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34【科学と感覚、どちらを信じる?】パスタの茹で水に塩を入れる本当の意味
2026-04-04 56:32

34【科学と感覚、どちらを信じる?】パスタの茹で水に塩を入れる本当の意味

今回は、リスナーさんからいただいたお便りをきっかけに、パスタの茹で水に塩を入れる意味について語っています。「科学的には麺の食感に影響しない」と言われているのに、塩を入れた方がコシを感じるのはなぜなのか?山本が思いついた"沸点"の視点から、思わぬ方向に話が広がっていきます。
科学的に否定されていることでも、食べた時においしいと感じるならそれは正しいのではないか。肉の焼き固めの話なども交えながら、料理における「科学と感覚の関係」について、それぞれの経験をもとに議論が深まりました。
また、リスナーの方から紹介いただいたフランソワ・ジュリアン著『無味礼讃』や、ブリア=サヴァランの『美味礼讃』の話題から、東洋と西洋の思想の対比にまで話が及びます。そして最後には、このポッドキャストの改名についてもお話ししています。
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https://stand.fm/channels/68dca6d1036795923c406377

感想

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サマリー

今回の「まかないラジオ」では、リスナーからの便りをきっかけに、パスタの茹で水に塩を入れる意味について深掘りします。科学的には麺の食感に影響しないとされる塩ですが、多くの人が塩を入れた方がコシを感じるのはなぜなのか?山本さんは、塩分による水の沸点上昇が麺の火の通り方に影響を与えるという科学的な視点を提示し、感覚と科学の関係性に新たな光を当てます。 さらに、科学的に否定されていても「美味しい」と感じる感覚が料理においては重要であるという持論を展開。肉の焼き固めや、フランソワ・ジュリアン著『無味礼讃』、ブリア=サヴァラン著『美味礼讃』といった書籍の話題にも触れ、東洋と西洋の思想の対比や、感覚を言語化しようとする科学の役割について考察を深めます。番組の後半では、既存の「まかないラジオ」という名称が他と重複していることが判明し、番組名を「食べごろラジオ」に変更する提案がなされ、その理由や経緯が語られます。

リスナーからの便りと番組名の問題
こんにちは、まかないラジオへようこそ。このポッドキャストは、東京押上げにあるレストラン呼吸のオーナー、シェフキヨフジと、オンライン料理教室シェフレピノ山本が、料理の世界で日々感じた気づきや発見を穴を囲むように揺る語り合う番組です。
はい、お願いします。
はい、お願いします。
はい、ちょっと今日は、前回の最後の方に少しだけ話したんですけれども、お便りをいただきましたので、お便りとあとコメントもちょっとだけいただいているので、その辺にちょっと返答する回っていうところで、進められたらと思います。
あともう一つですね、お便りの中で気づいた、まかないラジオって他にもあるらしくて。
はい。
なので、これはちょっと問題かもしれないなというところで、ちょっと解明もできたらと思ってますので。
そうですね。
一応候補は考えたんだけど、その中であとちょっと最後どうするかみたいなところとかの話もできればと。だから主に雑談会という感じのイメージにはなると思うんですけども、それで進められたらと思います。
はい、まかないラジオが変わっちゃう。
そうですね、どうしようかなって感じなんですけれども。
名前が変わっちゃうかもしれないですけど、皆さん変わってもぜひ聞き続けてください。
ですね。
はい。
まあちょっとそうですね、どうしようかなって感じなんですけれども、聞き続けてくださいっていう感じで。
じゃあちょっとお便りいただいたやつをできればと思ってます。
コメントをいただくパターンと、スタンドFMのほうがあんまり見てないときがあってですね、スタンドFMのほうでコメントをいただいておりました。
コメントとあとレターっていう機能がスタンドFMにあるんですよね。
それがお便り機能みたいな感じなんですけれども、そこにもちょっとお便り的な感じでまくれてたので、そこの二つ拾っていけたらと思っております。
じゃあ一つ目から早速読み上げていこうかな。
パスタの塩分と感覚・科学の対話
はい。
はい、お願いします。
読み上げます。
ちょっと音読が下手で申し訳ない。
そうでしたそうでした。僕が音読するんでしたこういうとき。
大丈夫です。
ちょっとお待たせしますね。
じゃあ僕読みますね。
はい。
じゃあコメントを読み上げさせていただきます。
ありがとうございます。
音読もありがとうございます。
ありがとうございます。
なるほどね。
ちょっとラジオネームがない感じなんで。
じゃあナナシさんからのコメントでした。
いいですね。
なんかこれはキヨが結構考えがあるんですよね。
考えが結構感覚的なものなので、あんまり今パッとね、
ちゃんと論理的に話をできるかどうかというのは若干自信がないのですが。
結論から言うと僕は本当これその通りだと思ってます。
その通りだというのは塩を入れた方がコシが出ているように感じると思っております。
確かに僕もこれいろいろ調べたりしたことがあって、
全然塩がコシに関係していないって科学的には証明されてるっていうのは結構いろんな場所で書かれてるので、
書かれてるんですけど、どう考えても塩を入れた方がコシあるように感じるんですよ。
俺ちょっとさ、ごめん話の途中で、
俺科学的な視点であるかもしれない理由。
マジですか?
今思ったけど。
マジですか?
俺あるわこれ。
マジですか?それもちょっと聞かせてもらいましょう。
おそらくなんですけど、まず感覚的なところからの話からします。
それからこの論理的な話をした上での方が納得あるかな。
じゃあちょっと一回ヤンヤンさんに。
その論を。
はい、論を話してもらいましょう。
そういえばあるわって思って今。
まず真水で茹でるか塩水で茹でるかっていうので、
圧倒的に変わるものが一つあって、圧倒的というわけではないんですけれども、
沸点が変わるんですよね。
ああなるほど。
そう、沸点が変わる。塩分を入れると沸点が上がるんですよね。
だから沸騰した時の温度っていうのは一応科学的には本当の些細なものだけど、ちょっと上昇するはずであると。
なので、沸点上昇が起きるから温度が上がるってことは、より早く火が入るようになるじゃないですか、表面から。
なので塩水から、塩水というか塩分の入ったお湯で茹でる方が、表面と一番中心部の火通しの落差が高くなるはず。
なので食感に影響がある気がします。
なるほど、そっか。
科学的に。
面白い。お湯側の話は結構盲点だったかもしれない。
そう、今話聞いてあれ?あるじゃんって思っちゃった。
なるほどね。多分塩分がパスタの澱粉質に作用するかしないかみたいな話で言うと、多分コシには関係ないみたいな話で、面側の話はよくされるけど、確かにお湯の温度か。
そういうことだよね。だから塩分による、塩分の化学特性によって面に影響があるかどうかではなく、お湯側の沸点が上がることにより、結果としてどうですか。これ結構的は得てそうですよね。
確かに確かに確かに。普通に美味しく茹でられてるんですね。温度が高いっていうか一定。温度が下がりにくいとかもあるのかな。下がりにくいっていうか、面を入れた瞬間再沸騰しやすい。
いや、沸点が高くなるんで、例えばその面を入れた時に一瞬温度が低くなるじゃないですか。それが極端な話、110度まで上がって、そんなことは絶対ないけど、110度まで上がってるのが、面を入れたことで100度に下がるのか、100度のもの、真水でやって100度のものが、真水だと沸点100なんで、100度のものから90に下がるのかみたいな、超極端な話をしてる。
塩入れたら100より上がるってことですか。
そうそう、100より上がる。一応、科学的にはそうあるであろう。
そうなんだ。知らなかった。
のはずです。記憶上。
すごい今パッと、パッと、そう言えばって。
へえ。
たぶんそうだと思いますよ。
なるほどなるほど。
うん。
まあわずかに上がるって書いてるのが多いな、実際。
うんうん。
たぶん塩の、塩分濃度とかにもよると思うけど。
うんうんうん。へえ。
そうだね。
ありがとうございます。なるほどなるほど。
まあそういう意味で。
はいはいはい。
海水、海水はこれも正しいかどうかはちょっとわかんないですけど、海水は例えば100.5度前後で沸騰する。
うーん。なるほどなるほど。
うん。というこのちょっと微細な差が食感に感じ取られてるのかもしれないですね。
うんうんうんうんうん。へえ。ありがとうございます。
ありがとうございます。
面白い。
なるほどね。ではちょっと感覚的な、感覚的なっていうか、僕が普通に塩ありと塩なしで茹でてて思うこととかっていう話で言うと。
うんうんうん。
現代的に科学的に否定されるみたいなことってめっちゃあるじゃないですか。
うんうんうん。
へえ。これパスタの塩も一緒だと思うんですよ。パスタの塩も多くのイタリア料理の人がやっぱ、そのコシが出るからみたいな意味で塩入れなさいっていうこと結構多いんですよ。
うんうんうんうん。
うん。で、それって僕多分なんか経験から基づいてこっちの方がコシがあって美味しいってみんなが思ってるからそういう風に言われてきてるわけなので。
うん。
なんかいく、いくらその科学的には違うよって言われても。
うん。
なんか美味しくなってるはずなんですよね。
うんうんうんうん。
で、それはそのパスタの話でもそうですし、例えば肉のリソレとかセジールとか言われますけど、肉の表面を焼き固めて肉汁をこう、なんか守るみたいな閉じ込めるみたいなこともよく言うじゃないですか。
うんうんうん。
よく言うけど、あれも実際今の料理人たちはみんなあれが科学的に間違っているってことはよくわかってるじゃないですか。
うんうんうん。
でも、なんかその、たぶんああした方が美味しいから、しかも肉汁が閉じ込められてるように感じるから、ああいう言われ方をずっとしてると思っていて。
うんうんうん。
で、肉汁の閉じ込めるのもパスタの塩分の話も僕結構どっちも似たような話だなって思ってて。
うん。
単純にもうその塩が表面にバキッと入っていて、中心はちょっとアルデンテになっているっていう状態のパスタ食べた時にすごいこう、ちゃんとメリハリ感じるけど、塩が入ってないパスタは表面に味がないまま真ん中がちょっとアルデンテじゃないですか。
うんうんうん。
だからその表面のメリがないんですよ。
はいはいはい。
そのそれがいかにその食感として同じであっても、食感じゃないものも食感に寄与しているというか、なんか。
うんうんうん。
焼かれていて中がジューシーなのと、焼かれていなくて中がジューシーなのって別に、肉汁を閉じ込めるっていう役割が科学的に間違っていたとしても、表面と中のメリハリのおかげでジューシーに感じていると思うんですよ。
うんうんうん。
ちゃんと感じますよねっていう。なんかそれは科学的に別に柔らかいコシがどうこうっていうのは抜きにして、コシが出るって表現しちゃってもいいんじゃないかなみたいな。コシが出てるように感じてるわけなので。
うん。多分なんだろう。多分科学者が基本的にはそういう研究をしてるじゃないですか。
うんうんうん。はい。
で、料理をする人が研究してるわけではないことのが多いと思うんですよね。そうしたときに、今の結果としてコシが出たように感じてるみたいな。
うんうんうん。
そういう意味ではそこよね。完全にイメージとしては。
はい。そこです。うん。
そこがより感覚的に、先人の人たちが感覚的にそうだと言い続けてたのであれば、それをまずは疑うこともした方がいいし、疑わずに信じ切るという。だから科学側を疑うこともした方がいいよっていう話だったかな。
そうそうそう。科学的に間違っていることっていうのは、あくまで科学的に間違っているだけなので、結果それがどうであれ一番大事なのは食べたときにおいしいかとか、食べたときにコシを感じたかじゃないですか。
それがどれだけ成分を分析してみたときにコシは変わらないよって言われたって、感じていることの方が料理としては正しいはずなので。
うんうん。 食べるものとか、あと何でもそう、感じるものっていうのは感じていることが正しいはずじゃん、正しいっていうか大事なはずなんですよね。実際はこうであるとか言われてもとは思うので、そこを理解した上で調理はしていかなきゃなーってよく思うんですよね。
いやこれ僕めっちゃ面白いなって思ってて、要は当たり前を疑うなってことだと思うんですけど、その当たり前が時代によって変わってきてるから、今は科学を信じるべきじゃないんじゃないかって言ってて、これ時代が変われば逆に先人たちの知恵を信じるなって言ってたと思うんですよね。
うん、間違いない。 そう、だからこれ断片的に見ると、先人たちの知恵を信じろ、科学を疑えっていう話だけに聞こえちゃうんだけど、これは今の時代においてそれが当たり前化されてるから、それ自体を疑った方がいいよねっていう考え方の下で発露したいくつかの具体があって、だからこれ結構なんか面白いよね。
ちょっと料理業界の流れで言うと、ちょうど10年前ぐらいまでとかは、おそらくどちらかというと今までこうやってきたからみたいな非科学的なものを信じる傾向というか兆候があって、だから調理科学的な理論に基づいてみたいな人がどんどん増えていって、今はもう調理科学的な人が増えてきてるから、
逆にそっちが当たり前になってきて、そこを疑い始めてるんですよ。
だから常に自分の真意を持てって話なんだけど、基本的に今の潮流のところに反映するような形で、基本的にメッセージっていうのは世の中には発信されるから、そこを断片的に捉えると結構面白いなと思って。
こう聞くと、費用って全然科学のこと信じねえみたいな、そんな感じかもしれないけど、そうではなくて。
僕も多分時代とともにずっと変わってきてて、一時は本当にもう科学的にちゃんと解明しようみたいな、ちゃんとロジカルに組み立てようみたいなことを考えまくって、そっちに突き抜けようとした結果、そこの穴も見えてくるしみたいな。
それは多分世の中の流行りストーリーも全部そういうふうになってる。
だからその時の反省をする人が声を上げて、声が大きい人のところだけを断片的に捉えると、そういうふうに聞こえちゃうんだけれども、実は本質としては時代変わっても誰もみんな言ってること変わらないみたいな感じ。
だからこうやってメインカルチャーとカウンターカルチャーみたいなのが常にあって、入れ替わり立ち替わりになってるだけ。その中でちょっとずつ多分洗練されていくというか、
どっちにも半端な意見とかはやっぱり徐々に徐々に淘汰されていって、洗練はされていくので、でもこの入れ替わり立ち替わりっていうことは文化とかが成長していくためには必要なんですよね、多分。
うんうんうん。まあそれも、ここからは俺的な考え方やねんけど、究極的には全て科学で証明できるはず。さっきみたいな温度とか、そこまで研究者がスコープを入れてなかったっていうだけの話な気がしてて。
ああ、なるほどね。まあまあまあ、確かに感覚的なところだって科学で証明できるわけですよね。
そうそうそうそうそう。それも因果関係と離れたその先の部分で影響があるわけで。
そう、確かに確かに。今までの科学がその麺のコシだけにフォーカスしたら、別に塩が入ってようが入ってなかろうが、その澱粉の状態は変わりませんよっていうところまでしか見てなかっただけで、その感じ方まで分析はできるわけですもんね。
そう、もしかしたらあれなのかな、これは具体の名称は僕は知らずに言ってますけど、今って、これは実際どうかは知らないですけど、食品科学的な観点で言うと塩水は麺には影響が与えませんっていう話で、
調理科学的な観点で言うと与え得るっていう、そこのスコープの違いみたいな感じなのかもしれないですね。
なるほどね、確かに確かに、調理科学ね、確かにね。
そう、みたいな、そういう分野があるのかもよく分かんないけど、そういう多分スコープの切り方がされて、だからなんかあれなのかな、スペインとかかな、スペインとかだと博士だったけど、博士か修士か分かんないけど、ちゃんとそういうのが大学があったりとかする。
料理とか、調理科学とか料理とかの大学があったりするから、そういうのをやってるのかもしれないですね。
なんか面白いですね。
意外とそういう感覚的にとかっていうところは掘り起こされてないのかもしれないね、そういう意味で言うと。
確かにな。確かにな。感覚と科学が対比されるものとして言われがちだけど、別にそんなことはない。
本来は対比じゃないからね。
全然そんなことじゃないんですよ、確かに。
うん。むしろ感覚を言語化しようとしたのが科学すらあるよね。
確かにな。めっちゃ面白いじゃないですか。
ね。
科学と感覚の対立と融合、そしてSNSの在り方
うん。なんかいいですね。これは料理業界の流れとかもね、多分またもう一段階これから変わっていく気配が今見え始めてるけど、みんなそういうところまで多分目を向けるようになってくるんだろうな。
あとはそれをやりきれる人がいるのか果たしてというところなのかな。
うん。だって研究者レベルで今のこの論っていうのはこのスコープで切られた上での理論ってちゃんと論文を読んで、それを拡張してこういうふうに影響があるみたいなところまで落とし込んでいくみたいな作業なんだよね。
うん。
まあそれをやるってことは。
そうっすね。やるってことはね。
うん。
そうそうそうそうそう。
ああ。
まあちょっとやりきれる人が出てきたら面白いけどって感じね。
出てきてほしい。出てきてほしいとか。やらなければ自分が。
まあね。
へえ。
面白い。なんかいいコメントでしたね。パスタ本当にこれはなんか。
確かに。
こういう疑問をやっぱり、こういう疑問があるおかげで、今の科学と感覚の話につながってきたわけだし。
うんうんうん。
めちゃめちゃいい視点で料理をされていますね。
確かに。
確かにめちゃくちゃいい視点で料理をしている方なんですね。
素晴らしい。素晴らしいですよ。
そうなんだって書いてることを見てそうなんだって終わってないですもんね。
でも実際こう感じるのになあなんでだろうっていう。
うんうんうん。それが楽しさでありって感じだからね。
そうそう。だからこれすごい貫いてほしいですね。この気持ちを。
これね、負けそうになるんですよ。
そうなんだ。
僕もこういうこと思うことがめっちゃあるんですよ。
ヘアリングとかしててもなんでもそうですけど、ロジックで考えた時に香りの成分とか考えた時に、
これって美味しいはずなのになあ、美味しく感じないよなあってなった時に最後美味しくするための一手ってやっぱりその経験から出てくることが多いんですけど、
例えばやっぱ今とかだとSNSを見ててすごく疲れちゃう一つの理由として、
このコメントの中で言うところの、面の食感にしよう影響しないことが科学的に証明されているっていうところで、
すごい、はい論破しましたみたいな感じのことがすごい多いんですよね。
はいはいはい。
はい、だって科学的にこうですから、はい話終了みたいな感じになっちゃいがちなことが多いので、
早くゴール決めたいんだみんな。
そうなんですよ。でもこうじゃないっていうのが、この人のところで言う、でも腰を感じるのになあって思っていることが、いや錯覚でしょうで、
なんかもう分岐が打ち切られがちなんですよね。
いやわかるな、いやなんかそれってさ、早く結論を出したくなる世の中みたいなのもあるし、
なんかその人の説明が否定されたみたいな感覚になりやすい人っていつもありそうだよね。
その議論自体が面白いはずなのに、間違いか正しいかっていう話に落ち着くというか、
何がどう正しいのか正しくないのかみたいなのを議論して、こういう角度もあるよねみたいなのが一番面白いところ。
そうそうなんですよ、それが議論の面白さなのに、そうじゃないところでどっちが正しいかで競っちゃうと、
こういう疑問を持っている人が、もう科学的に否定された、それは食感において、それで終了になっちゃう。
で、その腰を感じる気がするのに、これって私の錯覚なんだ。
で、悶々として、でも自分は美味しいと思うから、死を言い入れようみたいな感じ。
すごいもったいないというか、僕も結構それで悶々としてしまうことが多いので、
この方にはやっぱり負けずにというか、疑問をちゃんと持ち続けてほしいですし、
今山本さんが言ってくれた科学に対する話っていうのは、僕自身もすごい勇気づけられたし、
この人も勇気づけられたような気がしました。
ありがとうございます。
確かに、そういうのはあるよね。
僕の思考法的には、きおのものに近いけど、昔からやっていることには意味がある可能性がある。
あと、科学的根拠があると言われていることにも、信頼はしている。
2つを同居する新しい第三の道がありそうだなっていうところに立つみたいなのが大事かもしれないですね。
それが結構僕は好き好んでよくやってるんで。
そうですね。山本さんの趣味と言ってもいいぐらい。
趣味と言っても過言ではないね。
趣味ですね。
そこに違和感がある可能性があるってことは、まだ見つけられてないランクがあるかもしれないっていうワクワク感であるよね。
ありますあります。
そういう話ができるコミュニティを作るのが結構、俺らみたいな人たちは幸せになれるのかもしれない。
俺らみたいな人たちは。
こういう話ができることがやっぱ少ないですもんね、なかなか。
今救いって言ったけど、こういう話をするのが好きな人たちが集まれる場所がね、昔もあったでしょうしね。
今もどこかではあるでしょう。
でもこのラジオを聞いてくれてる人たちはだいたいそういう人たちだから。
確かに。
ポッドキャストがそういう場になれば面白いかもしれないですね。
みんなでそういう話をする場を設けましょう。
イベントしてみましょう。
しかもなんかいいっすね、うちでそれこそ本当にこういうパスタ食べ比べながら話をしてみるとかしたらすげえ面白いですもんね。
確かに確かに。面白いかもしれないね。
なんかよくあるトークセッションみたいなのだとさ、喋る人がいて、権威がいて。
もちろんその場を取りまとめる人っていうのは必要なんだけど、じゃなくてもうちょっと相互干渉的な場とかできると楽しそうだね。
そうですね。公開収録みたいなのはやっぱり楽しいですけど、
その圧倒的、カリスマ性を持った人たちのファンが見に行くみたいな面では面白いですけど、
僕らのポッドキャストはそうじゃない。みんなで喋ったほうが面白くなるから。
なんかやりましょう。
危機戦がいい人は聞いてたらいいしみたいなね。
もちろん。
だから自由にできる方が楽しいかもしれない。
そうですね。なんかちょっと今度考えてみましょう。
確かに呼吸とかはちょうど店の構造的にもいいよね。
ちょうどいいですよ。ちょうどいい。
みんなで喋る感じにもなるもんね。いつも。
パスタのお話からすごいたくさん広がっていいコメントを本当にありがとうございました。
次のコメントもちょっと読み上げますね。
はい。すいません。お願いします。
こちらもラジオネームはないのかな。
ナナシさんで大丈夫なのかな。
遊ぶまなぶさん。
こちらはい。ラジオネーム遊ぶまなぶさんからのコメントですね。
毎度哲学的な会話が非常に興味深いです。話を聞いていてだいぶ前に読んだ無未来さんという本を連想しました。
というコメントをいただきました。
ありがとうございます。
無未来さんね。ありがとうございます。
これねコメント見てからちょっと調べたらめちゃめちゃ面白そうですね。
うん。なんか面白そう。
そうそう。面白そう。本当に多分僕がいろいろ喋ってるのを聞いて連想したって言ってくださってるんで
多分今パッと調べた感じでも僕読むべきだなみたいな感じの内容をねすごい書いていて
やっぱ無未とか淡さとか主張しなさとかそういう無未っていうところの価値とかを多分主張している
何も強くしない主張しないものこそ最も深い豊かさを持つのではないかみたいなところのテーマを
西洋のヨーロッパ的な思想と中国的な思想の対比させて探っているみたいな本みたいですね。
それこそ本当にあれですね僕らが専門学校時代に読んでたあの美未来さんとかのちょっと対比的な感じ
まあその本の名前とかもちょっとそういう意味合いでもつけてるのかなもしかしたらっていう感じですね。
美未来さんが、ブリア・サバランが美食家が書いた本当に有名な本でね
結構いろんな有名なワードが残ってますよね今パッと出てくるかな
チーズのない食事は固めのない美女と同じだみたいな感じの言葉とかもそうですよね
ちょっと令和に言っていいセリフではないような気がしますが
そういう言葉とか、新しい美食の発見は新しい惑星の発見と等しいみたいなそういうようなことも言ってました
なんかそういう美食とはこれだけ素晴らしいものであるみたいなことを多分書いた本がね美未来さんで
僕らが読んでたのはその美未来さんとまた別の辻千利専門学校の仙台校長の本とかも読んでましたよね確かね
とかそこら辺の美食学みたいなところとちょっと対極にある話っていうのをちょっと書いているのが
でも料理の本ではないのかなどうなんだろう
料理の本ではないのかな
料理の本ではないですよねきっと
中国の詩文絵画を手がかりに思想の意識の底にある
そういう感じですよね
でもなんかすごい僕はこれ本当に読むべきだなって今の自分の料理のこととかを考えてた時に結構興味があるので
ちょっとすぐ読んでみますね
俺も読んでみよう
面白そう
なんかけど確かに中国
東洋医学と西洋医学の対比みたいななんかそういうのにも近いんでしょうね
なんかそれが根底的にはこういう考えがあってそういう差が出てるみたいな
面白い確かに医学の話もさっきの科学の話と結構通ずるとかありますよね
東洋と西洋の漢方とかの話だとよりねちょっとこう感覚的な目線で捉えられることがやっぱり多いので
科学的にこの病気を治すみたいな意味で言うとやっぱり西洋医学が科学的な目線で良しとされることがやっぱり多い
そこのネットに乗っからないというか引っかからないくてつらい思いしてる人たちが東洋医学に恩恵を受けてるみたいな節もあるもんね
結構面白いですねそこ多分いろいろ繋がってくるなって今聞きながら思っていて
ちょっと本当に買いますわすぐ涙目さん
ありがとうございますあそぶまなぶさんからのコメントでしたありがとうございます
いいですね確かに最近ね清人古典ラジオのちょっとこれはまたあれだけど仏教の会めっちゃいいよねみたいな話を盛り上げてた
仏教の会がめちゃくちゃ面白いっていうね
番外編のやつねめっちゃ面白いなっていう話その辺の話にも通じそうな
だからねこの間もなんか我々も勝手にそれを聞いてどう思ったかっていう会をやるか
まかないラジオ勝手な仏教会みたいなねめちゃくちゃ解像度低い人たちが何を言ってるんだっていう話です
解像度低いからこそあれを聞いて日々のこう
感覚で仕事とかにどう活かせるのかとか聞いてどう変わったのかみたいなすごいね話しやすいし
仏教の話はめちゃめちゃ面白いし
まあけどやっぱり世の中的には世の中的にというかその分かりやすいものがぜとされる文化だから基本的には
まあそういう意味ではその俺らの感覚的な話っていうのも近いかもしれないね
なんかその人の主観っていうすごい分かりづらい話
社会的にはなんかいやそんな嘘じゃんって言われるかもしれないみたいなものを好き勝手話せる場としてはいいよね
めっちゃいいですめっちゃいいです
そう好き勝手してるっすな
そういう場でありたい
ポッドキャストはそういう場でありたい
これを公に言うとすぐ否定されてしまい
科学的に見て正しくないって
否定されがちなことに対する疑問をこうやってうだうだ喋ってる時がやっぱ楽しいし
そういう場になってますしね実際ポッドキャストを僕らからすると
僕らはそういうことを喋れてるから
基本的に実際どうかは知らんけどっていう前提が出してくる
面白い
そういう場は結構大事だろうな大事でしょうね
正しいことを言わないといけない場所みたいになっちゃってるもんねSNSって
そうなんすよそうじゃなかったはずなのにっていう感じなんですけどね
実際は面白いよねこれも別にそれが投稿が禁止されてるわけでもなけりゃっていう状態なのに
同調圧力的にというか
風潮がそうなっているし
やっぱSNSがすごい一般の人も仕事として使ってる人も
使うほうがメジャーになってきたからこそすごい見られることが増えたし
それで判断されることが増えたじゃないですか
もうこの人はこういう人であるとかこの店はこういう店であるっていうのが
しかも本当に文字として明確に残ってしまうし
自分がそれを考え方が変わって消したみたいなことがあったとしても
やっぱり誰かがそれを記録してしまっているとか保存してしまっていて
一生こういう一回発言したことが一生消せないようになってしまうみたいな
のがすごいもう普通の世の中になってしまっているから
やっぱ別に基本的には何を言ってもいい場ですよってSNSが存在してたとしても
言えることがすごい少なくなってきたみたいな
確かに確かになんか感慨深いですね
感慨深いなって思っちゃうんですよねそういう状況
感慨深い
社会的動物なんだな僕たちって
そうですね本当に
感慨深いな
俺も実際そうだしね
ちゃんと社会的動物なんだなって
確かにね意識しちゃってますもんね
なんか今のSNSはこうだからこういうふうに見られるからこういう使い方をしようとか思っちゃってますしね
社会
関係者のこういう人が見たらどう思うかとかやっぱ思っちゃうよね
思いますね
確かにね
そうですね
ポッドキャストがまだそこが若干薄いから楽しいっていうのは前も話したあれですけどね
まだ若干マイナーだから喋りやすいみたいなところがあるんだろうなって気はしますけどね
確かに
素直に話してることを聞いて反応をもらうこと自体は嬉しいわけじゃん
知り合いだとしてもね
なんかあれなのかもね見られてるかもしんないみたいなものがそうさせるんでしょうね
TwitterとかXとかそういうのって
けどなんかポッドキャストは聞かなそうだなみたいな
そういう感覚もあるのかな
そんなにボスも多くないから聞いてなさそうだなみたいなのもそうかもしれない
たとえ聞いてたとしてもそんなマイナスの意見をもらうことはないし
番組名の改名について「食べごろラジオ」
一昔前のYouTubeとかも多分そういう感じだったと思うんですよね
みんなポッドキャストも今そうかもしれない
やりたいけどちょっとどうやっていいかわかんないみたいな感じで
好きな人たちが趣味みたいな感じでやってることがほとんどで
YouTubeも昔は多分そうだったのが今はもう本当に職業として結構当たり前になってきていて
テレビよりもYouTubeを見る人の方が一般的にも増えてきてるからこそ
なんか昔登録してた人がどんどん多分アカウントを消したりとかっていうのも今すごいあってると思うんですけど
やっぱもうそのYouTube自体に求めるものが世間が求めるものが完全に変わってきてるからこそ
昔やってたことがもう今このまま残ってたらやばいとかいう感覚で多分消してる人もいっぱいいると思うんですよね
ああはいはいはい
ちょっと今のYouTubeとしてはこれNGだろうみたいなことが多分昔って普通にあったから
それをもう目につくことが増えたからどんどん消していってる人はいっぱいいるし
別に今収録してるポッドキャストが当たり前の時代になった後消さなきゃいけないようなことを別に喋ってるとは思わないんですけど
でもそこのやっぱプレッシャーがちょっと少ないからすごい気楽にできるみたいなのはあるんでしょうね
インスタとかやっぱプレッシャーが増えてきちゃってる
はいはいはい確かにそういうのもあるのかな
っていうこれあれこれは何の話でしたっけなんだっけ
ちょっと忘れました
何で今こんな話になってたんだったかさっぱり忘れてしまいましたね
あのムミライさんを紹介していただいたんですよ
そうですよそこまでは覚えてるんですけど
ムミライさんを紹介してもらってそっからは僕分かんないですね
分かんないですね科学と感覚の差と東洋の差とか
で仏教の話とかになったんだそこら辺から広がっていったわけですね
そうだ仏教の話になって自分たちは何も知らんけどみたいな
っていう器用の話を聞いて何も知らんくても話せるとかいいよねみたいな
感覚だけで話していい今の現状がいいよねみたいな
だからポッドキャストが今いいんだな
で何でインスタとかSNSって昔ほど自分が魅力を感じられなくなったんだろうみたいな感じの流れだな
良かったスッキリした
はい
ありがとうございました
ありがとうございます読んでみます
はいでは次の議題に
まあちょっとこれが一番大きい問題ですね
マカナエラジオがすでにあったと
はいそれはまずマカナエラジオを先に名前で活動してた方にはちょっと申し訳ありませんでした
申し訳ありません
こちらも調べ不足でした
調べ不足でそのままスタートしちゃって
名前が被っているとあんまり良くないこともあるかなということで
我々のラジオのポッドキャストの名前を変更しましょうという回ですかね
はいそうですね
なのでちょっとなる早でやらないといけないなっていうところでですね
一応どういう名前に変えようかみたいな話はさらっとはしていて
食べごろラジオがいいんじゃないかみたいな話はやっております
意味合いとしては食べごろって今の旬みたいな感じの話で
今基本的に二人の今の旬の話をしてる
その料理だけじゃないけどっていうのがあるから
そこが今日の食べごろはみたいな食べごろの話はみたいな感じで始めれるし
なんかいいのかなみたいな感じで話してます
ここはけどなんか良さそうよね食べごろ
いいワードだなって思っていて
食にまつわる話が多いので食べごろっていうワードも分かりやすいですし
その旬っていう意味では食に直接的に関係なくても
自分たちの今の旬なエピソードとか今週の一番食べごろに熟したエピソードっていうのを
毎週話していけるよねみたいな意味ではすごいいいワード
分かりやすいワードだなっていうのを話してましたね
食べごろその食べごろなんちゃらのなんちゃらの部分をどうしようかみたいな話をね
一回なんか談義って
談義っぽいことずっとしてるよねっていうのが
談義っぽいことしてるから談義のほうがラジオより談義っぽいよねみたいな
談義とかあと談話室とかも出ましたね
談話室とかも出て
談話室のイメージがもうちょっと本話化した感じなので
僕らがいつも喋ってることどっちかというと
ポタツでみんなでみかんとか食べながら仲良く話してるっていうよりは
談義してるみたいなほうが合ってるからっていう意味で
食べごろ談義みたいなちょっと一瞬成りかけた
成りかけた中でやっぱラジオっていうワードのちょっとね
大事さというかねみたいな話に最終的になったんですよね
そうですねなんかやっぱまだポッドキャストという存在自体が認知されてないこともよくあって
だからポッドキャストやってるんですって言ったら
ポッドキャストって何ですかみたいな感じの反応を
されることも多いっていう感じで
そうするとなんかラジオみたいなもんですみたいな話をして
それがなんか食べごろラジオっていうポッドキャストやってるんですだったら
ラジオみたいな感じなのかっていう説明が不要になるという
良さってあるのかなって
これがなんかポッドキャストが当たり前だよねみたいな感じで
ポッドキャストやってるんですで僕たちもね何も言われないというか
ポッドキャストやってるんですねみたいな感じなんだったら
そもそもラジオっていう言葉はなんかもったいない
もったいないよねっていう感覚があったんですけど
みんなが分かってる中でわざわざつける必要ないですよね
だったらもっとテーマとかに沿った意味のある言葉の方が
言葉に無駄がないというか
タイトルに無駄がないようにした方がいいよねっていう感じで
談義の方がより中身が分かるものを想像しやすいものっていうのだったんだけど
そもそもその談義が何を通して談義されてるのかが分からないみたいな
今の現状をポッドキャストイコールラジオっていうことが
そんなに認知されていない中でラジオっていうワードは
必要な言葉として残した方がいいっていう話ですね
今聞いてる人たちからするといやいやっていう感じかもしれないけど
ポッドキャスト好きで聞いてる人たちからしたら
別にタベコロ談義の方がゴロいいし
可愛らしい感じはするとは思うんですけど
外でこれやってますって一言言う時に
タベコロ談義っていうラジオっていう
プラス一言が必要になるんですけど
タベコロラジオやってますだったら
もうラジオをしてるんだって一発で分かるっていう
そういうような話なのかな
そうですねあとパッと見た時にも
ロゴとかバンってどっかに載ったとして
パッと見た時にラジオなんだなって分かる
っていうのが少なくても僕たちの周りでは
まだそんなに浸透してない感覚がある
そうですね今現段階だとそれが分かりやすいかな
ラジオっていうのを先につけるっていう案も
一回出たけど
例えばラジオタベコロ談義とかも出たけど
説明のしやすさみたいな意味で言うと
まかないラジオもすごいやっぱり
言いやすかったですもんね
まかないラジオは言いやすかった本当に
そういう意味でも一番シンプルで
分かりやすいのかなって気がしますね
ちょっといろんなイベントとか
その辺の兼ね合いもあり
できるだけ急いで変えないといけない一方で
タイミングとかは見ながらってなるんですけれども
本当にまかないラジオの方
すでにあるまかないラジオの方
もしこれで迷惑かけてたら申し訳ないなって
申し訳ありませんでした
できるだけ早く修正できれば
と思います
あとあれですね
これを気づいたきっかけっていうのが
お便りですでにある
まかないラジオさん向けに
間違えてお便りをくださったんですよね
間違えてましたみたいな
他にもこういうところがまかないラジオってやってて
気にしないでくださいみたいな
文章を添えてくれたんですけど
混乱をさせてしまって申し訳ございませんでした
というところですね
じゃあできるだけ早く変えていきましょう
今日はこんな感じですかね
どうですかラジオでいいかな
ラジオでいいよね
食べ頃ラジオがいい
いいと思います結構いろいろ話して
いろんな案出ましたし
キャッチーで可愛らしい案はいっぱい出たけど
やっぱラジオっていうワードついてるのは
本当に説明もしやすいし
わかりやすいんで
現段階ではいいのかなっていう感じがします
そうよね
実際変えるってなったときに
またあるかもしんないけど
とりあえずこの案でいきましょうと
そんな感じですかね
はいじゃあありがとうございました
はいありがとうございました
本日もまかないラジオをお聞きいただきありがとうございました
いかがでしたでしょうか
今回はお便りであったりコメントへの返しということで
途中かなり話題が逸れてしまったんですけれども
いかがでしたでしょうか
どのタイミングで変えれるかっていうのは
タイミング調整中っていうところはあるんですけれども
今後今のところは
食べごろラジオっていう名前に改名する予定なので
名前が変わっても引き続き聞いてくれる方
どうぞよろしくお願いいたします
このポッドキャスト気に入ってくれた方は
いいねやフォロー高評価ぜひお願いいたします
それではまた次回もお楽しみください
バイバイ
56:32

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