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https://forms.gle/mmwtAribqPbMZCxj8
心がふっと軽くなる「禅語」シリーズ。
今回は、「知足(ちそく)」についてお話しします。
「もう十分である」と、満たされていることを知る。
言葉にすると簡単ですが、私たちの周りには魅力的なモノやコトがあふれています。
食べ放題でついお皿に盛りすぎてしまったり、車を買うときに必要以上のグレードを選びたくなったり…。
そんな「もっと、もっと」という欲望の心(むさぼりの心)と、どう向き合えばいいのでしょうか。
この放送では、「知足」という考え方をヒントに、穏やかな心で日々を過ごすための方法を語ります。
放送冒訪頭では、綺麗な月と「皆既月食」についての雑談も。ぜひお聴きください。
#仏教 #禅語 #知足 #足るを知る #法話 #お寺 #生き方 #シンプルな暮らし #マインドフルネス #心の整え方 #standfm
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stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/5f5a393ff04555115dcb4f8e
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今回は、「知足(ちそく)」についてお話しします。
「もう十分である」と、満たされていることを知る。
言葉にすると簡単ですが、私たちの周りには魅力的なモノやコトがあふれています。
食べ放題でついお皿に盛りすぎてしまったり、車を買うときに必要以上のグレードを選びたくなったり…。
そんな「もっと、もっと」という欲望の心(むさぼりの心)と、どう向き合えばいいのでしょうか。
この放送では、「知足」という考え方をヒントに、穏やかな心で日々を過ごすための方法を語ります。
放送冒訪頭では、綺麗な月と「皆既月食」についての雑談も。ぜひお聴きください。
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サマリー
今回のエピソードでは、禅語「知足」について学び、足りていることの認識の重要性やむさぼりの心が引き起こす苦しみを考えます。具体的な例として食べ物や車の購入を通じて、欲望をコントロールする方法や心の平穏を保つことの大切さを探ります。
00:05
どうも、コウブンです。
栃木県の片田川にある蓮城院というお寺で副住職をしております。
今日はですね、ちょっと珍しく雑談から入ろうかなと思います。
今日は9月7日の、現在は午後7時30分なんですけども、
いつも私この収録をするときは、外を散歩しながらなんですね。
今日も散歩しながら歩いてるんですけども、なんと今日は月がものすごく綺麗なんですよ。
なんとってほどでもないですけど、めちゃめちゃ綺麗なんですね。
先日の台風一下のせいか、よく空が晴れておりまして、若干の薄曇りは出てるんですけども、月がよーく見えるんですね。
ほぼ満月です。
で、満月だなーなんて、この秋に差し掛かった状態で、満月ってなんか綺麗だなーなんて思ってて歩いてたら、
なんかね、調べてみたら、この満月のピークは、明日の、今日が7日だから8日ですね。
8日の午前2時頃なんですね。午前2時頃。真夜中ですよ。
その頃が満月のピーク、一番円に近い状態なんですけども、なんと、
今日というか明日ですね。明日の朝、回帰日食があるそうです。
回帰日食ってわかりますか?月が地球の陰に隠れて暗くなる現象ですね。
回帰日食があるそうです。
で、西の空で回帰月食。
よくよく考えたら、確かに、回帰月食とか回帰日食っていうのも、西の空で起こってもおかしくないはずなんですけど、
今までなんとなく、なんだろうな、東の空で起きるようなイメージがあったんですが、
今日は西の空で回帰月食があるそうです。
だいたい午前の2時から3時頃だそうです。
もしこれを聞いて、その時間も起きてるよという方、ぜひとも見ていただければ。
今日はすごく晴れるそうですので、全国的に。
西の空あたりを見ていただければ、オレンジに輝く満月が見れるんじゃないかなと思います。
完全に真っ暗になるわけじゃなくて、オレンジになるそうなんですよ。
オレンジの月というものを見てみたい方、
今日じゃない、明日の9月8日の午前2時から3時頃、西の空を見てみてください。
というわけで、今日の本題に行きたいと思います。
知足の重要性
本日は、ぜひ皆さんに覚えていただきたい禅語というシリーズをお送りしたいと思います。
禅語、禅の言葉ですね。
この禅の言葉、禅語というのは、その言葉自体に明確な答えというものがあるというよりかは、
どちらかというと、方向性を指し示すような、何かを導くような、そういったものが多いのが特徴です。
なので、この禅の言葉、禅語に触れて、自分がもしも苦しい時に何かのヒントになればいいかなというところで、
どうぞお守りのように言葉を大切にしていただければというふうに思います。
今日ご紹介する禅語というのは、知足という言葉でございます。
知足、聞いたことはありますでしょうか。
割と有名な言葉だと私は思っているんですが、どういう字を書くかといいますと、知識の知、知恵とかの知に足と書きます。足。足りるとかという字ですね。
知ることが足りる。そんなふうに書くわけですね。
もうちょっと知ることを足りるという言葉だけ聞くとわかりにくいので、わかりやすい表現をするとひっくり返して、足りていることを知るということですね。
どういうことかというと、ここまで聞けば大体わかると思うんですが、
もう十分だということをきちんと認識しましょうねということですね。きちんとわかりましょうね。これが足りを知るということですね。
わかりやすく例えるのであれば、やっぱり食べ物。食べ物が一番わかりやすいかなと思うんですけれども、
むさぼりの心とその影響
例えば、バイキングってありますよね。最近ではブッフェっていう言い方もしたりしますけど、いわゆる食べ放題的なもの。
ついついあれもこれもとったりしませんか。しますよね。私もよくそれやりがちなんですけれども、あれってよくよく考えたらそんなに食べる必要ってないんですよね。
でも、その食事の会場とかに行ってしまうと、ついあれもこれもとってしまうっていうことってありますよね。
その時にこんなに食べる必要ないですよねっていうことをですね、きちんと心の中でわきまえるっていうのが大事だよっていうところなんです。
もう十分だっていうこと、わかってるよっていうのが大事なんです。つまり欲望のままね、あれもこれも食べたい、もっともっと食べたいというようなむさぼりの心に支配されないようにしましょうということなんですよね。
そりゃそうですよね。だって食べ過ぎてしまうと結果的にね、非満につながる可能性が非常に高いですよね。
だって過剰に摂取するわけですから、自分の生命活動を維持する以上のエネルギーというものを遥かに超える栄養をとってしまうわけですから、それは太ります。普通に考えたらね。
太ってしまうと様々なネガティブな要素が考えられますよね。一番わかりやすく言うと病気、太りすぎによる病気ですね。血糖値が上がって糖尿病になってしまったりとか、あるいは脂肪が溜まりすぎて血液がドロドロになってしまって血管が消えてしまうとか。
もちろん太っているから絶対そうなるというわけではないんですが、ただそういうリスクというものを背負いやすくなりますよね、というようなこと。
これ、私たちは知識としては知っていても、なかなか目の前の衝動に抗えないところってあって、結果的に太ってきてしまうというのはあるんですよね。
でも、やっぱり大事なのは、自分にとってこれは過剰接種なんだなというところをきちんと認識するという心ですよね。
今私はむさぼっているな、この食事はもうむさぼりなんだなというふうにきちんと知っておくということ。これが知識というところなんですよね。
で、なんでむさぼりというものに対してきちんと知るべきだというふうに言っているかと言いますと、それは結果的にむさぼりの行きつつ頃というのは苦しみになるからなんですね。
むさぼりの果ては苦しみである。人生は一度しかない人生ですから、できれば苦しみというものを少なくして穏やかに過ごしたいですよね。
でも、むさぼりの心というものがもたらすものというのは一時の快楽はもしかしたらあるかもしれません。
でも最終的には苦しみというものが多くなる。トータルで見たら、人生の軸で見たら苦しみの方が長くなるというところなんですよね。
だからタルを知って、もう十分だということを知って、今自分がむさぼりの心に支配されているんだということを知って、
じゃあどうしようかというような次のステップに移る準備をするというところなんですよね。
欲望のコントロール
要するに簡単に言うと、タルを知ることで自分の行いを反省しましょうということなんです。
とはいえですよ、毎度毎度私も言いますが、非常に難しいです。そうは言っても。
なんせね、また食べ物の話になりますけど、おいしそうな食べ物が目の前にいっぱいあったら食べたくなっちゃうんですよ。
それが人間というものですよね。でもですよ、きちんと。
これは今自分はむさぼりの心に支配されているんだ。
じゃあ今日、今ここで食べるけど、その代わりお昼は少なくしようかな。
いや、お昼ご飯を抜こうかなみたいなね。
トータルで1日のトータルカロリーをきちんと調整しようかなみたいな心に、マインドに持っていくようになるというのが大事なのかなと思います。
もちろんこれは食べ物に限ったことではありませんよ。
人生のいろんな場面でもっともっとという心ってありますよね。
例えば、私は男性なので、もしかしたら男性にしか共感できない部分かもしれませんが、
車を買うときって、カタログに書いてあることってあまりにも魅力的すぎませんか。
例えば、とある車の中でグレードが2つある。
A、B、Cってあったとしたら、Cは一番安いですよ。
最低限のものがついてますよ。運転するには十分です。
でも、Bのグレードにすれば、かっこいいエアロンがついてます。
便利な電動パワースライトドライバーがついてます。
さらに、Aグレードにすると、先進のテクノロジーが搭載されていて、自動運転がついてますみたいな。
どうしようってついなっちゃいますよね。
でも、よく考えたら、車というものをどういうふうに使うんですかって考えたら、
自動運転がついてます。
でも、よく考えたら、車というものをどういうふうに使うんですかって考えたら、
Cで十分なんです。
でも、むさぶりの心。もっともっとという心。あれも欲しい、これも欲しいという心が、
私たちの欲望を刺激して、ついより良いものを求めてしまう。
より良いと思わされているものを求めてしまう。そういうところがありますよね。
そういったときには、ぜひとも少し冷静になってみて、ちょっと一旦心を落ち着けてみて、
一体何のために自分は車を買うのか。
自分の予算とかも考えて、であればAが欲しいところだけど、Cにしとくか。
そういう判断ができるようになるためのものが持続というわけでございます。
説得力があったから、あんまりないですよね。
私が単に車を買うために、自分が車を買うために、
自分が車を買うために、自分が車を買うために、自分が車を買うために、
説得力があったから、あんまりないですよね。
私が単にそんな欲望に弱いというのを露呈しただけのような気もしますが。
というわけで、今日はここでお話を終わりたいと思います。
今日のような仏教の話、禅の言葉、そういったものをもっと聞きたいという方は、
どうぞリクエスト、コメント欄、あるいは概要欄に貼ってあるフォームから送っていただければ、
ぜひともお答えします。
また、人生相談、お悩み相談など、そういったものもぜひともお寄せいただければ、
そちらもお答えいたしますので、よろしくお願いいたします。
というわけで、蓮城院副住職の公文でした。ではでは、またね。
13:48
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