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「問題がなくなれば、うまくいく」は本当でしょうか?
2026-09-03 12:20

「問題がなくなれば、うまくいく」は本当でしょうか?

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こんにちは、もりじゅんです。 今日は、「問題がなくなれば、うまくいく」というのは本当でしょうか、という話をしてみたいと思います。
私たちは何かがうまくいっていないとき、 その原因を探しますよね。
なぜ私は行動できないんだろう。 なぜ商品を出せないんだろう。
なぜお金を受け取ることに抵抗があるんだろう。 なぜ同じところで泊まるんだろう。
なぜ稼ぎたいと思っているのに、稼ぐ方向へ体が向かないんだろう。
そして原因らしきものが見つかると、今度はそれをなくそうとします。
自信がないから動けない。だったら自信をつけよう。
失敗が怖いから商品を出さない。だったらその怖さをなくそう。
お金に傾向がある。だったらお金のブロックを外そう。
稼げない前提がある。だったらその前提を外そう。
とっても自然な考え方ですよね。 私も長い間そう考えていました。
上手くいかない原因を見つけて、それを外せば現実が変わる。
前提を見つけて、その前提を変えれば上手くいく。
そう思っていたんです。
でも自分のことを長く観察しているうちに、一つ疑問を持つようになりました。
それは、問題がなくなれば本当に上手くいくのでしょうか?ということです。
例えば、自分の商品を販売したいけど、どうしても価格を出すところで止まってしまう。
そこで、「ああ、私はお金を受け取ることに抵抗があるんだ。」と気づいたとします。
すると、こう考えます。
この抵抗さえなくなれば売れるはずだ。
この前提さえ外れれば稼げるようになるはずだ。
この問題さえなければ私は前に進めるはずだ。
でもここには一つの前提があります。
それは、今の自分には上手くいかない原因がある、という前提です。
そして、その原因を取り除いた未来に上手くいっている自分を置いている。
つまり、今はまだダメ、問題をなくす、その後上手くいく。
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こういう順番になっているんじゃないかなと思うんです。
これって、少し前にお話しした、
もっと準備ができてからじゃなきゃ始められない、という感覚とどこか似ていませんか?
準備ができたら始める。
自信がついたら動く。
怖くなくなったら挑戦する。
前提が外れたら稼げる。
問題がなくなったら上手くいく。
全部、今ここにある何かを変えた後で行きたいところへ行く、という構造になっています。
もちろん準備が必要なこともあります。
学ぶことが必要なこともあります。
整えた方がいいこともあります。
でもそれとは別に、私は気づいたことがあります。
それは問題をなくすことが、いつの間にか目的になっていることがある、ということです。
本当は自分の経験を仕事にしたかった。
人に喜んでもらいたかった。
自分の中にあるものを外に出したかった。
お金を受け取りたかった。
もっと自由に生きたかった。
そこへ行きたかったはずなのに、いつの間にか
思い込みを外すこと。
ブロックをなくすこと。
前提を変えること。
自分を整えること。
自信をつけること。
それらに一生懸命になってしまう。
そしてまだ何かあるんじゃないかな、と自分の中を探し続ける。
これをやっていると、自分の内側を見ることが
前に進むためではなく、前に進めない理由を探すためのものになってしまうことがあります。
私自身、これをかなりやってきました。
何かうまくいかない。
原因を探す。
見つける。
外そうとする。
確認する。
まだ変わっていない気がする。
また別の原因を探す。
こうしているうちに、本来見たかった方向よりも
自分の中の問題の方をずっと見続けてしまう。
でもある時から、私は少し違う見方をするようになりました。
問題がなくなってから進まなくてもいいんじゃないか。
不安があってもいい。
自信がなくてもいい。
何かの前提を使っていてもいい。
体に引っかかりがあってもいい。
それが全部なくなるまで、自分を待たせなくてもいいのかもしれない。
大事なのは、問題がゼロになったかどうかではなく、
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私はどちらへ行きたいんだろう、ということです。
私は仕事にしたいのか、したくないのか。
人に届けたいのか、届けたくないのか。
お金を受け取りたいのか、受け取りたくないのか。
自分の中にあるものを外に出したいのか。
まだしまっておきたいのか。
まず、行きたい方向を見る。
そして、その方向を見た時、何が起きているのかを見る。
ここで引っかかるんだな。
ここで体が少し止まるんだな。
ここで怖さが出るんだな。
ここで自分を何とかしようとするんだな。
ああ、そうなんだ。
まずは、それでいいんだと思います。
すぐにその反応を消さなくてもいい。
なぜなら、前提を外すことと現実が動くことは、
必ずしも一直線につながっているわけではないからです。
例えば、お金を受け取ることへの抵抗が少し軽くなったとします。
だからといって、翌日から必ず売上が増えるとは限りません。
逆に、お金への抵抗が多少あったとしても、商品が売れることはあります。
現実には商品そのものの内容もあります。
価格もあります。誰に届けるかもあります。
タイミングもあります。人との出会いもあります。
市場との見え方もあります。
自分だけでは決められないこともたくさんあります。
だから、この前提を外せばこの結果になると、
単純につなげないほうがいいと私は考えています。
それをやり始めると今度は、結果が出ないということはまだ前提が外れていない。
もっと何かをしなければ、もっと自分を変えなければとなってしまう。
そしてまた、結果を変えるために自分を変えようとし始めます。
私のことでいえば、そこでまた介入が始まるわけです。
では、何のために前提を見るのでしょうか。
私は稼ぐために前提を外すというより、
自分がどこで止まっているかを知るために前提を見ています。
ああ、私はここで止まるんだ。
ここで体の向きが変わるんだ。
ここから自分で何とかしようとするんだ。
ここで今起きている出来事を過去の反応で見ているんだ。
それが見える。
すると、今まで無意識にやっていったことを
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少し離れたところから見られるようになります。
この少し離れたところから見られる感覚。
私はここに余白が生まれると思っています。
前提を見たからすぐ現実が変わるというより、
前提に気がつくと、前提との間に距離ができる。
前提との距離ができると、余白ができる。
その余白ができたところでもう一度、
私はどちらへ行きたいと見ることができる。
ここが大切なんだと思います。
私が今やっているワークも、悪い前提を見つけて
一つずつ消していくものではありません。
行きたい方向を示す。
体でその方向を通してみる。
どこで止まっているかを見る。
そして必要以上に手を出さず、一旦終わりにする。
そのために使っています。
問題を全部なくしてから進むのではなくて、
どこで自分が止まっているのかを知った上で、
もう一度行きたい方向を見る。
この順番です。
もし今、自分にはまだ何か問題があるんじゃないか。
このブロックを外さなければ、
数え切れない前提を外さなければ、
もっと自分を変えなければと考えているとしたら、
一度だけこんな問いを置いてみてください。
もしこの問題が今のままでも進んでいいとしたら、
私はどちらへ行きたいんだろう。
すぐに答えが出なくても大丈夫です。
問題をなくすことと、行きたい方向へ進むことは同じではありません。
問題がなくなった未来まで自分を待たせなくてもいい。
不安があるままでも小さく出してみていい。
自信がないままでも一歩だけ進んでみていい。
体に引っかかりがあるなら、その引っかかりを責めずに見ながら、
今できるサイズで動いてみてもいい。
私はそんなふうに考えるようになりました。
だから問題がなくなればうまくいくという考え方も、
疑ってみていいのかもしれません。
問題をなくすより、まず自分はどちらへ行きたいのか、
そしてその方向に対して自分の体はどう反応しているのか、そこを見る。
すると問題を消そうとしていた時には見えなかった、
次の小さな一歩が見えてくることがあります。
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今日は問題がなくなればうまくいくは本当でしょうか、というテーマでお話ししました。
最後までありがとうございます。
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