佐賀 そうそうそう。びっくり。
びっくりしました。
佐賀 そんな佐賀さんでございますけれども、
ちょっとこちらのリアリスナーの皆さんも佐賀さんのこと知らない方もいらっしゃると思うので、
自己紹介をお願いしたいなと思います。よろしいでしょうか。
佐賀 はい、もちろんです。
広報のコンサルタントとパーソナルコーチの仕事をしています。
佐賀晃子と申します。
現在は岐阜県、出身地である岐阜県にUターンしまして、
2021年にUターンして、岐阜で猫2匹、銀と麦という猫と2匹と暮らしています。
よろしくお願いします。
お願いします。
確かに2021年でしたっけ、そちらに行ったのは。
佐賀 2021年ですね、はい。
2019年に独立して、2022年にコロナ禍やってきて、完全にリモートになり、
今だったら猫飼えるかもと、長年の夢だった動物との暮らしを始めたら、
もっと広いところで暮らしたいな、リモートワークだしなってなって、
いろいろと関東、近郊を探した結果、やっぱり年老いていく漁師の背中を見て、
近くに帰ろうと思ってUターンしたので、
そうですね、2019年、2022年、2021年ですね。
確かに僕らしくはそう言われてみると、佐賀さんとお会いしたのは独立する前ぐらいですよね、たぶん。
佐賀 前かもしれないですね。前が本当にギリギリの際ぐらいになった。
ギリギリぐらいになったような気がしますね、なんとなく。
佐賀 そうか。だいぶ前ですね、じゃあね。
だいぶね、8年前とか、8、9年とかもしかして。
佐賀 8年、10年、そうですね。本当に独立直前、ギリギリぐらいのときですね。
なんかそのときやなきゃ日田高山とかよく行ってませんでした?それをまた独立したと。
佐賀 それはね、仕事であの日田高山の金融機関さんの案件をお手伝いしてたので、サラリーマンのときに。
ああ、そっかそっかそっか。
佐賀 独立してからも高山の案件、たまたまご縁あったんで。
ああ、そうなんですか。
佐賀 はい。でもやっぱり独立前後ぐらいですね。
へえ。確かに確かに。
佐賀 すごい。
そのときは佐賀さんも東京にいて、僕も東京にいたわけですけど、気がつけばギフトながら。
佐賀 そうですよね。お互いね、知ってますね、東京からね。
そして内陸のほうに行きましたね。
佐賀 内陸のほうに。本当に。本当に。
そう。
佐賀 そうか。
最近ね、ギフトが横だし、やっぱり行きやすいのかな、なんてことを調べたら全く行きやすくないんです。
佐賀 そうそう、そうなんですよね。すげえ遠いっていう。
そうそうそう。車でも電車でもやばいぞみたいな。
佐賀 そうそうそう。山があるんでね、日本アルプスが。
そうですね。
佐賀 そうそうそう。
そこが大きいですよね。
佐賀 大きいですね。
でもね、長野の今僕大布施にいますけど、人に聞くと飛行機ってどう使うのみたいなの言うと、もちろん長野駅から東京駅まで新幹線で行って羽田っていう人もいますけど、
あのセントレアの人いましたよ。
佐賀 あ、そうですか。
そう、長野から多分長野鉄道なんだっけわかんない、品野鉄道だっけ、とかで南下して行って岐阜に入って岐阜から名古屋に入りみたいな。
佐賀 へえ。
そう、それはそれでなんか、その移動すら旅だ感じがしていいなって。
佐賀 そうですね。なんか空港行くまでが結構ですよね。
そうそう。そうなんですよ。だからほら結構、佐賀さんもそうかもしれないですけど、沖縄行くときどうやって行くんだろうみたいなね。
佐賀 あー確かに確かに。そうです。私はわりと東京がもうなんか自分の通過点っていうかね、あるいは羽田経由で行くこともあるし、あとやっぱりセントレアですね。岐阜はわりとセントレア近い。
まあそうですよね。岐阜市あたり近いですよね。
佐賀 そうですね、はい。両方のパターンありますね。
確かになるほどね。ちなみになんかこんな余談であれですけど、最近気づいたのが松本空港っていう空港があるんですね。
佐賀 え、松本空港あるんですか?民間空港?
いや、そうそう。それが面白くて、面白いつもあれですけど、松本から出てるのが札幌行きと神戸行きと福岡行きが出てて、
で、なんかね、僕はわかったんですけど、年に1回だけ那覇行きがあるらしいって。
佐賀 そう、謎ですね。
1回ってみたいな。
佐賀 1回ってすごいですね。なんだろうね。
それ狙っていくの難しそうみたいな。
佐賀 本当に。しかもそれはいつなんだって。
いつなんだっていうね。だから逆にね、今度は松本空港から神戸空港とか福岡空港行ってから乗り換え、那覇っていう。
佐賀 確かに。福岡から結構出てますよね。
結構ありますよね。ありますあります。
佐賀 福岡経由ね。
そうそう。何にしても前図審するときは本当に1時間で羽田だったので。
佐賀 そうですね。
規制が大変だなみたいな。
佐賀 確かに。そうかそうか、確かにね。そうですね。内陸そういう問題ありますよね。
ありますよね。でもこの前ね、佐賀さんが沖縄にしばらく行ってるのを見て、なんかでもやっぱ近い内陸なはずだけどすごいな、いいなと思ってました。
佐賀 そう、岐阜って結構面積が大きくって、それから羽田高山って北の方のエリアになると空港とか多分、富山が空港なのかな?
ああ、富山になるかもしれないですね、確かに。
佐賀 そうですね。愛知まで降りるの大変だから。
確かに確かに。
佐賀 私は南の方に名古屋寄りっていうんですかね、愛知県寄りの方に住んでるので。
そうか。
佐賀 あと新幹線が、東海道新幹線があるので、意外と大都市っていうんですかね、絵のアクセスは。
なるほど。
佐賀 割としやすいっていうことに気づきました。西にも東にも。
確かに確かに。
佐賀 岐阜中心なんでね。
ちょっと佐賀さんのいらっしゃる近くに有名な図書館もあったりもしますし。
佐賀 ああ、そうですね。
メディアコンス。
佐賀 メディアコンスですね。
ありますね。
佐賀 あるし、そこも行きたかったりもします。
佐賀さんにも久々に会いに行きたいなと思うので、今度またエキスマ娘とともに行かせてくださいませ。
ぜひぜひ。ご案内します。
佐賀 ありがとうございます。
ちなみに佐賀さんの、それこそさっき自己紹介のときに広報コンサル担当とパーソナルコーチとおっしゃっていただきましたけど、
多分、もともと僕の認識としては広報ずっとやられていて、この数年のどこかでコーチ、パーソナルコーチとしてっていうところも一緒になってきたというか、やられたりするのかなっていうふうな認識をしてたんですけど、
最近で言うとどんな生活をされてるんですか。
佐賀 はい、ありがとうございます。最近の生活は、仕事を独立したのが2019年で、始めの5年間はもう本当に勝手がわからないままとにかく目についたものを全部やりきるみたいな。
そうなんだ。
佐賀 いいですかね、はい。もう命がけの5年間を過ごしたっていう。
命がけだったんだ。命がけだったんだ。
佐賀 命がけだった。命を削る感覚で働いたっていう。
ああ、そうだったんですか。そうなんだ。
佐賀 はい。サラリーマンのときも対外社宿のような働き方してたと思いますが。
対外。
佐賀 自分に全部の責任が来るっていうこともあるので。
確かに確かに。
佐賀 うーん、なんか別の意味での、いい意味でのプレッシャーがすごいあったので、本当に5年間は走り抜いて、たくさんの仕事をいただいたので走り抜いたんです。
そうなんだ。
佐賀 はいはいはいはい。
なんて言うんですかね、5年ぐらい、小年目ぐらいのときから、どうやらこれはもう息苦しい、三欠だ、あの、持続可能じゃないぞっていうことに続き始めているんですよね。
佐賀 そうなんだ、そうなんだ。はい。
ありがたいことにお仕事は、うまくいくって言ったりですけど、喜んでもらえることも多かったし、結果にもつながっていくこともね、結構あったかなとは思うんですけれども、やってる自分がもう本当に死にそうな感じで。
佐賀 へー、そうあったんですね。
これ、そうなんです。どこかで、なんか軌道修正しないといけないけれど、何をどう、どこから着手すればいいか、本当にわからないみたいな、暗中模索な感じで。
で、6年目に思い切って、もうこのままじゃ死ぬと思って、仕事を半分以下に減らしたんですね。
佐賀 はいはいはいはい。
つまりは収入を半分以下に減らしたんですね。
佐賀 そうなりますよね。
そしたら、1年間無事に生きていけて、かつ、なんか貯金が全然減らなかったっていう謎の現象が。
佐賀 そう、それは確かに謎ですね。
謎ですね。
佐賀 それは謎ですね。すごいな。
あれ、収入減らして、支出そんなに、支出ももちろんね、気をつけて減らしたと思うけれど、そんなに減ってないのに、なんか最終的な着地が減ってないみたいな。
まさしさん運用とかね、あの奇跡もあるんですけど、あれ、なんか独立投資者のような稼ぎ方しなくても、生きていけるんだっていう衝撃を受けて。
佐賀 なるほど。
すごくそこで自分の中にスペースができたんですよね。
佐賀 ああ、スペースなんだ。
それは時間っていう、ある種スペースみたいなものもあるし、気持ちのスペース、余裕みたいなものはあるんですか。両方ですね。
佐賀 そうなんだ、そうなんだ。
なので一旦、一旦仕事を減らしてみようっていうフェーズが、その6年目に来たんですが。
佐賀 6年目っていつだ?
えっと、2000…。
佐賀 最近、一昨年ぐらい。
そうですね、はい、2年前、3年前ぐらいですかね、はい。なんですが、結局その仕事をずっと減らしたまま来ていて、
で、加えて昨年、本を書くっていう機会をいただいたときに、もっと言うとその前に大学院に入ったタイミングで。
佐賀 ああ、そっかそっか、はい。
研究と仕事の両立がすごい難しいということに気がついて。
佐賀 ああ、そうだった、言ってらっしゃるのめっちゃ追い込んでるなみたいな思ったんですよ。
はーい。で、一旦休学、2年休学したんですが、本当に研究やるんだったら仕事をもうもっと減らさないとダメだっていう。
佐賀 ああ、はいはい。
いろんな初先輩方にね、社会人入学の先輩方に聞いたら、もうほとんど仕事はやってないよってみんなおっしゃってて。
佐賀 そうだね。
ああ、やっぱそうなんだと思って、私、なんか片手間って言うとあれですけど、多少の仕事やりながらできるかなってちょっと高く思ってたんですが、
佐賀 うんうん。
ああ、これはダメだっていうものもあり、一旦休学し、で、速攻してる間になんか本を書くっていうお話をもらって、
本もやっぱりすごく集中してやる話なんで、仕事を減らしてっていう感じだったんで。
そうですね。
佐賀 へえ。
今も、はい、候補の長いお客さんのお仕事を細々とお受けしているのと、
あと、コーチとして個人の方のお話を聞くっていう方のクラブさんが何名かいらっしゃって、
はい、細々とです。
佐賀 へえ、そうなんですね。
今の伺いながら、それこそさっきもお話しされてた、書かれた本、タイトルが女一人フリーランス。
佐賀 女一人フリーランス。
でしたね。
そう、あちら配読させてもらった中で、
佐賀 ありがとうございます。
ありがとうございます。
なんか、なんていうんですか、ここまでセキュラリーに書いてくれるんだ、みたいなことをね、すごい思って、
佐賀 さん、この時期そうあったんだなとか、なんかいろいろ思い返しながら、
ってすごいなってました。
ありがとうございます。
いや、そうなんですよ、なんか働き方って、ほんと正解がないから、ペースも量もね、いくら稼ぐとかとか。
佐賀 そうですよね。
ね、あの枠組みってのは決められているけれど、
フィラスって、そこを全部自分で組み立て直すっていう、ある意味自由とね、権利が、当然責任もあるけど。
佐賀 そうですね。
それはぶち壊したかったって感じ。
佐賀 ぶち壊しかった。
あと、息苦しかったからね。
ちなみになんか本を書いてみて、書いてる途中とか多分きっと大変だったんだろうな、書くのも大変じゃないですか。
って思ってたんですけど、書いた後どんな、何て言うんですか、佐賀さん的にご自身に影響、反響みたいなのあったんですか。
佐賀 そうですね、まず書くの大変で、1日間ぐらいかかった、ちょうど1年ぐらいかかったんですけど。
1年だったんですね、そっかそっか。
佐賀 はい。もう途中やっぱり落ち込む、1人でそれこそ岐阜にこもって書いてたんで、もう私に本なんて書けないみたいな、本当にどんどんこうしたら。
そうなんだ、そうなんだ。
佐賀 そうで、何度、こんな感じかな、私に書けるのはこんな感じかなって何度か原稿書いて編集者に送るんですけど、悪くないし、この調子でいいですよとは言いつつも、なんか真送ってない感じがずっとあって。
へえ。
佐賀 なんか表面的っていうんですかね。
ああ、そうなんだ、そうなんだ。
で、こんな原稿を私は読みたくないし、読んで出したくないなって思うので、じゃあもうこれはしょうがない、もう最後の奥の手だと思って、自分の芸風であるセキララにいろいろ。
佐賀 芸風、芸風なんですか。
芸風なんですよ。辞書をSNS芸に。
佐賀 確かにSNS確かにいつもセキララだなと思うんですけど。
そうなんですって、結局それがなんかみんなとのコミュニケーションのきっかけになったり。
佐賀 なるほどね。
時にこんなに書いて大丈夫って心配されたりとか。
佐賀 されるんだ。
されますね、時々ね。
佐賀 そうかそうかそうか。
あと実は私も同じような経験があったよってメッセージも送ったり、なんていうんですかね、やっぱり世の中とつながる自分のある種インターフェースみたいなところだと思って、初めに書いたのが7章の割と女一人で生きたいみたいなところだったんですけど。
佐賀 そうかそこからだったんだ。
そうなんです。そこをもう自分の描きたいように描ききったら、あ、なるほど、この、こんな感じねっていうのが掴めて、編集者もこれは面白いってなって、じゃあそこからっていうので1章とか3章とかパートごとに書いていったって感じだったんで、本当に自分のスタイルを確立するのには本当に長い時間がかかった感じでした。
で、出した後の反響はありがたいことに、なんかもちろん知っている人たちからもたくさん届きましたし、あとあの読者特典みたいなので、あのちょっとこうワークシートみたいなのつけて、
ああ、はいはいはい。
あの思ってたときにこの本に出会いましたとか、ワーキングホリデーであのヨーロッパの方に行くタイミングでたまたま本屋でこの本と目が合っちゃって、もう荷物減らさないといけないのに単身で行くから、もうこの本だけは絶対持っていこうと思って。
その方はね、その後コーチングも申し込んでくださっていますでしょ。
あ、なるほど、なるほど、そうなんだ。
とかそんな、なんか思いもかけないいろんな反響とか、実は自分もこんなことがあったんだよっていう、ある種皆さんの自己開示みたいなのをたくさん受け取った感じです。
ああ、そっか。いや、めちゃめちゃいいですね。
そうなんだ。
それは嬉しいですね。
そうですね。私自身は本を書いててなんですけど、自分の名前を売っていきたいとか表に出たいみたいな性格ではあんまなくて、むしろ本っていうものを媒介にして、対話が深まるとか、読んだ人が、一旦著者としての人生をセキュララに吐き出すんだけど、
それを受け取って、じゃああなたの人生これからどうデザインしていくかっていうのを考える番だよみたいな、どうですかっていうふうに、なんかコーチングセッションを終えた時のような独語感を、どうやってこの二次元の文字っていう一方通行のメディアで再現するかっていうことに挑戦したっていう感じだったんです。
へえ。
対話だと動機して、なるほどそう思ったんですね、じゃあこれはどうですかってインタラクティブにできるけど、
確かに確かに確かに。
本って一方的だから、いかになんか似たような効能っていうか感じを作れるのかなってちょっと考えてました。
それがまあ一つ表出したのがそのワークシート出していくみたいなところだったりとかあったんですね。
はい、あとその全ての章の後に、じゃあ私はこんな感じの人生でこんなこと考えてきたけど、あのあなたの場合こういうことはどうですかっていうちょっとなんかワークみたいなのをつけていくとかして。
ああなるほどね、なんか今の聞くとなんていうんですか、僕も今すごくそれを考えたいんだなって今ちょっと聞きながら思って、何かっていうと、
図書館の館長になってみて、図書館ってあるいはその本がたくさんある場所じゃないですか。
でもそれとやっぱり著者の方が、あくまで構造上仕方ないというか普通ですけど、著者の方が一方的に書いている内容が置かれ続ける場所じゃないですか。