マインドセットの重要性
こんにちは、まかないラジオへようこそ。
このポッドキャストは、東京押上げにあるレストラン呼吸のオーナー、シェフ清藤と、
オンライン料理教室シェフレピを運営する伊風株式会社の山本が、
料理の世界で日々感じた気づきや発見を、まかないを囲むようにゆるーく語り合う番組です。
はい、ではですね、今回はマインドセットの話ということで、
前回の一番最後に、僕が今の時代に生きていることがめちゃくちゃ嬉しいみたいな話をして、
これはその話したいみたいなことになったんで、今回この話題でっていうところで考えてますと。
多分2パターン、今僕が生きていること自体に感謝しているっていう言葉の中には含まれていて、
含まれているというか、どちらかというと2つの意思を持ってというか、
2つの意味を持ってそういう風な発言をしたんですけれども、
その1つの話がキヨのところには結構あったのかなと思っていて、
1つ目がどちらかというと僕、だいたいどんな状況でも結構楽しくできる方っていう、
そういう考え方って結構必要だよねっていうのは多分キヨ自身も日頃から考えていることだからこそ、
ちょっとこの話したいですねみたいな感じになったのかなっていうふうに思ってます。
もう1つは単純に今この時代がすごく僕自身事実として恵まれている状況だなって思っているっていう、
本当に実際にそう感じているみたいな。
なるほど、マインドでそっちに持っていっているっていう話ではなく、
シンプルにこの時代が好きであるという話と、2つのパターンがある。
別にそれが悲観すべき時代であったとしても、僕は結構楽しんでいるというか、
その中で楽しみを見出しているとは思うんですけれども、
そうじゃなくて事実としてこういう時代だからめっちゃワクワクするよねみたいなところもあるという感じがあるんで、
今日話をするんだったら、まずは後者の方、なんでこの時代がすごいいいかなって思っているかみたいな話をして、
そこからマインドセット的な話ができると面白いかなって思ってます。
そんな流れでいいですかね。
どうぞお願いします。めっちゃ聞きたいです。
ちょっとね、きよも多分思うところがあると思うんで、いろいろ問答しながらやれたらと思っているんですけれども。
そうですね。よろしくお願いします。
多分これもしかしたら山本さんのマインドと僕のマインドが全然違ったらより面白かったなっていう気持ちも若干ありつつ、
AIと社会の変化
たぶんリスナーの方が聞いていてずっと思うと思うんですけど、
僕も山本さんは多分すげーポジティブなんで、ただポジティブな人たちのポジティブな話になる気もするので、
そこをポジティブな人のポジティブな話だけで終わらせても面白いですけど、
なんで僕がこう今思ってるんだろうみたいなところと、
あとそれが社会的にちゃんと定義されているのかどうかみたいなところはちょっと調べてきたんで、
その辺の、僕この辺影響を受けたなみたいなところとかも実体験としてあったんで、
その話も交えて話せたら。
ただポジティブな野郎たちの話になると、
ネガティブな人は聞いててしんどくなるんでね、そこをちょっとうまく寄り添いながらというかね、
客観的な視点も持ちながら話していけたらいいかなと思います。
そうですねそうですね。
まずじゃあちょっとなんて僕が今この時代に生きれて嬉しいというか、
本当に幸せだなって思ってるかみたいな話で言うと、
本当にここ1年とかそういうぐらいのレベルで、
何回かAI会もやってるんですけれども、
やっぱりねこの生成AIの登場っていうのが僕の中で日々ワクワクしてると、
みたいなのがあって、
これたぶん例えばチャットGPTでちょっと聞いてるとかぐらいだと、
そこまでイメージが湧きづらいかなっていう気はしてるんですけれども、
本当になんて言うんですかね、
もう完全に僕の認識ではスマホが登場したみたいな、
電話が登場したとか、スマホが登場したとか、
インターネットが登場したとか、
そういうレベルの社会的インパクトが起こってるなというか、
みたいなのをすごい日々感じてると。
そういったどんどんパラダイムが変わっていく中に入れるっていうことが、
すごく僕は日々楽しいっていう状況です。
具体的にどういうところにみたいなので言うと、
まずはそうですね、スピード感ですかね。
具体でどういうことできるようになってるかみたいな話は後でできればいいんですけれども、
今の時代って特に日本で言うと人口減少していってみたいなところで、
だから下がっていくものをどうちょっとでも右肩上がりにしていくかみたいな考え方が、
皆さんというか僕自身もですけれども、根底の中には真相真理としてあるっていう中で、
おそらくね、その中でも僕とかも足掻いて、
すごい食の業界を前進させたいって思ってやってはいるんですけれども、
前提としてそういう社会的なとかっていうのがついてくる。
どんだけ例えば飲食業に対してインパクトを与える事業をやったとしても、
例えば人口減少があるし、飲食店は常に少なくなっていく。
多分世の中だと思うので、そういう中でどんどん言うたらパイがなくなっていくんですよね。
これがパイが増えていくっていう状況だったら、そこをしっかりとやったらみたいなところがあると思うんですけれども、
そうは言えね、飲食業界っていうのはすごいパイというか規模が大きいので、
そこに対して大きいインパクトを与えたら、スタートアップとしてはしっかりと意義のあるものになるだろうって思って取り組んではいるんですけれども、
その成長率とか成長性みたいなところで言うと、やっぱりやや難しい部分があるみたいな。
市場全体のみたいな。正直僕とかにはまだこの小さい規模でやってる部分には影響がない話なんですけれども、
成長しきったとか成功したみたいな後のことを考えると、そういうのがやっぱり感じますと。
例えばそれでいて、CMGRとかって言うんですけれども、市場の成長率みたいなのを出してて、
それで結構成長してるよねみたいなところも、例えば年間30%とかそういうのがせいぜいで、
何だったら5%とか10%でも上がってたらやっぱ成長してるよねみたいな感じなんですよね。
そこでですよ、AIの成長率ってもう今半端なくて。成長率もそうだし、
例えば聞いてる方全員に印象というか多分自分ごととして捉えられるなっていう話で言うと、
今のご時世、物価高騰してないものを探す方が難しくないですか。
そうですね。
物価が安くなっているものを探すって結構難しいと思っていて、
そんな中で生成AIの分野だけは、APIって言ってシステム連携してAIを読み出すみたいな仕組みがあるんですけども、
そういうAPIって重量課金なんですよね、基本的に。
一予備だし何本みたいな。簡単に言うと、厳密に言うとコンテキスト量みたいなメッセージ量みたいなのも加味されるんですけれども、
それが急に10分の1とかなるんですよ。だから90%オフみたいになる。セールじゃなくて。
なんか言ってますよね、最近。会うたびにまたこの数週間でこうなったみたいな話をよくしてますもんね。
そう。だから変化率とスピードが半端ないんですよね。
例えば文字を入力して伝えれる量の限界っていうのが、今で言うと、ちょっと前で言うと20万トークンって言われていて、
それが急にもうちょっとトークン量欲しいよなって言ったら、ジェミニっていうモデルとかだと100万トークン入れるようになりましたみたいな。
だから普通に数ヶ月で5倍になるみたいな。こういう急激に変化する状況に立ち会えてるっていうか、そういう状況がまずワクワクしてますっていうところと、
あとは実感値として、システム開発の分野とかだと、本当に仕事のあり方が変わるような変化が起きてる。
例えばもうエンジニアがコーディングすることほとんどなくなってきてるよねみたいな。
デザインも勝手に作ってくれるよねみたいなとか。それは悲観的に考えると仕事を奪われるっていう話でもあるんですけれども、
一方で僕は仕事がなくなったら、その仕事ができてる前提でもっといいことができるって思うタイプなんで。
それで言うと、今まで全員横並びというか資本があるところが勝つみたいなとか、もちろん資本があるところが強いっていうのは前提なんですけれども、このAIの時代においても。
一旦今まで積み上げてきたものをリビルドしないと最大効率目指せないみたいな世界観に変わってると。
だから一回全部作り直すみたいな気概を持ってやらないと、そのAIの良さっていうのを最大限活かせないみたいな状況になった時に、
前回個人の活躍する時代を加速させるみたいなテーマでやったと思うんですけれども、そういった今まだ力のない僕たちみたいな人たちが今抗えるというか、みたいなタイミングでもあるのかなと。
さらにAIが普及したことによっての新しいインフラみたいなのは絶対必要になるんで、そこに対してまだサービスがない状態なので、そこに対してサービスを作れるっていう余白が一気にできたみたいな感覚があって、
そこに対して自分もフロンティアをどんどん築いていけるみたいなところがすごいワクワクしてるっていうところですね。
飲食業の未来
最近読んでる本で、「暇と退屈の倫理学」みたいなのがあるんですよね。
おー面白そう。
そうですね、「暇と退屈の倫理学」っていう本があって、その中で、これまだ本当に序盤の方なんで、それを覆すみたいな考え方であるんですけれども、ラッセルっていう人が基本的に幸福論みたいなのを出してるのかな。
幸福論っていう書物を出して出版してて、そこで何もないところから、課題だらけのところから自分たちで、例えば革命を起こすとか何かを変えようとするみたいな、そういう課題だらけのところにある環境っていうのが、で、もがいてる状態っていうのが一番幸福であり、
整備しきられた何もない、いわゆる裕福な状況、整った状況っていうのはむしろ不幸であるみたいなのを説いてたりするみたいな。
それに相反する考えも話すみたいな感じなんですけれども、そういう幸福論みたいな考え方もあったりとかするぐらい、けど今それでいうと本当に課題だらけの中で耕せる土地があるみたいな状態に一気になった急になったっていうところにすごいワクワク感を感じてるみたいな。
僕はちょっと時代背景としてあります。それは何か正直飲食業関係ないよねではない気がしていて、飲食業の人たちも多分これからスクラップ&ビルドして自分たちの働き方を抜本的に見直さないといけないみたいな。
そういう中にあるっていう、今まで強者だった人がそのまま強者にならないっていうタイミングでもあるのかなっていうのにすごくワクワクしてるっていうところがちょっと長くなりましたが、背景としてありますっていう感じですね。どうですか清富寺さん的には。
でも僕もね、僕は山本さんから育てられたみたいなもんなので、そこまでねはっきり言語化できてなくてもベースとしての考え方多分すごく似ているので、ワクワクしてますし、まあその飲食業界も一言ではないよねっていう話はまさにそう。
ただこの成長しづらい業態ではあるじゃないですか。
それがやっぱりその多分若い人も年配の方もそのレジェンドみたいな方たちも絶対今の状況はわかってるんですけど、やっぱりその多分これこの後の山本さんのマインドの話とかにも出てくると思うんですけど、すごいこう不安に思う人たちが多いんですよね。
ワクワクとらえられてない人たちからすると、今まで自分たちが培ってきたものがなくなってしまうみたいな方の不安がすごい強い人が多くて。
そういう人たちがまだやっぱりそのメインその一番メインの場所で前線でやってるみたいなところがあるので、なかなかこう壊そうとしても壊せないみたいな状況が多分すごいあるなと思って。
それはなんかもしかしたら成功しておきたいとかそういうのがやっぱあるのかもしれないですね。
なんかそういう、もちろん成功したいと思うことは重要だと思うんですけど、そういうのもあるかもしれないですね。それはなんか後で多分考え方的な話にもなるかもしれないですけど。
僕自身はすごいね、ワクワクしてますよ。
マインドセットの変化
まあけど今どうじゃあそれを生かすかっていうところがやっぱないっていうのね、ありますよねやっぱ。
コメントとかでももらえたらなんかめっちゃ嬉しいって感じなんですけど、やっぱこうこんなにシステム業界、システム開発の分野ではディスラプトが起きてきてるみたいな中で、
なんかもちろん変わってる部分はあると思うんですけれども、なんか変化率で言うとやっぱなんかあんまないなっていう感じがあって、
だからそこはちょっと僕もね、本当になんか自分ごととしてというか、自分の中で何か変化率があって、
まあちょっとそんな感じで、あの今そもそもこの時代ってすごいすごいと思ってるよみたいなところの話から、
まあちょっと何か変化が起きてきてるかもしれないですね。
なんかいろいろ多分あると思っていて、まあそこはなんかもうちょっとこう広く見たときには、たとえばこう、
なんか自分の今までの仕事がゆるぐんじゃないかとかみたいなとか、なんかいろいろ多分あると思っていて、
まあそこは何かもうちょっとこう広く見たときには、たとえば、
なんかそういう話にもなんかあるのかなと思っていて、なんかそもそもなんかメンダルモデル結構大事だよねみたいな話をしたいなって思ってます。
まあけどこれ、一定なんか別に何だろう、人によるかなとは思ってるんですけどね、前提として。
なんか別に人によるかなとは思ってるんですけどね、前提として。
まあなんか結構まあ色々な人と仕事してきて、なんかあるなーって思うのが、
どんだけ仕事を、どんな仕事をやってるかってことは、
まあまあ新しい仕事をやってる人に相応しい仕事をやってる人に、
彼らにとっては不思議な仕事をやってる人に相応しい仕事をやってる人に、
あのこれね、また次第にこれからの
その仕事がどんなものであれ、そこに対して自信を持ってやる人と、どんな仕事であっても、自分は大したことやってないじゃないですけれども、ネガティブになってしまう人っていうのがいるなと思っていて、これ結構もったいないなって思っていて、別にどんな仕事でも、僕は割とポジティブに見てると思うんですけど、
やれるタイプの人間なんですけれども、それは仕事じゃなくてもですね、状況においても、どういう状況であれ、自分のマインドセットというか、ポジティブであるかとか、ネガティブであるかみたいなのとかって、結構大事、簡単に言うと自信持っていいよねみたいな話だけなんですけども、
そうですね、超簡単に言うとそうで、僕もよくそう言うんですけど、やっぱそれだけだとなかなか人に伝わりづらいので、なんで自信持っていいかをしゃべられるといいですね。
そうですね、けど自信があるないみたいな、じゃあ僕がなんでも楽しめるかみたいな話をするとちょっとイメージが湧くのかな、もしかしたら。僕は結構何かやるときに、それは仕事じゃなくてもなんですけど、その先に見えてくる景色みたいなのを見たいと思ってるんですよね、基本的には。
だからひたすら例えばタイピングする作業をする仕事の人だとして、それを極めた先にしか見えない感覚みたいなのをつかみたいと思う欲求が結構強くて、だから例えば料理もそうですよね。料理例えば10年ぐらいしました。
10年ぐらいした人を毎日味見して毎日考えて、毎日料理について試行錯誤して、その先の20年30年40年やってる人にはもちろん至らないかもしれないけれども、その10年ぐらい、僕は正直物事に対して3年から5年と定義してるんですけど、ある程度のところに行く。
成長極点でいう80%ぐらいまで行く、70%かもしれないけど、みたいなところまで行くのは3年から5年で、一般的な働き方の倍ぐらい働いたら3年から5年でたどり着くなっていう感覚があるんですけれども、それぐらい得たときの景色というか考え方とか見え方みたいなのを、僕は人生の中でできるだけ増やしたい。
っていうのが一応、人生目標的なところではあって。
作業を愛するじゃないですけれども、その作業そのもの、それはすごいカテゴリーされてるやつは3から5年とかかもしれないけど、何かタイピングでも何でもそうですけれども、作業をするっていうことに対して愛着を持ってやり切ることへの成功体験みたいなのを、僕は幸いにも職業に関してはやりたいと思うんですけれども、
初回のキャリアというか、一発目のキャリアで料理人をやって、もちろん他の人と比べたらいたらないところはある一方で、ある程度の自負というかみたいなのが見い出せてるみたいな状況になっているんですよね。
だからそこが多分根本的なところとしてあるのかなと思っていて、別にその作業自体はもちろん趣味思考があるんで、何でもいいとは言わないですけれども、究極論何でもいいみたいな。
で、何だったら僕は結構尊敬してるというか、結構尊敬してる人のタイプで言うと、それこそ稲田俊介さんとかも結構ありふれた何でもないものに対して価値を見出して、それをすごく面白く話す。
稲田シェイフは多分言語学力がすごく長けてる方なんで、すごく面白くというか興味深い話に転換するというか発見して話して、そこに対して他の人も、うわ、面白いじゃんって思って、それで多分ファンがすごい付いてる、僕もファンの一人ではあるんですけれども、みたいな、そういう人たちも実際見てきてっていうところで。
作業の楽しさ
なんかそういうことができる人になりたいなっていう思いも結構強い。
うんうんうん。
稲田さんはすごいですよね。
いやすごい、ほんとに。
稲田さんが光を当てなかったら、ずっと世間からは見向きもされなかったようなものって多分めちゃくちゃたくさんある。
うん、職の分野においてね、本当にすごいあると思っていて。
だからそういう人になりたいっていうのが根底にはあるんですけど。
なるほど。
うんうんうん。
そう、そういうところから、結構僕は何やってても別にいいというか、なんでも別に。だから仕事として捉えてないみたいなところはあるかもしれないですかね、ある意味。
うんうんうんうん。
うん、そう。
なるほど。
愛すべき作業として考えるというか、なんだったら僕はそこを効率化することに喜びを感じるタイプだというか。
うんうんうん。
そう、そういうのがあって、だからその作業そのものに楽しさを生み出すみたいなとか、そういうのは結構大事なのかなっていうふうに思ってます。
なるほど。
なんか結構そういうのを調べたこともあって、結構ありそうだなって思ってるのが、関連してそうだなって思ってるのが、一応心理学的に固定的マインドセットっていうのと成長的マインドセットっていう概念があるらしくて。
固定的マインドセットって何かというと、自分が持ってる能力とかっていうのは生まれつき固定化されており、変えることができないものだと信じてるっていうマインドセット。
成長的マインドセットっていうのは自分の基本的な資質とか能力とかっていうのは努力次第で変えられるっていうマインドセット。
なんかここも結構違うのかなっていうふうに思っていて、僕は結構その特性が強いが故に周りの人に対しても、別に人間みんな一生っていう体で接しちゃうっていう問題はあるんですけども。
いやーわかるなー。
そう、みんな人間の能力って大して変わんないというか、別に脳みその大きさもほぼ同じでしょうし、っていう中でそんなにシワが多いとみたいな、シワの数だけぐらい変なところがあったみたいな。
ちょっとすみません、浅はかな考えで申し訳ないんですけれども、その程度しかないのであれば、別にみんなそんな変わらんでしょみたいな感じが、感覚があって。
わかるなー。
結構ここがあるのかなっていうのは思ってますって感じです。
そうですね。
どうぞどうぞ。
なんかこう、何かを成している人は本当に特別な自分とは全く違う人間なんだって思ってしまう人は結構多い。僕の周りにもやっぱ多いので。
それこそ学生時代とかもずっと僕はなんか、今とはちょっと思想も変わってるんであれですけど、当時は無邪気な学生だったんでね、絶対僕は一番最初に同期の中でミッションを取り回すみたいなことを言ってたんですけど。
はいはいはいはい。
でもやっぱ当時からずっと、最初に働いていたホテルの大人たちとか、学校の先生でそんな学生に水さすようなこと言う人はいないですけども、基本的にはそんなのは本当に一握りの人間だよみたいなことを言ってくる人が多いわけですけども、
僕は当時から人間がやってることは全部できるって思ってるんで。
はいはいはいはい。それはあるよね。
だってできてる人いるじゃんみたいな。
自分にできないわけない。てか同じ人間だしみたいな感じを持っていたし、
当時の感覚からすると、そんなの一握りだよ、できないよって言ってる人たちが言ってる側から脱落していって、
その競争に参加してこないが故に勝手に一握りになってしまうみたいなメンタルを持ってずっとやってたんですけど。
うんうんうんうん。
やっぱ多いですよね。特別な人は特別なんだって。自分はこういうことしかできないって。
まあ、鼻から思っちゃうタイプは結構周りにもすごい多いなって思います。
うんうんうんうん。
なんか僕、面白い現象があったんですよ。コンビニで働いてた時に。
シェフができてることは、なんかそんなにできる気がしなかったんですけど、
先輩がいたんですけど、先輩がやってる姿を見た瞬間、できるようになるっていう現象がめっちゃあって。
しかも実際にできるようになる。できる気になってできるようになるっていう現象があって。
その現象に出会った時に、俺これ多分シェフに対してもこの感覚だったら多分全部できるなって思って。
分かるかも。
一気に考え方を変えた時があって。
そこから、キヨと同じかもしれないけど、人ができてるものはできるっていう。
けどそのできるって思ってること自体が、できさせてくれるっていう価値観みたいなのが。
そういうの結構大事だったりするよね。
大事で、しかもそれで一旦できるようになったのって、もっと先にいる人たちからすると一旦のできるとか、
仮初めのできるではあって、それがまた何かのタイミングで覆されてって。
メンタルモデルの重要性
前もね、クルー学校が話をした時に、大体3年、自分の認知範囲のものができるようになって、
それを覆すような人と出会って、また自分は何もできない、頑張ろうみたいな上下が人生に置いてあるみたいな話をしましたけど。
一回全部できるようになる、万能化を得るみたいなところに行くには、そういうマインドというか。
この人がやってるなら自分もできるでしょみたいな。
それをできるだけ自分よりもできてるとか、距離がある人に対して思えるかどうかみたいなのが結構ありそうだなって。
ありますね。確かに確かに。身近な人だったら考えやすいから、確かにあなたがその先輩に対してって思ってたのはよくわかりますし。
でも一緒ですからね。誰に対してそれを思おうと。
っていうのが結構実体験としてはありましたっていう感じ。
なるほどなるほど。
そんな感じで結構メンタルモデル大事かなって。物事できるようになるみたいな話もそうだし、ポジティブに言い続けるみたいな意味でも結構大事かなっていう。
実際にネガティブ思考に陥ったりとか、それは僕が例えば上司として振る舞うときもネガティブ思考に陥らせたときにすごい僕自身は反省はしてるんですよ結構。
みたいなのが結構あって、それはなんかこの人が、僕はそういう考えなんで、基本的にできると思ったらできると思ってるタイプだから、できないと思わせちゃったなみたいな。
そこが結構難しいところかな。
難しいし、そうなったときのことをすごい考えて、自分なりに言語化してちゃんと伝えようとしても、やっぱりそういうことじゃないんですみたいな感じになるじゃないですか、相手はなんていうか。
だからやっぱりその辺が結構難しいところだなっていうのは思いますよね。今まで生きてきてというか、いろんな人が部下についてきてみたいなところの意味で言うと。
その中で結構、僕なんか影響を受けたなみたいなのがあって、このマインドセットの話になって、なんか影響を受けたことってあんのかなって。
ニーチェとストア派の影響
考えてというか思い起こしてみたいなところで、その中にこれかなみたいなのがあって、ニンチェを結構読むことがあって、ニンチェの運命愛っていう考え方が根底にあるんですけれども、
どんなに嫌な運命でもいい運命であっても、全ての運命を愛するというか、いわゆる心からちゃんと肯定するみたいな、それ以外にも英語回帰みたいな考えとか、何回人生をやり直しても自分のもう一回この人生をやりたいと思えるような人生を生きるみたいな。
みたいな考え方とかいろいろあるんですけれども、結構この考え方には影響を受けてるのかなっていう。
ストア派っていう哲学なのかな、よくわかんないけど、あるみたいで、そこに結構、一応その派生がニンチェの考え方らしいんだけど、自分でコントロールできるものは自分の意思とか判断とかだけであって、外部の出来事はそもそもコントロール外なんだから、
それに心を乱されたりとか、それによって何か自分の行動が変わるみたいなことは起こしてはならないみたいな考え方。起こしてはならないまで強いのかどうかわかんないけど、みたいな考え方があって、そこは結構プロジェクト進めるのとかもかなり強く常にあるなって思って。
自分がコントロールできてるっていうか、できることだったのか、できなかったことなのかっていう切り分けをまず行って、できることだったら反省するし、できなかったことだったら、できなかったことでもできるようにできたことだったら反省はするんですけれども、一切できなかったみたいなこともあるわけじゃないですか。
だから常に全力を尽くせてるかどうかだけの話な気がしてて、そういう考えというか思想にかなり俺影響を受けてるのかな、ちょっと調べてみて。
それは根源的に俺結構小さい頃から家族の問題とか色々あったけど、俺結構自分で自信がある部分があって、俺絶対にこんな人生歩んでたら不良になってただろうみたいな人生を歩んでるんですけど、不良にもならずに結構前向きに生きてるみたいなところが結構唯一と言っていいほど自分の自信がある部分なんですけれども。
ヤモトさんの過去の話を聞いてたらここで言えないような出来事が山ほどやっぱりあるじゃないですか、話を聞いてたら。
でもそんな中でちゃんと自分でもう幼い頃からそういうマインドを持って。
その時はニーチェとか別に知らんかったけどね。
でも多分前提としてあるんですよヤモトさんに、だって多分それがない人がニーチェの言葉とかを例えば見た時に全然違う捉え方をして、諦めに行く人もいるような気がする。
これはもう超現実的だみたいなとかってことかな。
なんか似たような言葉って言うかなんて言うかで、似てるかわかんないですけど置かれた場所で咲きなさいみたいな言葉あるじゃないですか。
そもそもどういう意味かとかちょっとあんまりちゃんと知らないんで適当なこと言えないなと思うんですけど、もともと結構嫌いだったんですよねその言葉が。
めちゃめちゃ諦めの言葉だと思ってて。
なるほどね。
置かれた場所で咲きなさい、そこで頑張る方法を見つけて他にはいっちゃダメみたいなじゃないですけど、結構ある種諦めの言葉だと思ってたんですけど、
最近は割とマインドが変わってきたのか、置かれた場所で咲ける環境がないならそれをどうやったらここで咲けるかを模索して。
咲ける環境作りをしましょうみたいな考え方に変わってきたっていうかなんていうか捉え方が若干変わってきたのかな。
そもそもの言葉の意味はあんまり知らないっていうか、言葉だけ聞いてなんかネガティブな言葉だなとかちょっと思ってた時期があった。
なるほどね、確かにネガティブとも捉えられるね。
でもそれで言うと俺も中学の時とかは結構それと逆のことをしてたというか、もがいたなって思ったわ今。
なんか例えば小学生中学生か中学生の時に俺なんか不動産屋さんってさ、なんかこの年でも賃貸ってできるんですかみたいな。バイトしてみたいな。
その置かれた環境からこうやっぱり逃げたいというか多分離れたいというかみたいなのが結構あって。
だから中学の時にそんなことでなんかそぼに頼んでバイトができないかみたいなとか。
バイトはダマクラカシャできそうみたいな感じだったけど、なんかみたいな感じで。
じゃあ金銭はいけると。じゃああとは住む場所かみたいな感じでなんか行ったりとか。
あと高2の時にニュージーランド行ったのも結構その自分の環境から逃げたい意思というか、新しい環境に身を置きたい意思みたいなのが結構強くて。
だからすごい海外志向強かった。だから一定足掻いたかもしれない。
たぶん僕もそういう捉え方をずっとしてて、なんか置かれた場所に避けなさいって言われて置かれた場所が砂漠だったら避けねえじゃんみたいな。
だから置かれた場所を自分でコントロールしようと頑張ってたなそういえば。
なるほど。
そうやね。それはなんかこの置かれた場所を避けなさいって考えとは逆やもんね。
なんか避ける場所を探そうみたいな。
まあそういうことやね。けど広義で言うとある意味自分がそこに行けるのであればそれは置かれた場所なのかもしれないけどね。
まあまあそうですね。確かにまあ置かれたっていう言葉の感じから多分なんか本当に自分が痛くなくてもなんかいるその環境とかに
なんか割とネガティブな意味で適応しなさいっていう風に捉えてたんですよね昔は。
ああそういうことね。だから置かれた環境っていうのが自分ができる範囲って捉えると移動できるんだったら移動してもいいよね場所っていう概念ではなくて。
なるほどなるほど。
なんかけど確かに逃げようとしてたな。逃げようとしてたね。
はい。
うん。足掻いてたね。
うんうんうん。
なるほどなるほど。
まあちょっとなんかそういうミーチェとかストア派とかそういうのに結構後付けかもしれないけれども結構影響を受けたのかなみたいな。
まああの実際哲学を真剣にやってる人からするといやそんな考え方間違ってるっていうかそのミーチェの捉え方が間違ってるとか言われても正直僕はあのすいません知りませんっていう。
何だろう。
置かれた場所で咲く
そうですよね。
正しさの話をしてるわけじゃないんで。
いやこれは今感性の話だからこの情報が間違ってるが。
そうそうそう捉えて結果的にこうそういうポジティブなっていうかマインドを手に入れて今こうやってプラスに仕事に活かせてるっていう時点でまあ読み取りとしては多分間違ってないんですよ。
そうそうそういうものやね多分その人生哲学的なのっていう。
そう思います。
それで言うとね僕はねこの座右のニーチェっていう本があるんですよ。
これは非常に読みやすい本なんですけど。
あのすごいあの分かりやすくあのもちろん表面的かもしれないけれどもまあなんかそのニーチェの考え方みたいなのを要約してくれてるというかみたいな本があってこれね結構お勧めなんでなんかぜひ読んでみてもらいたいなと思います。
あと情報量がね多くて全然進まないんやけど暇と退屈の倫理学も面白い。
なるほど最近本読んでないんですよね。
マジで全然進まんくてさなんか1ページごとになんかすごい情報量の情報圧縮された言葉がさ連ねられてるからさ1ページ読んだら俺本置いちゃうんよね。
こんな本初めてだなと思って。
でもそれでも読み続けてるのすごいですね。
まあけどあの一個一個だから咀嚼するのに時間かかるなみたいな感じかもしれない。
1回読んで自分の中で落とし込む。
まあ僕2回以上読みたくないからさ。
ですよねヤノさん2回読まない人僕多分1回流して2回目読みます多分そういうの。
まあみたいな結構この2つはおすすめなんで読んでほしいなと。
ニーチェの方はいいにもあるんじゃないかな多分。
この座右の兄ちゃん本当に面白いっていうか読みやすい。
ありがとうございます。
てな感じですね。
であとなんか調べてたら結構面白いのがあって。
なんかついでにこれもなんか正しいかどうかは知らないですよ。
知らないですけどまあ確かにそんな話聞いたことあるなって思ったんですけど。
学習性楽観主義というのと学習性無力観みたいなの。
なんか実験があるらしくて。
でこれが犬を部屋に入れて電気ショックを与える。
たぶん聞いたことある人多いんじゃないかな。
で片方の犬には電気ショックを止めるための装置があって。
そのボタンを押すと止まると。
で片方の部屋にはボタンを押しても止まらない。
電気ショックを止める装置を止められない装置を置いてるみたいな。
この2つの犬を比較対象としてる。
研究対象としてるみたいな感じじゃないけど。
一方の犬は電気ショックを受けたら、もちろんボタンを押したら電気ショック止められるから積極的に押すようになったと。
でもう一方の犬はボタンを押しても止まらないから止める術がないから何も行動を起こさなくなったと。
で次に別の部屋に移して実験したらしいよね。
でそれは実際は両方ボタンを押したら止まるっていう仕組みなんだけど。
でその止められなかった方の犬は無力感というか一切何もしようとしなかった。
苦痛を受けててもみたいなのがあって。
こういうことを学習性無力感っていうらしいけど。
でそれの派生で学習性楽観主義みたいなのがあるらしいんだけど。
それは人にどういうふうな検証というか比較対象があるのかみたいなのを実験してるみたいな感じらしいんだけど。
こういうのって結構あるなって思ってて。
一回でも失敗体験があったりすると。
例えば自分が成長実感が得られなかったっていう体験がもしあったとしたら何やってもダメだなみたいな。
自分が努力する意味がないみたいな。
なんかそういう風にもうなりやすいかなっていう風に思っていて。
ここでちょっと俺が気になってたのは清野の野球ずっと下手だったエピソード。
それってこれまさに学習性無力感の極致なんじゃないかなって僕は思ったわけですよ。
なぜかというと何年も野球やってもずっとベンチやったっけ。
ベンチで出てた時もあったけどやっぱり見合ってなかった。努力に対してね。
それをずっとしかも長年やってさ。
言ったら自分の努力が実らないっていうことを痛感している状況で。
その後に結果的に料理をやってメキメキ食べたりは多分あると思うんだけど。
言ったんけどとはいえ清野の話を聞くと努力志向は維持してたのかなって思ってて。
死ぬほど努力してましたねずっと。
それは料理に対してもね。
それって何だったのかなってすごい思った。
それを見た時に。
僕はアホなんですよね。
普通の人だったら僕の感じだったら小学生で辞めると思うんですよ。
中学生にもなって同じようなことを繰り返していよいよ辞めて高校で遊び出すかと思ったら高校でもやるわけなんですね。
特にね中学から高校ってバイトとかもいろんな選択肢増えるしね。
高校生ってもっといろんなことあるのによりにもあんな野球なんて最も過酷とされる部活に入って
青春時代のほとんどをそこで過ごしてみたいなことを実らなかったんです結局。
実らないことに対して最後の最後まで。
しかも本当になんかこれは今となったら笑えるんですけど
多分本当に努力はしててその努力は見てくれてたんですよね先生が。
あまりにも努力をしているので高校最後の大会でレギュラーの番号をもらったんですよ。
で当日すごいよしやるぞって思って行ったらベンチなんですよ。
でも黙ってた。だったら番号いらないよみたいな。
結局勝ちに行くにはこっちの人だなって思われたんでしょうね他の人にも。
なるほどね。まあまあまあシビアにね。
その思い出なんか頑張ってたから思い出のために番号くれたんだみたいな。
なんか本当にそれあんの環境で小中高ずっと続けてたのはおかしいとしか思えないんですけど
学習性無力感の実録
唯一なんでかって言われると途中で辞めるのがすごい嫌いだったというだけですかね。
それ以外あまりないというか。中途半端。何をもってして中途半端というのかもよくわかんないんですけど。
はいはいはいはい。
まあけどやっぱあれなのかな。それで言うとさっき言ってた固定的マインドセットじゃなくて成長的マインドセットかっていう性質が強かったのかな。
なんかその成長的マインドセット持ってる人はすごいどんだけ失敗しても続け続けるっていう。
それはめちゃくちゃあったかもしれないですね。
変えれるっていう自負があったんやろうね。
あったかもしれないです。
やり続けた結果。
僕ずっと苦痛の中でボタンを押し続けてましたもん多分。
そういうことやで多分。変えれるっていう全然数年じゃ学習しなかったんやろうね。
ですです。数年どころじゃないですよマジでもう。
10年間ぐらいずっとそれを苦痛の中で続けていて。
でもそれをするマインドというか性質はその時にあって。
それがたまたま多分野球と比べたら向いてた料理に対して。
見る見る上手くなった。
やったらやっただけ上手になるし苦痛の中でもボタンを押し続けるっていうことはもうできるので。
なるほどね。
俺もそれで言うとあれかもしれない。
部活バスケ部やってんけど同じかもしれない。
十何人ぐらい始めたんやけど最終的に二人になった。
二人って何するんすか?
後輩とかがいたからさ。
全然強くない学校でやったんやけど。
昔は強かったみたいな。
カラスのみたいなアニメにならないバージョンみたいな学校ですね。
そのまま弱いままみたいな感じの。
そんなに俺は上手くないというか。
背もちっちゃいしね。
やってたら勝手にみんな辞めていくから勝手にレギュラーになるみたいな。
その時感じたね。
不登校のメンバーがいて。
不登校のメンバーが2番目に上手くて。
厳密には3人やったよ。
厳密には3人で一人不登校だからほぼいないみたいな感じだった。
その3人目の人が俺より上手いみたいな。
ありますよね。
そういうのあるよね。
そういう経験が逆にいいアレになってんのかもね。
そうですね。
良かったのかどうか。
でも結果は良かったんですよ。
再現性があるのか分かんないけどね。
再現性ないな。
学生の頃にそういう経験があるっていうのが大事なのかももしかしたら。
社会人になったら失敗を嫌う人一気に増えへん?
増えますね。
学生時代の経験
大人になると。
学生のうちに社会的評価とか関係ないところでやれるっていうのが結構でかいのかもね。
確かに確かに。
だってこれね、社会人になって同じようにはできないと思うよね。
今後の人生とかいろいろ考え。
人生のことが頭に寄ってしまいますもんね。
保護者がいて、親の環境、学校の先生がいてとか。
ある程度何かに守られてる状態で。
そんなリスクもなく打ち込めるっていう環境があったから。
ああいうよくわからない続け方をできていたわけで。
学生になってくるとそれが実際自分の給料とか人生とかに反映されてくるんでね。
なかなかもっとシビアに考えちゃうというか。
確かに。
そう考えたらクラブとかの仕組みはいいんでしょうね。
部活動の仕組みっていうのは。
そうですね。
部活動ですごい昭和平成っぽい話になっちゃうなっていう気もしながら。
やっぱりそういうマインドが身についたりとか。
一定層の社会性というかね。
よく言われることですけど上下関係とかも。
あの時に本当にただ理不尽な上下関係でこんなのを上下関係と呼んではいけないって思いつつも。
ある程度のその理不尽に晒されるっていうのを早い段階でやっておけたのは良かったかな。
俺今の教育のほとんどが嫌いやけどそこだけは肯定できるかもしれないな。
ほとんどが嫌い。
難しいですね。
僕も部活動なんか。
正直あんまり良い思い出とかそういう下手だったとかしんどかったとか。
あんまり肯定的な思い出がない分。
今の考えも別に生存者バイアスというか。
そうなんですよ。
それで本当にダメになっちゃう人って絶対にいるんでいっぱい。
一概には肯定できないなっていう。
だから僕らが働いてた環境だってそうじゃないですか。
僕らにとっては僕らのこの鋼のメンタルがあったから今それを全部プラスに変えてやっていけてて。
だから肯定することはできないんですよね。
難しいところですねこの辺は。
狭間で今悩んでますよずっと。
難しいところですね。
ちょっとかなり難しい話になっちゃったんですけれども。
ポジティブなマインドの育成
結構話しましたね。
なんか起用的に話したいことは話せましたか?
どうなんだろう。
とりあえず俺の中での整理を。
でもヤモスさんが本当に最初に冒頭にも言った通りヤモスさんのメンタルをそのままモデルにさせてもらったみたいなところがあるんで。
いつもそう思ってますよ。
ヤモスさんが今日言ってたことをいつも思ってやってるし。
より精度の高い言葉で今日喋ってくれてたっていうふうに思うんでね。
逆に聞いてしんどくなっちゃう人もいるかもしれないなと思うんです。
こういう考え方もあるんですよという。
けど基本的には成功とかを考えると。
成功?失敗しない?成功じゃないな失敗しないか。
失敗しないことを考えてるとやっぱこうどん詰まるんで。
失敗も楽しめるというか。
そうですね。それ大事ですね。失敗をラッキーと捉えるというか。
検証材料が一個増えたと捉えるというか。
そうですね。
蓄積していってるっていうのが結構。
けどそれで言うと全てのものは結構地続きであると基本的には。
例えば何かを指摘されたりしたときにそれ以降のものが全てを否定されたと思われる。
それ以前のものも含めてみたいな人ってたまにいると思うんですよね。
そういう人は結構もったいないなって思ってて。
基本的には全てのものは地続きであるので。
例えば叱られたとか否定されたみたいなことがあったら別にそれは改善したら否定されてない自分になるんで。
否定された点においてあんまりネガティブになりすぎないというか。
別に何か否定されなくなったらいいだけの話ですよね。その点が過ぎ去っていくから。
本当そうすぎて僕もよくそういうことを人に言うんですけどね。
シュンとされちゃうから。
けどこれをたぶん怒られたときとかに言うと入ってこないんですよね。
ちょっとメンタルがポジティブに偏ったりとかしてるときにこの認知をフラットに持ってるかどうかみたいなのは。
多分キヨの場合だと怒った相手に言っちゃうとかかな。
受け入れがたいと思うよね。
相談された相手にですかね。怒ったときにもかまいわないんですけど。
こういうことがあってこうなんだよねっていうその相談を受けたときに。
でもなんかそこで今ネガティブに捉えても何も意味ないよねみたいな話を。
意味ないよねって強い言葉は使わないですけど。
実隙であり積み上がるものであるっていう感覚を持つとどんな作業も楽しくなるし。
そうそう。なんかその積み上がる感みたいなのは僕すごい持ってて。
大事よね。
イメージとしてなんか僕はその生まれた時空っぽだったコップを死ぬまでに満たしたいみたいな欲が。
はいはいはい。
全部を蓄積していってなんか最強になりたいみたいな考えがあって。
だからやっぱ日々の仕事でも例えば僕うちだと呼吸だったら例えば人が辞めたりして自分の仕事が増えてってなったときに
すごいマイナスに捉えるんじゃなくて自分ができることが増えるとか
例えばスタッフがちょっと寝坊しましたすいませんとか言って僕の仕事が例えばその人の分多少増えるってなったときに
ちょっと覚えれることが一個増えるみたいなこと。
そういうので一個ずつなんか空っぽのコップが積み上がっていくわけですよね。
はいはいはい。
仕事続けてても日々毎日ずっと山間をさばいてますみたいなときにも一頭入れるたびに何かちょっとレベルが上がっていくわけじゃないですか。
それをどんだけ満たしていくかなんで失敗だってその水になってくれるわけですよね。
だから経験が積み上がっていくとそうしたときに今の作業であり仕事であり状況でありっていうのは必ず糧にあるっていう感覚でいたら
そうネガティブにはならん気がするよね。むしろなんかありがとうございますみたいな。
いやマジでそうでネガティブな人はその失敗したら例えばそのコップが割れて水が全部こぼれてなくなっちゃったみたいな考え方をするんですよ。
うんうんうんうんうん。
確かに確かに。
すっごいもったいないですよねそれは。
まぁちょっとポジティブおばけの階段になってきちゃいましたが。
階段ですよこれもう怖い方の階段ですよマジで。
ポジティブおばけの階段になってきちゃいましたが。
まぁでもね。
けど一応成長的マインドセットを持っている人は成長的マインドセットだからそういう思っている人は一応うつ症状になりにくいとかっていう一応あるらしいのでうつになりたくない人は前向きになったほうがいいですよっていう話ですね。
出たおばけの脳筋メンタル交差。
まぁでもねほんとそうですよあんまりネガティブになってもしょうがないしこういう成長的マインドセットとか学習性楽観主義とかっていうメンタルの話で基本的にあれですよね先天的なものもしかしたらあるかもしれないですけどちゃんと後付けできるメンタル。
後付けできそうですよねだって僕も逃げてたんだからニュージーランド行ったりとかちょっと行動が飛躍してるけど。
ヤマさん昔から極端だからちょっとあれですけど。
その考え方一つで装備できる武器ですよねこのメンタルの。
そんな気がします特にねもしなんか今その料理人を目指してて今の職場が辛いとかみたいな人にはちょっと心の片隅に置いておいてもらうともう少しポジティブに考えられるかもしれない前提としてもうちょっと料理業界あの働き方含め良くなったほうがいいっていう。
間違いないそこは皆さんに勘違いしてほしくないのはそこは僕らめちゃくちゃ人一倍強いですからね。
変えたいしんどいこともいっぱいあって変えたいことがいっぱいあるけどやっぱりそのこういう特殊な環境じゃなきゃ身につかないこともあることも知ってる分どうやっていこうかっていう攻め合いっていうね。
そこをなんか俺的には精々愛で突破できるんじゃないかってちょっとこう期待を込めてけどまあ使うのはやっぱ料理人であったりとか飲食の人になるんでなんかまあフィットするものを目指したいなとは思いつつなんですけれども。
まあそんな感じでそこそこ1時間ほど喋りました。
言い残したことはないでしょうか。
ありません。
大丈夫ですかね。
大丈夫です。
はい。
本日もありがとうございました。
ありがとうございました。
はいありがとうございます。
本日もまかないラジオをお聞きいただきありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。
今回の話題はマインドセットの話だったんですけれども。
そうですね。
必ず全員に対していい話なのかどうかっていうのはちょっと分からないんですけれども。
まあ割と極端寄りの2人がこういう考え方もあるんだよって話すことはちょっとでもなんか勇気づけられたりとかそういったこともあるのかなというふうに思いましたのでこういった話をしてみました。
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それではまた次回もお楽しみください。
バイバイ。