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第15回「空間を演出することへの抵抗」
2026-05-14 12:49

第15回「空間を演出することへの抵抗」

日本の家は明るすぎる。

ライン照明が気になる。

陰翳礼讃と暗さの豊かさ。

デンマーク留学での経験から、自然に近い状態が家には大切だという話をしました。


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サマリー

本エピソードでは、建築家マスコット氏が日本の住宅における照明、特にライン照明に対して抱く違和感について語る。氏は、舞台やホテルなどの非日常空間では演出照明は有効としつつも、日常的に長時間過ごす住空間においては、過度な演出は心を休ませない原因になると指摘。日本の住宅が明るすぎると感じ、デンマーク留学での経験から、自然に近い薄暗さや陰影の中に豊かさを見出す日本の伝統的な美意識、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』にも触れながら、均一で変化のないライン照明が自然光の豊かさを損なう可能性や、単なる「おしゃれ」という記号として使われる現状に疑問を呈している。最終的には、住空間はできるだけ自然に近い状態が望ましく、演出されていない空間にこそ豊かさが生まれるという持論を展開する。

空間演出への抵抗と日本の住宅
こんにちは、建築どAIのマスコットです。 一級建築士として設計の仕事をしながら、建築業界とAI、マーケティング、そしてポッドキャストの可能性について話しています。
この番組は、AI時代の建築の歩き方を目指しています。 よろしくお願いします。
前回はですね、このフェイク素材の話をしました。 フェイク素材できるだけ僕は使わない方がいいんじゃないのかなというようなことを話をしました。
今回も結構、これもね、建築家の人によっては、いや、全然そんなこと思わないなって思う人いるぐらい、結構同意してもらう人かなり少ないのかもしれないんだけど、
僕が思っている、ちょっと建築について、空間についてですね、ちょっと思うことを話していきたいというふうに思います。
僕はですね、この空間を演出するっていうことに結構抵抗があるんですよね。
例えば舞台とか、アミューズメント施設だったりだとか、ホテルとかもまあいいのかなと思いますが、非日常を楽しむ場所っていうことが前提にある、
そういった施設だったら、演出っていうものがあっても当然だと思いますし、その演出の効果によってそこが特別な空間に感じたりとか、
そういう感じ方をすることもあると思うので、一つあり方としては、あり方としてというか、そういうものもありかなというふうに思っています。
でもね、言えば僕は違うんじゃないかなというふうに思っていて、それはなぜかっていうと、毎日長い時間を過ごす場所なので、
そこにこの演出っていう要素が入ってしまうと、僕は心があんまり休まらないんじゃないのかなということを思っています。
日本の住宅の明るさと照明文化
まずですね、日本の家って僕は明るすぎる。今回の話は照明の、特にライン照明っていう線で入っている照明ですね。
天井とか壁に、建築家照明とも言うんですが、そこに仕込まれている照明について僕は喋るんですが、
まず日本の照明について考えていこうと思うんですが、僕ね、そもそも日本の家って明るすぎるっていうふうに思うんですよね。
LED、今だったら、昔だったら蛍光灯とかが多かったんですけど、今はもうほぼLEDになっていると思うんですが、
それでも部屋全体を均一に照らすっていう文化があるんですよね。
これなんでそうなっているかといえば、それは学校とかでも基準があるわけですね。
何ルクス以上とかっていうのとか。
これは勉強とかするときに、暗いと目が悪くなったりしちゃうとか、
その科学的な根拠は僕はあまりよく分からないですが、そういったものの理由とかからある程度の一定の明るさというのは決められています。
だからこそ明るくなっちゃうのかなというのかも思うんですけどね。
一方、僕はデンマークに留学していたんですけども、そのとき家の中とかめっちゃ暗いんですよね。
でも結構暗くて、だからこそロウソクの関節照明とか、ロウソクでちょっとだけ光を灯したりとか、
フロアランプって言われるような、そういった照明を使ったりとかしていったんですけども、
結構暗いなと思ったんですが、その方が僕はむしろ落ち着くなというふうに思っていて、
日本にいるときって神経がすごく研ぎ澄まされてしまって、その照明の明るさによってですね。
割と気が休まるっていうことがなかなか難しくて、それよりもそこまで明るくなくて、
必要なところに最低限の表面がある、明るさがあるっていうことの方が、
僕は落ち着くし、なんなら疲れも取れるんじゃないかなっていうような思い。
疲れが取れているかどうかは分からないですけど、そういった感じがしていました。
欧米の照明文化とライン照明への違和感
これはね、欧米の人って瞳の色が薄いじゃないですか。青だったりとかグレーだったりみたいな人がいて、
それなぜかというと色素が薄いと光により敏感なんですよね。
だから外人ってよくサングラスとかかけている方が多いんですけども、
そういった外人だからこそ、欧米の人だからこそ、もともとそういった薄暗い照明を好む文化があるんですよね。
それで今話したようなフロアランプっていって、床から立ち上がっている背の高さぐらいあるような照明だったりとか、
あとはブラケット照明と呼ばれる壁に取り付けられている、そういった照明とかですね。
そういったもので天井から一応明るく全体を照らすというものではなくて、部分部分照らすみたいなことが多いんですよね。
そう考えたときに、今結構LINE照明っていう線で入っている照明って結構日本で多く使われていて、
僕それ見るたびにちょっと違和感があって、それ好きな人もいるし、オシャレだからいいじゃんって思う人も多いと思うんですけど、
僕はなんかそれが演出感がすごい強くて、ちょっと違和感がかなりあるんですよね。
で、それなんでかなっていうのをちょっと考えていったときに、谷崎純一郎さんの陰影雷神さんという有名な本があって、
ご存知の方も多いと思うんですが、どういった本かといえば、日本の伝統的な美意識としての薄暗さや影の中に美しさを見出すっていう話なんですよね。
例えば日本の障子とかって、外の自然光の変化、自然光というか自然の太陽の光ですね。
変化をそのまま室内に届けるんですけど、届ける装置というふうに言えると思うんですけども、
でもそこは障子を通すことによって柔らかい光になるじゃないですか。
それで例えば朝と夕方で色が違うとか、雲がかかれば暗くなるとか、
そういった変化があるじゃないですか。
そういったものに風情みたいなものがあって、でもそれで障子がどんどんなくなって、
今のお家でも障子をつけている方もいらっしゃると思いますが、
障子からカーテンの、その欧米の文化になっていくことによって、これ一つの例ですけどね。
そういった文化が失われていって、谷崎さんはそれを嘆いていたんですよね。
僕はさっきから話している何に違和感があるかというと、
ライン照明と自然光の豊かさ
具体的に言うとこの天井に仕込んでいる、仕込んで壁や天井を一様に照らすライン照明が気になるんですよね。
さっきも話した通り、アミューズメント施設とか商業施設とかですね、
そういったもので演出として使うんだったら、それはいいのかなというふうには思うんですけども、
家で使うというふうに考えると、一見柔らかそうに関節照明と言われるものの一つなので、
一見柔らかそうに見えるけど、変化がずっとなくて、変化がないですよね。
ずっと同じ均一な光で、その変化のない感じが、
じわじわと不自然さというかそういうものが伝わってくるような気がしていて、
特に僕は、夜だったら太陽の光がないからまだいいんですが、
例えば昼間とか、太陽の光が窓から入る時間のことを考えていると、
太陽の光という自然の豊かな光があるじゃないですか。
そこに関節照明、ライン照明をつけている状態にすると、
自然光の変化の豊かさが疎開されている感じがするんですよね。
実際に自然光の光が柔らかいというか、柔らかく火に燃えますけど、
自然の変化する光が入ってきているのにかかわらず、
演出としての光が加わっているので、ごちゃごちゃした芝居というか、
そういった感覚が僕にはあるんですよね。
あとはやっぱり、今の日本で関節照明イコールオシャレという
記号になってしまっているというのがあると思っていて、
そこに理由とか意味とかというものがあればまだいいのかもしれないんですけど、
記号のように扱われることによって、オシャレだからつけましょうみたいな、
割とその考えをそんなに深く持たずにそこに使うみたいなことが起きてしまっているというのも
一つその原因に、僕はちょっと違和感を感じている原因なのかなというふうに思います。
例えばフラーライトランプとかブラケット照明みたいなものっていうのだったら、
光源が見えていて明るいところと暗いところとかがあったりするので、
そこまで違和感はないんですけど、やっぱり線でピーッと入っていて、
壁を一応同じようにずっと面で照らすというかな、そういうふうになっているので、
よりこの自然との対比というか、自然とは違うものなんだけど、
自然のように振る舞っているみたいな感じが僕はしてしまって、
それがちょっと気になるんですよね。
自然に近い状態の重要性
フェイク素材のときでも話をしたんですけども、
僕はできるだけ自然に近い状態がいいと思うんですよね。
家の中ってもちろん家の中だから、科学的なものも使わなければならないと思うし、
そういうものも多くはなってくるんだけども、
だけど人間が特に長く住む家って長い時間いる場所って考えると、
できるだけ自然に近い状態がいいと思うんですよね。
それは自然素材をできるだけ使えばいいとか、
それも一ついいことかなと思うんですが、
そういう自然素材を使うということじゃなくても、
自然な状態という意味で自然に近い状態が僕はいいと思っていて、
例えばさっき話したように自然光が入ってきて、
時間とともに変化して暗くなれば暗くなるとか、
そういう素の状態があると長くいても疲れない空間とか、
落ち着く空間とか、やする空間とか、
そういったものを作り出せるというか、
そういうものに近づけるんじゃないかなというふうに僕は思っています。
そう考えるとやっぱりさっきのライン照明みたいに、
面で照らす照明というのはオシャレだなという感覚は伝わるんですけども、
それをずっとそこの空間にいることが本当に落ち着くのかなとかっていうのが
ちょっと疑問にあって、その違いってなんだろうって考えると、
演出されているかどうかかなというのを僕は思ったんですよね。
不勢のある空間って演出されていないというふうに僕は思っていて、
その素の状態の中に自然とこの豊かさというのが生まれるんじゃないかなというふうに思っています。
建築における深い思考の重要性
なのでそういう空間を建築家とかは作り出している方も多いと思うので、
そういったものが魅力的な空間を作り出すことに繋がっていくんじゃないかなと思います。
今回の話はフェイク素材に続いてライン照明が気になるというか違和感みたいな話をして、
結構評価も難しいかもしれないですけど、
よく考えるとちょっと変かもなというふうに思ってくださる方もいればいいなというかな。
だから使っちゃいけないとも僕は言えないんですけど、
そこに違和感があるということですよね。
あとはやっぱり僕はすごく深く考えることが重要だと思っていて、
なぜその素材を使うかとか、なぜそのプロポーションなのかとか、なぜその配置なのかとか、
いろんな建築の中ではあれがあるんですけども、
そこを考えて、じゃあ今回はこれにしましょうということを考えていくということが結構大事かなと思うので、
僕が思っている疑問みたいなところの話をしたので、
そこに必ずしも共感しなくても、そういう考え方もあるのかなというふうに思っていただけるといいと思いますし、
僕もフェイク素材や間接照明とかLINE照明を一切使っちゃいけないということを言いたいわけではないので、
そこはちょっと勘違いしないようにしてもらいたいんですが、
そういう疑問とか、なんか違和感があるよという話をしていきました。
本日の建築ドAIいかがだったでしょうか。
感想はXで、ハッシュタグ建築ドAIでポットしていただけると嬉しいです。
ここまでのお相手はマスコットでした。ありがとうございました。
12:49

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