1. 喪失感は、突然に
  2. #16 思い出せないときがあっ..
2025-03-06 16:13

#16 思い出せないときがあっても忘れない

記憶について、支えになった2つの言葉。
1.1995年に公開された「BeRLiN」のワンシーン「思い出せないときがあっても忘れない。思い出せなことと、忘れることは全然違う」
2.Coocoの「許すことは忘れること、忘れることは生きること」などについてお話しました。

映画「ベルリン」のセリフ「思い出せない時があっても忘れない」という言葉 / 19歳だった当時は意味が理解できなかった / 父親の自死後、辛い記憶を忘れたかった / 本「海馬」読んで、 記憶はすべて脳の中にあると知り救われた / 歌手Coocoの「許すことは忘れること、忘れることは生きること」の言葉に支えられた / 米津玄師さんのライブMC「忘れても体の中に残り続ける」という考えに共感 / 懐かしい記憶と悲しみがセットで蘇ることがある / 忘れたいと思ったが今は忘れるのが怖い / 悲しみもセットで受け入れる覚悟

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00:00
喪失感は突然に、第16回目の配信です。今回は、思い出せないときがあっても忘れない、という言葉についてお話ししていきたいと思います。
この言葉はですね、1995年に公開されたベルリンという映画の中のワンシーンのセリフで、
当時19歳だった中谷美希が、初主演の映画だそうで、この言葉中谷美希が言うんですけども、
私が聞いたとき、19歳でこの映画を見たんですけど、全然の意味がわかんなかったんですよ。
思い出せないときってことは、忘れることと同じじゃないかっていうふうに思ったんですね。
このセリフがどのような文脈で言われるかというと、
中谷美希がね、確かデリヘル城なのかな。それで、
その同僚と別れるシーンか何かで、その相手から寂しくなることないのっていうふうに聞かれて、
中谷美希は、寂しくなることはないよ。だって私はあなたのことを知ってるし忘れないもん。
って言うんです。そうすると相手が、いなくなったら忘れるでしょう。って答えるんですけど、中谷美希は、
思い出せないときがあっても忘れない。忘れることと思い出せないことは全然違う。っていうふうに話して別れるんだったかな。
このね、忘れることと思い出せないことは全然違うが、
当時の私は本当わかんなくて、それでも私はずっとこの言葉を覚えていて、
なぜかというと、16歳の時に
父が自死して、そのことによって
辛い時期が長くて、忘れたかったんですよね。
記憶喪失になれば、辛いことも、父がいたことでさえも、
忘れるわけだから、辛くもないっていうふうに当時考えたんでしょうね。
それで、ちょっと話はずれるんだけども、
映画の学校に、映画というか映像を作る学校に行ったことがあって、
その時の一番最初に作った映像が、記憶をなくす人の話だったんです。
記憶って何だろうと思って、記憶喪失になるって、
テレビでしか知らないけど、頭を打つとか、強い衝撃があった時に記憶喪失になるぐらいなのかな、しかわかんなくて、
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もちろんそれは意図的にできるもんじゃないし、
じゃあ記憶って何だろうって思った時に、
私その当時、よく写真を撮っていたので、
写真が記憶の一つだなと思って、
当時、友達に写真、写真だとちょっと固いから、写真を印刷したものをくちゃくちゃーってちっちゃーくして、口の中に何個も入れてもらって、
それを口の中から出すというような映像を撮って、
自分の周りに写真、記憶がブワーってなっていくっていうのを撮ったんですね。
映像にしたくなるような興味だったので、この言葉がずっと残ってて、
で、やっとね、わかったのが、30歳手前で読んだ「会話」という本があるんですけども、
池谷雄二さんという農家学者が書いた本で、この中にその会話というところに蓄積された記憶っていうのは新しい記憶であって、
古い記憶は代の秘室へ転送されているというふうに言われていて、
その代の秘室に転送されたファイルっていうのは、もうなんかこう古い記憶がぎゅうぎゅうに詰まっているから取り出すことが難しいというふうに言われていて、
でも、あるトリガーさえあれば、それはいつでも取り出せるというふうに書かれていたんです。
すべての記憶は穴の中にあるっていうところの話を読んで、
あ、このことかと思って思い出すことが難しいかもしれないけど、忘れない。
なんかそれを読んだ時に、なんかすごいほっとしたというか、
その時はもう30歳だから父が死んで、16に死んだから14年経って、まあ34年とか13年とか経っていて、
その頃になってくると、もう記憶、忘れたいとかいうよりも忘れ去っていく記憶の方が多くて、
あんだけこう失くしたかった記憶なのに、今度はもう忘れ去っていく記憶を悲しむようになっていく。
今もそうなんですけど、なので、すべて頭の中にあるっていうふうに分かっただけで、
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なんかすごくほっとした、思い出せないかもしれないけど忘れないっていうのが、
なんかとても救われたというか、そういった事柄で、もう一つずっと支えられた言葉のもあって、
これも10代の終わり頃だから同じ時期なんじゃないかな。
コッコって歌手の方がいると思うんですけど、その人の展示会がラフォーレ原宿であって、
そこで見た言葉、「許すことは忘れること、忘れることは生きること。」という言葉を見た時に、
なんかすごい肩の力が抜けたというか、親戚、父の兄弟たちにものすごい憎悪を抱いていて、
本当腹が立って眠れないほどの気持ちを抱きながら、
またその考えたくもないのに自然と湧き起こってくる怒りに対して、どう対処していいかわからなくて、
すごい無力だったんですね。
こういう時にその先、記憶を消し去りたいってずっと思ってて、その怒りが消えないから、悲しみも。
小さい頃から親に記憶力がいいっていうふうに言われていて、言われていたからそのような気になっていたような気もしないでもないんだけど、
なんか結構悩み事とかを父に相談していて、それで父からはもう忘れることも必要だとか、流すことも必要だからみたいなことを言われていて、
それができないとか、忘れられないんだからしょうがないじゃんみたいなことを言ってたこともあったから、
この言葉を見たとき、許すことは忘れること、忘れることは生きること。
この言葉を見てみたときに、忘れるために、この日怒りだったから、怒りを忘れるために許したかどうか、ちょっとあんま覚えてないんだけど、
これから生きていかなきゃいけないんだからって思ったんでしょうね。
この2つの言葉は、私にとって本当に生きる力を与えてくれたような言葉です。
今回なぜこのようなお話をしようかなと思ったのは、2月の終わりにユネズキ先生のコンサートに初めて行ってきました。
その時のMCで、ユネズキさんがこんなことを言ってたんです。
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10年とか経ったら忘れちゃっているかもしれないけど、忘れちゃっていても体の中に残り続ける。
忘れても構わないと思えるような、そんな1日にしたいっていうふうにおっしゃってて、
それでね、ベルリンのことを思い出したんですよね。
多分そう、覚えてる。
これも忘れちゃってもっていうことは多分、思い出せなくてもってことだけど、残り続けるってことは忘れないってことだから、
なんか本当、意識とか無意識とか、そういったことを常に考えているような感じの人なんじゃないかなっていうふうに思うんですよね。
ユネズキさんの曲とか歌詞が好きなのって、普遍性というか、そういうところに惹かれるなーっていうふうに思うし、
こういったね、忘れちゃってもいいよねみたいな、今をすごく大切にしているというか。
すごいね、ライブも良かったし。
この配信を始めた2回目の時に、アザレアという曲の話をしたんですけども、その曲も披露されて、流れもね、すごい良かったんですよ。
ちょっと話変わってしまうからあれなんだけど、
レディーっていう曲があって、この曲は2人の結構愛おしい感じのね、2人がこう、話してる感じとか見積み合ってるとかそんな感じなんだけども、
例えば、いつか一人にひどい不幸が襲い、二度と会えなくなったらって考えたら泣いてしまうとかっていう歌詞なんですね。
で次にアザレアが始まって、アザレアはバッドエンドな感じがするんだよね。君が好きだったとかって歌舞伎で言ってるし、
まあドラマがね、なくなってしまう話だったりするから、まぁちょっとバッドエンドではあるんだけども、
次の曲が夢うつつという曲で、さよならまた会えるかなという歌詞だったりとか、背中合わせの旅はまだ続いていくとか、
羽が生えるような身があるさを君に宿り続けますようにとか、夢うつつで生きていく、一つずつ愛し合うとかなんかこうね、
迷わず渡っていく君の元へとか、なんかこうね、全部をストーリーがこう繋がっていってるように私はちょっと思ってしまって、
愛したあなたがこの世を遮り、記憶に生き続けるあなたを思いながら生きていくといったような、
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勝手な解釈が、このライブ見てる時に思い描いてしまって、勝手にちょっと涙してしまったというようなライブでした。
というのでこうね、記憶とか、思い出す思い出せない、忘れる忘れたくない、そういった気持ちをこう、本当揺れ幅、振れ幅が大きく感じながら生きてきてて、
昔はその記憶にすごい苛まれるみたいなことが多かったけども、それによって今こうして生かされているということもすごく感じてます。
記憶喪失になりたいっていうぐらいになくしたかったのに、忘れていってしまうことの恐怖の方がどんどん増えていくし、またややこしいのが、その記憶にとてつもない悲しみが追いかぶさっていることで、
懐かしい記憶が蘇ってくるのと同時に、悲しみも一緒にやってくるっていうセット。だから、思い出す時って別に意図的とかじゃないくて、ふと思うことが多いと思うんだけど、それがセット。
すごい衝撃があるものに関しては、途中で考えにやめちゃうんだけども、やめられる時とやめられない時があって、それはもう私がコントロールできる問題ではないのもあって、そういうのが本当ややこしい。
気持ちがあっちこっち行く感じだから、説明しづらい。何度も話せるかもしれないけど、あの時なんでこんな悲しかったんだろうなーとかって、本当に思うし、今思い出しても全然大丈夫なのに、あの時はなんでっていうのはね。
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そういったことも、私は忘れたくないのが結構強いから、悲しみがセットでもういいっていうふうに結構だいぶ前に覚悟を決めたというか、諦めたというか、もうずっと一生こうだろうというふうに。
思える時があったから、悲しむ覚悟とか、辛くなっても耐える覚悟とか、忘れるよりいいっていうことかな。
なので、こう記憶とか、そういうことに多分ずっと興味を持ち続けているんじゃないかなというふうに思っています。
今日はこのあたりで終わりにしたいと思います。またねー。
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