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  2. 第2話 瞑想について
2022-03-29 14:18

第2話 瞑想について

最近実践している「瞑想」について、ビジネス界隈で話題のマインドフルネスもからめて紹介します。

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あんちぽFM 第2回、今日は瞑想の話をしたいと思います。
瞑想といいますと、最近はマインドフルネスなどといって、GoogleとかFacebookとかIT系の企業が研修などで取り入れているということで、
ビジネス書等でも話題になっているところではありますが、僕がそもそも瞑想が云々と言い出したのは、割と最近のことで、
ビジネス書的な文脈とは特に関係がないわけですね。
では何がきっかけかというと、仏教思想のゼロポイントという本がありまして、これは魚川雄二さんという方が書かれた本です。
これは今年の春頃ですね、刊行された本なんですけれども、この本自体は原始仏教の結構ガチな理論書みたいな感じのものなんですが、
これをたまたまTwitterで面白いよというツイートを見て、買って読んでみたところ、結構面白かったなということで、
その辺の界隈のことをあれこれと調べ始めたというのが始まりですね。
その後にですね、マインドフルネスという概念を知って、そこでビジネス系の界隈、特に僕なんかはIT系の会社にいるので、
そういうところでも結構注目されているよというのは、前から聞いてはいたんですが、特に注目して見るようになったのはその後という感じです。
ビジネス系の界隈で流行っているよというような話の中では、僕が読んだのはMindful Workという本ですね。
これは帯にGoogleもFacebookも始めているみたいな感じで、ちょっと煽り気味の帯が書かれているような本なんですけれども、
これなんかはアメリカの人が書いたノンフィクションですが、GoogleとかFacebookはもちろんのこと、あまり名前がよくわからない、
向こうの大企業みたいなところが研修とか、あるいは経営幹部の皆さんの中で取り入れて、成果が出ているよというようなことを紹介したような本です。
この本は結構ですね、迷走のやり方みたいなところを詳しく書いているという本ではないんですけれども、
アメリカにおけるマインドフルという概念の受け入れられ方を知るためには結構いい本なのかなと思ったりしているところです。
それでですね、仏教思想のゼロポイントという本を読んだ後に、次に読んだのが同じ大川裕二さんという方が訳した許すという本ですね。
これはウ・ジョーティカというミャンマーかどっかの偉いお坊さんが書いた本なんですけれども、この本を読んでその後ですね、やっぱりそういう本を読んでいくと、
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迷走というのをやりましょうと言っているわけですよ。
なので、迷走のやり方というのをちょっと知りたいなと思いまして、これはアルボム・レ・スマナサーラという日本に在住して活躍しているタイかどっかの出身のお坊さんなんですけれども、
この人の本などを読んで迷走のやり方というのをちょっと学んでみたりしたところです。
で、迷走に関してなんですが、これは迷走というとどうしても全仏教的な座禅をして姿勢が曲がったりとか、あれちょっと動いたするとバチンと叩かれるような、そういう迷走というのを僕らは想起しがちなんですけれども、
この文脈で言っている迷走というのは、ヴィパッサナー迷走といわれるテイラワーダ仏教という、ちょっと前までは少女仏教といわれたような、インドシナ半島で行われているような仏教の教えをもとにした迷走、それがヴィパッサナー迷走というんですけれども、それについて解説しているというようなものです。
これは何かというと、マインドフルネスというのは、パーリ語ではサティというそうなんですけれども、日本語訳としては気づきというような訳が与えられているところです。
気づきというとどうしてもニューエイジ的な、ちょっと80年代チックな怪しい感じになるんですけれども、それとは全然関係なくて、今自分がどういうことを考えているかとか、あるいは何も考えないで集中しなければいけないんだけれども、いろんな妄想とかいったりしますけれども、そういういろんなふわふわした考えがどんどんどんどん迷走していると浮かんでくるんですが、
そういったものに気づき続けていきましょうというような迷走というのが基本的にはヴィパッサナー迷走というものみたいですね。
その迷走の仕方というのを、さっきのアルモンレスマナサーラという人の本であるとか、あるいはグラナタラというお坊さん、これはまた別のお坊さんですけれども、この人のマインドフルネス、気づきの迷走というような本などを見て勉強したりしていたところです。
実際に迷走ってどうやってやっているかというと、特にやり方はいろいろあるみたいなんですけれども、僕自身としては特に面倒なことをしているわけではなくて、朝起きられて時間があったらアグラを書いてただ座っていると。
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座っている中で目を閉じて単に座っているんですけど、そのときに重要なのが、普通はというか、迷走していると結構神経が集中されてくるので、ついち朝方なんで今日の仕事何しようかなとかいろんなことを考えちゃうんですけれども、
そういうことを考える時間ではなくて、自分の心を見つめるというか、感覚を見つめるというか、そういう感じでいろんな考えがどんどん浮かんでくるんですけれども、それを一旦止めて、今一瞬一瞬自分がどういう状態にあるかというのを感覚し続ける。
それが気づき続ける。いわゆるマインドフルネスということなわけですけれども、そういうことをずっとすると。
ただやってみるとわかるんですが結構難しくて、ただ目閉じて何も考えないで集中すればいいんでしょうって思うんですけれども、やってみると1分ぐらいできるんですよね。
だけどちょっと時間が経つと本当にもうどんどんどんどん次から次へと役体もないこととか、あるいは今日の仕事であるとか、今日の予定とか、あるいはいろんなことが思い出されてきて、
あの時はムカついたなとか、あの時は嬉しかったなとか、お腹空いたなとかいろんなことを思うんですよね。
なのでそれを完全に止めて今この時間だけに集中するというのは結構やってみると難しいことなんだなというのがわりとわかると。
それがわかるだけでも役に立つというか効果というのはあるのかなというふうに自分自身としては思っているところです。
それくらいですね、日々集中して、意識的に集中しているときだってそういうふうに妄想というのが湧いてくるんで、
普段生活していてそういうふうに集中していないときって本当に役体もないことをずっとずっと考えているわけですよ。
なのでそういうことを考えて本来使うべきところに脳みそを使えていないということは割と生産性とかに影響してくるのかなと思ったりするので、
完全にコントロールするのは難しくても意識すれば集中をして余計なことを考えないで済むような注意力のコントロールというのができるようになると
単純に自己啓発的な意味においても役に立つのかなと思ったりしているところです。
さとりを開くみたいな話も出てくるわけですけれども、
瞑想してさとりを開けるのかどうかというのはよくわからないんですが、冒頭にお話しした仏教思想のゼロポイントという本だと、
さとりを開くというのは根本的な実存的な展開であって、
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それは神秘といえば神秘なんだけれども、現にそういうことが起きるということが2500年だか600年だかの仏教の長い歴史の中でいろんな人が報告しているわけだから、
教えの通りにやっていればそういうことも起きることもあるんだろうみたいなことを書いてあるわけですけれども、
別にさとりを開くというのは特に目的ではなくて、単純に集中力を高めるとか、
そういう精神的なトレーニングという意味でもやってみるというのは一ついいことなのかなというふうに思ったりしているところではあります。
他にもいろんな本を読んだんですけれども、そこからつなげてちょっと仏教史、仏教の歴史自体に興味を持ち始めて、
わかる仏教史という本であるとか、あるいは印度思想史という本であるとか、そういった本も読んだりはしているんですけれども、
なかなか仏教の歴史というか、印度哲学がどうのみたいな話が出てくるので、ここはちょっとスキップして、
今一番お勧めできるというか、読んでとてもわかりやすいなと思った本が最近あったので、それを紹介したいと思います。
これは反応しない練習という本ですね。反応しない練習という本はこれもまたお坊さんが書かれた本で、結構自己啓発っぽい感じの本なんですけれども、
この人は結構変わった人で、東大に行ってその後コンサル科なんかをやったんだけれども、
よくわかんないですがお坊さんになったというような人で、なかなか面白い本を書いている人です。
ブッダというのは仏教を始めた人ですよね、言わずもがないですけれども、その人は僕らの普通の感覚のイメージだと、
すごく偉い人で、超人的な人みたいな感じで感覚してしまうわけですけれども、そういうことではなくて非常に合理的な人なんだよというような話をしているわけです。
反応しない練習というのは、このタイトルにもあるように反応というところがキーワードで、
僕らが例えばいろんな将来の希望であるとか、あるいはその希望の反面としての将来への不安であるとか、そういったことをいろいろ感じるわけですけれども、
基本的にはそういうのは気の迷いに過ぎないというか、単に自分の気持ちの中だけでそういう感覚がされているだけで、
特に実体的な、現実的な、物理的な実態というのはないわけですから、そういうことを一時気にやむというのはそれは無駄なことであると。
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そういう単に自分の気の持ちに過ぎないことに対してくよくよしたり、あるいは逆に過度にポジシブルになったりとか、
そういうことが、そういう心の動きを反応と呼んでいて、そういうのは基本的に無駄なんでやめましょうということを説いた本です。
ブッダというのが、そもそもそういう心の動きを無駄なんでやめましょうということで説いたということを主張しているわけなんですけれども、
それで何がいいかというと、いろいろ我々が生きていく中で、辛かったり楽しかったり、楽しいことはいいと思うんですけれども、
基本的にネガティブな心の持ちようというのは、言われてみれば気の持ちようといえば気の持ちようなわけですよね。
例えばうまくいっている人に対して、例えばFacebookとかでリア充みたいな人がいたときにリア充爆発しろみたいなことを思ったとしても、
特にその人が仮に爆発したとしても、我々個人にとっては特に何の意味もないわけで、それを見て流音を下げたところで、
我々がリア充じゃないこと、その事実自体は変わらないわけですから、そこに対しては反応することはやめて、
我々が仮にリア充になりたいんだとすれば、現にリア充になるためには具体的にどういうアクションを取ればいいのか、
そういうことを考えるほうが合理的なんじゃないかというような話をずっとしているわけですね。
そういう意味では自己啓発の本の最たるものといえば最たるものなわけですけれども、
言われていること自体は結構納得できるような話ですし、それを完全にというのは難しいにしても、
できるだけそういう気の持ちをみたいなところに反応しないというような心の持ち方というのができると、
人生それなりに豊かに、より豊かになるというのは間違いないのかなと思ったりしているところです。
というわけで、皆さんに今必要なのは瞑想です。
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