チルネショーワ百合弥
さて、今日の話題ですが、ベトナムについてです。
3月下旬にベトナムを訪問した国際文化学科の市野平先生のお話から、東南アジアの国、ベトナムについて考えたいと思います。
市野平先生、どうぞよろしくお願いします。
一戸信哉
はい、よろしくお願いします。行ってきたのは3月なんですけど、ちょっとしばらく企画が続いていたので、企画に穴が天きそうになったらこれをやろうかなと思っていたんですけど、
3ヶ月くらい経っちゃったので、覚えている範囲でお話します。
江口愉空
番組のアーカイブを確認すると、ベトナムについては、2023年6月に国際文化学科の長坂康洋先生にお話を伺っています。
ボリューム191として公開されています。
今回は市野平先生にお話を伺いますが、どんな内容になるのでしょうか。
一戸信哉
ベトナムに行ってきたのは3月で、私も2回目かな、初めてではないんですけど、長坂先生のように、いつもベトナムに通っているという視点とはちょっと違いますけど、
いろんなところを見てきましたので、そのお話をしようと思っています。
やっぱりベトナムに行くと戦争の話がどうしても出てきますし、戦争の話もある一方で、戦争終わってから50年経ちますので、また現代のベトナムの変化みたいなのも、ちょっと今日本で見ているのとは違うところもお話できるかなと思います。
チルネショーワ百合弥
ベトナムは地図で見ると非常に細長く、南北1650kmあります。
北部の中心が首都ハノイ、南部の中心がホーチミン市、旧サイゴンです。
この2つの街は、北ベトナムと南ベトナム、それぞれの中心都市で2つの勢力の間でベトナム戦争が行われたわけですね。
一戸信哉
はい、これ説明するとすごく長くなるし、実は結構ベトナムの歴史もいろいろあるんだけど、多分あまり学校では習わないので、私もベトナムに行くようになって少し勉強したぐらいですので、あまり正確とは言えないんですけど、
ベトナム戦争という戦争があったのは皆さんご存知だと思いますが、
遡っていくと、もともとここはフランスが植民地にしていった19世紀ぐらいですよね。
長くフランスの影響下に置かれていて、最終的にはフランスの植民地になるんですが、その後日本が入ってくるわけですね。
フランスの統治も結構ひどかったという話をいろいろ見ましたが、同時にその後日本が入ってきて、日本が戦争が始まって、
フランスからベトナムを救うぞみたいな体で入ってくるんだけど、実はそんなことはなくて、実はベトナムを足掛かりにもっと南の東南アジアに攻めていこうとしていたわけですけど、
そういう歴史的な経緯をたどるんです。
でも日本は戦争に負けて引いていきますよね。
引いていった後でどうなるかっていうと、ベトナムは独立できたのか?
どうですか?
ベトナム独立できなかった。
一戸信哉
できそうなんですが、実はできないですね。
他の国でも同じ現象が起きるんですけど、元々の総主国というけど、元々影響下に置いていたフランスが戻ってくるんですよ。
なので日本時代からずっとベトナムの独立運動をしていた独立同盟という北側の勢力と南側から入ってきたフランスの勢力が戦争するということになっていくと。
フランスとベトナムは全然装備も違えば力も違うと見られていたんですが、これも長い10年近くに渡る戦いの末にフランスを追い出して、
ジュネーブ九戦協定が結ばれるのが1954年ですかね。
この時にベトナムは南と北に分かれるということになります。
これが朝鮮半島みたいな状態になるわけですね。
九戦状態で北のベトナム、南のベトナムで。
南のベトナムは、だからフランスは帰っていくんですけど、フランスの後に誰が来るか。
チルネショーワ百合弥
アメリカじゃないんですか。
一戸信哉
アメリカが来たんですか。
アメリカが絶対、北側の放置民は共産主義勢力なので、彼らをどんどん南へ攻め込ませるわけにはいかないので、
アメリカが今度は代わりに入ってきて、代わりに連れてきた人を大統領にして、ほぼ傀儡の状態で南ベトナムというのをやるわけですよね。
そしてこの南側と北側の間でまた戦争が始まって、ここから75年最後が最期を陥落するまで、また長い間戦いが続いていくということですよね。
だからずっと戦って75年まで戦争の時代が続いていたと。
江口愉空
ずっと戦争。
一戸信哉
そうですよね。その間に枯葉剤がまかれていろんな被害が出たり、当然村ごと焼かれた人とか、本当に悲惨なものがたくさん展示されていましたけど、
そういういろんな苦難の末に社会主義国としてのベトナムというのが出来上がっている。
そういう場所です。
なるほど。
江口愉空
南の方、自民党、サイゴンと北のハイのだいぶ違いがあるのでしょうか。
ハノイね。北のハノイ。
一戸信哉
ハノイ。
だから南側はアメリカの影響下にあり、その前はフランスか。
なのでフランスの影響は全体的にあったんだと思いますけど、
南側と北側、支配している人たちが違ったということもあるし、もともとの違いもあるんだと思うんですけど、
気質も違うとか、すごくベトナムの人はそういうふうなことを言いますよね。
よく言うのはハノイが東京で、ホーチミン、サイゴンが大阪だと。
日本人から言っても分からないですけど、分からないけど南の方がノリがいいみたいな、
そういうことを言いたいのかなと思いますけど、実際のところはよく分からないです。
どっちも都会なので。
ホーチミンの方がちょっとフレンドリー?
そうですね、フレンドリー。
チルネショーワ百合弥
ノリがいいので、パリピみたいなのがいっぱいいるので、
一戸信哉
そういうイメージだと思いますよ。
ハノイの方がもう少し社会主義の勢いがあると。
いや、騒いでますけどね。
パリピの方がフレンドリー。
バイクがバーンって騒いだり、夜騒がしかったり、みたいなのはそんなに変わらないと私は感じます。
人々が言うにはサイゴン、ホーチミンの方が大阪のようなノリだと。
大阪のようなノリ。
それは分からないけどね。
でもホーチミンの方が人口が多いんじゃない?
チルネショーワ百合弥
人口もちょっとホーチミンの方が多いみたいで、ガイドブックとかも
一戸信哉
人口もちょっとほうちみんの方が多いみたいで、ガイドブックとかも今日持ってきましたけど、見ると前の方ほうちみんなんですよね。
チルネショーワ百合弥
ほうちみんが?
一戸信哉
普通に日本の方だったら東京、大阪の順番。どうじゃないんですよ。ほうちみんから入るっていう、そうなんだっていう感じですね。
チルネショーワ百合弥
なるほどね。
一戸信哉
そういう違いがあります。
今回はハノイとほうちみんのどちらに行かれたのでしょうか?
はい。今回はハノイ、ほうちみん両方行って、ほうちみんの方がちょっと長かったかな。
細長いベトナムの中では、ハノイとほうちみんの間にダナンとか、ダナンっていうのがビーチリゾートで、日本で言うと沖縄みたいなイメージでしょうかね。
その隣笛ホイヤンとか、この辺は京都?みたいな感じ。
そういうのが中部にあるんですよ。そういうきれいなところも。
でもそこ全部行くのはちょっと大変かなと思って、今回は南の端と北の端で、ほうちみんとハノイに行ってきました。
途中、LCC、LCCっていうのが安い格安航天会社っていうのが何本も飛んでいて、ハノイとほうちみんの間はボンボン飛んでるので、それに乗れば割と安く移動はできる。
江口愉空
だって北南ってね、だいぶ距離があるね。
一戸信哉
だいぶ距離はあるけど、ボンボン飛行機が飛んでるので。
結構遅れるとか言われて脅されましたけど。
チルネショーワ百合弥
あるあるなんだ、遅れるのは。
一戸信哉
なんかね、普通に一番安いチケットは自由席。
江口愉空
自由席。
一戸信哉
だから自分の席を指定されない、天いてるところに座ってください。
江口愉空
飛行機でそういうのあるんですよね。
新幹線で。
一戸信哉
一番安いやつ。でも私はちょっと座席してきましたけど。
チルネショーワ百合弥
敬和キャンパスレポ。
お届けした曲はピオナフォン、プロード・オフ・ユーでした。
今日の敬和キャンパスレポは、3月下旬にベトナムを訪問した国際文化学科の市野平先生のお話から、東南アジアの国、ベトナムについてお話したいと思います。
後半もどうぞよろしくお願いします。
一戸信哉
よろしくお願いします。
チルネショーワ百合弥
ほうちみんではベトナム戦争の記念館などにも行かれたんですよね。
一戸信哉
まあでも戦争はね、やっぱりね、見てると戦争の話ばっかり見てると辛いので、いろんなとこ行きましたけど、
あと市場がすごい大きな市場があって、そこが多分昔から多分100年ぐらいやってるような市場で、そこがあって、何でも売ってるんですけど、ベンタイン市場っていうのがあるんですけど、そことか、あと教会がいくつかあって、これは皆さん的に言うとインスタ映えですよね。
教会、すごい綺麗な教会が大勢いくつかあって、今回行ったのはピンクの丹林教会って言って、ここで写真を撮る。ここで見つけたのがコンカフェって言うんですね。日本のコンカフェとは違うんですけど、コンカフェっていうのは、日本はコンセプトカフェだから。
コンカフェの意味はわかんないですけど、固有名詞です。チェーンの名前がコンカフェって言って、昔の建物の中に作られたココナッツコーヒーで、すごい人気があります。食べ物もちょっと違いましたよね。食べ物もやっぱ南部なので、フォーではないものもあるんですけど、フォーじゃない料理も結構あって、これは南の文化ですっていう。
ガイドブックとか見ると出てるので、それも面白いんじゃないかなと思いますね。
麺は米の麺ではあるんですけど、フーティーユと言って、スープの味付けも少し甘めだったから違いもありますし、具も豚のレバーとかいろいろ入ってて、具の感じも違いました。
チルネショーワ百合弥
食べたの先生?
一戸信哉
食べました。
チルネショーワ百合弥
フーティーユ?何にした?レバー?
一戸信哉
レバー入ってたと思います。いろいろ入ってるやつみたいなのを食べました。
美味しかったですか?
美味しかったですよ。日本人が好むものはフォーかもなーって気がします。
江口愉空
癖が強いんですか?
一戸信哉
でもどっちもパクチン入ってるから。パクチンが嫌いな人は同じですよね。
江口愉空
その後、ハノイに移動したわけですが、その時の飛行機がベトジェット、LCCとのことでした。こちらの乗り心地はどうでしたか?
一戸信哉
乗り心地については、日本まで乗るのは辛いかな、どうだろう。ひょっとしたら日本にも飛んでるかもしれない。
チルネショーワ百合弥
え、ベトジェット日本?
一戸信哉
調べたことないけど、日本まで飛んでるのかなとは思いましたけど、国内線メインですよね。いろんなところに行けるんで、まあいいですよね。学生の時だったら。
安いアドリントマンで、LCCであっち行ったりこっち行ったりしたら楽しいかなと思いますけどね。
少ない予算で。
チルネショーワ百合弥
ハノイは首都なので、こちらも大都会だったと思いますが、やはり違いは感じましたか?
一戸信哉
少しポーチミーに比べると落ち着いているような気がしたんですが、ひょっとすると私が泊まっているところがそういうエリアだっただけかもしれない。
後で夜の街をちょっと見に行ったら、同じようにガヤガヤガヤみたいなところがあったんで、あんまり変わらないかもしれないですけど、ちょっと雰囲気が違ったのかなっていうことですかね。
あとハノイの私たち観光客が泊まるようなところは、だいたい真ん中に湖があるんで、結構湖の周りをみんな歩いてたり、湖の周りに繁華街ができてたりっていう、そういうのもちょっと違いかなっていう気はしますね。
チルネショーワ百合弥
湖は何ですか?
一戸信哉
保安経営向こう。
保安経営向こうだけじゃない。何個もあるんだけど、私が泊まってたあたりは保安経営向こうってあって、
結構観光客もいるし、街の人たちが歩いてたり走ってたり、皇居の周りみたいな感じですね。そういう雰囲気ですね。
なるほどね。
そういう場所でした。
ハノイの中は、実は1日だけハローマンというところに行ったんで、それで1日潰れて短くなっちゃったんですけど、ハローマンは海の渓林とか言うんですよ。
海の渓林。
チルネショーワ百合弥
そう、軽小地ですね。船でずっと行くといろんな島々の、いろんな形になった基段が見えて、っていうようなところで人気があるんですけど、行くと1日かかったね。
一戸信哉
そこだけでも満足できる?
それは好みですね。
なるほどね。
行く方は多いんですけど、帰ってきて、帰りに下ろしていただいたのがトレインストリートって言って、知ってますか?
知らん知らん。
なんていうの?線路沿いにカフェがあって、みんなそこで椅子出してお茶飲んでるんだけど、そこを電車が通っていくみたいな。
チルネショーワ百合弥
見たことある。見たことある。
一戸信哉
危ないよねっていうやつ。
確かに。
実際危なくて、閉鎖されましたとか、いろんなニュースが飛び交ってたんですけど、私はハローマンの後で連れて行っていただいたんで、見てくることはできましたけど、鉄道が来るタイミングではなかった。
江口愉空
すれすれに通る。
一戸信哉
みんな鉄道の上で写真撮ってみたいな。