精神科の地域を学べる番組、歴史から学ぶ精神科ラジオ。
この番組では、精神科医療を作った人々、現在のトピックスを精神科医が解説します。
精神科専門医30年、医学博士で、現在、開業医のマリモ等。
その姉で、障害を持ちの方の就労支援事業所を経営していて、
本当に暑い暑い日中にサッカーの練習をしている選手たちを見て、
本当に尊敬をしている桜がお送りします。
アダルトチルドレンの行方です。
はい、ありがとうございます。
今日はね、アダルトチルドレンの話をしようかなと思ってるんですけれども。
はい。なんか一時期よく聞きましたよね。
あ、そうそうそうそう。そうでしょ。
僕らの年代の人らはきっとどっかで聞いたことあるねっていう話だったと思うんですけど。
最近はあんまり使われてないんですか?聞かないなって。
あんまり聞かないですよね。
多分、最近の精神科医療とかに関わっている人もあんまり聞いたことないに違うんかなと思うんですけどね。
あ、そうなんですね。
でも、昔一時期はやったっていうこともあって、ちょっとそういうのを振り返ってみようかなっていうことです。
だいたいね、日本ではね、1990年ぐらいに結構流行りました。
僕らがね、20代とか30代のころですよね。
そうですよね。
20、30年前に、わりと日本でもブームになった概念なんですよね。
精神科だけじゃなくて、一般の社会の中でね、アダルトチルドレンみたいな話とか言葉っていうのが取り上げられたっていうのも特徴なんですよ。
そうですよね。よく聞きました。
なんか雑誌とかテレビとか雑誌とかでも取り上げられてたって言われてて。
ただね、僕は実はね、この業界に居つつあんまり知らんのですよね。
あ、そうなんですか。
はい。つまり精神科病院とか大学にこもってて、あんまり世間の風に吹かれてなかった。
なるほど。
うん、あんまり知らんのですよね。ただ、時々患者さんからこんな話を聞いて、「は?」みたいな会話をした記憶があって。
何それみたいな話が記憶があるんやけれどもっていう話で。
で、今回これ取り上げたのは、それがね、ちょっと自分の中に引っかかってて。
なんで自分には何にもこの話題が引っかからずに、でも世間では割と取り上げられてたみたいな話を感じてて。
これって何だろうなと思って、ちょっと調べてみたっていうことなんですね。
なるほど。
はい。現在に繋がるような話にもなるかなと思ったので、ちょっと勉強したいなと思います。
アダルトチルドレンっていうのはね、やっぱりそもそも精神科医療の中で出てきた言葉なんですけれど。
そもそもはね、このアルコール依存症である親の家庭で育って成人した方の名前というか、そういう名称だったんですよ。
つまり、アルコール依存症の治療を受けている本人の子供たち、その子が育ったとっていう話に、ちょっと注目した方がいてて。
その方々にアダルトチルドレンっていう概念とか言葉をつけたんですよね。
どうもその子供たちっていうのは、親の虐待とか不中とか、いろんな機能がきっちりしていない家族の中で育ったから、大人になった後、息づらさを抱えた人々になってて、っていうような話にこれが広がってですね。
90年代後半には日本の社会でも、親が原因で自分の息づらさを抱えている人っていうのをアダルトチルドレンみたいなことでですね、流行ったっていう概念なんですよね。
なるほど。結構確かに流行りワードみたいな感じでよく使われてましたよね。
そうですね。その当時はね。最近も全然聞かれなくなりましたけれどもっていう話ですね。
それで、そういうのもあるんですけど、それだからといって解決するわけじゃないんですけれども、やっぱり問題も起こってきて。
1960年から1970年代にかけたら、このアルコール依存症っていうのが、医学の中できっちり位置づけられるようになります。
ちゃんとした脳の病気、体の病気っていうことが明確になってくるわけなんですよね。
アルコールによっていろんな症状が出ると。離脱症状だったりとか、体制だったりとか、身体依存だったりっていうことが、これはアルコールの離脱症状ですよっていうようなことがわかってくるわけですね。
例えば、安静アルコール中毒になった人が、アルコールをちょっと抜くと手を震えたりとかってすることあるんですけどね。
こういうのは、離脱症状だっていうのがわかったりとか。
アルコールって、はじめはそんなに飲めないんですけども、だんだん飲む量が増えてくるって言われるんですけど、これを体制とかって言うんですけどね。
こういうのがアルコールにはあるなっていうことがわかってきたりとか。
体の治療をすることで、そういった治療と、そういった症状を取ることができるっていうことがわかってきます。
下毒入院とかっていうのをさしたりとか、あるいは酵素剤っていうお薬も出てきたりして。
酵素薬っていうお薬を飲んでると、アルコールを代謝する酵素が阻害されて、つまり悪酔いするようになるんですよ。
僕ら兄弟はアルコールほぼ飲めないじゃないですか。
飲めないですね。
つまり、アルコールを飲むとすぐに頭が痛くなったりとか、ふらついたりとかして。
こういう人らっていうのは、アルコールを代謝する酵素がもともと少ないんですよね。
そう言われてますよね。
そういう一定の人間、そんな方がいてるんですけど。
この酵素薬っていうのは、そもそも肝臓にアルコールを代謝する酵素を持っている人たちの酵素を止める薬なんですよ。
私たちのようになるんですね。
そうそう。そういった薬があるんですね。
でも飲めなくなるということで、そういうのも返されて。
実は栄養な気もするんですけど、でもこれはこれで問題でね。
やっぱりその薬って毎日の間んと効果ないんですよね。
なるほど。
だから、今日はアルコールを飲まないよっていうことを誓って、その薬を飲むっていう形にしないといけないし。
困った家族が、この酵素薬をアルコール依存症の方にかくれ飲ましっていうこともあったんですけど。
でもそうすると大変なことが起こるのよ。
飲むもんね。
飲んじゃうんですよ。薬をもう一回飲んじゃって大変なことが起こって死にそうになるんですよね。
だからあんまり意味がないよっていうこともあるんですけど。
一応酵素薬もかやされたりとかして。
だけどやっぱりいずれにしてもまだまだ限界があるよねって言われてて。
じゃあどうすべきなんだろうっていうことを考えていく中で、1970年とか80年代に、
アルコール依存症っていうのは本人だけの病気っていうんじゃなくて、
家族全体としての病気と考えるべきなんじゃないかなっていう考えが出てくるんですね。
この強依存とかイネーブリングとかって言うんですけど、
なんとなく強依存とかって聞いたことありますかね。
ありますあります。
依存症の患者さんはそのことだけに依存してるんじゃなくて、
その家族っていうのはその方とうまく深く接する中で、
強依存の関係になるって言われてるんですよね。
イネーブリングっていうのがアルコール依存をしている方の世話を焼いたりとか、
飲酒を隠したりとか、借金を返済したりとかってする家族とかの気持ちを言うんですよ。
本人の代わりになんとか助けたいということで、こういったことをするんですけれど、
そうすると、かえって依存症を助長していると、支えてるということになってるよねっていうことに気づくわけですね。
家族としてはね、なんとかこのアルコール依存症の方をよくしてあげたいということで、
世話を焼いたりとかいろんなことをするんやけれども、
それがかえって依存症を強めてるというか、維持させてるということになって、
そうせざるを得ないような気持ちっていうのを強依存って言ったりとか、
あるいはその方のイネーブリングしてるとかってね、
そんなことに家族化になってるってことに気づかれるわけですよ。
だから家族全体としてそういったことを介入していかなあかんよねってことになるわけですね。
ちなみにこのイネーブリングをどうするかっていう問題は結構いろいろあるんですけど、
これ難しいですよね。
基本はね、見捨てるんですよ。
そうですよね。
見捨てるっていうことが、その患者さんを治療するという意味で大切と言われてるんやけれど、
もちろん本間の意味で見捨てるんじゃなくて、世話を焼かないということで、本人に気づいてもらうということで、
どこかでもちろん接点は見つけてはいくことにはなるんやけど、
っていうような共依存とかイネーブリングをどうしていくかっていう問題っていうのが1970年代に気づかれることになるんですよね。
現代はもうちょっと家族システム論とかで、あんまり簡単にこんな感じじゃなくて、
いろんな問題っていうのをもうちょっと捉えていきましょうっていうのが一般的なんですけど、
代表選手としてはやっぱり共依存とかイネーブリングっていうのがあるよっていうのが分かってはきていました。
その中で出てくる言葉なんですよね。このアダルト・チルドレンっていうのはね。
じゃあそういった家庭で生まれ育った子供さんがどうなるかっていうことを気にする方が出てくるわけです。
子供さんのことに注目した方っていうのが何人かいてて、このアダルト・チルドレンという概念が生まれます。
その中の一人をちょっとご紹介したいと思うんですけど、クローディア・ブラックさんです。
1944年生まれなので、僕たちよりも20歳、30歳上ぐらい。
そうですね。
現在もご現在みたいで、84歳ぐらいの方ですね。
この方、例えば一人ちょっと挙げてみたいなと思うんですけれども、
この子のアダルト・チルドレンを研究した第一人者の一人ですかね。
1970年代以降の依存症の家族療法を大きく変えたと言われています。
最もこのクローディア・ブラックさんが見つけたことで大切なことっていうのが、
この依存症っていうのは依存症の患者だけじゃなくて、
その家庭の子供たちも深く傷ついているよっていうことを社会に広めたっていう方なんですね。
ソーシャルワーカーと言っていいかなと思うんですけれども、
この方はアメリカで育って、ワシントン大学で社会福祉学を卒業して、
その後ソーシャルワーカーとして依存症の施設で働いていました。
働きながらソーシャルワークの修士号と社会心理学の博士号も取得すると。
働きながら勉強もしてということですね。
その中で臨床課として子どもたちと毎日接する中でその理論を生み出したとされています。
クローディア・ブラック自身が生み出したかというと、
アダウト治療伝という言葉自体はちょっとその前からカナダの先生が言ったというのもあったようなんですけど、
大きく広めたのがクローディア・ブラックかなと言われているんですよね。
クローディア・ブラックが依存症の治療で働いている頃っていうのは、
依存症治療の治療対象というのは基本依存症を持っている患者さん本人だけだったんですよね。
その方が来て、その方をどんな風に治療しようか、お話をしていくかっていうようなことをやるのが中心だったんですけれど、
このブラックはですね、病院の待合室とか面会をする中でですね、本人さんと面会する中で患者さんの子どもたちを見る機会があったんですよ。
その子どもさんというのはとっても静かで問題を起こさないし、礼儀正しいなっていうことに気づいたんだけれども、
ちょっと関わったりをすると、絵を描かせたりとか遊ばせたりすると、
なぜか普通の子どもよりも恐怖感だったりとか孤独感を強く感じているなっていうことに気づくんですね。
しかも自分を責めがち、全部自分のせいだなと思っているという子どもが多いことに気づくんですよね。
子どもたちと話すと、子どもたちっていうのは誰も私の話を聞いてくれないっていうことを、
直接は訴えないんだけれどもっていうことをなんだかブラックは感じるようになるわけですね。
この当時ですね、アルコール依存症の大人になると逸脱的な反社会行動を起こしやすいと。
飛行少年とか飛行少女になるよって思われてたんですけれども、実はそうでもないぞということに気づくわけですよ。
実際のところですね、いろんなタイプの飛行があるんですけれども、なる方っていうのが20%以下って言われてて、
そうでない80%くらいの方っていうのがいてたって言われてて、
圧倒的な多数はそういう問題行動を起こさない子どもさんが多かったんですけれど、
その当時は反社会的な行動を起こす方の親御さんが依存症だったみたいなことっていうのが結構目立ってたので、
ちょっとそういう社会的なイメージがあったようなんですよね。
なるほどです。
実はそうじゃなくて、アルコール依存症のある家庭に育った子どもたちっていうのは、
そういう確率的に飛行するんじゃないよということに気づいて、
じゃあどうなってるんだろうっていうことを、このブラックはちょっと分類してみたんですよ。
で、4つに分類してみました。
役割ごとに子どもっていうのは家庭の中でこんな行動してるよっていうことに気づきます。
まず1番目は責任者、優等生としてですね。
その家庭の中で子どもにもかかわらず優等生的に振る舞うという方もいてると。
2番目としては純能者、問題を起こさないと。
その中で風が吹けばそれに従うというか、強い人になびくというか、
いろんな状況に純能している人っていう人。
あと3番目はなだめ役として、家族とかの対立したり怒ったり喧嘩とか多いじゃないですか。
それを調整したりする人、なだめ役の人。
4番目として行動家とか飛行、反抗する人。
この4番目の人が飛行とかいろんな問題を起こすと。
この4種類に分けたってことでね。
飛行に走る子が目立つからね。
どうしても目立つんやけれども。
でもいろんなタイプがあるよということに分かったわけですよね。
子どもは厳しい家庭じゃないですか。
ここで生き残るためにはいろんな役割を演じるなということに気づくわけですね。
子どもたちについての本を書くんで、1981年に本を出版して割と有名になる。
その本の中でこの依存症家庭の有名な3つのルールというのを説明しました。
そのルールというのは
Don't talk, Don't trust, Don't feelということで
話すな、信じるな、感じるなということでね。
これが家庭の中での暗黙のルールになっているよということを言ったんですよ。
これね、このDon't talkというのを話してはいけない。
家庭の問題を話すなということが
Don't trustといって信じるなということで
これ信じるなというのは何かというと
約束は守られないということですね。
つまりお父さんとかお母さんが言うと
約束というのは守られないんだよ。
誰も信用できないんだよというルールがある。
Don't feelというのは感じてはいけないということで
つまり怒りとか悲しみも我慢したりする。我慢する必要がある。
感情を表現しないというルールが
暗黙のルールの中にあると依存症の家庭にはね。
その中でこの子どもたちは生き残っていけないといけないから
いわゆる機能が従前の家庭とは違うような振る舞いを
子どもたちはするんだよということを示したわけですよ。
その中で育った子どもさんというのは
自分だけは親みたいにならないよということを思って育ってはいるんだが
実際には親と同じような人間関係とか苦しみを
繰り返してしまうことが多いので
そこから回復することを考えないといけないよ
みたいな本を書くわけですね。
これが世界中で20万部以上発行されました。
日本でもこれが翻訳されて出版されて
アダルト中ドレムブームにつながることになるんですけどね。
なるほどです。
っていうこのアダルトチルドレの概念を
ある程度提唱したというか
世に広めた方なんですよね
このアダルトチルドレの概念って
実際は今後どう発展していくかって
70年代の段階ではあれなんですけれど
出だしとしてはですね
結構革新的なんですよね
つまりこの自分の生きづらさの原因っていうのが
親が作った家庭に関係してくるよっていうことを
提示したんですよね
性格っていうのが
親の育ちとも
親からどんなふうな子供の時代に
行為を受けてたか育ちがあったかっていうことが
影響するというふうに
定義した一つだったんですよね
これが一つ画期的というか
その当時としては割と
そうなんやってみんなが不に落ちた内容だったんですよね
だから今現在苦しいっていうことって
精神科で突然出てくる方がいるんですけど
それが単に自分の性格だったりとか
何かの病気とかっていうだけじゃなくて
小さい時の親子関係っていうのが
何か影響してるかもねっていうのを
一つの要素として加えたと言われてますね
なるほど
これは現在もそうなんですよね
そうですね
こういった問題っていうのがやっぱり
ずっと響くこともあるので
そういったことも気づけないといけないよねっていうのが
気づかせた一つの始まりだったかもしれないね
なるほど
っていうような話が
アダルトチルドへの始まりの部分になります
これが割とアメリカの中で広がるというか
依存症治療の中でこういったことって大切ですよねとか
あるいは精神科医療の中でも
こういった考え方ってあるよねっていうことが
ちょっとずつ広がっていくっていうのが
70年代から80年代にかけてっていうことなんですよね
でもここの話ってあんまり知らん人が多い
アダルトチルドがここから始まったっていうことは
日本ではあんまり知られてなかったですよね
そうアルコール依存症から出たっていうのは
初めて聞いた感じです
多分初めて
あんまり依存症
依存症の治療とかって
今現在の精神科医療の中では
割と中心人物の一つにはなってるんですけれど
でもねやっぱりこれは最近やね
2000年代以降ですよ
依存症がこんな中心になってきたっていうのは
そうですよね
やはりこの70年代80年代っていうのは
まだまだ精神科医療の中でも脇役やったし
ちゃんと医療の中に登場してきたのもこの時期なのでね
まだまだこの問題っていうのは
この当時では脇役中の脇役だったんかなと思うんですけどね
そうですよね
っていうような問題がありました
桜さんあります?
感想というか
ここで感想を求めたのもあるかもしれんけど
アダルトチルド連って
ほんまにいっぱい使った時期があったなと思うんですよ
ちょっとこう問題があるとか
いろんな広域的な広い意味での使い方を
みんなそれぞれが勝手にやってたなみたいなところが
ちょっと記憶にあるんですけど
今日でもともとはアルコール依存症の親御さんの子供
のことから始まってるっていうのは
今日初めて私たぶん知ったので
男子会の話が出てきて
そういうのも絡んでくるんだと思って
男子会って今でもずっとご経験された方が
会を作って仲間との語りっていうのをずっとやってらっしゃるんだけど
そこにアダルトチルド連というワードが絡んでたんだっていうのは
今日はちょっと初めて
へーそうだったんだって感じです
なるほど
そうなんですよね
別物だと思ってた
今も依存症の治療の中ではちょっと出てきますよ
そうなんですね
ちょっとメインじゃないんやけれども
時々アダルトチルド連って言葉はまだ現役の言葉ではありますね
そうなんですね
この業界ではね
正しく使われてるんやろうけどね
そうそうそうなんですよね
でもこの精神科の専門用語ではないけど表すような言葉が
流行りワードになることもあったんだなと思って
今思い返してました
はいはいそうですね
そうそうそう
結構流行ったってことは
そういう方が多いっていう認識やったんかな
今までどういう分類とかにもなれなかったけど
結構大変なお子さんがいたんだよ
たくさんいたんだよっていうことなんやろうね
そうなんですよそうなんです
そうなんです
実はっていう話が
この言葉ができたっていう頃から明るみに出てきたってことやもんね
日本ではちょっとこの社会現象チックになって
しまうというかいうことが起こったので
ちょっとその辺のところもまたちょっとおいおい見ていきたいなと思うんですけど
そうですよね
ただ源流がやっぱりこの依存症の治療の考え方の一つだったっていうことですね
面白いなんか箱庭治療とかもこの頃結構流行ったよね
おー箱庭ね
子供さんのそのセラピーニって言って
知ってましたか箱庭治療
ちょうどね私がお母親になった頃に流行ったんですよこの言葉
93年4年92年3年であの子たち生んでるから
その後その箱庭治療ってこの心に傷を負った子たちが
一見普通で賢い子なんやけど
箱庭作らせたらめっちゃ病んでるとかがわかるって言って
そんなのあるんだっていうのはどっかで見ました
箱庭もそうですね60年代70年代とかに割と出てきて
最近はちょっと廃れてるようには思うけれども
僕らが精神科医になった頃ですね90年代とかはありましたね
頑張ってやってた時期ありますね
今はないんですか最近は
ちょっと流行りからなくなってんちゃうかな
ないことないやってる先生もあると思うんやけれど
どうなんや箱庭療法その後ってちょっと聞いてみたい
確かにちょっと調べてみたい気もしてきました
なんかすごいドラマとかでもあったなと思って
精神科の心理室には必ず箱庭セットっていうのがありましたよ
あったんややっぱ
箱庭セットがまた場所取るんだ
病棟医長の僕としてはこいつをどこに治すねん
っていうのがいつも苦労してた
箱庭自体が絶対に庭なんですよ
庭というかでっかい四角の砂が入った庭があって
プラス人形いっぱいお金あがるので
ロッカーが2つぐらい占領されるんですよ
箱庭の遊び道具で
そういうのはちょっと裏話で時々やってみたいですね
面白いと思う
歴史的にそうでしたね
ちゃんとした先生に言われたら怒られると思うんですけど
結構笑い聞いて面白かったけど
箱庭で何かわからんこともあったやろうしね
子供さんの気持ちとありましたね
今でもありません?
キー書いてみ?って言って
どんな企画かによってね
性格判断みたいな
心理テストのバウムテストってやつは
今も結構使えますね
これも流派があるんですけど
バウムテストも気持ちを投影させるのに有用ですね
そうなんや
面白いですね
心理学のそういったのがありますな
勉強にしていただければなと思いました
じゃあ一旦ここで締めたいと思います
精神科の知識を学べる番組
歴史から学ぶ精神科ラジオは
毎週金曜日午前5時に最新話が更新されます
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