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ちなみに何かさっき、佐賀さんの本のお話もしてくれていたので、何かそろそろ読みかけの本の話にも入ってみたいな、みたいなことを思ったんですけど、佐賀さん的には読みかけってなると、どんなものを思い浮かべてくれましたか?
はい、これ一冊、難しいなと思いつつ、直感的に湧いてきた本は、樋口幸太郎さんっていう方の、『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である』、ダイヤモンド社の本ですね。
最近、去年か。去年出てたやつかな。
2025年、そうですね。去年ですね。
今ね、ちょうど図書館の一番前に置いてます。
本当?そっかー。
僕もまだ読んでないんですけど、すごい読みたいなって毎日そこの前を通りながら横目で見てました。
なるほど、そっかー。
いいですね、この本だったら。
あー、そうなんです。私もすごい読書家とかでは全然なくて、むしろ文字読むの、本読むの大変っていう感じで、苦手なタイプなんですけど。
人に勧められてっていうか、クライアントさん、コーチングのクライアントさんがこの本を。
その人は医師で、医者としてクリニックの経営とかをされている。
その方が外部で、医療従事者向けの学びの場に参加をされていて、
そこの課題図書で出てきた本なんだよって言って紹介してくれたのがきっかけで。
なるほどね。
そう、どんな本なんだろうと思ってふと手に取ってみたら、
なんかこう、私が長年抱えてた生きづらさとか、お金に対する得体の知れなさとか、
人生の指針みたいなものの、ある種ヒントになるようなものが。
あー、人生の指針、ヒント。
はい。なんかすごくここに、この著者の一つの体験を通じて、
かなりありありと描かれているような。
へー、そうなんだ。
衝撃な本でした。
衝撃だったんですね、そうなんだね。
ちなみに、なんていうんですか、本っていろんなその接し方というか触れ方があると思ってて、
それこそその人に言われて読み始めたとか、
たまたま本屋さんでたまたま見たとか、アマゾンでコメントされてきたとか、
今あとSNSで誰かがあげてるのをたまたま見たとか、
いろんな触れ方、最初の接点があると思うんですけど、
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でもその接点があったとしても、結局読まない本の方が多い気がするんですよ。
確かに。
何回もすごい人から言われてるのに読んでない本とかも僕はあるぐらい。
ありますね、あるある。
なんで買わないのかなって思ったりもするんだけど。
そう、確かに。
でもなんかそうだなって思ったときに、
佐川さんがそういうふうに人から紹介してもらって、
それを読もうとしたのって何なのかなっていうのはすごい興味があって、
どういう感じで読み始めようとしたんですかね。
そうですね、多分それは紹介してくれた人との関係性がまず一つ大きくあると思います。
そのクライアントの方とは古い付き合いで、
2009年とか2010年ぐらいから。
結構前ですね。
当時私アメリカに住んでて、
その時に向こうでイッシュをされてた方だったんですよね。
そうなんですね。
お互い今はもう日本に帰ってきていて、
細々と交流が続く中で私がコーチの資格を取ってクライアントを募集してますっていうときに、
本当に私が新米コーチのときに是非手を挙げてくださって、
以来ずっと私のセッションを受けてくださっているっていう、
友人としての関係とコーチクライアントっていうときとか。
そうなんだ。
ずっとミルフィーユのように続いてる。
ミルフィーユのように。いいですね。
そうなんです。
すごく尊敬する方っていうのもあるし。
そうなんだ。
イッシュという職業の職業倫理とか、
在り方みたいなものの奥深さとか難しさみたいなものをセッション通じてずっとお聞きしている中で、
その医療従事者向けの学びで、
あえて選ばれた一冊っていうことに何かすごい重みを感じたこともありますし、
愛をテーマにするとか、自分を愛するみたいなところっていうテーマの内容そのものに、
多分私自身が関心があったっていうことと、
そうしたいくつかの要素が重なって、
もうセッションで話をしながらその場でアマゾンでもポチって、
そういう本ですね。
そうなんだ、そうなんだ。
今の自分に必要そうだっていう直感が教えてくれた本ですよね。
必要そうっていうのは、
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佐賀さんのそれはどんなところからやってきている感覚なんですか?
どんなところなんでしょうね。
普段日常生活とか仕事をする中で拭えない違和感とか、
拭えない違和感。
息苦しさとか、何か救いを求めているような、
要は多分答えがない世界ですかね。
生きる人生とか、お金とどう接するかとか、
この資本主義と我々の関係はどうなのかとか、
そういう捉えどころのないもので、
唯一絶対の答えなんて当然ないんだけど、
でも何かしら自分なりの、
多分こんな感じだよね、みたいなものがあった方が、
生きやすいものってたくさんあるんじゃないかなと思っていて、
そこに繋がるようなもの、
お金とどう付き合うか、この資本主義の中でどう自分らしい人生を送るかとか、
自分をどうやって愛して生きていくか、みたいな、
そういう捉え、答えがない答えに挑む本って、
なんか奥深いし、
そういうところに惹かれたのかもしれないですね。
そうか、なるほど。
なんか今、今のお話を聞きながら、
この本の、これは本のOBなのかな?直接書いてあるのかな?
下の方に、タイトルの下に、今愛なら何をするだろうかって書いてて、
なんか初めて見る問いだな、みたいな。
そうですよね。
今、愛なら何をするだろうか、みたいな。
そう、まず主語が愛っていうね。
まず何を考えていいかも、感じてもいいかもわからないような、
その問いがね、でもなんか、なんて言うんですか?
ちょっと、分かんないけどいいなというか、
考えたくなるというか、何だろうって自分の中になる感じの問いっていうんですか。
はい、ですね、ですね。
なんか引っかかりますよね。
引っかかりますね。
愛が何をするってどういうこと?みたいな。
そもそも愛って何?みたいな。
いや、そうですよね。
確かに確かに。
この佐賀さん、さっきこれを読んで、衝撃だったと言ってくれたじゃないですか。
はい。
それは、ここら辺もうちょっと聞いてみたいなと思ったんですけど、
どんな衝撃だったんですか?
はい、衝撃は、この著者の方はずっと金融商権ですかね、
金融の世界に長らくいらっしゃって。
そういう方なんだ。
はい、野村証券だったかな。
で、いわゆるザ、もう資本主義の最先端というか、ど真ん中みたいな人生を送っていながら、
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でも自分もその渦の中に飲み込まれ、
翻弄されていく様を、本人の目線から書いてるんですけれど、
一方でやっぱり金融の仕組みをすごくよく理解していらっしゃる方らしく、
資本主義の本当の仕組みっていうか、
限界であり、ある種おぞましい正体みたいなものを、
すごくわかりやすく解説されてるっていうところが衝撃で、
例えば、廃盗、資本っていうのは廃盗を生み出すとか、
そういう福利の仕組みですかね、
そういう金融にしかない、そういう世界がある種、
そういう労働者の自由を奪っているみたいな、
なるほど、なるほど。
そんなようなことが書かれていますね。
なのでこんな金融の不都合な真実が書かれているって感じかな。
なるほど、なるほど。
そういうのありましたね、不都合。
ありましたよね。
そうそう、そっちは環境の話だったけど、
これは資本主義に関してこんなに書いちゃっていいのかな、みたいな。
そうなんだ。
見てしまってよかったんだろうか、みたいな世界を見ちゃったみたいな。
なるほどね。
そこの話だけを聞くと、
人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅であるっていうタイトルと、
どうしてもまだ僕の中で紐づいてなかったんですけど、
繋がらないですよね。
それってなんか分かんない、別に中身を説明していただく必要性は全然ないんですが、
佐賀さんとしての感覚としては、それはどういうふうにそのタイトルに繋がっていく感じがしますか。
そうですね、お金って本当に魔薬みたいなもので、
私たちはお金のために結構いろんなものを犠牲にして生きるじゃないですか、
キャリアをつぶっていくこともそうだし、
成長っていった時にそこには必ず何かしら収入に繋がるための成長みたいなものが必要だみたいな、
世の中の空気とかもあるし、
でもその資本主義っていう枠組みの中で、
資本というものに人間の感情もひっくるめて、
支配されているっていうとあれだけれど、
無自覚のまま取り込まれているっていうことに目を覚まそうっていうようなことが書かれている。
なるほど、なるほど。
なのでその資本家を喜ばせるような仕組みを、
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経営者というか会社というか株主というかは当然労働者に強いるんだけれど、
その仕組みから自由にはならないんですよ。
働く人そのものか、自分の本当に胸の内から愛を持って働く。
例えばこれの舞台は沖縄に。
愛を持って働くか。
はい、愛を持って働く。
舞台は沖縄のホテルを買収するということから始まるんですけど、
そこで働く従業員たちが本当に自分が心からいいと思うようなおもてなしとか仕事をするっていうことを、
この人は経営者として従業員に求めるんですけれど、
はじめは会議的だった人たちが本当に自分のお客さん、目の前のお客さんが喜ぶことをするっていうことを許されて、
それをやっていくと結果的に働いている人も幸せになるし、
お客さんもそれに喜んでくれるし、
引いては業績も向上して、
大赤字だった会社がどんどん黒字化して成長していくっていう、そういう話。
はいはいはいはい。
あーなるほどね。
なんか今のを聞きつつ、ちょっと興味が入れちゃったんですけど、
まだ佐川さんこれを読みかけて、今出してくれているわけですが、
もちろん全部読み切ってるわけではないと思うんですけど、
今この本を読んだり触れている中で感じている範囲の中で全然いいんですが、
今までの範囲の中で佐川さんの人生に何か一つエッセンスを抽出してみると、
この本から。
どんな部分が今佐川さんとして、私として持ち出したいというか、
持ってみたいものなのかっていうのは聞いてみたくなりました。
この本から学んだっていうことですね。
なるほどー。難しい頃だなー。
そうですね。
でも自分が本当に愛することをするっていうのかな。
仕事ってどうしてもお金のために自分を犠牲にしなきゃいけないんだっていう擦り込みが、
私の場合は特に強くあって。
あーそうなんだ。
特に大企業とか大きな組織で働いてた時って、
なんかすごく乱暴に言うと、
お前の感情なんて関係ねえ。組織としてこれが必要なんだっていう。
そういう論理でいろんな物事を動いていくと思うんですよ。
はいはいはい。
そうじゃなくて本当に一人一人の人たちが、
自分が本当に心からこれいいよねって信じてやる世界って、
すごい素敵だなと思ってて。
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私自身がフリーランスになって苦しい、
お客さんは喜んでくれるけど自分が苦しいみたいな時期があった時に、
より自分が本当に、自分がやってて楽しいし無理がないし、
それで結果的に誰かが幸せになる。
他人の幸せとか誰かのためみたいなものが先に来るというよりは、
自分が楽しく生き生きと信じられるものに全力注いだ時に、
結果として誰かを幸せにするっていう順番が重要なんじゃないかなと思って。
なるほど。
この多分ホテル最近の話は、
それを彼は経営者としてやったんだと思っていて、
経営者の目線からの視点もそうだし、
私は一、働く人間としても、
なんかそんな軸を自分に取り戻すっていう感じですかね。
軸を自分に取り戻すか。
なるほどな。
そうすると結果、自分も幸せになり持続的に働き続けられるし、
その結果誰かも幸せにする。
軸を犠牲することなくっていう。
はいはいはい。
なるほど。
なんか今のキースって思い出したんですけど、
まだアップしてないけど、
佐賀さんのお一人前でこのポッドキャストを収録したのが、
福井県庁の平さんっていう人なんです。
その方は福井県ってここずっと、
全国の幸福度ランキングで1位なんですよ。
そこの幸福実感ディレクターって言って、
幸福実感を県の中でどう育むかみたいなものをずっとやってきてる方。
面白い。
その方と話した時に話したのを思い出してて、
何かっていうと、幸福感っていうのを考えた時に、
やっぱりなんかそこに自己犠牲感みたいなものが少しでもあると、
結局それが幸福から離れていくみたいな話を、
ちょっと一瞬だけしたなーみたいな気がしてて。
それはなんかすごく相手のためにもなるし、
自分のためになるって信じている思っていたとしても、
ちょっとでもなんか自分がちょっと無理してるなとか、
なんか長い時間、夜の時間を割いてやっちゃってるなとか、
睡眠時間削ってるなとか、体力削ってやってるなみたいな。
ちょっとでも、少しでも感じていたり無意識にでもあると、
結果的に自分も不幸せになり、
かつ結果的に相手にもそんなに幸せ感が増えていかないみたいな。
そこは自己犠牲っていうのが本当に真にゼロになるっていうのは、
本当に難しいことなのかもしれないけれども、
そこが本当には自分にはあるんだっけないんだっけみたいな。
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他はすごい大事だと思うんですよね、みたいな話をしてくれたなと思っていて。
今の話的に、確かにね、
佐賀さんもたぶんめっちゃ仕事を好きだろうし、
やっちゃいたくなるんだろうなみたいな。
そういうことはね、たぶんご自身としては何て言うんですか、
信念みたいな、ここまでは行かないとみたいなものを、
佐賀さんに限らずたぶんいろんな人にもあるだろうし、
あそこに自己犠牲を伴わないようにするのは難しいけど、
やっぱり結果的にそれがいろんなところに波及してくるんだろうなみたいなのは、
今の聞きながら思ってましたね。
本当、たぶんその方がおっしゃられていたことと、
私が感じていることすごく近いんだと思います。
なんか自己犠牲って、
ある種ちょっと美徳のように語られることが、
たぶん日本の文化ってあるような気がするんですけど、
利他の精神っていうのかな。
なんか自分を削りながらやるのと、
自分が楽しいからやってるんです、
結果的にそれで誰かの役にも立ってますっていうのと、
全然エネルギー違うなって思いますし、
自分がちょっと自己犠牲しながら、
でもここまでやった方がいいよね、みたいにやっているときって、
その自己犠牲した記憶って消えないし、
なんなら、
なるほど、消えないのか。
地味に溜まっていくと思うんですよね、体の中に。
なるほどね。
この前もここまでやったよなとか、
この時もこうだったな、みたいな。
なんかこう、
なんていうか、残っていくっていうのかな。
はいはいはい。
確かに。
なるほどね。
確かに地味に消えないで残っていく、溜まっていくって確かにそうですね。
そうです。
ゴミというかね、
いろんなゴミみたいなものが溜まっていくと、
大抵ろくなことにならねえな、みたいな。
なるほど。
面白い。
面白い。
なんかそのような自己犠牲感の話が通ずるのかわかんないけど、
通じそうな気がしたので話すんですけど、
僕好きな、
詩人、エッセイストっていうのか、詩人か、
おさだひろしさんという方がいて、
もう亡くなりになられている方なんですけど、
その方の、
どの本なのかちょっと忘れちゃったんだけど、
その方が書かれている文章で、やめなかったことについての話があるんですよ。
やめなかったことについての話。
その人なんかね、たぶんあれは詩家エッセイだった気がするな。
結局私にはやめなかったことしか残っていないみたいな話をしてて、
大好きだったタバコもやめたとか、
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いろんなものはやめていって、
結果的に私に残っているのは、
読むことと書くことと聞くことだっていう表現をされて、
結局私がしてるのは、
本当に自然にやっちゃっているのは、
その3つだけでしかなくて、
それ以外は大体全部捨てたみたいな。
で、文章がたぶん調べると出てくると思うんですけど、
後ほど見てくれると嬉しいなと思ったんですけど。
うん、見てみたい。
それの時に僕はすごく、
確かになって思ったんですよ。
僕もね、僕もっていうのはおこがましいけど、
僕もなんか結果的に、
いろんなものは何かやって、
いろんなところ、いろんなことをやってきたかもしれないけど、
結局何か、
やめずにやっていることって何だろうって思うと、
やっぱなんか、このホットキャストもそうですけど、
いろんな人の話聞いていこうとするみたいなこととか、
何かしら本とか言葉文章を読み続けるみたいなのか、
それを何か自分の中でまとめておくっていう意味合いで書いていく。
僕は日記とか毎日書いてるんですけど、
みたいなことだけはやめてないけど、
それ以外のことは何か一時的にやろうとしても、
だいたい途中でやめたりとか、
厳しくなったりとか、
でも多分その、やめなかったことじゃなくて、
結果的にやろうとしていることって、
若干自己犠牲感出ちゃってるのかな、まだみたいな。
やり続けることに意識を向けることって。
みたいなことは何か今ちょっと聞いて、
そこを自分の中でつながっているのかもなって今気づきました。
でもそうかもしれないですね。
本当に何か心が望んでいることだけが結果として残るみたいなね。
それが何かやめなかったことみたいな。
やめなかったことか。
佐賀さんのやめなかったことって何かあります?今の時点で。
やめたことか何でしょうね。
私も書く日記とかやっぱり好きですね。
自分の心の内側を観察するっていう感じかな。
観察する、はい。
生きてるといろんな心の傷とかができるじゃないですか。
人間関係で傷ついたり、自信をなくしたり。
でも何か生きることをやめられないっていうか。
そうですね、生きることをね。
感じることもやめられないし。
何でしょうね、やっぱり人の内側というか心の機微っていうか。
人間って一体何か人間の内側がどうなってるんだろうみたいな。
コーチングの仕事にもつながってはいくんですけど。
なるほどね、生きる感じる。観察するとかなのかな。
観察するそうですね。
もう人の奥に結局何があるんだろうっていう。
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コーチングですかね。
それは時に自分にも向けられるし。
はいはいはい、コーチングね。
なんかその真理を知りたいっていうか。
深淵っていう言葉が、深い淵っていう。
はいはい、深淵。
深淵。
なんか深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いてるっていう。
ニーチェだったかなの。
そういう言葉があるんだ。
はい、言葉があるんですけど。
それこそコーチのような仕事って、
心を丸裸にしていくような、そんな感覚があって。
その人の本当に深いところとか柔らかい部分にアクセスしていく。
必要があるときにはアクセスしていくんですよね。
その時って、その方の深い場所に一緒に降りていきつつ、
自分も多分一緒に心の服を脱ぐっていうか。
はい。
自分だけ服着た状態で相手の内側のっていう感じではない。
何ですかね、共にそういう状態にあって、
初めて深いところに一緒に入っていけるみたいな感覚があって。
なるほどね。
このダイナミズムというべきか、
このインタラクティブな関係性というか。
はい。
ここは結局、
そうですね、クライアントの関係もそうだし、
時には恋愛とか、友人関係とか、家族とかかもしれないし、
その人と人との関係性に注目し続けるっていうんですかね。
それは意識してるわけじゃないけど、
ずっとやってきたなっていう感じがしました。
そっか、じゃあもしかしたら辞めなかったことなのかもしれないですね。
辞めなかったことかもしれないですね。
なるほどね。
いやー、なんかありがとうございます。
いろんなことを教えてもらって。
いえいえ、こんな話でよかったから。
だんだんね、お別れの時間が近づいてきたなみたいなことを思ってまして、
ちょっと終わりの方にだんだん向かっていこうと思ってるんですけど、
毎回この番組終わるときに、もしかしたら菅さんも聞いてくれてたかもしれないですけど、
最後、ゲストの方に一つ問いを出してもらって終わってるんです。
その問いは、ご自身として今、この番組を通してでもいいしそうじゃなくてもいいんですけど、
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今のご自身としてすごい向き合いたい、感じたい、考えたい問いを出してもらいつつ、
なんかね、よく最近ゲストの方と、昔のゲストの方と話すのは、
あの時に言ったあの問いについて今こう思ってるみたいな会話をよくいろんなゲストの方とするんですよ。
半年経った後とか1年経った後とか。
なるほど、そうかそうか。
だから結果的にその1年先、半年先の私、僕も含めてね、に対してのプレゼントみたいな感じになってるなと思ってて、
なんかそれ楽しくていいなって思ったところから毎回やってるんですけど。
なるほど、そうかそうか。
何か菅さん的に今そんな問いは一つありますか?
そうですね、なんだろうな。
じゃああれですかね、ふと今湧いてきているのは、
人を愛するってどういうことだろうっていう問いですかね。
いやー、なんかあれですね、人類がずっと追いかけてきている問いなんですよね。
そうですね。
その人には多分他者ってものもあるし、自分もね、自分っていう対象もあるし。
そうですね、他者を愛する、自分を愛する、どっちともありますよね。
あと一個じゃなくなっちゃうけど、愛するのが幸せか愛されるのが幸せかとかね、
愛するのと愛されるのって逆のようでいて、実は同じなんじゃないかと思ったりとか。
愛するのは幸せか愛されるのは幸せか。
愛したい人か愛されたい人かなとかね。
愛ってなんだよっていう。
確かに。
ちょっとね、なんかそれを聞くと久々にエイリー・フロムを愛するということをね、読みたくなるな。
技術であるっていう。
愛は技術だっていう話をしてますよね、あの本だと。
ですね、そうそうそう。
なるほど。
いや、ちょっとまた叱る後に探すのに、あの時のあれはどうですかとか。
どうだったかと。フォローアップをね、ぜひ。
いずれぜひさせてください。
いずれ、ぜひぜひ。
ありがとうございます。
じゃあ今日はそんなところで終わっていきましょうか。
はい、じゃあですね、リスナーの皆さんも今日もお聞きいただきましてありがとうございました。
読みかけの一冊から少しだけ人生の途中を見つめる時間になっていたら嬉しいです。
ではまた次のマニマニでお耳にかかりましょう。
今回の読書のマニマニゲストは広報コンサルタント兼パーソナルコーチの佐川希子さんでした。
佐川さんありがとうございました。
ありがとうございました。