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おはようございまーす。小松正史でございまーす。
今日ね、ちょっとなんか梅雨の時でも涼しいって感じで、またお昼、ちょっと外に行かれるところでね、音声撮っておりまーす。
今日ね、喋ること何なんだろう?
あのー、まあ、僕の専門は音とかね、音感規を、そして周囲の音をね、聞いたり、収録したり、分析したりね、表現したりすることですけども、
改めてね、なんか音を聞くことの効果みたいな、そんなことをね、今日喋ってみたいなというふうに思いますね。
でね、やっぱり人ってこう、普段刺激のあるものをね、感じたり聞いたり、多種なんだりすることが多いですよね。
で、忙しくなればなるほどね、周りのことが、こう、なかなか見つめられづらくなったりとか、メタ認知ができなくなったりとかするっていうことで、
不のループに行くことがね、僕自身性格が弱いというかね、決して強くない弱いこともあって、そういうところがあると思うんですけど、
常にね、やっぱりなんかね、音を自然と感じる力というか、そういう機会を持つっていうのが、持つというか持ってしまうんだよね。
なんかね、ふとした時に、やっぱり日々ってこう、今めちゃくちゃ快適とかね、いい状態なんですけど、やっぱりなんか、なんかの調子で崩れたりすることっていうのが前に結構あって、
まあね、ちょっと全人口の話をしましたですけどね、まあそういう組織があった時に、やっぱね、常に外に行こうとか、今の場所離れてみようとかね、
そういうことをね、常にこの感覚レベルでやってたんですよね。で、それをやるところっていうのが、やらなければっていうドゥイングでやってたんじゃなくって、
自然とそういうふうにね、体が出向いていたんですよね。まあその一つが多分自転車で、
えーとね、多分コロナ禍の直前ぐらいから自転車に乗り始めたのかな、なんかのきっかけでね、やっぱりずっと当時ね、全人口は地下鉄を使って、
えーと、ボイリン駅まで行って、そこからだいたい歩いてたんですよね。もちろんスクールバスがあったりもするんだけども、すごく歩いたりとかね、
あの、30分ぐらいなんですけど、ちょっと気持ちを和らげていこうかなとかね、えー、少し整えたいなとか、リセットしたいって感じかな、
まあそういう感じで、よく歩いてたんですよね。それで普通だったらね、スクールバスで10分ぐらい行けるところを歩いたり、じっくり音を観察したり、
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当時からブログなんかよくね、特にFacebookにあげてたことが多かったかな、今は全然あげないですけど、写真をあげて、それでやってたっていうのがあって、
あまりにも忙しくなるとそれすらできなかったですけどね。そういうふうにして、現状、現実の空間、職場環境からちょっとパージしようかな、みたいなことをね、
それこそビーングでやってたんですよね。無意識でやるっていうことが結構ポイントだったのかなっていうふうに思うんですよね。
でね、それって僕にとっては生きる処方箋なわけですよね。なんかやっぱり歪みが出るわけですよね、生きてると。
体の歪みだったら骨格に来て、腰が痛いとか首が痛いとかね、そういうところになると思うし、精神的な歪みが来たと思ったらそれが体調にも影響を与えたりとかね、
ちょっと塞ぎ込んだりとか、極端にハイとかローとかになって、結局自分の平均値的というか、一番の元となるような感覚というか精神的なレベル感ってあるじゃないですか。
それがわからなくなったりとかする、そういうこともあったりもするし、そこで唯一ね、昔からピアノとかそういう自分で音を出すことによってそれができつつある、やったのはもちろんあるんだけれども、
自然とこう、僕全然つけないんですよね。高校とか大学生の時はね、イヤホンとかね、今で言うエアポッツですよね、それをつけてたんだけど、今は全くつけないんですよね。
つけるとね、なんか呼吸困難になるみたいなぐらい嫌なんですよね。
それでも音楽作ったり音の編集でどうしてもモニター、ヘッドホンはつけますよ。つけるけれどもそれは瞬間ですよ。ずっとつけないから、しないんですよね。
息苦しい。なんかね、耳で呼吸している感じがするんだよね。そういう広がりを感じるっていうのが、やっぱり視覚と比べるものにならないほど音にはあるので、そういう感じで開けていくっていうことを結構してたんですよね。
その状態でやっぱりね、どうしてもこう、低速感、僕の嫌いな恐怖、恐怖の話前にしたけど、恐怖とかね、パージしたいものっていうのは、今現実には目の前に恐怖とかね、命を脅かすものはないけれども、なんかこう、自分で詮索模索というかね、荒らぬ刺激を脳の中で作ってしまうわけですよね。
人間っていうのは、良くも悪くもね。なのでそれでやっていくと、妄想を考えてしまうわけなんですよね、本当にね。そういう感じでやってて、結局思ったのが、それがどんどんどんどんね、無意識のうちにそういうのがあった場合に何もしなくて、メンタルが病んでいく場合と、
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そうじゃなくて、自分なりにレジリエンスっていうのかな、それでどんどん治していくっていう状況になるっていう、その瀬戸際もね、なかなか難しいんですよね。この辺りが瀬戸際ってなかなか言えないので、そこがもう教えられないよね、このラジオとかこの音声でもね。
どうしたらその瀬戸際がわかって動けるんですかみたいな、それもね、いや難しいんだよね。だからもう、そんな簡単にさ、ラジオ聞いて自分のメンタル整えるような話があってさ、しましょうってさ、それで治るってそんなことないよね。一生そういうものに付き合うしかないじゃないですか、人って別にそんな。
そのためにラジオ聞いてるわけじゃないですから、そこまではどうしようもなく難しいっていうことしか、今日も喋らないけどさ。だからそういう時に体の状態がどう変わるかなんですよね。
僕はそれはありがたいことに、危険をね、全意識の段階で持ってて、パッと動けるっていうことができるというか、生存バイアスの話してませんよ、それはね。これは生存バイアスだろうって言ったらね、今訴えられますからね。
そういうリスナーさんはいらっしゃらないから安心して喋ってるんだけど、そういうふうにね、自分なりにやっていくっていうことが必要なわけですよね。僕はそれで、僕はなんか助けられてますね、体というかね。そういうのをすごく感じることができるので、そういうところをね、どう自分の体に耳をすますかっていうことをね、考えながら進んでいきたいなっていう、そういう今日はお話でした。