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2025-12-26 13:29

#335 【金曜日の金次郎】退屈な作業を、喜びを生む「勤労」に変える方法

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🎧 放送の概要
毎日やらなければならない仕事や家事、勉強に追われて、つい溜息をついてしまうことはありませんか?
今回は、栃木県・蓮城院に眠る二宮金次郎さんの教えをヒントに、退屈な作業を「喜び」に変える秘訣をお話しします。

キーワードは、金次郎さんが大切にした「勤労」という考え方です。
単に時間をやり過ごすだけの「労働」を、自分も周りも幸せにする「勤労」へとアップデートする方法を、私自身の新聞配達時代のエピソードを交えて紐解きます。

✨ この放送のハイライト

「労働」と「勤労」の決定的な違いとは?
金次郎さんが説いた、心を削らない働き方。


新聞配達と「タケちゃん」の思い出
退屈なルーティーンが「密かな楽しみ」に変わった瞬間。


日常で使える「プラスアルファの工夫」
家事や仕事、勉強を「尊い価値の創造」に変える具体例。

「めんどくさい」と感じる毎日を、ほんの少しの工夫で「実りある時間」に変えてみませんか?
ぜひ最後までお聴きください。

🏷️ ハッシュタグ
#二宮金次郎 #勤労 #仕事術 #マインドフルネス #モチベーション #お寺 #副住職 #蓮城院 #習慣化 #日常の幸せ
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https://stand.fm/channels/5f5a393ff04555115dcb4f8e

サマリー

このエピソードでは、二宮金次郎の教えに基づいて、退屈な作業を喜びを生む「勤労」に変える方法が語られています。日常生活の中で仕事や家事、勉強を通じて、自分や他人を喜ばせる工夫をすることが価値を創造するために重要だと提唱されています。

勤労の概念
どうも、コウブンです。
栃木県の片田川にある蓮城院というお寺屋で、副住職をしております。
今日は金曜日ということで、金曜日の金次郎をお送りしたいと思います。
この金曜日の金次郎というのは、二宮金次郎さんのことを皆さんに分かりやすくお伝えする、そういうコーナーです。
なぜそんなことをしているのかと言いますと、
私のお寺、蓮城院には二宮金次郎さんのお墓があるということで、
この放送を聞いて、いつか私のお寺、蓮城院までお墓参りに来てくれたら嬉しいな、なんてことを考えながら、こんなことをしているというわけでございます。
というわけで、今日のテーマは、退屈な作業を喜びを生む勤労に変える方法、
ということでお送りしたいと思います。
突然ですが、皆さん、毎日やらなきゃならないこと、そういったことに追われて、ため息をついちゃうようなことってありませんか。
会社の仕事、毎日の家事、学校の勉強、
まあめんどくさいな、早く終わらないかな、もしそんなふうに思いながら時間を過ごしているとしたら、それはもしかしたらとってももったいないことかもしれません。
今日は三宮金次郎さんの教えをヒントに、日々の退屈な作業というものを、自分や周りを幸せにする価値ある時間に変える方法についてお話をしていきたいなと思います。
このお話は、お仕事をしている人だけではなくて、学生さんの方、あるいは主婦の方、そういった皆さんに当てはまることなのかなというふうに思います。
なのでぜひとも最後までお付き合いくだされば嬉しいなと思います。
さて、三宮金次郎さんといえば、やっぱりあの姿、薪を背負って本を読むという、あれが有名ですよね。
彼が最も大切にしていた教えの一つに、勤労というのがあるんですね、実は。勤労感謝の勤労です。
皆さんはこの勤労と聞くとどんなイメージをするでしょうか。汗水を垂らして我慢して働くみたいなね、そんなふうに思っていることってないですかね。
実は金次郎さんの考えはちょっと違うんです。
彼はただ言われたことをやるだけのことを労働というふうに呼んでいます。または取ろうというね、そんなふうにも呼んでいたそうですね。
それに対して勤労というのは心を込めて価値を生み出す行為のことなんです。
つまり明確に区別していたというふうなことを言われております。
わかりやすく言えばこういうことなんですけども、労働というのは時間をやり過ごすということ。
ご飯を作る時間だから作るとか、上司に言われたから資料を作る、そんなところでしょうか。
ここには工夫とかあとは思いというのはあまりあるとは言えないですよね。
これだと心はどんどん疲れていってしまうということなんです。
一方で勤労というものは目の前のことに真心と工夫を加えるということなんですね。
どうすればもっと良くなるだろうか。どうすれば相手が喜ぶだろうか。
そんなふうに労働的に価値を生み出そうとするということ。
これが金次郎さんの言うところの勤労ということなんですよね。
アルバイトのエピソード
ここで金次郎さんのエピソードを紹介すればいいのかなと思うんですけども。
今日は私のエピソードを紹介しています。
ちょっと自慢に感じてしまったらすみません。
鼻につくなと思ったら鼻につくなとコメントしていただければいいかなと思います。
どんなエピソードかと言いますと、私が大体22、23歳ぐらいだったかな。
一度大学に行こうと思って勉強したことがあるんですよ。
もう既に働き始めていて、一回辞めて大学に行こうかなと。
大学で勉強していた時期があるんです。
それまで仕事をしていたんですけども、
お金がね、仕事を辞めて勉強していたものですからすぐお金がなくなっちゃったんです。
なのでアルバイトしないとダメだなと思いまして、新聞配達のバイトをしたんですね。
これは夜中行うものですから、昼間に勉強にも使えるからちょうどいいと思ったんですね。
新聞配達というのは、大体夜中の2時半ぐらいに出勤して、3時頃から配達始めるという形なんですね。
私の地域ではの話なんですけど、大体3時、3時過ぎぐらいからかな。
最終的には5時とか5時半ぐらいには終わるんですね。2時間から2時間半ぐらい。
そういうルーティンで毎日やってたんですね。
最初の頃はもちろん配達する順番とか覚えるまでは大変だったんですけど、
慣れてくるとだんだん早くなってきたというところで、
ところが慣れてくると今度はこれがルーティンになっちゃって退屈に感じてくれるんですね。
つまんないなって。
アルバイトだから別にそこまで責任感を持ってやっていたという意識もなかったし、
当時は若かったというのもあるんですが、
ともかくどちらかというとアルバイトが苦痛に感じてきたという部分があったんです。
でもあるとき気づいたんですよ。
毎日新聞配達を待っているおじいさんがいるなと。
仮にその方を竹田さんと呼びましょう。竹ちゃんと呼びましょう。
その方はちょうど私と配達のタイミングが合うと必ず挨拶してくれる人なんですね。
おはようと言って、今日どうだいみたいな異性のいい人。
だからこっちもそう言って言われると、おはようございますと言って、
新聞ですどうぞと言って渡してあげたり、そんなことをしていたんですけども、
時々雨が降ったりするといなかったりするんですよ。
そうするとちょっと寂しいなと思っちゃうんです。
何か挨拶してくれるおじいさんに会えないことがちょっと寂しい、つまんないというふうにそんな風に感じたんですね。
だからそのおじいさんがなるべく挨拶できるようにおじいさんがちょうど出てくるぐらいのタイミング。
毎日だいたい確か5時5分ぐらいだったかな。
記憶が新しければ。
そのぐらいに出てくる人だったんですよ。
ちょうど5時5分に新聞配達がいけるように調整するようになってたんですね。
だんだんだんだん。
手渡しをすると。
そうするとちょっとそこで一言二言挨拶をするんですよ。
おはようのほかに今日は何やねんみたいな。
そんなお話をしているのがひそかな楽しみだと。
おじいさんおじいさんで竹ちゃんは竹ちゃんで喜んでくれると。
新聞配達のあんちゃんがちょっと会話が楽しいみたいな。
そういう感じだったんです。
そういう関係性。
それがすごく心地よかったんですよね。
結果的にそれまでルーティンで退屈だなと思ってたのが
今日は竹ちゃんがいたなっていう話ができたなっていうのが
ちょっと喜びに変わっていた。
日常生活の工夫
そんな風になった記憶があります。
これはまさに勤労だなって今考えると思うんですよ。
ただその日のノルマをこなすだけではなく
言われたいことをやるだけではなく
どうやったら喜びに変えられるか。
自分自身もそうですけど相手の人。
今回私の例えで言ったら竹ちゃんですよね。
竹ちゃんがどうやったら喜ぶかなって。
やっぱりそれは手渡しをする。
挨拶をするという行いかなって。
その時の私は思ってました。
これがまさに勤労だなと。
そんな風に思うわけでございます。
ちょっとなんて言うんでしょう。
自慢というか思い出補正って言いたいのかな。
かなり良いような感じに話してますけど
実際は退屈だったなと思いもいっぱいあったと思います。
でも20年以上経って今思うと竹ちゃん。
あの時以来は会ってませんが
すごく良かったななんて思い出があるわけなんです。
この話はもちろん皆さんの生活にも
何らかの形で当てはまるのかなと思います。
例えば家事をするときに
ただ部屋を片付けるだけの労働をする。
片付けるだけだと労働ですけども
家族が帰ってきた瞬間に
ほっとする空間を作ろうみたいなね。
そう思って花を飾るとか。
何か家に帰ってきて良かったなって思えるような
何か一工夫。
部屋を温める。
夏だったらエアコンをつける。
ちょっとした一工夫。
他にも仕事の場合だと
ただ書類を作るだけではなくて
その書類を読んだ人が
一発で理解できるような
そういった図を入れてみようとか
文字を大きくしてみようとか
分かりやすい何かを書いてみようとか
そういった工夫をする。
それでも十分勤労になるのかなと思います。
勉強するときで言えば
教科書に書いてあることを覚える。
映すだけではなくて
将来この知識を使って
どうやったら役に立つかな。
自分のキャリアにどういう風につながるかな。
自分のことをまた他人に伝えるような
自分のことまた他人のことに対して
どうやって貢献できるか。
そういったところを考える。
そういうことを考えながら学ぶ。
これもまた勤労になるのかなと思います。
どんな立場であっても
そこに誰かのための工夫
自分のための工夫
そういったものを載せるだけで
尊い価値の創造に変わる
ということなんですよね。
すごくいい感じにまとまったかなと思います。
勤労とは我慢して働くことではない
ということなんです。
自分の手で日常の中に小さな喜び
そして価値を植えていく
ということなんですよね。
今日の仕事そして家事
勉強の中でたった一ついいので
プラスアルファの工夫というものを
してみてください。
金次郎さんがおっしゃった勤労
あなたのその小さな工夫が
やがて大きな実りになっていくのかな
というふうに思います。
ということで今日のお話はここで終わりたいと思います。
今日のお話また聞きたいなということは
どうぞコメント欄あるいはフォームの方から
リクエストをよろしくお願いいたします。
また人生相談やお悩み相談等も受け付けております。
どうぞよろしくお願いいたします。
連常委員副住職の幸文でした。
ではまたね。
13:29

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