2025-12-19 09:12

考えることやめていませんか?

「自信がない自分」でも、誰かの力になれるかもしれない。
そんな想いで、日々の気づきや感じたことを、自分の声で届けています。
自分をちょっとだけやさしく見つめて、前に一歩踏み出すきっかけになれたら嬉しいです。

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サマリー

今回は、情報化社会における考えることの重要性が探求され、生田明子の著書『知ることより考えること』から得られた気づきが共有されます。便利さが進化する中で、自分自身の思考力を育てることの必要性が強調されています。

考えることの重要性
おはようございます。まこやんです。この配信では、明日がちょっと幸せになるような日常の小さな気づきなどをお届けしています。
本日はですね、考えることをやめていませんか、ということでお話ししていこうかと思います。
はい、えっと、今ですね、あのちょっと一冊の本を読んでいて、生田明子さんの
知ることより考えること、ということで、その本をちょっと読んでいる時に、ちょっと気づいたこと、得たことっていうのにちょっとお話ししようかなと思います。
考えることをやめていませんか、ということなんですけど、今ね、この情報化社会の中、AIもね、ものすごく発展していて、
そんな中で自分たちが困ることとか、悩み事とかって割と簡単に答えがすぐ得られる時代だと思うんですよね。
例えば旅行に行こうかなって決めた時に、この予定のプランだってね、AIにどこどこに行きたいか、予定いついつ
何泊でとかって決めたら、ある程度バーンって出してくれるし、例えば病気した時にどこに行ったらいいのかなっていうのもね、調べればわかるし、
今ほど、前ほどね、
困ることっていうのもだいぶ少なくなったのかなって思うんですよね。 その反面ね、やっぱりこう何かあった時にね、
ご近所さんが来てくれて、助けてくれたりとか、
何かね、地域のことで困ることがあったら、みんなで解決するとか、そういう社会的な助け合いっていうのも、
減ってきたようにも感じるんですよね。 そんなね、この便利な時代の中でちょっとね、考えさせられた部分っていうのが、
情報と知識っていう部分のね、こう書いてあるところがあって、 その情報と知識の違いって何かちょっと似てるんですけど、
情報と知識の違い
あの情報っていうのは、まあ例えば外からね、こう与えられたもので、それで何か知った気になるっていう部分ですね。
例えばまああのなんだろう
ノウハウとか、そうですね、あの 豆知識とかね、そう、あのこうすると、あの
お金がね、こう貯まりますよーとか、こうすると何かあの 健康になれますよーとか
いろんな本当にたくさんの便利な情報が来るわけですよね。 それを自分たちは知って、何かこう友達に話したりとかで、こっちがいいらしいよーとかね
そうそう、あのこっちが男らしいよーとか、なんかそれを自分の知った気でこう話すこと っていうのもね、結構増えてきたのかなって思うんですよね。
で、一方知識っていうのは何かっていうと、自分でゼロから考えて、自分の中でこう 気づき、自分の身にちゃんとね、なっているようなものですよね。
例えば、そうですね、自分病気をね、若い時期して今も糖尿中ですけど、 その時に病気をして、その時にどう自分でね、こう
立て直し、気持ちを立て直したり、そう今の社会に、社会というかね、今のこう生活に持っていったか とか、あとはね、こう道端で転んでしまって、その転んだ時の立ち上がり方だったり
そう、あの どうね、そこから強くなっていたかっていうのは多分
自分たち、誰もがね、こうそれぞれで経験していることで、その時に自分の中でこう こうするんだってね、こう一つこう軸を持ったりだとか
なんか決めたりして、こう前に進む答えっていうのを見つけているものが多分あると思うんですよね。 で、それって多分外から得た情報で、じゃあ例えばね
受験にね、まあ 受験勉強をして、外からはね、こういうふうに
参考書を使ってやったほうがいいですよってやって、じゃあそれでやってみる。 で、ここからやって、自分なんかやっぱり合わないなってなって、で自分でちょっとこれだと
違うから 自分はこういう、なんかね、あの
勉強法とかね、自分で考えて、あの やった時に、その自分でね、やっぱりこう試して、でやっぱ違かった
でこっちの方が良かったとか、こう振り返りをしながらね、自分でこう 学んでいく。それこそが自分のこう
知識となってね、そう。で、それがあの積み重なって、こう 前にね、こう進んでいく力となっている
と思うんですよね。 それで
その考えることをね、そう 読めてないかっていうことなんですけど、そう
自分たちはその言葉でも、あの やっぱり今ね、あの言葉で何かを理解したり文字とかも読めるようになるけど
仮にその言葉とかが見えなく読めなかったり見えなかったとしたら、多分ものすごい あのそれを理解しようとして頑張るわけですよ
自分で考えてこれどういうことなんだろうって、わからないものほどそれを理解をしようとして、えっと
そこにね、自分を持っていこうとするわけなんですよね。で、それってなんか日常今ね、そういうことっていうのはもうほぼしなくなったように感じていて、それってつまりもう自分の成長が止まっちゃってるような気もするんですよね。
で、これがまあこの先ね、その便利なものっていうのがなくなった時、電気、水道とかね、もしまあそういうのがなくなった時に、じゃあどうやって生きていくんだろうとか、まあそういうのを考えた時にそこで大事なのっていうのは、その知識も知識っていう部分、情報もそうなんだけども、知識で自分がこうどう立ち上がっていけるか
どう考え抜いて生き抜くかっていう、そこの力がないと難しかったりするのかなってちょっと考えさせられたんですよね。
自分の考えを信じる
で、その日常のね、こう一つ一つのことが当たり前のようにもなっているこの中で、その考えることっていうのを
やめてしまうっていうことは結構なんか怖いのかなーってすごくね、思ったんですよね。
当たり前のことをね、じゃあこう、何だろう、こうした方がいいよとか、
例えばこの間、昨日ね、あのうちの事務所でちょっとね、今年はついてなかったことがあったから、白蛇の抜け殻をなんか買おうかなっていう話になって、
まあそれはね、そういうのをね、お守りとして使うのは全然いいと思うし、別にね、聞いてる分には良かったんだけど、
だけど本当にその白蛇が効果がいいっていうのを自分でちゃんと考えて答えを出したのかなって自分は聞いたんですよね。
なんでその白蛇が、抜け殻がね、ご利益か何がいいのかっていうのは本当にわかってんのって聞いたら、
いやよくわからないと、ただ周りが言ってるからっていうその答えだったんですね。
そしたらそれって、なんかもしかしたらちょっと違うかもしれなくないって、自分でなんかね、こうちゃんと考えて出した答えが、
あのそこにたどり着いたのなら、まあそれはね、あのいいのかもいいのかなって思うけど、もし周りが言ってるからそれを、
まあね、思い込みっていうかね、そう思ってればまあいいのかもしれないんですけど、ただ、
それも自分でちゃんとね、こう一から考えて、で自分にちゃんとそれは、合うものだ、信じられるものだってね、
なるほどの方がよっぽどね、そう、あのものを、そのものがね、いいと言われていても、例えばそれがね、あの一つの石だとしても、たまたまこう、何か目の前にあった綺麗な石が、
ね、あの本当に何かを救ってくれるきっかけになってたとしたら、あのそっちでもね、あの、
いいのかなって思うし、そう、なんかその本当のことっていうのを自分の中でね、こう考えて答えを出すっていうことは、あのこれからね、なんか大切なんじゃないかなってすごく思いました。
うーん、なのでね、この、今日ね、この本を読んでね、まだまだこう勉強させられたり、あの当たり前のことをね、ちゃんと考えなきゃいけないなっていうのをね、こう、
深く考えさせられるね、一冊でした。はい、ちょっとね、あの、語りがなんか下手くそになっちゃったかもしれないんですが、えーと、何かのね、こう、気づき、またね、こう、ちょっと読んでみようかなって思えたら、いいかなと思います。本日はここまで聞いてくださいまして、ありがとうございました。
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