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「ホモソ」を見つめ、聞いて、考えて、もう一度話す1時間25分
2026-09-10 1:24:58

「ホモソ」を見つめ、聞いて、考えて、もう一度話す1時間25分

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M56.今回は先日シャーク鮫君が出演したイベント、【「ホモソ」を見つめなおす -男子ノリは何を生み、何を殺すのか-】のアフタートークになります。本エピソードだけ聞いても、十分に楽しめる内容です。ホモソの「ブラックボックス」化と客体化について。修学旅行の夜の会話に象徴されるような、女性を品評することで男性同士の絆を深める「他者の客体化」の暴力性。いかにして「私」という一人称の言葉を取り戻し、仲間内での「ナイスさ」を発見し合うケア的なコミュニケーションへ転換できるか。ヒントとしての、BL的な関係性。性的なファンタジー。現実の人間関係を丁寧に切り分けること。さらには「ぬいペニ問題」と男性性の表出、男子ノリの源泉としての家庭と身体など。イベント本編の「現在地の確認」から一歩踏み込み、「セックス以前の性欲」や男性同士の連帯のあり方など、今後の議論の指針となる対話になっています。次回開催の前に、ぜひとも本編トークイベントもお楽しみください。9月末までアーカイブ配信、販売中です。ぜひ!

■「ホモソ」を見つめなおす:男子ノリは何を生み、何を殺すのか【学術バーQ(東京・上野)
配信チケット購入は⁠こちら! (9月末まで販売)

◇「今世からちゃんとするために」 (「健康で文化的な生活のために」vol.2) https://peatix.com/event/5100951


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感想

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シャーク鮫君です。今回の音声は、先日、8月7日金曜日、学術バーQで行われたトークイベント、「健康で文化的な生活のために vol.1 ホモソを見つめ直す。男子ノリは何を生み、何を殺すのか?」というイベントのアフタートークとして収録している音声になります。
この大元のトークイベントについては、今、2026年9月末までアーカイブとして販売中という予定になっておりますので、ぜひとも概要欄からノートのリンクが貼っておりますので、そちらから購入が可能です。なんとか9月末までに購入いただいて、何度も繰り返し見ていただければなと思っております。
先に告知がちょっと入るんですけれども、この健康で文化的な生活のためにvol.2というのもございます。参加メンバーはですね、今回のアフタートークも一緒にご一緒しております、柿内正午さん、阿部廣二さんに加えて、ライセさんという哲学研究者主人、そして学術バーQスタッフのライセさんに参加していただいて、3人で健康で文化的な生活のためにvol.2、
今世からちゃんとするためにというイベントがございます。同じく学術バーQでございますので、こちらにもぜひ会場配信ともにございますので、見ていただければなという形でチェックしていただければなと思います。
詳細はまたPTXなど、またね、ホモソを見つめ直すとは全然違う内容なんですが、健康で文化的な生活のためにこういうことがいいんじゃないかということで続いていくシリーズでございますので、よかったらこちらもチェックしていただければとお願いしますという感じでございます。
はい、ということでホモソを見つめ直す男子ノリは何を生み何を殺すのかのアフタートーク、これから始めていきたいと思うんですけども、改めて今回の参加メンバーをご紹介したいと思います。会社員でポッドゲスト番組、ポエイエティックラジオ、ほか文美術教堂の私とはさめない社交をやっている柿内正午さんです。
柿内正午です。よろしくお願いします。
はい、もう一方ご紹介いたします阿部廣二さんです。
阿部廣二です。よろしくお願いします。
はい、この3人で改めてホモソを見つめ直す男子ノリは何を生み何を殺すのかというトークイベントを8月7日にやってきたんですけれども、大盛況ということで非常に3人とも手応えは感じつつ、まずは今回のイベントを終えての感想みたいなのを登壇者側からお聞きできればなと思うんですけれども、じゃあ柿内君からお願いします。
はい、そうですね。今回僕がこういうのやりたいんだっていうのを言い出して形になって、実際こうやっぱり人が入って人前で話すとクローゾーでうちうちで2人でと一緒に喋ってる時とは違った形でリアクションを含めね、話せることも変わってくるんだなっていうのをすごい感じて、それが良くも悪くもみんなこのホモソみたいなことに対してやっぱりこんだけ興味持ってるんだなとか、
03:16
それに対して思ってることって色々あるんだなぁみたいなところも含め、非常にここにその個人的な体験だったり経験みたいなものと他の人たちとの間での接点って作れそうなんだなぁみたいな手応えを得たイベントだったなっていうのがまず大きかったかなぁと。
なるほどなるほど。受けてお話しすると、その緊張感みたいなのは、2人とは色々コミュニケーションして喋ってる中なんですけども、すごく会って良かったなぁと。良く作用したかなぁとは思っていて。
かつ、ここが自分の中で発掘した感覚とか、こういう話をしてこういう方に届くんだみたいな、今までやってきた活動よりも新しい範囲に何か自分の言葉とかが届いていく感じ。かつ自分も喋ったことないようなところを喋っている感じみたいなのがあって、
その辺が始まりとして見つけたぞっていう感覚があったんで、まだまだいろんなことができるなぁみたいなことは僕も同時に思ったっていう感じですかね。安部さんどうでしょうか。
私もこれまで学立ボンQでは結構いろんなイベントをさせてもらってたところなんですけど、これまでにない形だったなぁというのがまずは1個思ったところで。
自分のやってきたやり方とはちょっと違って、せっかくお二人で一緒にやるっていうところで、ちょっと違うような試みっていうのも。これは実際にね、中の音声聞いてもらえるとわかるかなっていうふうに思うんですけれども。
というところで、個人的にはまずはそこは手応えは感じたというか、こういう形もいけるんだなっていうのがまずはありました。
で、やっぱりなんて言うかな、学術的な言葉をどう経緯な言葉に砕いていくかみたいなことを私たちはいつも考えてたんだけど、今回結構逆で、私たちの日常的な言葉がその学術に関わってた時にどういう見え方があるのかみたいな、
そのちょっとボトムアップというかね、そういうような形で考えてたところがあって、それの一方で難しさみたいなところ。もう少し学術の言葉で語っても良かったのかもしれないと思ったりするところもあるし、逆に言うとこんなもんでも良かったのかなぁとかっていうようなところもあるし。
っていうので、それはちょっと今後のところでチューニングしていく部分ではあるのかもしれないけど、それはぜひちょっと皆さん聞いていただいて、もうちょっとこんな話してほしいとかっていうのは教えてもらえると嬉しいかなとかっていうのはちょっと思ったりしているところでございました。
はい、ありがとうございます。そうですね、リアクションとか終わった後、学術バー級では30分から1時間ぐらい、登壇者の人と同じようにちょっとお酒を飲みながらどうだったこうだったみたいな話とかをする時間があって、それが学術バー級のすごく良いところだとも思うんですよね。
06:11
その登壇するところとお客さんの距離みたいな、会場に来てくれるっていうところの価値っていうところにそこが前後の時間っていうのはあったりすると思うんですけど、そのあたりのリアクションとか、残ってお話しされてくれてる人の熱量が高いテーマに対する関心が高いっていうのはあると思うんですけど、
ざっくり言うともうちょっと行ってもいいのかなみたいな、もうちょっと踏み込んでもいいのかなみたいなのはリアクションとしてはそうしてあったのかなというところがあって、そこはもちろん僕もよくわかるし、やった結果はこのあたりでどういうふうに、自分たちの現在地の確認でもあるしっていうところが今回は僕は強調したかったところなので、
それは成功してるんだけども、中でもう一段階踏み込めてもいいのかなっていうのは、まあ現在地が見えたところでさらにもっとっていうのがあるっていうのは、狙い通りではあるんだけど、まあもうちょっと行けたかなみたいなところはありつつ、ただ今回一発目だからここら辺の整理、この自分の周りとか、まあ言ったらちょっと関係ないことかもしれないように聞こえるけども重要なんだみたいな話っていうのは、
もっと学術的なところとか議論が進むところにアプローチしていくと、ちょっと見えなくなるところでもあるんで、逆に言うと一回目にしかできないことでもあったなというふうに僕は思ってるんで、まあそういう意味では満足しつつ、これからに繋げられつつっていう感じで思っていて、ここは二人とも同じような感触なのかなと、今聞きながら思いましたっていうところですかね。
そうですね。
ありがとうございます。じゃあですね、今回実際にイベントと配信を見ていただいた感想っていうものをこの1ヶ月ぐらい募集しておりまして、それでいただいたリアクション、複数たくさんいただいております。そちらを紹介させていただき、改めてそれに応答していくという形で進めたいと思います。
はい、じゃあ、お一人目から紹介したいと思います。
お名前がモモンガさん。
面白かったです。もともとホモソに興味があり、自分が男だったらうまくやれてたかな、たぶんうまくやれたはず、ゲイラルキーの上の方やな、などと考えてしまうことがあります。
しかし話を聞いてみると、ストレートな暴力やキャラクターの反永久的な固定など、なかなかしんどいことも多そう。興味のないことに長年費やしてしまった話など、結構驚きでした。
同調圧力な話など、途中これはホモソだからなのかな、女子の集団もあるあるよな、と思う瞬間もあるにはありましたが、身体的な暴力でそれをわからせたり、心身の強さを誇示するみたいなところはやっぱり独特。ホモソって面白っ。
性とホモソについても逃げずに話してほしかったので、後半柿内さんがぶっこんでくれて助かりました。
09:05
ぶっちゃけ非ホモソ当事者はホモソも勝手にやってくれや、である程度流せることもあるのですが、性、とりわけ異性愛が絡むとわかりやすく被害があるので、見逃すわけにはいかないと感じています。
女性のお客さんも来ている中、絡み、さらけ出して話していたと思います。
安倍さんのブックオフで手を繋ぎ直せた話、とても良かったです。
ということで、感想をいただいております。
桃音河さんありがとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
はい、この辺り、柿内さんどうでしょう?
そうですね、まずこのホモソって面白っていう言葉に通訳されているこの距離感が割合、個人的には驚きというか面白いなと改めて思った頃で、
ホモソって何が一番厄介かって、外側から面白がろうと思っても、嫌をなくみんな巻き込まれていっちゃう話だからだなという風に思っていて、
でなんか結構その会場に来てくださったお客さんの中でも、いろんな方が今日話してたような話って別に男同士じゃなくてもある話だよねみたいな感想はいただいてて、
そこは結構反省点でもあるなというか、話したかったことというかホモソってここの最後のところで書いてもらっているような性の話とかなり密接に関係しているというか、
非ホモソ当事者はホモソも勝手にやってくれやで、実は流せないものがあるというか、
ホモソ自体にその異性愛規範みたいなものが密接に関わっていて、男同士の絆を高めるためにこそ女性に対しての性的な関わりみたいなものを自分たちの内輪のノリに取り込んでいってしまうというところまで含めて、
ホモソシャルっていう言葉の中には指示しているものとしてはあるものだから、なんかその辺りを含めて関心が持たれてるんだろうなっていう感覚があったんだけど、
この桃河さんの感想みたいなものは割合多く耳に入ってきて、それがなんかなんだろうな、僕らからするとなんか自分たちの持っている男性性みたいなものが、
ある種ストレートにそうではないような人たちに、それこそ女性であったりとかクイアーな人たちにもむしろその害を及ぼすものとして行われてきてしまう、
もしくは社会的にそういう構造があってしまうっていうところに対してどうすんだっけみたいなことを考えていたんだけど、
ある種そういう男が特権的に客体化、周りを全部客体化していくみたいなあり方や力学みたいなものとしてホモソを考えていたけれど、
ホモソ自体が一種客体化されていたというか、興味を持たれ、面白がられ、勝手にやってる分には面白いんじゃないみたいな形で、
12:03
学ざされてるっていうこと自体が、こちらからすると驚きだったし、なるほどそうだったのか、ちょっとそれはそれで面白いなみたいな気持ちになったっていうのが思ったかな。
なるほど、そうですね。やっぱり僕も同じような、今回の桃子さんのリアクション、今回のイベントとしての感想として突っ込まれているところみたいなのが大体書かれているみたいなところがあって、
僕ら自身も言ったらホモソって面白というモチベーションをスタートにしているところもある、今回のイベントっていうのは。
それは全肯定するわけではないが、いいところというか、何かホモソシャルをこれから見つめ直す、もう一回やり直すみたいなところ。
やり直すのかどうかっていうところはまたあると思うが、っていうスタートから、じゃあでも自分たちにとってどうなのかというスタート地点から話してみようという2時間3時間だったわけで。
なんで、正直そこの僕たちがホモソシャルという中で過ごしてきたことっていうところから外により出ていく話っていうとこまで行き切れなかったっていうところが、
やっぱり一番、さっき自分たちの反省でもあるっていうところはそのあたりだと思うし、やっぱりそこ、加計君がちょっと言ってくれたりして、
性的な話っていうところ、性とホモソシャル、性的なこととホモソシャルの関わりと自分自身のことっていうことについても話したんだけど、
もうちょっと時間を割いていければあったかなというところがあり、かつ逆にそこの関心みたいな、
例えば自分たちがホモソの中にいて、非当事者に対してどういうことが及んでいるのかっていう想像力が、
真面目にそういうことを見つめようと思っても自分たちの語りの中ではすぐ出てこないっていう想像力がちょっと足りてないところがあったんで、
これはやらないといけないよなみたいな、今後確実に話すべき内容だなっていうところが僕としてはすごく思っているしっていうところかな。
阿部さん的にはどうでしょうか。
今お二人の話聞いてて、基本的には全体的におっしゃる通りというか、私もそういう雑談でした。
まずやっぱこの驚きだったっていうところが、私としては結構発見で、
ホモソシャルっていうものが、私たちはある種の当事者として目の前で見ていることなんだけれども、
他の人たちからすると結構ブラックボックスになってるっていうか、見えてないっていうところがまずあるんだろうなって。
今回イベントでこうやって話していくところで、ある程度さらけ出してくれてたと思っていただいてる部分もあると思うんですけど、
それでも足りない部分があるっていうところっていうのが、阿部さんの今の感覚かなって思うんだけれども、
そういう意味で、あの中では結構そういうブラックボックス化されてるものを少しずつ紐解いていくみたいなことができてたのかなっていうふうに思います。
15:05
そこにアクセスできたのが良かったのかなと。
一方でっていうか、後半で桃音がさんおっしゃってる、
ホモソモ勝手にやってくれやっていうふうにある程度流すこともできるって、
実際そういうこともあるんだって書かれてるんだけれども、
そこはそうなんだよねっていうふうに非常に。
ここどう乗り越えるかなんだよねっていうところっていうのが今後考えたい部分かなっていうふうに聞いてて、
これね読んでて思いましたけれどね。
やっぱりホモソは勝手にやっててくれっていうふうに。
それはもうブラックボックス化されたらもう興味もないし、それで楽しんだったら勝手にやっててくれませんかっていうふうになる。
これならまだいいんだけど、さらに中が見えてないから、
ホモソってものすごい差別的な集団でしょうとか、
そのある本人を見ずにものすごいある種のレッテルバリをしていくっていうようなことっていうのも一方で起こっちゃうんだと思うんですね。
そういう意味で今のホモソシャルって概念から生まれてくる誰かの評価とか、
誰かへのコミットメントみたいなものっていうのを今回のイベントみたいな個人的な話であるとか、
我々の話に引きつけていくことによって、
ちょっとずつ今の空間的な理解を時間的に広げていくっていうか、
過去こういうことがあったから、だんだんこういうようなホモソシャルになってっちゃったんだよとか、
この人にはどういう意図があったのか、あるいはなかったのかっていうようなことがあって、
こういうホモソシャル的な関係性が出来上がっていったんだよみたいなことっていうのをちゃんと考えていく意義っていうのは、
こういう勝手にやってくれを乗り越える上でも大事なのかなというふうに思いました。
うーん、なるほど、そうですね。
その阿部さんが言ってくれたブラックボックスみたいな、ホモソのブラックボックスみたいなすごくいい語彙だなと聞きながら思ってて、
そこを開けたいっていうところ。
ただ僕たち自身もブラックボックスがちゃんと形が見えていないところがあるんで、
どこがブラックボックスでどこがみんなに見えているところなんだろうっていうところは、
結構やりながらわかんないところで、
あ、その感覚がわかんないんだみたいなところみたいなのが触れれたっていうのがすごく良かったかなと思ってて。
この感覚でそのままもうちょっと踏み込んだところが、
じゃあそのブラックボックスをどこに置いて、どうやって解体していくのかっていうところには、
まずはアクセスするしかないというところだと思うので。
ただそこだけやっててもって感じはあるんですが。
なんかちょっと今の話でいくと、
ホモソって言葉の話はイベントの冒頭で、
ホモソシャルとは微妙にニュアンスが違うんじゃないかとか、
もともとのホモソシャルという言葉の提唱者のセリフィックの話だったりからお話をして、
多分今回のイベントで唯一の学術バー級っぽい部分だったかもしれない話をちょっとしてたんだけど、
なんかそれで言うとやっぱりこのホモソシャルがホモソになった時点で、
18:00
ある種ソーシャルっていうフォーカス的な概念が抜け落ちたんだろうなっていう感じもするというか、
ホモソになった時点で自分とは関係ない勝手にやってもらえるものみたいな形で、
ちょっとこう外側に出てったんだろうなみたいな感じも持っていて、
なんか僕としてはそのブラックボックスを、
本当にそのブラックボックスを全員につまびらかにしなきゃいけないかどうかとかっていうのも、
あんまり想像しなくてもいいような気もちょっとしてて、
勝手にやってもらえるんだったら勝手にやってもらえばいい。
それぞれに閉鎖的な空間をそれぞれ勝手にやってればそれでいいと思っているところが多分あって、
やっぱりこの性愛が絡むと分かりやすく被害があるって桃子さんが書いてくださっている、
ここが問題だなと思ったら結構今回のイベントで元々考えたところって、
どうやったら勝手にやれるのかっていうかどうやったら男だけで勝手にやれるのか、
人を巻き込まずに勝手にやれるのかみたいなところも込みで、
このホモソって言葉と男子ノリっていう言葉をあえて平地させているところがあったから、
なんかあんまり勝手にやってること自体は別に乗り越えたりするものではもしかしたらないかもなーっていうのもちょっと個人的には思ってるかな。
そうね、どっちもの方向も変わるよね。
1個だけ、それで言うと僕すごい今の話面白く聞いてたんですけど、
この性の話のところに桃子さんの感想のところで書いてくださっているところと関わらせて、
僕ホモソと性ってそんなにストレートに結びついてないの。
逃げずに言ってるところで、私としては行ったなっていう感じも、
なんかあんまりしっくり来てなくて。
っていうのはイベントでも話したけど、
私がホモソの周辺にいた、端っこにいたっていうところがあって、
中心の人たちは結構それにやってて、
私は乗り切れずに端っこで話し合わせてるみたいな存在だったわけですね。
そういう意味でね、勝手にやってくれって言われると、
いや俺やる気なかったしみたいな。
勝手にやりたいっていうふうに、もうやるぜって言われると、
え、俺別にそうでもねえんだけどなみたいな感覚が結構あるんですよ。
だからね、勝手にやることを肯定するっていうところは、
結構ホモソ中心からしたらそうなのかなっていうふうに思うんだけど、
周りの人以外にそれやりたくないかもっていうのはちょっと思ったりした。
そこはすごくわかるな。
その辺りちょっと含めて、次のお便りのところとリンクするんで、
ちょっとそこでアルダムで話してみましょうか。
じゃあモモンガさん、一旦ですね、このお便りいただいてありがとうございます。
ありがとうございます。
はい、じゃあ次のお便りをご紹介します。
お名前、ささこさん。
お疲れ様でした。
私はホモソに苦しめられながらもホモソによって育てられてきたような辞任があり、
21:00
非常に興味深いイベントでした。
ホモソに対して様々な感情を持っているのが自分だけじゃないとわかっただけでも嬉しかったです。
ホモソを考える上で議題に挙げたい独特の感覚があり、
まずは私のホモソ的重大イベントのエピソードを聞いてください。
それは高校時代の修学旅行の話です。
修学旅行の夜はホテルに宿泊しましたが、男女きっかり部屋を分けられ、
誰かの部屋にクラスの男子が全員集まり、男子のりの会話で盛り上がれる場面がありました。
どんな会話かというと、クラスの女子の誰がエロいかやれるかという話題です。
あまり男女で会話することがないクラスでしたが、私は女子の友人もいたため、
男子陣にあいつはやれる、あいつは物過ぎで無理だろうと、
具体的な友人が物のように扱われている場面が耐え切れず、
一人だけ自室に戻り、泣きながら夜を越えた思い出があります。
ホモソにおいて男性は仲間・友情という概念を好む印象がありますが、
この同じ人間でありながら女性については物のように扱えるという感覚が
ホモソ独特な点ではないかと思い、提言させていただきました。
皆様はこの感覚についてどんな意見を持たれますでしょうか。
あと、追伸的な質問ですが、童貞がダサいと思ったことはありますか。
この感覚もホモ素敵かと思い、質問でした。ということでいただいております。
うわー、これねー。
まあ今お話、阿部さんが仕掛けたところとかともすごく、
まあ言ったらそこの話なのかなという。
そこの話ですね。
このさ、ホモ素の…あ、阿部です。
で、ホモ素のこの巻き込まれみたいなのって絶対的にあって、
これ、あいつブスすぎて無理だろって、
いやこれでもホントにホモ素的現象だなっていう風に思うんだけれども、
たぶん面と向かって言える奴はたぶん、そこまでバカな奴っていないと思うんですよ。
あいつはやれるとかももう無理だと思うんだよね。
でも、なんかこういう否得された環境において、
それが言えてしまうみたいなことって、
なんか個人の意思を超えた問題で、
なんかまあさっき私が言った巻き込まれみたいな、
まあ巻き込まれるからじゃあ免罪婦になるかって言ったらそうでもないんだけど、
みたいなことってやっぱあるんだよなっていう風に思ったりして、
やっぱりこれを勝手にやってくれっていう風に言われると、
結構困っちゃう人もまだいるだろうなっていう。
そうだよね。
一方でかけあいさんが言いたいことは、
これはたぶん勝手にやるっていう風に言いたいわけではないとは思うんですよ。
てかこれはバレますからね。
これはうちうちで、その面と向かって言える言えないとか関係なしに、
そういう目で見てるなとか、
そういう話してるなっていうのは普通にバレますからね。
そんなチャチなことをなんかやっていきたいっていうわけじゃなくて、
一方でこういうある種のインナーファークルでの、
ある種のかけあいみたいなところから生まれてくるもの。
これはこういう下ネタを話すことでってことじゃなくて、
24:00
もっとミューチャルなって言い方だとややこしいな。
要はそれを親密な関係において、
お互いいろんなことを言うことによって何かを盛り上げていくみたいなことって一方であるわけで。
よくわかります。
だから安倍さんが言いたいことも柿内君が言いたいところもどっちもあって、
今回僕らが目指しているところとか肯定的に評価したいホモ層的コミュニケーションみたいなのって、
そのホモ層の内部の中でインナーサークルにいない中では評価されない男子みたいなものを、
そいつのナイスさを発見するっていうところ。
ホモ層の中にいるからこそそいつがいいねって言い合えるみたいなところっていうのが、
ある種ケア的な文脈にも取れるし、
そこに割といいところがあるっていうところをもうちょっと見つめてみたいっていうところがあって、
そこの肯定的な評価をしたいがために現状とそこで良くないことがあるっていう話をしてるんだけど、
今回の今の修学旅行の話で言ったら、
女性を選んでみたいなそういう風な話をしてしまうっていうところっていうのは、
ナイスなコミュニケーションをするところに正直ついてくるところではあるっていうところが、
多分安倍さんの言いたいところであって、そこの感覚は僕もすごくよくある。
だから本当はナイスなコミュニケーションだけしたいっていうんだけど、
そのホモ層っていうコミュニケーションの中で、
これはできるけどこれはなしだっていうことを選別することっていうのがすごく難しいっていうところで、
ナイスを見つけようとすると、こういったところも嫌をなしについてきてしまうみたいな、
ウイルスみたいな感じでついてきてしまうみたいなところがすごく問題だから、
っていうところがあるのかなっていう感覚ですね、僕からすると。
ウイルスはいいね。ウイルスって完成したとき気づかないもんね、自分ではね。
気づいたらこういう風にさ、なんか結構ひどいこと言っちゃってたりするんだよね。
雑にお前いいねとかお前天才だねっていうのと同時に、
あいつとやりたいねっていうところも、言葉のハードルとかいろんなものが落ちることで、
何でも言いやすくなってる分、そういうことを言っちゃうっていう。
でもそこはダメなんだっていう線は、やっぱりそのインナーサークルの中だから、
そういうものが機能しなくなるっていうところがすごくあるんだと思いますね。
柿田医さんとしてはちょっと聞いてみたいところなんですけど、
今さっきのバレるじゃんっていうふうにおっしゃってたと思うんだけど、
逆に言うとバレなかったらいい?
バレなかったら2つあって、1つ実践的な話で言うとバレなきゃいいと思う。
でもバレなきゃいいって無理だと思うんですけど、
でも基本バレなきゃいいと思う。
僕この話をホモソのところでも仕掛けて、
ちょっとなかなかまだ突っ込みきれないところもありつつ、
それからもいろいろ考えていて、
このホモソのイベントの後に新宿のロックカフェロフトっていうところで、
27:01
もう1個鮫君とサメ内社交でイベントがあったんですね。
ジャンクヤード1984っていうコメカさんとニーマリコさんのトークユニットと一緒にお話をする機会があって、
そっちでもいろいろと自分たちってこれまでどういう時代の中で、
どういう環境で生きてきたんだろうって話をしていたんだけれど、
その中でニーマリコさんと話していて、
高校大学時代に読んでたBLって結構大事だったなと思って、
今改めてBL作品を読み直したり、
水道口明子さんのBL進化論っていう本を読み返したりといろいろとしながら考えたんだけど、
まず僕がこの話の中で思うこととしては、
童貞維持にもそうだし、
クラスの女子の誰がどうみたいな話とかも含め、
セジビックのホモソシャルの話でいうと、
基本的に女性の話を媒介にしつつも結局自分たちの絆を深めていく。
ここで書いてくれてるように仲間とか友情みたいなものを、
より深めるためにそういう話をしているところがあると思うんだよね。
ある種エロい話とか、
自分はまだ童貞であるみたいなところの情けない話とかも含め、
全部さらけ出して裸の付き合いができる俺たちって、
めっちゃ仲間だし友情だよねみたいな。
要するに本当にセジビックが言う正しい意味でのホモソシャルとしての、
男同士でただただイチャつきたいだけなのに、
そこにわざわざ外野の人たちを巻き込んで、
それを駄心にして自分たちの絆を深めるなよっていうところが、
もともとのセジビックの指摘だとして、
その時に僕が思うのはもう、
それこそBL的な創造力というか、
直接男同士でお前のことが好きって言い合えよっていうことが、
言いたいんだなっていうのを、
このイベント全体を通して思ったことというか、
さっきの勝手にやってろやっていう話で言うと、
勝手にやってろやの内実としてあるのは、
内々でどんなひどいことでも言っていいよみたいな話というよりは、
どちらかというと、
ちゃんとお互いにストレートに、
相手のことを好きだって言ったり、
仲良くしたいんだって言ったりしましょうっていうことを、
まず何より言いたいところなんだなっていうのを、
改めてBLを読み返しながらすごく思ってたところ。
もう1個思ってるのは、
水口薬子のBL進化論の中でも、
現実とファンタジーと表彰を分けて考えた方がいい局面もあるみたいな話をしているので、
これ結構大事な話だと思って、
自分たちにとってのファンタジーの部分、
欲望のファンタジーの部分と、
その欲望を現実にどう発露するかみたいなところって、
実はかなり大きな乖離がある。
男子部屋で具体的な人の名前を出すところは、
ちょっと一見なんだけど、
ファンタジックにこういうエロシチュエーションが、
俺は好きなんだとか、
こういうようなエッチなことをしたいんだみたいな、
そのファンタジーを共有して、
なんか盛り上がるみたいなこと自体は、
それ自体が即有害とは思えないんだよね。
むしろそれをそこと、
30:01
現実にその相手に対して、
何か暴力的な言動をぶつけてしまうことっていうのは、
直結させているかのように語ってしまうこと?
エッチなことはいけないみたいな形で、
どんなエロいファンタジーも、
誰とも話してはいけませんみたいな形にすることの方が、
最終的にめちゃくちゃ不健全で、
暴力的な結果になる気がしてしょうがなくて、
だから結構クローズドな場で勝手にやる分には、
そういう性的ファンタジー、
要するにエロい妄想みたいなものについて、
人とワイワイ盛り上がった方が、
いい局面もあるんじゃない?
みたいなことを結構思っていて、
なんでイベントの中でも、
その性的な話をぶっ込む時に言いたかったこととして、
現実問題、どういう性生活を送ってますか?
みたいな、そういうような話ではなくて、
どちらかというと、
いや往々なく持ってしまっている自分たちの中にある、
ファンタジーックな妄想、偏見、
エロへの思考、性癖みたいなものに対して、
それはそれでこういうのがあってしまうよね?
みたいな話をしつつ、
それでも別にまともにというか、
それこそちゃんと、
誠実に人と人間関係を築いていくことは全然できるし、
ファンタジーと現実にはあるし、
ちゃんと別物として使えるよね?
なんでそれがうまく使えなくなる時があるんだっけ?
みたいな、そういうような形で、
丁寧にふわけしながら話していかなきゃいけないところなのかなと思って、
僕はファンタジーを否認すること自体に対しては、
なるべくそれはあんまりいい手ではないって言いたい、
みたいなところが多分あるのかなと思うな。
聞いてて思うのは、もちろんそれはそうなんだけど、
多分今回の問題としては、
やっぱクラスの女子っていうのが良くないっていう話がちょっとあると思うんだよね。
で、それはやっぱファンタジーにはならないよね。
うんうんうん。
やっぱだからそこがしんどいところっていうか、
ただ、これは僕が内部にいた人間、
宗教施設から出てきたやつみたいな話になるけど、
これはクラスの女子じゃないと意味がないと思ってる、
喋ってる子たちは。
だから自分がエロというファンタジーということを語りたいっていうわけではないと思うんだよね。
そこは身近な存在としているっていう人に対して、
自分がこういうことをやってやれるんだみたいな、
そこまで思ってないようなことはあると思うんだけど、
ただそこの征服欲みたいな、
自分がこう、自分はそう彼女とかに評価されるべきなんだみたいなところっていう、
えぐい欲望みたいなところが正直僕はあると思っているんだよね、
こういうことを話してる人っていうのは。
で、だからそういう中でちょっと、
僕はそのBL的な想像力をここのホモソに転用して考えるっていうのは、
ちょっとロマンティックすぎるのかなと思っているし、
シジミックの男同士が恋愛したいがためにっていうところも、
ある程度は捉えているところがあると思うんだけども、
ちょっとそうじゃない部分っていうのがあるよなっていう部分が、
33:03
すごい僕の中では引っかかるところっていうか、
男性同士がコミュニケーションしたいし、
そういうことが言えないから他の人を消費してしまうっていうこと自体はあってるんだけども、
うーん、なんかね、
もうちょっと近しい、
クラスの女子に対して評価をするっていうこと自体に意味があると思っている部分があると思ってるんで、
なんかそこがちょっと難しいとこだなっていうふうに聞きながら思ったかな。
なるほどね、結構ここは3者でなんだろう。
なんか立場がいろいろあり得るなと。
もう3時間イベントの観点だけで立ち上げないといけない話な気がするね。
でもなんか実際その僕も今の話しながら巧妙にこのクラスの女子の話は結構早めにオミットしているというか、
そこはもう何だろう、それは絶対にダメなんだけどっていうところで聞いちゃったけど、
そっか、なるほどね、このクラスの女子じゃいけない必然性は、
僕はなんかある種ないだろうから勝手にやってくれよと、男同士やってくれよみたいな話し方をしてたけど、
ここがむしろ無視しがたいポイントとしてあるんだっていうことなんだね。
うん、だからさっきの桃河さんが書いてくれてるわかりやすい被害っていうのは、やっぱクラスの女子であるということだと思うんだよね。
そうだね。
で、多分この笹子さんが書いてくれてるのは、そこが嫌だったって話でもあるしね。
具体的な友人が僕のように扱われてるっていうのが嫌だったっていうところで。
うん。
そうなんだよな。だからギュッとしちゃうってとこなんだけどね。
だから、想像力っていうのがないから、クラスの女子じゃないと話せないっていうところがあるっていう話ではある。
だから彼らに想像力をもっともっと大きく羽ばたかせましょうみたいな提言とかはあるよなとか、なんかそういうのはいろいろあると思うんで。
ロマンティックすぎる女子のファンタジーっていうのは違うっていうのは言い切れないところではあるんだけど。
どうかな。
なるほどね。
うーん、そうね。
これもつながるんで、ちょっと次のお便りに行きましょうか。
はい、笹子さん、今回これはありがとうございます。深められております。
はい、ということで、お名前ルネッサンスさん。
ホームソーシャルに意識的な方の話を聞けるのは非常に貴重で大変面白かったです。
素敵なイベントを企画していただきありがとうございます。
暴力性を否定する男性は素敵ですね。
お三方の属していた様々な社会では、女性を介して絆を強めるといったことをしている人はいましたか?
最初に説明を受けた文学費用的な文脈で使われ始めたホモソについてです。
自分自身、男性が多い環境で育ってきて、
強い男性たちが女性の貧病をして、女性本人の預かりしないところで名誉が傷つけられている、
かっこ嘘も含む、という状況を目にしてきて嫌だなぁと思うことがあったので。
学術バー級初めて行ったのですが雰囲気良くお酒も美味しくてリラックスして参加できました。ありがとうございました。
36:06
ということでいただいております。ルネッサンさんありがとうございます。
はい、ここは直接的に繋がるところだと思うんですけれども、やっぱそこがみんな気になるんだね。やっぱね。
ここが一番話さなきゃいけないところでは。
このさ暴力性を否定するっていうことがどのように可能かっていうところがやっぱり1個の焦点になるかなって思いましたね。
単純にそれをやらないっていう宣言って誰でも言えるというかね、あれだと思うし。
さっき言った巻き込まれ問題みたいなこともあったり、
さっきの柿内さんの想像力、そういうものをちゃんと考えていくっていうような問題っていうのはありつつ、
そこが暴力性と分離し得るかどうか。
できるとも思うし、できた時にそのいわゆるホモソ的な魅力みたいなものが、
これまで言う魅力って格好好きの魅力ですけど、魅力みたいなものも引き剥がされていく可能性もあるんじゃないかとかってちょっといろいろ思ったりしました。
なるほどな。僕も言ったらホモソの中で育っているんだけども、
この女性を貧強するみたいな会話っていうのが、僕がいる中でそういう会話があんまりされなかったっていうのがあるんですよ。
そうなんだ。
これはゼロではないし、ある程度そこに乗ったこともあるし、なんなら僕から振ったっていう時もあったと思うんだけど、
他の人より多分少なかったっていうのはあって、それは多分僕が女性と一緒に行くことが長かったし、女性と距離が近かったりとか、
多分このホモソの中で、今はこいついるけど、こいつはどっちかというと女性側に立つだろうなっていう匂いがしてたんだろうなっていうことは僕思ってるんですよ。
だから、僕がいる中でこういう話をしたら、こいつは何か言ってきたり、あっちに言ったりするかもしんないなみたいな危険性があったんだと思う。
だからそれをバラすんじゃねえかみたいな危険性。
そういうことを言ってたら最悪だよねって言いそうな感じがしてたんだと思うんだよね。
だからそれでそういったコミュニケーションを避けてたんじゃないかなとか思ったりするんだよね。
僕がいる前では。
なるほどね。
なんで僕がした今回のイベントの中でもそういった女性を貧強する話みたいなのが、僕から出てこないのっていうのはあんまりなかったからっていう。
だから自分がホモソ的嫌だったっていうのの中で、そういうことをお前なんか言えよとか振られたりとかっていうことがあんまりなかったっていう。
たぶん他の人たちよりもその暴力性に女性を貧強するみたいな流れに僕がいる前ではなかったから、
そこが実感としてあるんで出てこなかったっていうのがすごくまず自分の立ち位置としてはあってっていうところで。
39:04
だから正直、僕の場合はそれこそ柿内君が言ってることがすごいわかるというか、ファンタジーだなみたいな感じで聞かれたりしたら、すごいファンタジックな話をするみたいな。
そういうないけど、こういったことがあったら面白いんじゃないかみたいな話とか、そういうエピソードトークみたいな。
面白いエピソードトークとかに変えたりとかして話したりして。そういう大喜利だと思ってたんだけど、どうやらそうじゃないっぽい。
たぶん、もしくは僕がそういう毎回エピソードトーク大喜利みたいなんで返しちゃうから、そういう面白いことを言うの無理だと思って言われてたけど、
マジでそうやって貧評したいっていう欲望とか、その征服欲みたいなことが僕は全然よくわからなかったりするんだけども、
そういうのの確かめ合いとしてやりたかったんだみたいなことは、そういうことは僕も実感してないし、よくわかってないから言えなかったみたいなところがある。
ただ、こういうふうに何者、それぞれ女性から言われることもあるし、そういう貧評されて嫌だったって話で一番多いし、たぶん男性の、さっき笹子さんの語りであった中にある中でそういうことを圧を受けて嫌だったみたいなことっていうのは起きてるから、
だからそこから俺はちょっと逃れられてしまってるところがあったなっていう反省と、だからこそちょっと考えないといけないなみたいな感覚があるっていうところはちょっとありますね。
そうだね、これは結構さ、今回僕らは学術的なアプローチだったり、一般的にこうであるみたいな話よりも、
自分たちから見てきたものっていうのはどうだったかっていうのをなるべく素直に開示していくっていうスタイルで、今回のイベントも今の話もしているんだけど、
それで言うと、この3人だとできない話というか、実感値としてアクセスできない話なのかもしれないって思ったね。
元々の告知のノートで僕もナイスな俺たちからいらないと言われた僕の側からっていう文章を書いてるんだけど、
これもまさに幼稚園の頃にスカートめくりをして遊んでた男の子を友達の女の子たちと一緒にハブにしていじめたみたいなことを書いてるんだよね。
僕自身もだからあんまり同性の友達が、これはちょっとイベントの時にもきっかけとしても話してたけど、
同性の友達があんまりうまく作れないまま大人になってしまって、
だからこの中での実際の男の子同士でのコミュニケーションの仕方みたいなものに対しては、
あんまり当事者意識とか実感値みたいなものはあまり持てないまま来てしまっているから、実際どうなんだろうねみたいなところを話そうと思ったんだけど、
鮫君も安倍さんもどちらかというと、実は結構多くの人がそれに対してど真ん中のそういう関わりみたいなものから結構距離があるというか、
自分が周辺にいるみたいな意識が結構誰しもあるんじゃないかみたいなのが浮き彫りになったのが今回のイベントだったかなと思ってはいるんだけど、
42:04
それはそれとしてねやっぱりなんだろう、中学校高校の男子講演室とかでさ、自分たちのグループとは別のグループの男たちがさ、こういう話をやっぱりしてるのは聞くわけだよね。
だからこのレネスさんも言ってるけど、女性本人が預かれ知らぬところで名誉が傷つけられているという状況を目にしてるわけだよ。
だから本人の話を直接本人にされるみたいなことはないかもしれないけど、たぶん僕たちも含め、この場にいない誰か知らない人の名誉が傷つけられてるっていう、男たちに傷つけられてるって状況を目にすること自体はやっぱりこうあったんだよ。
でなんか自分たちごととしてそれをやってきたかどうかっていうところでは距離あるかもしれないけど、でもそういう状況ってあったじゃんみたいなところに関しては、僕たちが今ここで話してる人とレネスさんさんとで、実はそこまで距離は当事者性という意味での距離はそんなに変わらないかもしれないけれど、とはいえやっぱりある種女性よりは近しいものとして、その暴力性みたいなのに近いところにはあったみたいな。
なんかその距離感で話せることって何なのかなみたいなところはちょっと今後考えてみたいところではあるかなっていうのが今思ったかな。
なんか今聞いてて、絆を強めるってところがやっぱ私やっぱ誰かの話をするってこと自体はこれやっぱり気をつけなきゃいけない気がするんだけど、私たちが誰かを評価するっていうことはおそらくだけどもう絶対的に生じるわけですよね。
それは男性に限らず女性に限らず。で、これが暴力性を帯びるっていうのはもう必然的にそうなんですよ。だって勝手にこっちの判断で相手を評価してるわけだから。で、ここはもういかんともしがたくある。で、この中で私はね、私として言うのはやっぱいいかなって思うんです。
やっぱり私たちがさっきの佐々木さんの男の子たちはクラスとしてみたいな。俺たち男はの一般基準としてはみたいな言い方しちゃうと極めて強い暴力になると思うんですね。
で、私はあの人が好き、私はあの人が嫌いみたいなことは私の水準として言う分にはまあいいのかなっていう気がする。まあなんかそれはなんだろうな個人で責任を持って。で、それはさっき柿内さんが言ってた自分がその言いたいこととして私はあなたが好きなんだっていうようなことをもっとストレートに言うみたいな話とちょっと関わるかもしれないんだけれども。
当然だからね、それ私として言ってるんだって裏にその実はホモソ的な背景があるっていうのはもうずっといたちごっこなんだけど、少なくともね、こういうもう男としてあいつはなしだよねみたいな言い回しをやめていくみたいなのが一つの解決なのかなって思ったりしました。
45:00
そこはめっちゃ重要な指摘っすね。だからやっぱその男同士で集まってそういう品評するみたいなんて、僕がそうですじゃなくてそう思わへんみたいな、そう思わんとかどう思うみたいな感じで振り続けるみたいな。エロくないとかあいつみたいな、いきたいよなみたいな、そいつっていうよりはみんなそうだよねっていう言い方でやっていくんだよね、そういう会話が。
でもやっぱそうだよな。だから自分があんまりそういう話をされなかったもそうだったな。多分だから僕は常に私で返してたから、いやそうじゃないってなってたんだろうな。なんか今すごい腑に落ちたところで。
でも確かにそれは、これまた引っ張るとBL的なファンタジーというか、自分の性的ファンタジーをちゃんと持とうよみたいな、ちゃんと提示しようよみたいな話をさっきしたのも、やっぱりそれは一人称においてというか、この自分においての欲望っていうものにちゃんと向き合おうよみたいなことが言いたくて。
だからみんなこういうファンタジー好きでしょみたいな、ちょっとを組もうとするというか、自分の欲望をわざわざ三人称的に開いていこうとすることに対しての、やっぱりどう抵抗していけるかみたいなところが重要な気がするんだよな。
だからやっぱり、自分、私として返すっていう、鮫君のその提示してるスタンスはかなり共通して、そこを目指したいよねみたいな感じではあるんですかね。
まあわかってなかっただけなんだけどね、当時の僕からするとね。ああ、そういうふうなことをしないと不安なんだみたいなこと自体があんまわかってなかったんだろうね。でもそこが不安だったり、そういうことを話したいけども、自分だけだったらやばい奴だと思われるかもしれないから、みんなそうやんなみたいな感じで、えぐいことをやってしまってるみたいなことが起きるんだろうな。
うーん、はい。じゃあちょっとルネッサンスさんお便りここで言うところで。ありがとうございました。
じゃあ次のお便りをご紹介します。お名前、ちはやさん。
ホモソを見つめ直すイベント、お疲れ様でした。お三方それぞれのエッセイを読んでイベントに臨み、イベントをアーカイブ視聴して、おエッセイをお代わりしたところです。いいイベントでした。
女性としてホモソを横から見てきました。男性に対して本音をさらけ出せる、同性の友達いない人がどうしてこんなに多いの。本当は嫌なのにそれがかっこいいとされてるからみんなやるべきっていう同調圧力強すぎない。
という疑問があったのですがイベントで語られたお三方それぞれの立場からのホモソ話はそういった男性に対する疑問が解きほぐされるような興味深い時間でした。
ということで質問をここからいただいておりましてご紹介します。男性の性欲についてもっと詳しくお伺いしたいです。
女性視点としてはぬいぐるみとペニスの表出のコントロールがうまい人、女性が求めているタイミングで適切にペニスを出せる人が女性受けがいいと思っているのですが、
48:01
そうでない人はぬいぐるみに徹しすぎるかありのままの自分を受け入れてほしいという欲求が暴走して暴力的なペニスとして表出しているという印象があります。
イベント中におっしゃっていた男性は極端であることを良しとするというのは本当そうと膝を打ちました。
なぜ中央でいられないのかあるいは透明化しているのか極端な人だけなわけじゃないじゃんというところ気になります。
男性の辛さはいわゆるホモソの男性間コミュニケーションに由来しているものが多いように感じています。
男性間で辛くならないコミュニケーションが取れるようにはどうしたらいいのか。
女性の立場としても一方的なケア労働からは親子ごめんとしていきたいところなので、一緒に考えていきたいと思います。
志向が次から次へと溢れ出るような良いイベントでした。また次回参加できるときを楽しみにしています。
ということでいただいております。
ありがとうございます。
千葉さんから男性の性欲について聞いてみたいという。
あとこのいわゆる縫いペニ問題。これ聞きそうでいかんかったね。
そうだね。
なんでその辺とかをどう思ってますかみたいな。男性の性欲についてこういうふうに書いていただいてるんですけれども、どうでしょうか。
じゃあちょっと私、阿部です。
これね、さっきの話とも関わってくる部分で、私として私が性欲を持っているんだっていうことを相手にちゃんと伝えるっていうことって、
私は直感的に相当難しいなっていうふうに思っています。
そうすることによって否定されるかもしれないみたいな可能性であるとか、
あとなんだろう、さっきの話と関わらせると周りからあいつなんかあんなことしてるよとか、
なんか最近エロガルみたいな言葉とかもあるけど、あいつまたエロガってるわみたいなこととかって大学生とか見てるとよく話してるんだけど、
そういうようなところで、ここで言うペニスを出すっていう表現は面白い表現だなと思ったけれども、
そういうようなことを気にしすぎるがあまり逆に透明化してるっていうのもいい方だなと思ったんですけど、
透明化しちゃうってこともやっぱりありますよね。
それがあっても、これなんか鮫君とかにも話聞いてみたいところなんだけど、
鮫君ってコミュニケーションの継続がとても上手だと思うんですね。
そこから続けていくみたいなことっていうことっていうのが、
これはイベント見ててもそう思うし、プライベートで関わっていても、
1回のイベントで終わらせないっていうかさ、ずっとそれを友達として続けていくみたいな、
逆に1回がっきりのお祭りで終わらせるのがもしかしたらホモソ的なのかもしれないんだけれども、
その辺なんか鮫君がどういう形で継続を考えてるのか聞いてみたいなと思いました。
継続っていうのは、ペニスとぬいぐるみのあれの春か。
ペニスみたいな形、もちろん性的なコミュニケーションを継続してるってわけじゃなくて、
そこも含めて特に異性との関係を続けるの上手じゃないですか。
51:06
それは、鮫君が周りの人にペニスを出してるとかって言いたいわけではなく、
そういうところも含めて、異性と関係を継続していくっていうこと。
たしかに、これは勝手なんだけども、さっき柿内君が言ってたような、
女の子の友達の中にいる男の子みたいな感じのコミュニケーションと、
多分、僕が女性たちといたときのコミュニケーションって、
僕はあくまで男性としてめっちゃ立ってる中に、
割と近い距離でいたみたいなところで、ちょっと距離があると思うんですよ。
だから、僕はペニスがある男性として、割と女性側の方にいたみたいな感覚があるんですよ。
だから、ぬいぐるみ問題って、
僕からすると、ペニスがなくなっているっていうところが正直わかりかねてるところがあって、
この話を聞くたびに、ぬいぐるみっていうのが、その立場があんまりよくわかってないみたいなところがあって、
僕としては、実感として、あんまりこの女に対してうまく言葉を持ってないなみたいな時間があるんですけど。
だから、ペニスを表出させるっていうのが、他の人にとっては適切に出してるところがあるんだと思うんですよね。
そこがどうなってんだろうな。
私、逆で言われたことあるかも。
ペニぬいなんだ、お前はって言われたことがあって。
どういうことなんだよ。
なんかさ、ちょっとわいざつな人間というか。
ワイルドに見えますよね、阿部さんは。
そうそう。
見た目の問題としても、発言の下ネタとか話すところとかもさ、そういうところで見られて。
でも実際あんまり、性欲みたいなコミュニケーションで、他者を欲望するってことはあんまりしないんですよ。
お前どっちなの?みたいな。
なんでそのペニスみたいな見た目してんのに、その中身ぬいぐるみなの?みたいな。
ペニスならペニスで来いっていうコミュニケーションをする人もいるから。
そうだと思ったら、ペニスじゃないんだ、みたいな。
でもそれはさ、正直暴力性を伴ってないから。
言い方あれだな、阿部さんのペニスの問題じゃないですか、それは。
笑っちゃうのはあれなんだけど。
だからそれはそれで別に、そういうことがあるってことは教えてもらってすごいいいし、なるほどなと思うんですけど。
だから反対だと問題になるっていうところですよね、やっぱりね。
そうだね。そこが極めて暴力的に見えるからね。
急にぬいぐるみだったと思った人がそうなっちゃったってね。
うーん、し、今の話逆にすごい大事かなと思うと、だからペニスだってわかってる人に関しては別に、
そんな怒る人は、ペニスだと思ってる人にペニスだって怒る人は多分あんまいないっていう話なのかな。
54:04
うん、いやなんかね、やっぱり僕がね、その鮫君と阿部さんと今回このホモソを見つめ直すってイベントをやりたいって思った理由として、
やっぱり鮫君と阿部さんは見た目ペニスなんだよね。
あー、やっぱそうか。
見た目ペニスなんだけど、なんかそっからぬいぐるみポジション取りに行くのも割と上手な感じがする。
で、ここからはちょっと余計なこと言うけど、からちょっと勘に触ったら申し訳ないんだけど、鮫君はちゃんと、それこそ適切にペニス出し入れしてる感じがする。
で、阿部さんはね、ペニスがどこに、見た目としてはペニスなんだけど、ペニスの出し入れは見たことない感じがする。
だから本当にさっき阿部さんが言ったことと一緒な感じがする。ペニスの形のぬいぐるみなんだよね、阿部さんは。
鮫君は割と見た目ペニスでちゃんとペニスを出し入れしたりしながらやってる感じがするみたいな、なんかそういう感覚があって。
で、僕はね、やっぱりこの3人の中では一番ぬいぐるみなんだよね。見た目とかさ、振る舞いとか含むね。
圧倒的にそうかもな。
だからなんだろうな、非常にぬいペニ問題は割となんかわかるなーみたいな。
自分事としても考えやすい問題としてもある感じがするというか。
自分としてそんなになんだろう、ペニスないと、いやでも思ってたな、若い頃ちょっとあんまりその自分のペニス出したくないなみたいなところで、かとも抑圧してた部分があるんだけど、
抑圧しててもあるものはあるから、勝手になんかね、どっかからペニスを察知された途端にぬいぐるみだと思ってたのに、みたいな形で傷つかれてしまうみたいな経験はある感じがして。
だからこそ僕はこの性的なファンタジーや、うちうちでちゃんとエロい話をするみたいなことに関しては、ちゃんとやった方がいいんじゃないかって言ってるのは、やらないで済ませてきてしまった結果、ぬいぐるみの見た目でぬいぐるみのままでいすぎて、適切なタイミングでペニス出すみたいなことがやり方わかんないまま来ちゃうと、
それこそこのぬいぐるみ問題みたいな形で、不適切なタイミングでしか出せなくなるものとして、ペニスが出来上がってしまう。
だからそれ、結構危ないなみたいな。
たぶんそっちの問題意識がでかかった感じがするんだよね。
お二人はどちらかというと、見るからにあるペニスを、だからちゃんとしまっとくというか、慎重にそれをどう扱うかみたいなところにたぶん力点が置かれてるんだけど、僕の場合どちらかというと、そう簡単に察知されないで入れてしまうものとしての、これをどうしておくのがいいかしらというか、
それこそ適切にこの表出のコントロールを適切にするみたいなことっていうのをどうやったらできるかなみたいなことが結構関心のかなみたいなことを思ったね。
57:02
聞いてて、やっぱり柿内さんのファンタジーっていう言葉がまだしっくりわかってなかったんだけど、今まで聞いてて結構よくわかってきて、
柿内さんにとってそういうある種のペニス的な部分っていうのがファンタジーとして認識されてるっていうのは非常によくわかる感じがした。
一方で私はすごい極端なリアリティがあるんですよ。ものすごいリアルなもので、極めて強い暴力性を伴うものなんだっていう感覚がある。
で、そこにコミットメントするってことに対する恐れみたいなものがあって、だから基本は出してないですね。出し入れできるようなもんでもないしみたいな。
ような感じで思ってるから、逆にその仮想ペニスをなんか貼り付けておいて、本物のものはほうは出さないようにするみたいな感じになってる気がするな。
すごいリアル。なんかその本当のペニスみたいなものが。
そうっすね。なんかな、よくわかるな。どちらもよくわかるし。僕は多分女性だらけの環境で育ったみたいなところもどっちかっていうとあって、家庭がね、姉や姉と母とみたいな感じで。
だからお前は暴力的な男なんだぞみたいなところはむっちゃ言われて育ってるところがあるから、ただでもそこが変われと言われたところはあんまないみたいな。
だから自分自身が暴力的なすごいペニス的なものを持っているっていうことはすごく自覚しながらも、じゃあそれをどういうふうにどこまで、ここからは危ないぞみたいなところは結構考えながらやってた。
かといってもちろん10代とか若いときはめちゃめちゃいっぱい失敗をしたからこそ、今しまえるようになっている。しまえるようになってるってだけかなって思ってる。僕自身はね、自分のことをね。
だからそういうところで。ただやっぱり柿内くんが今話してくれたような、出してない、全く出してないって人がいるんだっていうことも、なんか僕からすると全然本当にわかってないところだから、全然何もわかってなかったなっていう反省があるんだけど。
だからそうなるとやっぱ、いざじゃあここは出していいぞっていうのが恋愛関係だったり、2人の関係だったりするときとかに至っては出していい。一般的にそこには別に出していいってところになると、でも全部出していいわけじゃないんだけど、出したことないから、すごい暴力的にそこの欲求。
だからそれこそ全部受け止めてくれみたいな欲求とか、そういうのが暴走しちゃうみたいなのって、まあそれは出したことなかったらそうなるよなみたいなことなんだろうなっていう。
だから出さないと出さないでさ、出すことがイコールもう全部受け入れてもらえるみたいなさ、ペニスに対して託すのがでかくなりすぎるんだよね。
これさえ出せばすべては、これを出せるってことはすべてがオッケーになるんだみたいなさ、形になっていっちゃう。結構それで大学生ぐらいのときとか、それこそ初めて恋愛関係みたいなものに自分がその当事者としてコミットしていくみたいになったときに、結構だからすごいことになるわけだよね。
1:00:12
公演デビューもしないままさ、いきなりデビューするわけだから。
だからそれはね、結構それに対しての反省みたいなものが、わりとこうね、強くあるからこそ、このペニス表質コントロールの話は結構いろんな人から聞きたい話だね。
これは募集したい。だからそのぬいペニ的体験みたいなのをそれぞれ聞けるしね、女性だったら女性の立場とか、受け手側、ペニスを表質された男性、男性同士の恋愛だったらねとか、そういうのもあるだろうし。
そういう表質された側、下側みたいな。ぬいぐるみからペニスを出した側、出された側みたいなの、それぞれあると思うんです。そういうのをね、ぜひ教えてくださいみたいなのを、今度イベントやるときに聞きながらとかもありかもしんないな。
いや、非常に面白いなと思います。ちなみにありがとうございました。
はい、じゃあ次の便りをご紹介します。お名前、ちゃんべさん。
イベントお疲れ様でした。トークイベントというものに初めて参加したのですが、会場の雰囲気含めて楽しく過ごさせていただきました。
3人とも同じものを待たさせているのに、それぞれ視点のレイヤーが違っていて、いろんな角度で輪郭をなぞるようで面白かったです。
質問です。多くの人がホモソというものに嫌悪なく揉まれるのは学生時代なのかなと思ったのですが、
あべさん、さめさん、かきないさんは、それぞれ他の2人がホモソというものに最も直面していただろう時代の少年、青年の彼らに今どんな言葉をかけたいですか、またはかけたくないですか、言葉のない行動でもかまいませんが、ということでいただいております。
他の2人にか。
まあちょっと難しかったら、そのホモソというものに今直面している学生たちっていうのにも分けてもいいかなと思っているかな。
むずいなあ。かきないさん、何かありますか。
意外と難しいですよね。
これ結構難しいね。でもまあなんかそれこそちゃんと交じりするみたいな、直接何かこの言葉をかければどうなるみたいなことじゃなくて、
それこそさめ君が言ってた、ちゃんと私として応答するみたいなことをしてみせるみたいなことしかできないような気はするんだよな。
うーん、そうね。それこそなんか僕の中でこういう言葉をかけないっていうのだけはないみたいなことは結構あって、
なんかそれこそホモソ同士ってその、遠くないでもあったけど、言葉をかけないということで行動で見せるっていうことで、
そこがすごく良かったりするとこってあるんだけど、やっぱりこう、年上からのコミュニケーションという中ではやっぱり背中で見せるみたいなのって、
僕としては一個もいいことなかったってことをしてんのね。教えてくれたらよかったよみたいな、マニュアルクレアって思ってたことがめっちゃ多くて、
1:03:05
だからどんな言葉でも、言葉にするっていうことが私たち世代がホモソという中に苦しんでいる人に対して伝えられることとしては、
まずは言葉にするっていうことであって、言葉をかけたいっていうとなると、言ってた通りあんまないんだけど、同じかけない君の回答でもなるかもしれないんだけど、
何に悩んでいて、君自身の問題っていうのが何なんだっていうことを聞くっていうのが、一番僕がある回答としてあるかなっていう。
君は何が嫌で何がどう思ってて、自分自身はどう思ってるんだっていう言葉を何とか引き出そうとするというコミュニケーションが、
もしあるとしたら、もしそういう機会があるとしたら、それが一番できることなのかなって思ってますかね。
この質問難しいのは、当時の少年、青年だった2人が、どんなことを考えていて何に悩んでいるかみたいな、そこの文脈がないまま年上として気持ちよく何かこんな言葉をかけたいですみたいな風にしていっちゃうと、
やっぱり私同士としての応答みたいなところとしては、うまくいかないコミュニケーションになっちゃう感がするから、普通に言葉かけたいっていうよりは普通に話したいよねっていうことだなっていう感じがするね。
私はその行動って意味で、きっと今ホモソに悩んでる人とかホモソの中で生きている人たちも、鮫君も柿内さんも、当時多分もう無我夢中っていうかそんなことも考えてなかっただろうし、今やるべきことを頑張ってやってたんだと思うんですよ。
だから行動的に言うと周りの人みたいなっていう、こういう風にやってる人たちを嘲笑うような形でホモソ的なものに飲み込もうとするような人たちがいたときに、そこに介入するみたいなことかなって思った。
ちょっとこの子頑張ってるからほっといたりとかさ、そういうような、それは実は自分のところで言えば自分がそういう人たちに巻き込まれてきたなっていう多分思いがあるからこういうことを言ってるんだと思うんだけど、そういうのに巻き込まれずに自分たちが好きなことを好きなようにして、
ただそれが誰かを傷つけることをも考えつつ何かをやってる人たちの邪魔をしないような、そんなようなことを作るってことかなぁと。
っていうのもね、さっきおっしゃった通りやっぱ話聞かなきゃわかんないし、ただ悪い人はいるから、その悪い人からどう距離を取り、悪い人とどう付き合っていくのかっていうのをちゃんと見ておきたいなという感じがしたかなぁ。
そんなところですかね。
このイベント自体が言ったら、僕にとっては10代の時の自分に話しているとか、そういうことを聞きたかったっていうところ自体でイベントをやってるってところもありはするんで、
1:06:09
この今やってる行動自体がそういうことをやってるんですっていうことでもあるかなぁとは思ってます。
これはその答えをね、今後も見つけていけるといいかなと思います。
そうですね。はい、ということでちゃんべさんいただいてありがとうございます。
じゃあ最後にご紹介します。お名前、津田けんきさん。
感想を書くのが苦手なので、現地アーカイブを見ながら思ったこととその後に考えたことをごちゃ混ぜにして書きます。
まずお三方は、ホモソ的な結束を高めるためのヤダミを感じる行動として風俗に行くことや過度な飲酒などを挙げていたが、これに自分はギャンブルも入ってくると思った。
男気ジャンケンもこれに含まれるのかもしれない。
このヤダミを感じる行動が、いわゆる飲む打つ買うにまとまるのが興味深く、かつ根が深そうにも思えた。
この3つに共通するのは、多少の背徳感とリスクを伴うところ、簡単に快楽物質を出せるところだろうか。
そういった状況を共有することによって結束を高めているのかもしれない。
また、その場のノリという言い訳を作ることにより、そういった場に行きたいという欲を満たしているのかもしれない。
じゃあホモソってどこから始まるんだろうと考えたときに、思い浮かんだのが柿内さんがホモソ編歴で挙げていたガトリングハンマー以下、電気アンマーだった。
僕が初めて電気アンマーと出会ったのは自宅だった。兄か父のどちらかが遊びの延長でされたのか最初だと思う。
僕自身は当時もそれも遊びの延長として捉えていたので、特段嫌な気分にはなっていなかったのだが、確かに男同士の間でしか起こらないコミュニケーションである。
ここまではいい。問題なのはこれを外に持ち出したときだろう。
僕個人としては電気アンマーを家の外で人にやった記憶はないが、家と同じノリで外でやってしまったという人も中にはいるはずである。
そういった各家庭などの小さな共同体で子供が男性特有のノリのようなものに触れてしまう。
そしてそれが外に持ち出され、男同士のコミュニティに各家庭から小さな男性ノリが持ち寄られる。
さらにそれが仲間うちのノリとして熟成されていく。
ホモソノリが生まれる要因の一つはこれではないのかと僕は考えた。
この考えに至ったのはシャークさんの地元にあった差別の話がヒントとなったからだ。
おそらく差別も家族や小さなコミュニティ内で垣間見えた差別意識が子供に伝わり、
複数人の小さな差別意識が集まることで目に見える大きな差別になるのだろう。
だって生まれたばかりの子供には地域や家系の差別意識なんてものはないはずなのだから。
親戚やその他、次の世代に対してそういったことはしない、伝わらないようにはしようという凡庸な結論に僕はたどり着いた。
でも改めて大事なことだよなとは思う。
以上が今回のイベントの内容から自分が考えたことです。
全て予想の域を出ないかつありふれた結論ですが、自分にとってはここまでちゃんと考えることがなかったので、
1:09:05
とても有難い機会になりました。ということでいただいております。
津田さんありがとうございます。
ありがとうございます。
今までは言ったら通じて、僕らがちょっと話し切れなかったそのホモソ外の外、
男性から女性とか、男性からその他の性別の肩に向いてるところとか、そういったところのお話だったんだけど、
この津田さんのは言ったら、僕らが話してた男という男、男内の圧みたいなところのお話っていうのを書いていただいてるのかなというところで、
そういった経験とかを持ったところを考えてお話いただいてるって感じですね。
柿屋君どうでしょうか。
そうだね、このガトリングハンマーって多分聞きなじみのない言葉に関しては、
是非ねイベントでその真相を確認してほしいなっていうふうに思うんだけど、
でもなんかここでその津田さんが書いてくださってる話って、
それこそホモソに限らずここにも差別の話だったりね、何も展開してもらっているけれど、
今自分がこうであることであったり、
今同時代を生きる人たちがこのような振る舞いをしているっていうことについて、
その本人だけの、今ここの本人の思想心情みたいなものだけで測ろうとするって多分結構間違いで、
結構今回のイベントで僕も鮫君も阿部さんも自分たちがどういう子供時代を過ごして、
どういう青年期を過ごしてっていう話を話していったイベントでもあったんだけど、
僕これ若い頃ね、そういうのあんまり好きじゃなかったの。
なんか半端な感じがしてというか、自分語りだけで、
なんかそれこそこう理論とか、みんなで共有可能な話を全然してないみたいな、
それ逃げじゃないかというか、
なんでみんな年取ると自分の話ばっかりするんだみたいなことを思ってたんだけど、
この津田さんのお便りにあるように、実は自分がどういう環境で育ってきて、
それを外にどういうふうに持ち寄って、
そこからどういう形で正解だったり不正解みたいなものの価値観が形成されていったのかって、
実はセンスとは別々なんだよね。
この津田さんは多分男の兄弟が多い環境で育ってみたいなことを多分書いてくれてて、
鮫君はさっきも話してたようにさ、
基本的に女の人ばっかりの環境の中でこれまでやってきたみたいな話もあったけど、
やっぱりそういう自分が当時自明のこととして受け取ってきた環境自体が、
結構みんなそれぞれ全然違うんだっていう、
そのことに気が付くみたいなのも今回のイベントの重要なところだったのかなって感じもするから、
誰にでも適応可能な正解っていうのがあるんだっていう、
1:12:02
その考え自体が実は自分がこれまで育ってきて、
これまで経験してきたものによって方向づけられていたものでした。
なかったんかもなみたいな、
そういうような話をさらにご自分の文脈として改めて語ってくれたお便りなのかなというふうにも思って、
やっぱりそういうね、
自分がどういうふうに生きてきたのかとかどういうものを見てきたのかみたいな話は、
過論じない方がいいなというか、
それをまず自覚するところからしか、その後そこから出てくるとか、
そうじゃない全然別の形で、別の方法で世界を見てる人たちとどうやって話ができるだろうかみたいなことを、
考え始めることはできないよなみたいなことを改めて思ったかなっていうお便りでした。
そうね、やっぱり自分がどういう環境だったかっていうのは大事だなと改めて僕も思ったし、
ただ何か柿内君がそういうのばっかりが嫌だったっていう感覚もよくわかるし、
逆に言うとこういう環境だったからこそ、
自分はどうしようもなかったんだっていうさ、
あの開き直りじゃないけど、
かつ全部の話がそこに集約しそうになっちゃう強さがあるというか、
自分が生きてきた10代の環境とかって。
でも全部ではないよねっていうところはやっぱ大事で、
ただ、だから全部ではないよね、
本当は直近のこういう考え方とかそう出てるもんなんじゃないっていうコミュニケーションをしないと、
全然繋がってこない。
やっぱ大きな自分の形成のところの話をされちゃうと誰も介入できないっていうところがあるから、
そこはそこで難しいところがあるんだけど、
でもやっぱり大事なところだよねみたいなところは、
これは本当繰り返しどっちも話が必要だなとはすごい思うっていう感覚がありますね。
ガトリング・ハンマー的コミュニケーションを否定することがどこまでできるかっていうのも、
私結構それはそれで重要なのかなっていうかね、
身体的なこういうコミュニケーションって、
やっぱこれがあったから良くなかったって話にはあんまりしたくないなっていうふうに思ってるんですよ。
それで、
例えば子ども同士、特に母子間のコミュニケーション、
まあ母とは限らないかもしれないけど、
養育者と子どものコミュニケーションでくすぐり遊びって結構よくやるっていう風な研究があったりして、
こういう身体的なコミュニケーションって、
やっぱり言葉がまだうまく出ないうちはすごく大事な1個のツールになると思うんですね。
で、それがクラスに持ち込まれてて、
まあこれ津田さんおっしゃる通り、
それがある種のノリを形成していくっていうのもわかる。
だけれども、
それがどう誰かを傷つけずにやっていくことができるのかっていうのを考えていくことが大事なのかなと思います。
1:15:00
で、もう1個言うと、やっぱり乗れないやついるんですよ。
そうだね。
私は端っこで乗れちゃったというか、
そういうタイプで、
そこに完全にはまってないけどできちゃったみたいなところがあるっていう意識があるんだけど、
そうじゃなくて、こういうの本当に嫌な人もいるし、
やめてっていう人もいるでしょうし、
まああれですよね、柿内さんのノートで言ったらスカートめくりみたいな話に近いかな。
みなさんとかそういうの全然楽しいと思わないっていう人がいたりして、
でもああいうコミュニケーションがすごい楽しいと思う人たちがいて、
この乗れない人たちに対してどういうふうな目を向けるのかっていうことと、
一方で乗れてる人たちっていうのをどうそれが加害性がないものにしていくのか、
加害性がないものにしていくのっていいことなのかなとかって思ったりとかっていうのはちょっといろいろ考えました。
スカートめくりとかは性的な被害になるからもちろんないはないんだけども、
話して話して言うと肩パンとかね、ちょっと軽く肩をガンって殴り合うみたいなところとかって、
よくはないんだけれども、それがノリの一つというかの中でできる。
ただもちろん例えば体格的に細かったりとかいう子に対して肩パンするとマジでアザとかになるんで、
そういったところとかもあるし、できるできない、ノリが乗れる乗れないみたいなところっていうのはありつつ、
ただそれがお互い頑丈な中でやるものとしての位置コミュニケーションみたいなのの楽しさみたいなのとかっていうのは、
それこそ勝手にやっといてくれやっていうところ。
放送の中で勝手にやっといてくれやの中のいいところみたいな、
互いが了承してる中での肩パンみたいなところとか、ちょっと良くないけど、
飲酒とかもそれはそうだと思うんだよね。あるし、やっぱドラッグはドラッグだから、
飲み合うみたいな、ある程度ちょっとおかしくなるまで飲み合うみたいな、
それも危ないんだけども、そういったところも言ったら軽い暴力というか軽いノリみたいなところには終始されるところだと思うので。
その辺はどう?
アビさんがおっしゃってたような、いいノリの一つとして捉え直すところがあるよな、みたいなところ。
難しいけどね、やっぱね、もちろんサミ君がおっしゃってること否定してるわけではなく、
それをね、肯定していくことがなんだろう、正面切っていいよねとも言えないけど、
やっぱそれがすごく脱色されてったりとか、なんかすごくなんか殺菌されていくみたいな形で、
それこそさっき言ったようなウイルスがどんどんなくなっていった時に、
逆にそれはそれでディストピアみたいな形になっていくような気もするんですよね。
で、こういうある種の身体的なある種の暴力的なものっていうのはあるんだ。
ただ、やっぱ最後のところでやっぱりやりすぎてはいけないみたいな、
1:18:02
でもそれでもいいのかなとかって思いつつ、
私はそれぐらいの感覚で今はやってるところはありますね。
ちょっと何を言ってるかっていうところではあるかもしれませんけど。
なんかその安倍さんの話を受けて話すと、
安倍さんがさっき加害とか暴力っていう言葉でなざそうとしてたものと、
さっきの千早さんのお便りにあったペニスって、
まだね、うまく整理できないんだけど、結構似たようなものをなざしてる話だと思うんですね。
一旦ちょっと仮にペニスにまとめるというか、
さっきのカタパンコミュニケーションとかもある種そういう、
暴力とか加害と言い切るにはコミュニケーションすぎるみたいなところがあると思うんだけど、
漫画でさ、久保田文夫さんのチンチンデビルを追えっていう漫画がね、
webで連載されてたんだよ。
コミックデイズの概要を読むと、
魔物チンチンデビルのビームを受け、何が生えてしまった冒険者アン。
チンチンデビルへの怒りにアンの名にも行き立つ。
激ヤバファンタジーコメディ開幕って書いてあるんだけど、
これ結構大事な漫画だったと思ってて、
要するにこれは女性の冒険者のアンにチンチンが、
めちゃくちゃ大きいチンチンが生えてしまうと。
それに対してどうにかしなきゃいけないから、
初学の根源であるチンチンデビルを追いかけていくっていう漫画なんだけど、
この漫画は要するに、
全ての人にチンチンがついてしまった世界を描いてるんだよね。
チンチンデビルによってみんなにチンチンがついてしまった。
これは要するに、暴力性や加害性みたいなものを
みんなに付与されてしまった世界なんだけど、
ここでね、冒険者が行く先々の中で、
1個ね、チンチンが生えて、
めちゃくちゃ大きいチンチンが生えてきたことによって、
自分たちの街を支配する、
悪者としての女性冒険者が出てくるんだよ。
それに対して、チンチンはそういうものなんじゃないんだと。
確かにいろいろと乱暴なところもあるかもしれないけど、
チンチンっていうのは、
自分や相手と楽しく遊ぶためのものであって、
人を傷つける道具じゃないみたいなセリフが出てくるんだよね。
結構これ重要だと思って、
暴力装置や狂気としてだけ、
肩パンとか、
多少くすぐりみたいなものとか、
要するにペニス的なものをね、
ただ単純に加害や暴力の装置としてだけ考えて、
それを全部過度に抑圧するってことに対する違和感を、
多分安倍さんはさっき表明してたんだと。
やっぱりチンチンデビルを絵の中であるような、
チンチンというものそれ自体を、
どこでも誰からかまわず振り回すっていうことに対しては、
ちゃんと否を突きつけながらも、
でもそれチンチンで楽しいものでもあるはずなんだというか、
誰かとのコミュニケーションのためにも、
用ることができるもののはずなんだみたいな、
このバランスが良いも悪いもなくて、
1:21:00
良いも悪いとも言い切れない領域としての、
親しみを込めた肩パンとかね、
そういうようなありよっていうのは、
ちゃんとバランスを見極めつつ考えなきゃいけないところなんだろうな、
っていうのは結構今日のいろんなお便りを読みながら、
改めてちょっと思ったな。
そこでのある種のチンチン的なものの、
非暴力性っていうか、
あのところっていうのが、
やっぱりもうちょっと考えたいな。
私自身のこれは問題だけれども、
やっぱりなんか、
ある種その暴力的だからこそ魅力的みたいなところって、
どうしてもある意気込みな感じもちょっとしていて、
分かるんですよ、それをね。
過度に抑圧して、
何だろう、不可視化して、
それこそブラックボックスにしていくことによって、
もっと他のものに使えた可能性があったものが、
見えなくなっていってしまうっていうのは、
良くないような気もするんだけどね。
そういう意味で、
そこが、
もちろんね、
おっしゃった話、
新しい可能性だなと思ったんで、
いろいろ考えてきたんだけど、
直感的にやっぱりなんか私は、
非常に暴力的なものって思っちゃうんだな。
それは何でなのかっていうのは、
私の課題として考えていこうかな、
というふうに思っておきたいと思います。
まあ、難しいですよね。
言ったら、フィクションとか、
今、かげなりさんが提案してくれたのって、
そういうフィクション的な想像力っていうものを、
どういうふうに自分たちの、
エグ面に表してしまうペニスっていうところに、
もっとフィクションに変えていくっていう試みを、
どういうふうに現実で持ってくるのかっていうところだと思うんだけど、
やっぱり、
僕たち自身はフィクションな体を、
どうしても持てることはできないっていうところというか、
体がそのフィクショナルな、
面白い、ほんまチンチンっていうさ、
カッコつけのチンチンみたいなものにないというかさ、
ペニスっていう感じになっちゃうっていう、
そこにある一つのペニスみたいな感じには、
現実としてはあるから、
なんかそこに、考え方としては、
僕もどっちかというと、
そういうフィクション的なものから、
自分たちのヒントというか、
そうじゃないよって実際に見えに見えてるものはこうだけども、
これはもっとバカバカしくて面白いものなんだ、
みたいな感じにするっていう方法は、
一つすごいあると思うんだけど、
やっぱり乗り越えられない、
現実みたいなところがあるから、
そうそうだよなって思いつつ、
でもそこにしか可能性ないよなっていう、
どっちもの思いがあるということはありつつ、
その辺はいろんな角度から、
また今後も話していければなとは思ってますので、
はい、ということで、
今回津田さん最後いただきましてありがとうございました。
ということで、計6件のお便りいただきまして、
リアクションということで、
今回話させていただきました。
面白かった。
非常に良かったなと思いますので、
次はやっぱり、
これからのセックスみたいな、
判断みたいな感じですけど、
性欲と社会と自分自身と、
1:24:01
みたいなところっていうところ、
男性としての性欲っていうところかな、
そういったところも、
性欲ってなるとイコール性行為みたいな、
セックスの話になるんだけど、
別にセックスの前の話っていうのはもっとあるはずで、
セックスの前の性欲みたいなタイトルとかね、
セックス以前の性欲みたいな、
そういったところとかの話っていうのを、
メインに今度できたらなと思ってますので、
それはまた学術バー給で、
この3人でできたらなと思いますので、
そちらも楽しみにしていただければなと思っております。
はい、ということで、
今回、ホモソを見つめ直す、
男子ノリは何を見、何を殺すのかの、
アフタートークのエピソード、
以上になります。
ここまで聞いていただきまして、
誠にありがとうございました。
ありがとうございました。
次回のイベントも楽しみにしていただければなと思います。
01:24:58

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