第34回 記憶と建築 あなたの記憶の痕跡も建築に残されている?
2026-05-22 21:16

第34回 記憶と建築 あなたの記憶の痕跡も建築に残されている?

今回はシュン発案のテーマ!建築は記憶を保存する装置となっているのではないか、という仮説から、記念館や祈念碑的な建築など、さらには芥川賞受賞の小説にまで、いろんな視点で雑談を繰り広げます!


●建築は記憶の保存装置!?

・記憶がかたちに残るもの

・芥川賞受賞の小説『時の家』で感じた建築の性質

・細かく壁や床に残された痕跡が記憶を呼び起こさせるトリガーになりえる

●都市の出来事をそのまま保存する建築

・戦災遺構を保存する意味

・震災の祈念館や祈念公園なども同じ

●記念館で辿る偉人の人生

・高知県にある牧野富太郎記念館でトッキーが感じたこと

・歩きながら、空間とともにその人の歴史を感じる

・美しい思い出としてその人の生涯が残る

・自分の記憶とリンクする?

●原爆ドームと広島ピースセンター

・広島ピースセンターのほうが記憶にリンクするのでは

・シークエンスや体験で歴史を感じさせることで記憶に残させる

・建築だからこそできる「記憶に作用する操作」

●建築そのものが記憶を保管する?

・意図的に記録しているわけではないもの

・実家の壁や柱に残る傷→当時の記憶に戻れる

・都市の記憶として意図的に残す場合と別で、自然と記憶の痕跡が残っている

●祖父母の家に残された身長を刻んだ柱

・刻まれた柱を見てほっこりするとっきー

・知らない人の記憶の一端に触れる

●都市に預けられている記憶の一部

・お店が無くなるとすぐ記憶から消えてしまう

・人間の記憶の一部が物質に預けられている?

・記念館の話も、出来事の記憶を留めるという建築の役割なのでは?

●記憶と記録の違い

・柱に残された身長の痕跡は「記録」っぽい

・体験によって呼び起こされるもののほうが「記憶」っぽい

・記憶と記録を完全に分けるの難しいよね

●どんな建築でも誰かにとって大事なものになってる可能性はある

・そこに誰かの記憶が残るときがある

・記録を見た結果、記憶になることもある

・都市の記憶を建築がフレーミングする

●そして家が欲しくなった。

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トーク・オン・キャノピー 〜羽休めの建築雑談
このチャンネルは、大学の同期で、それぞれ建築関係の仕事に携わるマキ、シュン、トッキーの3人が、毎回一つの日常のテーマと建築の設定をたぐりながら雑談をするトークバージョンです。
では今回、シュン、お願いします。
はい、今回はですね、記憶と建築というタイトルで行きたいと思います。
難しそう。
難しい。難しくはないんだけど、難しいか。
結構前からやりたかったテーマで、建築ってさ、変な話だけど、記憶の保存装置みたいな役割があると思ってて、
そういう性質?人間の脳の中にある記憶ってことではなく、物としてそこに存在する記憶の一端みたいな存在だなーみたいなのを元々思ってて、
卒業設計とかもそういうのを扱ってたんだけど、
この前、芥川賞を受賞した木の家っていう小説があって、それをちょっと読んだわけさ。
それって鳥山誠さんっていう一級建築士の資格を持ってる小説家の人で、建築も小説もみたいな感じなんだけど、
その人だからこそ書ける、建築の持つ記憶装置としての性質みたいなのがすごいありありと感じられて、
めっちゃいいってなったんで、今回のテーマを読みましたっていう話なんだけど。
ネタバレしない程度に紹介できたりするの?
ネタバレしない程度に紹介できるよ。
なんかね、これもう一つの家が舞台なの。
そこの家がもう廃墟になってはいるんだけど、その隣に住んでいた男の子。
ちっちゃい頃に住んでた男の子だった人、青年が一応ちょっと出てきて、
すっごいあらすじだけ話しちゃうと、青年がその廃墟になった家の中に入ってみて、
その家の中をスケッチしてみるっていうのをし始めると。
そうするとすっごい細かい、この家の中に残された痕跡みたいなものが、
スケッチするときとかって、スケッチというかデッサンに近いのかな。
書くことって見ることと近いじゃないですか。
2人とも絵描いたりすると思うからさ。
そうだね。
見ることによって書けるというか。
それですごくよく見てみると、なんか小さな傷があったりとか。
03:00
その小さな傷とかにすぐてエピソードが実はあってっていうのを、
その家を住み継いだ3人の相手の人たちの物語と一緒に振り返るストーリーみたいな。
おー。
その建築の描写とかがもう本当にすさまじく細かくて。
細かいというか繊細というか。
建築関係者であればすごいその情景浮かびやすいと思うし、
そうじゃない人が読んでも、
建築ってこんなに細かい部分まであるんだみたいなのがわかりやすい小説だなと思ってて。
それこそ我々がテーマに掲げている日常の解像度を上げるみたいなことが体験できる小説だと思ったんでめちゃめちゃおすすめです。
おもしろそう。
俺捨て橋に来た人みたいになってる。
落語と建築をちょっと今思い出した。
なんかその話も聞いて。
情景描写みたいなね。
そうそう情景描写みたいな。
なんかこう建築だからこそ保存しておける記憶みたいなこともあるのかなーみたいなのを思ってて。
すごい極端な例で言うと、
例えば広島の原爆ドームとか、
そういうものとかってその当時の起きた出来事みたいなのを保存しておいたとか。
はいはいはい。
あとは震災とかもあったけれども、
311の後にできた記念館っていうのかな。
記念の木の字は祈るの方なの。記念館。
そういう施設だったりとかみたいなものっていうのは、
なんかこう楔を打つようにその場所に物としてあることで、
誰かの一つの記憶と結びつくっていうよりも、
なんかこういろんな人の記憶と結びついたものが形として残るみたいなのは、
建築の役割としてあるんじゃないかなって個人的に思ってるんだよね。
なんかどうですかというか、
なんかこれ投げかけ方むずいな。
なんかすごい俺が考えてること語りになっちゃったけど、
なんかどう思うっていう。
うん。
なんかね、頭の中にはいろんなことが出てきてるんだけど、
ちょっと何をどう話すかっていうのを今考えてて。
ごちゃごちゃ状態。
記念館もそうだよね。
それは要は誰々の記念館みたいな。
はいはい。
ごんべんの方の記念の方だね。
そうそうそうそう。
そうそう。
あのー、要はとあるその有名な方とか、
あのー、まあ何て言うんだろう、まあ偉人とか、
06:00
なんかそういう方の記念する建物とかはいろいろあるのかなーみたいな。
そうだね、その人がいたという痕跡を残すみたいな。
そうそうそう。
痕跡というかね。
うん。
何だろう、あのー、
高知のマッキーの富太郎記念館、
ちょっと正式名称は今思い出せないんだけど、
他は植物学者だったんだよね、その方が。
で、その植物園とその方の記念館が同じ敷地の中にあって、
あー、内藤さんのやつだよね。
そうそう、内藤博さんのやつ。
はいはいはい。
すごい歩くんだよ、あの敷地の中いっぱい。
建築もそうだし、植物園もあるから。
うんうんうん。
すごいたくさん歩くんだけど、歩きながら、
その人の人生を追っていくじゃないけど、
それがすごく、なんかこう、なんていうんだろう、
なんか歩きながらその人の記憶をたどっていくものが、
建築としてどういう形であるべきかみたいなことは、
建築家としていろいろ考える要素の一つだよな、みたいな。
で、なんかやっぱり植物との関係性みたいなところを、
すごく建築としていろいろ解いてる建築だと思うから、
それもすごく面白い建築だなっていう。
なるほどね。
人生の歩みと重なってるのかな。
歩きながらその人の人生を振り返るみたいな。
そうそうそうそう。なんか、なんていうんだろう、
博物館とかも結局そういう感じだけどさ、
美術館とかもそうなのかもしれないけど、
いくらでもできたら白い箱にさ、
なんか銅線描いてさ、動くっていうこともできるわけじゃん。
でもなんかそうじゃなくて、やっぱりこう、
ちょっと山っぽいところに敷地があったりとかして、
山の中でどういうふうに建築を建てていくかとか、
記念館をどういうふうに配置していくかみたいなところも、
なんか難しいね、この話。
記憶。
でもなんかすごい美しい思い出として帰るんだよね。
見終わった後に、
なんかすごくその人の生涯を、
全部わかったわけではないけど、
美しい記憶を自分の中にインプットして帰るっていうことができる、
建築の一つではあるなって思う。
記憶装置じゃなくて自分の中の記憶だけどね。
リンクするのかなーって気がしてるんだよね。
自分の中にある記憶と、
それを誘発するといったらあれだけど、
そこと結びつく装置として建築っていうものはあるのかなみたいな。
さっき、
しゅんが広島の話に言わなかったと思ったんですけど、
09:02
記憶と建築のほうだと、
たんげさんの広島ピースセンターのほうが、
記憶に直結してるのかなと思っていて、
それはこう、
メモリアルとして何か被害があった場所を残すよりかは、
ピースセンターは中の展示を回っていった後に、
最後、広島の平和記念公園のところを見下ろせるところにバッと出るじゃない。
それまで展示がかなり暗室で照明落とされてたところから、
一気に開けた公園のところも見えて、
原爆の日に寄せてみたのと、
あるのがすごい記憶のものだと思っていて、
このシークエンスとか体験からもたらされる記憶のほうが、
建築として効作用する要素が多いのかなと思った。
さっきのトッキーの話とちょっと近いのかな。
体験として回っていくことで記憶に残るみたいなこと。
そうそう。
それはあると思う。
建築の醍醐味だよね。
建築だからこそできる操作だよね、そういうのって。
そういうちょっと特徴的なところもあると思うんだよな。
空間を作り上げることによって体験を作り上げて、
それがその人の記憶に深く残るみたいな。
ショーンが今一番最初に話したのは建築として、
建築そのものが記憶を保管してる、記録されてる。
記録されてるわけじゃない。
意図があって記録してるものもあれば、そうじゃないものもある。
そういう意味で言うと記憶の方が近いのかなみたいな。
なんていうの、なんだろう。
すごい、この時の家の話に寄せる、
例えばなんかの、自分の実家に入った時に、
自分の実家の壁とか柱とかに小さな傷があるみたいな。
その傷って自分がちっちゃい頃つけたあの傷なんだよなみたいな時に、
思った時にその当時の記憶のところまで戻れるというか。
セーブポイントみたいなゲームで言うと。
12:01
なるほどね。
みたいなところもあるのかなみたいなのと、
都市全体で言うときのスケールとちょっとまた違うと思うんだけど、
その中に入り込んでたときはそういうのがあるし、
さっき二人が話したみたいな操作として記憶を換気させたり、
記憶を作り上げたりみたいな。
作り上げるって言ったらちょっと怖いけど。
みたいな意味合いと、もっとすごいミクロな視点で見ると、
そういうちょっと細かい部分に、
物としてそれがあるっていうことの力みたいな。
はいはいはい。
物質としてあるっていう。
さっきのしゅんの話聞いて、
家欲しいなってめっちゃ思う。
なんかやっぱそこに、
私すごい引っ越し族で、
私自身の実家ってあんまり実家感ないっていうか、
祖父母の家がその代わりじゃないけど、
祖父母の家がずっと同じ場所にある家で、
何回も内装工事とかも入ったりとかしてるんだけど、
一本柱があって、家のど真ん中に。
それだけはずっと変わってないよ。
その柱にめっちゃいろいろ刻まれてるの。
想像できると思うんだけど、子供の身長とか。
誰のかも分かんない。
親戚も多かったから、
今の最新のやつとか、
本当に去年線引いたとかそういうのもあるし、
私のもあるし妹のもあるしみたいな。
そういうめっちゃ刻まれてるみたいな、
いろんな人の記憶が。
それ見るだけで知らないけど、
知らない人、知らないっていうか、
どれが何だかも分かんないけど、
それ見るだけでほっこりする。
それまさに時の家だね。
時の家だね、本当に。
本当にそういうストーリーなんだよね。
そういうことなんだよ。
それが物としてあるっていうことの大事さみたいな。
そこを少し拡大していくと、
例えば街の中で歩いてて、
近所とかね、
お店とかがなくなったときにさ、
結構すぐさ、
何だったっけってならない?
ここにあったら何だったっけって。
あれって形がもっと記憶が失われてるんだと思うんだよね。
そうだね。
人間の記憶って結構曖昧だから、
物がそこにあるとか空間がそこにあるみたいなことによって、
建築がそこに現れたときに喚起される記憶っていうのが、
ギリ繋ぎ止められてる状態のものが、
15:00
例えばその建築がそこからなくなったりったときに、
書き切られるんだと思うんだよね。
そうすると思い出すのが難しくなっていって、
最終的には記憶の中から抜けてしまうことだってあると思うんだよね。
あるね。
あんなに通ってたのに何で思い出せないんだろうっていうぐらい忘れちゃったりするよね。
うんうん。
それは建築が持ってる役割?
結構重要な役割だったりするのかなみたいな。
そういう意味で記念館みたいな話、最初のほうで言ったけど、
そういうのを担うべき建築の役割として、
何かの大きな出来事だったりするのをとどめようっていう、
礎として残すみたいなことが建築の持ってる役割なんだなーみたいなのを改めて、
小説とかを読みながら考えたりしていましたっていう話。
なるほど。
記憶と記録でちょっとニュアンスが異なる気もしていて、
意外とトーキーが言ってた柱に、
身長を上げた傷が残ってたりとかは、
記憶に思えるけど、建築の中にも記録としての建築と、記憶としての建築があるかなと。
さっきのメモリアルとかの話は、
記憶に近く、それを残しているからこそ構成されるものがある。
記憶に近いのは、それとはまた別で、体験をもって呼び起こしたり、
それは多分、何かの震災の意向になってたりとかには限らず、
美術館とか博物館とか、そういうシークエンスに。
でも分けるの結構むずくないかな。
記録と記憶って、完全に分けるのって難しくないですか?
っていうのが出てくる気がして、その話に入るなら。
スポーツ選手とかも言うじゃん。
記録よりも記憶に残る。
どっちとも言えるというか、すごい記録が出てから記憶に残るってこともあるし。
でも結構建築自体が、さっき日常の街の中の建物の話まで話を拡大したのは、
18:01
どんな建築にも誰かにとって大事になってるっていう可能性があって、
それによって呼び起こされる記憶みたいなのはあって、
そこに何かしら、傷だったりとか、ちょっと痕跡みたいなものが残る場合もなんかがあって、
その2つの意味で言うと結構記憶装置みたいなのが建築の役割かなみたいなところで、
なんとなく考えてて。
和木が言う記録として残すみたいなところもすごいわかる。
わかるけど、それを完全に分けることはできないんじゃないかなみたいな。
どっちも両方の側面が常にあるみたいな。
結局受け取りって側が記録してるわけじゃなくて、
記録を見た結果記憶に置き換わっていったりとか、
記録と一緒に空間体験とかそういうものをしていく中で、
記憶に残っていくみたいな話もあるし、
さっきの広島の記念館とかは原爆されたドームが出てくるみたいな。
人間の記憶に働きかける操作でもあり、
都市の記憶を建築としてフレーミングしてるみたい。
わかりやすく残してあげるみたいな感じだよね。
傷とかそういうのなくても多分、記憶ってでもあるよねきっとね。
記憶に残るものって多分。
そうそう、どっちもあると思う。
いろいろあるんだろうね。
だからいろんなスケールで見て、
建築って記憶と結びつくよなみたいな。
もうちょっとぼんやり。
なるほど。
そんな感じですかね。
ちょっと考え続けるテーマ系かもしれないまた。
そうだね。
でもなんとなく俺が気になったポイントみたいなのが、
2人に伝わった感じがしてよかったな。
すごい伝わるわ、その話は。
すごいわかる。
そして家が欲しくなった。
そして家が欲しくなった。
小説のタイトル。
いいじゃん、そして家が欲しくなった。
その締めいいね。
今日は羽休め大喜利なしでも締められそうじゃないですか、わきさん。
これはいけますね。
いけますね。
このまま終わります。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
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