1. 小松正史『耳を澄ませば世界が変わる』
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敏感すぎても、生きられない──耳にまぶたがなくて困ったこと
2026-10-02 17:55

敏感すぎても、生きられない──耳にまぶたがなくて困ったこと

目にはまぶたがあるのに、耳にはない。

音を扱う仕事をしてきて、それで困ったことを数えてみたら、寝る前、喋っている時、考えている時、演奏している時と、全部出てきました。

で、たどり着いた答えが「脳のほうにまぶたをこしらえる」でした。

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https://note.com/masafumikomatsu/n/n5efa8cbd8601
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サマリー

小松正史が、「耳にはまぶたがない」ことで音から逃げられない困難を、寝る前・会話中・思考中・演奏中の場面ごとに振り返る。ホテルの冷蔵庫、隣の工事や人の声、歌詞入りBGM、演奏中の録音や撮影などが注意を奪い、気分や音の処理状態によっては耳鳴りや周囲の雑音まで過剰に気になるという。そこで、音を完全に遮断するのではなく、脳内に「仮のまぶた」やフィルターをつくり、聞き方を意識的に切り替えることで敏感さと折り合いをつける考えを語る。

耳にまぶたがなくて困る場面
おはようございまーす。小松正史でございまーす。
またね、今日ね、朝、あのー、通信の、えーっとー、収録があるんですよね。また、2個もあって。
えー、まあ、8シャプターかな?やばいっすよね。8シャプぐらいあるから、大変な感じでありますけどね。
まあまあ、慣れてきたので、えーっと、そんな感じのね、ウォーミングな感じでもね、喋っていこうかなと思ってます。
今日もね、あの、心象を今書いてるんだけど、あのー、ちょっとね、足らなかったところをね、あのー、ちょっと喋っていこうかなというふうに思うんですよね。
で、今日はね、えーっと、耳にまぶたがないって話なんだけど、それで、ちょっと困ったことはなかったかっていうことなんですよね。
それでね、そのパターンとしてはね、いくつかあるんだけど、ちょっと喋りながらね、整理してみたいなと思うんですよね。
まず寝る前だよね。特にね、あまり音がないのもあれなんだけど、やっぱね、ホテルとかね、自分のお家じゃないところで、あのー、えーっと、寝るときにね、やっぱ昔だったあの、冷蔵庫ありますよね。
冷蔵庫のね、古いやつがあるところがあって、やっぱね、なんかすごいうねったりとか、ミヨミヨ、ミヨミヨンって音がするから、それがすごいね、あの、違和感があることが結構ありましたよね。
音っていうのは、ずっと鳴ってることに対しては、それほど良くないというかね、あまり良くないじゃないか、特に影響が少なくなってくるんだけど、慣れるから、音が急になくなったりね、急にまた始まったりすると、その差がね、すごく注意をね、アテンションを向けるので、なんかね、同じ冷蔵庫でも止まったりつけたり止まったりするとね、
で、夜だとこう、他の普段の寝る場所と違ってすごくね、あの、ちょっと寝す気が悪くなるじゃないですか、そういう時にちょっと、なんか耳にまぶたがないのが嫌だなっていうか、ちょっとね、避けられないっていう、あの、逃げられないですからね、そういう場所っていうのは、まあ、あの、音の一番の問題はね、逃げられないんですよね。
会話と思考を奪う人の声とBGM
あのちょっとね、あの、回避するとかそういうのができる場所だったらいいんだけど、できない場所の方が多いですよね。マンションで隣のところで工事してるとか、あと、隣のね、試験会場で隣の人の動きが気になるとかってあるじゃないですか、そういうのは逃げられないからね、ちょっとどうしようもないっていうことがあるんですよね。
でね、そういうあの、寝る前の辺りだと他の自分の家じゃないところの音ですよね。あとね、僕は人前で喋ることが多いんだけども、人声がその時になったりとか、僕の今の配信もそうなんだけど、喋ってる時に他の人の声が聞こえたらなんかね、気になるんで、そっちの方にテンションが切られるので、あの、会話に集中できないんですよね。
で、しかも人の声っていうのはね、分かる分からないとか、言語が違うことに関係なくですね、人の声の周波数帯域っていうのはやっぱりチューニングが合うように脳がなってるんですよね。
反応しやすいっていうのかな、人の声は人の状態に合わせやすいというかね、シンクロしやすいので、どんな言葉であっても人が声を出していることについてちょっとね、1回気になると、元には戻ることあるから、あるかもしれないけど、瞬間的にね、意識というか注意がね、喋ること自体じゃなくて、音を気にするというところに向けられてしまうというね、
そういう問題点がありますよね。喋ってる時もやっぱり、まぶたがないというか耳にはね、耳にフタできないのですごく困ったことは結構多いですよね。
あとね、自分が考える、思考している時の状態で周りから音が聞こえるとすごく違和感があるというか、さっきの喋りもそうですよね。人の喋りがあると、特に考えながら僕喋る、みんな考えながら喋ってると思うんだけど、アドリブとかその場の空気によって喋ったりすることがすごくあるので、思考してるんですよ。
喋るイコール思考。今もね、喋りながら思考してるんです。意外と喋ってること自体に、自動的に喋るというよりもね、当然ですけど、考えながら喋ってということのめちゃくちゃ複雑な情報処理過程っていうのがあって、それが元で喋ってるわけなんですよね。
だからね、そういう時に、思考してる時、喋ってない時でも思考してる時ってありますよね。論文書いたりとか、文章書いたりとか、ちょっとアイディア練ったりするような時とかありますよね。頭の中でスループットというか反数してる時ですよね。そういう時はすごく気になりますよね。周りの音、人が出してる音も特に気になったりするし。
特に音楽BGMだと歌詞があるでしょ。いろいろな意味というか、記号的なような音を彷彿させるような音であれば、すごくそれが影響を与えるんですよね。耳にまぶたがない時がすごくそういう時が人の情報というかね、何か情報処理をこちらがやってる時に、人の何か声とか、
作ったものみたいなものがあるとすごく影響が出やすいんじゃないかな。
演奏中の録音・撮影への苛立ち
あとは演奏ですよね。演奏してる時に目立たないんだけど、ちょっとライブでね、ストリート的にやるライブが結構あるんですよね。京都多摩展望室でも営業時間内に演奏するわけだから、いろいろな人がね、今はちょっと禁止してるんだけど、録音したりとか写真撮ったり動画撮ったりするじゃないですか。
そういう時すごく周知できないんですよ。当然ね。静かな場所でコンサートホールみたいなところでやるっていうのはめちゃくちゃ楽というかね、異物が来ないから楽ですよね。でもね、そういう時に撮るっていうのはありえないんじゃないですか。動画撮ったり。撮るために生きてるのがこのバカ野郎って感じだよね。
特にオスの人もそれね、やばいよ本当に。やめといてくれよ本当に。っていうね、バカばっかいるからね。ここはちょっとね、あのあれですよ。声を大にしていいと。そんなの撮るんだったら来るなって感じですよね。
そんな奴にね、演奏をさせたくない。聴かせたくないわ、この野郎って。まずはテンション上がりましたけど、そういうね、なんか聴こうとしてる状態じゃなくて、何か撮ろうとかね。そういうね、ちゃんと聴いとらいいんだろうみたいなところがね、ちょっとテンション上がりましたけど、あるね。
そういう時にね、演奏するって拷問ですからね。もうそんな奴見つけたらもう演奏しないよ、つまみ出すぞっていう感じだよね。演奏家にとってはそういう、ストリートでそんなのやるなよバカ野郎って言われるかもしれないけど、頼まれてるんだから仕方ねえだろうっていうことだよね。
まあそれが一つあるよね。やばいよね。これでまあ、推しの人とか嫌がって逃げていくよね。逃げてくれよ本当にもう。ああという感じやね。そう。まああとはどうだろう。ライブでもそう。
えーっとね、朝からテンション上がった。いいね。うまいね、うまい。えっと、他あるかな。まぶたがなくて困ったこと。耳にまぶたがなくて困ったこと。
音への敏感さと脳内ノイズキャンセル
やっぱり気分があんまり良くないときなんか、周りでいろんな音とかがあった場合は、やっぱ気分によりますよね。寛容なときはそうなんだけど、寛容じゃないときに音があった場合はめちゃくちゃイラついてですね。
音が一回気になると、人ってアテンションがずっと抜けられるんですよね。抜けられ続けるので、そういうときがあったらすごい特定の音に対して執着して聞こうとするんだよね。それすごく危ないよね本当に。
という状態かな。だからやっぱりなんかね、気分によって変わるかな。全然まぶたは落としなくて平気なときと、全部に合ってるときってあるじゃないですか。人って。だからね、すごく流動的というか、こういうパターンのときにはこうだっていうことは言えないんだけど、場面場面でそうになりましたよね。
あと録音してるときに過剰に周りの音が聞こえたりするからね、モニタリングしてて。ちょっと本当にちょっと音が、人が来て喋ったりとかざわざわしたときにそれは申し訳ないんだけど、こっちも撮ってるからそうなんだけど、すごくね、必要として気になるときってのはありますよね。
という感じかな。
それによってね、やっぱりちょっとした音でも気になったりするときがあるから。やっぱり音に対して神経質に処理したりしてるときなんかすごく気になるし。
夜しかね、音の処理、細かい処理できないんですよね。昼だとね、どうしても周りの音が入ってくるし、すごくね、ちょっとした処理でもね、音を消して音が鳴ってるんだけども、頭の中でノイキャンしてね、やってるというか。
そういうね、ノイキャンしながらやるってことは認知資源取られてるわけだから、音に対するすごく細かい処理とかね、やってるときはね、すごく音が大変気になるというか、鳴ってない音、音じゃない、鳴ってない、自分の音でも気になりますからね。
耳鳴りってあるじゃないですか。耳鳴りってね、やっぱりね、どうしても皆さんとか僕らもね、生理的になってるわけですよ、ずっとね。めちゃくちゃ静かな教室なんか行くと自分の耳鳴りでウワンウワン鳴りますからね。
脳にまぶたをつくって生きる
そういう状態で、例えば密閉型のヘッドホンやってるときそうですよね。すごく気になって、その中で音の処理をしてるっていう、やっぱりそういうところがありますね。だからね、そうすると生きられないんですよ、もう。
きちがいというかね、本当にね、気が狂う状態になるので、それ生きてても不利じゃないですか、もう本当に。だからね、これは後付けの話かもしれないけど、耳に蓋するじゃなくて脳の中で音を聞こえないようにするっていう人が、僕もそうなんです。いるんですよね。匂いでもそうですよね。匂いにめちゃくちゃ敏感な人っていうのがいるんだけど、あまりにも敏感で周り臭すぎるでしょ。
都市生活してると。だからね、あえてなんだけれども鈍くしてるというか、鼻を聞かないように息を閉じるのか知らないけどね、そういう感じの人もいらっしゃるわけなんですよね。
ちょっとこれで写真撮ろう。ちょっと写真ね、証拠写真。水の音が聞こえてきますね。そういう匂いが嫌で、鈍くしてると本当に鈍くなった人がいるんだよね。
神岡龍太郎さんはそう言ってましたね。ラジオかどうかテレビかなんかで亡くなられた。あまりにも鼻が敏感すぎて、大変しんどいから、鈍くしてると本当に鈍くなったっていうか、そういうことをおっしゃってましたね。
はい、すごいな。僕もそれありますね。家族でね、これ言ったかもしれないけど、AI、こんな話したよね。子供が甘えた時に鳴き声がすごく気になるので、どうしてもね、生活する前にすごく気になったりとか、あと喋るとまた気になりますよね。
敏感さと折り合う聞き方
だからね、最初は慣れなかったんだけど、だんだん慣れてきましたね。人の声で意味のあるね、身内の声ですよね。だからね、そういう場合でも、やっぱりなんか慣れてくるというか、耳にまぶたがないからこそ、脳にまぶたをね、仮まぶたを擦られていくっていうことをね、するようなこともできる。できるんだよね、人ってね、ある程度ですけど。
だから折り合いをつける意味では、敏感なだけではすごくきついんで、まあ適宜ですね。フィルターを頭の中でいくつか置けてるじゃないですか。ライブするときも音があるの当然なんで、そこはそういうもんだと思ってね。
前あのミサヤマっていうあのところで、布屋ミサヤマね、弾いたときなんか本当に店のところで月一弾いてたけど、もう演奏してる状態、BGMだからね、そういうこと無視してほんと開門するわ、背中こっちに向けるわって感じの人でね、人がいない状態で演奏してましたけどね、それもやっぱり声とか色々聞こえるわけですよね。
だからね、やっぱりそのあたりは敏感すぎても生きられないので、だからバーターなんだよね、感性を鋭くしようって、無責任では全然言えないんでね、それは結構。だからやっぱりそのあたりは気をつけた方がいいんじゃないというかね。
難しいよね、それは。割と。何点かな、だから瞼がない分、その人の聞き方の切り替えをやっぱり意識的にしていくっていうのがね、すごく必要なんじゃないでしょうかね。意識的にするってすごくやっぱり難しいことだと思うなぁ。
ただでもそれはね、耳取りである程度可能ですよね。聞かないようにすることできないから、自分にとって聞かなくするっていうのも、やっぱり現代社会って色々な音がね、今もこう立場の中に来たけど、スクールバスのピピピ音でも人の目に耳に全部入ってるわけじゃないですか。
これすごく感度2000Hzぐらいでしょ。そういうのもみんな聞かないようにして生きてるわけですよね。だからそのあたりはね、それぞれ生きるための知恵として、瞼を脳の中にこしらえていくっていうか。
僕はそれは、もうやばい、どうしようもない、図書館で勉強してたら隣の人が貧乏主義するみたいな状態すごくあるんだけど、それがね、ガンガンワンワン言ってると、今みたいにちょっとね、わーって朝から認知資源取られるじゃないですか。今から収録を4本するんだけど、4本じゃない、2本か、2本するんだけどね。
だからそれは生きる術として、できたらね、あんまり感じすぎない方がいいというか、ある部分では感じるし、ある部分では感じなくさせるようなね、そういうやり方っていうのがすごくよくって、今ね、僕のいる研究室のところの階段に登っていると。外階段なんですけどね。
まあそういう感じで喋りながらね。結構喋るとギリギリまで行くね、これね。歩いて、ちょっとね回数が高いんですけど、歩いて行ってますよ、毎日。だから駅から20分ぐらいかな。
まあ本当に朝からテンション高くなったな。配信じゃないわ。録音結構いいけるかもしれないけどね、普通に。という感じで。耳にまぶたがないのはね、本当に仕方ないというか、どうしようもないけど、そこは折り合いつけていくというか、過剰にそれで心配するとかね。
なんか気にするというか、不幸になるのは良くないので、やっぱり生きる術をつけていくっていう、この切実な思いからね、耳取りをやったんだなというふうに思いました。ということで、高いところまで来たので、これで終わります。
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