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v220-1 シーナと一平 女将・小久保早智子さんに聞く「さちこの不器用な夜」
2026-10-22 27:48

v220-1 シーナと一平 女将・小久保早智子さんに聞く「さちこの不器用な夜」

今回は、シーナと一平 女将・小久保早智子さんにお話を伺いました。
豊島区椎名町にあるゲストハウス「シーナと一平」にて、宿の女将をされている早智子さん。まずはそのお仕事の歩みについてから、伺いました。

シーナと一平:https://sheenaandippei.com/
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00:03
ゆいなわさんの聞く人ラジオ
皆さんこんにちは、ゆいなわさんの聞く人ラジオのお時間です。
今回は、シーナと一平女将・小久保早智子さんにお話を伺いました。
豊島区シーナ町にあるゲストハウス、シーナと一平にて、宿の女将をされている早智子さん。
まずは、そのお仕事の歩みについてから伺いました。
早智子さんは、お仕事は何ですか?
お仕事は、シーナと一平という宿を任されていて、運営をやっております。
シーナと一平というのは、豊島区のシーナ町にある宿。
ゲストハウスですね。
そこを任されています。
普段はここにいるということですか?
自宅は埼玉県にあるんですけど、2拠点みたいな形で、ゲストがいらっしゃるときは大体ここにいます。
ゲストさんも泊まるわけだから、その方のお世話というか。
夜もこちらに泊まって、何かあったときがあるので。
早智子さんも泊まっているということですね。
そうです。
夜、寝るんですか?
寝てます。
寝るんですね、普通に。
ゲストの方が来られて。
ゲストの方の部屋とは別のスタッフの部屋があるので、そこでひっそりと寝泊まりをして、
なるべくわからないような形でおります。
ゲストの方も何部屋というか、何人来て大丈夫みたいな。
今は4部屋客室があって、最大7名が来られて、最大だったら7名が泊まるみたいな。
少なかったら1人とか2人とか。
予約して来られるんですよね。
だから、いる日もあれば、いない日もある?
いない日も、たまに用事で出かけないといけない場合は帰ったりするので、
夜は誰もいない日もあればということですね。
予約が全然入らないってこともあるんですか?
たまにあります。
でもそれぐらい入るんですね。
本当にここは私がいないという場合は、予約を止めたりしています。
03:04
そういうことか。
基本的にはお客様がいらっしゃって、その方のチェックインとか。
チェックイン、チェックアウト、宿の掃除、お部屋のセッティングとか、予約のやり取りなども私がやっています。
結構いろんな仕事というか。
そうですね、いっぱいありますね。
いろいろありますね、きっと。
今おっしゃっているのはチェックイン、チェックアウト、掃除とか準備とかそういうのもあるし、
運営的なことだから、予約の管理とか、スケジュールとか、やり取りとかもあるでしょうし。
それはもう一通り全部やってる?
一通りやってます。
もともとここはオープンしてどれくらい経つんですか?
シーナと一平が今年の3月で10周年を迎えたので、10年はここを宿としてやっていますね。
佐々木さんはいつからいるんですか?
私はオープンして1年ぐらいかな。1年ぐらいでちょっと関わろうか関わらないかぐらいの感じでちょこちょこで配慮をしていて。
スタッフになったのはそうですね、宿が1年経ってからここに働いています。
スタッフとして入って、最初から上じゃないんですよね?
ないです。
スタッフ?
スタッフで最初は、私がちょっとなんかで飲み屋をやりたいなっていう話をして。
ここではなくて違うところで飲み屋でもやろうかなって思ってたんですよ。スナックというか。
そしたらここでやればいいんじゃないみたいな形で声をかけていただいて。
毎日はちょっとあれなので、最初は近道の2日間を夜バーを、ここの品といっぺんのリビングでやってはどうかという感じの。
最初は2日ぐらいでやってみようかなと思って。
そしたらチェックインも兼ねて。
宿もやってるからね。
夜チェックインもあるので。チェックインってずっと待つ仕事なので、待ちながらここでお酒出していれば。
お近所の人も来て。
お店やりながらチェックインもやってほしいんだけどみたいな話があって。
じゃあそうしますっていうので始めたのは、その飲み屋をやるって。
最初はね。
最初は飲み屋から始まって、徐々に前にいたお上が引退された。引退というか卒業されて、他の仕事をされることになったので。
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じゃあちょっともうガッツリ宿の。
宿の仕事を。
その時は店長というか責任の番頭の強ポンという男の子がいたので。
私はちょっと宿の仕事なんも分からないので、教えてもらいながら、9年前。もう9年になるんですけど。
番頭の方に教えてもらって。
一人できるようになって。
番頭の方も卒業?どこかで。
そうですね。オーストラリアに留学されたんで。
それがいつだったかな。
それが2022年か3年前ぐらいですかね。
じゃあそこから幸子さんはもう一人。
そうです、一人。
思いがけずというか、最初の入りからしたら。
そうですね。最初はもうちょっと飲み屋をやってみたいなという。
モヤっとした感じでやりたいなという希望が気づいたら宿のお上になった。
そうですね、流れていっちゃった感じ。
別に絶対に宿の仕事をやりたいとか、宿に関わりたいという気持ちは全くなかったので。
とりあえず、その時ちょうど仕事も辞めて、無職だったので、ちょっとお金もどこかで稼がないとなという気持ちで。
スタートして今に至るという。
飲み屋はやってるんですか、今。
今もやってほしいという声はあるんですけど、とにかく朝から夜まで宿の仕事があるので。
ちょっと飲み屋は遅くなっちゃうので、だんだん疲れてくる年になってきて。
疲れてくるので、今お休みしてイベント的に月1回とか2回とかここでやれるときに。
そっか、じゃあその時はお飲み屋ですよという感じの形でやることもある?
そうですね、飲み屋でお酒出したりとかしてますね。
ここの仕事する前は何されてたんですか。
前はですね、名前出していいのかな。いろいろあるんですけど、
セイキョーっていう食品配達の会社があって、そこで20年パートなんですけど、
トラック運転手の配達もして、その後5,6年は営業をやってました。
営業。セイキョーの営業って何するんですか。
セイキョーの営業って、その時教材保険っていう保険があって、
それをセイキョーのお客さんのところに行って説明して販売。教材保険ですね。
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そういうことですね。
の営業。
じゃあそれをやっていって。
そうですね、トータル20年、21年ぐらいでちょっときついなと思って、
辞めちゃったんですけど。
ここも一時などいっぺんに入る前にもう辞めていて。
入るねえと、ほんと直前でしたね。
直前ぐらい。
直前でしたね。入るというか関わろうとした時には辞めてたんですけど、
ちょうど無職のプー太郎の時に、ふらふらいろんなところ遊びに行こうと思って、
ここに寄った時は辞めてました。
そういうことですね。
ってなると普段拠点は全然違うところだったみたいな感じ?
そうですね。拠点は埼玉県の深谷市っていうネギの町があるんですけど、
そこは結婚してからずっと住んでいたところで、そこで子育てをしながらパートに出たのがセイキョー。
そういうことですね。じゃあもうそれをずっとやられてたみたいな。
深谷市からしたらここはちょっと遠いじゃないですか、椎名町って。
そうなんですよ。だからその飲み屋をやってた時は夜帰ってましたね、深谷に。
結構遅い時間。
終電、夜11時何分かにここを乗らないと着かないということで、急いで終わらせて、
10時くらいまで終わらせて片付けて、その時は帰ってましたね。
で、また朝来たりとか、そのシフトによってなんですけど。
そうかそうか。
そうなんです。だからちょっと大変でしたね。
飲み屋はやりたかった?
飲み屋っていうか、その時私が50歳過ぎてて、仕事を探そうと思った時にあんまりないんですよね。
50代でハローワークに行った時にないですねって言われて。
でも自分でなんかやりたいって思った時に、何をやれるんだろうって。
お酒も好きだったんで、軽い気持ちでスマックのままとかやってみたいなと。
できるかどうか分からなかった。
そうかそうか。っていうのがあって。
でも実際ここじゃないところでやらなくてよかったなと思います。
それはなぜですか?
スマックのままはやっぱり大変ですよね。
自分でもし場所借りてやるとなったら、私なんかの素人じゃやりたいなぐらいじゃ絶対続いてなかったと思います。
そう感じますか。実際たまに飲み屋的なことは?
近道だけやってたのでも大変だったので。
しかもここ宿があるから、場所が出来上がってるから、ご近所の方も知ってるので来てくださったのに。
12:08
まず何もやったことがない人が水商売じゃないけど、やるのはちょっと無謀だったから、ここで声かけてやってもらった。
ちょっとやれたのはよかったです。
そうか。ちょっとお試し的にやらせてもらって、実際にこういうお酒を目の前のお客さんに出していくとか提供していくことの実際っていうのがやってみて分かったみたいな。
分かりましたね。もう大体が不器用なんですよ。だから不器用なので提供が遅い。
ちょっとつまみとかも出すじゃないですか。そういうのも全く手順が悪いし。
最初はもうこれダメだと思いました。
やってみたらダメだっていう感じ?
5人くらいバーって入ってきて、ビールとハイボールと言われてももうあたくたなんですよね。
だから飲み屋とは思えない、お客さんは大変だったかもしれない。
でもやっぱりやってみてその辺が分かるみたいな。
そうですね。近道だけ。近道を続けてて4,5年はやってましたので。
でも4,5年はやってたんですね。
4,5年はやってましたね。コロナ。
ああ、そっかそっか。
私が2017年にここに入ったので、4,5年20…コロナでちょっとお休みしたって感じですね。
その前はずっと近道、週末は。
やってったらやっぱり慣れてくるというか。
慣れないんですよ。
慣れない。あれ、慣れない。
ずっとそのお店の名前がサチコの不器用な夜っていうバーだったんですよ。
バーの名前がサチコの不器用な夜。
っていうのでやってて。
最初こうやっぱり不器用すぎてダメかもって社長にちょっと言ったら、
じゃあもうそういうバーにしちゃえばいいんじゃないっていう。
ああ、すごい。はいはい。
のでもう最初から不器用っていうのを歌っちゃえば、
お客さんもそういえばお店の名前が不器用って書いてあるから、
しょうがないかって許してもらえるんじゃないかっていう。
ああ、めっちゃいいそれ。
前提として不器用が入ってるから、ちょっともうちょっとちゃんとって、
いや、不器用だよって。
お店の名前がもう不器用な店なんですよ。
サチコさんもどうやら不器用にちょっと動いてるから。
本当にね、演じて不器用じゃなくて。
ってなっちゃうから。
不器用な夜っていうネーミングをつけてもらって、よかったなって。
じゃあいらっしゃるお客さんもそれを分かってて。
常連さんもいらっしゃったりとか。
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今日つまみが乾き物しかないんだけどとか、
ちょっと心配しててとか、そういういろんなところも許してもらえる感じで。
ああ、そうか。
だから向いてない。
本当ですか。
その形が向いてるかもしれないですよね。
そうですね。
そういう感じ。
そうですね。でもね、それずっと続けてるとね、なんかね、成長もないしね。
でもまたやりたいは、でもやってるんですよね、たまに。
たまにイベント的にお酒出す。
飲み屋をやりたいという淡い思いが、いつの間にか宿のお上になっていたというサチコさん。
不器用を最初から謳ってしまうお店の名前が、サチコの不器用な夜。
そんな逆転の発想で、今もイベント的に飲み屋をやっているそうです。
やっぱりじゃあ、今そうやってやってる感じで、お上としてこの宿をやっていて、
これからこうしたいみたいなことってあったりするんですか。
これからね、もうね、老後の生活を考えちゃいますね。
はいはいはい。
いつまで働けるんだろうかっていうのもあるし、仕事辞めちゃったら私何するんだろうっていうのもあるし、
でも特にものすごいやりたいってことがないですかね。
強いて言えば旅に行きたいとか。
旅に行きたい。
旅に。
今ちょっと時間があまりないので、まとまったお休みが取れないので、
この間ちょっと取ったんですけど、
本当は暇さえあれば、ちょっとフラッと電車に乗って知らない町に行ったりとかするのが好きですね。
ああ、そういうことですね。
よくそういうのはされてた。
そうですね。
旅好きっていうよりは、
それもがっつり働いてたときはやっぱり休みがないし、子育てをしてるので、そこまで行けなかったんですけど、
やっぱりちょっと子供の手が離れたときに、やり残してきたこと、私はいろんなところに行ってないっていうのを気づいて、
そこからいろいろ探して自分で行きたいところに行くっていうのを目標にしていろいろ行きましたね。
それは今もやっているという感じ。
一応、好きなことっていう問いだったら旅になるんですか?
好きなことは旅ですね。旅、旅行とはちょっと違うかなっていう。
旅行と旅は違うっていう感じ。
18:00
なんかこう放浪するのが好きですね。
だからそんなにがっつりここに行くって決めないで、
だいたい決めては行くんですけど、知らないところを歩いたりするのが好きですね。
知らない街をとにかく散歩しながら、ここにこんな神社があったとか、そういう発見とか、
そういうのはすごく楽しい。自分が楽しいことなので、
国内、海外だとそういうふらついてる旅、旅。
これからの何かやりたいことって言ったら、そうですね。
今までもいろいろ?
今までも本当に本格的に自分で飛行機を取って行ったのが2012年なので、
14年前ですね。
もう子どもが全部成人して職業を持ったので、ちょっともう私も好きなものにお金を使いたいっていうので、
2012年に東日本大震災の1年後ですね。
その時に私はもう絶対にどこかにこれから何が起こるかわからないっていうのがすごくあって、
そこから計画を始めて2012年に世界を回った。世界を一周したのが一番最初の旅というか、
私が今まで行ったことがないところを全部行きたいと思った旅が2012年。
それはどこ?
そこはですね、自分で好きなところを全部書き出して、そこ全部行こうと。
何か起きる前に行こうっていうので、
普通行きたいと思ってて、テレビで見てもいいなあ、一度行ってみたいなって思った国を全部挙げて、
そこはスペインですね、スペイン、スペイン、イタリア、その時はマチュピチュに行きたかったんでしょうね、ペルーの。
マチュピチュも行っちゃおうと。スペイン、イタリア、マチュピチュっていう、
そこに書き出して、その後は飛行機なんかのフライトに合わせた国、イスタンブールも行きます。
イスタンブールは、トルコはカッパドキアに行きたくて、カッパドキアを入れようと。
21:05
自分で全部、個人で手配をしたのは初めてだったかもしれないですね。
それまでは旅っていうのはされてた?
旅っていうか、子供たちと沖縄行ったりとか、家族旅行とか。
旅行、どっちかというと旅行。
そうですね、私も一人で行ったことはあるんですけど、休みがだいたいそんなないので、韓国行ったり、台湾に2泊3日で行ったりとかぐらいの旅行だったんですけど、
ガッツリ旅、それもツアーだったり前はしてたんで、パック旅行。
その時は全部自分で予約していろいろしていったのが2012年。
それでやっぱり経験として結構初めてのことだから。
パソコンはまだあるけど、私もよくいじってなかったので。
でもパソコンを持って行こうっていうので、パソコンってどうやってあっちでつなぐのかなって。
そこから、そういうところから。
向こうで宿を取ったりとかするのにも、スマホがまだ多分、スマホでいろんなものを予約。
スマホはあったかもしれないですけど、今のようにQRコードが飛んできたりとかそういうのなかったので、パソコンをちっちゃいの持って行って。
だから本当にあの時の冒険旅行が、そこからどんどんどんどん膨らんで、
でも、自分で手配するのが一番楽しいなって。
大変だけど。
そうそう、それがちゃんと予約ができてっていうのをちょっと一つずつやれてこれたのが、
普通の人はできるのかもしれないですけど、何せパソコンがあまりできない。
デジタルがダメ、デジタルみたいな。
英語ができない。
そうなんですか。
英語ができない。
で、行っちゃったので。大変だったけど、何とかなったんですよね。
英語、言葉も身を身真似て。
まだその時、翻訳アプリもなかったので、スペイン語の小さい本みたいなのとか、会話集とか、
スペイン語、イタリア語とかいっぱい持って行って、
こうやって言うんだとか、その程度ですね。
自分で手探りしながら、宿も取って行きながら、やっていく旅の楽しさ。
24:00
そこがスタートですね。4年前が。
どれくらいの期間に行ってたんですか。
2ヶ月。
2ヶ月。結構ですね。
2ヶ月結構でしたね。
2ヶ月。だからそこで、全部私の行きたいところに行こうと思って、
もう家族にも、これが終わったら私は何の贅沢もしませんと。
宣言して。
宣言して、もうお許しくださいみたいな感じで、行ったんですけど、
全然これが終わりじゃなく、これで終わりますって言ったくせに、
もう毎年行きたくなって。
行ったらもう。
行ったらもうやっぱり楽しい。また行きたい。一緒に行きたいって言って。
そうなんですね。やっぱり旅は行って、最初の旅は2ヶ月間の旅っていうのは、
自分の好きなとこっていうのに全部行ったっていう。
やっぱり行った場所それぞれで、ここ来たかったんだみたいな。
来たかったっていうのがありますね。
ありますよね。考え深さみたいな。感動するみたいな。
それを味わって、また次はあそこだみたいな。
また行きたいところがどんどん増えていく。
増えていくんですか。
増えていくんですよ。やっぱり。
もうここだけが、これだけ行ければもう私は満足だよって思ってたんですけど、
欲張りだったですね。
そうなんですね。
もうまた行ったら行ったで、あそこの隣の国のあの辺も良さそうだなとか。
良さそうに引っかかるのって何なんでしょうね。
本当ね。やっぱり私はちょっとその時は壮大な景色だったですね。見たこともない。
写真でしか見たことないけど、それを実際に自分の目で見たいっていう。
今ね、写真とかガイドブックとか綺麗な写真いっぱい出てるんですよね。
出てますね。
でもやっぱり自分の目で見た時は全然違いましたね。
そっかそっか。で、そこ行って見て、あ、これか。
そう、やっぱりすごいなと。
実際目で見て、そこに行って何かを感じるっていうのは、行かないとダメだなっていう。
実際それをされたっていうことですね。
そうですね。それは大きかったですね。
今言ったら人生みたいなものに大きな。
いや、なんで若いうちから旅をしていなかったんだろうっていう。
そうか。
思いましたね。遅れを取り戻すかのようにっていうか。
だからもういつも調べてましたね、飛行機の値段。
そっかそっか。
それからは安くで行こうとか。
でもその時は行った時が一番若かったわけですから。
そうですよね。
それは行っといて当然良かったでしょうし。
良かったです。良かったですね。
で、行ったら行ったらいろんなまた行きたいところが出てきてしまって。
そうですね。世界広いなと思って。
ああ、ですよね。
27:00
やっぱり知らないことも多かったし。
日本だけで行ったらわからなかったこととか。
なんか、わあ、こういう国なんだなとか。
それの発見もね。
そうですよね。
強いて言えば旅に行きたいというさちこさん。
旅行というより知らない街を歩く暴労が好きで、
2012年には2ヶ月かけて世界を回られたそうです。
自分で手配するところが一番楽しいという旅のお話などを
さらに次回伺っていきます。
27:48

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