ユニパスの提案とその意図
こんにちは、おあです。第191回目の今日は、「不登校はユニパス」というネーミングロンダリングというテーマでお話ししていきます。
先月1月の15日に、群馬県が不登校という言葉をやめて、これからはユニパスという呼び名を使っていく方針を表明したというニュースが出ました。
この不登校という言葉がネガティブな響きを持つということで、もっと明るく子ども一人一人の多様な学びを尊重するというようなイメージに変えようというような試みだそうで、
高校生からの提案をきっかけに、ユニークのユニですね。ユニークというのは一人一人とか個性的みたいな意味ですよね。
あとパスっていうのは道、つまり一人一人がユニークで自分らしい道を歩んでいいというメッセージを込めた造語だそうなんですね。
このユニパスという言葉に関して、学校キャンセル界隈では相当賛否が分かれていましてね、
試みとしてはとてもいいと思いますとか、ネガティブな響きなのでやっぱり変えていくことは必要だっておっしゃってる方もいるんですけれども、
一方ね、こんな変なカタカナ英語にしてはぐらかすなとか、通えないのと通わないのは違いますよとかね、半分バカにしてませんかみたいな声とかも上がってまして、
私はですね、この群馬県の山本知事さんは悪い方じゃないんだろうなと思ってます。
気持ちは大変嬉しいです。この知事さんが何をやりたかったのかっていうのもよくわかっているつもりなんですね。
私だってね、まずは学校行かなくても大丈夫なんだよってことをとにかく言わなきゃいけないっていう状況ですから、
こんなね、ホーメディケーションなんて言葉を一生懸命使ってこういう発信を一生懸命してるわけですから。
なんですけどね、やっぱり同じく先月ですね、1月22日にいいテレのお隣さんは悩んでるっていう番組がありまして、
タカ&トシさんが出演されてるんですけどね、この日の特集が不登校離職ということだったんですよ。
この番組、今もアーカイブ残ってるみたいですので、リンク貼っておきますのでぜひ見ていただきたいんですけれども、
この番組の通り、これが現実なんです。
友働きが当たり前の時代ですから、やっぱりね、子供が学校行きたくない、行けないってなるとね、
簡単には親もね、行かなくていいよとは無邪気に言ってあげられない親の側の事情があるわけですよね。
特に今、低学年からの不登校が急増しているわけでして、これが大変深刻な状況なわけです。
多くの不登校のご家庭がどんな状況に追い込まれてしまってるのかということについては、
あなたの知らない不登校の世界シリーズということで、4回に分けてですね、ノートの方にも書いてますので、ぜひ読んでいただきたいんですけれども、
他にもね、給食費の問題ですとかね、あとこの時期はPTAですよ。
ちょうど来年度のPTA役員選出の時期なんですよね。
それで今ね、不登校当事者の保護者さんたちのコミュニティにこっそり潜入してるって何度か言ってると思うんですけど、
そこにも大変な悲痛な書き込みが溢れているわけでして、
そういう状況をね、サバイバルして、やっとね、学校行かなくても大丈夫なんだってやっと分かっていただけたとしてもですね、
今度はフリースクールだとかオルタナティブスクールとかね、そんなに近くに都合よくあるわけないんですよ。
たとえあったとしたって高額な事業料ですからね、それ全額親の負担ですからね、
もうそもそも仕事をね、辞めたりセーブしてるわけですから、世帯収入としては減ってる状況なわけですから、
通わせたくても通わせられないというのが実情なんですね。
学校教育の変化と問題点
このユニパスという言葉をね、作ったチームの方々、群馬県の山本知事さんはじめ、
どの程度この現状、実情をご存知なのかちょっと分かりません。
でも、もし本当にこういう実際の大変な状況に置かれている当事者の人々の声を少しでも知っていたら、
こういうネガティブな事象をキラキラワードで覆い隠して、言葉だけをポジティブに言い換えるみたいなね、
ネーミングロンダリングですよ、まさに。
名前をいくら変えたって、何の問題解決にもつながってないわけですから、
これじゃただのネーミングロンダリングだろって言われても、しょうがないわけですよね。
皆さん、マネーロンダリングはご存知ですよね。
詐欺とか薬物取引とか、そういう犯罪で悪いことで手に入れたお金を洗浄するっていう意味ですよね。
お金の出どころをわからなくすることですよ。
それと同じでですね、こういう大きな社会問題をビジレークでコーティングして、
直視すべき構造的問題から目をそらすようなね、
むしろ問題を見えなくさせてしまうという、
そういうネーミングロンダリングみたいな手口って昔からありますよね。
例えば非正規雇用とかっていうことに関しては、
多様な働き方とかね、フレキシブルな働き方みたいなね、
キラッポイワードに変えたりとか、
無償労働、長時間労働、やりがい、社会貢献、
ライフワークみたいな言葉に変えたりとか、
あとはもう介護ですよ。
介護は親孝行ですよね。
他にもまだありますね。
過疎地域への移住はスローライフとかね。
あとあれですね、売春制作種はパパカツですよね。
あと典型的なね、学校で起きる暴力、障害事件はいじめ、対人トラブル。
あと最近のね、監視社会は見守りみたいなね。
こういう重い現実を軽い言葉にすり替えてね、
誰の責任か分からなくしてしまう。
当事者の苦しさをなかったことにしてしまうというネーミングロンダリング。
そもそもいじめとかね、大罰とかそういうきっかけで
学校に行けなくなっちゃったお子さんにとってはね、
別にユニパスになりたくてユニパスになってるわけじゃねえよと。
みんなと同じ学校に行きたかったのに行けなくなっちゃったことをね、
あらあなたはユニークな道を歩んでるんだねとかね、
個性的でとっても素敵な選択だねとかって言われたらね、
もう嫌味でしかないじゃないですか。
ふざけんなよってなりますよね。
しかもね、それを学校というシステムを運営している体制側が言っちゃってるっていうのがもうね、
立ちが悪いというか、どの口が言うと、
いやいやお前が言うなやとなっちゃうわけですよ。
当事者が言うのはいいんです。
当事者が言うのは許されるのに、
学校側からは言ってはダメってね、
理不尽と思われる方もいるかもしれませんけど、
それはそういうもんなんです。
しょうがないんですよ。
それはしょうがない。
それはそうでしょ。
だって例えばね、また日立を例えにいらっしゃって申し訳ないんですけど、
山口智子さんとかね、
金沢俊明さんのご夫婦みたいに、
私たちは子供はいらないと、
最初から子供は作らず夫婦で生きていくって選択したご夫婦が、
リンクスとかね、子なし夫婦っていうのはOKなんですよ。
でもそれをね、
子供を望んでいたにもかかわらず授からなかったご夫婦とかね、
不妊治療の末、子供を持たない人生を選ぶことになったご夫婦に向かってね、
他人がですよ、
リンクスだとかね、子なし夫婦って言っていいわけないでしょ。
そういうことなんですよ。
そもそもどんな子だって一人一人違うユニークな道を歩んでいるものですよ。
逆にね、言わせてもらったら、それ言うんだったら、
こんなね、多様性な時代、
多様な学びを選択しようっていうような時代にですよ、
あえてあんな昭和型の軍隊式一斉一律集団教育をね、
選んで喜んで通っているお子さんたちの方が変わってるんじゃないですかって言いたくなっちゃうわけですよ。
その話はですね、過去第140回、
子供にその学校教育を与える選択をしているのはあなたという放送でしているので、
まだね、聞いてない方は聞いていただきたいんですけれども、
私今回ちょっとね、逆にね、
そもそも昭和型の軍隊式の一斉一律集団教育の学校に通っている方こそね、
ちょっとラベリングしてやった方がいいんじゃないですかっていうことで、
チャッピーちゃんに聞いたわけです。
なんかいいネーミングあったら提案してって。
そしたらね、まあまあ面白いのをね、いろいろ提案してくれたんでちょっと紹介しますね。
要は文科省が定めた学習指導要領に則った集団教育を行っている。
一般的な昭和型の公立小中学校に通っている子どもたちをどういう名前で呼べばいいでしょうっていうことについてですね。
チャッピーちゃんの提案です。
はい、いきます。
文科省プラットフォームユーザー。
公教育パッケージ利用者。
昭和型集団教育選択者。
軍隊式管理教育選択者。
教育外中型家庭。
行動主義OS準拠者。
集団型一斉一律学習者。
まあまあね、どれもいいかなと。
私はちょっと文科省プラットフォームユーザーとか、軍隊式管理教育選択者あたりちょっと押したいなと思うんですけれども。
でね、問題はね、この公立小中学校で行われている軍隊式の教育をしているね、集団教育している学校ね、あれ、ただだって言われてるじゃないですか。
私もちょっとね、勘違いしてたところあったんで、反省してるんですけどね。
あれね、ただじゃないんですよ、やっぱり。どう考えたって。
だってあの公教育に1人子供1人年間約100万円予算つけてるんですよ。
子供1人年間約100万かけて、あの軍隊式の管理教育を提供しているわけですよ、国を挙げて。
あれは私たちの欠税ですよ。私たちの欠税をああいう教育に使っているという、ただじゃないです。私たちの欠税なんです。
つい先日もね、またもや小中高生の自殺者数が532人に上ったという、過去最多に上ったというニュースが出ましたね。
もはや止まらない少子化の中で、子供は生まれないのにせっかく生まれてきてくれた子供たちは、自ら死を選んでいくというこの国なんです。
教育に対する警告
この子供たちがなぜ自ら命を絶っていくのかという理由については、もう過去記事にしております。
少子化が進む日本、この日本で、小中学校生自殺者数が過去最多の理由、なぜ子供たちが死んでいくのかわからないという方へという記事にしておりますので、リンク貼っておきますので、こちらのノートもぜひ読んでいただきたいんですけれども。
かつてのね、元宮城教育大学学長でいらっしゃった林武先生が50年も前にですね、教育亡国と予言していらっしゃったわけです。
教育が国を滅ぼすと。
うちら、林武先生とか古山明雄先生みたいな不登校関係者たちも40年も50年も前から学校教育に問題提起を投げ続けていらっしゃって、せめて教育を選べるようにしてほしいとずっと訴えてきていらっしゃったわけですよね。
にもかかわらず、ほとんど何も変わることなくここまで来てしまって、今子供たちの自殺が過去最高という状況。
林武先生の予言した通りの状況に見事になってしまっているわけじゃないですか。
こういう状況を見るにつけてね、不登校をどう呼ぼうかって、もちろんね、そういう偏見とか差別みたいなのをなくしていくイメージを払拭するっていうのは大切なんですけれども、そんな議論する暇があったら、もっと急いでやらなきゃいけないこと山ほどあるでしょって思っちゃうわけですね。
あってまたね、やっちまいましたね。ネチネチおばあちゃん、ネチネチ放送やってしまいましたね。
もうね、ゴミ太郎さんのようにね、もうユーモアたっぷりに皮肉たっぷりなね、感じでね、やりたかったんですけどちょっとダメですね。
ね、もうただのネチネチ放送。
いやー、あの後ですね、ゴミ太郎さんのさらに大人問題が届きましてね、メール帰り500円で買った。
まあさらに過激でしてね、ゴミ太郎さん。
すごい、もうね、こんなこともうさ、30年も前から言ってたわけですよ、ゴミさんは。
でもう完全にスルーされてますよね。
これだけのゴミ太郎さんほどの方がね、もうね、おっしゃってても難しいわけですから。
やはりね、以前学校という沈みゆくタイタニック号、イカダを作って脱出せよというね、放送もしてますし、ノートにも記事にもしてます通りですね。
まあやっぱり自分たちでサバイバルしていくしかないと思うんですよね。
ちょっとついね、またドロドロネチネチして放送してしまったので、最後はさわやかな池尾寺のイケボのゴミ太郎さんのさらに大人問題という続編ですね。
前回ご紹介した大人問題の続編が出てましてね、そちらの文章をご紹介してさわやかに終わりたいと思います。
行きたくもない学校に行かなくちゃいけない子供たちってかわいそうね。
そもそも学校っていう商売、もうとっくにつぶれてんじゃないのかな。だって客が喜んでないもの。
学校がつまらないから行かないというのは、このラーメンはまずいから食べないというのと同じです。
つまらないから行かないのも、面白いから行くのも等しくノーマルな現象です。
問題はその中間に、面白くないのに学校に行っている子、つまりまずいラーメンなのに食べている子がいるということです。
そういう子供たちは今、自分がラーメンを食べているのか、雑巾掛けをしているのかすら、よくわからなくなっているわけです。
生徒指導なんていりませんよ。少なくとも学校の仕事ではないと思います。
貧しい人間像に向かっていくよう指導するなんて、もうほとんど罪悪です。
だいたい学校というところは、いつから読み書きそろ版といった技術だけでなく、子供の人格の形成までが守備範囲だと思い込むようになったのでしょうか。
通信簿に忘れ物が多いとか落ち着きがないなんて書くようになったのは、いつからなんでしょうか。
哲学者のミセル・フーコーは、学校は装置だと述べています。
元来、人間はそれほど愚かではありませんから、フードプロセッサーやブラサガリ健康器みたいにあまり役に立たない装置は次第に使われなくなるものです。
学校装置もそのうち物置にしまわれて、昔はあんなものもあったよねと懐かしむ時代が来るんだろうと思います。
ただ、学校はブラサガリ健康器ほど能天気な装置ではないところが気がかりです。
ぶら下がるのをさぼっていると、ぶら下がりなさいと言われてしまう。
で、仕方なくぶら下がっているうちに関節が伸びてしまったといった弊害が行わなければいいなと願っています。
我慢強い子、忍耐強い子にまだ価値を感じている悲しい社会です。
我慢し、耐えて、生きていくことに美しささえ見ようとするほど異常な社会です。
一斉教育の中で子どもたちは表現の自由も言論の自由も奪われます。
何、子どもに表現の自由、言論の自由、そんなの10年早いよという環境の中に子どもたちはいます。
望んでもいない子どもにバイオリンを習わせるのも、さらには学校に行かせるのも人権侵害です。
少なくともそういう感覚を持たなくてはどうしようもないところまで来ています。
教えて育てて導きたい大人の何と多いことよ。
1999年ですね。
講談社から出版されたゴミ太郎さんのさらに大人問題というね、前回ご紹介した大人問題の続編。
ぜひこちらもね、さらに過激でしたので。
全然関係ないね。ネーミングロンダリングというテーマで話している放送に無理やりぶっこんでみました。
はい、お聞きくださりありがとうございました。また次回お会いしましょう。
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