家庭環境と祖父の影響
おはようございます。ライフコーチのけいこです。今日は12月11日木曜日。今日も車を運転しながらラジオを収録していこうと思います。
まず本題に入る前に一つ告知をしていきます。ただいま体験セッションを受け付けております。家事、育児、仕事に追われる忙しい毎日を変えたいという方、
または働き方を変えたいと思っているんだけれども、どうしたらいいか、どう置いたらいいかわからないという方に受けていただきたいと思っております。
少しでも気になるなと思った方がいましたら、公式LINEの方からご連絡をお待ちしております。 それでは今日の本題に行こうと思います。
今日はですね、過去の出来事は変えられないんだけれども、
解釈を変えることはできるなって思ったことがあったので、それを話をしていこうと思います。
これはね私の幼少期に育った家庭環境の話になります。 ちょっと暗い話になるんですけど、私は自分の兄弟と
両親、あと父の方の祖父母、父方の祖父母と8年で一緒に住んで生活をしていました。
その中でね、ちょっと癖がある人が一人いまして、祖父ですね。 私の家族の中でもいつもいろんな意味で話題に上がるのが祖父なんですけど、
まあだいぶ個性的な人でした。 どういう人かと言いますと
そうですね、短く言うとあのモラハラとかDVとか、そういうことをしている人だったんですよね。
常に自分が家の中心、話の中心とか、そういうのでいないと気が済まないと言いますか、自分の思い通りに
ならないと、まあ 子供で言う感触のような大きな声を出したりね
どなり散らすとか、いうこともありましたし、 あとはもうまあこれはお酒を飲むと
さらにそういう状態が悪化をして、お酒を飲むともう
だいたい 6時間とか7時間飲み続けるんですよね。
飲んで最初は楽しそうにしているのに、気づいたらこう一緒に飲んでる人と喧嘩をしていって 大喧嘩になって、それが収まらずに夜中まで大声出しながら喧嘩をし続ける
みたいなことをしていました。 それがもうお酒を飲んでいる相手もそうですし、
一緒に住んでいる家族にもお酒はよく言ってましたね 特に父にも多少は言うんですけど、やっぱりね
女性に対して言うことがきつかったんですよね。 祖母に対しても、下げるような言い方をしましたし、一番ひどかったのは母ですよね。
私の母に対してですよ。 祖父から見たら嫁という立場ですよね。
なのでやっぱり言うことなすことを気に入らなかったんでしょうね。全て否定的な言葉を言っていましたし、それだけではなく
やっぱり自分の思い通りにならないような発言とか行動をしたりすると
手を挙げるということをしていましたね。 母は手を挙げられそうに何度もなってましたが、必死に逃げて何とか怪我をするということは
なかったんですけど 祖母は逃げ切れずに怪我をして病院に通院するということが過去にありましたね。
そういう状態でね なかなか家にいても落ち着いて過ごせるような
心安らかに過ごせるような家庭ではなかったんですよね。 祖父がいるとだいたい家の空気がピリピリしてるんで
宿宅はいつも静かでしたし
そこで何かを祖父のいい機嫌を損ねるようなことを言ってしまったならば、もうそこから怒りが出てきてしまって
本当にそこで私とか兄弟がね、ポロッと言った一言が肝に触ったとして、怒りになるとその方向先が両親とかに行くわけですよ。
なので、自分を含め兄弟も余計なことを言わないように口を閉じて生活するということをしていましたね。
たまに常期限でニコニコする時もあるんですけど、そのニコニコの裏に急にスイッチが入ってね、怒り出すっていうことがあるんで
その笑顔を見るのすらもちょっと怖いなって思う部分はありました。
幸いね、その手を挙げる対象が私とか兄弟には行かなかったので、こちらに対してそういうことをされることは一度もなかったですけど
やっぱりね、手を挙げるような場面を見るような環境で育っていると、その人に対して怖いという恐怖心みたいなものはすごい染み付いているなというふうに感じます。
帰省と過去の思い出
これはね、家を出てからもやっぱり変わらないんですよね。小さい頃に植え付けられた記憶みたいなものって。
もう私15歳、中学校を卒業すると同時に、高校は寮に入ったので家を出てるんですよね。
そこからも年に何回かの規制で実家に帰ることはあるものの、家に長期間住むということは一切してないので
そんな長期間で帰ることはしてないんですけど、やっぱりたまに帰るじゃないですか。
その数日間でもなんかね、嫌な気持ちになるんですよね。過去のことを思い出すとね。
母は未だに一緒に住んでいるので、今まで結婚してとついてからの恨みつらみがいっぱいありますから、
そこに関してずっと私とか兄弟が帰るたびに、愚痴を言って発散させるということをよくしています。
むしろ今も、今現在もそうやっています。父もその吐け口がないのか、こちら私とかにね、言ってくるんですよね。
なのでね、規制ってね、一般的に言うとこの12月なんでね、お正月休みに実家に帰省する人いると思いますが、
多分ね、一定数の方たちは実家に帰れるのが嬉しいとか、実家は落ち着くとか、
いうふうに思う方もいると思いますが、私は逆なんですよね。
あまり落ち着けない、落ち着けない環境だから、3日ぐらいいるだけでドッと疲れて帰ってくるっていうことをしていました。
ただ、それをずっとやってたんですけど、
そういう環境で育ったことを、他の人に喋る機会が1ヶ月前ぐらいにありまして、
そこで自分の状況を喋ったこと、情報を開示したことで、ふと、
あの時、あんなふうに怒っていた祖父は何を思っていたのかっていう視点で、物事を考えられるようになったんですよね。
どういうことかというと、当時一緒に住んでいた時は、当たり散らされるね、街頭者に自分も当たるわけで、
やっぱり怖いから、萎縮して怖い。この人は怖い。自分の機嫌次第で怒るし、手も出てくるし、とりあえず怖い、みたいな恐怖の対象でしかなかったんですけど、
大人になってみて、家族じゃない人がこの状況をね、私の育った幼少期の環境を聞いた上で、
喋ってるのをね、見えるんじゃないかなっていうのを言っていたのを聞く限り、多分祖父は、自分に
自信がなかったのかもしれないなって思ったんです。
自分に自信がないから、自分の意見を否定するようなこと、自分のやりたいとかこうしたいっていう、考えていることを言った時に、
いやそれは違うんじゃないのって言われると、自分自身を否定された、みたいな気持ちになって、それが怒りに変わる。
で、怒りに変わって、その怒りが抑えられなくて、手が出る、みたいなことをしてたんじゃないのかなっていうふうに、思えるようになったんですよね。
そう思った時に、どう私は見たかというと、かわいそうな人だなって思いました。
自分に自信がないから、自分より、特に女性ですよね、祖母に手を出したり、母に手を出そうとね、暴力を振ろうとした場面とかもいっぱいありますし、やっぱり怒る対象が女性だったので、
自分より力が弱い人、田舎なのでね、立場というと若干男性の方がやっぱ上寄りなんですよね。
だから、自分よりちょっと下の立場の人に対して強く言うっていうことをしてたんじゃないのかなって思いました。
で、昔を思い出した時に、ちょっとやっぱりね、自分より偉い立場の人、上の立場の人とかと会った時って、一切そういうね、怒るとかいう行動ってやっぱしないわけですよ。
むしろ、ぺこぺこしてるみたいなことをしてたなーっていう記憶があって、やっぱり自分よりの力があるというか、権力があるような人には頭を下げるような態度をしておきながら、
家庭に帰って自分より下だというふうに、自分自身が見下したような人に対してはめちゃくちゃ強い態度でものを言っていると。
言ったところで、この人たちは俺に歯向かってこないから、俺の方が強いから、そういう意識が強かったから、昔からね、家庭内で好き放題やってたんじゃないのかなーっていうふうに見れるようになりましたね。
自信がない、人は自信がないとこうもね、ひどい振る舞いをするんだっていうことに気づいたときに、うわーって、ちょっとダサいなーって思っちゃいましたね。
もちろん、人に手を出すような暴力をするとか、人を下げすむような行動をするって、やっちゃいけないですし、当たり前ですけど、そんなの保育園児でもわかることじゃないですか。
それをしていることすら本人は気づいているのかわからないですけど、周りの意見って何一つ聞かないし、
素直になることはないので、そういうね、自信のないままずっと生きてきたのが、まあ今ね、年齢としてはもう90を超えてますけど、その年齢までずっと来てるんだろうなーっていうふうに思いますね。
私はそういう人間にはなりたくないというふうに強く思いますし、祖父を見ながら本当に反面教師で絶対ああああはならないというふうには決めています。
ただ、人間ね、あんなふうになりたくないって強く思えば思うほど、そっちの方向に進んでいきそうになるんですよね。
これは私のちょっと前の会社員をしながら子供を育てる生活にうまくいかないなって思っていた時って、やっぱりこう自分がこううまくできないどうしようとかいうふうに考えていた時って、そのストレスみたいなものをやっぱり子供に当ててしまうことが結構あったんですよね。
でもその時に思ったのが、これやってることは私の祖父が家族に当たっていたことと一緒じゃないかって思ったんです。
過去の影響と気づき
あんなふうになりたくないと思っていたのに気づいたら似たようなことをしている。もちろん手を出すとこは絶対しなかったんですけど、やっぱり口で言うのも一緒じゃないですか。
子供って親から見たら自分よりは弱い存在じゃないですか。そういう人に、しかもまだ民衆学児ですよ、保育園児に対して強く言うなんてことは絶対しちゃいけないのはわかるのに、やっぱり自分の抱えるストレスやら何やらを発散してしまう時があって、これじゃダメだっていうふうに気づいたタイミングで
少しずつ変えていこうとしたんでね。今はそういうふうに子供に当たるってことはほとんどなくなっているので、ちゃんと気づけてよかったなっていうふうには思います。
そんなふうにね、私のちょっと過去の育ってきた環境とか、家族の話をしていたんですけど、今回の話何が言いたいかというと、私はずっと小さい頃から大人になっても
祖父の存在をずっと怖い人だというふうに思っていました。ただ、今の年齢になってようやく祖父のね、なんでそんな人にやっと当たりもするし手も出すし、そういう自分の思い通りに何でもしたかったのかなって思うと、やっぱり自信のなさだったのかなっていうふうに気づいたことで
自信がないから、人に何を言われても俺は大丈夫って思えるような自信がないからこそ不安から自分より弱い人に手を挙げたり声をあらげたりしてきたんだろうなというふうに思うことで、かわいそうな人だなっていうふうに思って
今まで思っていた、それまで思っていた怖いなっていう気持ちって結構小さくなったなーって思っています。もちろん怖い気持ちがなくなったかと言われたらやっぱり嘘にはなります。実家に帰ればいろんな過去の記憶がね、あのよみがえってくるんで、あれをね消すっていうことはなかなか難しいことではありますけど
見方を変えれば会食も変わるので、そういう人だったんだなって思ってこれからは見ていこうかなというふうに思ったよっていう話をしてみました。
これを聞いている方で、子供の頃の家庭環境でこういうことを言われて嫌だったなーとか、こういう生活嫌だったなーとか、我が家のように家族関係が良くなくてギスギスしている方って結構一定数いらっしゃるんじゃないのかなと思います。
やっぱりそういう記憶って大人になっても消えないと思うんですよね。もちろん大人になって新しく家庭を築いていて、過去のトラウマにずっと抱えて生きなくてもいいよっていう思いはあるんだけれど、やっぱりそういうのってふとした瞬間に出てくるし、怖いなっていう思いって消えないとは思うんですけど、
過去に起きた出来事とか受けたことは消すことはできないんですよ。受けた本にその環境にいた自分があの過去の出来事をプラスの方に考えるとか、すべて綺麗さっぱり忘れるなんてことはやっぱりできないことではあるんですけれど、解釈をちょっとでも変えるような違う見方をしていけば
私のように怖いなこの人って思っていたものも、かわいそうな人だなっていうふうに見れるようになっているので、そういう見方をすることでつらいなっていう気持ちがちょっと小さくなるんじゃないのかなというお話をさせていただきました。
他者との対話の重要性
これって私も自分自身一人で気づいたわけではないんですよね。過去の話を他の人にしたことで、こういうふうに見えるよねっていう意見をもらって初めて、あ、なるほど、そんなふうに見えるんだって。
私はずっと年齢が上の祖父だったから、強い人には逆らえないみたいな、物事は強く言えない怖い人っていうそういう視点でしか見れなかったけど、他の視点から見ると違うふうに見えるんだっていうことに今回私自身気づいたので、やっぱり自分一人で考えてもその違う視点とかいうふうには見れないと思うんですよね。
だからこそそういうのは誰にでもやっぱり話せることではないと思うんです。家庭環境って複雑な状況って、それを話したところでつらかったねっていう一言で終わられてもそれはそうじゃないんだよなって思ったりとか、その話つらすぎて聞きたくないって思うような人に話してしまっては話すんじゃなかったって思うので、
やっぱり話してもいいなと思える信頼できる人、そういう人に実際話をしてみて、こんなふうにも見えるんじゃないかっていう新しい視点もらうと過去のトラウマ解消のために一歩何か前に進めるんじゃないかなというふうに思います。
やっぱり長い間一人で解決できないものは他の人を頼って少しでも解決していった方が自分としては気持ちと面で楽になります。つらいことをずっと抱えながら生きていくってなかなかね、しんどいものではあります。ふとした表紙にこんなことあったなって思い出してしまうものがそれぞれあると思うんですけど、
そういうものが少しでも小さくなったりなくなっていけるように、誰かに話す、信頼できる誰かに話すということをしてみてほしいなというふうに思ったので、今日はお話をしてみました。
今日の放送は以上になります。ここまで聞いてくださった方は、既読の意味合いでいいねをお願いいたします。最後まで聞いていただきありがとうございました。それではまた。