今回も、科学者カタリン・カリコ教授をご紹介していきます。
”Part.6”では、彼女が研究者として歩み始める道のりをお話していきます。
ハンガリー科学アカデミーの奨学金を得て、生物学研究所で研究者としての一歩を踏み出すカリコ先生。探索者として未知に挑む彼女の姿勢や、科学の情熱と粘り強さが生んだ研究者生活に迫ります。
シーズン1
「m-RNAワクチンを発明し世界をコロナ禍から救った不屈の科学者カタリンカリコ」
の参考図書は
世界を救う mRNAワクチンの開発者 カタリン・カリコ
ジャーナリスト 増田ユリア
ポプラ新書
ノーベル賞科学者 カタリン・カリコ自伝
ブレイクスルー (breaking through)
笹山裕子訳
河出書房新社
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00:06
生命科学の冒険者
ようこそ、生命科学の冒険者たちへ。MCの
はい、金沢秀明ことあきです。そして、アシスタントは
勤めます山崎愛子です。よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
前回6回ではね、あの、カリコ先生の大学時代と、ちょっとしたね、あの、デートするっていう
初めて授業をサボるみたいなね。授業じゃないですね。宿題をサボるっていう。
宿題をサボるというですね。動力の人だったカリコ先生が、ついにサボることを覚えたというですね。
そんな話がありましたね。
じゃあ、いよいよね。
人生サボってばかりだったので、逆にびっくりですね。
本当に。
次、この今回第7回は、あれですね、大学を卒業した後の話になっていくんですかね。
そうですね。はい。いよいよ、あの、研究者へということに入っていきます。
お願いします。
ハンガリー科学アカデミーでですね、あの、奨学金を獲得したカリコ先生ですね。
あの、まあ、奨学金獲得したっていうことで、アカデミーのですね、研究所ならですね、どこでも研究してもいいよという。
まあ、そういう資格も得たらしいですね。
で、あの、もう学部の卒業待たずにですね、あの、飛び級みたいな感じなのかなと思うんですけども、
あの、瀬戸東大学から近いですね、生物学研究所というところに通い始めた。
大学中からも研究者のようなことをしてたってことですね。
そうですね。はい。そんな感じになります。
で、あの、当時ですね、ユネスコとですね、国際連合開発計画っていうところがですね、お金を出して作ったですね、研究施設がですね、
あの、まあ、ここのアカデミーだった、アカデミーというか、生物学研究所だったらしいんですけれども、
まあ、あの、東側世界でありながらですね、西側の研究所にも負けない立派な設備が整ってたそうです。
で、ここに所属してるですね、あの、ハンガリー中の優秀な研究者、科学者はですね、
西側もですね、全然行けたみたいなので、西側の研究所とか学会とかに行ってですね、
学んだ知識を持ち帰ってきたというところで、非常にレベルの高い研究所だったみたいですね。
03:01
すごい環境が近場にあったってことですね。
そうですね。で、最初にですね、発見された研究室ですね。
ここが魚類養殖研究所に位置していたという話をしましたけれども、
そこの関係ですね、魚類養殖研究所に発見してくれた、
生化学者のパルカシュティボル、ちょっと難しい名前ばかりなんですけど、
資質の研究室だったんですけれども、こういった先生とですね、
あとまたいろんな研究者と共同研究も行ったそうなんですね。
これはたまたまなんですかね。
やっぱりあれですかね、魚類に、養殖に行ったおかげの縁だと思いますね。
すごい、いろんなところへ繋がってくるんですね。
繋がってきますね、本当に。
で、この中で共同研究した中でですね、印象深い研究者っていうのが何名かいらっしゃる中で、
特に印象深かったのがコンドロシエーヴァという方とですね、
ルダ・エルネっていう方ですね。
この辺別に名前を覚えてくださいってわけじゃなくて、
ヨーロッパの名前って面白いなと思って書いたんですけど、
そういった方と一緒に研究したみたいです。
で、ティボルにですね、お父さんと話したらですね、顔を輝かせていたらしいんですけども、
僕も子供の頃に肉屋になりたかったんだよって言ったらしいですね。
脂肪が好きだから?
なんでですかね。肉屋になりたかったから脂肪に行ったんですかね。
どっちが先にどっちかとかわからないですけど。
なるほど。
実はですね、この脂肪、脂っていうのがですね、
将来ワクチンを作るところでもですね、非常に重要な要素になってきます。
ここら辺の知識っていうのは非常に重要になるんですけれども、
ベクターって呼ばれるですね、
遺伝子をですね、細胞の中に運ぶ、運びやすいというか、
ベクターって運び屋っていう意味なんですけど、これどういったもので運ぶのかっていうので、
例えばウイルスの遺伝子を潰して、ウイルスの核は表側だけども、
中身は送りたいDNAとかRNAに変えちゃうっていうですね、
ウイルスベクターっていうようなものがあったりとか、
あとは細胞の中にですね、直接小さなマイクロインジェクションって言うんですけど、
針を刺して、DNAとかRNAを直接注入しちゃうとかですね、
06:00
様々な手法が考えられるんですけれども、その中でリポソームっていうものがあります。
で、これどういうものかっていうと、
細胞自体はですね、脂質二重膜っていうですね、
臨脂質って呼ばれる脂質ですね、脂肪の油の膜で
細胞っていうのが覆われて、細胞っていう小さな構成体を作ってるわけですけれども、
この全く同じですね、その細胞膜と同じ油の膜ですね、
小さな膜の中にDNAを閉じ込めておいて、もしくはRNAを閉じ込めておいて、
細胞の上にふりかけてやるとですね、
油が浮いたスープの油をお箸の先とかでチョンって叩いて、
ひっつけるっていう遊びやったことないですかね。
うん、あります。
子供の時、僕あれをどんだけ大きいの作るのかっていうのでよくやってて、
お母さんからいい加減食べなさいっつってよく怒られたんですけど、
あれと同じことが起こります。
なので、DNAが包まれた油の膜は、
細胞の膜とぶつかるとですね、
同じ脂質膜なので融合してひっついてですね、
一つの膜になるというところで、
そうするとDNAの方が入ってた方ですね、
これがリポソームっていうんですけども、
リポソームが細胞から見ると割れてですね、
その中に入っているDNAが細胞の中に入ってくるみたいな、
そういう現象が起こるんですけれども、
これはリポソームのベクターという形になりますね。
これは脂質でできている膜になりますので、
脂質研究っていうのがここで非常に重要な要素に、
彼女とって非常に重要な要素になります。
このリポソームに薬とか酵素とかDNAとかRNAを入れて、
細胞に届けようと、
そういうような研究ですね。
まだこの時にはそういう考えがあっただけで、
実際できるかどうかっていうのが全く分からなかったんですけど、
それをですね、カリコたちは取り組みます。
で、リポソームというようなものはですね、
1965年に発見されたわけですけれども、
磷脂質ですね、
これが原料になるわけですけれども、
脂質二重膜ってさっき細胞膜のことを言いましたけれども、
これ主な原料は磷脂質になります。
主な原料というか、磷脂質でできているものが細胞膜なんですけれども、
これをですね、
この原料がですね、ハンガリーではですね、
西側では簡単に手に入ったらしいんですけれども、
09:04
ハンガリーでは鉄のカーテンに遮られて
購入することができなかったみたいですね。
で、共同研究者のですね、エネルがですね、
考えたんですけれども、近くの食肉処理所に行って、
牛の脳みそをもらってこようと。
脳みそっていうのは油の塊でもありますので、
ここからですね、いろいろな処理をして、
それから磷脂質を取り出せばいいじゃないか。
魚類研究所と同じですね。
本当ですね。たくさんエネルないから作るっていう。
それと全く同じ感じで、牛の脳から作るみたいな感じですね。
たくさんエネルを米から作ったわけじゃないですけど、
これは本当にもうまさに牛の脳から、
いろんな有機オーバーを使ってですね、分離していって、
最終的に純粋な磷脂質を取り出すということをやったみたいですね。
これでやっと材料が揃ったというところで、
いよいよリポゾム作れるぞっていうふうになりまして、
そこにですね、DNA、正確に言うとプラスミドDNAっていうものですけれども、
それをですね、封入して、バイオ細胞の上に振りかけてやると。
このプラスミドDNAの中にはですね、
その細胞自体が作らないであろうタンパク質の
情報を書き込んでおくんですね。
例えば人間のバイオ細胞であればですね、
そこに昆虫のしか作らないタンパク質の情報、
タンパク質の情報をDNAで書き加えておいて、それを送り込むと。
例えばそういうことをしてですね、振りかけた後に
細胞をすりつぶしてタンパク質を分析してみてですね、昆虫しか作らない、
例えばタンパク質を作ってたら、これ送り込んだDNAがちゃんとワークしたんだと、
ということが証明できますけれども、そのような実験をやったわけですね。
そしたらですね、細胞の中に送り込んだであろうDNAの
情報から作られたタンパク質っていうのが、分析の結果
見つかったということで、このリポソームの実験はまさに成功したんですね。
すごいなぁ。
本当に脳からまずリポソーム作ってっていうところで、
ついに成功したっていうことですね。
お父さんにですね、このことを報告するとですね、すごい生物学のことは
なんちゃらわかってないわけですけれども、すごい喜んでくれたみたいで、
12:01
お前をすごい褒めてくれたみたいですね。
お前は拓刀、拓刀っていうのは探索者っていう意味らしいんですけれども、
お前は探索者だなと、拓刀だなと。
ずっと今までお父さんのポケットのお金を拓刀してたけども、
今はずっと重要なものを拓刀してるなって褒めてくれたらしい。
ポケットのお金で拓刀してたの?
拓刀してなかったと思うんですけど、
ポケットのお金で暮らしてたっていう意味でしょうね。
それが今はもっと重要なものを探索してるんだなっていうので、
褒めてくれたっていうことですね。
拓刀はこの基礎生物学者になってからですね、この言葉を心に刻んでるらしくて、
私は誰も知らない真実を探索する拓刀ですね。
まさに科学者ですよね。
誰も知らないことを知りたいからこそ、科学をやって実験をやって真実にたどり着くっていうのを私はやるんだと。
そこに道がないわけですよね。見習うべき手本もないわけですよね。
何を探してるのか、それがあるのか、どうやって発見すればいいのか。
そしてそれが見つかるのかっていうところが何もわからないけども、それでもやるんだと。
探索するんだという、この基礎生物学者としての真理をですね、
これこそが私がやるべき道だというふうに、心に刻んだそうです。
素敵なお父さんですね。
本当に素敵なお父さんですね。
原理のところを評価するっていう。
このお父さんにしてこの娘ありなんだなって。
本当ですね。
いらっしゃいますね。
これでこの細胞にキプソウムを使って送り込んだDNAで、
そういう手法を使ってですね、
何か細胞に違うタンパク質を作らせるということができるんだということを証明した。
証明したというか、できるということを本当に実践したっていうんですかね。
これをできたお祝いをですね、
研究室の人たちと一緒にですね、祝おうということで、
お父さんがですね、卒業祝いのときに作ってくれてたソーセージですね。
これを実験室のビーカーでお湯で茹でたんですね。
薄いのままみんなで食べてお祝いしたそうです。
アルコールランプで寝したのかな。
そんな感じなんでしょうね、おそらく。
アルコールランプなのかガスバーナーなのか。
ガスバーナーかわからないですけど。
15:08
大学をですね、卒業せずにそのまま研究所に入ったというところですけれども、
大学の学生であることは変わりなかったんですが、
いよいよ大学を卒業する時期になりまして、
そうすると寮を出ないといけないというところで、
大学を卒業してですね、いよいよですね、
部屋を探すというところなんですけれども、
クラフメートだったですね、アンナっていう子と一緒にアパートを借りて住んだそうです。
で、同じくですね、ベーラーですね。
お付き合いをしてたベーラーも高校をですね、同じ年に卒業したみたいで、
研究所があったセゲトからですね、
30キロ離れたイシュテレクというところにある実家の方に戻られたみたいですね。
セゲトにある電話ケーブル工場に働きに来たらしくてですね、
仕事の合間合間に会いに来てくれたりしたそうです。
彼の卒業式でですね、彼のご家族に初めて出会ったということです。
そうなんだ、ずっと順調に続いてるわけですね。
そうですね、順調に続いてる感じですね。
博士号をですね、取得するため、卒業後博士号を取得するという道になっていくわけですけれども、
そのためにですね、カリコはですね、さらに数年間ですね、研究所で働き続けることになります。
さっきのですね、リポソームのテーマとは別のテーマですね、
もう並行してやることになるんですけれども、
それがですね、インターフェロンシステムですね。
インターフェロンというものを研究することになるという形ですね。
B型肝炎とかC型肝炎とか、
ああいったのってウイルスが起こしますけれども、
それを治療するためにインターフェロンっていうのがあるんですけれども、
そんなのって聞かれたことあります?
はい。一応一通り学びます。
あ、やっぱり薬学部で学ぶって感じですかね。
なんか僕これ結構、社会人になってたかな。
インターフェロンが肝炎治療に使えるようになりました。
なんかそれで、っていうニュースはすごい覚えてるんですよね。
インターフェロンってなんじゃそれっていうので、
それまでウイルスに対しての対策っていうのがあんまりないから、
風邪とかも、風邪薬とかもよく対象療法だよとか言いますけれども、
18:06
それが初めてぐらいなのか、ちょっとすいません、
ウイルスに対しての薬って他にどういったものがあるのかとか、
歴史とか詳しく知ってるわけじゃないんですけど、
これを発見されて、しかも治療薬として使われるようになったっていうのは、
僕にとっては結構衝撃だったのが覚えてるんですけれども。
そうですね。
ちょっとインターフェロンについて説明するとですね、
インターフェロンっていうのはタンパク質の一種なんですね。
これもともと生体内に存在しているウイルスに対する防御反応で、
それを薬に応用したというような形になるんですけれども、
ウイルスに感染してですね、
ウイルスの中にはですね、RNAを遺伝子として持っているものが多いんですけれども、
DNAを遺伝物質として持っているウイルスもいますし、
RNAを遺伝物質として持っているウイルスもあるという形で、
DNAウイルスとかRNAウイルスというふうに言いますけれども、
ウイルス由来のRNAを感知する、
生体が感知すると分泌される物質がインターフェロンになります。
で、カタリンがですね、この研究室に入った時にですね、
ロンドンのですね、ビアンカーという博士がですね、
2-5-アデニル酸というですね、
これすごい小さな特殊なRNAなんですけれども、
それがですね、RNASLというですね、
ものを活性化させる。RNASLというのは、
RNAを壊す酵素という意味なんですけれども、
それのL型というんですかね、RNASLという名前のRNASですね、
それが活性化してウイルスのRNAを分解するということを発見したんですね。
ちょっとすみません、ややこしい話なんですけれども。
で、まあちょっと台本の方にはですね、
科学式、2-5-アデニル酸というのがどういうものかというのをちょっと
出してるんですけれども、これ通常のですね、RNAっていうのはですね、
3-5-って言って、
これ口で説明するのはかなり難しいな。
難しいですね。
まずDNAとかRNAはですね、糖が1つあるわけですけれども、
糖が酸素を一番上にして、
五角形の形をしてるんですね。
21:01
それの五角形の形っていうのは、あとはOが一番上で、
Cが1,2,3,4っていうふうな形でついてるんですけれども、
これのですね、右回りにですね、
1個目、2個目、3個目、4個目みたいな形で
番号がついてるんですね。
3つ目の端っこと5つ目の端っこが隣同士で
ひっついてるっていうふうに思ってください。
それがですね、2個目のCですね、と5個目のCで
ひっついてるっていうのが2ダッシュ5ダッシュっていうような形になりまして、
この言い方で言うとですね、通常のRNAっていうのは3ダッシュ-5ダッシュアデニル酸
っていうことになるのかなと思うんです。アデニル酸じゃないですね。
アデニルはAだけなので、何酸って言うんですかね。
普通だと3ダッシュ5ダッシュのつながりなんですけれども、2ダッシュ5ダッシュのAだけのものが
この特殊なRNAということになります。
ちょっとすいません、かなりややこしい説明で
また想像してくださいというか、気になる方はぜひ
ネットか何かで調べてください。
そういうちょっと特殊な小さなRNAがですね、
RNSLを活性化させてウイルスRNAを分解するということが発見されて、
それがインターフェロンの役割なんですけれども、
カタリンはですね、この小さなRNAですね、2-5Aですね、
先ほど出てきたリポソームですね、
ピス二重膜、小さな膜の中にですね、これを閉じ込めてやって
体内に送り込んだらですね、ウイルス治療に使えるんじゃないかなっていうふうに考えたんですね。
これをですね、クリアするにはまず2つの課題があります。
まず1個目がですね、当たり前ですけど資金ですね。
研究資金がないとダメです。
ただですね、これはチームのIENEっていう研究者がですね、産業界につてがあってですね、
レアナル社というですね、ハンガリーの製薬会社に支援を依頼したんですね。
そうするとですね、これって成功すれば非常に新しい抗ウイルス薬になるなということで、
レアナル社は乗り切れ資金を出してくれたそうです。
そうですね。
専権の命があるというか、そんな感じですね。
2番目としてはですね、やっぱり設備が整った実験室がないといけないというところなんですけれども、
チームの他のメンバーですね、有機化学者ばかりだったんですね。
24:00
生物学者はカタリン一人だった。
なので、抗ウイルススクリーニング用のですね、
どういう実験をすればいいのかっていうところが他の研究者は分からないわけですよね。
有機化学者なので、何か化学的に合成をしたりとかして
新しいものを作り出すのはおそらく得意なんでしょうけれども、
それを生物、その作ったものを使ってですね、それが薬になるのかどうかっていうですね、
効果を測定する方法とかそういったところが分からないというところで、
それはもう若いカタリン一人でやることになったということですね。
ただ非常に問題なのがですね、1978年ですね、
私ついに生まれまして3歳になってますけれども、
その時にはですね、ハンガリーは実験室用のですね、
設備を売ってるというところもなければですね、実験に必要な
試薬を販売しているというところもなかったそうなんですね。
なので、いろいろな研究室を訪ねてですね、
どういう設備が必要なのかっていうのを見て歩いて、
手伝ってくれそうな人にはとにかくお願いをしたということですね。
こういう研究室の立ち上げっていうのが大学生、大学院生ですね、
カタリンにとってはすごい勉強になったそうです。
なるほど。
今はもうこの辺りね、全部業者の方でこういうことを専門にやってる
人たちっていうのもいますので、先生、研究室立ち上げたいんだったら
こここういう設備が必要ですねとか、この実験するんだったら
これ必要ですよとか、図面引いてどこに何を置くとかですね、
そういったのまでやってくれるわけですけれども、
この当時はもう研究者自身がそれをデザインしてやらないといけない
という感じですね。
大変だなぁ。
いやー、本当大変ですね。何もない時代に。
研究だけをしてるわけにはいかないですもんね。
そうですね。材料も作らないといけないですし、牛の脳みそから。
いやー、本当。
それでももう諦めずに作っていくんですね。
ということですね。
あとですね、カタリン自身が魚類のところで資質の勉強したりとか
してたんでしょうけれども、ウイルスについての知識はあまりなかったみたいなんですね。
なのでウイルスについてとにかく勉強したみたいです。
ウイルス、勉強すればするほどよく分かったらしいんですけれども、
ウイルスはめちゃめちゃ小さいのでですね、何億倍もでかいですね。
我々の命を奪うこともあるというところで、こんな単純なものがすごいんだなという風な感じだったらしいですけど、
27:12
逆にですね、ちょうどこの当時ですね、人間もウイルスに一つ勝利をしてます。
1977年ですね、このカタリンが実験設備を作ったりとかっていうので頑張ってる1年前になりますけれども、
僕が2歳の頃ですね、スマリアでですね、最後のですね、自然感染をした天然痘患者っていうのが報告されています。
これが最後ですね。
これ以後、天然痘はなくなるんですよね。
もう世界中を苦しめ続けた天然痘ですけれども、これがついに報告されなくなりました。
そして1980年ですね、WHOが天然痘の撲滅を宣言しております。
このイヌルスは割とカリコ先生にとっても衝撃だったんだろうなと思って。
そうですね。
そして僕、この話をですね、台本作ってて思ったのが、天然痘って僕が生きてる時代でもまだ存在してたんだなと。
あーなるほど。
ちょっとびっくりしましたね。
もうね、今絶対話に出てこない病気ですもんね。
そうですね。歴史物読むとやっぱり天然痘の話が出てきたりとか、
それこそ言葉の中でもね、アバタはエクボとかって言ってね。
かわいい子が天然痘にかかった後のアバタもエクボみたいにかわいいもんだよっていうそういうことわざみたいなもんですけれども、
こんな言葉もなくなって、アバタっていう言葉はもう使わないですもんね。
もう使わないですもんね。
なんかあるのは知ってるけどみたいな感じですかね。
あるのは知ってるけど。
そうですね。
とりあえずこんなところで、ビリがいいところで終われればと思います。
ちょっとこの回はDNAの構造の話から入ってきたので、ちょっと難しいところもあったんですけど。
そうですね。
セントラルドグマとかも言葉で説明するのってどうやって説明すればいいんだろうってちょっと今思いながら。
そうですね。
でもこの辺りちょっと説明しないとこの先がわかんないんだよなって思いながらとりあえず。
ちょっとわけのわかんないところも説明を試んでみましたけれども。
ちょっとね、質問用語的なものも出てきましたが、いよいよちょっと本格的なウイルスというものに立ち向かうっていうね、
やっぱり先生の話をお送りさせていただきました。
ということで、また次回はいろんな事件が起きるのかな。
30:02
そうですね。事件がいろいろと起きます。
ということをお送りさせていこうと思います。またよろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
ありがとうございました。失礼いたします。
はい、失礼します。
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