あの、去年かな、去年長野にきおが行った時に
グートっていうのかな。
はい、そうです。
っていうレストランになるんですよね。
はい、そうですね。
レストラン、はい、グートに行って
随分とテンションが上がってましたよね。
そうですね、僕なんかもね、どっか行って随分とテンションが上がってることが多すぎて
いつもね、こんな話になって。
確かに、確かに、確かに。
どっか行って随分テンション上がること多い。
最近より多いんですよね、テンションが上がる食事というか。
なんかそういうとこ狙って行ってるからだろうなっていうのもあるっちゃあるんですけど。
はいはいはいはい。
そこのちょっと話を聞けたらと思います。
了解です。
なんか、そもそも何で行こうと思ったんですか。
えっとですね、そうそう。
で、それはさっき狙って行ってるって話したんですけど
このグートに関しては
本当にたまたま誘われて
僕はちょっと正直ね、知らなかったんですよ、このお店のこと。
勉強不足で。
はいはいはい。
で、まあ行ってから
あの時の雑誌に出てたあの店かっていうのはちょっとガッチしたんで
専門料理とか読んでるときに出てきてたわ、そういえばみたいな感じで
会ったんですけど
まあちょっと新潟のレストランの方に誘われて
こういう店があるから一緒に行こうってことで行ってきたんですけど
簡単に説明すると
長野の稲っていう場所ですね、結構外れのとこなんですよ。
駅も無人かな、人いたかな、忘れたけど結構小さな駅で
もう街灯も全然なくて
真っ暗、もう夜とか言ったら真っ暗、マジで何も見えないぐらい
本当に何もない
こんなところにお店があるのかっていうようなところに
まああったんですけど
そこで、しかもタイ料理のレストランなんですよ
あ、タイ料理のレストラン
タイ料理、イノベーティブタイ料理っていう風に一応
ジャンルとしては区分されるみたいで
それだけ聞くと割と謎じゃないですか
なんでここで?みたいな感じはありつつも
すごい今って地方でお店を出すって
すごい流行ってるじゃないですか
言い方があれかもしれないですけど
ある意味そういう地方のガストロノミーレストラン
いわゆるローカルガストロノミーみたいなのがすごい流行ってて
そういう流れなんだろうなとは思ってたんですよ
そういうつもりで行ったというか
まあ地方のレストランですね
行くことないですしね
僕が本当に昔一回行ったことあるので
和歌山のビライダーとか
ローカルガストロノミーの走りだと思うんですけど
あと福岡は地元帰った時にレストラン行ったり
でも福岡は都会なんでね
東京と大阪とそんなに変わりないかなっていう気はするんですけど
まあそういう地方のガストロノミーレストランで
そこにある食材で
そこでしか食べられないものが食べれるんだろうな
というそのくらいの認識で行ったんですよ
でその想像を超えてきたみたいな話
本当に僕としては結構感動して
素晴らしい体験だったなって思って
ちょっとね今日時間があったら
僕が感動する
何に感動するのかみたいなのを
最近すごいちょっと分析してて
僕が今まで感動したレストランって
多分3個しかないんですよ
美味しかったとかすごい感心したなとか
すごかったなとか技術がやばかったな
っていう店はいっぱいあるんですけど
僕が本当に心から感動したレストランって
3つだけだったなって思って
で全然違うタイプの3つなんですけど
共通項があったなって最近すごい考えてて
まあその話が
今回最後出てくるのは
まあまあとりあえずじゃあ
今日はグートンの話でいくと
ざっくりいうと
タイの三角の少数民族のご料理
タイ人のご料理
タイのね
まあたまに
タイのタイの
タイの三角の少数民族のご料理
タイの三角の少数民族の
タイの三角の少数民族の
タイの三角の少数民族の
小数民族のお料理がベースのコース料理ですね
でまぁ先ほども言ったように本当に明かり一つない
田んぼ沿いのね
暗い道にポツンってあるんですけど
そこで1日1組限定で
お客さんを呼んでやっているみたいな感じですね
たぶん2人から予約できるんじゃないかなって思うんですけど
たぶん最大で何人ぐらいだろう
ちょっとあのちゃんと調べた方がいいかもですけど
たぶん6とか7とかそのくらいまでは入るんじゃないかなっていう感じの
まあこじんまりとしたお店ですね
でそこで僕は誘われたレストランのシェフと
2番手みたいな方と一緒に行って3人で行ったんですけど
タイのその三角の小数民族の料理っていうのをベースに
一応その長野の稲の周りで採れるものとかを使ったコースなので
そんなに何ていうか
使ってる食材の数が多くないんですよね
変皮な場所でやってるんでそれ当然ですし
それがある意味僕の中でのローカルガストロノミーらしさというか
確か僕の記憶だと9品ぐらいのコースの中で
4品ぐらいが虹マスの料理なんですよ
で3品ぐらいが天竜牛かな牛肉使った料理
それをまあそれぞれ塩漬けにしたり乾燥させたりとか
抜か漬けみたいなものにしたりとかもあったかな
なんかかなりいろんな形で加工して
長期保存が効くような形にしたりとかしながらコースを組み立てていく
で使っているスパイスとかハーブも近くの山で採れたものが主になってますねっていう感じ
それを乾燥発酵とか用いて
取れるときにたくさん取って年間通して使っていきますっていう感じのスタイルです
で東京ではなかなか出会えないスタイルですよね
東京って何でもあるんで年から年中何でもある
どこからでも何でも届くんで何でも手に入るっていう
東京ではなかなかできないスタイルだと思いました
ここまでは僕の理解してた僕の想像してたローカルガストロノミーなんですよ
なんかそれは想像つくじゃないですか
地方でやるということだよなみたいな
で
なるほど
でそうやってまあしかも本当お料理も美味しいので
いろいろすごいなと思いながらずっと食べてて
一日一組限定なんですごいこうシェフがお話をしに来てくれるんですね
でいろいろ喋ってるうちに結構僕はドカーンとやられたというか
結構なんだろう
本当に割となんだろうこじんまりした場所みたいな感じなんよね
こじんまりしてますね
キッチンとかマジ狭かったと思います
なんかパッと見家ぐらいのキッチンでやってるように見えて
であれ何かな
なんて言ったらタイ料理
完全にこれはタイ料理だっていうのがわかる感じ直感できるぐらい
わかるものもあるしそうでないものもあります
ああそうなんだ
そうでないものもあるけどでもやっぱり
ちょっと後々の話にもつながってくるんですけど
ここでタイ料理をレシピとして継承してるわけじゃないっていうのが一番の疑問ですかね
文化としてなんでそういう場所でこういう保存方法が生まれたのかとか
そういうところを文化として継承してあの場所でやってるから
その本質的なところをしっかり受け継いで作っている
だからレシピは真似してないからタイ料理らしい味になっているものとなってないものがあるけど
それはやっぱあの場所で生まれるタイ料理としてめちゃめちゃ自然なものであるっていうのは間違いなかったと思います
なるほどなるほど
みたいな感じですかね
タイで学んでるうちにもっとタイ料理を知りたいんだったらとにかく山岳の方に行きなさいというふうに言われたそうで
山に行け山に行けかっこいいですよねかっこいいなって思うんですけど
それで実際に山岳の方に行って少数民族の料理に触れたりとかそこ人たちに触れたりしてて
それってすごいなんていうか料理人やってたらわかると思うんですけど本当に結構
ストイックな修行じゃないですか自分が学びたい料理のために敵地まで行って
山ね山岳まで行ってやりたいってそのストイックな修行ってすごいと思うんですけど
なんかそこでその三浦シェフが一番感じたことが
あの そこで獲れるものとか
生えてる野草とか 生えてるスパイスみたいなものとか
そこで使われている保存食 調理法とかいろんなものを見た時に
三浦シェフがあれこれ知ってるぞってなったらしいんですよ 修行したくて自分の知らないものを
知らない民族の知らない料理を突き詰めたくて タイの山岳まで行った結果
これ知ってるぞってなったんですよ それが自分が小さい頃に
長野の稲の山の中で生活してて見たことのあるものなんですよ 自分の親とか
おじいちゃんおばあちゃんもだと思うんですけど 作ってくれていた料理とか保存食とか
山で遊んでて目に入ってくる葉っぱとか 知ってるものがすごいたくさんあったんですって
なんかその発見ってめちゃめちゃなんていうか すげーなって思って それって言われてそう
言われて理解するのと マジで知るためにそこまで行って
本当に本心からあれこれ知ってるっていう気づきを得て 地元に戻るって
地元に戻って料理をするって誰しもがやってる当たり前のことかもしれないけど
ここまで戻る必要があって戻った人っていうのは僕は見たことがなかった
たしかにたしかに
それはすごい新鮮だった ストーリーとして当たり前だからみんな戻ってるんですよ 地元しかないし
地元に帰って地元の魅力を再発見というかみたいな だからある種
もしかしたらもともとこういう地元の特産品があってとかっていう人はいるかもしれないけど
どっちかというと地元に帰って今の僕だったら 何かもっといいものが発見できて
生かせることがあるかもしれないって戻る人が多いよね どっちかというと だから戻る前は知らないというか
なんだろうみたいなことだよね
それが本当は自分は小さい頃から知っていたみたいな 自分がこれだけ大人になって何かを求めて
タイの山奥まで行って 本当に小さい頃から知っていたってことになんか素で気づいて
戻るみたいな これは僕の中で結構ヤバいなって思ったんですよ
たしかに
こんな人は見たことないし 僕は正直地元に戻るっていう選択に結構疑問を持つタイプ
それは自分が転勤族で地元にそんなに特別 他の人ほどの思い入れとか執着がないからっていうのが
一番にあると思うんですけど それでも
地元に戻りたがりすぎる人たちに対して そんなに地元が好きかって思う
本当にそんなに好きで
そんなに好きなのか そんなに地元の良さを伝えることに意義を感じて
使命感を感じて本心から戻ってますかっていうのを 僕はすごいずっと聞きたかったというか
それしか選択肢にないから戻ってないですかって すごい思っちゃうんですよ僕は
なんか自分にとっては必然性が足りない
地元だから戻りますって そうそう僕はそのこの必然性をすごい大事にしたいタイプなんで
僕の中では地元だからっていう理由だけで戻れないんですよ もっと強い必然性がないと
それを持った上でいつか僕が鹿児島にとか福岡にっていうことが起こるかもしれないけど
なんか今の僕の感覚だと自分が戻るには至らない絶対
でもやっぱ だって長野に戻ろうと思ってタイに行ってるわけないじゃないですか多分
いやわかんないですけど
いつかいつか戻るかもとは思ってたかもしれないけど
でもそう本当にこれ見たことあるわって思って帰るなんかすごい
一番いい形だし
それを聞いてやっぱ出てくるものとか改めて食べたりとか
食べたもののことを考えてた時に本当になんかその
さっきの話に戻りますけどタイ料理らしいものを作ろうというか
山岳民族の中で学んできたタイ料理を 長野の山でやるとこうなりますっていう
感じ
なんかそれがだからレシピを 料理とリンクしてたね
そうそうレシピを継承してきましたとか面白い料理を覚えてきましたじゃないんですよね
なんかこんなマニアックな料理を覚えてきてそれを見せびらかしてるとかじゃなくて
実際にそう同じような環境だったから
戻ったらそう同じようなテクニックというか保存方法とかいろんなものが使えるし
でも当然多少の違いは長野とタイの山では多少違うものがあるからじゃあどうしよう
自然と長野の稲のあの場所で生まれるタイ料理っていうのを自然とあそこでやっている
っていうのが僕の中ではすごいかっこよくて
なんか必然性を持っていて
なんか結構びっくりした
なんか自分のことを改めて考えた時に自分もそういう必然性を大事にしたいって言ってるから
今自分が東京でお店をやっている理由とかをまあはっきり言葉にしてる
ですよねいろいろ聞かれた時に 例えば僕だったら転勤族で特定の
あのふるさとみたいなのにあんまり執着がない まあ結構いろんな場所を転々としてきた分
なんか絶対ここが地元ですみたいなのがない そういう自分にとってやっぱり東京ってすごい
ある意味同じような人たちの集まっている場所 だしいろんな土地から来た人たちが集まっている場所だし
世界中からいろんな人が来るしいろんな文化が交わるし 自分にとっては今一番居心地がいい
ところは感じていたのでまあ今というか少なくとも呼吸を始めた頃 今はちょっと変わってきてるかもしれないですけど
少なくとも呼吸を始めた頃は自分にとってこのいろんな文化が交差するこの場所で やるっていうのが一番必然的だと思ったんですね
でもなんかめっちゃそれって
僕が綺麗に言葉にしただけの必然性だなって思ったんですよ
なんか得意じゃないですか多分料理とかやっててもそうですけど なんで今僕はこんなことをしてるんだっていうのを
こうやってポッドキャストやってるのもそうだし文章を好きで書いたりしてるのもそうだけど
なんか言語化は苦手ではないと思うよ多分 でもなんかだから
綺麗にまとめちゃってるだけの 結構上辺の
なんか必然性だなって思ってすごい 並べのっていうか別にまあ
まあ素直な気持ちであるんですけど単純に経験が足りてない かなってすごい思いましたここでいろいろやっていったりまあこうやって考え続けて
いろいろやってたらもっとなんか強固な必然性にいつか出会って 東京でそのままやるか地元に戻るか全然違う場所に行くかっていうのが
まあこれからなんか本当に なんか起こっていくのかなっていうか
なんか まだまだが緊張だなぁってすごい思いました
なるほどね そういうなんか大人のなんかガチの人生を見せて見せてもらった感じがしたので
うん
なるほど そこに行きたいと
そういうなんかまあ これはね基本的にいつも思ってるのはその人に別になりたいわけでは全然なくとも
やっぱりそういう 強固な人間になりたいですよね
はいはいはいはいはい いつもやっぱ順度を求めるね
いや順度だけですよ そうそうそう
もう順度の高さ 僕が多分なんかいいなと思うものっていうのは多分そこが全部圧倒的に高い
ので なんかあんまり技術に対して
感動をできなくなってきているのかもしれないです あーなるほどね
それがすごい感じます技術ってもうなんか 料理は特にですけどもなんかどんだけ珍しいことが起こっても珍しいと思えないし
今 新しい組み合わせっていうものが当たり前になってきて
それがなんか知らなかった新しいものでも なんか新しい組み合わせっていうところでも
ありふれすぎて その範囲なんよね
なんかそれがどれだけ進化していってももうなんか 昔はそれがなかったから多分すごい感動にみんな包まれたと思うんですけど
なんか僕はもう今この現代で料理しててそういう技術とか
なんか感動できない 火入れとかもちろんそうだしなんかそれがすごい
なんだろう誰も見たことないような形のチュイールとか薄さの膜とか
食感がこういう泡ですとか 盛り付けが本当に誰も見たことないような新しい視点からしてますとか
そもそも器を使わずにテーブルに直で行けますとか 手で食べさせますいろんな方法があると思うんですけど
もうそのすべてが新しいもの見たことのないものっていうものでくくられちゃう
うーん なんかそれに僕は僕個人は感動できなくて
はいはいはいはい
そうそうそうそう そう思った時にやっぱり純度
うんうんうん わかるわ
なんかその感じはわかるかもしれない だから手が届く場所かどうかみたいなのかな
なんか感覚的にその新しいことなんだけど
自分でも行き着けそうな場所なのか
けどさっきの話とかって自分で狙っては行き着けない場所だし
絶対そう で全員違う場所に行くはず
そういうことね だからそこにすごく価値を感じる
そうですね だからそのたどり着いた場所に憧れを抱くというよりはそのプロセス
その人がその人にしか描けない道筋でそこにたどり着いているっていう
そのなんか人生のプロセス自体にすごい
感動をするし
だからその技術とかじゃないな僕が今見たいもの
最近もだからいくつかレストラン行ってて
あの本当にとんでもなく美味しいものにいくつか出会ってきてるんですけど
うんうんうん
やっぱり東京のレストランいくつか行ってて
やっぱり関心までしか行けないんですよねどうしても
あーなるほどね
すげーなーよくこんなの作ったなーとか
めちゃくちゃうまいなーとか
でもそれが僕は感動と紐づかなくて
はいはいはいはい
昔だったら紐づいたかもしれないですけどいろんなこと経験してきた今
その美味しさだけが全然感動に紐づかない
もちろん美味しさっていうのが軸にないとダメだし
そういう意味で前回お話した土着も
もうちょっと人生変えるぐらいの感動だったお店の一つだし
うんうんうんうん
でまぁグートもそうだし
でここで僕の中で意外だったのが
やっぱりマスがここに入ってくるんですよ
あー
僕の中で結構意外だったんですよ
僕が感動したことのある体験
グートと土着はよくわかる
今の自分の感覚としてもよくわかる