今日は、亀田島再生の物語。受け継がれる伝統織物という映像作品を取り上げます。
ゲストには、映像を制作してくれた国際文化学科4年の遠藤敦さんと、コメンテーターの一戸信哉先生においでいただきました。
どうぞよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
こちらの作品は、今年度の新潟デジコングランプリの新潟市お宝部門で、グランプリ新潟市長賞に選ばれています。
おめでとうございます。
ありがとうございます。
優秀賞には、敬和キャンパスレポの元MCで、卒業生の宮路遥さんの作品、中野小屋の塔の奇跡が選ばれています。
こちらの作品については、この番組のボリューム286、2025年3月28日で、宮路さんにインタビューしています。
その後、宮路さんは、中野小屋の公民館じゃないな、そういうところで知育の人、相手に上映会をやって、地元の関係者にすごい喜ばれた。
へー、すごい。
敬和キャンパスレポ。
というわけで、ここで改めて遠藤敦さんのプロフィールをご紹介します。
遠藤さんは、湖南区のご出身で、通信生高校をご卒業の後、敬和学園大学の国際文化学科に進学されて、現在4年生です。
2年生から一戸ゼミに参加し、この番組では広報担当、映像制作では新潟県の名水の制作に取り組んでいただきました。
今回は地元亀田の象徴である亀田島の映像化に取り組まれました。
はい、ご紹介にあずかりました一戸ゼミ4年の遠藤敦です。
補足として、私、当番組のXやインスタ、YouTubeなど、SNSに関連するアイコンの制作者です。
わーお。
いつもありがとうございます。
敬和キャンパスレポ。
名水はどうだったんですか?名水は2年前?
名水も2年前ですね。
えっと、どこやったんですか?
南大沼。
南大沼まで行って作品撮ってきて、去年は午前に、私も撮影協力で行きまして。
南大沼の名水の関係者の方も、その後上映会に来てくれて。
そうですよね。
一緒に見ましたね。
じゃあ、まずこの作品を撮ることになった、作ることになったきっかけを教えてください。
この一戸ゼミで元々映像制作をしてて、映像を作るときに何のテーマがいいかなというので、
一戸先生にご相談したんですけども、その際に一戸先生が地元をテーマにした方がいいんじゃないかっていうところで、
私、地元の亀田の亀田島や亀田号っていう土地なんですけども、
土地方面で攻めたらいいんじゃないかっていうのが最初のきっかけですね。
そうですね。亀田と言ったら亀田イオンぐらいですね。
もう今、現代の亀田っていうのの中に、今回あげた亀田島みたいなのはないですよね。
若者のイメージ。
でもたまたま遠藤さん出身の小学校に行ったら、私一人そこに行く機会があってですね、
校長先生と喋ってたら、こういうものがあると。亀田島っていうのがあって、
それはもう地元のものとしてすごい子供たちに毎年教えてるんだって、
すごい校長先生が語ってくださって、じゃあそれいいんじゃないっていう話があって、
それで帰ってきて、遠藤さんにどうですかって。そこからです。
はい、その通りでございます。
亀田島は知育の名前とかではなくて。
亀田島っていうのは簡単に言うと亀田の伝統の織物なんですけども、
よくこの亀田島という字をよく使われています。
亀田島っていうのは簡単に言うと亀田の伝統の織物なんですけども、
よくこの亀田島という字を読めない。
読めなかったです。
なんて読むの。糸編に高いとかけて島。
島々の島ですね。
島々の島か。
でもこれは亀田島で読む。
サロガ島とかじゃなくて亀田島です。
覚えました。柄の島ということですね。
もともと亀田島知ってました?
そうですね。私は小学3年生の総合的な学習の時間に、
今回の映像にも映っている青山さんという亀田島応援隊の方が来られて、
座学的な感じで学ばせていただいたんですけども、
その時は亀田島っていうものがあるんだくらいにしか思っていなくて、
今回そういった一ノ井先生からの紹介ということもあって、
青山さんとつながれて今もその縁があるという形ですね。
回収した感じですね。
そうですね。
小学校の時は一応話聞いて、わーって言って終わりだったんでしょ?
そういうことですね。
再会したってことですか?
運命の再会ですね。
でも二人とも覚えてないんだよね。
二人が会ってることは覚えてない。
いっぱいいた小学生の人だから覚えてないんですけど、
後に会うということですね。
何でしたっけ?何で始まったんですか?亀田島。
何で始まったの?
始まり。江戸時代でしょ?
そうですね。亀田島ができたのは約300年前って言われてて、
もともと農業で使われていた亀田島です。
亀田は本当に水はけが悪くて、なかなか水に浸かると水分を吸収してしまうというか、
そういった生地が多い中で、この亀田島というのは藍染というものを使っていまして、
藍染。
この藍染が、
あれですよね、田業に適してるんですよね。
そうですね。
虫がつかない。
虫がつかなくて、結構そういう農業にも使いやすいといった生地で、当時。
坂爪さんとか亀田号の田んぼの様子とか見たことありますか?
見たことありますかってもうないんですけど、
昔みんな沼みたいなところに腰まで入って田んぼやるっていうのが、
そういう姿を見たことあるかと。
という写真は結構有名な。社会科に多分出てくる。今回使ったよね。
そうですね。今回の映像にも。
船みたいなのを小舟みたいなのに乗るんだけど、そこでは作業できないから、
小舟みたいなものを運びながら自分自身は沼の中に入って田んぼやるみたいな。
そうですそうです。
田んぼって一応お米育てる認識で大丈夫ですか?
そうですそうです。
それが沼みたいなところでやるんですよ。
そんな腰まで使ってて、犬は丈夫に育つんだって。
だから多分あんまり良いものはできなかった。
でもちょっと水、あれですよね。雨降ったら水没しちゃうみたいな。
それは大変なこと。
面白い。
そういう状態でみんな田んぼやった。
それに使われてたってことですか?
だから昼とかいるわけでしょ。
沼の中、腰まで入ってたら昼に。
噛まれたりとか。
血吸われたりとか。
そういう作業環境も非常に悪い状態でやっていて、その作業に適してる。
そうですね。その作業に適してて、当時農家が副業として、
この神田島を作ってたっていう感じですかね。
多分青山さんの話では、自分のところで作業するのに適したものを作った結果、
そういうものができて、それは他のところでも売れたと。
要するに神田はそういう意味では象徴なんですけど、
それ以外の場所でも新潟県の沼っていうか、湿地帯がいっぱいあるんですよね。
湿地帯で田んぼ作ってるから、そういうところはみんな同じような状況だったんでしょう。
だから神田で作ったものを他の知育でも作業機として使うということはあったと。
そうです。
何かそれが売れたって言ってなかったですかね。
そうです。
それが売れて、冬の副収入になったと言われてます。
かなり儲かった。
そうですね。
青山さんはおっしゃっておりました。
おっしゃっておりました。
じゃあ、現にある織物についての活動というのは、どのようなことが行われているのでしょうか。
そうですね。
これは青山さんが行っている神田島応援隊の活動だと思うのですが、
私が知っている限りだと、地元の小学校に行って、
神田島を広める活動として、
最近私も映像の中で取材に行っているのですが、
綿食い体験と言って、
綿食い体験。
はい。
神田島ってもともと綿でできているのですが、
その綿の中に種が入っていて、その綿と種を仕分ける作業。
それ、今機械でやれるんでしょう。
だけど、昔の機械で体験するってことですか。
はい。そういう体験を小学校でやっていたりしますね。
それ、遠藤さんはやったんですか。
私も。
小学校の時はやったんですか。
私が小学校の時は、その体験がなく、本当に大学のみでしたので、
いやー、やりたかったなーって思って、
なるほど。
で、やったんでしょうね。小学校で今回やったんですか。
あ、そうですね。今回、小学校に取材しに行ったときに、私も一緒にやらせていただきました。
結構、種いっぱい入っているんですか。
もう、種が本当にいっぱい入っていて。
へー。
想像できない。
綿栗木に噛ませると、こんなに種が落ちてくるんだ、って。
へー。
そういうのもありましたね。
ね 綿栗木に噛ませるとこんなに種落ちてくるんだ
フルーツみたいな フルーツ まあでもそのイメージじゃないかなって
綿ってモフモフしてるじゃないか 丸い球体じゃないけどなんかこうモフって塊であってそれをこう
どう めくるんですか
それをですねあのベルトコンベアと言いますか ベルトコンベアの丸い回るやつが二重に重なっててその中で回転
それをその2つを回転させてそこに噛ませていくと 種が折って綿がすり抜けるみたいな
そうですね喋りだと説明が難しいんですけども そんなイメージですか
敬和キャンパスレポ あの亀田島は一度 衰退してと言いますかあの戦争がきっかけであの一度亀田島っていうのは
消滅しているんですけども また2005年に復活をしたんですね
なんでなくなったの そうですねその大山さんがおっしゃっていたのはまあ戦争であのいろいろな鉄製品が
供出される国に持っていかれると言いますか その影響で亀田島を折っていた
折り木も全部国に供出したため亀田島が折れなくなった ということでまあ一度消滅したと言われています
その前に化学繊維みたいなのが出てきてすごい手間かかるわけですよこういうのは そういうのじゃなくてもあのなんだ
ナイロンとかナイロンとかでもう代用できるっていう風になってだんだんあまりそういう ものは売れなくなっちゃって
で衰退してたところに最後の多分 金属強質 金属のものはみんな戦争に出すというところになって
使われなくなってしまった 一回消えた 一回そうですね消滅と
言われておりますね 生産しなくなったっていう意味ですか そうですね生産終了 作られなくなってそれをまた作るようになったのか
そうですねそれをまた またそうです2005年にまだ残ってた 機械が残ってた 機械が残ってた でも消えたんじゃないですか
消えたけどそうやって復活したんですね 奇跡的に残ってたのかな 今やってらっしゃるところはあるんですけどね そうですね
敬和キャンパスレポ お届けした曲は乃木坂46きっかけでした