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こんにちは、もりじゅんです。
今日は、「変わろうとした瞬間、何が起きているのか?」 という話をしてみたいと思います。
ちょっと変なタイトルかなって感じるかもしれません。
だって、今の自分に何か問題がある? うまくいっていない?
同じことを繰り返している? わかっているのに動けない?
だから、「変わろう」と思うのは、とても自然なことだと思います。
私はずっとそう思っていました。
何か問題を見つけたら原因を探す。 原因が見つかったらそれを直す。
前提が見つかったらその前提を変える。 ブロックがあるならそれを外す。
とても自然なことに見えます。
でも、自分のことを長く観察しているうちに、 私はここに少し面白いことが起きていると感じるようになりました。
それは、変わろうとした瞬間に、 今の自分を変えなければいけない対象として見始めていることがあるということです。
例えば、もっと準備ができてから始めなければならないという前提が 自分の中にあることに気づいたこととします。
ああ、だから私はいつも準備ばっかりしていたのか。 ここまではただ気づいただけです。
ところがその次にすぐ、 じゃあこの前提を外そう。こんな考え方はやめよう。
もっとすぐ行動できる自分になろうとなる。
するとさっきまで前提を見ていただけだったのに、 今度はその前提を持っている自分を何とかしようとし始めます。
私はこの動きを介入と呼んでいます。
介入というのは、流れの途中で手を出してしまうことです。
種を蒔いた後に本当に芽が出るか不安になって、 何度も何度も土を掘り返して確認してしまうようなものです。
願った後に本当に叶うのか、いつ変わるのかと何度も確認してしまう。
変わりたいはずなのに、変わったかどうかを見張り続けてしまう。
これが私の言う介入です。
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ただ、ここで誤解してほしくないことがあります。
介入が悪いという話ではありません。
じゃあ介入しちゃダメなんですよね、と思うかもしれません。
でもそれをやると今度は、介入している自分をやめなきゃとなってしまいます。
これもまた、自分を何とかしようとしていますよね。
だから、介入を悪者にしたいわけではありません。
まずは、今自分は何とかしようとしていたなと気づく。
それだけでいいのだと思います。
私たちは問題を見るとすぐ治したくなります。
不安が出たら不安をなくしたい。
自信を持てなかったら自信をつけたい。
ネガティブになったらポジティブになりたい。
動けなかったら動ける自分になりたい。
前提が見つかったらその前提を外したい。
全部、今より良くするためにやっています。
でもここで、私は一つ見るようになったことがあります。
それは、なぜ今これを変えようとしているんだろうということです。
その奥には、このままではダメ。
これがあるから進めない。
これさえなくなればうまくいく。
そういうもう一つの前提が隠れていることがあります。
つまり、一つの前提に気づいた後、
それを変えようとして、さらに別の前提から動き始めてしまうことがあるんです。
これはなかなか面白いところなんですね。
例えば、私はお金を受け取るのが怖いんだと気づいたとします。
そこですぐに、じゃあお金を受け取れる自分にならなきゃと力をギュッと入れてみる。
でも、その奥にはもしかすると、
今の私は、お金を受け取れない足りない自分だという見方が残っているのかもしれません。
私は動けないんだと気づいた後に、
じゃあ動ける自分に変わらなきゃと思う。
でも、その奥には、今の自分は動けないダメな自分だという見方が残っているのかもしれません。
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ここがとても大事だと思っています。
足りないものがあることと、私が足りない存在であることは違います。
お金が足りないことはある。経験が足りないこともある。準備が足りないこともある。
行動が足りないこともある。
でも、それは現象です。
それを見て、だから私は足りない存在だと自分に張り付けなくてもいいのかもしれません。
ところが、変わらなきゃと強く思うとき、知らないうちに、今の自分を足りないものとして見ていることがあります。
だから私は最近、気づくことと変えることは違うと思うようになりました。
以前の私は、何かに気づくとすぐに次へ行っていました。
わかった。じゃあどうすればいい?どうやって外す?何をすれば変わる?
でも今は、その間に少しだけ何もしない時間を置くようになりました。
例えば、自分はここで止まるんだと気づいた。そこですぐに止まらない自分になろうとはしない。
ここで反応するんだなと見る。まずはそれだけです。
すると面白いことに、こちらが何とかしようとしなくても、反応の仕方が少し変わることがあります。
もちろん必ずそうなるという話ではありません。
ただ私は、気づいた瞬間にすぐ修正しようとしていた頃より、一度そのまま見ていく方が、自分の中で何が起きているのかがわかりやすくなりました。
気づくと気づいた前提との間に少し距離ができます。
前提との距離ができると余白が生まれます。
そしてその余白に次の一歩や直感が入ってくる。
これを書いてみよう。あの人に連絡してみよう。まずは小さく出してみよう。
今日はここまででいいかもしれない。
そういう静かな感覚です。
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だから私は、「変わりたい」と、「変わろう」は少し違うと思っています。
変わりたいは方向です。
もっと自由になりたい。仕事をしたい。収入を増やしたい。人といい関係を作りたい。
自分の中にあるものを外に出したい。これは行きたい方向です。
でも今の自分を何とかして、そこへ行ける自分に変えなければならないとなると少し違ってきます。
前者は方向。後者は今の自分に手を入れ始めている。
この違いに気づいてから自分を見る感覚がかなり変わりました。
では、変えようとしなくていいなら何もしなくていいのか?
と言うとそうではありません。
何もしないことと何も起きないことは違います。
私は自分の行きたい方向は見ます。
そして体がどこで止まっているのかも見ます。
でもそこで見つかったものを頭で無理やり書き換えようとはしません。
まず、ここで自分は止まっていたんだなと気づく。
ここで古い見方を使っていたんだなと見る。
今これを変えようとしているんだなと気づく。
その時ほんの少しだけ距離ができます。
その距離が余白になります。
私はこれを繰り返す中で、自分が思っていた以上に自分で自分の流れを止めていることに気づきました。
変化を起こそうとしていたことが、逆に変化が起きる余地を狭くしていることもあったのだと思います。
だから今は何かを変えたいと思った時ほど少しだけ見るようにしています。
今私は何を変えようとしているんだろう。
それは本当に今すぐ私が手を出さなければいけないことなんだろうか。
私は今の自分を足りない存在として見ていないだろうか。
これは答えを出さなくても構わないというか、簡単には答えは出ないと思います。
ただ、その問いを持つだけでも今までとは少し違うものが見えてくるかもしれません。
変わりたい。それは自然なことです。
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でも変わるために今の自分を今すぐ何とかしなければならないとは限りません。
まず気づく。気づくと距離ができる。
気づくと距離ができると余白が生まれる。
その余白に次の一歩が入ってくることがある。
今日はちょっと長くなってしまったんですけど、変わろうとした瞬間何が起きているのでしょうかというテーマでお話ししました。
ありがとうございました。