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きせんアルプスランニングクラブの白石です。有田市のコーヒーショップARCの上田です。 この番組は、和歌山で活躍するゲストの方にインタビューしていく番組です。
kisenradio第79回です。 本日は、和歌山市にあるゲストハウスリコで収録しています。
本日のゲストは、和歌山市の先頭、幸福湯の4代目、番頭中本ゆかさんです。 ゆかさんの、生まれから現在に至るまでのルーツや、現在のこと、これから計画していることについてお聞きしていきます。
よろしくお願いします。 よろしくお願いします。
ではまずは、ゆかさんから自己紹介してもらってもいいですか。
はい、和歌山市の先頭、幸福湯の4代目として営業しています。中本ゆかです。
よろしくお願いします。
幸福湯は、1956年に、ゆかさんのひんおじいちゃんが創業ということで。
はい、そうです。
今年70周年。すごい。
気づけば70周年になってました。
和歌山市の長繁華街、あろちの中にあるというか、近くにある。
近くですよね。ちょっと外れたところで。
ある先頭で、2019年にゆかさんがリニューアルオープンして、今年でリニューアルから7周年。
7周年。
創業からは70周年ということで。
演技のいい感じですね。
確かに。
幸福湯リニューアルオープンした時に、ゆかさん26歳やったということで、異例の若さの番頭ということで。
メディアとかにも。
ありがたいことに、いろいろ取り上げていただいて。
取り上げられて、和歌山市の有名先頭みたいな感じになってるんですけど。
番頭っていうのは何なんですか?
経営者みたいな感じですね。
私も言い方がその時によって変わるんで、はっきりあんまり分からないんですけど。
一応先頭のやってる代表の人のこと番頭っていうことが多くて、代表っていうのもちょっと似合わんしなっていうので番頭って言わせてもらってるんですけど。
基本お風呂の営業のことは全てやるっていう感じで。
4代目が、初代がひいおじいちゃんで、2代目がおじいちゃんで。
3代目はちょっとややこしくて、父親にはなるんですけど、父親は別の仕事もしてるんで。
一応私の直前まではおじいちゃんがやりながら、父親も手伝いながら、私の母親も一緒にやってっていう感じで。
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一応4代目なんですけど、しっかり3代目が父親がずっとやってたっていうわけでもない。
なるほど。
ずっとやってはいるんですけど。
そういう感じなんですね。
そして今、幸福居は11時から23時半までのスーパーロング営業をしてるわけなんですけど。
珍しいですよね。
でも昔は朝7時から夜中2時、3時ぐらいまでやってたんで、これでも短くなったなって言われるぐらいの。
土地柄なんですかね。
そうです。昔は結構夜のお仕事の人とかも、仕事終わりに来てくれたりとかが多かったんで。
それが年々ちょっと減ってきてたのもあって、なかなかそのロングは自分ではちょっと用紙やんなっていうので、ちょっと短くさせてもらって。
それとも12時間以上、週1休みでやってるわけなんですか。
確かに。
長いですよね。
ゆかさんはどんな仕事してるんですか。
私は一応お風呂の準備をして、店番をして、それ以外のジムのこととか、デザインって言うほど大事なことじゃないんですけど、グッズのことをちょっとやったりとかして、掃除をしてっていう感じの1日の流れっていう感じです。
今も家族経営みたいな感じですか。
掃除は最初家族だけでやってたんですけど、どうしても疲れてイライラしてきて、喧嘩になりやすいんで、学生のバイトの子にも入ってもらって、みんなでやってるっていう感じなんですけど、あとは家族でやってます。
なるほど。
幸福ゆかさんが現在に至るまでどんな感じでやってきたのかっていう。
あの前に、このキセンラジオの2人とゆかさんの関係性と言いますか、なんですけど、なんかさっきも収録前にちょっと喋ってたんですけど、僕、なんで知り合ったかよくわからない。
気づけば知り合ってたという感じで。
気づけば知り合って、一緒に幸福ゆかさんのランニングイベント。
ランニングイベントすごい可愛い。
幸福ゆかさんがそこで出会ったんで、僕もそこからの感じですんで。
どうなってそうなったか誰も思い出せない。
なるほど。
という感じですかね。
僕とはあれですね、ゆうださんのやったランニングイベントから、自分でランニングクラブを立ち上げて、先頭ランをさせていただくということが度々あって、また今後もやらせていただくということでお世話になります。
お願いします。いつもありがとうございます。
という感じの我々なんですけども、ゆかさんのルーツ的なところをちょっと聞かせてもらいたいんですけども、まず生まれはもうここが実家って感じですか?
もうずっとここが実家で、ここで生まれて、地元の小学校に通ってっていう感じで。
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子供の時のこのアロチラ編ってどういう感じだったんですか?
なんか私もあんまり日常すぎて、それが普通と思ってたんで、何って、飲み屋街だし、いろんな職種でいろんな国籍の方もいるし、学校もなんかいろんな子がいて、私は楽しかったなっていう印象なんですけど、
あそこで育ったんやみたいな、他の人に大きくなってから言われることは多くて。
ちなみに家族構成はどんな感じだったんですか?
家族構成は、おじいちゃん、おばあちゃんと、父親、母親、おじいちゃんの妹、今もお店一緒にやってくれてるんですけど、
父親と、私の弟と、で、一緒に住んでるのはその6人で、6人?7人か、7人です。
幸福湯に住んでるって感じなんですか?
幸福湯の上がマンションになってて、そこにおじいちゃんとおばあちゃんの家があるんで、
私たちの住まいは別やったんですけど、基本みんな順番でご飯とかも食べたりなんで、
常にその上でみんなご飯食べて生活して、年にだけ家に帰るっていう感じ。
その先頭の仕事があるんで、ローテーションでご飯食べてみたいな。
そうです、何人かはご飯一緒に食べるんですけど、基本誰かは店に座ってるんで、
そうです、もうおばあちゃんのところでみんな全部終わらせて年にだけ帰るみたいな生活でした、ずっと。
ちょっと変わった関係があったよね。
ね、今から変わった。それが普通やったんですけど。
当時の幸福湯ってどんな感じやったんですか?
当時は、私がちっちゃい時はいろんな世代の人が結構来てくれて、それこそ夜中までやってたんで、
私が家に帰る時間もまだ店はやってるし、朝起きる頃にももう店はやってるし、
常に誰かがいる状態でお客さんもずっと可愛がってくれて、怒られたりとかもしながら育ってきたなっていう感じの。
墓街の中の銭湯だから常にお客さんもめっちゃいっぱい来てみたいな。
ね、私が住む最後の方はちょっとお客さんも減ってるのもあったんですけど、
ちっちゃい時は結構にぎわってて、いろんな人が、それこそ今もそうですけど、住み入った人とかいろんな人がいっぱい来てくれてるっていう感じで。
ありがとうございます。
どうぞどうぞ。
ごめんなさい。
いえいえいえ。
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ゆかさんのちっちゃい時はどんな感じだったんですか?
ちっちゃい時はあんまり記憶がないんですけど、小学校の時は活発な方やったんですかね。
結構友達ともいつも遊んで、勉強も小学校までは結構頑張ってやってて。
小学校も一クラスとかやったんで、みんな仲良く過ごしてて、家の手伝いとかもたまに番台に座ったりとかも小学校の頃からしながら。
大新小学校で一クラスなんですね。そんな大きくない?
なんかだんだん減っていって、二クラスあったんですけど、途中で身内同士の子が二人転校して、そっからもう一クラスになってギリギリでやってたんで。
ただ中学からはちょっと別のところに受験していったんで。
どこ行くんですか?
海地に行く。
そうなんですね。
中学校受験で。
そうなんです。
賢い。
いとこが行って、制服が可愛いから私も行きたいって言って。
中高時代はどんな感じだったんですか?
中高時代はもう多分一生分の勉強を小学校の時にして、もう一切やらなくなっちゃって、もう成績も全然良くないし、一応新学校なんで勉強ができないと部活をさせてもらえない。
平均点の何割取らないと給付みたいな。
勉強ができないからスポーツもさせてもらえない。
全部取り上げられるんで。
中学の時は友達と遊んだりとかはあれしながら、高校も結局部活も入っても給付させられてなかったんで。
ダメやったんですけど、こっそりバイトをしたりとかしながら。
校服以外で。
以外で、普通に回転寿司屋さんみたいなのがバレたらダメなんで、中で働かせてくださいって言って。
その時はそれでOKしてくれたんで、もうずっと中で出ずに働いたり。
そこの三笠。
あ、オクリル三笠。
ここやったらバレても手伝いでいけるやん。
銀座さんでね。
銀座さんで働いたりとかして。
接客とかは昔から店で行ってたんで好きやったんで。
学校でも友達とは仲良くしながら、高校まで何とか卒業、ギリギリやったんかもしれない。卒業してっていう感じです。
中高の時なんか何が好きやったとか。
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中高の時は何が好きやったんやろう。
友達と遊ぶことばっかりやったような気がするんですけど。
なんか患者にのライブに行ったりとか。
普通の本当に普通の。
でも店の手伝いはその時もしてて。
その時ぐらいまでは別に楽しく手伝いもして。
学校も楽しく。
まあいろいろあったんですけど。
いろいろ。
学校の中で友達と喧嘩して行きたくないとかそういうことはあったんですけど。
なんか行かんかったらマキアから行けって言って。
学校まで、駅まで無理やり連れて行かれて。
行ってたらまたそれで馴染んで全然みたいな感じで。
まあ普通の本当に普通の。
勉強はせずっていう感じ。
お父さんお母さんはどういう感じだったんですか。
勉強頑張れみたいな。
いやもうその中学受験の時は自分がやるって言ったんやから。
ちゃんとやれって言われてあれやったんですけども。
中学の途中からはもうなんか多分諦めたんやろう。
この子はやらんと思ったのか。
まあ勉強のことはあんまり言われなく。
まあ卒業さえできたらいいって感じで。
人としてダメなことはするなってまあまあ厳しかったんですけど。
なんか結構負けるなみたいな感じやったんで。
やられたらやり返せ。
負けるな。
やられたらやり返せぐらいの感じで育てられたっていう感じがあって。
お父さんどういう関係の仕事してたんですか。
父親はもう介護の施設をやってるっていう感じで。
そうなんですか。
そうです。
高校卒業して大学へみたいな。
大学で大学も早く決めたくって。
もともと保育士になりたかったんで。
保育関係の大学で。
一応保育と福祉の関係やったんですけど。
勉強もあまりせず入れるところがいいっていうので。
家の手伝いもあったんで。
下宿はできなかったんで。
通える範囲でっていうので。
浴び木野の山の上にある大学に毎日2時間半ぐらいかけて通ってました。
遠い。
めっちゃ遠くて通うのが一番しんどかった。
大きく文字が。
確かに。
それで帰ってきてまたお手伝いというか。
別のところでバイトもしながら。
ただ大学で知り合った和歌山出身の今も仲良い子なんですけど。
毎日ずっと一緒やったんで。
めんどくさいけど友達とずっと一緒なんで。
それはそれで今考えたら楽しかったかなっていう。
大学は、大学生活はどんな感じだったんですか?
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大学生活はめっちゃ急に優秀になって。
また好きなこと、興味あることっていうのもあったんで。
やっぱりいやでも中高の時にしたながら勉強させられてたんで。
それも何とか活かせて結構またちゃんとやるようになって。
ただ社会福祉の勉強もあってそっちもすごい興味があって。
本当は社会福祉士の資格を取って
三崎町の社会福祉協議会に1ヶ月実習に行って。
本当はそこに就職したいっていうのが一番あったんですけど。
小さいところだったんで募集が毎年かかるわけじゃないって言われて。
もう私の卒業の年はかからないっていう感じだったんで諦めて。
保育所の実習もそれまで行ったところが結構保育所の実習がハズレのところが多くて。
みんながびっくりするぐらいのハズレを引いちゃって。
なんかもう保育士はちょっと私には向いてないってなってたんで。
どういうハズレなんですか?
あんまりあれなんですけど。
もともと女の人ばっかりの環境というのがどっちかというと苦手あって。
いやのになんで保育士になろうと思ったのかもわからないですけど。
行って今後の仕事を今までの別のところで働いたとこにも関わってくるんですけど。
私自身もなんかこうパッと見ると最初のすごい猫かぶっちゃうんで。
すごいおとなしく多分この子は何言っても大丈夫みたいな思われがちで。
私も自分のことあんまり言わないんで。
結構なんかめちゃ細かいことで言うと掃除機を部屋かけてたらここ汚れてるんだよみたいな言われて。
さっきそっちやんに行ったら端からちゃんとやってよみたいな。
やってたやろ今とか思いながら。
そういうのとか子供に対するの見ててもこれこんなところで働くの嫌やなって思うところばっかりにちょうど当たっちゃって。
その後もうそこ実習先からも外されるぐらいの縁あったりした。
何とか途中で諦めちゃうとまた一からになるんで何とか最後までは。
実習はいったけど。
そう実習はいききって資格も取ったんですけど。
入ってしまってそんなんやったら嫌やしなとか思ってて。
じゃあその会社最初に勤める会社なんですけど企業で保育園を経営してて。
今って結構子供に怪我させたらダメとか失敗させたらとかが多い中そこは失敗体験から学ぶみたいな。
ダメなことはちゃんと教えてみたいな結構いい感じの自分はそういうのがいいなと思ってたんでいいなと思って。
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でも今から考えた面接の時もすごい圧迫面接やったし。
何かそのいいと思いすぎて行っちゃったんですけど確かに面接も7時8時過ぎて行ってもみんなめっちゃ働いてたなとか冷静になればわかるんですけど。
もう行きたいという気持ちだけで行って。
じゃあ結局そこも何か10日間の変な合宿に連れて行かれて。
なんか携帯も充電が電波が届かんから連絡取りやんって家族に言っときなさいって最初に言われてて。
で行ったら届くんですけど全部没収されて。
40人ぐらいいたんですけど朝からずっと走らされて。
一人がタイム切ってあかんかったら全員もう行くみたいな。
10年ぐらい前っすよね。
さあ平成なんですけど。
でもギリ平成ぐらいですね。
ギリ平成でした。
すごい何か多分後から何か調べたら洗脳するための手順と全く一緒です。
なんか怒られて急に褒められて怒られてを繰り返されて。
ただ私が洗脳されなかったんで余計にしんどくって。
社長とかもそういうの見抜くのが上手いから私最初からずっと詰めたくてこいつは多分なんかあかんみたいな。
で何か仕事に戻ってからも行った部署はすごい良いところで先輩もすごい良い人だったんですけど
その部署は多分会社のこと嫌いな人が集められてる部署。
すごい過ごしやすいけど会社から私らのところだけ集まりに呼ばれなかったりとか。
その部署も一応保育士さんというか。
私らは保育士じゃなくて私は本社の方に入ったんですよ。
で私が行った部署はベビーシッターを派遣する部署やって仕事自体はあれだったんですけど
朝7時半とかに出社して夜10時ぐらいからどうやったら早く帰れるかの会議とか始まるんですよ。
10時帰った?
帰った。そういうのが続いて急に先輩が来なくなるとか。
ここはもう辞めるって言ったら辞めるやんから急におらんくなるしかないでって先輩にも教えられてて。
それでだんだんちょっともう初めての一人暮らしやって。
ずっと結構大家族というか大人数で住んでたのが急に一人っていうのもあったり仕事もきつくて。
なんかちょっとストーカーみたいな変な人もいたり。
不幸が続いて。
なんかもう本当にすごい思い詰めるわけじゃないけどこれは仕事行く前なんかここで怪我したら10日帰れるかなとか思い始めて。
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もうあかんなと思って先輩に言われると申し訳ないんですけど逃げるように迷惑はかけない形で逃げるように和歌山に帰ってきて。
その仕事のスケジュールでやっててどこにそのストーカーが入ってくるんですか?
駅からついてきてたんやろうなみたいなのがなんかもうそこでもう無理やなと思って。
でも帰るっていう選択ができて周りの人もそれでいいって言ってくれたのが救いやったんですけど一旦実家に帰ってきて。
でも友達にニートやんとかいじられながら楽しく過ごして元のバイト先に一旦戻してもらったりとかして仕事探しながらっていう感じで。
そのブラック企業みたいなところにいたのはどれくらいの期間?
もう全然もう1年もいないです。
もう早めにこれ辞めた方がいいなと思って辞めちゃったんで。
今戻ればもうちょっとうまくできたんかなって思うけど。
聞けばもうブラックなんですごいもう。
なんか私会社はあるみたい。もう同期はほぼ全員辞めて40人がほぼいないんで無事みんな辞められたんですけど。
すごい。
すごいじゃないっすね。ブラックさが。
なんか今でもみんなに話せるんで面白いんでまあ良かったかなあね。
確かにここまで典型的というか。
ねえ珍しいなあと思って。
で和歌山でバイトしながら仕事探して。
バイトしながらなんか電気屋さんのジムとかも行ったんですけど。
なんかこのもう前世でなんかすごい嫌なことしたかなっていうぐらい仕事運がなんか慣れたら会社潰れるとか。
なんかそういうのが続いてて。
続いたんですね。
なんか何個かあったんですよ。
でなんか保育士の資格持ってるんで託児所のある病院というかそういうところに勤めたんですけど。
なんかそこでも結局まあ周りの人ももちろんあると思うんですけど全部なんか自分の性格のギャップというか。
なんか中本さんって何言っても怒らなさそうとかよく言われたり。
仕事覚えれば覚えるほどなんか保育士なんで保育士として入ってるんで邪魔というか私らで今までできてきてるのに別に保育士さんなんかいらんかったのにみたいな態度を結構取られてて。
覚えたら覚えたでなんか嫌がらせがあったりとか。
で自分もなんかそれに言い返すこともできへんしでも人いじまりそういうのは腹立つしでも言えないしみたいなので。
あー会えへんなーってなって先生にも相談したけどどうやったらあの子らとうまくやっていけるか教えてほしいみたいな。
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みんなもそうやって辞めちゃうからみたいな。
それはそっちで考えて。
そうですね。やられてる側に聞くことないですよね。
でもそれこそ本当に参った方がうまくやれたなっていうのはそこは本当に思うんですけどなんかどうしてもどこ行っても続くとかもちろん続いたんですけど
なんか仕事は全部好きやけど人間関係が私の性格ももちろん問題というか気にしすぎちゃう部分もあって
誰か不機嫌やったら私に言われてるとか思われてるんかもとか思ってしまう方なんで
すごいなんかやりづらくなることが多くなれればいけるんですけどなれるまでがどうしてもあれっていうのが。
でもなんでやねんって思ったりしますもんね。
そうなんです。
なんか気にはなるけどでも自分悪くないしなみたいな。
そうなんですよ悪かったら直せるんですけど
そこが人一番気になるのに言えないっていうのでうまいこといかんところもあったりして
そういう中でちょっと落ち着いて普通に仕事してる場所があったんですけど
その中で自分の店が潰れるというかもうおじいちゃんもちょっと仕事も大変になってきて床とかも結構抜けたりとかめちゃしてて
ただ直してまで直してお客さんが来てくれるならいいけどそこまでなっていう話で
もうまあできるとこまでやって潰すかっていう話になり始めてて
ただもう大学生ぐらいから掃除の手伝いとかめっちゃ嫌いやったんで
夜遊びに行きやんとか
でもみんなも常に大変そうっていうのを見てたんで
つぐうとかいうことは全く考えてもなかったし
歯を閉めたらみんな楽になるのになぁぐらいの気持ちでずっと手伝ってたんで
最初はそんなつもりなかったんですけど
なんかその福祉のこととかも学んで
なんかこう世代間の交流とかそういうことは興味あったり
このマッチとか地域のことっていうのにも興味あったんで
なんかだんだんいろんな人にやってみたらいいのにみたいに言われていく中で
それもありなんかなぐらいの感じ
それが時期的にはいつぐらいのことですか?
2018年ぐらいからそんな話が出だして
2018年の11月に多分急に肺幹破裂して急に休みになったんで
それまでにちょいちょい話はしてて
親に反対されながらもやるって決めて
ちょっと設計師さんとかも探し出したぐらいに急に破裂でそのまま休みになったんで
タイミングとしてはもうやるしかないって逆になったんで
よかったんかなっていう気もしてるんですけど
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その2018年ぐらいの幸福祝はどうやったんですか?経営的にっていうか
私も経営のこと全然関わってなかったんですけど
昔にあった借金はもう返し終わってたんで
持ってる土地やしそんなに苦しくはないけど
でももう設備がもう老朽化してて
お湯が漏れて漏れたままやってるんでお湯を足して
水道代もかかるし
その時重用やったんですけど
重用もその分沸かす量が増えるんでどんどん高くなって
多分今の場合以上支払いとかもあったって言ってたんで
もう本当に直してまでやるほどじゃないっていうぐらいにはなってた
自分でやると決めて
まずどういうことをしたんですか?
まず最初認めてもらうまでは掃除とかの時
めっちゃ不機嫌な日があったりしたのを全部なくして
自分がやるって決めたから
もうそこは面倒くさがってないですっていうのを
分かってもらうようにして
いろいろいろんな銭湯とかも
休んでる間はいろんな銭湯とか行ったりもしたし
休む直前に長人さんって長地っていう女の子が
ちょっと別の仕事で知り合ったんですけど
急に休みになっちゃったんで
撮影会をしませんかって言ってくれて
本当に長地がいなかったら
多分もういろんなことがうまくいってなかっただろうなと思うんですけど
それをやってくれたおかげで
今まで知らなかった若い方とかも
ちょっと知ってくれたりとか
長人さんねいろいろ
その時何されたんですか?
その時何?
いろんなことされてますよね
今のというか
僕らも1回お話聞かせてもらったりもして
ラジオでもしゃべっていただいたんですけど
なんかいろいろされて
今もまたしゃべってもらった時とかは変わって
またお店を
そうですよね
しゃべってたりとかして
そうなんですね
キーパーソンだったり
本当にキーパーソンの後もずっと手伝ってくれたりとか
撮影会はもちろんやってもらって
私そんななんか今までお風呂に
そこまで携わったことがなかったんで
一緒にやってくれてすごい心強くて
銭湯撮影会はどういうイベントやったんですか?
なんか古い銭湯の時の
もうそのままなくなっちゃうというか
全部やり変えるんで
写真に残しとこうっていうので
自由に参加してもらって
好きに撮ってもらって大丈夫ですっていうので
特に別に写真のデータもらうって話では
なかったと思うんですけど
でも結構皆さん撮ったやつを送ってくれたり
持ってきてくれたりとかしたんで
今もちょっと夏場に貼ったりとかしてて
本当にあれはでも
うちがやり変える
30:01
もう一個古い時があるんですけど
その時の写真とか全く残ってなくて
でもその時のはそのおかげで残ってるんで
すごいありがたかったなと思って今も
リニガル前の幸福湯を残そう
プラスちょっと若い人にも知ってもらおうみたいな
そういうのでやってもらったんで
そっからは休みに入ったんで
その間はアルバイトしながら
店の準備とかもして
いろんなところを見て
いいところはちょっと活かしてみたいな感じで
準備してたんですけど
その時どんな銭湯行ったんですか?
最初行ったのは
それこそ京都の梅湯さんも行ったし
東京の小杉湯さんって有名な
会社にもされててすごい有名なところなんですけど
とかも行ったりして
あとは何か所か行って
いろんなところを参考にさせてもらって
当時なんか銭湯行けてるみたいな感じのところが
結構ポンポン出てきてた時やったんですかね?
ちょっと出てき始めてたんで
そういうのもあって
やり方次第で
梨子さんも近くにあるし
やり方次第でまたお客さんも来てくれるんじゃないかな
っていうのもあって
都合っていうのにもなったんですけど
あんまりもともと
よその銭湯に行くっていう習慣がもともとなかったんで
自分のところで入って
逆に家のお風呂の方が楽しみみたいなところがあって
家のお風呂って東北じゃなくて
家の本当に
家の普通の
小さいお風呂が
小さいお風呂にお湯溜めるっていうのが
なんかすごい非日常という
すごい
全然
さっきの
暮らし方もそうですけど
違いますよね
それが楽しみみたいなところがあったんで
休みの日は
家にお湯溜めて入るみたいなのがあって
あんまり滅多に
よそのお風呂に行かなかったのが
見てみないとわからんこともあるしと思って
友達についてきてもらったり
一人でも行ったりとかして
一番感じたのは
女の人とか常連さんとの
新規のお客さんとの角質みたいなのがよくあるんですけど
自分のところで入ってたら
もちろん家の人って分かってるから何もないんですけど
やっぱりよそに行くと
すごい見張られてる感がすごくて
どういうことですか
常連さんのいい意味でも悪い意味でも
自分らの先頭っていう意識がすごい強いんで
それも店からしたら
ありがたい面でもあるんですけど
やっぱりそのルールにすごい厳しくて
あの子髪の毛くくってないとか
あの子下級してないとか
いうのをずっと見てる人って
結構どこの先頭にもいるんです
これね
僕もちょっとだけ
お風呂関係のところで
33:01
働いたりもしたんで
あるんですよね
女性の方が厳しい
そうなんですよ
お姉さま方が
そうなんです
男優は本当にあんまり
いい意味でも悪い意味でも
周りに関心がない人が多いんで
逆になんで
女優の方が綺麗に保てるっていうのはあるんですよ
なんか周りの目もあるし
自分たちも綺麗に使うなっていうので
で何か事故があっても
女優の方が気づきやすいっていうのもあったり
でも男の人は
それはそれでそういうのがないんで
そういう確実とかはあんまりないけど
喧嘩は起こりますよね
起こりますね
そうだから初めてそこで
こういう気持ちなんやっていうのが
その時は私はもう
慣れてるんだりだったんですけど
友達もちゃんとやってたんですけど
髪の毛をくくった上で
ちょっとだけ髪の毛が垂れてたのを
汚いんやけどみたいな
それってあかんのですか
髪の毛はつけたらダメっていうのは
ルールであってマナーというか
汚いから
なんか難しい
私も店の人間としては何とも言えないんですけど
決まりだからっていうので
あって
私からしたらくくってなかったら
言われても仕方ないけど
ちょっと出るのはとか思うんですけど
そこが難しい
くくってなかったらあかんっていうの知らなかった
男言わないんだから
そんなに長い人も
長い人はくくってる人はほとんどですけどね
結構どこのお風呂も
そこは決まりであって
汚い綺麗の
その感覚はなかなか
髪の毛が抜けてお湯に入ったりとかも
あるとか昔からあるんですけど
そこで初めて知ったんで
こういう
落ち着かんというか
ずっと見張られて緊張して
キチキチしちゃダメみたいな
それが体感
したんで
そこは今でもすごい活かしてて
新しい人来た時は
まずバンダイでできるだけ
案内はして
本当に初めての若い子
おらやったらちょっと中を
見に行って
この助練さんが注意する前に
私からゆるく言った方が
問題にはなりにくいやろうな
とかそういうのは
今も結構活かされてるな
と思ってます
そうなんですね
自体験しないとね
なかなか
お客さん目線ってなかなか
難しいというか
バンダイにいるだけではなかなか
気づかないことですから
本当に
そうなんですね
他の銭湯はちょっとリサーチして
勉強して
そうです結構いろいろ勉強して
いろんなところの
自分のところに合いそうなところは
勉強させてもらって
そうですねいろいろ
今でも週一の休みは結構
いろんな銭湯に
36:00
行くように
ゆかさんって風呂好きなんですか
なんか結構
皆さん今
いろんな
京都とか関西が多いのかな
銭湯を残すために
会社とかしてる
ああいう方達は本当に銭湯が好きなんで
全然あれなんですけど
銭湯好きっていう人には全然
及ばないし
お風呂は好きやけど
自分のところの銭湯が好きで
ついだっていうだけなんで
そんな大きな思いはなくて
ただ
勉強にもなるし
いろんな
知り合いというか
話も聞けたりするし
っていうので行くようになって
それが習慣になってるっていう感じで
なるほど
そんなにお風呂の裏方
すごいとって配管のここまで
こうしてできますみたいな
そんなには全然及ばない
リニューアルで
全体がっつり
リニューアルって感じですよね
まず機械は
全部直さないといけなくて
それがすごい
お金がかかるんで
そっちを直しとかないと
今後また不備が出てきちゃうんで
脱衣場とか
浴槽とかも形は
全部変わって
ほぼほぼ川以外は
全部っていう感じで
ちなみにどれぐらいお金かかったんですか?
これはちょっと
今まで聞かれても絶対
言えないんですけど
引くぐらいの
本当にお金を
おじいちゃんの時代から
借金して
返して続けてきてくれてた
おかげで
店としての信用があったので
貸してもらえたというのがあって
本当に感謝なんですけど
借金借金で
気合い入ってますね
ちなみに内装というか
お風呂の
種類とか
こういう形にしようというのは
ゆかさんが結構考えて
家族ももちろん一緒に
考えてくれて
私自身があんまり
内装をこうしたいとか
やっていく
ということはすごい興味あったんですけど
内装にめっちゃ興味あったかって言われたら
あんまりなくって
こだわりがあった
今からいろいろ慣れてきたら
ここもうちょっとこうしたほうがよかったかなとかあるんですけど
想像がつかなすぎて
見ててレトロなところが
私はどっちかといったら好きだったので
本当は
もっとレトロ感があるところが
好きだったんですけど
レトロ感って出そうと思ったら
余計お金がかかるんですよ
よく赤と青のこの水出す
お湯と水分かれてるのとかも
もともとそれやって
39:00
それにしたかったんですけど
そこも会社が潰れちゃうとかで
今後のこと考えると
買えがなくなるなとか
いろいろ考えたら
レトロ感は好きやけど
うちみたいな場所にある銭湯は
使いやすさの方がいいんかな
っていうのもあって
今の形になったという感じ
確かにむっちゃ使いやすいっていうか
ほぼ数パーセントみたいな
いいところはちょっと真似させてもらって
っていう感じで
今考えたまでもそれでよかったんかな
っていう気はしてるんですけど
なるほど
内装はできまして
リニューアルオープンに向けて
次の動きというか
どんなことをしたんですか