1. 喪失感は、突然に
  2. #55 些細な記憶の断片
2026-01-30 15:31

#55 些細な記憶の断片

15日ぶりの配信 / 沼津のグリーフマルシェに出店 / 些細な記憶の断片が突然蘇る / フラッシュバックは一瞬で消える / あるフォロワーさんに言われた言葉「記憶の断片が優しさに変わりますように」 / 辛いだけでなく懐かしさもある / 現実と記憶の二つの世界を見る / 見続けたいが見たくない葛藤 / 亡き人は記憶の中にいる


サマリー

今回のエピソードでは、記憶の断片がどのように感情に影響を与えるかを考察しています。特に、悲しみや懐かしさが交錯する瞬間や、過去の出来事が内面的な世界にどのように影響を与えるかを掘り下げています。

グリーフマルシェの出展
喪失感は突然に、第55回目の配信です。今回は、些細な記憶の断片についてお話ししたいと思います。
なんかすごい前回から、とてもなんか時間が経ってしまって、気づいたら15日ぐらい経っていて、
何したっけなーって感じなんですけど、そうそう前々回かな、ちょっとお話ししたグリーフマルシェというのに出展してきました。
沼津でやったんですけども、なんかすごいね、温かい雰囲気の中、皆さんいろんなグリーフに関するのを出展されたりとかしていて、
アロマだったりとかマッサージだったりとか、カラーセラピーみたいなのもやったりとかしていて、とても充実したというか貴重な時間でしたね。
実際、私も自分のグリーフプログラムみたいなのを持っていて、それで説明したりとかして、チラシとか持って帰っていただいて、って感じで。
次の課題としたら、何かその場でできる、何かをご提供して持ち帰れる何かがあるときっといいのかもなーというふうに思いました。
G書いてもらったりとかしてね、あとサッシュとかも置いてあるブースがあって、その方といろいろお話したりとかして、
いつもだと出会わない方たちとお話ができた感じでした。
記憶の断片とその影響
ということで、早速本題に移りたいと思うのですが、
些細な記憶の断片、何かこう急に頭の中で昔のワンシーンみたいなのがサッと入ってくることありません?
特にフラッシュバックっていうものなのかもしれませんけども、
何だろう、その映像というかシーンが入ってきて動機がするとか、その場で何か痛みも立てもいられなくなってしまうとか、
そういう大きな衝動のものではなくて、何かこう振って立ち上がってきて、ふっとなくなるみたいな。
何かそういったことが結構昔からあるかなと思っていて、
もちろんそれは父とか兄のことだけではなくてね、
いろんな思い出がたぶん生きていればたくさん詰み重なっていくものなので、
きっかけがあるとね、いろいろこう出てくると思うんですけど、
そうでは、それとはまたちょっと違くて、何かこう全然関係ないことなのにパッとこう出てくるもの。
だからこう今ねこの話をしようと思って、前から思ってたのに、
じゃあその時思い出した些細な記憶の断片何?っていう風に具体的にあげようと思ったら、
あれ何だっけなっていう風に結構もう忘れてしまってるぐらいの、
小さい小さい断片というかパーツなんだけども、
でも何かそれが私にとって結構大切なものというか重要なものなのかもみたいなのを、
まあだいぶ前にこう思ったことがあって、
私にとってこう記憶とか断片ということはすごい重要なキーワードになっています。
何かそういったことを多分十数年前に何かこうTwitterで、
詳しくはちょっと覚えてないんだけど、記憶の断片がうんたらかんたらみたいなのを書いてたんですよ、よく。
そしたら本当Twitterだけで知り合いになった人でよく喋る人だったんですけども、
その人がサーシュさん、私のハンドルネームなんですけど、
サーシュさんの記憶の断片が優しさに変わりますようにお休みなさいっていうようなことを聞いて、
なんかすごいめちゃくちゃ膝って言われるぐらいのあのセリフのようなものだったんですけども、
何かその言葉をかけてくれたことがすごく嬉しくて、
何かもちろんその記憶の断片に多分何かこう辛いとか何とかってきっと書いてあるんでしょうね。
だからこう優しさに変わりますようにっていうふうに言われた時に、
何かね、それからすごい辛かった、
辛いっていう気持ちが強かったとか多かったところから、
何か違う見方ができるようになったというか、
そっか優しさか。
でもよくよくこう思い出すその断片みたいなものって、
決してこう辛いだけのものだけ、辛いだけのものじゃなくて、
もちろん懐かしさだったりとか愛おしさだったりするものであって、
もちろんそのものに引っ張られてしまって、
どんどんどんどん辛くなるってことももちろんあるんだけども、
そうではなくて懐かしむ気持ちみたいなノスタルジーというのか、
ということのようにも思えるようになってきて、
だからこう思い出されるワンシーン、ほんの数秒、1秒満たないのかもしれないような断片っていうのは、
なんかこうまだ何も形に残らない私の感情だったりとか、
そういったことのなんか散らばってるパズルみたいな感じ。
もちろんその全部が全部言葉になる必要もないし、そうしたいわけでもないんですけども、
なんかこう残っているもの、決して忘れないものだったりしているのかなとか、
中でもねもちろんその忘れてってしまってるものもたくさんあって、
もう思い出せないあの時によく出てきた映像とかもあるわけで、
それはそれで思い出せないのも寂しいなって思うこともあれば、
まあなんだろうな、
忘れたくて、見たくもないような感じのものがたくさんあったんですけど、
実際見えなくなったら見えなくなったりそれは寂しいもんで、
なんか本当に短い記憶は、
まあこう些細な記憶っていうふうにタイトルにはしているんですけども、
実は全然些細なものじゃないし、
最初に撮るに足らない記憶の断片とも思ったけど、
全然撮るに足りるものというか、
本当に重要な大切な記憶であって、
なんかそういうのが見えるときって、
視界、右目左目で見ている視界とはまた別に、
頭の中の映像がもう一個スクリーンがあるみたいな感じで、
2つの世界を見ているような感じになるんですよね。
時にはもうそのやり過ごすというか、
ほんとパッというふうに思い描いてた映像がすぐにいなくなってとか、
次に続くものもあればその場でなくなるものもあるし、
逆にこうこれ見続けたらやばいなって悲しくなってしまうというか、
泣いてしまうとかっていうやばいなんですけど、
このまま今見えているものを見続けてしまったら、
ちょっといかんなぁみたいなのがあるときは、
もう別のことを、別の作業をし始めて意識をこう違うことに向けるとか、
それでもたまにこう見続けたくなるというか、
それにとら、でもとらわれてしまっていい方がやだなぁ、
なんかこうとらわれてしまってなんかこう良くないネガティブな感じになるから、
なんか違う言葉がいいけど、
その先をたぶん何か自分の中で欲しているのか、
これも考え続けたいとか、きっとつらくなるのわかってても、
このまま思いのままにというか、
無意識の流す映像を見届けるみたいな、
もう一個の世界で広がるときがあるなぁと思うんですよね。
なんかそういった記憶の断片がこうパパっとこう出てきて、
つらくなるときかな、
でもそのつらさが少し抜けたときに、
なんで私はこんな風につらくなんなきゃいけないんだろうかって、
誰がこんなのわかるんだよみたいなことを思ってしまうときがある。
もちろん自分だけがこういう思いをしているわけじゃないって知っているし、
だからなんだって話なんだけど、
なんか何かに怒りをぶつけたくなるときに、
そういったことを思ったっていうのを、
同じような経験をした人に聞いてもらうと、
すごく温かい目で聞いて、
なんかもうなんか本当に、
すごく自分のことを思ってしまって、
自分のことを思ってしまって、
なんかそこで自分のことを思うときに、
人にこう聞いてもらうとなんかすごい温かな目で 聞いてくれるというか
だよみたいなことを思うって まあ怒りなのか
亡くなった人への怒り 私はなんかそういうんじゃなくてなんかこう人間の機能というか心というか
なんかよくわからない感じにさせるんだよみたいな なんかそんな感じでたまにちょっとイラッとするというか
でも何度も聞いている人はご存知かもしれませんけど 記憶がなくなってしまうことに対しての
寂しさとかが私はすごく大きいから こういったことで怒りとか悲しみとかを伴いながら覚えているっていうことは
仕方がないというかしょうがないというか これから覚えていくための過程として受け入れるしかないというか
なんかそんな感じなんですけど なんかねー
何でしょうねー やっぱねー
今はっきり
わかるのは
兄の死に関して
小さい頃すごい仲良かったことの写真 仲良かったことは覚えてないんだけど写真を見たりとかなんか仲良しな写真とかをなんか残ってて
見たりとか なんかこう
これはねお母さんが昔の写真が見せてくれて 私ラジコン何歳だろう5、6歳かな
ラジコンの本を手に持って写真撮ってて そういったラジコンとか男の子が好きなものがガンダムとか
なんかそういったことが私すごく好きだったんですけど それ全部兄の影響であるのは知ってて
そういったことを思い出した時とかふとね ものすっごい悲しくなるというか
今もなんかちょっと話し始めるとこれどこも先続けるとやばいんじゃないかなって思いながら 今喋ってるんですけど
急にふと思い出すとか 亡くなった日のことを急に思い出しちゃったりとかすることとか
なんかこう なんだろうな
兄が怪我して 手術がすごい時間かかって
6時間ぐらいだったのかな それで部屋に行って薄暗い中でなんかこう寝てて
手がすっごいむくんでるのを握りしめてたみたいな あん時初めてたぶんお兄ちゃんの手握ったんじゃないかなっていうぐらい
小さい頃はちょっとよく覚えてないけど っていうそういうことをねなんかこう
要は今は記憶の断片の話じゃないけど1個の記憶が思い出されると シーンとか思い出されると繋がりでどんどん出てくる
そうしてくるとどんどん感情が倍増してきて 涙が誘発されるっていうような話なんですけど
まあそういったことは なんかこう
兄の思い出
お兄ちゃんのそういった記憶とか思い出は割とまだなんか 言葉にできてない何かがあるなぁっていう感じは常々思っています
そういうことでなんかまあ なんかこう記憶っていう言葉を私はやたら使うなーって本当よく思ってて
ただ 記憶の中でしかねこう
亡くなった人とか あともう会えない人とかってねー
それしか自分の中に存在しないからまあ当たり前っちゃ当たり前なんだけど 結構前なんですけど
本買ってふと浮かぶ記憶と思考の心理学っていう本をね もうずいぶん前に買ったんですよ
んで読んだんだけどなんかいかんせんね全然わかんなくて わかんなくて
途中でやめちゃったんですけど 最近まだいろいろこう
いろんな知識が入ってきたように思うから まぁちょっと読んで
また読書感想文的な話でお話できたらなぁと思っています
では今日はこのあたりで終わりにしたいと思います またねー
15:31

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