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【25】本田宗一郎の最高の発明は「辞め方」だった。天才が老害にならなかったワケ
2026-08-26 18:09

【25】本田宗一郎の最高の発明は「辞め方」だった。天才が老害にならなかったワケ

本田宗一郎の最高の発明は、スーパーカブでもエンジンでもなく「辞め方」だったー本田宗一郎の後編は、世界のホンダの社長が上野の飲み屋で素性を隠し「耳鼻科の先生」を名乗っていたという話から始まります(耳鼻科を選んだ理由が周到すぎるんです)。


躍進を続けていた本田に最大の危機が訪れます。米ビッグ3ですら「不可能」と白旗を上げた排ガス規制・マスキー法です。そのと、皮肉にも、会社に立ちはだかったのは規制ではなく、空冷エンジンに固執する本田自身の考えでした。本田と対立して辞表を残して消える技術者、出社拒否する若手。危機を救ったのは20年間技術に口を出さなかった相棒・藤沢武夫が本田に突きつけた究極の二択でした。「あなたは社長なのか、技術者なのか」。カリスマはなぜ老害にならずに済んだのか。引退後の「油まみれの手」のエピソードまで、涙腺が崩壊すること間違いなしの後半生です。


後編:本田宗一郎の最高の発明は「辞め方」

「技術のホンダ」なのに、技術が一番じゃない

飲み屋で「耳鼻科の先生」を名乗った理由

ビッグ3が白旗を上げたマスキー法、本田は「大チャンス」

水冷vs空冷——老害になりかけた天才

「俺は社長をしているべきだろう」

66歳と62歳、同じ日にそろって引退

「その油まみれの手がいいんだ」

「成功は1%、99%は失敗だった」

感想

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00:09
企業探求ラジオこの会社まじウケるナビゲーターの編集者の中野です。ライターの栗下です。
前回本田宗一郎の前編をやりましたが、今日は後編ということですね。
前編は本田宗一郎が芸者を2階から放り投げたと、
あと、電動自転車みたいなエンジン付きの自転車を作り、それが大爆発で売れるというお話をお伺いしました。
後編は先に結論を言いますと、本田宗一郎のある意味最高の発明というのは、オートバイでもエンジンでもなくて、辞め方じゃないかと。
辞め方?
最近どこもかしこも、なかなか社長が辞めないとかあるじゃないですか。
辞めない。政治家も辞めない。
政治家も何歳までやってるんだみたいなのがあるじゃないですか。
そうですよね。みんな90近くになると辞めない。
だからある意味、経営者がどうやって老害にならずに済んだかというお話をしたいと思います。
それは楽しみです。
まず、社長になってからの本田の姿からいきたいんですけど。
これ面白いんですけど、本田って技術の本田とか言われるんですね。
言われますよね。
やっぱりトヨタとか日産とかに比べると技術にこだわりがある。
本田宗一郎って技術者じゃないですか、イメージとしても。
そうですよね。
彼は生前から会社で一番大事にしてるのは技術ではないって言ってるんですね。
技術じゃないんですか?
技術じゃないって言ってるんですよ。
これ結構今となったら当たり前なんですけど、要するにいかに作るかよりいかに売るか。
素晴らしい。素晴らしい人ですね。
多分中野さんもいろいろあると思うんですけど、会議とかでこれデータどうなってるんだとかあるじゃないですか。
過去の売り上げデータね。
そういう判断とかするわけですよね。僕ちょっと分からないですけど。
本田宗一郎は市場データをほぼ信用してないです。
過去のデータをってことですよね。
それは別に無視してるわけじゃなくて、要するに言葉はないですけど都合よく使うというか。
市場調査を過去の跡を確かめること。
自分の意見を大勢の社員に納得させる場合の手段としては使う。
逆に市場で売れてるからといってやるっていうはずはないわけです。
面白いですね。ただの社内を説得するための。
社内を説得するためにデータをうまくつまむというか。
なるほどね。いいですね。面白いな。
データを見ないということは一体何をもとに新製品を作ったんですか。
それはまさに前編ともつながるんですけど、人なんです。
03:02
社長になって60歳過ぎてたんですけど、一人で飲み屋に行くんですよ。
飲み屋好きですね。
飲み屋に行くんですよ。ただ想像できると思うんですけど、
本田総一郎が本田総一郎として飲み屋に行くとみんな気使うじゃないですか。
そうでしょうね。
気を使って本音を誰も言わないみたいな。
本音をね。それは確かにありそう。
それ困るじゃないですか。
そこでどうしようかなって考えて、筋を隠して。
でも筋を隠しても聞かれるじゃないですか。何やってるんですかって。
地美科の先生。
地美科の先生なの?地美科ってとこがまたいいですね。
そうなんですよ。本人も地美科だったらほとんど質問はされないと思う。
例えば内科とか言ったらめっちゃ聞かれるじゃないですか。
三婦人科とか。
でも地美科だったらあんまりみんな用事ないから、何も聞かれないから大丈夫かなって。
で、地美科の先生として部下と一緒に行ったりとか。一人で行くことも多かったんですけど。
ある時一人が社長って呼んじゃって。
間違えて?地美科の先生を呼ぶ?
地美科の先生を社長って。地美科の先生社長って呼ばないよね?みたいになって。
そんな総一郎と分かり、おかみさんはもう丁寧な詫び状がおかみさんに届いた。
地美科の先生と思ってしまって。申し訳ありません。
本音で語り合った。
なるほどね。面白いなあ。
じゃあそういういわゆるリアルな人が何を今考えているのかっていうのをすごい知りたいってことですね。
そうですね。それでいろんな商売のヒントを得てたということで。
そんな本田に最大の危機が出るんですね。
これ1970年。
70年。
なんとなく分かると思うんですけど、車って結局環境に悪いよねみたいなのがちょうど出てくる頃なんですよ。
70年にアメリカで空気きれいにしようよっていうマスキー法っていうのが成立するんですよ。
70年なんだ。私たち80年代生まれですけど、もうそのぐらいから大気汚染がすごいっていうのは確かに子供の頃から聞かされて育ちましたよね。
そうなんですよ。もう僕らオゾンソ世代ですからね。
そうですね。
このマスキー法っていうのが1975年、要するに5年後に排気ガスの有害物質を当時から90%減らせた。
90%ってすごくないですか?
すごいですよ。だからみんな当時、車の業界だといわゆるGMとかコードっていうのがあれだったんですけど。
アメリカの大自動車会社。
世界のトップだったんですけど、彼らですらちょっと無理だから期限伸ばしてと。
確かに。5年間で90%減った。
06:00
やっぱすごいこと言うよねアメリカってね。
ただですね、ホンダ・ソイチロウは勝負感があるんでしょうね。
社内法で大チャンスだと。
要するに公害対策っていうのは結局90%減らすなんてお金払ってどうにかなる問題じゃないじゃないですか。
だから会社の規模関係ないと。巨大な資本を持つそういうビッグシリーズ。アメリカのGMとかコード、クライスラーと同じ場所から勝負ができると。
なるほどね。やっぱこういう人ってピンチ好きそうですよね。
ピンチ見るとワクワクしちゃうみたいな。
ピンチ大好きなんですよ。来たって感じなんですけど。
ただやっぱり昔と違うんですよね。ホンダが大きくなってたんで。
だからここでもうみんなで頑張ろうってなるかと思いきや、めっちゃ割れるんですね社内が。
そうなんですよ。
これちょっとざっくりすると、大きな議論としてはエンジンをどうやって冷やすかっていうのがあって。
つまり大気汚染の元になっているエンジン。
エンジンをどうするかっていう話で、水冷と空冷っていうのがあるんですよ。
水冷と空冷?
水か空気かみたいな。分かりやすい話なんですけど。若手は水冷だと。
水で冷やすってことですか?
そう。温度管理がしやすいっていう話をして。
ただホンダは空冷に固執するんですね。
だから水を使うって言っても、結局は空気使わないと冷えないんじゃないかって言い出すわけです。
だったら水なんか使わないで最初から空気で冷やせばいいんじゃないかって言うんですね。
なるほどね。
で、お互い一理あるんですけども。
確かに。でも若手と創業者の対立ってことですよね。
もう絶対創業者の方が勝ちません、それ。
だから深刻ですよ。もうやってらんないって言って。
辞表を出して消えちゃった人とか。
めっちゃ怒ってる。
で、ホンダソイッチロウうざいからこっそりやろうぜって言って。
水冷の設計をコソコソやってたらホンダソイッチロウ見つかっちゃって中止になっちゃったりとか。
こっそりやってたんだ。
で、それは本当に中堅とかじゃなくてそこそこ偉いのちに社長になる人もいるんですけど。
そういう人も出社拒否したりとか。
そんな大事件みたいな。
大事件なんですよ。だからホンダソイッチロウはそういうこと言ってるけど、ちょっと違うでしょみたいな側が結構多いみたいになってたんですよ。
じゃあまさしくちょっと老害っぽい構図ですね。
若干なりつつあったんですね。
で、おっしゃるように普通なら俺が言ってるんだから聞けみたいになるじゃないですか。
しかもやっぱり技術者ですね。自分の発明力で大きくしちゃったから。
そうなんですよ。で、普通ならこれで老害化するんですけど、ホンダソイッチロウの場合は良きパートナーがいて。
09:05
これ副社長。
藤沢武雄。これ結構有名な人なんですけど。
知らなかった。藤沢武雄さん。
で、ホンダって技術じゃないってさっき話があったんですけど、そういう思想があってもホンダソイッチロウがやっぱり技術を担ってますね。
で、藤沢さんっていうのがいわゆる経営サイト。お金の心配とか。
そうなんだ。この藤沢さんって方はもうずっと創業当時から一緒に。
っていうのが一応不分立としてあったわけです。
その藤沢さんが初めてそれを破ったんですね。この時。
なんて言ったんですか?
だからあなたはホンダの社長としての道を取るのか、それとも技術者としているべきだと考えているのか。どっちを選ぶんだと。
かっけー。
かっこいいですよね。
かっこいい。
で、ホンダソイッチロウは俺は社長をしているべきだろうなと。
なるほど。
だったら空礼じゃないよねと。水礼だよねと。みんな水礼だって言ってるんだよ。
なるほど。じゃあ藤沢さんもやっぱりこれは水礼だろうなって思ってたってことですね。
なるほどね。
じゃあ藤沢さんが念を押すと。
それでホンダソイッチロウも、じゃあ若い家に任せるよと。
なるほどね。そっか。でも偉いですね。ちゃんと言うことを聞いて。
そうなんです。
藤沢さんとの関係があったからこそ聞いたんですね。
で、実際これがすごいのは若手が結局それで行ったじゃないですか。水礼で。
それで生まれたエンジンっていうのは誰もが無理だって70年の時にね。行ってたのに。
72年の終わり、12月にさっき言ったマスキー法っていう基準を世界で初めて達成しちゃうんですよ。
え、すごい。あれですよね。75年までにやれって言われてたのを72年でやっちゃったの。
え、すげー。そっか。すごいですね。なんかホンダの技術者すごいですね。
そうなんです。で、当時やっぱそれみんななんだよって思うじゃないですか。
で、さっき言ったGMのトップなんかはそんなもんオートバイにしか使えねえだろって若干馬鹿にしたこと言ったら。
アメリカの悪役みたいな。
そしたらかっこいいことにGMの車にそのエンジン乗せてテストに合格しちゃう。
すげー。かっこいい。なんか韓国ドラマみたい。
なるほどね。いいですね。じゃあこの世界のビッグ3にもホンダの若者勝ったっていう。
かっけー。
そうですね。本当にいいコンビで。どんぐらいいいコンビだったかっていうと退任も一緒にしてるんですよ。
12:04
え、退任の日が一緒だってことですか。
そうです。1973年の10月29日ですね。ホンダ総一郎は66歳、藤沢武は62歳。同じ日に引退。
そうなの。しかも66と62って結構若いですね。
昔とは言え、でもまだ全然できる年齢だったんです。
そうですか。同じ日に。かっこいいな。
後継者も親族とかではなくて、本当に這い抜きの人間を置いて。
すごい。なるほどね。いいですね。そんな親族じゃない。社長何歳の人です?
45です。
素晴らしいですね。なるほど。会社のことをちゃんと考えてる感がありますね。
同日でもどっちか先に辞めるって言うじゃないですか。藤沢さんが先に辞めると言ったんですね。
もう俺は辞めるからみたいな。何年くらいで辞めるからって言ったんですね。
そしたらそれをホンダ総一郎は出張から帰ってきた時に羽田空港で聞いたらしいんですけど、それを聞いて、藤沢が辞めるなら俺も辞めるよと。
聞いたその場で言ったんですか?
その場で言った。
じゃあそのくらい藤沢さんがいないと、二人三脚だったっていうことですね。
二人三脚だったし、やっぱり会社というものは自分のものじゃないってのがあったんですね。
会社が自分のものじゃないってのがあるから、やっぱりタイミングってのもあったし。
いやーなんか創業社長なのにすごいですね。創業社長じゃないサラリーマン社長でもう会社自分のものだと思ってますからね。
だからいろいろやろうと思えばできるんだけど、結構これ有名なエピソードなんですけど、
本田さんは自分の苗字を社名にしたことを悔やみ続けた。
へーそうなんだ。
へーそうなの?いやー本田じゃなきゃよかった。
なんで本田なんだみたいな。
マジで?
子供も入れてないですよ、会社に。
子供も入れてないの?
すごいですね。
そうか、じゃあお子さんも全然。
自分で自分で。でも似たようなことやってるんですけど。
そうなんですね。
素晴らしい子ですね。
本田さんもすごいですけど、やっぱ藤沢さんの人間力というかすごさがちょっと際立ちますね。
だからそういう言ってくれる人をうるさくしないで周りに置き続けたっていうのがやっぱり本田のすごさでもあるというか。
確かになーそうですね。やっぱ人間を見る目があるっていうか信頼してるんでしょうね。
なるほどね。じゃあワンマンにならず、ブレーキ役も手放さずにずっと一緒にいたということですね。
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でですね、66歳で引退して、さっきも言ってまだ元気だったんですよ。
そうですよね。
で何してたかってちょっと気になります。
確かに何してたんですか?将棋?
将棋以外にもう飽きたのか、あんまり将棋の話は聞かないんですよ。
これがまたいいのか悪いのかわからないんですけど、めちゃめちゃ元気で、まず2年半かけて全国の本田の販売店と工場を回って感謝を伝える。
感謝を伝える。それは従業員とお客さん?
お客さんにもそうで、地方の小さい販売店では店頭に何時間も経って接客までしてるんですよ。
へー、でもなんかちょっとそれやってみたかったんでしょうね。
絶対やってみたかったと思う。
そうですよね。全国の本田さん好きそうだもん。販売店とかでお車売ったりするの好きそう。とか工場とか地味にやるの好きそう。
なるほど。いやーでもなんか面白いですね。
だから相手も気づかずに。気づかないのよりも好きなんじゃないですか。
確かにね。地味可能性って言ってたんですもんね。
絶対販売店回って、工場だから油まみれじゃないですか、手とか。で本田さん来て、さすがにこんなの知ってんですよ。
確かに。
手差し出して来ても油まみれだから握手をためらってたら、その油まみれの手がいいんだよって握手をしたっていう。
なんと!これはもうあれじゃないですか。その整備士めっちゃ好きになりますよね。
なるほど。泣けますね。
で、趣味も結構あって。絵とか、小型飛行機の操縦とか、ハングライダーとか。
やっぱ好きなんだね、そういうの。
そうなんですよ。それをずっとやってて。色々やったっていうのが結構大事で。
そうなんだ。確かにね、バタバタを発明した時も気軽な思いつき感すごいですよね。
で、私の履歴書でも、私がやった仕事で本当に成功したのは1%だと。99%は失敗だったと言ってるんですよね。
でも素敵な人ですね。そりゃいいわ。なるほどな。
本田さん描いた絵見てみたらどんな絵描くんだろう?車の絵なのかな?
本田の会社にあった気がする。そうなんだ。
1階だから。今もう移転しちゃったから分からない。
でもいいな。映画飾るより社長が描いた絵とかの方がグッときそうですけどね。
面白いですね。分かりました。
じゃあ今日は本田さんの面白い一面というか、老害、そして老害になりかけならなくて済んだ。
それには藤沢さんがいたから。そして引退後の楽しそうな様子をお伺いしてめちゃめちゃ勉強になりました。
はい、どうもありがとうございました。
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