まかないラジオの紹介
皆さんこんにちは、まかないラジオへようこそ。
この番組は、東京押上げにあるレストラン呼吸の清富士と、
オンライン料理教室シェフルピを運営する山本が、
料理の世界で得た気づきや発見を、まかないを囲むように、
ゆるく語り合う番組です。
はい。よろしくお願いします。
お願いします。僕がね、はい。
違和感感じましたかね、皆さん。
ありがとうございます。
清富士の方が今日はね、初めて冒頭を言ったんですけどね、
ちょっとした事情が。
ありがとうございます。
あり。
山本さんがね、ちょっとパソコンを水没させたということで。
はい。ちょっとパソコンが動かなくて、
いつも冒頭の文章を読めないという事態に陥って、
急遽、なんでやねんっていう感じですけど。
なんでやねん状態ですが、
なんかね、僕こういうの覚えれるんですよ。
こういうのなんだろうな。
全く覚えてない。
昔、小学校の時とか中学校の時から、
国語の授業の文章の話とか。
はいはいはい。
よくあったじゃないですか、今昔。
はいはいはいはい。
トケトリの沖縄というものありきりみたいな。
はいはいはいはい。
結構ね、僕覚えてるんですよ。
ああ、すごい。
はい。
だいたい、結構ね、ずっと繰り返し聞いてると
頭に入ってくるというかね。
なんで今、はい。
すごいね。
一発練習して二発目でいけましたね。
うん、すごいすごい、本当に。
本当にすごいと思う。
俺なんか毎回言ってるのに。
毎回言ってるのに。
はい。
もうちょっと、なんかダメなんよね。
これはね、ちょっとした特技なんですよ。
はい。
もう全然ダメだわ、それは。
ユーラシア大陸ぐらいしか覚えてないもん。
いやでも十分ですよ、僕わかんないです。
じゃあ、はい。
すごい良い特技ですね。
ありがとうございます。
羨ましいです。
ありがとうございます。
じゃあちょっと今回は、あれですかね。
グートでの食体験
あの、去年かな、去年長野にきおが行った時に
グートっていうのかな。
はい、そうです。
っていうレストランになるんですよね。
はい、そうですね。
レストラン、はい、グートに行って
随分とテンションが上がってましたよね。
そうですね、僕なんかもね、どっか行って随分とテンションが上がってることが多すぎて
いつもね、こんな話になって。
確かに、確かに、確かに。
どっか行って随分テンション上がること多い。
最近より多いんですよね、テンションが上がる食事というか。
なんかそういうとこ狙って行ってるからだろうなっていうのもあるっちゃあるんですけど。
はいはいはいはい。
そこのちょっと話を聞けたらと思います。
了解です。
なんか、そもそも何で行こうと思ったんですか。
えっとですね、そうそう。
で、それはさっき狙って行ってるって話したんですけど
このグートに関しては
本当にたまたま誘われて
僕はちょっと正直ね、知らなかったんですよ、このお店のこと。
勉強不足で。
はいはいはい。
で、まあ行ってから
あの時の雑誌に出てたあの店かっていうのはちょっとガッチしたんで
専門料理とか読んでるときに出てきてたわ、そういえばみたいな感じで
会ったんですけど
まあちょっと新潟のレストランの方に誘われて
こういう店があるから一緒に行こうってことで行ってきたんですけど
簡単に説明すると
長野の稲っていう場所ですね、結構外れのとこなんですよ。
駅も無人かな、人いたかな、忘れたけど結構小さな駅で
もう街灯も全然なくて
真っ暗、もう夜とか言ったら真っ暗、マジで何も見えないぐらい
本当に何もない
こんなところにお店があるのかっていうようなところに
まああったんですけど
そこで、しかもタイ料理のレストランなんですよ
あ、タイ料理のレストラン
タイ料理、イノベーティブタイ料理っていう風に一応
ジャンルとしては区分されるみたいで
それだけ聞くと割と謎じゃないですか
なんでここで?みたいな感じはありつつも
すごい今って地方でお店を出すって
すごい流行ってるじゃないですか
言い方があれかもしれないですけど
ある意味そういう地方のガストロノミーレストラン
いわゆるローカルガストロノミーみたいなのがすごい流行ってて
そういう流れなんだろうなとは思ってたんですよ
そういうつもりで行ったというか
まあ地方のレストランですね
行くことないですしね
僕が本当に昔一回行ったことあるので
和歌山のビライダーとか
ローカルガストロノミーの走りだと思うんですけど
あと福岡は地元帰った時にレストラン行ったり
でも福岡は都会なんでね
東京と大阪とそんなに変わりないかなっていう気はするんですけど
まあそういう地方のガストロノミーレストランで
そこにある食材で
そこでしか食べられないものが食べれるんだろうな
というそのくらいの認識で行ったんですよ
でその想像を超えてきたみたいな話
本当に僕としては結構感動して
素晴らしい体験だったなって思って
ちょっとね今日時間があったら
僕が感動する
何に感動するのかみたいなのを
最近すごいちょっと分析してて
僕が今まで感動したレストランって
多分3個しかないんですよ
美味しかったとかすごい感心したなとか
すごかったなとか技術がやばかったな
っていう店はいっぱいあるんですけど
僕が本当に心から感動したレストランって
3つだけだったなって思って
で全然違うタイプの3つなんですけど
共通項があったなって最近すごい考えてて
まあその話が
今回最後出てくるのは
まあまあとりあえずじゃあ
今日はグートンの話でいくと
ざっくりいうと
タイの三角の少数民族のご料理
タイ人のご料理
タイのね
まあたまに
タイのタイの
タイの三角の少数民族のご料理
タイの三角の少数民族の
タイの三角の少数民族の
タイの三角の少数民族の
小数民族のお料理がベースのコース料理ですね
でまぁ先ほども言ったように本当に明かり一つない
田んぼ沿いのね
暗い道にポツンってあるんですけど
そこで1日1組限定で
お客さんを呼んでやっているみたいな感じですね
たぶん2人から予約できるんじゃないかなって思うんですけど
たぶん最大で何人ぐらいだろう
ちょっとあのちゃんと調べた方がいいかもですけど
たぶん6とか7とかそのくらいまでは入るんじゃないかなっていう感じの
まあこじんまりとしたお店ですね
でそこで僕は誘われたレストランのシェフと
2番手みたいな方と一緒に行って3人で行ったんですけど
タイのその三角の小数民族の料理っていうのをベースに
一応その長野の稲の周りで採れるものとかを使ったコースなので
そんなに何ていうか
使ってる食材の数が多くないんですよね
変皮な場所でやってるんでそれ当然ですし
それがある意味僕の中でのローカルガストロノミーらしさというか
確か僕の記憶だと9品ぐらいのコースの中で
4品ぐらいが虹マスの料理なんですよ
で3品ぐらいが天竜牛かな牛肉使った料理
それをまあそれぞれ塩漬けにしたり乾燥させたりとか
抜か漬けみたいなものにしたりとかもあったかな
なんかかなりいろんな形で加工して
長期保存が効くような形にしたりとかしながらコースを組み立てていく
で使っているスパイスとかハーブも近くの山で採れたものが主になってますねっていう感じ
それを乾燥発酵とか用いて
取れるときにたくさん取って年間通して使っていきますっていう感じのスタイルです
で東京ではなかなか出会えないスタイルですよね
東京って何でもあるんで年から年中何でもある
どこからでも何でも届くんで何でも手に入るっていう
東京ではなかなかできないスタイルだと思いました
ここまでは僕の理解してた僕の想像してたローカルガストロノミーなんですよ
なんかそれは想像つくじゃないですか
地方でやるということだよなみたいな
で
なるほど
でそうやってまあしかも本当お料理も美味しいので
いろいろすごいなと思いながらずっと食べてて
一日一組限定なんですごいこうシェフがお話をしに来てくれるんですね
でいろいろ喋ってるうちに結構僕はドカーンとやられたというか
結構なんだろう
本当に割となんだろうこじんまりした場所みたいな感じなんよね
こじんまりしてますね
キッチンとかマジ狭かったと思います
なんかパッと見家ぐらいのキッチンでやってるように見えて
であれ何かな
なんて言ったらタイ料理
完全にこれはタイ料理だっていうのがわかる感じ直感できるぐらい
わかるものもあるしそうでないものもあります
ああそうなんだ
そうでないものもあるけどでもやっぱり
ちょっと後々の話にもつながってくるんですけど
ここでタイ料理をレシピとして継承してるわけじゃないっていうのが一番の疑問ですかね
文化としてなんでそういう場所でこういう保存方法が生まれたのかとか
そういうところを文化として継承してあの場所でやってるから
その本質的なところをしっかり受け継いで作っている
だからレシピは真似してないからタイ料理らしい味になっているものとなってないものがあるけど
それはやっぱあの場所で生まれるタイ料理としてめちゃめちゃ自然なものであるっていうのは間違いなかったと思います
なるほどなるほど
みたいな感じですかね
地元食材の使用と文化
そうそうそうでまあ1番はなんでここでやってるんですかっていう話なんですけど
簡単に言ったら地元なんですよ
地元も生まれ故郷がそこだった
それも別に当然のことじゃないですか
地元に戻ってここで自分がやってきた料理をやりますみたいな当然のことだし
それは別にわかるんですけど
なんかなんでここに戻ろうと思ったかっていうのが僕は結構
なんか聞いたら当たり前といえば当たり前かもしれないけど結構盲点だったというかなんかすごい必然性を感じたというか
っていうのがその三浦シェフって言うんですけど三浦シェフが実際にタイでお料理学んでたんですね
その修行ということで
タイで学んでるうちにもっとタイ料理を知りたいんだったらとにかく山岳の方に行きなさいというふうに言われたそうで
山に行け山に行けかっこいいですよねかっこいいなって思うんですけど
それで実際に山岳の方に行って少数民族の料理に触れたりとかそこ人たちに触れたりしてて
それってすごいなんていうか料理人やってたらわかると思うんですけど本当に結構
ストイックな修行じゃないですか自分が学びたい料理のために敵地まで行って
山ね山岳まで行ってやりたいってそのストイックな修行ってすごいと思うんですけど
なんかそこでその三浦シェフが一番感じたことが
あの そこで獲れるものとか
生えてる野草とか 生えてるスパイスみたいなものとか
そこで使われている保存食 調理法とかいろんなものを見た時に
三浦シェフがあれこれ知ってるぞってなったらしいんですよ 修行したくて自分の知らないものを
知らない民族の知らない料理を突き詰めたくて タイの山岳まで行った結果
これ知ってるぞってなったんですよ それが自分が小さい頃に
長野の稲の山の中で生活してて見たことのあるものなんですよ 自分の親とか
おじいちゃんおばあちゃんもだと思うんですけど 作ってくれていた料理とか保存食とか
山で遊んでて目に入ってくる葉っぱとか 知ってるものがすごいたくさんあったんですって
なんかその発見ってめちゃめちゃなんていうか すげーなって思って それって言われてそう
言われて理解するのと マジで知るためにそこまで行って
本当に本心からあれこれ知ってるっていう気づきを得て 地元に戻るって
地元に戻って料理をするって誰しもがやってる当たり前のことかもしれないけど
ここまで戻る必要があって戻った人っていうのは僕は見たことがなかった
たしかにたしかに
それはすごい新鮮だった ストーリーとして当たり前だからみんな戻ってるんですよ 地元しかないし
地元に帰って地元の魅力を再発見というかみたいな だからある種
もしかしたらもともとこういう地元の特産品があってとかっていう人はいるかもしれないけど
どっちかというと地元に帰って今の僕だったら 何かもっといいものが発見できて
生かせることがあるかもしれないって戻る人が多いよね どっちかというと だから戻る前は知らないというか
なんだろうみたいなことだよね
それが本当は自分は小さい頃から知っていたみたいな 自分がこれだけ大人になって何かを求めて
タイの山奥まで行って 本当に小さい頃から知っていたってことになんか素で気づいて
戻るみたいな これは僕の中で結構ヤバいなって思ったんですよ
地元の再発見
たしかに
こんな人は見たことないし 僕は正直地元に戻るっていう選択に結構疑問を持つタイプ
それは自分が転勤族で地元にそんなに特別 他の人ほどの思い入れとか執着がないからっていうのが
一番にあると思うんですけど それでも
地元に戻りたがりすぎる人たちに対して そんなに地元が好きかって思う
本当にそんなに好きで
そんなに好きなのか そんなに地元の良さを伝えることに意義を感じて
使命感を感じて本心から戻ってますかっていうのを 僕はすごいずっと聞きたかったというか
それしか選択肢にないから戻ってないですかって すごい思っちゃうんですよ僕は
なんか自分にとっては必然性が足りない
地元だから戻りますって そうそう僕はそのこの必然性をすごい大事にしたいタイプなんで
僕の中では地元だからっていう理由だけで戻れないんですよ もっと強い必然性がないと
それを持った上でいつか僕が鹿児島にとか福岡にっていうことが起こるかもしれないけど
なんか今の僕の感覚だと自分が戻るには至らない絶対
でもやっぱ だって長野に戻ろうと思ってタイに行ってるわけないじゃないですか多分
いやわかんないですけど
いつかいつか戻るかもとは思ってたかもしれないけど
でもそう本当にこれ見たことあるわって思って帰るなんかすごい
一番いい形だし
それを聞いてやっぱ出てくるものとか改めて食べたりとか
食べたもののことを考えてた時に本当になんかその
さっきの話に戻りますけどタイ料理らしいものを作ろうというか
山岳民族の中で学んできたタイ料理を 長野の山でやるとこうなりますっていう
感じ
なんかそれがだからレシピを 料理とリンクしてたね
そうそうレシピを継承してきましたとか面白い料理を覚えてきましたじゃないんですよね
なんかこんなマニアックな料理を覚えてきてそれを見せびらかしてるとかじゃなくて
実際にそう同じような環境だったから
戻ったらそう同じようなテクニックというか保存方法とかいろんなものが使えるし
でも当然多少の違いは長野とタイの山では多少違うものがあるからじゃあどうしよう
自然と長野の稲のあの場所で生まれるタイ料理っていうのを自然とあそこでやっている
っていうのが僕の中ではすごいかっこよくて
なんか必然性を持っていて
なんか結構びっくりした
なんか自分のことを改めて考えた時に自分もそういう必然性を大事にしたいって言ってるから
今自分が東京でお店をやっている理由とかをまあはっきり言葉にしてる
ですよねいろいろ聞かれた時に 例えば僕だったら転勤族で特定の
あのふるさとみたいなのにあんまり執着がない まあ結構いろんな場所を転々としてきた分
なんか絶対ここが地元ですみたいなのがない そういう自分にとってやっぱり東京ってすごい
ある意味同じような人たちの集まっている場所 だしいろんな土地から来た人たちが集まっている場所だし
世界中からいろんな人が来るしいろんな文化が交わるし 自分にとっては今一番居心地がいい
感動のプロセス
ところは感じていたのでまあ今というか少なくとも呼吸を始めた頃 今はちょっと変わってきてるかもしれないですけど
少なくとも呼吸を始めた頃は自分にとってこのいろんな文化が交差するこの場所で やるっていうのが一番必然的だと思ったんですね
でもなんかめっちゃそれって
僕が綺麗に言葉にしただけの必然性だなって思ったんですよ
なんか得意じゃないですか多分料理とかやっててもそうですけど なんで今僕はこんなことをしてるんだっていうのを
こうやってポッドキャストやってるのもそうだし文章を好きで書いたりしてるのもそうだけど
なんか言語化は苦手ではないと思うよ多分 でもなんかだから
綺麗にまとめちゃってるだけの 結構上辺の
なんか必然性だなって思ってすごい 並べのっていうか別にまあ
まあ素直な気持ちであるんですけど単純に経験が足りてない かなってすごい思いましたここでいろいろやっていったりまあこうやって考え続けて
いろいろやってたらもっとなんか強固な必然性にいつか出会って 東京でそのままやるか地元に戻るか全然違う場所に行くかっていうのが
まあこれからなんか本当に なんか起こっていくのかなっていうか
なんか まだまだが緊張だなぁってすごい思いました
なるほどね そういうなんか大人のなんかガチの人生を見せて見せてもらった感じがしたので
うん
なるほど そこに行きたいと
そういうなんかまあ これはね基本的にいつも思ってるのはその人に別になりたいわけでは全然なくとも
やっぱりそういう 強固な人間になりたいですよね
はいはいはいはいはい いつもやっぱ順度を求めるね
いや順度だけですよ そうそうそう
もう順度の高さ 僕が多分なんかいいなと思うものっていうのは多分そこが全部圧倒的に高い
ので なんかあんまり技術に対して
感動をできなくなってきているのかもしれないです あーなるほどね
それがすごい感じます技術ってもうなんか 料理は特にですけどもなんかどんだけ珍しいことが起こっても珍しいと思えないし
今 新しい組み合わせっていうものが当たり前になってきて
それがなんか知らなかった新しいものでも なんか新しい組み合わせっていうところでも
ありふれすぎて その範囲なんよね
なんかそれがどれだけ進化していってももうなんか 昔はそれがなかったから多分すごい感動にみんな包まれたと思うんですけど
なんか僕はもう今この現代で料理しててそういう技術とか
なんか感動できない 火入れとかもちろんそうだしなんかそれがすごい
なんだろう誰も見たことないような形のチュイールとか薄さの膜とか
食感がこういう泡ですとか 盛り付けが本当に誰も見たことないような新しい視点からしてますとか
そもそも器を使わずにテーブルに直で行けますとか 手で食べさせますいろんな方法があると思うんですけど
もうそのすべてが新しいもの見たことのないものっていうものでくくられちゃう
うーん なんかそれに僕は僕個人は感動できなくて
はいはいはいはい
そうそうそうそう そう思った時にやっぱり純度
うんうんうん わかるわ
なんかその感じはわかるかもしれない だから手が届く場所かどうかみたいなのかな
なんか感覚的にその新しいことなんだけど
自分でも行き着けそうな場所なのか
けどさっきの話とかって自分で狙っては行き着けない場所だし
絶対そう で全員違う場所に行くはず
そういうことね だからそこにすごく価値を感じる
そうですね だからそのたどり着いた場所に憧れを抱くというよりはそのプロセス
その人がその人にしか描けない道筋でそこにたどり着いているっていう
そのなんか人生のプロセス自体にすごい
感動をするし
だからその技術とかじゃないな僕が今見たいもの
最近もだからいくつかレストラン行ってて
あの本当にとんでもなく美味しいものにいくつか出会ってきてるんですけど
うんうんうん
やっぱり東京のレストランいくつか行ってて
やっぱり関心までしか行けないんですよねどうしても
あーなるほどね
すげーなーよくこんなの作ったなーとか
めちゃくちゃうまいなーとか
でもそれが僕は感動と紐づかなくて
はいはいはいはい
昔だったら紐づいたかもしれないですけどいろんなこと経験してきた今
その美味しさだけが全然感動に紐づかない
もちろん美味しさっていうのが軸にないとダメだし
そういう意味で前回お話した土着も
もうちょっと人生変えるぐらいの感動だったお店の一つだし
うんうんうんうん
でまぁグートもそうだし
でここで僕の中で意外だったのが
やっぱりマスがここに入ってくるんですよ
あー
僕の中で結構意外だったんですよ
僕が感動したことのある体験
グートと土着はよくわかる
今の自分の感覚としてもよくわかる
マスの感動体験
そういうものに感動を覚えるようになってきた自分にとって
あの時感動したマスってどういうレストランだったんだろうって改めて考えたんですよ
うんうんうん
でやっぱりあそこはすごかったなって思う
うんうんうんうん
そうそうそれが自分にとっては結構意外
なんか今の自分にとってマス
技術力の結晶みたいな料理をしているマスって
不純に感じるんじゃないかってすごい思ったんですけど
はいはいはいはいはい
あのちょっとね今聞いている皆様に説明すると
マスっていうのがペルー料理のレストランですね
でちょっと何年か前に
あのワールドフィフティですね
世界のベストレストランっていうのに
ペルーのセントラルっていうレストランが一位を取ったんです
世界一のレストランっていう称号を得て
で世界中から本当に人が集まるような素晴らしいレストランになっているんですけど
まあそこの言ったら姉妹店みたいなものが東京にあるんですね
でそれがマスっていうレストランで
まあテーマとしては同じく
マスのペルーの生態系とかを標高で表現しながら
料理を構想組み立てていくというようなレストランですね
あの気になった方は皆さん検索してみてください
今僕が話しているのがわかると思います
こう技術力の結晶
僕が今さっき感動しないって言ってたような
どうやって作ったんこの造形みたいな料理が並ぶわけですよ
でもなんか僕にとってマスの
クリエイティブって
なんか独りよがりじゃないんですよ
全然あのシェフの作家性を見せたいから
っていうのじゃないんですよ
なんかあくまでペルーの良さを伝えたいって
その一点のみに振ってる
純粋ね
そこの純度の高さ
別に面白いことやってますとか思ってるかもしれないですけど
なんか料理だけ見てたら
画像で料理だけ見てたらそう見えるけど
実際あそこで行って食べてて
料理の奇抜さに目が向かないんですよ
全く
それくらいペルーのことを教えてくれる場所
その独りよがりじゃないところ
クリエイティブをなんか
勘違いしてないみたいなすごい
はいはいはいはい
すごいね
勘違いしてる人がいっぱいいるみたいな言い方を
してしまっているかもしれない
僕は勘違いしてるか
今まで少なくとも
僕は前もなんかで話したかもしれないですけど
料理って01だと思ってた
けど違うんだなって最近思ってて
その話もね
今度ゆっくりできたらいいなと思うんですけど
基本的に素材がもう100であって
その100を食べるっていう行為に対して
調整することが料理の仕事だっていうふうに
最近僕はすごい思ってるんですけど
マスの料理も別に
なんか01、0、100をやろうとしてない
そもそもペルーの生態系っていう
ペルーの素晴らしい食材
素晴らしい生態系ペルーの文化っていう
100を料理っていうフィルターを通して
みんなに伝えたい
そこしかないんですよ
だからやっぱり感動したな
今でも今思い返しても
素晴らしい体験だったなって思う
だからグートもドチャクもマスも
全く種類が違うと思うんですけど
料理の種類が全く違うけど
僕の中ではそれぞれが
もうなんか素晴らしい必然性を持って
そこにあるレストランだった
マスは東京でやってる意味も
ちゃんと内包してたというか
ペルーをそのまま持ってきましたではない
だったらペルーでやっとけばいいじゃん
みたいになるけど
やっぱりそこにちゃんと
東京でやる意味なんかも含ませてるし
食材の使い方とかも全部含めて
やっぱりそこの必然性とか
純度の高さっていうところを
すごいストイックにやってる人たち
だからあんまりその内容は関係ないなって
僕は思ったんです
なんか奇抜な料理だから嫌だとかは
なんか今でも思ってないというか
はいはいはいはい
なんかその人が何でここで
こんなことをしているかっていうところに
なんかちゃんと整合性が取れていれば
うん
なんか僕は感動できるんだなって思って
そういうことがしていきたいし
そういうことを気づかせてくれた
3つのレストラン
料理の本質を問う
そのうちの1つがグートだったっていう
はいはいはいはい
なる感じですね
いやいいですね
なるほどな確かに
それあるよね
なんか純粋に
途中でずれてくるんよね
うんうんうん
いや分かれますよ
めちゃめちゃずれてくる
そうずれてくるんですよ
ずれてくるんですよね
かなりなんかね気がついたら
本末転倒なことしてるんですよ
そうなんですよね
だからそれはそうですね
人って気がついたら
本末転倒なことしてるんですよね
そうそうそうそう
本末転倒あれ自分って何がしたかったんやけって
もっと頻繁に思い起こした方がいい
うん
だってすごいめちゃめちゃ思って
本当にずれたことしてる
だから僕も前の話でもちょっとしたかな
なんか例えばコースの数を絞らないとか
うんうんうん
なんか料理のかぶりをあえて避けないとか
うん
なんか全部不純なんですよねなんか
うんうんうん
コースの名前を考えるとか
メニュー表を作るとか全部そもそもなんか
なんか美味しいものを提供するっていう目的に対して
必要のないものであったり
逆にそれに縛られて
不純なものが出来上がるためのことを
なんか変にルール化してやっていたりするんですよね
すごい店で決めてるルールが
自分の料理を縛ってるみたいな
ことがめっちゃ起こってるなって思って
いやーわかるねそれ
うんうんうん
僕もそれはねすごくわかりますね
なんかそのサービス作りとかも
はいはいはいはい
途中でずれるんですよね
例えばまぁまぁ飲食の働き方っていうか
在り方自体を変えたいって思って
でこういう方法だと飲食の人たちにとって
いいものなんじゃないかみたいなから始めるけど
やっぱどんどんずれてくるんですよね
いやーわかる
気づいてもしかも抜け出せない時もあるわけですよ
いやーわかる
気づいても抜け出せない時もあるわけで
いやてかねそんな簡単じゃないですからね
そこに気づいた時って
もう例えば建築物だったら
もう結構足場全部建って骨組み全部建って
その上で部屋の数間違えてましたみたいな話で
いやもうちょっと待ってみたいな
全部壊した方がいいですかみたいな話になってくるんですよ
そうですねそうなんですよ
結構ねわかりますね
だからそういう意味ではこれが本質なのかみたいなのは
やっぱ常に考えないといけない
そうそうそう
常に考えないといけない
一個進む度にこれでいろんなことが破綻しないかとかを
ちゃんと考えないとマジで取り返しがつかなくなるし
僕は今年全部壊そうっていう決断をしたみたいな
はいはいはいはいはい
一回全部壊そうみたいな自分がやってきたこととか
壊しても残るものは残るから
技術だったり知識だったり残るから
一回壊してから組み直した方が早いことっていっぱいあるから
今ある中でうまく組み替えようとするから
いびつなものになるんですよね
うんうんうんうん
っていうのも思って
だから今改めて今すごい文章をまとめて書いたりしてるんですけど
自分がそもそも何に感動するだろうとか
こういうことに感動するっていうことは
呼吸で提供するものってこうあるべきだよねとか
そうあるべきっていう原則をもとにすると
めっちゃいらないものいっぱい出てくるよねとか
はいはいはいはいはい
だから取引する業者さんもめっちゃ減ってくる
ここはなくても大丈夫みたいなのがいっぱい出てくるわけで
そうするとやっぱ向き合うものも減ってくるから
その分一つのものに向き合える時間も増えるし
うん
なんかね今そういう時だから
すごいなんか今年はなんか結構ずっと
脳みそがねなんか働いてるんですよね
なんかいい状態なのかなと思うんですけど
はいはいはいはいはい
なんか本当にそういうレストランとの
なんか出会いのおかげでこう思うところが増えたというか
うんうんうんうん
っていうね いやだからね
GOOTはぜひいろんな人に行ってもらいたいというか
うんうんうんうん
行ってもらいたいレストラン いや行ってみたいな
いやすごいですよ
まあ今挙げた3つはなんかどれも本当に素晴らしい
はいはいはいはいはい
と思います僕はね僕はですよ
うん
うん
いいですね
うん
いやー分かるなーっていう回になりましたね
まあでもやっぱ分かるなーって思ってくれる人
意外と多いんじゃないかなっていうテーマではあるというか
ああそうそうね多分
ですよね料理だけの話じゃないし
似たような似たようなっていうかどんな仕事もそうですよね
やっぱこう僕はすごいこのいろんなことに気づいて
すげー痛みを感じてたんで
やべーどうしようみたいな
はいはいはいはい
やってきたことが全部覆されてしまうかもっていうか
うーってなってたし
まあだからこういう話を聞いて
うーってなる人もねいっぱいいるとは思うんですけど
うんうんうん
なんかまあまあでもやっぱそうじて
その思うのは自分の段階っていうのがあるじゃないですか
グート行った時も思ったんですけど
この人はこういう手順でこの人の順番でそこにたどり着いて
まあ僕の言うだからそれこそが必然性なわけで
僕が例えばマスに到着にグートに感動して
自分がいきなり何かを変えようって言ったって
そんな必然性がないことはないというか
まあまあそういうレストランに出会って何かが変わったなら
それもある意味必然だけど
まあでも僕の何かなんだろう
新たな視点への道
僕の思う必然じゃない
自分の人生をなんか
まっすぐ生きてた結果生まれるものをやっぱ作りたいから
うんうんうん
だから自分の順番で真面目にやっていく以外ないなみたいな
いやーわかりますねそれは非常に
うん
ことを思いました
いや本当そうよね本当に多分いろんな人が思うと思う
これは
はい
そう
いやー
そうです
ありがとうございます
いやーありがとうございます
いやーどうけどどう修正すればいいのかな
どう修正
修正は難しいよね
やっぱでもその自分の
例えば初期衝動だったりとか
うんうん
まあ感動体験
なんでこれやってるんだろう
何がしたくてやったんだろうっていうところに結局尽きる
それか途中でやっぱなんか
初期衝動が不純だったらもうダメなのかっていう話になってくるんで
まあそうかもしれないけどそれもちょっと酷じゃないですか
だからやっぱなんかその自分のなんだろうな
なんか芯が生まれた瞬間みたいなもんでも絶対あると思うんですよ
なんかこういう出会い
こういうものに出会って
今まですごい不純な気持ちでなんか作ってたけど
こういう感動を経て
こういうものが作りたいと思いなったとか何でもいい
なんか自分の自我がちゃんと芽生えた瞬間っていうのがあるはずだから
なんかどこかに設定をすべきですよね
自分の初期衝動をしたら
とか自分のこの時の感情
ブレてないかっていうね
自信が必要だからね
そうそうそう自信が必要
自信が必要だし
なんかいろんなことを経験した結果
その自信がもしずれていたなら
自信の再設定も必要かもしれない
何にせよブレてないことが
僕の中ではすごい重要なので
確かに
っていうね
まあ変わり続けますからね
考えなんかもそうだし
その時その都度一番こう筋が通ってることを
選び続けられるかみたいな感じかな
確かに
いやーむずいですよね
いやーむずい
マジで永遠のテーマですよ
むずすぎる
まあなんかね
そんなことをちょっと考えながら
今年は呼吸の料理に向き合って
いきたいなと思っておりますし
まあそのことを一生懸命
今言葉にもまとめてるし
はいまあそれができたら
まあ文章でもどこかに出したいなと思うし
まあこのラジオでも
自分掘り下げ会みたいなところで
作家性と料理人のアイデンティティ
ちょっとこういう話をね
なんかめちゃめちゃ掘ってできたら面白いよなとか
確かに確かに
思ったりしてます
ちょっとそういう話もしたいね
うんうんしたいです
いやー確かに初期衝動ね
初期衝動大事ですよね
大事大事多分大事ですよ
なんかね結構意外と
なんか忘れてたこととかいっぱいあるし
思い返せばそういえば自分ってこういう人間だったとか
こういうことが好きだったとか
なんかね僕はたぶんその初期衝動に
ちょっとしたズレがあるタイプなんですよ
っていうのはまあなんか
まあもうねちょっと時間もあれなんで
ちょっとサクッと話すと
まあ僕は基本的に
ものづくりが好きだった小っちゃい頃から
ものづくりが
割り箸でめっちゃ工作してたりとか
なんか学校の授業でも
あの図工工作大好きで
紙粘土でなんか作ったり絵描いたりとか
別にねそんなにめっちゃ上手で才能あるとかいうわけじゃなかったと思うけど
まあなんか好きだった
絵描いたり音楽も好きだったし
なんか音楽も好きだけど
音楽の道に進むイメージは湧かなかったけど
楽器作る人になりてえなとか思ってたんですよ
ギター作る人とか
なんか木でなんか作りたいみたいなのは
すごい昔から思ってて
でなんかそういう何かしら
ものづくりの仕事に就きたいなって思ってて
でまあたまたま僕おじいちゃんが料理やってたから
料理が身近にあった
身近にって言ってもね
そんなその毎日親が料理屋さんで料理してるとかではないから
おじいちゃんの料理を
ぼんと正月帰った時に見るとか
一緒に釣りに行くとか
まあ母親もね
あのそんなおじいちゃんの娘だからかわかんないけど
料理上手だし
毎日料理食べるのすごい好きだったんで
はいはいはいはいはい
なんか一番しっくりきたのが料理だった
てか料理しか思いつかなかった
分からないんですけど
その時点で僕は料理のこと
ものづくりだと捉えてるんですよ
なるほどでそれが初期衝動なんですよ
僕にとってはね
はいはいだから最近そこの修正が入ったみたいな感じ
あちょっとちょっと待って待って
なんかものづくりって捉えて進んでもいいんですけど
捉えて進んでもいいんだけど
すっごいエラーがエラーが起きるんですよいっぱい
自分が素材に向き合っていこうとか
素材とか生産者とかいろんなとこに向き合っていこう
って思った時にすっげーそこのエラーが出る
あー
やばっなんかね話がまとまらなくなってくるんですよ
結局自分がものづくりだと捉えてる以上
自分の作家性が大事になってきて
自分の作家性って思うと
料理はクリエイティブなものでなければいけないんで
でも自分が今大事にしたいことって
素材に行ってるよねみたいな
素材とかお茶とか
そのものに行ってきてるよねってなると
自分の作家性がめっちゃ邪魔になってくる
はいはいはいはいはいはい
でじゃあ料理ってなんだっけっていうところに立ち返ると
なんか自分の料理を始めた初期衝動とは
ズレが生じてくるから
だからなんか難しいんですよ
だから難しいけどその
なるほどね
前提条件の変更をしたんですよ僕は
はいはいはいはい
あーなるほどね
あーそれけど確かに
けど料理人をやってる人は結構そこが
食い違ってる人は多い気がして
多い多い多いと思う
うん
めっちゃ多いと思う
てかそれが人が悪い
料理人になる人が悪いというよりは
料理という
しかも飲食店で料理を提供するという
なんか非常にこう
作家性を求められる領域でもあり
特に東京
ちゃんと稼がないといけない
そうちゃんと稼がないといけない
ビジネスをしないといけないという状況であり
そうなんですよ
まあこの
えだからしょうがない
どっちにもなれる
そうそうそう
うーん
そう作家性を求められる
そこ難しいよね
作家性に振るなら振ってもいいと思うんですよ
別にそういう道だってあっていいし
そういう料理が間違いだとは僕は言いたくないし
でもなんか自分が大切にしたいものを考えた時に
自分の作家性が邪魔になるなら
思い切って消した方
消すっていうか
捨てた方がいいと
うん
なんかねそこを捨てるってことも間違いだ
間違いっていうか
良くないってことにも最近気づいてきてはいるんですけど
うんうんうん
全部関係性でできてるじゃないですか
素材生産者自然があって
そう生産者がいて
えー
うん
なんかあの素材があってとか
例えば中卸がいて
僕らがいて
うん
消費者がいて
一個も欠けたら成り立たないから
うまくその回ってるわけで
うん
その中で自分だけが自分自分をこう
自分の作家性だけに振ると
すごい
うん
その生産者側をおろそかにしてる場合が多くなる
でも消費者のことは考えてるかもしれないけど
作家性を見てくれる人たちに対しては
うん
でもやっぱなんか僕は
その素材を大事にしたいとか
うん
思った時に
うんうん
なんて言うんだろうな
自分もちゃんと必要なんですよ
そのなんか料理人としての自分も
そのなんか
その循環の中に必要だから
うーん
自分を消すっていうのは
なんかあんまり健全じゃない
なんか
あー
そうそう僕は作為を消そうとしてたんですよ
あのこういうことに気づき始めて
なんかこういう感覚に
はいはいはいはいはい
こういう感覚を前提におこうって思った時に
再設定してる時に
自分の作為を全部なくそうみたいな
瞬間が一回あったんですけど
それって別に
うんうんうんうん
なんか素材側だって
なんか
うん
消費者に届けられるために
僕らがいないと成り立たないというか
うんうんうんうん
みんな多分ね
素材と生産者との関係性
みんなこう支えられて
なんか
はいはいはいはい
いる中で
自分の存在も大事だから
料理人としての自分のアイデンティティみたいなのは
なんか
完全に消すことは良くないなって思って
そうやね
まあ全部フラットである時
うん
うん
そこも結構難しいところやね
難しいじゃあどうすんねみたいな
そう消したらもう
その人に料理をしてると意味がなくなっちゃうんですね
そうそうそうそう
で消すってことは
なんか消費者側へのとか
自分自身へのを
おろそかにしてることにもなるから
なんかね難しいなって思いながら
難しい
はい難しいんですけど
なんかねそこらへんを
しっかり自分の中で
なんか決めたい定義をみたいな
こういう理念を持とう
料理を作っていきたいっていうのを
なんかすごいちゃんと組み立て直したくて今
はいはいはいはい
なるほどね
はい
あー
逆に俺はそこを究極的には
料理人が料理だけやれる世界を作りたいなっていうのが
うんうんうんうんうん
ある
はいはいはいはい
うん
っていうのは結構強いなってやっぱ思うね
確かに
いやー
そう不要な作業が多い
はい
不要な作業がやっぱ多いから
だからそこを
そうなんすよね
うん
うーん
っていうのは
いやーだから
山本さんがそこにこう
ね
参加して不要なものを取り除いてくれたら
もっともっと
うん
もっともっとね
よくなる
もっともっとね
かも
そう
でそこのやっぱこう
一番初めに求めて初期衝動
うんうん
を保ちながら
うまくこう
保ちながらね
うん
保ちながらうまくやっていきながら
その社会的な関わり含めて
しっかりとこう
関係者全員をちゃんと
うん
にもちゃんと示しがつく方針をひたすら
やっていくっていうのは
やばいですよ
マジで世界で生きていくのむずすぎる
あははははは
そうなんですよね
いやマジむずすぎるですよ
世界で生きていくのって難しいんですよ
マジで
東京来るからってのもあるかもしれないですけど
マジね
こういうこと考えだすと
むずすぎる
なんか破綻なくするのが不可能
みたいなことになってくるんで
いやー
まあね
こんなことを考え続けてやっていきたいな
というか
分かりますねけど
感じ感じ
でまあそれをね気づかせてくれた
グートという素晴らしいレストランの
まあお話でしたという感じですね
うんうんうん
はい
うんうん
はいありがとうございます
いやー面白いですね
まあそういうなんか難しさを
僕はなんかそういう難しさを
楽しめる人間になりたいなと
日々思ってますよ
うんうんうんうん
いや間違いないそうですね
楽しんだ方がいいに決まってるから絶対
そうそうそうそう
絶対どう考えても
そうそうどう考えても
この現代で生きているっていう事実は変わんないし
楽しむか楽しむかないからね
楽しんだ方がいいに決まってるから
うんうんうんうん
いやーまあ頑張っていきましょう
はいじゃあ今日はこんな感じですかね
そうですね
はい
ありがとうございます
本日もありがとうございます
じゃあ今日は終わり
清がやってくれる感じかな
あそっかヤホンさんはあれがないから
そうもうできないです
はいわかりました
じゃあ僕が適当に締めますので
はいじゃあ本日もありがとうございました
ありがとうございました
はい本日もありがとうございました
いかがでしたでしょうか
本日は私清富士が
グートレストランでの体験
長野のイナのグートですね
レストランで感じた感動の体験ですね
そこからそもそもじゃあ感動とは何だろう
料理人とは何だろうみたいなね
話につながっていきましたので
この辺りねまた別の回で
深く掘って話をしていけたらいいなと思います
この番組気に入ってくれた方は
高評価いいねぜひよろしくお願いします
それでは次回もよろしくお願いします
バイバーイ