あ、そんなに一緒に入ったんだ。
いや、私の同期というよりかは原口さんの同期じゃないですか。
あ、そうか。
そう、私がインターンの時にはもうその、同世代の人いたので。
あ、そうかそうか。
そう、言うなれば原口さんの同期がもうごそっと辞めてるっていう感じですね。
今や一人になってしまいました。
僕が多分2017年から入ったのが、2017年から2016年に入ったけども、
僕の目の前を凄まじい数の若い子が通り過ぎていきましたね。
あ、じゃあちょうど、そっか、いっぱい通り過ぎた時に入られたんですかね。
通り過ぎたっていうか、本当にこんなに入れ替わるんだぐらいでしたね。
だからやっぱり難しい時代だったことはあったし、もう一つは、
エグチカン筆頭に今のディレクター陣がいるじゃないですか。
イクシマーより前のところまでね。
っていうところで言うと、やっぱりそれなりのプライドがあるし、
それからもう一つはいつまでも現場に立つぞって覚悟もあるし、
負けるもんかっていうのもあるじゃないですか。
そういう人が若いアシスタントを見るときに、
まだまだやねっていう風になるわけよ。
まだまだ登校及ばないよねっていう感じになるわけよ。
で、若いアシスタントからすると、
いやいや、いつになったらディレクターになれるんですかっていう疑問は既にあるんだけど、
バカお前、ディレクターっていうのはなりたくてなるもんじゃなくて、
誰もが認めた人がディレクターになるんだよ、
ディレクターなんだよみたいな感じがあって、
なんすかそれみたいな感じになって、
そういった意味合いでは、先輩ディレクターが物足りない若手をなかなか引き上げられなかったっていうのもあるし、
その若手からすると、先行きがよくわからない世の中で、
どこをどう頑張ってもいいのかわからないっていう感じもあったんだろうかなという感じはありましたよね。
そういう中で、いろんな仕事を通じて、
もちろんまっすぐでは全然なくて、でこぼこでこぼこしながらだけど、
ちゃんと成長して、それはやっぱりね、シンプルに言うと頑張ったんだと思うんだ。
折れそうに何度もなったと思うけど、頑張ったと思うんだ。
それはディレクターになりたくて頑張ったっていうより、認められたいみたいな感じで頑張った挙句、
もうディレクターだよねっていうふうに、僕らが思ったって感じたんじゃないかな、そう思いますけどね。
中口さんはどうでした?やってこれたのは認められたいから頑張れました?
私は全然そうじゃないなって今聞きながら思ったと思うんですけど。
いやー、結構上に人がまだいて、アシスタントディレクターでも、
全然すごい人とかが何人もいて、
この人たちが上がれないなら俺もまだまだだっていうふうな感じではあったんですよ、ずっと。
それもあるよね。引っかえてる感じね。
そうですね。その人たちが慣れてない以上は、僕はまだまだ評価もされてないんだろうっていうふうに考えてたから。
じゃあ何でやってこれたんですか?何をモチベーションに頑張ってたんですか?
そっか、そうなってくると難しいな。
なんか俺は、ナビいるメンバーからすると、原口が一番ガツガツしてるように見えなかった。
あー、ひょうひょうとしてた。
どっちかっていうとひょうひょうと、暇があれば怪獣のイラストを書いてる。
そうですね。楽観的なところはもちろんあるんですよ。
やっぱ自分の好きなことっていうのがすごくはっきりしてたから、
ディレクションできるなっていうのはあったんですよ、自分の中でずっと。
そうなんだ。
なるほど。
すげー。
すげー。
そうなんだ。
それが空気の基準にはいってないっていうふうなところはすごく思ってはいたんですけど、
でもなんか、このままっていうのもちょっとあれですけど、なんていうのかな。
その時期がくれば、俺のことを認めたるを得ないだろうって感じだと。
まあ、嫌われることを恐れず言うのであればそうなんですよ。
何が正しいって多分ないじゃないですか、ディレクションって。
まあ、もちろんセオリーとかはあるんですけど、正解はないと思ってるんで、
あんまり自分を否定しなかったんですよ。
自分の思った演出が通んなくても、プレゼント化で通んなくても、
これは自分の中での演出だったから、それは今回合わなかったんだなみたいな。
多分、でもそういうところが、なんかやっぱり自分の強みというか、
自分の好きなこと、自分の好きな演出が芯としてあるから、
まあ、続けられてたんじゃないかな、ぶれなかったんじゃないかなとは思います。
才能の塊みたいだね、なんかね。
いや、そういうふうに捉えられると、自分に才能があるとかそういう感じじゃなくてですね。
めっちゃすごくわかりますよ。
違った?
俺には才能があるとかじゃないんですか?
じゃないんですよ。
違うの?
そことは違うんです。
ある種才能あると思ってますよ、ある種。
才能っていうかなんか頑固さっていうか、自分がいいと思ってるものはあるなみたいな。
自分のすごく好きなものはあるから、このジャンルに関しては負けねえっていうのがやっぱありますし。
なんかずっと売れないけどスタイルを変えない漫才師がいるじゃないですか。
いや、間違ってないみたいな。
でもそれって結局すげえなと思うじゃないですか。
それは延々20年でやっとM1ですみたいな人いますけど、M1取れなきゃどうもなんなかった。
意識小居さんみたいな。
だから空気のいいところっていうか、自分以外の答えも近くで見れるから、やっぱ吸収できるっていうか。
上原さんはこういうふうにやったんだな、おめんさんはこういうふうにやったんだなとかっていうので、他のアンサーが見れるみたいな。
それが別のタイミングで、別の案件で参考になったりするんですよ。
なるほどな、勉強になるなみたいなって思ってたから積み上がってる感じがして、それがモチベーションになってたというか。
だからさっき小倉さんが言ったみたいな、絶対に俺のことを認めさせてやるぜみたいなとはなんかちょっと違うかなって。
積み上がって成長してる実感があったからってこと?
逆にそれが今まで辞めてた人とかは、やっぱそれがなかったんじゃないのかなとかは思いますね。
やらされ感があったってこと?
やらされ感感じたら、もううちの会社は地獄だと思いますよね。
だってそれって何も積み上がらないじゃないですか。
3年経っても4年経っても何も積み上がってないなってなると、もうここにいても意味ないなってなるんで、
それは辞めるっていう決定に至るなって思うんですけど、自分の場合は決定だになるように感じるような出来事が特になかったっていうか。
それはなんかムカつく瞬間とか辛い瞬間とかももちろんたくさんあるけど、だからといってもう辞めようみたいなふうには、そこまで強く思わなかったっていう。
なるほどなるほど。
これ自分がサラリーマン生活何十年って言ってきたじゃないですか。
それで若い頃は欠希盛んでもあったし、だからダメなんだようちの会社はみたいなタグのね、よくある話があったりするじゃないですか。
で、うちの社長はこれがダメだとか、うちの会社はこうだからいけないとか、もっとこうするべきだとかいうタグのことは、若手社員だから、どこでもあるように普通にやってたわけですよ。
で、それがどんどんエスカレートして、プロジェクトを作って、社長と直談判して、こういうふうにするべきですっていうふうに提言を出したりね、してた事態があったんですよ。
で、それがだんだん年を重ねていって、自分がそういう立場になってくるじゃないですか。
で、今も空気で自分が経営者だったり、プロデューサーで一番年下さがあったりするじゃないですか。
そっちの辛さはあるわけですよね。何かを決めたり、何かを成し遂げる方が難しいわけで。
さっき、私が入った年の生嶋さんぐらいの年齢に、私がなったんだってマウチが言ってたけど、
いよいよ後輩の皆さんに対して引っ張っていったり、一緒にやっていくっていう立場になるじゃないですか。
アシスタントで、しんどいっすとか、やってらんないっすって言ってる方が楽であって。
そうじゃなくて、自分がディレクターになって、まさしくアシスタントと一緒にやったりね、
制作と一緒にやったりするような立場になっていった時に、どう考えるかなと。
よくあるのは、自分がああいう目にあったから、ああいう人にはなりたくないって思ったりとか、
ああいう風にあって、実はあれで鍛えられたから、それはちゃんと伝えていきたいって思うとか、
いろんなことが自分の経験を踏まえて、ディレクターになって思うことがあるんじゃないかなと思うので、
そんなのはせっかくだから聞いてみたいなと思いますけどね。
いや、それで言うと全くあれですね、自分がしてきたことと同じことをやるべきだとは全く思わないですね。
自分はこういう風に生存してこれたから、それが正しいはずだみたいなのは、生存バイアスってやつじゃないですか。
それは、自分も簡単には仕事辞められないなとか、自分の性格的に空気の写風も働きやすいしなみたいな、
いろんな人生とか環境とかの情報を鑑みて、いろいろ天秤にかけて、空気でやっていくかみたいなところを決めてるわけですよ。
だから、条件が複雑すぎて、同じ決定をじゃあ後輩ができるかっていうと、ぽーんって仕事を全然辞めれるみたいな人もいるだろうし、
余計な負担みたいなのは、そういう根性論的な感じで、あの時のあの辛さがあったから、みたいなのは全く思わないです。
ただそのさっき原口さんと言ったみたいな、これは私のディレクションだからこうしてほしいけど、
作業をやるあなたの、あなたが思うこっちにした方がいいみたいなところがあれば、言ってねみたいな。
その子自身の、さっき原口さんが言った芯みたいなものは、あっていいんだよみたいな、そこが大事だよみたいなことは、言ってあげた方がいいんだろうなとは思いますね。
100%山内さんの演出を真似る必要はないよとかそういうこと?
そうですね。
自分のカラーを出していかなきゃ。
出して、その子が何になりたいかにもよるじゃないですか。将来的にディレクターになりたいのか、デメラリストになりたいのか、みたいなのもあるから、入ってくる子によるっていうか。
私と原口さんがやってこれたから、もうみんなやってこれるだろうみたいなことは全く思ってない。
アシスタントからディレクターになるのも、何年って決まってるわけじゃないしね。
そうですね。
昨日もちょうど、ひじやさんと昔のディレクター、白川さんとかが20代の時の作品とか見てて。
割となんか全然、いけるなーみたいな、今CM流してもいけるなーみたいなCMだった。
白川さんのやつとか。
すごい色あせない、すごいモーショングラフィックスで。
山内さんのCMとかも、なんか結構笑えるし。
これ作ったの白川さん25歳らしいよみたいな。原山君もいけるんじゃない?みたいな。
ゲッソリみたいなね。
もめんさんや白川さんと昔話をする時に、創業当時の話を2人から聞くけど、
とにかく当時の2トップ、江口たけき夫の2トップからの、あれやれこれやれが、当然あるわけじゃないですか。
2人ともディレクターでもなんでもないから、わーとか言って。
でも、永遠ループやこれって話になって、逃れたくてしょうがないけど、嫌ですっていう話はないと思ったから、
一生懸命勝手にセールスに走って、案件捕まえてきて、作業してと。
で、ちゃんとそういうことをやってれば、すいません、今これがあるんで、それは受けられませんとか言って。
2人のアシスタント仕事をしなくていいように、自分で仕事を持ってきたってことですか。
そうそうそう。
っていうぐらいたくましくやってこないと、圧の強い2人だから、やれって言われたら、やんないっていうわけにもいかないってところがあって、
ちゃんとそういうふうにやってれば、じゃあしょうがないなって話は何度か聞いたことがあるけど、
でも、そういう歴史でもあったよなっていうふうに思いますよね。
それで言うと、ぜひ原山君とかには、プロデューサーに根回しして、
俺こういう仕事やりたいです、みたいなのをセールスしていくっていうのが大事なんじゃないかなとは思いますね。
後輩に向けてのアドバイスがあるとすると。
当時は社内にプロデューサーもいなかったですね。
そうか。
だから、ディレクターが1人1人何とかするしかなかったけど、今はそういったね、
普通にプロデューサーがいるから、そういう人間もうまく巻き込んで作っていけばいいかなと思いますよね。
経営者のしゃべりぽ。
結構、山内さんとかが原山君に割と丁寧にお仕事を教えてたりとか、
原口さんも野地さんに丁寧にお仕事を教えてるって。
すごい丁寧ですよ。原口さんにね。
あんなふうに教えてもらったことないね。野地さんに教えてもらいましたけど。
そんなことないじゃん。
スラッグのやりとりとか。
でも、その2人は今まで先輩に丁寧に教えてもらったことっていうのはあった。
前提としてうちの会社そんなに育成に力を入れるみたいな感じじゃなくて、
さっき小澤さんが白川さんの若い頃の話をされてましたけど、
自分の積み上げを第一にワーって積み上げてきて、舌が増えてきてっていう過程を経てきた人たちだから、
そりゃあなんか突然ね、人の舌を育てるみたいなのは別のスキルじゃないですか。
自分の実績を作るスキルと人を育てるスキルっていうのは。
だから、そこまで期待はしてないところももちろんありましたけど。
ただ旗から見てるっていうか、本人からそういう話があったからそうしようねって話をしたけど、
当時植原圭がうちの相談相手というか、メンターみたいな形になって、
毎朝そういう時間をとって。
そうですね、確かに。期待してないって言ったけど、がっつりお世話になってます。すいません。
モーション10本じゃないけど、何本も作ってきて、毎朝それ見て、
ああだこうだって言って返して、100本ノックみたいなの毎日毎日やるっていうのを。
1日1グラフィック作るみたいな。
それは付き合う系も大変だし、なんだけど、
植原圭とマウチっていう関係においてはそれは、
育てるっていうようなスキルっていうよりも先輩ディレクターとして、
そのスキルについてアドバイスをするとかいうことを続けるってことによって、
マウチが実力的に上がっていったらいいなってことをやったりしたりしたよね。
今も河原が本田をそういった形で育ててるから。
育成っていう感じはないんだけど、ちゃんと責任を持って世話をするみたいなことに関しては、
随所随所ね、何人かでそういったことが行われていました。
ただ会社としてちゃんと育成していくぞみたいなことに関しては、
得て増えてで言うと圧倒的に増えてだなという感じではありますね。
すごい何回もチャレンジしてきたけど、チャレンジしてはダメだった、
チャレンジしてはダメだったの繰り返しっていうか。
でもちょっとずつだけど良くなってきてる感じはしますよね。
上原さんと私のとかで言うと得意な分野が近いとか、
そういう相性的なところとかもあったと思うんですよ。
だからオールマイティに広いところに向けた育成みたいなのはまだ考えられるフェーズじゃないけど、
ちょっとずつ自分と会う、話が合うとかテンションが合うとか人間性が合うみたいなところから、
コミュニケーションの取り方とかを今積み上げてってるまさに最中なのかなみたいな。
マッチングはやっぱり大事で、こっちからしても教えがいがある、
教えられる側からしてもこの人の言うことは聞く耳を持とうみたいな関係があっての話っていうのはスムーズに進むし、
そもそもそこにそういう関係がないとお互いに不幸だよね。
またこの時間かみたいな感じにもなっちゃうし。
そういう意味ではそういうのが随所に今ある状況っていうのは大事だし、
何よりも教えることによってよく言うようにやっぱり教えられるんで、そこは大事かなと。
自己消化?
いやいや、もちろんね、いろいろ話聞いてくれたりするね、今のお夫さんだったりとかありますけどもちろん。
そういう、もちろんのちくんとかにも話したり、ごめんさんに話をしたりとか、今はありますし。
うーん、今はできるようになったんですね。
できるようになった。
いや、なんか昔はしてなかったってことなのかなって。
昔はそう、でも福岡にいたときはそんなにしなかったかもな。
でもまあ、その大事さに時を切って気づいたっていうところもあるのかもしれないですね。
みんなね、やっぱり個性的で、山内の言葉をかれるとこみしょうなんで、どっちかっていうと。
だからうまくないんですよ。
だから山内も原口もほかの先輩方をみんな、もうちょっと若い頃はいろいろ会社の中でいざこざがあったり、いろんなことがあったんで、
今その辺がずいぶん、なんていうかな、よく言う話で大人になったなと思いますもんね。
そんなことを経て、今ここまでになりましたみたいな。
もっと若い頃は、仕事ができるできないとか、物が作れる作れない以前に、
人に何かそういうことを伝えていったり、相談したり、いろんなことがうまくないっていうか下手くそで、
そうやって下手くそな自分とか、うまく構ってくれない周りとかに腹を立てるみたいな感じが、
社内のあちらこちらに見受けられた感じがあった。
なんでこれやってくれないのみたいな、主婦的な。
そういうところもあったりして。
あとやっぱ、分かりやすく全員完璧じゃないのも、逆にやりやすいっていうか、割り切りやすいじゃないですか。
それも一個、うちの会社でやっていく上で、
理解してもらう。
理解しておいた方がいいのかなって思います。
確かに完璧な人はいないかもしれないね。
一般社会で言う、なんだろう。
だから、いい意味で許し合ったり認め合ったりするところが、割合、社風としてはあるかなと。
みんな分かってるじゃないですか。自分ここができてないなとか。
あるし、あの人ここができてないなっていうのもあるけど、なんとか折り合いをつけているみたいな。
もう一個は、そんなやつだけど、やっぱりここはすげえもんなっていうところが、
すげえもんながゼロだとめんどくさいだけのやつなんだけど、
こういういろんな弱点はあるけども、ここに関してはやっぱりすげえもんなっていうのを、
多くらい少なくらいそれぞれ持ってたりするので、そういうところはやっぱり。
認め合ってるんですかね。
通知用で1から5まで全部ついてるような人ばっかりじゃないですか。1も並んでるけど、5も並んでる。
5もあるけど、みたいな。
3ばっかりって人もいないし、当然5ばっかりの人はゼロだし。
でも、そこで1をなんとかしようとはもう思わなくて。
確かに。この人はこういう人だ、みたいなね。