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  #87 『アマルティア・セン: 経済学と倫理学』ーー自己犠牲と幸福。世界は幸せになっているのか? | ゲスト・福井県未来戦略課 (前 幸福実感ディレクター) / 飛田 章宏さん
2026-04-20 40:03

#87 『アマルティア・セン: 経済学と倫理学』ーー自己犠牲と幸福。世界は幸せになっているのか? | ゲスト・福井県未来戦略課 (前 幸福実感ディレクター) / 飛田 章宏さん

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前回に引き続き、福井県 未来戦略課 (前 幸福実感ディレクター) の飛田 章宏さんをお迎えして、“読みかけの本”について語り合います。
 
【今回のゲスト】
福井県未来戦略課 課長補佐(前 幸福実感ディレクター) / 飛田 章宏さん
大学時代は公共経済学を学び、人の幸せ、特に自分が生まれ育った福井県民の幸せに貢献したいと思い、福井県庁を志望。人事のチャレンジ制度に手を挙げ、2023年から3年間、幸福実感ディレクターとして活動。大学・企業などと連携し、県民の幸福実感を高めるプロジェクトを推進。今年4月から現職。引き続きウェルビーイング政策を担う。今年、自治体関係としては初めて「WELLBEING AWARDS 」を受賞。 
福井県「幸福度日本一のその先へ」: https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/seiki/well-being.html 
幸福実感共創ラボ「ふくウェル」: https://note.com/fukuwell

【登場した本】
『アマルティア・セン: 経済学と倫理学』鈴村 興太郎

感想

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サマリー

今回のエピソードでは、福井県未来戦略課の飛田章宏さんをゲストに迎え、アマルティア・センの『経済学と倫理学』を読み解きながら、幸福実感やウェルビーイングについて深く掘り下げています。飛田さんは公共経済学を学び、福井県民の幸せに貢献したいという思いから県庁に入庁。幸福実感ディレクターとして、県民の幸福度向上プロジェクトを推進してきました。番組では、GDPのような経済指標だけでは測れない豊かさ、例えば教育年数や健康寿命、仕事のやりがい、地域への愛着、人との繋がりなどが幸福実感にどう影響するかを具体例を交えて解説しています。 また、福井県が幸福度日本一でありながら県民の実感が伴わないという課題に対し、飛田さんは自身の経験や福井県への深い愛情から、県民の自己犠牲的な傾向に目を向け、まず個人の幸せを高めることの重要性を説いています。自身のキャリアや人生の選択においても、家族との調和や、娘に見せたい働く姿を重視する姿勢が語られ、幸せは個人のみならず、周囲との繋がりや共有によって育まれるものであることが示唆されています。最後に、商品やサービスが増えても必ずしも幸せが増加しない現代において、今後、真の幸福を高めるために何が必要かという問いが投げかけられました。

読みかけの本『アマルティア・セン: 経済学と倫理学』との出会い
そろそろ本の話にも行ってみたいな、みたいなことを 思っておるんですけれども、お部屋さんとして、
今日ここで、いつもこの番組では、ゲストの方の読みかけの本を テーマにお話をして、させてもらっておるんですけれども、
お部屋さん的に今、読みかけの本って何になりますか?
そうですね、私の読みかけの本は、 鈴村幸太郎さん、小藤玲子さんが書いた、
アマルティア・センっていう本がありまして、
少し前の本なんですけど、2001年に出された本で。
20年前ぐらいですね、もう。
はい、20年前ぐらいの本ですね。
冒頭、自分の紹介で、公共経済学を学んでたというところがありまして、
公共経済学のゼミに所属してたんですけど、
その先生から幸福実感ディレクターになったときに、 この本をあげるよって言われて。
ああ、そのときにもらったんだ。
本なんです、はい。
あの、そうなんです。
それがちょっと読みかけの本ってどういうことだって、 ちょっと怒られるようになって。
ああ、先生みたいな。
そうなんです。
そっか、そっか。
じゃあこの本は、そのときに初めて手に取ったんですか?
ああ、そうですね、そのときに初めて手に取って。
なるほど、なるほど。
実際それは、その先生は、この本はどういう文脈で 日田さんに渡してくれたんですか?
そうですね、その先生もアマルティア製の研究をされていまして。
そういう方なんだ、そうなんだ。
そうなんです。
本当に私が大学にいたときに、 その先生の教科書にアマルティア剪定出てくるんですけども、
そこに善の良きで生きるって、 良き性っていう言葉が出てきて。
良き性。
その後に括弧でWell-beingって入ってたんですよね。
そうなんだ。
そうなんです。
3年間携わられていただいた福祉機関Well-being Directorっていったところが、そこにつながっているというか。
なるほど、なるほど。
先生はそういうところを踏まえて、 送ってくださったんだと思います。
なるほど。
Well-beingって日本語としては幸福みたいなものとか、 健康みたいな、いろいろ二次熟語って言うんですか。
変換されたりする気もしますけど、 善の良いに生きるで、良い性、それは初めて聞きました。
面白いですね。
本当ですか。
おっしゃっていただいたときに、 WHO、世界保健機構の定義ですね。
健康の定義で、身体的、精神的、社会的に良い状態。
良い状態っていうところにWell-beingっていう言葉が当たってるんですけど、 一般的な定義としてはそれが一番メジャーなんですけど。
今の良き性っていうのは、 どちらかというと経済指標だけでは捉えきれない豊かさみたいな。
そういう意味なんですね。
文脈で言われていて、これもWell-beingの一つの側面なんですよね。
経済的指標というと、一番有名なのがGDPっていう、 国内総生産っていうところが一番代表的な指標なんですけど、
それだけでは人の幸せって表しきれないよね。
もっと端的に言うとお金だけではない部分っていったところになるかなと思うんですけど、
そこだけじゃないよね。
もっと多様なところの価値っていうのがあるよねっていう。
そういった意味合いで使われてます。
なるほど。
このOne Year Senseのこの本に関しては、
一回全部読み、目は通したんですか?それともまだ途中な感じなんですか?
この本ってすごく学者さんが書かれている本でですね、 数式とかが入ってるんですよね。
そういう感じですね。
難しくて。
難しそうだし分厚そうですよね。
大学で勉強を真面目にしてこなかったっていうところが バレてしまうんですけど。
そっかそっか。
いやーでもね、読みないっすよ。難しそうですよ。
表紙見るだけでも難しそうだもん。
一通り目は通してみたものの、言葉として入ってこなくて、
ただ自分の活動をする中で、
改めてこの言葉に触れてみると、
ああそういうことだったんだみたいなところが、
なんとなく分かる部分も出てきたかなみたいな。
そういう感じですかね。
はいはい。
経済指標を超えた豊かさと幸福実感の要素
少し差し支えなければなんですけど、
出てきたって今言ってくれてましたが、
何か読みながらどんなものが出てきたりしたんですか?
そうですね。
例えば先ほど言ったGDPだけじゃない豊かさみたいなところで、
例えば教育の年数であったりとか、
健康で生きられる寿命であったりとか、
そういったところも合わせて大事にしていかないといけないよね、みたいなところ。
先ほど大学との共同研究の中で、
幸せ実感で何につながってるんだろうみたいなところをまず測るみたいなことをやってたんですけど、
確かに所得が高い人ほど幸せの点数って高い傾向って、
福井県の中でも見て取れるんですけども、
それ以上に仕事に楽しみや喜びを感じられているかみたいなところであったりとか、
地域の愛着や誇り。
地域の愛着や誇りっていろいろあると思うんですよ。
暮らしてて満足っていうところもあれば、
すごく地域にポジティブな感情を持っていて、
地域の外の人にも自分の地域のことをおすすめできるみたいなことであったりとか、
そういうふうにおすすめできる人のほうが幸せ実感の点数が高くなったり。
あとは、よくウェルピングの文脈で言われるんですけど、
つながりで家族とか友人とのつながりを大切にしているほど実感が高い。
まさに所得以外にも幸福実感につながってる要素みたいなところが、
自分の仕事を通してもわかってきて、
本を読んで、なるほど、この言葉っていうのはそういうことなんだなーって思う。
例えばそんな感じですね。
はー、そっかそっか。なるほどね。
今の聞きながらもちょっと遡って聞きたくなってしまったんですけど、
それこそ、ひなさんがさっきおっしゃったディレクターになったときの話をしてくれたじゃないですか。
テレビとかで、幸福1位だよって言われて、
福井の方が実感がないって言ったのが、
晴天の霹靂だったっていう表現もされてましたけど、
ひなさんとして、それをびっくりする人は確かにいるかもなと思ったんですよ。
1位だって言ってるけど、とはいえ実感ないってことを、
例えば、町づくりとか、県庁、市庁とかにいらっしゃる方からすると、
あ、そうなんだ、みたいなところって感じやすかったりするケースもあるよなと思いながら聞いてたんですけど、
一方、それをご自身の活動として、日々の生きる中でやっている取り組みとして、
そこに直接寄与することをしようっていうふうに、
一気に行動に入る人、行動する方、別に全員じゃない気がしてて、
ひなさんがそこですごい一気に幸福実感ディリカになっていったのって、
ひなさんの中に何があるからそういう動き方をしたのかは、
すごい僕は興味津々だなって改めて今の話を聞きながら思ってたんですよ。
そうですね、ありがとうございます。
そうですね、元々自分の元っていうか、
先ほど言ったとおり、大学でウェルビングに触れていたみたいなところがあって、
そういうところから自分のホームイン人生ってところが始まってるところがあるんですけど。
ウェルビング人生って面白いっすね。
ウェルビング人生、そうそうそう。
大学での一番最初の学びのときに、
自分だけの幸せを突き詰めていくと、
誰も幸せにならない社会になるっていう、
共有地の悲劇っていうのがあるんですけど、
それを一番最初に習うんですよ。
そうなんだ。
幸せってそういうもんなんだっていうふうに思いながら、
ちょっと仕事をしてきて、
福井県で仕事をしてたときに、
福井ってすごく県民の方が真面目で勤勉なんですよ。
で、真面目で勤勉のために、
逆に自分のことを犠牲にして周りのことを、
なるほどね。
例えば子どものためであったりとか、会社のためであったりとかっていうことなんですよ。
で、そこを見たときに、
自己犠牲っていったところが、
まず先に来てしまうと、
すごく持続的じゃないなっていうふうなところがあって、
まずは自分の幸せっていったところを高めながら、
周りとの良い関係を築いていって、
それが結果、福井に広がっていくみたいなところまで描けたら、
すごく自分の住んでる福井ってさらに良いものになるんじゃないかなっていうふうに思いました。
なるほどねー。
そこが私は最初すごい雷打たれたみたいな感じになってショックだったんですけど、
これって福井県の伸び城じゃって思えたんですよ。
はー、伸び城だと思えたんですね。
そうですね、伸び城だと思えたんですよね。
だから行動に映せなかったなっていう感じで。
へー、なるほど。
そこなんですね。
福井県への愛情と「伸びしろ」としての可能性
日田さんが福井は出たことはあるんですか?
そうですね、大学のときに。
大学は、そうかそうか。
そうですね、出ました。
その後も県庁勤めてから、もう一回東京に仕事の関係で来てたタイミングがあるんですけど。
そういうのもあるんですね。
基本は福井。
そうなんだ、そうなんだ。
それこそ、なんていうんですか、僕の直感というか感覚でしかないですけど、
日田さんからほとばしる福井県愛というか、感じるなって思ったんで。
いやすごい素敵だなって思いながら描いてたんですけど、
それ自体もどこからその感覚やってきてるのかすごい知りたいというか。
ありがとうございます。
逆に言うと、僕はほぼ同じエリアにずっと住むってことをあんまりしたことがないんです。
もともと秋田生まれで秋田に育ったけど、
それ以降神奈川にしばらくいたりしてきてもあるし、東京にしばらくいたりしてきてもあるし、
京都とか沖縄とかにいたりしてきてもあるし、
結果的に今長野にたどり着いたわけですけど。
そうなると、それぞれの土地に対しての愛情というか感覚みたいなものはすごくある気はするけど、
とはいえたぶんこの土地に根差している方よりも全然違う感じの質感なんだろうなっていうのはすごく思っていて。
日田さんのその福井に対する思いみたいなものをもうちょい聞いてみたいなと思いました。
ありがとうございます。
先ほど申し上げたように長野県もすごくいい県で、
長野県もすごくいろんな指標がバランスよくすごく高い県なんですよ。
福井は本当に教育ですよね。
小中学生の学力だけじゃなくて体力の面であったりとか、
あと最近探究学習みたいなところにすごく力を入れていて、
今度は月空でサバ缶のドラマが月空で始まる。
そうするとサバ缶が出るんだ。
そうなんですよ。生徒が自分たちの作ったサバ缶を宇宙に飛ばすっていう。
これを本当に実現したっていうことなんですけど、
それくらい福井の教育ってすごく優れている。
加えて学んだ子たちがもちろん県外に出ちゃうんですけど、
地元に残ったりして、地元の経済を支えていくんですけど、
福井って一人当たりの事業所数、店舗とか工場の数が全国トップなんですよね。
そうなんですか。
社長排出率とかもずっと全国トップなんですけど、
福井の中に産業があるんですよね。
はいはいはい。
奈落っていうところがあって、
地方なんだけど、福井って本当にすごいところなんだなっていったところを、
自分の県庁のキャリアを通じながらもそういう思いを強めていって、
なんでだろうなっていうふうに思ってて、
県名の由来をひも解いていったらですね。
そっち行ったですね。
そうそうそうそう。歴史に行って、
幸福の福に、今井戸の井なんですけど、
昔はこの井戸の井っていうのが、居住の居っていう形があってて、
居るって字ですね。
幸福で居ることっていう、そういう意味合いの地名っていうのが、
元の子由来で、
あ、そうですか。
歴史的に見ても、教育であったりとか、産業っていうのに力を入れてきたみたいな。
こういったところを知って、
ずっと先人の人から連なっている、この中に自分たちもいるんだなみたいなところが、
非常に誇らしくてですね。
もちろん各国もそうなんですけど、
今現状も、例えば幸福度ランキングでずっと、
連続して1位とか続けてるんですけど、
本当になんていうんですかね、
もちろん行政だけじゃなくて、
企業とか大学とか市町とか、
もちろん仲がいいっていうところもいいところだなと思ってるんですけど、
みんなが仲良くて、福井の幸せのために頑張っていこうみたいなところが、
本当になんていうんですかね、
自分の中ではいいなっていうふうに思ってる。
へー。
そうなんだ。
自身の幸せと家族の幸せ、そして図書館長への道
そうか、いいお話を聞いた気持ちいいですね。
はい、ありがとうございます。
なるほどね。
幸せって、さっき言ってましたけど、
対話したりとかすることによって、
自分の幸せのヒントになるみたいなところもちょっとあってですね、
そういう取り組みでいろいろやってきたんですけど、
ぜひあらしろさんが、
いろんな地域に行かれている、
そこと自分の幸せってどうつながっているのかみたいな。
ちょっと逆に聞いてみて。
ありがとうございます。聞いてもらって。
どうつながってるかか。
全体観で話長くなりすぎちゃいそうなんで、
今回僕が引っ越してきたオブセに来る流れのところだけちょっと、
思い返しながら話してみようと思ったんですけど。
そうだな。
もともとこの官庁になる直前というか、
公募に応募したときは沖縄にいたんですよね。
それは妻の里帰り出産にくっついて、
妻の実家にしばらく住んでいたんですよ、僕も。
ちなみに去年の8月に娘が生まれて、
官庁の公募は9月に発見したんです。
見つけるときまでは全く長野に行くというか、
図書官庁ということを全く考えてなかったんですけど、
それを見つけたときにいいなって、
理由は分かんないけどときめいた感じがあったんですよ。
そのときに同時に一つ心の中に生まれてきた疑念というか、
そばそば感と言ったほうがいいかなとしては、
これ仮に先行進んでたり、
仮にありがたいことに決まっちゃったりしたら、
引っ越しだよねみたいな。
引っ越しになって、こんな突然何の文脈もない中で、
妻に長野に行っていいですかっていうか、
大丈夫かなとか、またまた娘が生まれたばっかりで、
いいのかなみたいなとか、
結構その瞬間に思ったんですよ。
かつ仮に単身で行ってきてくれとか言われたら、
それはそれでやだしなみたいなとか。
ちょうどその工房を見つけたのが昼間。
沖縄でちょっと外にいるときに見つけて、
家に帰って妻におそるおそる話したんですよ。
当時のことを妻に聞いてみると、
すごい僕が神妙なお持ちでやってきた感じを受けたらしいんですけど。
そこで話してみたんですね。
こういうのいいと思って、いいと思ってる理由はまだよく分かってないんだけど、
それを探索しながら、今月末の書類選考の提出まで出してみようと思うんだけど、
どう?みたいな話をしたら、
なんかすごい、めっちゃいいじゃんみたいな。
やれやれみたいな感じだったんですよ。
でもそれで仮に決まっちゃったら、
引っ越しだよみたいな。
妻が沖縄生まれ沖縄育ちたし、他に住んだことあるのって、
神奈川の寿司っていう海のあたりしかなくて、
本当に海があるところにしか住んでないんですよ。
なので、長野という全く海がない県に行けるのだろうかっていうことは思ってたんですけど、
それはそれで人生楽しもうとできるだろうし、いいんじゃないみたいなことを何かと言われ、
なるほどなって思ったっていうあたりが、
館長の工房を見つけた日に起こった出来事だったんですけど。
すごい、一日中に。
なんかそこから感じてた、そこからっていうよりそれ以降もそうですけど、
やっぱなんか自分自身がすごいいいなとか、
ときめいたことに飛びつくこと自体はもちろん幸せにつながってる気はしてはいるんです。
ただ同時にやっぱりそのときに、
なんか周りにいる人が一緒にそれを楽しんでくれるみたいな。
とか、もうやっぱりすごく幸せに対して大事な話だよなっていうのはすごく思っていて、
やっぱそれでなんかちょっといやいや妻がついてきてくれるとか、
娘もなんかすごい本当は海、まあまあゼロ歳なんでそんなこと思ってるかわかんないですけど、
本当は海がある地域がいいのになんで山なのみたいなことを仮に思いながら来たら、
なんか二人は不幸せかもしれないし、
それを横で感じ取った僕も幸せによりを感じる、
まあ幸せを感じるために来たわけじゃないけど、
なんか幸せ感じていたけどやっぱ二人がそうだからやっぱちょっとなんかダメかもみたいな感じで、
なんかあんまり幸せな感覚じゃなくなっていくっていうのは普通によく起きがちな気がする。
移動だけじゃなくていろんな事柄においてある気がするんですけど、
自分がハッピーで相手がハッピーじゃなかったりすると、
結局自分はアンハッピーな方向になんか感覚が寄っていくみたいな、
なんかやっぱそういうふうに常に自分自身が一番ハッピー、
常であるみたいなことも大事だし、
フェルビングであることも大事だし、
同時にやっぱ家族一緒にいる人たちが一番フェルビングな状態であるっていうこと、
そこの両立を両立に向けて、
みんなと一緒に試行錯誤するみたいなことが、
自分と幸せみたいなものを考えるとすごく大事なのかな、みたいなことはすごく思ったなっていうのが大きく一つあって。
で、さっきこのほら収録始まる前に、
みなさんになんで館長にみたいな話とかで軽くしてましたけど、
さっき話してなかったけどもう一つあって、理由?
きっかけ?
それはポッドキャストの話だけじゃなくてですね、
娘が生まれた時にすごい思ったことがあって、
その娘が生まれ直後に、
誰かその時いた会社の人と、
その時も育休中だったんで仕事はしなかったですけど、
ちょっと雑談しがてらおしゃべりするタイミングがあって、
パソコンに向かってイヤホンつないで話してたんですよ。
で、ちょっと向こう側に娘が見えた時に、
ふと気づいたというか感じたのが、
娘からするとこれ、自分の今の行為というのは、
パソコンっていうかなんかの物体に対してひたすら話して笑ったりしてる人だっていう風に見えるようなって思ったんですよ。
娘からしたらね。
で、それが別には悪いことではないかもしれないけど、
自分はそういう姿を娘に見せ続けるような働き方をしたいんだろうかみたいな、
ことはちょっと思って。
で、たぶんそういうリモートで働けているっていうことが、
よりよく娘に伝わるってことの選択もできただろうけど、
僕が選択したのはそっちじゃなくて、
ほら図書館ってフルリモートの逆じゃないですか、フルリアルじゃないですか。
確かに。
毎日出勤するっていうのは僕人生で初めてなんですけど。
確かに。
僕がもともと秋田の材木屋の家で生まれて、
家に工場を合体していて、
家族がみんな工場で働いたり山で働いているのをみんなずっと見たり見たし、
お手伝いもしてきたし、
全ての人とリアルな対面で会って会話していることをずっと見てきたので、
それを自分の中で思い返すときに、
自分が心地よいのは、
僕が町の人と笑いながら話しているのを、
娘も一緒にそこにいて笑っていることの方が僕は、
僕にとってもなんか嬉しい気がしたし、
それはきっと娘にとっても嬉しいような気がするなみたいなことを思ったっていうのも、
一つ僕が館長職に応募した理由というかは、
そこになるにあたり、よりやりたいなと思った理由の一つだった。
そういうのが幸せとかに絡んでいるような気がします。
幸せの研究と親の願い、そして自己犠牲の連鎖
すごいですね。
さっき幸せを考えたり対話する人ほど幸せ実感が高いって話したんですけど、
これよりもさらに幸せ実感が高い人の特徴っていうのがあって、
そうなんだ。
周りに自分の幸せの形を理解してもらえている人ほど幸せ実感が高いって。
なるほどね。
これなんか今お聞きした最初の話まさにだなと思って。
確かに。
奥さんが、
あらしろさんの幸せの形っていったところをすごく理解されてて、
もちろん日々の関係性なんかもすごく見えてきてて、
あらしろさんと奥様の関係性っていったところが、
本当に良いからこそっていうところもあったんですけど、
なんかいいねって思った。
なるほど。
もう一個は娘さんの話、
私が一番好きな幸せの研究で幸せを伝播していくっていう研究があるんですけど、
幸せは知人の知人の知人まで伝播していくっていう。
そこまでいくんですか。
そうそうそこまでいくんです。
結構いきますね。
結構いくんですよ。
ただやっぱり一番最初に接している方に一番伝わるっていう。
それはそうだね。
あらしろさんが幸せに働いている心地よさを、
娘さんにも伝えていきたいっていうことを感じられたっていうのが、
まさになんか、
私の大好きな研究にもすごく通じるものがあるなと思って。
なるほど。
なんか今の聞いたらすごく思い出したんですけど、
最近それこそこの僕が住み始めた大仏星の町に、
昔住んでいて、それこそ協力隊、地域協力隊やってて、
今ドイツで働いているというか、
研究とか働いたりとかしている、
サイショさんっていう友人がいるんですけど、
彼がこの大仏星に住んでいるときに子どもたちを通わせていった大地っていう幼稚園があって、
その大地のすごい場所なんですよ、幼稚園なんですよ。
教育方針というかなんて言ってもわからないけど、
そこでのお話を書いた大地との遭遇っていう本を、
彼が最近先月、先々月ぐらいに出して、
僕も事前にゲラとか読ませてもらったりとかしてたんですけど、
その本の中に書いてた内容を今すごく思い出したんです。
あくまで僕がすごく気になったところですけど、
何かっていうと、
親は結構子どもたちにこうなってほしいということを、
いろんなことを願いを感じると。
それはみんなそうじゃないですか。
いい会社に行ってほしいとか、幸せに生きてほしいとか、
健康に生きてほしいとか、いろいろありますけど、
親が子どもに何か願い事をするんだったら、
だったらまず先にそれを自分自身に対して叶えたほうがいいよ、みたいな。
と書いてたんですよ。
結局自分に対して叶えられないことを、
子どもに対して叶えるといったやつをやってほしいって願うことは、
どっちかっていうと自分ができないから、
相手に渡そうってしてる。
それはあんまり相手に幸せ感を感じさせないし、
むしろなんていうんですか、
重荷というか責任になるとか、
ストレスみたいになっちゃうみたいな。
僕は解釈をそれを読みながらしてたんですけど、
今のを聞きながらそれをすごい感じていて、
さっきごらん、自己犠牲の話をしてくれたじゃないですか。
自分はできていないけど、
あなたにそうできるように私は頑張る、
みたいな感じになると、
多分本当にお互いあんまり不幸せなんだろうなっていうのは、
今の最初さんの本のことを思い返して思うし、
さっきの平田さんの自己犠牲からは、みたいな話を思い返しても思うなっていうのは
すごく思いました、今。
でもまさに自分の、
原子炉さんが自分の幸せとか心地よさみたいなところを
見守って体現することで、
それを娘さんに伝えたいっていうふうに思われたんでしょうね。
そんな気もしますね。
確かに。
多分ね、自己犠牲みたいなものを少しでも感じながらやっちゃうと、
自分も苦しくなっちゃうし、
なんであなたはしてくれないの?みたいなのに一瞬になっちゃったりとか、
なんかね、自分がしてあげてるっていう、自分が勝手にしてるプレゼントを
相手に無理矢理受け取ってほしいって思っちゃうみたいな、
ことが構造上起きやすいような気はしますよね。
そうですね、確かに。
確かにな、なるほどな。
未来戦略課でのウェルビーイング政策の推進と今後の展望
ちなみに聞きたくなっちゃったんですが、
それこそこの3年間の幸福実感ディレクターという役割を負え、
未来戦略家でしたっけ?っておっしゃってましたけど、
多分これ以降、ウェルビングなところに関しての皆さんのご関心だったり、
それこそ願いみたいなものはきっとあり続けるんだろうな、
それを持ちながら新しい課で取り組まれるんだろうなと思ってはいるんですけど、
これまでの3年間を経た上で、
日田さんはこれからどんなふうに働くというか、
どんなふうに生きていくことを今願ってたりするんですか?
そうですね、ありがとうございます。
そうですね、ディレクターは3月末で終わりまして、
幸福実感ディレクターっていうのは私限り、
私が初めてで私で終わるっていう。
そうなんだ、なるほど。
ただ、幸福実感ウェルビングの政策っていうのが国意見で終わりっていうことではなくて、
それを今私が所属している未来戦略家っていうかの方で、
これから大きくしていくっていうことをやるんですけど、
そうなんだ。
ディレクターっていうと俗人的にやってたものを組織として広げていくっていう。
そこで私はまた引き続きウェルビングということに関わっていくっていう、
またちょっと違った立場で関わっていくことになります。
へー。
本当に。
そうなんだ。
そうなんです。
なので今後も福井県のウェルビングの活動っていったところに、
ぜひ引き続き連携であったりとか、
またご関心を持っていただけたら非常にありがたいかなと思っております。
ウェルビングの願いなんですけど、
自分がここは伸びしろだなっていうふうに思ったっていうことも、
自分の願いだったかなって思ってはいるんですけど、
福井は本当にありがたいことに、
先ほどのeメンジャーもそうですけど、
ほぼ週一ぐらいでいろんなプロジェクトが生まれていて、
すごいな。
切り口もいろいろで、
エクセス的なところでヨガとかピラティスみたいな話もあるし、
働く女性を対象にした、
自己肯定感を高める、承認力を褒めるっていうワークをやったりとか、
梅収穫ですね。
梅を収穫すると幸せになるかとか、
地域スポーツチームの観戦をすると幸せになるかとかですね、
こういうのを測ってみたりとかですね。
そうなんだ。
プロジェクトが動いてるんですけど、
先ほど申し上げたとおり、県単独ではなくて、
いろんな企業とか市町とかいろんなところと連携をして、
県単独のものは一つもないんですけど、
そういう幸せに対する願いみたいなところを重ねて、
いいもの、いい価値っていうのを生み出していきたいな。
そこが、手前味噌で恐縮なんですけど、
我々が今の自治体としてのウェルビング政策を開いている、
新しいところをかき分けていっている部分なのかなと。
願わけばそれが一つのモデルになって、
福井から幸せが広がっていくみたいなところが、
本当に実現できれば、
これは全然、我々がやってる取り組みみたいなところが、
少しでもヒントになるようなところがあれば非常に幸いかなと思ってるんですけど、
そんなことを願っています。
なるほど。ありがとうございます、教えていただいて。
そっか、なんかいいですね。
これまで一人で、別に一人でやってきたわけじゃないだろうけど、
ある意味役割として県庁人は一人だったものが、
結果的にはそれがもっとチームでやっていきながらもっと広がっていく、
開いていくような流れが今生まれてきてるんですね。
そうですね。
そっか、でもそれはまた何かあれですね。
また数年下的にどんなふうな福井の県になっているのかってすごい楽しみですね。
そうですね、本当に今後5年間、10年間のまた変化みたいなところが、
良い方向で進んでいければいいなと思います。
確かに。
いやー、ありがとうございます。
リスナーへの問いかけ:幸福を高めるために必要なものは何か
そっか、ちなみに結構もういい感じのお時間になってきたなとだんだん思っておりまして、
そろそろお別れの時間かなというふうに思ってきてはいるんですけど、
最後に一つ質問、お伺いをして終わっていこうかなみたいなことを思っているんですが、
毎度この番組最後、ゲストの方に一つ問いを出してもらって終わっていくっていうのをやってるんです。
問いといって何かっていうと、今日の番組の中でもいいし別に中じゃなくてもいいんですけど、
今このタイミングで日田さんが気になっている問い、
ご自身として考えたい問いを一つもらいたいなと思っています。
今考えるってこともしてほしいし、できるような問いだったらいいなと思いますし、
同時にそれがこうやって番組として形として残り続けるので、
半年後とか1年後とかにご自身で聞くと、
その問い、改めて1年経ってみてどうかなみたいな、
そういうふうに振り返られたりする問いでもいいなみたいなことを思っていたりしまして、
そんな今のご自身、今後半年、1年先のご自身にプレゼントしたい問いみたいなものをいただけると、
それこそそれを聞いたリスナーのみんなも僕も含めて、
みんなでいろいろ考えられて嬉しいなと思っていまして、いかがでしょうか。
ありがとうございます。
そうですね。気になっているテーマとして、
先ほどの経済指標ではとらえきれない豊かさみたいな切り口なんですけど、
今って商品とかサービスってすごくいろんなものがあって、
増えていってると思うんですけど、
ただ一方で幸せっていうのが高まってるかっていうと、
そうではないっていったところもちょっと言われているんですね。
これから幸せを高めていくっていったときに、
そういう商品サービスみたいなところだけではなくて、
どういったもの、ことが必要なのかなみたいなところは、
これからも考えていきたいなというふうに思います。
ぜひ皆さんのそういった、私はこういったものだと思うみたいなところを、
ぜひ教えてもらえたりすると、参考になるかなと思います。
なるほど。それ問いにすると、商品サービスって増えてたりするけど、
なんて言ったらいいかな。
より幸せになっていくために何が必要かみたいな感じ。
そうですね。
確かにね。サービス商品とか増えてきたし、
それが今後増えていったらより幸せが増えていくのか。
でも別に、そういうのが増えたところで別に増えないんだったら、
他に何が必要なんだっけみたいな。
確かに。そうですね。
10年前とかに比べたら、
Wellbeingって言葉もすごいよく見るようになりましたもんね。
そうですね。本当に。
確かに、Wellbeing系の研究室にいたみとしては、
すごい良い変化を感じますけれども。
メジャーになってきましたね。
今日はそんなところで終わっていきましょうか。
ありがとうございます。
では、今日もリストの皆さんをお聞きいただきありがとうございました。
読み書きの一冊から少しだけ人生の途中を見つめる時間になっていたら嬉しいです。
ではまた次のまにまにでお耳にかかりましょう。
今回、読書のまにまにのゲストは、福井県庁未来戦略課、
そして元福井県庁幸福実感ディレクターの日田亜紀夫さんでした。
皆さんありがとうございました。
ありがとうございました。
40:03

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