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#25 / 「ゆれる建築家」 について考えたこと
2026-06-10 30:40

#25 / 「ゆれる建築家」 について考えたこと

書籍『ゆれる建築家 / 太田雄太郎、徳谷柿次郎』という本を読んで、自分もまたゆれているなと思った話をしました。建築家の太田雄太郎さんと編集者の徳谷柿次郎さんの対談本。建築学生や若手建築家にはぜひ読んでほしい一冊です。

📖 「ゆれる建築家」購入はこちら柿次郎さんのnote:https://note.com/kakijiro/n/n0969eaeaadf7

感想

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皆さんこんにちは、マスコットです。 今回は、「ゆれる建築家」という最近出版された本についての話をしていきたいというふうに思います。
この本はですね、建築家の太田佑太郎さん、 建築コレクティブふとふとの代表ですね、建築家の太田さんと編集者の徳谷柿次郎さんの対談が、
太田が載っているような、そういった本になっています。 他にもね、そういったゆれる建築家として、他の建築家や建築関係者の方のインタビューみたいなものも載ってるんですけども、
そういったゆれる建築家について話をしているという内容になっています。 まずですね、この本僕、1週間前ぐらいにネットで買って読んだんですけど、めちゃくちゃ面白かったですね。
それはめちゃくちゃ自分もゆれる建築家の一人だなという部分で、すごく共感する部分と、太田さんの考え方、建築家としての考え方で、僕との違いもあって、その部分がすごい興味深いなというところがあって面白かったです。
で、あとは結構建築家のインタビューが載った本っていうのはあるんですけども、そういったものの多くっていうのは建築家の方が建築家の人に対してインタビューすることだったりだとか、あるいは建築批評家とか建築関係者の人が建築家の人にインタビューするっていう内容が多いんですよね。
で、そうすると結構その建築とそのものとしてという部分が割と、何て言うんだろうな、多くをそのインタビューの内容で占めていく部分が、僕の中ではその関係っていう部分が大きくて、ある種、それはいい意味で深掘りにもなるんだけど、ある建築というフィルターというかその枠みたいなところに収まっているというか、そういったものになってしまう。
それは多分しょうがないことだし、だからこそ面白いとも言えるんですが、そういう特徴があると思っていて、今回のこの本っていうのは、編集者の徳谷柿次郎さんがインタビューしているからこそ、より建築という枠よりもその人にフォーカスを割と強くしていて、太田さんという人物に対してのフォーカスが強くて、そこから深掘りしていくっていう形になっていて、
いる部分が僕は興味深いというか面白いなというふうに思いました。だからこそ、より一般の人、建築とかを学んでこなかった人とかに対しても、結構読みやすいものになっていると思いますし、あとはだから、僕は特にいろんな悩みを持っている。
僕のようなね、そういった当世代、建築家でいうと30代、僕は後半ですが、まだまだ若手と言われるような年齢なんですけども、そういった年齢の方々だったりだとか、本当にね、まだこれからどうしようか、建築家になろうかどうしようかっていうふうに悩んでいるような建築学生の方にですね、特にね、これは読んでいただけたらとか、読んで読んだほうがいいんじゃないとか、筆続書でしょうみたいなぐらいな感じで、
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僕は思っているぐらいすごく素晴らしいなというふうに思っています。特にね、やっぱり柿次郎さんがすごい大田さんの言葉に対してどこを抽出するか、これがまさにね、編集者としてのやっぱりスキルがすごく高いからこそできることだと思うんですけども、そこに注目してそこを深掘っていくっていうところがあって、
具体的な内容をね、ちょっとあんまり説明しちゃうと、内容がネタバレというかになってしまうところがあるので、そんなに具体的な話はしないでちょっと抽象的な話になってしまいますが、そういう部分があって、そこの、そこをチョイスするかっていうのとそこを深掘るかっていうのは僕はね、すごい痺れるというか、すげえなって本当に思いました。なのでぜひね、興味ある方はまず読んでいただきたいです。
で、この本ですね、僕結構前から発売するということを知ってたんですよね。それはなぜかというと、これいつ発表なのかな、2月とかかな、3月とか、まあ結構冬、去年、あ、去年じゃなく今年か、2026年ですけど、まだ寒い頃にですね、ちょうど僕、あのこのね、いろいろ建築家の中にもインタビューで出てきているんですけども、小松さんっていうね、コープレースアーキテクツの建築家のね、代表の、
小松義行さんが、えっと、もうこうインタビューこだわってるんですけど、えっとこの小松くん、小松くんって言っちゃいましたけど、まあ僕、あのあれなんです、高校のね、えっと同級生なんで、で、同じく建築、大学の時も話とかしてたんで、で、そこのね、小松さんが、えっと、内覧会、あの住宅をね、設計して、そのお家ができたので、内覧会といってまあそういうお披露目というのかな、
見学会みたいなのがあったんですよね。で、それをやるよっていう話を聞いたので、えっと、ぜひあの見たいなというふうに思って声をかけたときに、えっとちょうどそのパカンコーヒーっていう、あのコーヒー、コーヒー屋なんていうか、喫茶店?カフェか、のところで、えっと僕は、あの小松さんがこれ作って設計されてたんで、それも一緒にね近くだったので見に行ったんですよね。
で、そしたら徳谷さんがいらっしゃ、加計二郎さんがいらっしゃったんですよ、たまたまそこに。で、そのときにちょっと話をしたので、このいろいろ建築家っていうこの本をやるんだよねみたいな話を聞いてました。でね、まあこれも全然関係ない話なんですけど、僕は一方的に、あの加計二郎さんのことを知っていたので、で、まあすごい編集者の方だなっていう認識があったので、でね、そういうときね、僕ね、ほんとね、まあ今でも反省してるんですけど、
なんかすごい人とかに会ったときに、あのね、これバカだなと思うんですけど、あのダサいんですけど、めちゃくちゃダサいんだけど、その自分をね、こうかっこつけて見せようとする癖があるんですよね。
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で、だからまあ、あのしょぼいやつだって多分思われたくないっていう発想なんだと思うんですけども、だから今思うと、そこですっごいね、めちゃくちゃ話、あの一方的に、こう結構いっぱいしちゃったなというふうに思うし、なおかつこう、なんか自慢話までいかないんですけど、まあそういうような話も挟んじゃ、挟むっていうかそういう話をね、してしまって、すごい後悔してます。
なんかかっこ悪いし、マジでやめたいんですけど、自分がこう、あのなんて言うんですかね、ダメな人間だって思われたくないから多分やっちゃうんですけど、そのねムーブをかましてしまってね、恥ずかしいし、若干惹かれてたんじゃないかなと思って反省してますね。
で、まあその後もね、内覧会、小松さんの設計した建物の内覧会もご一緒、一緒の時間でですね、見て、その時逆に喋りすぎたから、ちょっと今度はちょっと喋るのやめようと思って、ほとんど喋んなくてね、まあ変な人間になっちゃったんで、変なやつだなとか思われてるか、あるいは何も思われてないかもしれないんですが、まあそういうことがありました。
で、まあまあそれを置いといて、その時もですね、僕、まあ少し話をさせていただいた時に、まあ僕もかなりね揺れてる建築家なんで、揺れてますねみたいなことをね柿次郎さんに言われて、いやまさにそうだなと思っていて、僕はですね、まあこの本すごいだからいいなって思うのが、多分なんかまあそれこそ王道の建築家みたいなのがあるわけですよ。
昔からあるし、まあ今はもうほとんど言われてないと思うんですが、本当にね、あの、建築家の有名な方が先生の大学とかに行ったりとか、あるいはまあ卒業後にね有名な建築家の人の設計事務所アトリエとかで働いて、まあ5、6年とかまあある程度ね働いて、まあ一通り覚えたらそれで独立して、
で独立して最初、まあこの本にも書かれてますけど、住宅とか設計したりとか、まあ小さなものからだんだんこう大きな公共施設だったりだとかで、まあコンベ出したりとかしてて、最初は負けるんだけど、まあちょっとずつちょっとずつ負け続けて、でもだんだんこうね、あの買ったりすることもあって、でそれが評価されていって、まあ建築雑誌とかにですね、まあ建築雑誌って有名なのいくつかあるんで、そういうのに名前が載るようになって、
でまあ非常勤講師とかやりながら、でだんだんそれ、まあ一つの道としてはプロフェッサーアーキテクトといって、まあ教授とかそういった先生の職業に就きながらも建築家はやるみたいな風になってて、まあコンベでまた挑んでいって、買っていって、でまあ名前がどんどん売れていって、まあ有名な建築家ですみたいなのが割とね王道としてあるんですよね。
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でそれが結構、まあ今の建築学生はどれだけそれがそういうものだっていう認識を持っているかっていうのはちょっとよくわからないんですけど、僕はだから15年前ぐらいに大学院をもう卒業してしまっているので、そこはちょっとわからないんですが、もう僕の時でもまだそういう感じはありましたね。
で、だけど今ってもうはっきり言ってその王道みたいなスタイルで行くのってもうほぼ不可能なんですよね。まあこの本にも出てきてますけど、まあいろんな理由があって、もう本当にね僕もよく、あの今ね住宅地底をね設計してるんで、そういった業者の、建築の業者の方とかもしゃべるともう本当に暗い話にしかならないわけですよね。
さらにもう最近のね、まあもう円安とか、まあもう切り取り上げたらね、キリがないんですが、そういうものとかナフサのショックとかで、何なら今だって入ってこない資材とかあって、あの後期どうなっちゃうのかなみたいな状態になってて、まあそういう状態なわけですよね。
で、だからまあ王道がまず無理じゃんっていうのは、まあみんな薄々気づいてきていて、じゃあ自分なりにどういうふうにこの建築家としてやっていけばいいのかなっていうのは、まあ僕だけじゃなくてかなり多分同世代の人は今でもこう思考錯誤というかな、悩みながらやってるんじゃないかなというのは僕も思うんですよね。
で、まあ僕自身ね、だからそこで考えて考えて今みたいなこういうちょっとね、まあまだ始めたばかりではあるんですが、そういう生で建築っていうこういう番組にしてやっていこうとしているのは、いろんな対談とかそういうこともやっていこうって思っているのは、割と本当にね、この揺れる建築家の内容もそうだと思うんだけど、結構だからそういう本当にまさに揺れてるんですよね。
つまり定まってない、まあ揺れる、このね、本の中で出てくるこの揺れる建築家って最初は割とこうネガティブな意味のようにも捉えられるんですけども、建築って本来ね、建築家はドーンと構えてしっかりね、王道をやっていくんだっていうような形で、まああのかっこよく生きるっていう感じが、まああの一昔前まではあったわけなんで、そういう部分があったんですけど、でも今はもうそういう状態でいられないので、
まあみんながみんなこう揺れてるとは思うんですよね。だからこそ、なんかこの本が僕はすごくいいなと思うのは、そこのなんかまあプロセスというか、まあまだこの悩んでいる、こう揺れているって言葉ですれば、揺れている状態を記録しているところがすごく良くて、でももちろんただ揺れてればいいっていうものではなくて、
この太田さんは本当にこうがむしゃらにそういう状況で、あのどうこう打破というのかな、どう自分の道を決めていけばいいかっていうのを試行錯誤していっている過程が、すごくあの葛藤とかそういう部分もすごくあるので、だからこそすごく面白いし、僕も共感する部分が強くて。
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で、おそらくこれは一人一人絶対違うわけですよね。で、これは太田さんの一つの答え。で、それは一人のこの建築家として、この時代の建築家の生き方として、まあ一つこういうものなんだっていうところを提示しているんだと思いますし、それが正しいなって僕も思うんですけど、でも多分それぞれにあった多分やり方があるんですよね。
だからその答えがないという状態だと思うんですよ。で、だからまあこうみんな探している、揺れているっていう状態であって。で、僕はね、なんかすごくいいのが揺れてるんだよみんなはっていうところを、まず言っているところがすごくいいと思うんですよね。
なんかそこをちゃんと認識した方が僕いいと思ってて、割と僕は働いてて、まあ長野、もともとは大学は神奈川だったんですけど、そこから東京とかに、違うか、東京とか住んでて、まあ神奈川とかそこら辺の関東に住んでて、で、結婚を機に僕は戻ってきて、まあ今から10年前、もう10年以上経つか、まあ10年くらいですね。
10年前くらいに長野に戻ってきたんですけども、その時から、なんていうんだろうな、その後だから一人で結構なんていうんだろうな、まあ友人と一緒にね、一緒に建築のユニットでやってたんですけど、ある時期までは。
で、その後も一人でやったりとかして、まあ今オンラインとかで仕事を多くしてるんですけども、結構ね、こう孤独なんですよね。で、そのことにまず全然自覚的じゃなくて、なんなら別に自分の好きなこと、建築という好きなことをやってるから、そこに対して、で、それでまあ自分のね、家族とかがいて、まあ子どもとかがいて、で、それはそれでめちゃくちゃ楽しいというか、まあ充実はしてるわけじゃないですか。
だからその孤独だという感覚が全くなかったんですけど、でもある時に結構自分はもしかして孤独なのかもしれないというふうに思って、で、まああの中年の危機みたいな感じで、あのね、40代くらいからね、そういうのになるっていうふうなことが、まあよく男性の方とか特にね多いっていうふうに言われてるんですが、そもそもこのデザインの仕事オンラインで、まあリモートワークみたいな形でやってると結構孤独なんですよね。
で、そういった状態の時に、まあ相談、まあね、友人とかに相談すればいいじゃんって思ったりするんですけど、僕はなんかなかなか、もともと友達が少なかったってわけでは全然ないとは思うんですけど、自分の中では。
ただなんかどんどんどんどんこう、あの年齢を重ねるごとに、友人と連絡どんどん取らなくなっていって、自分は、僕はですね、まあ誘われたら絶対行きたいタイプなんですけど、自分から誘うタイプじゃなかったからこそっていうのもあるんだけど、どんどんどんどんこう友人に会うっていうこともなくなって、で、さらにこうね、長野、地元のね、長野戻ってきてるから、全然そこで、あの、こう全然、まあ要は友達とかにも会ってなくて、
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で、仕事関係も、だから仕事関係の人とは話すけど、まあ大学の時の同期とかとも全然話すこともなくなって、まあ要はすげえ、すっごく孤独なんですよね。
で、そこで、孤独なんだけど、迷いとか悩みとかっていうのはもちろんあるわけじゃないですか。ずっとその建築をやっていくっていう上で、で、そんなのに割とそういう孤独なままで自分でこう会っているのか会っていないかよくわかんないみたいな状態で、でもまあやりながらやって、こう生きていくみたいな感じで生きていってたんですけど、
でもなんか本来は、まあなんて言うんだろうな、友達が多い方がいいとかっていうか、まあそういう単純な話にもちょっとなっちゃうかもしれないんだけど、本来はもっと僕、建築家の人とかも、なんか協力というか、まあ情報共有とかもしていいと思うんですよね。
で、まあなぜそう思われるかっていうと、まあ僕はある種、今仕事積極的に取ってないっていうところもあるし、っていうのもあるんだけど、なんかね、僕もう一つあって、ある時にコンペに参加してというか、僕はほぼそのコンペ全然携わってなかったんですけど、まあそのね、あるコンペで一時審査通って、で、そのプレゼンテーションして、まあなんか二次審査があったわけですよね。
その実施コンペのやつなんですけど、それ参加した時に、えっと、なんかどの案が僕なってもいいなって思っちゃったんですよ。
で、それどういうことかというと、ある範囲まで考えられた建築ならば、どれだって僕は結構素晴らしいじゃんって思っちゃうタウンですよね、その時に。
で、でもまあその瞬間にある種建築家としては終わってるのかもしれないんですけど、建築家なら、まあどの案よりも俺らの案の方が一番いいでしょって思わなきゃいけないんだけど、そこでどの案もいいなって思っちゃってる時点で、もうお前は負けだみたいなところもあるかもしれないんだけど、
その時に僕は思ったのは、いやなんかここで争うってなんか違うんじゃないかと思ったんですよね。なんか僕は、なんか本当に素直に建築家の人が携わった建物がもっと世の中にいっぱいできてほしいなっていうふうに思っていて、
それなのに、なんかある限られた中でこの争いあって、その中で1人とか1チームとかがね、選ばれて、そこでまあ公共施設だりなんなりと設計するっていうことになるわけですけど、なんかこの中で争ってんのって、なんかまあしょうがないんですけど、
選定しなきゃいけないというか、その中で設計者を選ばなきゃいけないから仕方ないんだけど、なんかそれも変だな。だって世の中にはもっと建築家が携わったほうがいいってものがあるのに、建物がいっぱいあるのに、そうじゃないから、そっちをもっと増やしていけたほうがいいんじゃないかなと思っていて、今でも例えば95%ぐらいはハウスメーカーが、
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例えば家作りだけで考えると、今でもハウスメーカーや公務店が95%なんですよね。5%ぐらいしか建築事務所、設計事務所とかアトリエですよね、とかに依頼されないんですよ。つまりめっちゃマイノリティなわけですよね、家作りっていうだけで見れば。
家は世の中にたくさんありますよね。そう考えていくと、建築家が携わっていない建物が世の中にめちゃくちゃ多いわけじゃないですか。僕はね、やっぱ建築家の人が携わったほうがいいと思っていて、それはね、なぜかというと、僕はね、まあだから、そこをちょっとあれすると、建築家の人って、
僕は身体価値に対して訴えかける建物を設計することができる人たちを僕の中で建築家だと思ってるんですよね。で、身体価値って何かというと、説明するとちょっと長いんですが、価値っていうのにはいくつか僕はあると思っていて、
一つが機能価値。で、二つ目が承認価値。で、三つ目が幸福価値っていうのは僕の中では定義としていて、機能価値っていうのは機能ですね、何でも洗濯機だったら洗えるっていう機能を満たせているかどうかっていうところ。家だったら守られているかどうか、安全かどうかみたいなところですかね。それが機能価値ですね。
で、承認価値っていうのはブランドだったりだとか、その第三者から見たときにそれがすごく持っててかっこいいよねとか、そこに価値が生まれる、第三者を通して価値が生まれるのが承認価値だと思っています。で、三つ目にあるのが幸福価値で、幸福価値っていうのは僕の中で、例えばお寿司とかめちゃめちゃ僕は好きなんですが、お寿司食べるときに目をつぶって食べたいんですよね、僕は。
で、体全身でその喜びを感じるというか、美味しさを感じるみたいなことがあって、つまりはその幸福価値の中に僕は信頼価値っていうものがあると思っていて、それは内発的というか、自分の体の中から湧き出るような嬉しさだったりとか喜びとかっていう部分ですね。
そういうものを感じさせることができる建物を設計できるかどうかが建築家かどうかっていう、僕の中でですね、そういうものを定義してるんですよね。
で、そういうのを設計できる建築家の人って僕はたくさんいると思っていて、だからこそそういったものが世の中にいっぱいあるといいなと思っているんですよね。
で、僕建築の面白さっての中の一つに思っているのが、僕家具もデザインするからよりそこと比較して思うんですけども、家具だったらその家に住む人、家の中にある、じゃあ例えば椅子だとしたら、
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それは家の中に来る人、住む人ですよね、要は。住む人にとってそれは豊かであるかどうかとか、そういう美しくあるかどうかとか、座り心地がいいかどうかとかっていう、そういった指標で見れるんですけど。
要は中の人が良ければいいというところですよね。なんですけど、建築ってどうしたって街にあふれる、つまり自分たちだけがいいっていうわけにはいかないんですよね。
良い意味でも悪い意味でも、外を歩いている人たちに影響を与えてしまうので。だから風景を作る一部だからこそ、建築というデザインはすごく面白いなというふうに思っていて、
だからこそ僕はその身体価値に対して訴えかけるような建築、建物が作らないと、作ることによって他の人たちにも影響を及ぼすからこそそういうものが増えるといいなというふうに純粋に思ってるんですよね。
だから僕が今している活動っていうのはそこにも通じてるんですよ。自分がね、建築の仕事を受けない、積極的に受けてないっていうネガティブな理由もあるんだけど、
でもそうじゃなくて、その身体価値に対して訴えかけるような建物をできるだけ多く作りたい、作ってもらいたい。
それは僕じゃなくてもいい。さっき話したみたいに、さっきの建築のコンペの話でもそうなんですけど、そういうものを作れる建築家の人がいろんな場所にいっぱい作ってくれればいいじゃんと思ってるんですよね。
要はその母数を増やすというか、その数を単純に増やしたいんですよ。だからこそ僕はこういう活動をしていて、あと話しとれちゃいましたけど、そういう部分があるっていうのは本当に技術として、
自分の好きなものを作りたいとかっていうそういう欲求もあれば、その今の身体価値にとっていい作用をもたらす建築、建物が世の中に増えるっていうことも、
僕の中ではすごく大事なことだと思ってるんですよね。それは人間にすごく影響を与えるからなんですけど。だから僕はちょっとね、すごい脱線したけど、
この揺れる建築家っていうみたいな、みんな揺れてますよねって。僕も揺れてるんです。でも僕はこういうやり方で今試行錯誤してます。
こういう道で進もうと思います。まだわからないですけどっていうことを表明することが僕はすごく大事だと思ってて。
だから僕も一種、生で建築とかっていうのはそういうのを意思表明してるんですよ。僕はまだ何者でもないし、有名な建築家でも全くないし。
だけど試行錯誤しながら、矛盾とかカットしながら進んでるよって。普通の人からすればめっちゃ恥ずかしいことだと思うし、こんなダサいこと言いたくないと思うけど、
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でもそういう人がいるよっていうことを言うことによって、僕もそうなんですよって人が出てくるかもしれないなって思ったんですよ。
そういう人たちと別に、僕は積極的に繋がる必要はないと思ってるけど、別に緩く繋がっててもいいんじゃないかなと思うんですよね。
それこそ、だからこそ建築家の人たちがもう少しネットワークみたいな強く進んで、そういう難しい理由もわかるんですよ。
僕は今、自分で仕事積極的に取ってないからっていう話しましたけど、だからそうやっていろんな人と繋げたりとか、
繋いでいく活動だったり、自分がそこの一員としてやりたいみたいな気持ちが湧いてきてるんだけど、ある種ライバルになっちゃうじゃないですか、建築家は建築家同士で。
例えば同じ地域にいたら、もしかしたら自分が頼まれたかもしれないものを他の人の方が魅力を伝えてしまったそっちの人に
積極的にお願いされてしまうかもしれないというリスクがあるから、なかなかそこは積極的に繋がるということに対して
ネガティブになってしまうという部分も正直あるのかなとは思ったりするんですけども。
でも、何て言うんだろうな、さっきすごく戻るんですけど、孤独だよって、孤独だなっていう話しましたけど、建築家の人結構迷いながら
孤独な人、僕多いと思うんですよね、正直、この同世代でも。で、やっぱり僕建築家の仕事ってかなり僕ギャンブルだなと思ってるんですけど、
だってね、どれぐらいの時期にどのぐらいの仕事が来るかなんてわからないし、それはどんな仕事だって、サービス業とかそういう系の仕事だってそうだろうって思うかもしれないけど、
一件の額が大きいからよりコントロール難しいんですよ。要は一つの案件の金額が少なければその分数を行わさないといけないから、
その数のある程度の推移みたいなのっていうのが穏やかにわかるというか、例えば飲食店だったらいきなり次の日から誰も来なくていいし、
1年間来ませんみたいなことっていうのはほぼないと思うんですよね。飲食店だったら多分だんだんだんだん減ってって人が徐々に来なくなるみたいなところで目安とか、
なんとなくこの推移がわかるから、そこでじゃあどう対応を取るかとかっていう判断もできるかもしれないんですけど、建築って一つの案件のものの金額が大きいから、
そこでその確約がないから、半年後に次の住宅の依頼が来るとかってもわからないし、で、大きいから読めないんですよね、より。
全然3ヶ月後も仕事全くないけど4ヶ月後に仕事が来るみたいなこともあるし、そういう予測ができなさみたいなところからしてもかなりキャンブルだなっていうふうに思ってて、
だからかなりそういう不安な部分を抱えてる人ってやっぱ全然別に同世代じゃなくても何ならいっぱいいるんじゃないかなと思うんですよね。
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だからこそ僕はなんか別にさっきから話してるみたいに強く結びつく必要ないけど、ある種情報交換とか積極的にそこまでする必要ないかもしれないけど、
なんかこう緩い繋がりがどこかである方がそこで心理的な安全性というのかな。
そこで何か困った時にもしかしたら何か意味があることを行動ができたりとか、悩みに応えたりとか、
それを何かその人にとって解決できることであったりとかするのかもしれないなっていうのを思っていて、
だから僕はなんかそういうコミュニティまでいかないんだけど、僕自身ね、あるコミュニティに入っているからこそ、
だけどそれが緩いすごいコミュニティで、コミュニティみたいなコミュニティに入っているからこそその居心地の良さをすごく感じているし、
孤独だなってさっき話したけど、そのコミュニティにいるからこそ僕は孤独だなって感じないようになってる部分があるので、
別にそのコミュニティにみんな他の建築家の人が入った方がいいよとかっていうわけではなくて、
なんかそういう場所みたいなのが緩い、そのコマでね、コミュニティぐらいのつながりのある場所をあったらいいんじゃないかなっていうのを思っていて、
そのためにやるってわけじゃないんだけど、僕の今の活動はね。
だけどそういうものにもつながったらいいなってことを思っています。
だからこそ、このゆれる建築家ってこういう状態の、
揺れているよってことを、僕自身が揺れてますってことをね、ちゃんと表明して発信していくっていうことが、
僕にとってはすごく素晴らしい、まあ勇気のいることかもしれないし、
ある種ドーンと言ってるというかかっこいいと思うんですけど、揺れてるんだよっていうのはある種、
人によってはこうネガティブな捉え方もできてしまう部分であるから、
でもだからこそそれをちゃんと、そういう状態なんです。
だけど進んでいるんですっていうことを表明するっていうことの素晴らしさを僕は感じて、
感動したって言ったらあれだけど、すごく素晴らしいなって思いました、こういった活動が。
なのでぜひね、すごい長い話になりましたけど、ゆれる建築家、
これネットもしかしてリンク貼れるかちょっと分からないんで、貼れてたら貼りますけど、
ぜひね、興味持った方は読んでいただければと思います。
たぶん、絶対答えはないし、それぞれの答えみたいなものがあると思うから、
それを追求していくっていうことを知った方がいいというか、
そうしないと多分生きれないからそうするべきだと思うんですけど、
一つの答えとしてのあり方として素晴らしいなと思うんで、
だから参考になるから、だから見た方がいいんじゃないかな、
というか読んだ方がいいんじゃないかなっていうことをね、思いましたし、
自分はじゃあ、この本を読んで相対化してどうあるべきかっていう考えるきっかけにもなると思うのでね、
ぜひそういった悩みを持っている同世代の建築家や建築学生、
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あるいは建築にね、さっき話したみたいに興味があって建築が好きだなって思う人もね、
すごく分かりやすい本なので、ぜひ手に取って読んでみていただけるといいんじゃないかなと。
別にね、関係者じゃないです、僕正直。
全然関係者じゃないんだけど、本当に良かったんで、
あんまりうまい、いい言葉では話せなかったかもしれないけど、
ぜひね、興味がある方は読んでみていただければなというふうに思っています。
今日もですね、ちょっと長い話になりましたが、最後まで聞いていただきありがとうございました。失礼します。
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