今回は、以前訪れた羊まるごと研究所の酒井さんやフカフカ谷牧舎での体験をきっかけに、羊飼いの仕事とAI駆動開発の意外な共通点について語っています。羊という「自然物」をコントロールしきれない中で環境整備に徹する一次生産者の姿勢が、AIとの向き合い方にも通じるのではないか?という話から、対話が広がっていきました。
清藤シェフからは、枯朽の料理スタイルが変化していく中で、同業の料理人からの反応が明らかに変わってきたという実感が語られます。素材にとことん向き合うことで生まれる「命を削る感覚」や、特定の農家さんの旬のサイクルに合わせて料理を考えるという新たな挑戦についても話が及びました。
そこから、仕事における「当たり前」をどう疑い、どうアップデートしていくかという話題へ。自分の中の当たり前が更新されるほど周囲との隔たりも生まれるというジレンマや、哲学や知見をチームにどう共有するかという悩みなど、お互いの実感を交えながら話が予想外の方向に展開しました。
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stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/68dca6d1036795923c406377
清藤シェフからは、枯朽の料理スタイルが変化していく中で、同業の料理人からの反応が明らかに変わってきたという実感が語られます。素材にとことん向き合うことで生まれる「命を削る感覚」や、特定の農家さんの旬のサイクルに合わせて料理を考えるという新たな挑戦についても話が及びました。
そこから、仕事における「当たり前」をどう疑い、どうアップデートしていくかという話題へ。自分の中の当たり前が更新されるほど周囲との隔たりも生まれるというジレンマや、哲学や知見をチームにどう共有するかという悩みなど、お互いの実感を交えながら話が予想外の方向に展開しました。
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サマリー
今回の「まかないラジオ」では、羊飼いの仕事とAI駆動開発の意外な共通点から始まり、料理における「当たり前」を疑うことの重要性について深く掘り下げています。羊飼いが自然物である羊を完全にコントロールできない中で環境整備に徹する姿勢は、AIとの向き合い方にも通じるとの指摘がありました。AIを部下ではなく、コントロールできない自然物のように捉えることで、より効果的な活用が可能になるという考えが示されました。 また、シェフの清藤氏からは、自身の料理スタイルが変化する中で同業者からの評価が変わってきた経験が語られました。素材と徹底的に向き合うことで生まれる「命を削る感覚」や、特定の農家の旬のサイクルに合わせた料理作りへの挑戦についても触れられています。この経験から、仕事における「当たり前」を疑い、アップデートしていくことの難しさや、それが周囲との隔たりを生むジレンマについても議論が展開しました。 さらに、料理人としての「当たり前」を疑い、素材の旬に合わせた料理を提供するという挑戦は、東京という場所で地方の生産者のサイクルに合わせるという難しさも伴いますが、それが同業者からの共感を得るきっかけにもなっていると語られました。一方で、AI開発においては、指示書に哲学を込めることの重要性や、AIに任せきれない部分、そしてチーム内での「当たり前」の共有の難しさについても言及されました。最終的には、個々の「当たり前」を尊重し、それを共有していくことの重要性が強調されました。
羊飼いとAI開発の共通点:自然物との向き合い方
こんにちは、まかないラジオへようこそ。このポッドキャストは、東京押し上げにあるレストラン呼吸のオーナー、シェフキヨウジと、オンライン料理教室、シェフレピノ山本が、料理の世界で日々感じた気づきや発見を、まかないを囲むように緩く語り合う番組です。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
最近雑談みたいな感じのが多いけど、今日も雑談的な感じで、ゆるゆる話せたらなというふうに思ってます。
ちょっとね、前回はお便りに回答してっていうところで、その前の回はキヨウが鶴井村に続いてね、南魚沼に行ってきたみたいな感じで、ちょっと地方続きみたいな感じだったんで、ちょっと僕も地方行って、食とはちょっと違う観点で気づいたみたいなところの話できたらなというふうに。
うんうん。
なんか思っております。僕の中で結構印象的なのが、やっぱり羊飼いの坂井さんのところに行ったのと、あとフカフカ谷牧舎に行ったのですね。両方、やっぱり印象的だったなっていうのがあって。
そこはちょっとだけ話が飛ぶんだけど、僕普段システム開発、AI駆動開発って言って、AIでほぼシステムを、AIをうまく使ってシステムを組み上げるみたいな感じのことを基本的にやっててっていう感じで、そこと通ずるなってちょっと思って。
ほう。そこと羊飼いのお二人の話が繋がってくる。
お二人の話がっていうところもそうだし、羊飼いとか一時生産者の方、そのものの働き方みたいな、大事なシステムみたいなのをちょっと感じたんで、その辺の話ができたらなって思ってます。
面白いですね。ぜひぜひ聞きたい。
まず前提として、僕が結構印象深かったのが、深井さんが初め、羊のところに行く前に話してた、餌とかは頑張って良いお肉になってほしいっていうことで、頑張ってはいるけど、それだけで良いお肉ができるなんてもうおがましいみたいな話をしてたじゃないですか。
あれに近い感じ。実際はもうちょっとコントロール可能であるっていう感じだけど、AIとかっていうのは。だけど、ああいう感覚に近い、自然物と向き合うみたいな感じでAIと向き合えるようになると、もっとAIが普及するんだろうなっていうふうに思って。
例えるなら、きょうは料理人じゃん。料理人と一時生産者の方っていう対比ではないかっていう働き方、仕事の仕方っていうのがあるとして、料理人は自分が使いたい食材をある程度東京にいたら余計だけど仕入れたりして、
それを自分の手によって料理として生み出してお客さんに提供する。
例えば、羊飼いの方とか一時生産者の方だったら、あくまでも特に畜産の系の方は特にだけど、例えば、羊乳の福岡大福祉社の話に照らし合わせると、羊乳って人は作ることができないじゃん。
羊に作ってもらう必要がある。肉もそうだけど。そうなった時に、人は何をしてるかというと、良い羊乳を作るために環境整備とか身の回りのお世話をするしかないっていう。
そこに対して折り合いをつけて、その中でもハイクオリティのものって頑張るみたいなのが。畜産者さんだったらチーズ加工ってその後の二次加工的なのがあったりするから。
またちょっと話は違うけど、少なくてもその羊乳を作るってことは人はできなくて、だから羊に頼るっていうことをして、なので気候とかいろんなものに採用されるけど、その中でもハーブセラピーをするとか言ったけど、そういうこだわりというかを持って、信念を持ってされてるっていう感じなのかなと思って。
これ結構働き方というか、動き方がそもそも料理人と一時生産者の方って根本的に違うなっていう。
そうですね。
そうしたときにAI駆動開発とかAIで作業するみたいな文脈に落とすと、システム開発というとちょっとピンとこないと思うから、例えばスプレッドシートとかExcelで作業してる人とExcelとかスプレッドシートをAI駆動で整備してもらうっていう、この2つが今多分世の中的には存在していて。
そうしたときにExcelとか表計算ソフトを自分で作ってる人っていうのは料理人的にやってるわけよね。自分が作りたい表計算ソフトの機能を使って、自分の作りたいアウトプットを自分の手で出していくっていう。
これをAIに完全に任せようとしてるのがシステム開発とかAI駆動開発とかっていう形なんですけど、AIによってやってもらうあくまでもっていう。人間の手は介入するときもあるけど、介入しないときもあるみたいな感じ。
なるほど。
これはだから羊飼い的な動き。システムエンジニアとかそういう世界で言うと、エンジニアやってた人ほどなかなかAIに任せきれないみたいなのがあって。
なんかちょっとずつ分かってきましたよ。
なんか分かってきた?
なんかちょっとずつ分かってきましたよ。
なるほどね。
ここでちょっと面白いのが、羊飼いの方は人間だから羊にはなれないんですけど、AI駆動開発とかそういう類で言うと、自分で作業もできる。自分で羊にもなれるみたいな。
かつて羊飼いであるみたいな。
そういう立ち位置になるんですよね。だからこそちょっとAIに任せきれないみたいなものがある。
自分でコントロールしようと思えばできちゃうみたいなところが大きな違い。
確かに性質似てるけど、動物が相手だとコントロールできないですもんね。ここがコントロールできないから自分でやっちゃおうがもうできないですもんね。相手が生物だと。
そこがまだAIではまだギリギリ人間もできる。人間もできる余地はここはまだちょっと任せられないからやっちゃおうみたいなのがまだできるけど、
まだできる。
性質としては結構似てるところがあるっていう感じですね。
で、それを俯瞰してみたときに、僕とかは開発とかをやってたこともあるし、多少はわかるけど、
プロジェクトマネージャーとかやってたから、どこがヤバそうとか、どこが懸念になりそうとか、そういうのはわかるみたいな感じ。
っていうぐらいだと、コードを自分で書くことはできないから、AIに任せようって割り切れるみたいな。
なるほど。
そういうふうに考えていくと、AIに対しての見方を変え、おそらくスマホネイティブ世代みたいな、AIネイティブ世代みたいな人たちが出てきたら、おそらくこっちの考え方になるんだろうけど、頭そのものを切り替えないとなっていうふうに。
なるほど。ヤモスさんは結構ずっと、ヤモスさんのAI感は何回もずっと聞いてるじゃないですか、このラジオでも聞いてて、ヤモスさんは割と最初からそういう考えでAIを使ってる感じですよね。
そうだけど、もうちょっと変えないといけない。
まだ変えないといけない。
自然物と対峙するようにAIを。
前までは部下として対峙してたじゃないですか。
そうそうそうそう。
そっからまたちょっと変わってきたってことで。
アップデートされた。
部下と部下が自然物になったんだ。
なるほどね。
だからAIはほぼほぼ人間っぽいなって僕は思ってたんですけど、AIは人間っぽい違う何かって見た方が正しいなって。
なるほど。
人間の方がまだコントロールは可能ってことですか。
コミュニケーションを見ずに取れるし、非言語的なコミュニケーションも含めてできるし。
なるほど。
感情もあるし。
うんうんうん。
喧嘩もできるし。
確かに。
そうすると、AIにやってもらうための環境整備ってまさに羊飼いの。
それこそ藁を持ってマックスさんが会社でゴロゴロゴロゴロいったら、外に羊たちがついていくじゃないですか。
はいはいはい。
けどたまについていかない奴らもいたじゃん。羊の中にはみたいな。
ああいう状況を別にけど羊飼いの人たちは仕方ないとしてるわけですよね。
うんうんうん。
仕方ないから。
相手は自然物ですもんね。
そうそうそうそう。自分でコントロール可能なものではないっていう前提があるから。
その中で、けどとはいえ逃げられたらやばいから柵があったりとか。
うんうんうん。はいはいはい。
みたいなことをしてるわけじゃないですか。
なるほどね。確かに確かに。
コントロールをするというか特性を理解してこう動くであろうということを予測してやっていくっていうことですね。
そうそうそうそう。
考えると今までの僕の見方とは似て非なるものだなって感じたわけですね。
うんうんうん。面白い。
っていうのがちょっと気づきというか。
それは実際にそう気づいてからまたちょっと扱い方が実際に変わったりとかしたんですか。
扱い方。ツールがちょっと変わったからとかはあるけど。
はいはいはい。
そうだね。僕自身とか仲間うちとかで削るリソースはもっと環境整備に使わないとなっていう感覚になった。
なるほど。
お世話するって言って、こちょこちょ指示与えて、どっちかというか方向を転換して寄せていくみたいなことをしてたんだけど。
もっと大枠として見せるようになるようにとか。
へー面白い。
なるほどな。確かにそれは羊、フカフカダニもそうですし、
坂井さんもやっぱりまずは母親が一番大事だっていう話をしてたじゃないですか。
母親が土壌であって。
本当に畑でいうところの土壌もそこが整備されていないというか、そこが健康じゃないとその先も健康であるわけがないし、
根本の環境とか土壌とか母親とか牧草とかそういうところを整えていったり、
ちゃんと観察していくことでやっぱり退治してる相手が自然物なんでコントロールはできないけど、
より健康になってくれたり美味しくなったりっていうのにつながるって言ってたんで、
そういう土壌作りの方に目を向け始めたということであってますね。
そうだね。
これが人間が検知可能な範囲内でやらせてる分には別に今までの考え方でいい。
それはこれをやってとか、これ検索しといてとか、
自分で依頼してみたいな感じのことをやるまで、自分の手足の代わりに使う。
これ部下的な考えですよね。自分の手足ででききれないものをお願いして代わりにやってもらうみたいな。
でもそれは人の認知できる範囲に限られると思うんで、
例えば10体に並列でお願いするみたいなんて言っても、
10体以上で認知の幅を超えた時点でコントロール不可能になるんで、
そうすると限界を迎えるっていうのかな。
人間がコントロールするということの限界がすぐ来るんですよ。
AIとAI開発の話に対すると。
普通に50並列とかでAIエージェントがいろんなことをおっしゃるとかするみたいな世界線に行った時に、
一瞬で何万業務コードが生成されたりするわけですよね。
そうすると人間が許容できる認知コストの範囲を超えてくるから、
そうした時にちょっと必要になる考え方みたいな。
例えば最近で言うと呼吸の夜か、営業日。
あれなんか営業日書いてないよねって俺言ったことあったじゃん最近。
入った方がいいんじゃないみたいな、そんな話をした時はあったと思ってて。
ああいうのとか営業時間を1個変えたら、他の媒体とかに更新しに行かないといけないみたいな。
結構めんどくさいじゃないですか。
それを自動で補足して勝手にやっておいてくれるみたいな仕組みを作りましょうみたいな。
監視してみたいな。
そうするともう器用の認知の外でさ、器用が営業時間が違ってるなんて気づく間もなく勝手にAIが気づいて勝手に直してくれる。
なんかそういうことをしようとした時に。
けど多分自然物と向き合ってるんだっていう感覚がもしなかったら、
なんかミスったらもうAIに対して幻滅するわけじゃん。
そうですね。
けど別にミスってもできてなかったことじゃんって感じじゃん正直。
確かに。
みたいな。
確かに部下として思ってたらできてなかった時点で、
もうこの人はできないんだから全部自分でやっちゃおうみたいな考えになりますしね。
それが向き合い方として自然物である。
できなかったんだったらできなかった時のどういうふうな補助的な策を作るかみたいなのを考えようみたいな。
多分これはみんなAIやってる人とかだったら意図せずガードレールとかって言ったりするんだけど、
そういうのを組むかみたいなとかで考える。
けどそこに対してできるだけ多くの人がそういう感覚を持たないとAIって復旧しなさそうだなっていう。
なるほどな。
まだだって部下としてのっていうところですらなかなか置いてきぼりにされてたのに。
進んでしまったなあそこから。
なんか今聞いてて思ったんですけど、
例えばAIを何個も同時に並列で動かすみたいなことがあるっておっしゃったじゃないですか。
例えば土壌を整備する、環境を整備するっていうことすらまた任せるみたいなこともしていくんですか。
料理における「当たり前」の更新と変化
そこを土壌を整備してくれるAIとその整備された土壌の上で働いていくAIが別々にいて、
それらを人間はもっと俯瞰して自然物として観察しておくみたいな。
そんなイメージかな。
俺の感覚的になんだけど、AIにやらせてうまくいかないパターンっていうのがあって、
それは哲学と考え方だけ。
なるほど。
それ以外はできる。
例えば指示書をバーって作るじゃん。
指示書を作る中に僕自身の哲学というか考え方みたいなのが入ってて、
それを考える抽象原理みたいなのが入ってて、
それをもっと高度にしたいと思ってAIに完全に投げたら、
その哲学とか考え方の部分を全部削ってくるよね。
そうなんだ。
だからそこだけはちゃんと保持するように見張っておかないといけない。
なるほど。
それは別に内在的にある哲学とか考え方って聞くと意思みたいな感じに聞こえるかもしれないけど、
例えば僕とかだとAIのワークフロー作るときに外部の事例とかを調査させたいってするとするじゃん。
調査してくださいって単純に言うだけじゃなくて、
日本語の情報ちょっと微妙だから、
英語圏と中国語圏の情報を中心に取り扱ってくださいみたいな、
そういうのを一個入れるみたいなとか。
そうしないと日本語で検索してくださいって言ったら、
やっぱり日本語の方ができる、ちょっとかけ集めようとしたりとかするから、
だからそれはさっき言ってた羊の特性を見てみたいな近いけど、
そういう考え方もひっくるめて注入しておくと、
そこにAIの振る舞いに独自性が生まれるっていう。
その独自性が生まれる部分だけ、今のところは人間がやるべきところだなって思ってる。
なるほど。
今のところはなんですね。そこも分かんないですね。
早いですもんね。進化が早いから。
すごい真っさらな超頭のいい新卒の子が来たみたいな感覚じゃん。
まだ考えとかその人の自我っていうのの確率はめちゃくちゃしてるわけじゃないんだけど、
素の頭はめちゃくちゃいいみたいな。
そこは哲学を教え込むみたいなことはやっぱりまだ難しいんですか。
教え込む。
キヨとかはチャットGPTとかの記憶保持の機能とかを使ってるからそういう感覚か。
僕だとずっと僕が色々聞いてることとかをある程度記憶してるから、
僕と似たようなフィロソフィーを持ってるんですよね。
フィロソフィーに基づいて喋ってくるけど、
でもそれが時折何回か言ってることですけど、
それで与えてくる情報が狭くなるし、
頼りが出てくることがあるから、
良くないなって一回全部忘れてもらわなきゃこれは良くないなっていう時もあれば、
でも便利な時もあるみたいな方向性をなんとなく理解してくれる。
俺それオフにしてるから。
それで言うとフィロソフィーはプロジェクトとかチャットGPTでGPTsみたいな
一つの中に押し込める。
システムプロンプト。普段会話するのじゃなくて設定しておけるじゃん。
それをそこにフィロソフィー。そのプロジェクトにおいてのフィロソフィーを詰め込む。
それはできる。
それをやっていくのが人間の仕事っていう感じだけど、
それが全体的にできるようなフィロソフィーにはやれてない。
結局人間の仕事だもんな。人間が与えてる哲学だもんな。
AIはあくまでツールだから、人がこういうふうにしたいっていうものが一番核にあるはずで。
ちゃんとやりたいことがあるっていうのは重要かもしれないね。
なんとなくやらせたいって思っちゃうよね。
AIを初めて試したりとかって、適当なオープンクエスチョンやってこいつの頭測ってみよう。
それはまともな答え得られないよみたいな。そこに目的がないんだから。
いやー耳が痛いな。
みたいな。
すごいですね。羊からそこに行くっていうのがめちゃめちゃ面白い。
でも確かに本当にいろんな話につなげることのできるものでしたね。
坂井さんもそうだし、マックスと松見さんの話もそうだし、やっぱり僕もだいぶあの辺りからいろいろ考えが変わってきたというか、
はっきりしてきたみたいなところがありますもんね、本当に。
なんかね、夜な夜な自己分析をし合うっていうのと掛け合わせて解像度がどんどんつながるっていう。
そうそうすごかったですよね。本当にイベントで鶴山行った時に来てたみんなで夜な夜なお酒を飲んだり話したりしながら、
お互いの自己分析?箱分析?ずっとお互いを分析し合って、それぞれの性格とか人間性のパターンみたいなのを徹底解析してて面白かったですね、本当に。
もう一回やりたいもんな。
もう一回やりたいね。だいぶ解像度上がったわ。
山本さんも気持ちよさそうでしたもんね。
だいぶ解像度上がった。
だからこその行き見詰まりも感じるよね。
見えてくるからこそ、じゃあどうしたらいいんだろうみたいな。
間違いないですね。僕もやっぱ最近それですもんね。
多分全然山本さんとタイプは違うとは思いますけど、自己理解が深まれば深まるほど今やってる方向で生きていけるのかとか幸せになれるのかみたいなことをずっと考えてしまったりしてますよ、今日々。
日々。
毎日考えてますね。やっぱり東京戻ってくると同じようなまた地方に行く前の課題にまた戻っていくじゃないですか。結局理解は深まるけど解決はできてないことが多いので。
深まれば深まった分解決できると思いきや、今山本さんも言ってた行き詰まりみたいなのも逆に感じてきたりとかもしますよね。
こういう性質があるっていうところまで分かったけど、それをどうしたらいいみたいな。
そこまで行きたいですね。次回こういう話し合いができる場が設けられたら、性質をちゃんと分析した結果、どう行動していけばどういう結果が出るのかっていうところまで行きたいな。
そこがまだ僕は一人では考えきれないですね。毎日考えてるけど。
外部要因とかもあるからね。自分の性質だけの話じゃなくなるから。
面白いですね。面白いなって思って。帰ってきてから料理ずっと色々作ってて、今結構自分の中では料理の内容的にすごい良いなって思ってきたんですけど、
これちょっと一個面白いなって思うのが、オープン当初から今って比べると料理のスタイルかなり変わってきてると思うんですけど、
基本的にはお客さんの層っていうのは大きくは変わっていないんですね。
でも、僕の中で一番大きな変化が一つあって、同業の方に喜んでもらえることが圧倒的に増えました。
増えたんだ。
圧倒的に増えました。それが結構意外でした。僕、呼吸って同業を受けしない店だとずっと思ったんですよ。
はいはい。
正直、自分では。
なるほど。
なんとなくですけどね。その理由もなんとなく自分の中ではあって。
でもやっぱり最近ずっと素材に向き合ってやっていく中で、おいしさの基準みたいなのはある意味今の料理業界からちょっと外れていってると思っていたので、
その一口食べて爆発的にうまいみたいなのから、完全にもう今それを止めようとして全体通して自然に気持ちよく心地よく帰ってもらえるぐらいの体に染み渡るようなおいしさっていうのを目指していく中で、
さらに僕の中では同業から何やってんねんって目で見られるのかなって思ってたんですよ正直。
はいはいはいはい。
が、ここ最近なんか、ここ最近明らかに同業の方からすごい喜んでもらえることが増えて。
へえ。それはなんか、正直多分おいしかったですって帰っていくじゃんみんな。
はい。それはもうみんな多分、それはもう絶対に正直どうであれ。
そうそう。
明らか変わったって感じかな、実感として。
なんか変わりました。おいしかったですとかよかったです勉強になりましたじゃなくて、すごいやっぱもっと深い話をなんかできるようになったとか。
うんうんうん。
味としてどうかっていうのはまだどう刺さってるかっていうのは正直わからないんですけど、ここまでやりたいことを突き抜けて、商売として成り立っている、成り立ってないんですけど、成り立っているように見えるじゃないですか。
見える。
成り立っているように見えるので、そういうところにもですかね、もしかしたらわかんないけど、とか本当にあと単純にちょっと自分も素材への向き合い方を考え直してみますみたいなことをすごい言ってくれたりとか、
なんかその結構意図していることが意図した形で刺さって、そういう意見をもらえることがここ本当に1、2ヶ月ですごい突然増えたなっていう感覚。
その感覚と、その感覚を得てからしかも実際にドカドコのシェフからお勧めしてもらってきましたって人がまたそれも突然増えたんですよ。
めっちゃいいじゃん、いい流れ。
いやいいなーって思って、なんかでも自分では結構意外だった、自分でそれを狙ってやったわけじゃないし、なんなら
むしろ離れてるつもりだったもんね、感覚的には。
離れて行ってしまう、でもこれがやりたいんだって思って、そこにちょっと苦しみも感じながらやっていたつもりだったんですけど、なんか意図せずというか、あれなんか最近同業の人からこういう意見もらえるなとか
お客さんがそういうところから来るなとかいうのが
でも一番来てくれてわかってくれるから、解像度が深い、深いじゃん、まあその分しんどいけど、やる側としては見られるあれが角度が増えるから
プレッシャーも半端ないですけどね
けど一番いい循環になりそうだね
嬉しいですよね、それがすごく
だしね、例えば銀河も普段使ってるやつを知ってもらうきっかけになるとかね、銀河マンも有名だからあれだけど、なんだろう
けどそういう、キヨが今たぶん一時生産者の方とか仲良くなっていって、知ってもらわれるので、そういうハブにもなれる
そうだし、お茶もやっぱりそうだし、やっぱお茶のペアリングもやっぱり続けてきてよかったなって思うのがすごいあって
やっぱりノンアルコールのペアリングっていうのは世の中的にもどんどん今ある意味流行りみたいなところが始まってから
もう既にたぶん相当時間が経ってきて、5年ぐらいはもう、5、6年ぐらい経ってきてると思うんですよね、そのノンアルコールのペアリング
5、6年っていうとたぶんその流行りが落ち着いて、淘汰され始めるタイミングだと思うんですよ
うんうんうん
ノンアルコールのペアリングを流行りの時期からずっとやっていたけど、やっぱりカクテルって本当に食事と合うかどうかっていうのを考えると難しいよねっていうところに
そういう問題に直面してきてる人も今すごい増えてきてると思うんですよね
自分たちはずっとやってきたから、そのスタイルで今もペアリングやってるけど、本当にこれって正しいんだろうかとか
本当にこれって美味しいんだろうかみたいな疑問をやっぱり感じてきてる人たちがお茶にすごい喜んでくれたりとか
お茶のポテンシャルすごいねとか、やっぱり食中の飲み物として本当にこんなに完成されてるものってないねみたいなところですごい喜んでくれたりとか
うちとしてもそういう魅力を感じて使っているので、ティーペアリングっていうのもやっぱりワインベースのワインに合わせるためのフランス料理とかイノベーティブな料理に対して
ワインの代わりでティーペアリングをするっていうところの限界というか矛盾みたいな、正直お茶が負けちゃうみたいなところに対してもやっぱお茶と合わせるためだけの料理を徹底してやってきたのがあるので
そこの説得力もやっぱり自分たちも続けてきた分増してきてる実感はありますし、そこが少しずつ刺さる人に刺さり始めてる実感はあります
ただ売上げに別に全然影響してくるほどのあれではないので、相変わらず集客は困ってますし、全然別にそこの問題は正直解決はできてないけど、反応っていう意味では明らかに変わってきた感覚はありますね
それはめちゃくちゃいいことですね
いいことな気がしますね
同業の人が増えると寄与のやりたいことというか、いろんな地方に行きたい欲が増してるところだと思うけど、それを承知してくれる側の人にもある意味エリットが多くなるというか、同業の人が多いという事態になるから、そういうのは良さそうやね
いい流れが来てる気はするので、頑張りたいですね
だから僕もやっぱりこの土壌整備をしないと
「当たり前」を疑うことの難しさとチームでの共有
いやもう俺も同じですよ、今ずっとシステム開発頑張ってるけど、なかなか一応Shiftのサービスとしては作って公開して、ちょびっと使ってくれる人も出てきてるみたいな状態では
まだちょっとやりたいところには全然達してないっていう
そうなんですね
そうそうそうあるんで、なかなかやっぱ難しい部分もあって、お互い頑張りましょうって感じですね
お互い頑張りましょうですね、頑張らないとな、でもなんか最近また新たな課題というか、ちょっと新たに感じてることがあって
なんか料理人とかやってるとすごい命を削ってますねみたいなことよく言われるじゃないですか
はいはいはいはい
命削って働いてますねみたいな、よく言われる言葉じゃないですか
よく言われるね、俺もよく言われる今も
ですよね、ヤンヤンさんも多分命削ってるって言われる側の人間らしい、僕も多分どちらかというとそう言われる側の人間で
それは単純に一般的によく言われる言葉の意味としてはそのままというか、本当単純に労働時間とか
そこへの集中の仕方というか文字通り働きまくってるみたいな人によく言う言葉な気がしていて
そういう意味では僕は労働時間自体は減り続けてるんですよ
はいはいはいはい
休みも多いですし営業の時間もどんどん減らしていってるし
料理もシンプルになってきてるのでパーツの数だけで言うとどんどん減ってきてるので
すごい命を削らない働き方を年齢とかのことも考えたり時代のこととかも考えたりしてやっていかなきゃなって思って
どんどん移行していってるのはあるんですけど、あと単純に今の料理への向き合い方としてこれがいいと思うっていうのもあるんですけど
最近逆にめちゃくちゃ命を削ってる感覚があって今まで以上に
はいはいはいはい
命が減っていってる感覚があるんですよ
それは年齢を重ねてるという意味じゃなく
違くて最近料理シンプルな分その素材を処理する瞬間とか
その素材を提供する瞬間にめちゃくちゃ集中力がいるんですよ
フランス料理をやったりとか今までオープン当初の高級の料理とかは
とにかく手数が多くてパーツをたくさん作って組み立てていくみたいな意味なんで
単純に労働力と労働時間としての命を削るみたいなことよく言われてたと思うんですけど
最近は本当にそのまま食材は命なんで命を真面目に向き合いすぎて
本当に吸い取られるみたいな
この石台にこの小松菜にっていうそこに向き合うみたいなことを本気でやろうとしすぎて
本当に削られてるんですよね
なるほど
ここ最近のちょっと悩みこのままやっていって
なんかおじいちゃんになるまでできるかなみたいな感じの悩み
多分この向き合い方に慣れてなかったっていうだけではあると思うんですけど
慣れとかもありそうだね確かに
慣れとかあると思うんですよこういう向き合い方に
やっぱ慣れていいものなのかみたいな話もちょっと出てくると思うんですけど
ここちょっと一回置いといて
単純にやっぱ今まで以上にその素材を見るとか
提供する瞬間を大事にするとかっていうのがすごい
もちろんそれが今楽しいしやりがいがあってそれがやっぱり本質だって思って
こうひた走ってる感じはあるんですけど
めっちゃ疲れますね今の料理
なるほどね
慣れとかと話し違いかもしれないけど
俺はそこまで向き合うっていうよりは
僕の中の慣れでやってるみたいなところもあるけど
なんか確かにちょっと慣れって難しいよね
慣れを良しとしていいかどうかってちょっと難しい
そうなんですよ多分今の料理館的にはあんまり良しとしない方がいいものではあって
でもこの感覚自体に慣れてくると思うんですよね
大枠で見て慣れてくると思うんですけど
やっぱり何だろうとにかく惰性でやらないとか
毎週届いた素材を見て料理を決めるとか
そうあるべきだみたいなのをすごい徹底しようと思うと
よく言うは言うじゃないですか料理
そんな素材が違うから毎回ちゃんと状態見てっていうのはよく言うし
やってたつもりなんですけど
何かにしてもそこをちゃんとやろうと思うと
ここまで削れるんだっていうのをすごい感じてますね
なるほど
なんかね面白いっすよ
いいんすよね
そうそうそう
また新しいステージに入ったなっていう感覚があるんですごい面白い
面白いですよ
なんか野菜もほとんど今一つの農家さんからしか取らないようにしてるので
やっぱり卸からお願いしてると
例えば九州の旬が終わったとしても他の地域からの旬があるので
例えばそら豆って一つ取ろうとしても
ここが終わったらこっちから入りますとかなんで
旬がとてもざっくりしてるじゃないですか
いつでも手に入るっていうのがもちろん卸のメリットだし
東京でやるメリットなんですけど
そこを一回手放してみようって思って
ここの農家さんが持ってないものはもう持ってないでしょうがないとか
じゃあ持ってないならどうしようとか
この野菜の旬が終わってきて例えば十が経ってきたみたいな状態だと
じゃあその状態に適した料理を作ろうと
お花が咲いてきたじゃあその状態に適した料理を作ろうとか
時期が変わっていくから今は野菜がほぼ取れません
でも山菜が取れますみたいな
本来は地方でやるべき料理のスタイルだと思うんですけど
でもやっぱりちょっとそこに挑戦しようと思って
農家さんの旬のサイクルで料理を考えていこうと思った時に
やっぱ向き合わざるを得ないですよね
だから面白いですよ
取れる時期に菜花いっぱい取っておいて
とりあえず漬物作ってみようかとか
だからそれをなんで東京でやんねんって話になってくるんですけど
その中でも東京でやる料理のスタイルとか
僕らしさっていうのは多分自然に出てくるなって思いながら
でもやっぱ旬を意識したり素材と向き合ったりっていう意味では
なんでも手に入る状態を一回手放してみようっていうのは
今のちょっとチャレンジとしてやっていて
すごく疲れるけどいいですね
なるほど
なんか着々とさっきの羊飼いの話になぞらえると
料理人に向かってるなって感じだね
料理人に向かってますね
料理人に向かってるなって感じがしまして
逆に俺は生産者に向かっていってる感じが
逆に今の今日の話を聞いて
できるだけ長くAIに動いてもらうために
あんまり休み関係なくっていう方に俺は振っていってる
より生産者さんに近い生活に逆になっていってるなっていうことを
対比的に言われると
確かに生物としてAIを見てるから
やっぱ言ってましたもんね
羊とか牛とかを相手にしてると相手が生き物だから
休みもクソもないって言ったじゃないですか
そうそうそれに近い
それAIに対して同じことを思ってるってことですよね
やばいな
っていう対比的に捉えると
キヨは逆に料理人の方により向かっていってるなっていう
そうですね
でもそれは思いますね
料理人ってこういうことかみたいな
最近ようやくちゃんと思い始めてますね
当たり前の動難な問題は結構根深いよね
根深いよねというか難しいよね
難しいのはすごく
自分の中の当たり前をアップデートしていけばしていくほど
周りとの乖離はできてきて
生きづらくはできていない
生きづらいですね
みたいな問題もあるわけで
ダウングレードするのかとか
逆に一定でそこに留まるのかとかで話していると
それもちょっと違う気持ちするし
しかも世の中的にはその当たり前の教養っていうのは
よしとは別にされないと
しないですね
どっちにもいけない辛さみたいなのって
めっちゃありますよね
めっちゃあります
しかもそれが当たり前としてアップデートされていくから
当たり前じゃん
めっちゃ分かりますよ
当たり前なんですよ
当たり前のことは当たり前にやってるだけなのに
やっぱね
難しいよね当たり前って
僕の場合だと
僕の今思っている当たり前を
自分が貫くためには
多分社会の構造から変えないと不可能みたいな
ところになってきているので
あくまで自分のこだわりとしての
自分の料理人としての
それこそ哲学で考えると
こうするのが当たり前だよね
こうすべきだよねっていうところで
ある意味僕はお店
呼吸っていう飲食店っていう一つ
そういう閉じた空間というか
この中での当たり前っていう枠組みを作れるので
まだ保ててる
お店っていう枠があるから
僕はこの店の中で自分の当たり前で
物事を決めて料理を作っていっていますっていうのが
まだ言いやすい
っていう気はしますけど
例えば山本さんとかだと
システム作りとか
なんていうか
一緒か別に
結局はその当たり前に共感してくれるお客さんを
見つけないといけない
山本さんが作ったシステムを使ってくれる人は
共感してくれる人だし
呼吸に食べに来てくれる人は
食べに来てくれる人の方が多分広いんですよね
自動的という意味でもね
その瞬間的に楽しむ
理解した上で来ますっていう人じゃなくても
なんか面白そうだなって来てくれるじゃないですか
山本さんみたいにシステム開発をして
それを使ってくれる人を探そうとか思うと
ちゃんと哲学に共感してくれる人を
探さないといけないのかなって今すごい思って
哲学なしに使えるようには頑張りたいけど
けどとはいえそうね
入ってきちゃうじゃないですか
どうしても自分の当たり前が更新されればされるほど
だってこうあるべきだよねっていうものが多分
自分が作るものに反映されてくるから
料理の場合それが
なんか
伝わりきってない人でも楽しめるぐらい
料理っていうのはところが深い
けどそこは逆に俺は
あれだな面白さというか
自分のこれがいいみたいなところと
お客さんが触ってて心地いいとか
お客さんが自然に触れるからみたいな
調整をするのは好きなんですよ
そうだヤホンさんってそうだった
そこの際をなくすことがヤホンさんの趣味で
楽しさ
調整することが好きなんで
UIってデザイン面では別に表装化しないけど
裏側で勝手にそうであるみたいなのはできるから
そこは楽しみの一つになってるかもしれない
それはいいですね
逆にAIで開発するとか
そういうのになった時に
当たり前が
例えばこの文章の中で
ここの接続詞ををにするかがにするかで
AIがどう動くかが変わりそうみたいなとか
書きの流れですっていうのか書きが一覧ですっていうのかで
その流れを前提としたバイアスをAIが受けるか
これはあくまでも一覧だから順序はそうなんだっていう風に
捉えるかみたいな
一つで結構変わるみたいなのがあって
そこを例えば会社の一緒にやってるメンバーとかに
どこまでを当たり前として
言うかというかみたいなのは
すごく難しいなっていう風に思うし
それは
会社のスタッフに対して
例えば今のウォーとガーの話を
当たり前のこととして言うかみたいなことですか
そう当たり前のこととして言うけど
別にそれは当たり前じゃないじゃん
なるほどそういうことか
そっちの方が結構課題感はでかいかな
確かにな
料理とかやってるときだと美味しい方がやっぱ
いいというか美味しいというか正解に近い方が
ゼッとされるしテクニカルの方がゼッとされる
見えやすかった差が見えやすかった
特に最近AIの指示出しとかそういう話になってきたときには
究極これがこう
理論的にはこうみたいなぐらいしかなんないから
それをずっと見てるわけでもないから
それを共有することしかできない僕の画面をずっと
他のメンバーが見てるわけでもないし
料理とかって物質的に取り扱うから
自分の作業しながらでも横目で見たりとかできる
ノウハウの共有が難しい
今のうちの料理もそうなってきてるとこあるかもしれないですね
見えない場所が多いか
当たり前の精度も上がってきてる分
だから今
ほぼ料理の仕事を渡せてないんですよね
なるほど
渡せない料理になってきちゃったみたいな感じは
ありますね それこそ本当にそういうウォートガーみたいなぐらいの
細かい話 それを別に
その瞬間なぜそうなのかは伝えれるんですけど
応用するのが難しいというか
小松菜ではこういう場合こうだよっていうのが
伝えられても
他の食材は2万とあるから
そうなんですよ 自分の頭の中では概念としてちゃんと入ってるので
この瞬間の素材を
呼吸としてこういう風においしく仕上げたいっていうのは
自分の中では頭にあるので 自分は苦労しながら
そこを見つけていけるんですけど それでも自分も今まだ苦労して
見つけていってる状態なので スパッと
うまい指示を出せない 伊藤くんとも最近
そういう話もしたんですけど それは僕がちょっと今ごめんなさいっていう話だして
僕の方が今自分が料理にこういう風に向き合ってて
しかもそれにまだ慣れてないから
うまいこと仕事を渡せてないですっていうのは
伝えてて
それでいうと俺も
3個ぐらい事例を見つけたら言うようにはしてて
自分の中で抽象化されてあるじゃない
概念としてあって
その同じ概念を用いた3つのケースが
なるほどね
あった時にこれとこれとこれは一緒なんだけどっていうのは
伝える要領をしてるんですけど
けどそれでもなかなかって応用
が難しいみたいなの
難しいですね
アプリ開発とか他の会社の
大手のところのアプリ開発とかのPMとかもやったりとか
最近までしてたんですけど
「当たり前」の優劣と評価軸の多様性
そういう時もプロジェクトが回すのがうまいという評価を受けても
そのプロジェクトの回すのがうまいのって
いろんなものの組み合わせなわけじゃないですか
お客さんとの会話の仕方
お客さんとの期待し調整と
あと社内っていうかその業務委託先だけど
プロジェクトマネージャーしてるチームとの期待し調整もそうだし
けどいい顔ばっかしててもプロジェクトは進まないから
とはいえ推進させる握力みたいなのが必要とか
複合的に絡み合うとなかなかやっぱ
共有しづらいみたいなのがあって
具体で便利なツールとか教えれるけど
こういうのは難しいなっていうのを結構感じる
確かに難しいしそういう複合的なものっていうのは
自分の中でアップデートされていっている当たり前をベースに
いろんなことに向き合って結果生まれるじゃないですか
そうそうそうそうすると当たり前の底上げを
やっぱしていくしかなくて
当たり前の底上げを強要することもなかなかできないよね
そうするとなかなか
どういう風にシェアしていくんだろうっていう
そうですね
だから僕は結局
その人
その人の
当たり前とかその人に結構委ねちゃうかもなっていう感じがあって
それは
またこれもまた
難しい点があってそもそも
発想の経路が違いすぎるみたいな前提が違うみたいな
結構あると思ってて
そうすると自分のやり方を教えるのじゃやっぱダメなんですよね
そうですね
そこが難しいよね
しかも教えるとかじゃなくなってくるんですよね
だから
シェアはするけど教えてはいけないっていう感覚が最近強いか
なるほど
分かるっすね
知見の共有はするけど教えてはいけないっていう感覚
だから決して教えるっていうのは
上から下にみたいな感じだけどそうではないなっていう感覚が強い
あくまでもシェアでその人の中のもので
なんか
やってもらうみたいにやってもらうというか
勝手に醸成してもらう必要があるというか
その人の性質をちゃんと理解して
そういう時にこの間やってたお互いの分析みたいなのが
役に立ってくると思うんですけど
この人の場合はこういう伝え方をするといいとか
入りやすいとか
あとそもそも前提としてその人がどういう風に仕事がしたいのかとか
そこもあるよね
そこが僕の中では結構大事で
すごい料理を作りたい成長したいみたいな人だったら
思考のプロセスが違っても
一生懸命教えるみたいなところに
力を注ぐべきだなと思うし
でもみんながみんな仕事に対してそういう向き合い方を
してるわけじゃないじゃないですかそれこそその人にとっての当たり前として
仕事はこうでプライベートはこうみたいなのがあって
僕はぶっちゃけどっちがいいとは全く思わなくて
料理に向き合ったり
料理の修行したり成長したいみたいなのが基本的には良しとされるじゃないですか
そうそれが悪よね
そこが社会が生んだ
悪で今の会社のメンツでは
あんまないかもしれないけどやっぱなんかその例えば聞いたときに
社会的に良しとする方にみんな
自分の自我じゃなくて答えちゃうんだよね
間違ったことを言っちゃうんですよね
事故とか面接とかでもそうだよね
それが社会が生んだ悪ですよね完全に
教育が
そんなんどうでもいいんですよだから別に自分がこういうことに幸せを感じますって
言ってくれればそれに適した仕事の仕方が
与えられるはずだしそもそも
成長したい人しかいりませんっていう人にとっても
みんなが素直に言ってくれてる方が
成長したい人だけを集めれるわけじゃないですか
やっぱあれを良しとするから
こんなことになっている
それはあるね
思うのでやっぱり料理を別に
僕は自分の店でこういう風にしたいっていうのが
自分の中であるからやるけど別にみんながそうじゃなくていいとは思ってる
のが前提にあるから
その上でどう共有していくかみたいなのを
考えるって感じですかね
難しいですけどね
その上でやっぱ
知見の共有の仕方というか
難しいよね
今現状僕自身の料理が感覚が日々変わり続けてるから
そこは伊藤君にもすいませんっていう風に
言って今現状で上手い仕事の
渡し方ができてないから
例えば単純作業とかばっかりになっちゃってて
申し訳ないなとか
こんだけ時間余った時にこういうことをしてみようみたいなのは
一緒に相談してやっていったりはしてるんですけど
これがあと1人でも2人でも
増えたらとか思うと結構ゾッとしますね
なかなか難しいところはありますよね
難しいところですね本当に
特にAIでの開発とかになるとそこの思想の部分
しか逆にやることがない
しかないなるほど
確かに残されてないですもんね
そこしか
っていう風になったらよりちょっと
一気に社会が変わることはないと思うけど
しんどい人も出てきそうだろうなとか思う
なかなか難しいですよね
でも結構多くの人が
ぶち当たってる問題なんじゃないでしょうか
きっと
どういう視点で
この人間関係の問題に向き合ってるか
人それぞれだし多くの人は
もしかしたらあれかもしれないですけどやっぱり今の世の中
の現状だと多分
意識高くなってくれないとか
成長しようと思ってくれないとかいう方に
苦しみを感じてる経営者とかの方が
多いとは思うんですよね
どうやったらこの人はもっと成長しようとしてくれるかな
みたいな
そこの前提
前提からというか
なかなか難しいよね
まあ
そうやんね確かに
最近はだから逆に言うと
官業には官業になってるよね
自分が多分
官業にはなってるんだけど
シェアはしたいと思ってるから自分が楽しそうに話すことはできるけど
っていう
分かりますよ結局自分が楽しそうに
アップデートされた当たり前の話を
押しつけがましくなく楽しそうに喋ることしかできない
っていう
感じにはなりますよね
自分が楽しそうに話してるだけだと
すごい情報が断片化する
別に伝わってはないんだろうなって思いながら
喋るしかないみたいな
そうですねだからやっぱタイミングとかが大事ですね
今のことに絡めれば
喋れるかもみたいな瞬間を逃さないっていうか
そういう大事じゃないとピンときようがないからね
自分の実体験があってその結果
その過程を経てピンときたとこだけを楽しそうに話しても
なんでそれを言ってるのかわからない
そこの観察が必要ですよね
そこを常に今だみたいな瞬間を探すっていうのは
共有はしないと
なかなか団結が難しいから
団結っていうか
っていうのがありつつ
ちょっと当たり前って難しいなって思ってたから
ちょっと今はやめときましょう
お金と「当たり前」の壁、そして新しい仕組み
長くなるからって言ったけど
掘り起こした
でも当たり前についての話とか
普通にそれだけでまたね
今度全然もっと喋れるぐらい
またゆっくり喋りましょう
当たり前って人と人との
間に会がありすぎるからね
ありすぎる
ありすぎるからこそ料理とかはある意味
なんだろうな
何かを基準にはしやすいから店としては作りやすいんですよね
素材に敬意を払うことが当たり前であるとか
料理こういうおいしさ
おいしさの一つの当たり前みたいなのを決めると
共有しやすくはなるかなっていうのは
思ったりするかな
そこにかなり多様性があるから難しいんですけどね
あと当たり前の話になると
上下関係が生まれるのも良くないよね
さっきの話じゃないけど
優劣が生まれる感じがして
優劣が生まれるっていうのは人の認知の問題なんだけど
もっとフラットに
みんなで話せたらいいのになっていう感覚は
これは仕事だけじゃなくて
例えば
ストイックなのが当たり前っていうのと
ゆったりしてるのが当たり前っていう二つが対比したときに
ストイックの方が上位互換的な
感じに捉える人がいると
今の世の中の当たり前っていうか
当たり前じゃないんだけど業務上とかもそうだし
ストイックとしてる人の方が偉いみたいな
評価を得やすい
最近思ってたのが都競走で足早い人の方が
すごいって誰が決めたんだろう
遅くできるだけ遅く走れた人の方が
強いってする世の中もあり得たわけで
確かに
人間の認知によって決めた優劣って
すごい脆いものなのにみんなそれを信じて
しかもそれにマインドというか
嫌な思いをしたりネガティブになったりとかして
そもそもの話が成り立たないみたいなことってあるじゃないですか
悪いともしてないのにみたいな悪い感じになっちゃう
なんか多分
例えば時代によっては
足が早いが
有利だった時代はあるわけじゃないですか例えば本当に
獲物を狩りで獲ってた時代とかだったら多分そういうのの名残で
身体的に強い人とかが評価される
のが普通で
だから例えば体育祭みたいなものが
そういうので競うっていう概念が生まれてたと思うんですけど
今せっかく時代が変わってきて
いろんな人のいろんな例えば
稼ぎ方資本主義なんでやっぱりお金を
稼げる方が優位であるみたいなのがどうしても
それ自体が僕は嫌なんですけど
そこをベースにした時だって
今は別に身体的に強い人じゃなくても
何か一つに集中力が集中できる人とか
の方が生み出せるお金もあったりするわけなんで
なんか別に
もっといろんな評価軸が
あってもいいのになとは思いますけどね
おだしょー うん思うよねなんか思うし
それが社会的にそういう評価軸であっても
そこと事故は切り離して考えていい気はするよね
切り離すのが難しい
よね多分
そこで今そこでまさに
悩んでるって感じありますからね僕も切り離したいし
自分にとっての当たり前とか自分にとってこうであるってのははっきりしてきてるのに
やっぱりまあそれで売上を作るのが難しいとかなると
なんか社会的な評価とかを
気にするしかない状況
に陥るっていうかね
そこ
はあるよねなかなか
いやだなお金
お金
本当にお金嫌なんですよね
お金嫌いっすわマジで
どうにかならんもんかなとかずっと思ってんすけどね
そこ完全に
お金を切り離した飲食店とかってなんかできないもんなのかなとか
すごい思ったりしてるんですけどね
なるほどね
できないんですけど
運営するためにお金が必要だからね
そこの基盤作りはお金がかかるのはしょうがないとして
何か一個作っちゃえば
半永久的にお金がなくて回っていくような
新しい形が
なんかあってもいいのになとか
いやでも全然そんなどんだけ考えても
できないんでできないというか
考えてるけどちょっと今んとこまだね何の突破口も見えないんで
分解するとさ
人件費と家賃と仕入れ
あとは通信費とか
消耗品とか
仕入れの部分とかだけに切り出すと
毎週作り置きのやつを
送るから食材を提供してもらうみたいな
そういう
確かに何かしらの形で
話し合ってお互いにウィンウィンの形が作れるのであれば
そこはいいですよね
全てはむずいけど
ちょっとセグメント切っていくと
僕はお客さんからのっていうのも
なくしたい
そこがなくなった方がもっといろんな人が楽しめるじゃないですか
なんかやっぱり
どうしても今やりたい料理に対して
どうしても価格がある程度取らなきゃ難しいっていうのがあるけど
そのせいでお客さんを選んじゃってるというか
もっといろんな人に来てほしいのになぁ
って思う中でどうにか
どうにかならないのかなっていうのをすごい
思うんすけどね
これに関しては
アイディアのある視聴者の
皆さんリスナーの皆さん
なんか意見をください
僕一人だけボランティア営業するみたいな
めっちゃ考えたんですけどそういうのも
結局でもちゃんと払ってくれてる人たちにどう説明するのかとか
いう問題が起きてくるんすよね
なんか
ブツブツ交換みたいな話になってくると
結局別にお金が
物に変わるだけなんでそこでもやっぱり同じようなことが起こってくるんで
なんかもっと面白い仕組みがあったらいいのになぁ
とかすげー思うんすけどね
ちょっとね宝くじでも当てない限り難しいですね
それもお金だけどね
それもお金一番お金
お金を切り離すためには莫大なお金がいる
という話です
面白いね
大分お話がぶっ飛んで
しまいましたが
ベースはやっぱり地方に行ったりして
自分に向き合ったりとか
いろんな人の話を聞いて思ったことからの
ぶっ飛びなんでそんなに離れてはないでしょう
当たり前を疑う実践と今後の展望
外れてはないでしょう
当たり前の話また僕もちょっと考えておきます
自分の中でも
やりましょうじゃあ当たり前回
ライトにあれでもいいかもね
自分たちの経験談的に
当たり前だと思ってたけど当たり前じゃなかったみたいな
話
仕事の考え方の話とかなると重いけど
重いから
ライトにいけばそれめちゃくちゃ分解すればありますもんね
普通にたくさん
めっちゃありますね
パッと調理場を見渡しただけでもあるぐらい
俺ちなみに今何も思いついてないわ
何も思い出せない
いっぱいあるのに忘れちゃう
当たり前こういうものだって
言われてきたけど掃除じゃなくても良くないみたいな
話っていっぱい最後に一個だけ
最後にちょっとだけいいですか
せっかく厨房見てて思ったんで
例えば
大掃除って当たり前じゃないですか
それがもちろん店によって
例えば週の最後に
大掃除をするとか
例えば全然しないお店とかだと長期休暇前に大掃除をするとか
年末に一回大掃除をするとか
あると思ってて
僕は基本的に大掃除が好きじゃないから
基本的に毎日リセットするっていうのを心がけてはいるんですけど
それも一つ
大掃除っていう当たり前をなくすためのみたいなことを思ってたんですけど
最近にしても
ちょっと大掛かりな掃除っていうのはどこかで
必要なわけですよねどれだけリセットを考えてても
ってなった時にそのリセットをどこでするのかって
例えば毎日
仕事終わりに一回大掛かりな掃除をします
とか毎日一回するっていう
その一回が仕事終わりに
来るのが当たり前とされてるけど
仕事終わりに大掃除するのって
次の日の自分が気持ちよく仕事始められるためじゃないですか
って思ったら
お客さんを迎え入れるために綺麗にするとかの方が
良くないってちょっと最近思ったりして
何のためにっていうのが
自分たちのためになんだったら別に全然いいんですけど
どうせどこかで一回するんだったらお客さんを迎え入れる
直前に一回するとか
何のためにがお客さんのためになるじゃないですか
それが別に良い悪いは抜きにしてて
そういう考え方もあるなとか最近
当たり前疑うみたいな結局仕込みをギリギリまでやるし
難しいし結局一番効率的なのが
営業終わりなんで今なってるんですけど
それも一つ当たり前を疑ってみるみたいな意味で言うと
最近ちょっと思いついたこと別にどのタイミングでやっても
一日に一回やるっていうこと自体は変わってないわけだから
だったらお客さんのために
その時間使っても良くないってのを最近思いました
一つ当たり前エピソードでした
なるほどありがとうございます
そんな話たぶんいっぱいあるんで
たしかにいっぱいありそうだな
いっぱい山ほどあるし毎日
野菜の処理とか一つとっても毎日
なんでこれってやってるんだっけとかだしとかもそうだし
山ほどあるんで毎週のコーナーにしてもいいぐらい
ありそうですよね
今日の当たり前を疑うわみたいな
10分15分でライトに毎回喋るぐらいでも
できるぐらいある
面白いですね
面白いかもそれ
今日の当たり前を疑ってみようみたいな
いいですよね何か自動化
今まで手動でやってたのが当たり前だったのを
疑って自動化するんで
それもあるね
俺も一個だけいいじゃん
まとめとリスナーへのメッセージ
具体じゃないけど
自動化するみたいなのに当たったときに
そもそもこの作業いらなかったじゃんみたいなのを考える
素直に自動化する
素直に自動化しようとするじゃん
自動化の難易度って結構高かったりするんだけど
自動化するっていう前提に立ったときのワークフローやり方
当たり前を一回疑って
別にここは人間のためにやってたなみたいな
分かる分かる
分かる分かる
僕も単純化しよう
もっとこれをどう効率化しようって考えていた結果
そもそもなくそうみたいな結論になることはめっちゃある
意味なくてみたいな
面白いですね
はい
これはちょっとやってみましょう
覚えていれば
意外と喋っちゃった
ありがとうございました
ありがとうございました
本日もまかないラジオをお聞きいただきありがとうございました
いかがでしたでしょうか
今回は雑談会と言いつつ
羊飼いとAI駆動開発は一緒だよねみたいな
一緒ではないけどかなり近い考えをしたらいいんじゃないかみたいな話から
最終的に当たり前の話になって
何話したかも忘れてないみたいな感じですけれども
いかがでしたでしょうか
こんな感じでいつも気軽にいろんなトピック取り扱って話しているので
もしこんなことを話してほしいとかあれば
お便りいただけると嬉しいです
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それではまた次回もお楽しみくださいバイバイ
01:28:01
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