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2026-03-09 35:03

#82 『歩くという哲学』ーー | ゲスト・編集者, コピーライター/山村光春さん

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編集者/コピーライター山村光春さんをお迎えして、“読みかけの本”について語り合います。
 
【今回のゲスト】
編集者, コピーライター / 山村 光春さん
カフェやインテリア、ファッション、海外文化など。生活まわりのジャンルにおける企業やブランドのコピーライティング、雑誌や書籍、ウェブの編集・執筆を手がける。「やさしい編集室」主宰、「京都芸術大学」講師。またリフレクソロジーのユニット「FOOT&LIGHT&GO.」としても活動。東京と福岡の2拠点暮らし。 おもな編著作として「カフェの話。」「眺めのいいカフェ」(ともにアスペクト)「おうちで作れる カフェのお菓子」(世界文化社)「家具をつくる、店をつくる。そんな毎日。 -MAKING TRUCK- 」(アスペクト)「MY STANDARD 大人の自分定番」(主婦と生活社)など。

【登場した本】
『歩くという哲学』フレデリック・グロ

感想

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サマリー

今回のゲストは編集者・コピーライターの山村光春さん。山村さんは、コピーライターという肩書きを名乗るようになったのはここ1、2年のことだと語ります。以前は、広告代理店に勤め、華やかな賞を受賞するようなコピーライターの世界に、自分はそぐわないと感じていたそうです。しかし、長年企業のコピーライティングや編集の仕事に携わる中で、言葉を職人のように扱うコピーライターという仕事に憧れを抱き、ようやく自分にその肩書きを「許せる」ようになったと語りました。 番組では、山村さんが雑誌「オリーブ」のライター時代にカフェ文化の担当だったことから、時代の変遷とともに変化してきたカフェのあり方についても話が及びました。かつては、インディペンデントな魂を持つ人々が自己表現の場としてカフェを開くムーブメントがありましたが、現代では、より一層「自分らしさ」が価値化され、カフェに限らず様々な業態で自己表現の場としての店舗が増えていると分析しました。また、山村さんが主宰する「やさしい編集室」での活動を通して、一人ひとりが自分らしく輝けるようにという思いや、他者の「見えない」ことへの違和感から生まれた編集観についても語られました。

ゲスト・山村光春さんとの出会いとポッドキャスト
本日は、あらしろゆうきです。読書のまにまには、今読み終えていない読みかけの本をきっかけに、本を通しての体験や人生についてゲストの方と語り合う対話型のポータキャストでございます。
本は最後まで読むことだけが目的ではないんじゃないかなと思っています。閉じられたページ、埋まった一節、そこにその人だけの時間や思いが刻まれている。
この番組は、本とゲストの方のそんな時間や思いについて、一緒にそっと耳を澄ませていきます。
今回のゲストはですね、編集者、コピーライターの山村光春さんです。山村さん、よろしくお願いします。
山村さんよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。よろしくお願いいたします。
どうもどうも。ありがとうございます。
ありがとうございます。山村さんと出会ったのは、ちょうど1週間前ぐらいかな?
そうなんですよね。
あれちょうどですよね、たぶん。
そうですそうです。まさに。
あ、すごだすごだ。山村さんが大物性、長野の大物性の日々っていう本屋さん、ちょうどこの前、このポッドキャストでも日々の天守っていう肩書きで書いてたかな、小島さんっていう方にも来てもらってましたけれども、
小島さんのところでやっていたイベントに山村さんが相談というか、前に立たれた話をされておりまして、その後山村さんのワークショップにも参加させてもらって、
僕はとても感激いたしまして、山村さんにも出てくれませんか?そう考えさせてもらったところがきっかけでございまして、1週間の短い期間の中でありがとうございます。
いやもうこちらこそ本当に嬉しかったです。ありがとうございます。
ありがとうございます。山村さんまさかね、そこで僕がポッドキャストの話をしたら、山村さんも私もやってますということで、軸と軸っていう名前でしたよね。
そうなんですよ。
やっておりまして、ポッドキャスト仲間としても。
嬉しい。
ポッドキャスト、こうやって誰かと初めましてしたときに、ポッドキャストの名前の交換というか、お互いのスポーティファイ見せ合って、ポッドキャストの番組のページを見せ合うみたいなのをやったのはよくよく考えて、僕人生初めてかもしれないと思いまして。
あたかも何て言うんですか、サッカー選手のユニフォーム交換みたいな感じの。
そうそうそうそう、そういうイメージ。
なんか嬉しい。
人生初の嬉しいタイミングでございました。
それは本当に僕もめちゃくちゃ嬉しいです。
ありがとうございます。
ちなみになんかふとちょっと今になってみると気になったというか聞いてみたくなったんですけど、藤井さんとはどんなふうに繋がったんですか。
この展示自体が丸田平君という写真家の展示だったんですけども、
彼と僕は友人で、僕もずっと長野の上田というところにずっと2年間ぐらい住んでたんですけれども。
そうなんですか、そうなんだ。
そうなんですよ、その時に平君と友達になって、その流れでゆうくんを紹介してもらったって感じです。
なるほど。
あの方、丸田さんがあそこのイベント、日々で展示をしていてイベントがあるところで、丸田さんもそこに一緒に行って感じだったんですね。
そうなんです、そういうような応援。
そういう感じじゃないですか、そっかそっか。
お伝えは初めてでした、じゃあ。
いや、実は本野っていうですね、小島さんが今のキビという本屋さんをやる前に、もう2、3年ぐらい前かな。
やっていた本屋さんに行ったのが初めて。
そうなんですか、そっか、その時も小島さんのところだったんですね。
そうなんです、そうなんです。
へー、なるほどなー。
そっかそっか。
ご縁があります、いろいろ。
山村さんのキャリアと「コピーライター」という肩書き
そうなんです。
それこそあの、丸田さんが前で話されてるの聞いて、東京と福岡に拠点があってって話をされてるの聞いて、東京にしても福岡にしてもやっぱすごいね、長野のオブセからする遠いし、
僕もその時ね、移住して数日目とかだったんですけど、あのよくよくやっぱりここに住んでみると、いやなんか皆さん遠くから来るのすげーなーみたいなことも結構よく思ったんですよ。
いやーほんとに、まあけど僕にとってはもう長野はすごくもうフォームなんで、
あーなるほど。
心の距離は近いです。
あー、まあでも確かにどんな人もあるかもしれないですね。距離的にはまあまあ遠いかもしれないけど、心の距離は近いみたいだね。
うんうん、あると思う。
あー、確かになー。
あーそっか、それで言うと、あれ僕もあったかもしれないです。あの大瀬の図書館長の公募、去年出したときも、もちろん長野は住んだこともなかったし、
応援というのがほぼほぼなかった土地ではあるんですけど、やっぱり心の距離は若干近いところがあって、
っていうのは、結構長野に移住して会社始めたよみたいな友達が結構何人もいたりとか、長野県内に散らばってましたけどとか、
あと僕の父親の、その上かな、僕から見ると祖父母、父方の祖父母まではずっと長野だったらしくて、
の、しののいっていう場所、長野駅、長野市よりもうちょっと西の方かな、にいたらしく、
ただ僕が生まれる前にその祖父母が亡くなっているので長野には行ったことは一切なかったんですけど、
あ、そうなんだー。
そうそうそう。なので一応なんか長野の地みたいなものは流れているらしく。
魂がもう宿ってるんですね。
魂がね、そんな魂があったのか、何かしらよくわかんないけど心が近いというか、
なんかそんな感覚あったのかもなっていうのを山村さんに聞いてもらいました。
いやー、そう刻まれてるんですよ、魂。
刻まれてるかも。
そうですね。
そうだそうだ、確かに。なるほどな。
ちなみになんかすごくこれこの前のイベントの時、
僕途中から入ってしまったのでちゃんと聞けてなかったのかもしれないですけど、
山村さんがそれこそ今、編集者、ポピーライターされていると伺いましたけれども、
なんかこれまでもう昔からずっと編集、ポピーライティングされてきているんですか?
いやまさに、僕は実はそのコピーライターという言葉自体、
肩書き自体を名乗ったのはこの1、2年なんですよね。
そうなんですか、なるほど。
それまで僕、その言葉、その肩書きというのを言いたくないというか、
そうなんだ。
まあ自分の中ではこうなんかゴハットというか、
なんかそういうような感じだったんですよ。
なんかこうなんとなくコピーライターっていうと、
なんかこう点通とかに勤めてて、
あとなんかカンヌとか取ったりとかして、
なんかそういう煌びやかな世界の人たちっていう住人っていう感じが自分の中であって、
なんかおこがましいというか、僕は違うなというようなことをずっと思っていたので。
あーなるほど。
だからなんかおこがましいし、
まあなんか自分にはそこにはいるわけではないなというふうに思ってはいたんですけど、
ただずっとこの企業の仕事っていうのはずっとやらせていただいていたので、
本当にこの1、2年で自分に許すじゃないですけども、
コピーライターというふうに名乗ってもいいんじゃないかというふうに思うようになったというふうな感じです。
なるほど、許すか。
いやなんか今の聞きながら、
あ、そういえば今こうやって始めてみて自己紹介をお願いするのがすっ飛んでいたみたいなことを今思い出したんですけど、
改めてにはなってしまいますが、自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか。
ありがとうございます。
はい、山村と申します。
そうですね、僕はもともとは雑誌のライターをしておりました。
出身は大阪なんですけど、まず大阪からキャリア始まって、
そこから東京でライターの仕事をしていました。
当時はオリーブという雑誌の編集部に入って、そこでガッツリいろいろやらせていただいたことによって、
その時はちょうど2000年くらいでカフェのブームが日本中に巻き起こる前夜みたいな感じの時だったんですよ。
その時に僕はオリーブという雑誌でカフェの担当をしていたので、
いろんなカフェを取材してオーナーさんに話を聞くっていうようなことを続けて繰り返していく中で、
カフェのことに詳しい人みたいなような感じの地づけになり、
そこから自分のエッセイを書いたりとか、あと書籍を出したりとか、
さらにはそこからカフェって音楽だったりとか、食だったりとか、インテリアだったりとか、
いろんな要素が合わさってできている存在だと思うんですけど、
それぞれのジャンルのお仕事ですよね、させていただくようになって、
そこから広告企業のお仕事みたいなようなことになって、
今は編集者というふうに名乗っているんですけど、どちらかというとライティングももちろんするんですけれども、
以前のところ、ディレクションだったりとか、一冊丸っと作るとか、プロジェクト最初から立ち上げるとか、
そういった感じの仕事が多くなっているので、編集者という肩書き。
そして先ほども申し上げたように、ずっと書いてはいたんですけども、
職人として言葉をちゃんと扱うというコピーライダーという仕事に焦がれ、
そして今こうして叶っているというふうなことが結果的になって、
今はその言葉、肩書きを自分に先ほど申し上げたように許して、
言葉に向き合うということをもうちょっとしっかりとしていくという立場というようなことの宣言みたいなような形で、
今はコピーライダーというような形でやらせていただいています。
なるほど。ありがとうございます。
いや、そうなんですね。オリーブって今調べてみたんですけど、なんかこうやって今はないんですよね。
はい、もう2000年に旧館になって以来はもうないですね。
なるほど、なるほど。なんかちっちゃい時に見たような記憶あるんですよ。
本当ですか。いや、本当に好きな人はすごく熱狂的なファンが多くてですね。
やっぱり当時、70年代から90年代にかけては、本当にオリーブは雑誌の中でもやっぱりそういうファンがたくさんいて、
オリーブ少女というふうに言われる読者が一つのスタイルというか、作ったというふうなことを言われているんですよね。
なるほど。
だから今でもオリーブ読んでましたっていうふうなことをおっしゃってくださる方というのは本当にたくさんいます。
そうなんですか。そうか、ポファイの雑館号ってところから始まってるんですね。
そうですね。もともとそこからのティーンエイジャーですね。
ハイティーンの女性、高校生とか向けの雑誌として創刊されたものなんですよね。
なるほど。
なんですけど、高校生にしてはやっぱりすごく映画とか音楽とかそういうカルチャーとかファッションとか、
そういうかなりエッジの効いた情報も伝えていたので、なんかちょっとそういう少女のバイブルみたいな、そういう位置づけだったような。
確かになんかいとこのお姉ちゃんとかが見せるような記憶がちょっとある。
そうそうそう、本当にそういうね、方が読んでくれてる、解読してくれてるという雑誌で在籍してました。
なんかさっきほら、カフェに行っていろいろインタビューさせてもらってみたいな話されたじゃないですか。
なんか今でもすごくその時に好きでよく行くカフェとかって思い出したりするカフェってあったりするんですか?
もう本当にそれはたくさんたくさんありまして、思い出のカフェが本当にたくさんあるんですけど、今はもうなくなってしまったところも。
まあそうですね、23時に経ってますもんね。
そうですね、多くて、やっぱりその当時のあのカフェに行って感じてたなんか熱のようなものっていうのは、
なんかけどやっぱり今もあの時の感じっていうのは記憶とやっぱりその身の刻まれてるというか、そんな感覚はありますね。
なるほどなぁ。
時代の変遷とカフェ文化の進化
やっぱその時にすごいカフェを見られていた山田さんからすると、そこそこ2000年以降かもしれません。
そして別に2000年以降だけでなく、今も2020年代、コロナ禍明けてからもやっぱカフェってどんどん増えてきてる部分もあるし、多分減ってきてるところもあるとは思うんですけど、
なんかあのこの年代ごとのカフェってどんな風な変化がありそうな感覚があるんですか?すごい興味が単純にあったけど。
ありがとうございます。これからってことですか?
いろんな側面からちょっとお話できるんですけど、これ言い出すときがあるんですけど、
当時のそのカフェブームになぞらいと考えてみると、
当時もやっぱり90年代後半からちょっとその大きな組織だったりとか会社とかそういったところから、
ある意味少しちょっとドロップアウトしたインディペンデントな魂を持っている人たちは、
自分の表現としてカフェっていうのを出すというふうなことが一つのムーブメントになってたところがあってね。
なのでそのカフェという名前自体は飲食業なんですけども、ただそれのみならずその人、人格みたいなようなことがもう本当にすべて現れるような場。
だから個がすごくやっぱりその人のどうしようもなくその人らしさみたいなようなことが現れる空間。
それが食なりインテリアなり音楽なり、そういったことにいろいろ現れているので、
ある意味総合的なその人を感じるみたいなような場としての。
その人を感じるか。
そうなんですよ。そういうふうにしてカフェっていうのが当時盛り上がったんですよね。
だから自分で例えばセルフビルドをしてリノベーションとかも自分でしてとか、
あとは手作りで自分でいろいろ研究してカフェのご飯を作ったりとかメインを開発してとか。
そういうそれぞれが自分らしさみたいなようなことを言ったっていうふうなことを考えたときに、
それからもう25年ぐらい経ってるんですけれども、まさに今って子の時代になってきてるなっていうふうにひしひしと感じるんですよね。
より一層。
だから自分というものがより価値化されるというか、
今までは組織とか肩書きとかそういったものに対してそこにおもねられたってところってあるんですと思うんですけど、
それよりももうその人自身がどういうふうな人生でどういうふうなものを持ってる誰かっていうふうなことが、
ひとつのマスト、必須、科目みたいな感じになってきてるっていう。
なんか時代になってきてるなって感じがするので。
マストと必須がちょっとチョークしましたけど。
けど、そういう意味においてカフェっていうのが自己表現の場であるとするならば、
これからもっとそういう意味でカフェという形が、ある意味すごく今の考えとか、
時代みたいなことにもフィットしてるんじゃないかなというふうなことは思ったりします。
なるほどなあ。そっか。面白い。
なんかより小額っていうところがすごく面白いなと思いました。
なんか今は確かにいろんなカフェを見ると、これは僕の好きな傾向でしかないかもしれないですけど、
なんかよく見るカフェとかって、やっぱりその店主さんとかそのご夫婦とか家族とかがすごく、
まあ良い意味で目立って、その人たちがいるからそこに行きたいと思うみたいなカフェってすごく多いなと思っていて、
なんか僕が思い描く、僕がよく行くカフェも全部そうだな、よく考えるとって思ってたんですけど、
なんかそれが、なんていうんですか、昔からそうだったところもあるだろうし、
一方それがより強まってるっていうのがすごく面白かったというか、なるほどなっていうふうに思いました。
そうなんですよ、そうなんですよ。
で、それがまたさらに今、当時はそのカフェっていうのがそれをこう代名詞として言葉としてはあったんですけど、
今それはもう拡張していて、別にカフェっていう言葉がなくても、例えばさっきおっしゃってくださったようにカレー屋でも、
バーでも、どんな形、また本屋さんとか、そういったところとかでもいいし、
まあだからそのここの表現として何かそういうお店をやるみたいなようなことっていうのは、
なんかもうジャンル問わないなっていうふうな時代になってきてますよね、なんかね。
なるほどな。
なんか今すごいそれ聞きながら興味津々になっちゃったんですけど、
今この表現っておっしゃったじゃないですか。
この前山村さんのワークショップ参加させてもらった時、
あの時5、6人とかいたのかな、
その中でみんなで輪になって語られていくみたいな場を一緒にさせていただいた時に、
山村さんのお人柄というか、なんていうんですか、
ビジョンという言葉がいいかわかんないですけど、
そして一人一人がより温かく輝いたらなみたいな気持ちがきっとあるんだろうな、
あんのかなみたいなと、なんかあの場ですごい横にいながらそれを感じたような気がしていて、
なんか今の話があった時に、
「やさしい編集室」と「自分らしさ」の探求
ああそういうところとか繋がっているのかなどうなんだろう、
みたいなことをすごくイメージが膨らんだ感じがあって、
より聞きたくなっちゃったんですけど、
山村さんの今おっしゃったような、
山村さんの今の価値観というか大切にしていること、
みたいなところと、
それってどういうところから形成されてきているんだっけみたいな、
すごく興味が出ちゃいました。
いやーありがとうございます。
もうめっちゃ嬉しいです。
まさに本当にその絵はずっと考えているテーマで、
僕は2017年から優しい編集室っていうですね、
小さな編集教室をやらせていただいていて、
10年近くずっとやってきている中で、
感じているのがまさにその一貫した思いというか、
僕はそれなんですよね。
一人一人が本当にスポイルされず、ある意味巻き取られず、
組織とか社会とか、男とか女とか、
そういう大きなものに何か自分を損なわれないように、
自分が自分としてあるために描くとか、
表現するっていうふうなことをやっていく。
それが自分自身の掘り出されるというか、
炙り出されるみたいな、
そういうようなことになればいいなっていうふうなことをやっているので、
まさにそういったことをずっと考えている気がします。
そういう感覚という、お考えというのは、
いつぐらいから山村さんの中に湧き出てきているものなんですか?
やっぱり編集教室をやっていると、一人一人と向き合うわけですよ。
その人とそれぞれの事情とか関係とか、
社会とか企業とか、そういったところに、
巻き取られているような感覚というのをすごく感じるシーンが本当によくあって、
それがもったいないし、
そこにどんどん自分をなくしていくということが、
一つの正解みたいなような感じのことになってしまっていたり、
あとはそうですね、僕がお仕事をさせていただいている中で、
例えば企業の人とかいろんな人たちと話をする中でね、
例えばその担当者の人と話をしていても、
全くその人が感じられない。
メールでやり取りをしても、会議でいろいろ打ち合わせをしても、
その人自身が見えてこない。
例えば会社の一人の人間としての私っていうのはあるんですけど、
例えばそれこそ嵐代さんだったら、嵐代さんのことを僕は、嵐代さんと話をしている。
嵐代さんと仕事をしているのに。
見えてこない。あなたが全然見えてこない感じがするというか。
なるほど。
それが怖いなと思ったんだよね。
怖いなんですね。
怖いんですよ。だって目の前にいるのに、その人がいない感覚があって。
それがとても自分の中でもやもやしてたんですよ。
なるほど。
それが研修教室を立ち上げたきっかけでもあるかなと思いました。
じゃあその違和感は2017年より前にあったってことですか?
ずっとありましたね。
ずっとなんですか。
なるほど。
一人一人人じゃないですか。当たり前ですけど。
「コピーライター」を「許す」ことへの葛藤と受容
一人一人みんな優しい存在で、当たり前に心があるのに、
会社の人間との立場になったら、急にそれをしまい込むっていうみんな癖ができてるなみたいな。
そういうのとかをずっと感じたりしてました。
今伺った内容、すごい山村さんの節々に感じてきたな。
この1週間だけ出てすごい思ったんですけど。
最初はたぶんワークショップの場で、中身はそんなに言わないとしても、
それこそ奥もどっちかっていうと、ワークショップとか場作りみたいなのを結構これまでの10年間やってきている方な気はするんですけど。
なんかごがましい。
全然全然。
なんかそんなところもあった中で、やっぱり僕の中での課題意識というか、
多くの人が集まったときに、みんなが同じように発言できて、
それを安心しながらしあえるって何なんだろうみたいな。
すごく一つ思うところとしてあったような気がしてて。
この前山村さんの話、ワークショップ参加させてもらったときに、
1人が話してそれを受けて次の人が話すっていう行為をずっとさせてもらったじゃないですか。
あれはすごくみんな安心できるというか、安心できるしすごく優しいなって思ったんですよね。
場としても優しいし、1人1人も優しいし、誰も傷つかないしみんな嬉しいみたいな。
そういう感覚っていいなってこの前すごく思っていたのと、
あとはメールの中でも、数日後に山村さんにメールを送らせてもらいましたけど、
その人がそこにいるみたいな山村さんのその感覚みたいなものを、
最初の返信からすごく感じたような気がして。
何かっていうと、山村さんがっていう話よりかは山村さんの関わりによって、
僕の思いものを浮かび上がらせるっていうのをやってくれようとしているような気がして。
何て言うんですか、返信来た瞬間に有機艦長って返したじゃないですか。
艦長は図書館長の艦長じゃなくて、有機だとあっちですねみたいな。
これ音声なんて言うんだ。
戦艦とかの。
戦艦大和とかの艦長が来て、
何て言うんですか、山村さんがその初っ端の関わりから相手の子が出てくるような関わりとかを結構、
意識か無意識か分からないけど、取れたりするのかなっていうのが今ちょっと思いました。
いやー素敵だな。
ありがとうございます。
今の重なるのかちょっと分からないんですけど、
さっきちょっと気になりつつもまだ聞いてみたかったのがあって、
コピーライターという名を許すっていう表現を2回ほどされていたなと思っていて、
その許すっていうのが、
誰の何に対してのどういう許しなのかみたいなのがすごい興味があって、
なんかちょっと聞いてみたいなって思ったんですけど、
そこら辺ってどんななんですか?
なんかね、ちょっと若干根深い方向に行くんですけど。
全然、もちろん。
僕はコピーライターとかライターって時もそうだったんですけど、
自分自身がカタカナの職業を名乗るみたいなようなことに対して、
ちょっと違和感があったんですよね。
で、なんとなくちょっとカッコつけてるというか、
調子乗ってるというか、
なんかそういうような、
どこか、僕の偏見なんですけども、
そういうイメージがあって、
自分がそんな風になれるわけもないし、
なんかこうなったことを、
例えば周りの人たちは、
なんかこう調子乗ってんじゃんっていう風に、
思われるんじゃないかっていう風な、
どっかやっぱりなんか怖さがあるんですよ。
あるんですね、そうなんだ。
だから、なんていうのかな、
カタカナの職業に象徴される、
なんかカッコつけてる感じみたいなのに対しても、
拒否感みたいなっていうか、
ずっとあって、
で、それを、
僕の最たるものが、
その最たるものがコピーライターだったんですよね。
なんか、ちょっとこう、
けどね、めちゃくちゃ憧れてるんですよ。
すごく昔から憧れてたの。
本当にいつかそういうことができたらいいなっていう風なことを思っていた。
のと、裏腹に、
俺、僕なんて、みたいなような、
どっかこじらせた思いみたいなものが両輪にあって、
そこはずっと葛藤し続けてきたみたいなところがあったんで、
この年になって、
こんだけ弱いを重ねて、
ようやくっていうところがあるんですよね。
そうなんだ、そっか。
「館長」という肩書きと自己認識
それを許せたタイミングがあったんですよね、この数年で。
そう、本当にそうです、まさに。
周りはね、今さらって感じなんですよ。
そうなんだ。
何言ってんの?みたいな感じで。
面白い。
別に、いや別に、こっちがそういう話をすると、
すごいなんか、は?みたいな感じなんですよね。
そうなんだ。
いや、だって、やってるじゃん。
まあまあ、里から見たらやってるってことですよね。
最後の最後まで自分がやっぱりに許せなかったっていう感じなんでしょうね、きっと。
なるほど、許しか。
いやなんか、すごい、何て言うんですか、あんまり許しっていうことを考えたことなかったけど、
何だろうなって今自分でも考え込もうとしてしまいましたけど、
なんか、何かに陥りそうなんでやめときますか。
いやーそっか、ありがとうございます。
これこそね、荒城さんもやっぱり感情という、
感情という言葉自体はすごくなんかこう、パンチワードじゃないですか、すごく。
まあパンチはありますよね、カタカナじゃないけど、確かに。
いや、けどなんかカタカナの肩書きにも見合うぐらいのパンチワードで、
確かに確かに。
そう、でそれを自分が名乗るみたいなようなこと、
まあもちろんそこをね、周りにもそのように思われるっていうようなことって、
どうしてもやっぱりそこに自分がちゃんとこうついていく覚悟みたいなようなことっていうのも必要になってくるじゃないですか。
いやーそうですよね、それは本当そう思います。
4月1日からなので、まだね、時期感情みたいな役割にはなるんですけど、
4月1日から完全にね、一瞬で切り替わるし、
まあでも3月31日と4月1日で別に僕がそんな変わってるわけでもないじゃないですか。
そうですよね。
だけど肩書きが変わるみたいな話ってなんか、えーどういう感じなんだろうみたいな、
今なんかなんていうんですか、わくわくとそわそわみたいな感じがあります。
あとやっぱりその、みんなにね、周りにいろいろそういうふうに言われるじゃないですか。
言われますよね。
感情感情っていうふうに言われて、で、そうするとやっぱりね、人ってすっかりその気になるんですよ、きっと。
なるほど、確かに。
そうそう、そう。で、僕も例えば今まあしおり仕事をしているんですけど、先生とかって言い方をされるわけですよ。
あーそうなんだ、えー先生って言われるんですね。
そういう言葉自体がもうなんか毎回毎回、いやいやいやって心の中ではね、ずーっと思ってるんですよね。
あー確かに山田さん先生って言われたらすごいいやいやって言ってたわけですね。
そうでしょ。そうなんですよ。だからまあそういうような気持ちとたぶんちょっと似てる感覚なのかなと思います。
それはなんかあれですね、また館長就任以降にまた山田さんと話したい感じがしますね。
いやもうぜひ。
なってみたんですけど、ちょっとこうなんですけど、どう思いますかね。
いやいやいやもうだからこうそういうふうにね、やっぱり形作られていくと思いますよ。
確かにそうですね、良くも悪くも形に作られていきますよね。
うん。
なるほど、いやーちょっとそれは数ヶ月後のちょっと遊びとしてぜひご一緒いただけると嬉しいです。
はい、ぜひ。
ありがとうございます。
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