた、その会社を前のブラックの会社のメンバーとかと一緒に作ってやってた時に、
たまたまその合宿というか自国の特訓研修、自分たちが売ってた自国の特訓研修で、生徒というか受講生として来たのが、高橋歩夢さん、検索とかしてもらうと、もしかしたらリスナーの方の中でもご存知の方いるかもしれないですけど、ある意味自由人ですね。
彼がまだ当時神田外語大学の学生だった時に来て、それで歩夢って普段呼んだりとかするけど、彼が自国の、僕らが提供してたその合宿を卒業した後に千葉でロックウェルズっていうバーを開くんですね。
というか、彼の友人がバイトをしていたところが、たまたまオーナーチェンジというか、オーナーさんがそのバーを手放して売りに出てる時に、確か800万ぐらいだったかな。記憶が定かじゃないけど、その800万ぐらいで居抜きで売りに出てて、高橋さんは友人4人で、高橋さんを含めて4人で、
150万か200万か、だから600万か800万だったけど、1人150万だか200万だかかき集めて、それで旧オーナーさんからそのバーを居抜きで譲渡を受けて千葉でバーを開くと。で、その歩夢高橋さんから20万貸してくれと言われて、絶対に返すからと。
で、かかかかしかしかこういうバーを開きたいなと。で、それで儲かったら返すからと言われて、必ずこいつら諦めずにやるだろうなと思ったんで、20万お金を出したところ、半年もしないうちに、まあ利子以上のものがついて戻ってきたんですよね。これめっちゃ楽しいなと。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
こういう仕事したいと。同時に当時、何人かの社長から、あの携帯電話を中小法人向けに営業してたんで、あの営業に行くと、まあ当然だけど社長相手に営業しないと売れないんで。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
いろんな社長と会うんだけど、杉浦くん今何歳だとかって言われて、いや実は僕今まだ留年してて、学生なんですとかって言うと、面白いね、うちに就職しないかとかって言われたりとか言われたんだけど、でも一人の社長を選べなかったんだよね。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
で、その時にいろんな会社の社長とお付き合いしながら、いろんな会社の成長に携わるっていう仕事って楽しそうだなと思った時に、そのバーロックウェルズを立ち上げた高橋さんとの出来事があって、
まさにお金を、ある意味投資をして、それで成長のリターンを得るっていう仕事ってないかなと思って調べたら、ベンチャーキャピタルの社長として、ある意味募集とかをしてなかった会社も含めて、ベンチャーキャピタル、あの当時あった、まあと言っても5社ぐらいしかないんだけど、片っ端からもう叩いて。
で、そこに行くために就職活動しないといけないから、大学に6年中に戻った。
なるほど。
VCもほとんど人気企業のランキングに出てくるようになって、一時前はコンサル会社だったのがね、VCになってっていうのはあるんだけど、そういうものよりも、人に投資をして帰ってくる楽しさを知っちゃったんで、そんな商売ないかなっていう、だからベンチャーキャピタルって言葉すら分かんないけど、そんな仕事ないかなって探した。
ただ、それゆえに大和企業投資に入って、1年で辞めることになるんですけれども、だから自分はすごくそういう思いも持って、お金を投資するということを通じて、いろんな会社の成長に携わりたいと。で、そこに自分も伴奏したいと。
1人の社長を選べないから。だから投資先を選ぶというよりは、この人と一緒に仕事をしたいなって思う人を1人選べなかったんで、複数の人と一緒に仕事をしながら、お金も投資するっていう感覚でベンチャーキャピタルを選んだんで。
で、これは本当に今振り返ると、ベンチャーキャピタルのビジネスモデルをちゃんと学生時代理解をしてなくて、何かというと、VCに入ってから、要は新入社員研修の中でVCのビジネスモデルをちゃんと改めて学んで、そこで知ったのが、ベンチャーキャピタルのお客さんってファンドの出資者なんだと。
スピーカー 1
VCはファンドの運用会社なんだということを初めて知って。
スピーカー 2
で、僕はベンチャーキャピタルのお客さんは、投資先の社長、要はベンチャー企業の社長だと思ってたんだけど、そうではなく、なるほどと、ベンチャーキャピタルはファンドを運用していて、ファンドの出資者の期待に応える必要があると。
で、いうことを初めて知って、で、実際キャピタリストとして仕事を始めて、リアルに自分の価値観に合わなかったのが、2つ必ずあるんですけど、1つは投資をするとき、出資をするときに、ベンチャーキャピタルにとってはそれって仕入れなんで、
スピーカー 2
1円でも安く株を、投資をする金額を1円でも安く株価を1円でも安くするわけですよ。なぜかというとファンドのパフォーマンスを極大化するために。だからプロフェッショナルなVCであればあるほどそこを安くするわけなんだけど、
でも自分からすると、自分の感覚ではどうせ上場を目指す中で上場すれば、投資をするときに株価が例えば5万円で投資をしようが、8万円で投資をしようが、誤差でしかない。
だけど、その時価総額とかも含めて、発行体である株を発行するベンチャー企業側からすると当然だけど、その社長の持ち分をちゃんと維持しながら、シェアを維持しながら、1円でも多く調達するということを考えると、
スピーカー 1
会社の時価総額が高ければ高い方がいいし、だからイコール株価が高ければ、増収するときの株価1円でも高い方がいいわけなんだけど、そこと利害が思いっきり対立をすると。その瞬間がすごく嫌だったというのが1つと、あとは2つ目は、リビングデッドと言われる上場できないとき。
スピーカー 2
ベンチャーキャピタルのファンドって、短いファンドだと5年。だいたい通常10年。7年とか10年。通常10年くらいの期間があって、ファンドの期限が訪れ、というか間近に見えてくるところで、まだ上場していない会社があった場合、その出資先の社長に買い戻しの交渉をするんだよね。
僕がVCにいたときには、その契約書、本当に投資契約書っていうものの中に買い取り条項みたいなのはなかったけど、その後、投資契約の中で買い取り条項が当たり前にベンチャーキャピタルの業界の中ではなり、いずれにしてもファンドの期限が来たりすると買い戻しの交渉するんだけど、
シンプルに思ったのは、これ投資化責任果たしてないな。お金を貸してるわけじゃなく、ある意味、投資出所してるわけじゃない。投資化責任果たしてないな、VC。っていうふうに思っちゃって。
しかも相手が、自分が本当にこの人と一緒に仕事をしたいとかと思う社長だったりすると、自分の価値観ともう一気に反するんで、買い戻しの交渉とかはできない。
なので、自分の価値観に反する出資時に1円でも安く、自家総額を1円でも安く、株価を1円でも安く投資をするということと、あと、買い戻しの交渉をするっていうことが、プロのキャピタリストとして仕事をする上でやらなきゃいけないことが自分の価値観に合わなかったんで。
なるほど。
それで、僕1年で辞めてる。
これは、みんなが知ってそうで知らない、本質なんだけど、そういうとこ見ないでみんなVC目指すっていう感じですね。
VC目指す人は目指すし、あとVCから調達を受ける本当に若い社長、だからファイナンスのこととか知らないわけじゃない。
なので、もちろんすごく良心的なVCもあるし、僕自身はその後、自分がVCNというところでジャフコ出身の方と一緒にやったときには、なのでVCNはファンドを運用してなかった。
ファンドを持たないで、ほんとシード機、立ち上げのときにシードマネーを僕と柴田さんというかVCNの自己資金を入れてたんだけど。
なので期限もないし、買い戻しの交渉とかもする必要もない。
その会社の未来の資本政策というのを考えて、創業間もないまだ立ち上げ当初からバリエーションをつけて出資をするっていうことをVCNではやり始めたんだけど、
その多分一番最初だと思うけど、そういうファイナンスの知識とかがない若い企業家の人が、だからベンチャーキャピタルの人から専門的なこと言われるとやられちゃうよね。
だから本当はそこは、なので僕とかベンチャーキャピタルも加えてある意味プライベートエクイティの世界に長くいたので、
株価は当然だけど、これは今上場企業の社長をやっててもそこは信念として持ってるけど、株価は絶対1円でも高い方がいいし。
スピーカー 1
今ね、一つ目で話があった、仕入れのところもそうなんだけど、お客さんがLPさんっていうね。
そこは当たり前なんだけど、そういうのって普通見えなくて、VCが最初からお金いっぱい持ってるっていう、
マンダ・ギンジロウとか、マンダ・ギンジロウがお金持ってるって思ってたけど、金主さんがいてみたいな。
ちょっとモデルは違うんだけど、本当に出してる人がいて、そこに向いて仕事をする人たちっていう意識は普通みんな知らない。
スピーカー 2
普通知らない。
多分、多くの新卒でVCを目指す人も、当然あんまり意識してないだろうし、
最近は一応それなりに勉強したりとか、大学の授業でもあったりするから、知ってるかもしれないけど、
たぶんリアルにあんまり就職してからも、実際ファンドの募集とかの時にキャピタリストも借り出されるから、
そういう経験とかすれば少しは意識するかもしれないけど、たまたま僕、学生時代に自分で会社作ったりとか、
友人と一緒に会社作ったりとかっていうこともしてたんで、実際経営側の視点で見たりとかすると、
ああ、なるほどと。ベンチャーキャピタルのお客さん、プロのキャピタリスト、
ベンチャーキャピタルはファンドのパフォーマンスを上げるっていうことに徹する必要があるんだと。
そういうビジネスモデルなんだっていうことを初めて理解をしたときの衝撃。
スピーカー 1
2的なるもんっていうかね。
スピーカー 2
なので、その後、冒頭ではキャピタリストっていうふうに勝美から紹介してもらったけど、
その後やってきたことは正しくは全然キャピタリストではなく、
VCNっていう、ある意味VCNはコンサルティングファームなんだけど、
ただそのシード機、会社設立時とか、シードスタートアップの時に自己資金を入れるっていうことをやっているコンサルティングファームだったんだけど、
その後一切ファンドを持たないでやり続けてきたっていうのは単に価値観が合わなかった。
スピーカー 1
本日はここまでとなります。
OKウェブ社長、杉浦さんのキャリアヒストリーの入り口部分を話していただきました。
2番経営、ナンバー2のひきこもごも。
ここまでお聞きいただきありがとうございました。
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ここまでのお相手は、O2パートナーズ、勝美康稲でした。
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