みなさんこんにちは。ジャムセッションズのけいたです。
しょうです。
しょうです。
共に奏でるラジオ、この番組は、株式会社ジャムセッションズが即興演奏から生まれる予想をテーマに、チームメンバーや様々なゲストと共に対話を繰り広げる、そんな番組です。
はい、こんばんは。
こんばんは。
こんばんは。
こんばんは。
年末ですね。世間はすっかりクリスマスモードになっております。
今日クリスマスイブですからね、撮ってるのはね。
クリスマス撮ってるのはね、そうです。
あっという間に年末ですわ。
早い、早いわ。
早い、早い。
早いですね。ちゃんと1日1日をね、ちゃんとしっかりと生きないとという感じです。
毎年言ってる気がしますけど。
今日の放送は、前回のミャンマー放浪期、しょうちゃんのミャンマー放浪期の続きですね。
これ全何回シリーズになるかも全然わからないですけれども。
今、1本目が撮り終わりまして、放送してるんですけれども。
聞いてない人もいるかもしれないので、簡単に振り返ると、
10年ぶりでしたっけね、10年ぶりぐらいに滞在してたこのミャンマーを再び訪れたということで、
現地の正常不安とかその通信手段がちょっと限られる中、なんとかヤンゴンに到着をして、
地震の先生だったっけ、なんか偶然地震の先生から連絡があって案内してもらったり、
あと博物館に行ったりみたいなところでまでは順調なエピソードとしていろいろ話を聞いてたんですけれども、
この前回のラストがなかなかのインパクトがある終わり方で、そこから何ですかね、どこに向かうバスだっけ。
ニャウンシェっていう観光地みたいなところがあるんですけど、ヤンゴンからそこに向かう長距離バス。
ヤンゴンからそこに向かう長距離バスか、途中渋滞でしたっけ、渋滞か何かに捕まって、長距離バスに乗り遅れてしまったと。
そこで諦めるのかと思いきや、タクシーでバスを1時間ぐらい追いかけて、バスに追いついて乗り込むというアクション映画みたいな展開でした、やったと思いますけれども。
そこで前半というか前回の話が終わったという感じだったと。そんな感じでしたっけ。
そうですね。
その続きということで、なんとかバスの座席を確保したしょうちゃんが、ここからまたどんなディープな旅に行くのかというところから続きいきたいなと思います。
僕とあつきさんとでいろいろ聞いてみましょう。
ちなみに前回、あんまり前知識なく話を聞き始めて、いろいろ疑問に思ったこととかもあるだろうし、多分補足しないと聞いてる人もよくわからないというところもあるかもしれないんで。
本編、話し始める前に前回聞いてみてどうだったのかとか、質問、なんかここようわからへんかったんやけどとか、もっとミャンマーのここのこと知りたいんやけどっていうことがもしあったら、そういうところからスタートしてもいいかなと思うんだけど。
何かあるかな。あつきさん何かありますか。
僕はすごくスッと入っては聞いてたんですけど、ミャンマーってどんな国でしたっけ。
どんな国。なかなか難しいね。あつきさんはマレーシアにいたことがあると思うので、マレーシアとの比較で言うと、宗教は仏教がメインですね。
あとはなんだろうな。面積とかで言うと日本の1.8倍ぐらい。人口は多分8000万いないぐらいかな。6000万から8000万の間ぐらいだと思う。
あとなんだろうな。ミャンマーってミャンマー共和国連邦なんですよ。大体連邦ってつく国って、アメリカもそうなんですけど、いわば州、日本って都道府県じゃないですか。
連邦共和国なんで、連邦ってつく国って大体民族がめちゃくちゃたくさんいて、1つの民族で構成されてないことが多くて。ミャンマーも135の民族がいるって言われていると。
6割ぐらいはビルマ族って言われる民族なんですけど、残りの4割はそれ以外の民族で構成されてるんで、多民族国家っていうのかな。みたいなところが特徴としてあるのかもしれないですね。
すごい意外でしたね。言われてああそうなんやって思ったのがあったのと、あと直行便ってあるんでしたっけ日本からの。
今はないですね。多分クーデターのコロナの前はあったと思う。アナとかジャルとかあったと思うけど、今はないですね。
僕も万国経由に行きましたし。
まさに万国経由か。そうでしたね。
はい、そうなんですよ。
なるほど。
平田さんは何かありますか。
僕もそんな疑問に何かあるっていうのは今パッと思いつく感じではないんですけど、
もう仏教の人しかいないっていう感じで。
いやそんなことはないですね。
そうなんや。いろんな宗教が混ざり合ってたりするの。
ロヒンギャっていう言葉は日本でもニュースに出てくると思うんですけど、ロヒンギャっていうのはバングラディッシュとの境くらいに住んでるイスラム教徒なんですけど、
ミャンマーの人たちから、仏教徒から迫害されてるんで、それが民族問題になってたりとかして、
その人たちが難民になって、例えばマレーシアに冒頭で行くとかね。
なんかそういうのとかは日本でもニュースになってますけど。
なので、他民族国家だからこそ起こる民族問題もあるし、
今のクーデターも民族問題があるからこそ複雑になってるみたいなところはあるみたいですね。
なるほど。
その都市の発達具合とか、その辺はどうなんですか。
農業中心とか、ある程度首都圏は発展してるとかそういうので言うと。
ヤンゴンは都会ですね。
ヤンゴンは都会。首都ってことだよね。
そう。
普通にショッピングモールとかで、
例えば、普通に欧米にあるブランドのお店とか普通に入ってたりとかしますし、
普通に日本食も食べれるし。
あ、そうなんや。
僕は直接見なかったけど、入ったショッピングモールの上層階にあるレストランコーナーには一風堂がある。
へー。
そうなんや。
普通ですよ。
ミャンマーのヤンゴンに行ったら、そんなに日本と変わらない生活ができるかなって感じですかね。
清浄不断のイメージが結構強いから、あんまり栄えてないのかなっていう勝手なイメージを持ってたけど。
あと日本企業とかそんなに入ってないのかなっていう印象もあったけど。
入ってるんやね。
クーデターの前は結構入ってて。
例えば、キリンビールが現地のビール会社と合弁会社を作って、
現地でキリンビールを販売してたりとかはしてたけど、クーデターで引き上げたとかあって、
あんまり今大っ平にやってる企業はイオンぐらいかな。イオングループぐらいかな。
イオン系列のスーパーありましたね。
それ以外はあんまり日本の。
あとスマホのシムカード買ったけど、シムカードのキャリアがいくつかあるけど、
その中の一つで僕が買ったやつは、KDDIが技術で提供してるのかみたいな感じで、
一番クオリティが安定してるんだって、KDDIが入ってるからって言ってた。
それぐらいかな。あんまりクーデター以降は…って感じですかね。
へー。なるほど。
またちょっとわからんことが出たら、ずどずど聞いてみたりという感じでいきましょうか。
じゃあ、バスに無事乗れて…。
もともとこの行きのバスのチケットは日本にいるときにネットで買ったんですけど、
多分他にもバス会社めちゃくちゃたくさんあって、
ニアウンシェとかそっちホームに行くバスは、
日本から買える、ネットで買えるのがそこだから僕はそこで買ったんですけど、
それ以外にも普通に現地に行けば、いろんなバス会社があって、
そこのバス会社のチケット買えるっていう感じで、
もともとバスで12時間ぐらいって書いてあったんですね。
夕方の5時半出発なんで、12時間だから次の日の朝5時半ぐらいに現地に着くと。
前回10年前は行ったときも大体12時間ぐらいかかったなって感じだったんで、
次の日の朝方に着くかなって思ってたんですけど、
結局14時間か15時間ぐらいかかって、
現地に着いたのは8時とかそれぐらいでしたね。
途中、普通の日本の長距離バスと一緒で、
トイレ休憩あったりとか、5時半スタートとかだから、
夜ご飯食べる時間、30分とか40分とかだったけど、
何時出発だからって言って、
いわゆるレストランとトイレがある街というか、
そういうところでご飯を食べてまた乗って行くみたいな感じでしたね。
前と違ったのは途中、見聞みたいなのが何回かあって、
行きはパスポート見せろって言われなかったけど、
他のミャンマーの現地の人は、
いわゆるマイナーバーカードみたいなやつ、日本で言うと、
IDを回収されて、変なやつおらんかって言って、
チェックされているのが1回か2回ぐらいあったと、
後から聞いたら、今、会限例みたいなのが出てて、
11時以降は外出禁止とかなのかな。
それだからかわからないけど、途中で完全に止まって、
3時間か4時間ぐらい止まっている時間帯があったんで、
それが12時間じゃなくて15時間になった原因なのかもしれないなとか思ってるんですけど、
そういうちょっとした変化もありつつ、
結構15時間ぐらいはバスに乗ってたっていう感じですかね。
それ以外は特に変わったこともなく、
長距離バスも、一応VIPバスっていうやつを予約して、
VIPって何かっていうと、通常横に4列、4席あるバス、
日本で言うと2,2になって真ん中廊下みたいなのがあると思うんだけど、通路か。
そうじゃなくて1プラス2みたいな座席になっているやつ。
だからちょっと座席が広いっていうのとか、
あと軽食とか水とかおしぼりとかそういうのをつけてくれたりとか、
そういう運転手以外にお世話してくれる人がついているみたいな、
そういったバスだったんで、
それほど苦痛っていう感じでもなくついたって感じですかね。
ニャーウンシェっていう町についたんですけど、
その町は観光地として有名で、
もともと僕が10年前にいたときは、1つの拠点の1つの村しかなかったんだけど、
クーデターを着て、結構そこが紛争地帯に近かったりとかしたこともあって、
そこに一箇所に子ども、その当時も子ども800人ぐらいと、
あと僧侶、お坊さんとかかな、結構な単位でいたので、
それなんか分散させることにしたらしくて、今は6拠点ぐらいあると。
6拠点に分散して子どもたち住まして、教育してるってことで、
そのうちの、全部はいけなかったけど、そのうちの1、2、3、4つ、
最終目的地含めて4つの村を車とかで回りながら、最終目的地まで行くみたいなのが、
長距離バスで朝到着してから、その日が車で乗って点々とするっていうのがスタートしたって感じですね。
初めの方は本当に八雲市の街の外れぐらいにあるところだったので、すぐ着いたんですけど、
そこも100人ぐらい生徒がいて、授業中だったから全員には会えてないけど、
そのうちの日本語、特に喋れそうな4人ぐらいの生徒とちょっとおしゃべりをしつつ、
とにかく日本人と触れ合う機会がないから、
日本人とフリーコミュニケーション、フリートークをして、日本語を使う練習をしてやってくれみたいな、そんな感じで。
なので、とにかく僕はいろんな村に行って、生徒たちと喋るっていうのがほぼその日のミッションというか、やったことっていう感じですかね。
面白いですね。どんなぐらい会話できるものなんですか?
勉強し始めた時期とか、あと個人差とかもあるんですけど、
一番喋れる子は日本語検定であるじゃないですか。
よく外国人が日本で就労するために取る日本語の資格。
N2っていう、2級っていう感じなのかな。ここからスタートしてN1まであると思うんですけど、
N2の試験を受かったっていう子は何人かいましたね。
現地でも受けられると、ミャンマーでも受けられて、ヤンゴンっていう州とか、
あとマンダレっていう第2の町みたいなとこがあるんですけど、そこに行けば日本語検定受けられると。
だからその試験を受けに行ったこともするらしいんですけど、
N2のレベルで喋れる子たちなので、日常生活はそんなに苦ではない。
多分日本語の文章もある程度読めるはず。
だからそんなに、もちろん英語を交えたりとか、ちょっと簡単な日本語で伝えてたりとか、
そんな難しい質問とかはしなかったけど、それぐらいで基本的には日本語で会話ができる子たちが、
一番レベルの高い子たちはそうですね。
すごいですね。ミャンマーにいながらN2が来れるぐらい勉強をする。
実際、例えばヤンゴン、首都のヤンゴンにも日本語学校たくさんあって、
お金さえ払えば別にそこに行けば日本語は学べるんですけど、
僕のヤンゴンに住んでる友人が言ってたのは、
勉強する環境が何でも揃っているヤンゴンよりも、
何もなくお寺で毎朝5時とかに起きて、お寺の作業をお掃除したりとか料理作ったりとか、
お祈りしたりとか、お坊さんの説法を聞いたりとか、
そういう規則正しい生活をしながら勉強する方が、
遥かに身につくスピードだったりとかも違うし、
毎日お坊さんの得の高いお坊さんからの説法を聞いているから、
やっぱり人格もしっかりしているから、
日本語能力以外のスキルというか能力も高く、
都会出身だけど田舎の村に留学みたいな感じで行く人もいるって言ってたんですね。
日本でもあるじゃないですか、教育を都会じゃなくて田舎の宿舎に入ってやるみたいなのがあると。
そういう感じみたいで、かなりちゃんと勉強してる。
ただやっぱりコロナの前は日本に留学したことがある先生が村に長期滞在してたりとか、
ちゃんとしてたけど、今はそういう先生もいないから、
いわゆる誰かから教わるとか、
あとは昔みたいにボランティアが来て、僕みたいにボランティアが来て、
日本語を教えるみたいなそういう環境ではないから、
N2のレベルで喋れても日本人と喋るの2回目ですとか、
初めて喋りますみたいな人とか結構いたんで、
そういう意味で言うと、もともとは友人は日本語教育のプログラムを改善したいから来てくれって言ってたけど、