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曹洞宗の最重要キーワード「身心脱落(しんじんだつらく)」をテーマに、執着を手放し、命の働きに身を委ねる生き方のヒントをお話しします。
栃木県にある蓮城院の副住職コウブンがお届けする「禅語」シリーズ。今回は、曹洞宗の開祖・道元禅師が悟りを開くきっかけとなった、非常に奥深く難しい言葉を紐解きます。
「身心脱落」とは、自分のこだわりや思考、さらには身体さえも脱ぎ捨てるということ。心臓の鼓動や呼吸のように、私たちの命は自分の意志を超えた「大きな働き」の中で生かされています。
「結果を追い求めるのではなく、今なすべきことに集中する」
迷った時の心のお守りとして、このお話を役立てていただければ幸いです。
#副住職 #蓮城院 #禅 #禅語 #身心脱落
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曹洞宗の最重要キーワード「身心脱落(しんじんだつらく)」をテーマに、執着を手放し、命の働きに身を委ねる生き方のヒントをお話しします。
栃木県にある蓮城院の副住職コウブンがお届けする「禅語」シリーズ。今回は、曹洞宗の開祖・道元禅師が悟りを開くきっかけとなった、非常に奥深く難しい言葉を紐解きます。
「身心脱落」とは、自分のこだわりや思考、さらには身体さえも脱ぎ捨てるということ。心臓の鼓動や呼吸のように、私たちの命は自分の意志を超えた「大きな働き」の中で生かされています。
「結果を追い求めるのではなく、今なすべきことに集中する」
迷った時の心のお守りとして、このお話を役立てていただければ幸いです。
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サマリー
曹洞宗の副住職であるコウブン氏が、禅語「身心脱落(しんじんだつらく)」について解説します。この言葉は、道元禅師が悟りを開くきっかけとなったもので、自分のこだわりや思考、さらには身体さえも手放し、命の大きな働きに身を委ねる生き方を示唆しています。自分の意志を超えて生かされている命の働きに気づき、結果を追い求めるのではなく、今なすべきことに集中することの大切さを説いています。
禅語シリーズの紹介と「身心脱落」のテーマ
どうも、コウブンです。 栃木県の片田舎にある蓮城院というお寺で副住職をしております。
はい、今日はですね、皆さんにも覚えていただきたい禅語のシリーズをお送りしたいと思います。
禅語の禅、これは座禅の禅と書きますね。 そして語、語は言語の語なんで
つまり禅の言葉、これがね禅語です。 この禅語の特徴、これはね、言葉自体に答えが書いてあるというよりかは
何かヒントになるような言葉が多いのが特徴的。 なのでその言葉をどうかね、心の
なんて言うんでしょうか、お守りみたいに 心に留めていただいて、そしていざ何か自分が
迷った時、そういった時に活用していただければな、まぁそんな風に思いながら こういったお話をしているというわけでございます。
はい、というわけで今日 皆さんに
お伝えする禅語は 心陣脱落ですね。
心陣脱落、はい聞いたことない言葉ですよね。 これね実はあの曹洞宗の
お坊さんね、みんな知っている言葉なんですよ。 でも曹洞宗のお坊さん、なかなかこの言葉
語りません。なぜなら非常に難しい言葉、どういう風に説明したらいいのか。
難しい言葉だからですね。なので私は今日ね 私自身もね本当にこれ説明できるのかなと
このスタンドFMで 説明できるのか、自信はちょっとないんですが頑張ってみます。
「身心脱落」の言葉の意味と道元禅師
できる限り伝えようかなと、そんな風に思っております。 まず心陣脱落どういう字を書くかと言いますとですね
心は身です。最初の心陣の心。 身というのは体のことですね。身体検査の心ですね。
心陣の陣。陣はねこれは心です。 二つ心陣だとちょっと言いにくいから心陣なんだと思いますね。
心、身と心という意味ですね。 心陣脱落の脱、脱はね脱げるって意味ですね。
脱げる。で落は落ちる。 つまり身と心が脱げ落ちる。そういう言葉ですね。
身と心が脱げ落ちる。どういうこと? って思いますよね。いやそれはそうですよ。
意味わかんないですよね。身と心が脱げ落ちる。 少しずつ解説していきたいと丁寧に解説していただきたいと思います。
この言葉を語った方誰かと言いますと 日本の総統首
大本山永平寺というお寺がね 福井県にありますが総統首の大本山永平寺
そこを開いたお方 道元禅師という方ですね。昔の昔の偉いお坊さんですね。約800年前のお坊さん。
鎌倉時代のお坊さんですね。その方が 残した言葉。これが心陣脱落ですね。
言葉の意味は身と心が脱げ落ちる。 意味するところはね
自分の思っていた
ありとあらゆる こだわり、考え方、思想、思考
あとは自分の体すらも そういったものも本来
本来ね 自分自身の意識で
作り上げているものではなくて 自然の流れで
そのような御縁で今ここにあるんだということに気がつくということですね。 めちゃくちゃ難しいこと言ってますけど
要するに自分の 命というのは
自分自身でコントロールしてるんじゃなくて 命の働きというものがあってそこに私たちは
その働きの中で生かされているんだということに気がつくということですね。 御縁の中に自分はいると言った方が分かりやすいかもしれません。
難しいですよね。 非常に難しい言葉です。
道元禅師と「身心脱落」の逸話
そもそもなんでそんな言葉ができたのかと言いますと これはね
一応そういうどういう 状況でその言葉が出てきたかというのがちゃんと
経典に残っております。 まず道元禅師
道元さんという方は すごく優秀な方だったと
言われております。エリートですね。 いわゆるエリート。でもそのエリートの道元さん、お坊さんとして修行していたですが
ですがですよ その
仏教の教えの中で納得いかないことがあったんですね。 納得いかないことの内容を説明するとちょっと大変なんでそこは端折ります。
とにかく納得いかないことがあった。 だから答えを求めるためにいろんなところでいろんな修行したんですね。
でも答えは出なかった。 だからじゃあ中国行こうと。当時中国は
日本よりも文明が発達していたのがいいのかな。
学問とかも先を行っていたというところで中国に行けばきっと素晴らしい
方がいて、その方に自分の求めている答え 納得する答えがあるのかもしれませんということで
実際行っちゃったんですね。命がけですよ当時は。 海を渡るってとても大変なことですからその大変な命がけなことをしてまでも答えを求めに行ったというのが道元さんです。
その道元さん、中国に着いてとあるお寺 修行道場ですね。その修行道場で座禅をしておりました。
座禅をしていたら隣に座っていたお坊さん、修行仲間ですね。 その修行仲間が居眠りをしていたそうです。
その居眠りをしていたお坊さん、それを見た 道元禅師の師匠ですね。
その師匠がその眠っているお坊さんに対して 眠っているとは何事だと
座禅というのは 身も心もすべからく脱げ落とすものだと
だから寝ていたらそんなことはできないじゃないか というふうに叱ったと言われております。それを聞いた
道元禅師、それまで抱えていた問いに 何か答えがわかった。
そんなふうに思ったそうです。 自分自身も心陣脱落、身も心も抜け落ちたんだ。
そんなふうに感じたと言われております。 そして自分が心陣脱落というものを確かに感じた。
わかったんだ。理解したんだ。納得したんだ。 というところをそのお師匠さんに伝えたところ。
お師匠さんもその道元禅師の言葉、確かにお前は 納得したようだなということを認めて
その教えがね、中国のお師匠さんから確かな教えは 伝わったんだという認可をいただいた。
認めていただいたというふうに伝えられております。 そのような逸話が残っておりまして、そこから心陣脱落という言葉が
日本にも残っているというわけなんですね。 これを聞いて
「身心脱落」の現代的な解釈と実践
どう思いますか? なんかよくわかんないっていうのが正直ですよね。
正直私もよくわかっておりません。 ただ一つ言えるのは
その 納得しよう納得しようと一生懸命何かを思い求めていた
そこに答えがあったんじゃなく、もうすでに自分は持っていた。 そこに気がついたということですよね。
それはすなわち 自分の体、例えば心臓。心臓って自分で動かせないですよね。
心臓って自分の意識で動かす人っていますか?いないですよね。 勝手に動いてますよね。あとは
なんでしょう? 睡眠。
睡眠も寝ようという環境は作ることができても、 寝るぞってスイッチオフみたいな形で寝るって人は多分いないと思います。
多分ね。 ちょっと正直そういう人もそれに近いことできる人いるかもしれませんが。
その他にも
そうですね。
食べ物を消化する。これは できないですよね。自分の意思じゃ。
他にも呼吸ですよね。寝てる間の呼吸。 寝てるから自分の呼吸を大きく吸ったり短く吸ったり
ということはできないですね。勝手に呼吸します。
はい。 つまり自分の体。
よくよく考えてみたら自分でコントロールするっていうのはほとんどないです。 大概ほとんどは
自分の意思に関係なく動いている。働いている。 命が働きがあるということなんですね。そこに気がついた。
そこに自分は自分の心はね。 自分の存在というものは
そういう命の働きの中にあるんだ。 ということに気がついたということ。
これぞ新人脱落 ということなんじゃないかなと私は理解しております。
はい。非常に難しい言葉ですね。
じゃあこの難しい言葉。
皆さんの日常にどう生かすんだというところ。 これは非常に難しいんですが私なりに思うのは
あの何て言うんでしょうね。 命というのはもう完全に自分の意思に関係なく働いている。
私が生きているというよりは一生懸命頑張ったから。 頑張ったから
得られるというんじゃなく 自分が何かを
そうですね自分の目標に向かって
進むこと。
進んだから得られるんじゃなくて進んでいることによって結果的に得られるというようなことですね。
ちょっと何言ってんだろうというところで 私も今言い語りながら思ったんですけども。
つまり求めよう求めようというんじゃなくて 求めるために自分が何を今するのかという行い、その連続の先に
結果が現れるということですね。 そしてその結果自身は
もちろんその自分の望むような結果を得られるのが最上ではあるんですが そうじゃないかもしれません。
それは分かりません。ただ そこに向かって自分は自分の成すべきことを行うというのが大事だよというこれが
新人脱悪だと思います。
なんかいいこと言ったな。
はいそういうとこだと思います。 だから
そうですね 家族関係で言ったらね
仮にですよ仮に 旦那さん自分の奥さんどちらでもいいんですが
何か
自分の思ったことと違うことした。 なんであんなことするのこの人は。
なんであんなこと言うのとかね。そう思ったとしても、してもですよ その人自身を
コントロールするということは本質的にできないんだから 何かを文句言ったりね命令をするとか怒るとかそういうことするんじゃなくて
そうならないようなそのような状況にならないような 行いというのを振る舞いというか
自分が今何をしたらこの人は
自分と仲良くできるのかなそういったことを思いながら 考えながらね普段の行動をしてみるとそれがいいんですよということ
そうですよね
難しいな。そういうことなんですよ
花からコントロールができない。だから コントロールしようとするんじゃなく
自分の望むような形になるように今自分のすべきことをしっかりとするというのが 大事だよということですね
そういうことなんですよ 新人脱落と
我が子といえど自分のものではないんだ
その事実に気がついて我が子が良い人生を歩むにはどうしたらいいのかな 今の自分に何ができるのか
それを思いながらね 大切に育てるとか
まあそういうお話です
まとめと今後のリクエスト
あんまり良い説明じゃなかったな 終わらなかったけど今日はこの辺で終わりたいと思います
今日のようなお話また聞きたいなという方どうぞ
リクエストよろしくお願い致します では連常院副住職の幸文でしたではではまたね
14:25
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