ちょっとね、今回はかなりその手応えというか、
あ、自分これ好きかもしれないなっていうような瞬間がやっぱりあってですね。
それはもちろん書いてる途中もそうなんでも、
うーん、その、やっぱね、声をね、やられている方と言いますか、
まあキツネ美陽子さんなんですけれども。
その、キツネ美陽子さんなんですけれども。
キリ。
で、そのキツネ美陽子さんがね、だから収録してるわけですよ。
で、その時、やっぱりこう、自分が意図してた通りのその表現というか、
あの呼び起こしたい感情みたいなのが、
ズゾンと答え合わせの瞬間っていうのは、やっぱりめちゃくちゃ楽しくて、
楽しいというかなんか結構快感に近いものにがあって、
で、実はイトッポイドはコンプレックスというか、悩みとして、
あの、なんだろうな、人からもね、言われたりとかも、
今までのね、長い、長い歴史の中であったんですけれども、
やっぱりちょっとこうしたいよねとか、
こういう風なのがいいっていう欲望が多分ちょっと強めなんですよね。
で、それはなんかこだわりがめちゃくちゃ強いみたいな、
ある種のそういうその特性みたいなものっていうわけでもないんです。
そこまでは行かない。
ただ、あの、なんだろうな、少なくとも少しでも良い方がいいでしょうみたいな、
あの、そういうのが結構あるのと、
あと結構縄張り意識みたいなのが強い。
縄張りというのは別に物理的な縄張りとかだとか、
なんか組織の中でうんぬんかんぬんとかじゃなくて、
単純にその、なんだろうな、作ってる途中に変数がめちゃくちゃ入る、
しかもそれが良い感じに繋がるようにみたいなものではないやつっていうのを、
実はあんまり好きではない。
好きではないっていうのも発生するのはしょうがないので、
まあそれが発生しないようにするっていうのがめちゃくちゃ上手いんです。
まあなんとなくそういうその、まあいわゆるね、
例えば映画監督とかでもなんかもう絶対これがいいみたいな、
めちゃくちゃこだわる感度いらっしゃると、
あの、すごいシンパシーを感じる、共感するみたいな、
結構やっぱりいろんなエピソードを聞いたり見たりしてるから、
ああやっぱそうなんだって思ったりすることもあるんですけど、
でもそれって良いことなのかな、悪いことなんじゃないかなって結構考えちゃうんです。
まあクリエイターとしてはいいのかもしれないけれども、
普通にこう過ごしていくにゃ、それってどうなんだろう。
で、とにかく最近ずっと考えてるのが、
なんやかんやで、やっぱ何か作る話とか作るものを考えてると、
実際に手を動かすって作るときもそれ大変ですけど、
あと着手もしたくないしね、なんですけど、
なんかとにかくやっぱりずっと何かを作り続けてたい、
少しでもいい何かを良い状況にするっていうのを考え続けてる。
まあやっぱすごくた、他のことに関してはやっぱりちょっと二の次三の次。
で、この特性がまあお仕事と相性がいいので、
まあなんとなく社会をね、やっていけてるような感じになっていますが、
でもそれ、でもどうなんだろうみたいな。
でも全員が全員それが好きっていうわけでもないから、
なんというか普通にこう過ごしていくというときには
相性が悪いんじゃないかなっていうのをずっと思っていて、
オンオフできるようにした方がいいかなって思ってたんですよ。
で、最近そういうこと考えていたんですけども、
やっぱりこう、こういうふうにしたいって、
全部コントロールできる、いわゆるお話を作る、お話を考えるって。
まあ、邪悪な言い方をすると、キャラクターを自分の意思で動かすことができるんです。
で、そうなると、まあもちろんね、
あの原作があったりするものとかをやるときには、
それは条件と縛りとしてね、
これからはこういう性格だよねみたいな、
あのそういうのがあったりもする。
ただ結構意図っぽいのは、こうのほうが、これが多分いいみたいな。
それは、自分が好きか否か、もちろんそれもあるかもしれないんですけど、
それよりも何というか、
誰かの大切な思い出とか記憶みたいなものになったほうがいいよ。
それはその自分の作品が生んだとか、その出てくる、
まあ意図っぽいのはオタク?オタクというか、
まあマって言い方するとちょっと今の時代は語弊があるから、
ちょっとね、誤解を招くので。
それよりも何というか、そのキャラクターという概念。
キャラクターというのは、まあキャラクターが生きているというよりは、
あの受け手の心の中で生きているもの。
で、まあいわゆるそれは今のね、例えば活動者さん、VTuberさん、
いわゆる生物と言われる、実際に生きている人。
ほぼちゃんと生物って本当にあの、何ていうの、
加熱してないっていう意味の生物、オタク用語なのも。
まあいわゆる例えばそれはアイドルさんであったりとか、
ちょっと昔だと某Jグループの方だったりと。
まあその、なんだ、女性グループだったらHKだったり。
HKってあれでしょ、セクシー系とかじゃなくて頭文字。
そういうものを生物って言ってたりしてたのも、
まあ最近だとVTuberさんも。
もちろんそれは必須べきものみたいな文化がやっぱり強くあって、
特に女性、非常に何というか、何だろう、
軽々しく石をバカッと開けてはいけないという、
そういうようなジャンルだと思う。
生物最近多いじゃないですか。
こんだけ活動者さんが増えてくる。
ただそんな中で、いわゆる生物じゃないキャラクターって本当に多いんだっけ、
みたいなところまで突っ込んでるわけですよ。
もちろんアジア系のソシャゲーとかがやっぱり今世界中で人気で、
それとかは生物じゃないですけどね。
でもそれを抜くともはや結構少なくなってきてるし、
ほぼすべての作品というのはどちらかというと、
キャラクターというよりも作品ごと、
作品ごとというよりももはや作者のツイッターアカウントの方が、
かなりその文脈として強くなってしまっている。
もちろんこれは時代の影響というのもあるので、
しょうがないと思うんです。
なんとなく意図っぽいのはその、
その人の心の中で、いわゆる寝る前に、
こうなんだろうな、想像する時の、
目をつぶった時の、
その人の頭の中、
頭の中って言っちゃうとちょっとあれかもしれないですけど。
それだと思っていて。
で、それって言ってしまえばその人の妄想というか、
その人の好みとか、その人の好き勝手だよね。
でもそれでいいと思っていて、
なんか誰かが誰かを思う時というのは、
それはその非実在のキャラクターであろうがなかろうが、
誰かが誰かを思う時というのは、
その人の好き勝手になるはずなんですよね。
で、そういうのを否定することというのは、
多分できないよねっていうのは思っていてですね。
で、その、なんというか、
ある種そのネタの一つになれればいいというか、
よりその、なんだろうな、