ラジオへの導入と収録休止の理由
声と体のチューニングルーム、魂とOSを整えるラジオへようこそ。本質ボイストレーナーの神尾しおんです。
声にはあなたの存在そのものが現れる。あなたの感情、あなたの思考、あなたの体の状態、そしてあなたの在り方、あなたの経験、そういったものがすべて振動となって、響きとなって、あなたの声には宿っていて、それが人に伝わり広がっていくものなんです。
このラジオチャンネルでは、あなたの感情、感じ方、心、そして体と物の見方と、そして声をどうやってリンクさせていくのか、それが一つに整うことで、一体どんな風にあなたの魅力が発揮されるのか、
そんなことをお話ししながら、個人個人の魂の癖、考え方の癖、心の癖、そんなものが紐解けるようなヒントをお届けするっていうようなラジオチャンネルになっております。
今日はめちゃくちゃ久しぶりの収録なんですけれども、マイクの調子が悪いので、初めてスマホから直で録音しております。
すごく収録に間が空いてしまったんですけれども、めっちゃ喋りたいことが溜まりすぎた。めっちゃネタが溜まりすぎた。
なんでこんなに空いてしまったかというと、水を飲むのももだえるぐらいに痛い口内炎が舌にできてしまって、喋るどころじゃなかった。
喋ったらこの人大丈夫?酔っ払ってない?みたいな、もう路列の回らない状態で、本当に録音できなかったんですよ。
もう伝わるような話し方ができないという状態でした。ようやく治って喋れるのがすごく嬉しい幸せです。
この収録したかったっていう幸せを味わえるのも、逆説的に言うと、口内炎ができて食べるのも辛い、水を飲むのも辛い、喋るなんてもう無理無理みたいな体験があったからこそ、
今このつらつらと喋っている状況を本当にありがたいなと感じられているわけで。
どんなところにも幸せとか良かったっていうことは探せるよねっていうね。
「関羽」から「コボちゃん」の世界観への転換
そんな話をしながら今日はちょっと、関羽ではなくこぼちゃんで生きてみるっていうお話をしてみたいと思います。
一体なんやねん、どういうことやねんと思われたかもしれないんですけれども。
最近気づいたっていうか、あれって思ったことがあったんですよね。
昔は自分がねすごく少女漫画が好きだったので、少女漫画の世界観で生きていると思っていたんです。
なんだけどふっと気づいたら、あれ私なんかルフィとかみたいな少年漫画の世界観に生きてないかって、そういうふうに思う出来事があって。
しかもジャンプだったらいいんですけど、多分私三国志の世界を生きてたんですよね。
その中でも関羽とか長雲とかそういうタイプに理想を見ていたんですよ。
もう心のどっかでね。ずっとね、例えるならばですよ。本当にそう思ってたわけじゃないけど。
私は関羽や長雲みたいなタイプになれるのではないか。いやむしろならねばならぬのではないか。
本当はそういう人間なのではないかっていう武士みたいなね。
そういう変な設定とか変な期待を無意識に書き込んでたんですよね。
歴史に名を残す武将とか大義のために自分の命を懸けて戦うヒーローとかじゃないですか。
物語の主人公じゃないんだけど、主人公を生かすために輝かせるために、
そしてその血を吸いで生かせるために自らは犠牲になってでも、
本当に義を通す正義の人、忠義の人。
そして己の強さを最大限生かして他人を助ける人みたいなね。
すごい人なんだけど、だって関羽なんか官邸って言って、
中華街とかでも神様として祀られてるじゃないですか。めっちゃすごい人だよ。
だって後世の人に神様とあがめ立て祀られる人なんだよ。超すごいよ。
そういう人になれるのではないかっていう無意識の期待があったんだって気づいた時に、
やべそれしんどすぎない?って思いますよね。
よくよく眺めてみたら自分全然そんなタイプじゃなくて、
あれどっちかっていうとコボちゃんじゃない?コボちゃん的世界じゃない?みたいなことに気づいたわけですよ。
その落差に気づいたっていうよりは、両方に同時に気づいたっていう感じ。
え、めちゃくちゃ自分に貸してた十字架が重すぎたけど全然コボちゃんなのにみたいな。
今の方はコボちゃんがわかるのかな?コボちゃんが通じない人っているのかな?
新聞の4コマ漫画なんですけれど、ああいう日常なんですよ。超日常なの。
それなのに三国志の世界で生きている人みたいな何か重いものを無意識に背負わされてたわけよ。私は自分にね。
っていうことに風に落ちたというか気づいてしまって、めちゃくちゃこう、ああ、あれ?まあなんてこと?みたいな感じになったわけですよ。
大した人間じゃないじゃん私ってショックを受けるっていうよりも、がっかりストーリーとかじゃなくて、
え、コボちゃんで全然幸せじゃんみたいな。むしろコボちゃんだったんじゃん。それは楽だよ。むしろそっちでいきたいじゃんみたいな。
そういうね、ホッとする感じが出てきたわけですよ。
壮大な設定の重荷と日常の安堵感
関羽とか張羽のモードの人生って実はめっちゃしんどいじゃないですか。
いつも大義があって、いつも正義があって、そしていつも戦っていて、そしていつも負けないように暴力を辛抱遠慮。
張り巡らさなければならなくて、勝つか負けるか生きるか死ぬかっていう世界観。
まずまず辛いよそんな。しんどいっすよ。
でも一方コボちゃんの世界って朝ご飯食べて、家族とご飯しながら会話して、近所の方との出来事があったり、
ちょっとした失敗とかちょっとした笑いがあって、何あったら猫に踏まれたり引っかかれたりとかしてっていう日常の一コマ。
日常の一コマで毎日が回ってる。
現実の私たちの人生って9割以上こっちだと思うんですよ。
こっちなんですよ本当に。
だからその気づきがあった瞬間に、現実のスケールに戻ってきたなっていう安堵感?
なんか等身大の自分に戻ってきた感があったんですよね、その時ね。
頑張り屋さんで真面目な人ほど、三国志まで行かなくってもそういうドラマを自分に背負わしちゃってないかなっていうのがね、
今日思って言いたかったことなんですよね。
もっと変わらなきゃ。
まだできてない。
まだ何か壁がある気がする。その壁を乗り越えなければ。
きっとその壁を乗り越えた先に、私らしい私、自分を発揮できる自分がいるはずっていうね。
今が不足していて未来が足りている。
未来が本来の自分みたいな感じでね。
今じゃない足場のない現実感のないどこかに自分を置き続けるっていう。
そうやってね、一生懸命一生懸命自分を成長させようと頑張っている人いるんじゃないかなって思って。
そこにはね、確かに高揚感とか、期待感とか、成長願望とか、心願成就とか。
いつか大きく変わるかもしれないっていうドラマチックな物語があるかもしれない。
ワクワクがあるかもしれない。
でも同時に足元を振り返ってみると、足元に目をやってみると、
実はそこには安堵感や安心感、土台がほとんどないっていうことが起きてないですか。
いつもまだ足りない、これじゃダメだ、もっと先に行かなきゃって自分を追い立て続けていませんか。
そんな感覚ありませんか。
日常作業に見出す「今」の実感
もしあるとしたら、等身大の日常の世界観に戻ってくると。
一気に肩の荷が下りて、目の前のことをあれ?って思うくらい当たり前に楽しめるかもしれません。
ヒントとして、参考としてお伝えすると、私がその感覚に引き戻されたのは地味な経理作業だったんですよね。
確定申告。レシート整理して売上げ確認して入力して口座をチェックして数字を合わせてっていう、
目の前にある良くも悪くもない、そういう評価のない単なる数字。単なる事実としてそこにある数字。
それをはめるところにはめにいくっていうだけの作業。
そこに不足とか期待とかないわけですよ。
その数字に対してどうだった?失敗だった?成功だった?っていう判断はその後付けで自分がするかもしれないけど、その数字自体には何も意味がないんですよ。
その数字はただその数字だなっていうだけの話。
そこに意味付けをするのは思考の後付けの自分なんですよ。
数字には何の意味もない。
数秘術とかっていう話になると数字にはエネルギーがあるから意味はないとかっていうのはちょっと言わないんだけど、
それとはまた別の話ね、こういう確定申告とかの作業の話。
数字は厳然とただ数字であって、そこに良いも悪いもないし、絶望とか期待とかはその数字の中には別に入ってないんですよ。
っていうことね。
世界を救うとか、何かが目覚めるとか、何かが劇的に変わるとか、そういう必要もないし、
ただ目の前のものをあるべき場所に置いていくだけっていう淡々と粛々と行う時間なんですよね。
何の意味付けも必要ないんですよ。
っていうことをこうやってるとね、これって軽い瞑想だと思うんですよ。
お掃除してたり、座禅組んだりっていうのも瞑想だし、お料理するのも瞑想だっていうこともあるしね、
1杯のお茶、1杯の水を味わうのすら瞑想にもなるんだけど、
それって今目の前のことを何の判断もなく、ただただそーっとして受け止めるだけの話なんですよ。
で、こういう地味な作業ちゃんとやってる今ってめっちゃ生きてんな、全然悪くないなって。
そういうふうに静かに思えたら、その時にね、
あ、なんか大きな世界観ではなくて、目の前のこの実寸大の、
さっき言ったように例えればコボちゃんの世界観で全然生きてていいじゃんっていう、
そのほかちゃんと毎日進んでいく感じあるねっていうね、
そういうストンと私の中では軽くなる瞬間があったわけです。
「コボちゃん」的世界観で生きる提案
きっと皆様にもそういうきっかけになる出来事があるんじゃないかなって思う。
だから一つ一つのね、行動や何、出来事に意味付けはしないで、
ただただ目の前のことをあるべきところに淡々とはめにいく。
そういうことをぜひやってみてほしいなと思います。
これを聞いてくださっているあなた、心の中で、
そうは言ってももっともっと自分は出来るはず。
もっともっと自分の力を活かせるはず。
今の自分はだって苦しいもの。
自分をね、関羽のような劇画少年漫画のポジションに置いている部分がもしかしたらあるかもしれません。
でも人生のほとんどっていうのは、新聞の4コマ漫画みたいな日常で出来ていて、
朝起きて、ちょっと片付けて、仕事してご飯食べて、誰かとちょっと笑って、
お料理して掃除して、寝る。
そういうありきたりの中にこそ、じわっとした安心感とか、土台のある安堵感とか、
ほっとする幸せとか、実は詰まっているのかもしれません。
ということでね、今日はそんなあなたに聞いてみたいことがあります。
あなたにとって、このこぼちゃん的世界ってどんな日常ですか?
もしね、使命感や正義感、成長意欲、それがあることは全然悪くないんですよ。
でもね、そういう使命感で自分を追い立ててしまうっていう場面が多い人、
あるいはそういう思考癖が多い人、あえてこぼちゃんでよくない?って自分に聞いてみるのもありかもしれませんよ。
大きなドラマの主役にならなくても、日常の1コマ1コマをちゃんと味わっていくこと、
その積み重ねが結果的に一番遠くまであなたを運んでくれるのかもしれません。
ということで、今日も最後まで聞いてくださってありがとうございます。
無料相談の案内と感謝
我ながらね、ちょっともうアホほど趣味人だったので、いろんな四方八方にお話が飛んでいっても、私お話に付き合える自信があります。
なんかちょっともやもやするなーとか、誰か他人の視点入れてみたいなーって、
そんな風に思われた方は、よかったら私のところに相談に来てください。
概要欄にあるLINE公式にご登録いただきまして、無料相談と文字を送っていただきましたら、順次お答えさせていただきます。
無料相談は月3名様となっておりますので、3名の枠が埋まりましたら、それはまた次月ということでね、
順番待ち、予約待ちということでお待ちいただければと思います。
すいません、LINEの公式がリッチメニューがエラーになって表示されてなかったみたいで、しばらく非表示になっていたみたいです。
今は直したんですけれども、まだちょっと不具合起こるかもしれないので、改めて修正を図っているところですので、
それが改めて整いましたら、また概要欄の方で改めてお知らせをしたいと思います。
すいません、噛んじゃいました。
では、聞いてくださる皆様のおかげで私はこうやってお話ししていることができますし、
聞いてくださっている方がいると思うから、こんなお話ししたいな、こんなお話ししたいなということでネタが思い浮かびます。
ありがとうございます。ぜひね、こうやって聞きに来てくださっているあなたと一対一でお話しできる日を楽しみにお待ちしております。
気軽に声かけてくださいね。
それでは、また次回のアップデートでお会いしましょう。
本質ボーストレーナーのしおんでした。