1. わかり愛、太陽
  2. 〈ゲスト〉田渕正敏さん(前編..
2026-06-28 1:06:53

〈ゲスト〉田渕正敏さん(前編)ずっと「世間知らず」が続いていた。

『わかり愛、太陽』3rdシーズン第10回目は、イラストレーターの田渕正敏さんをゲストに迎えてお話を聞きました。美術に接し始めたのが大学進学後で、猛烈な勢いと興味でイラストレーションを志したものの、常に技術・知識が遅れている「世間知らず」状態だったそうです。途中で引き返せないという焦りと、絵を描くことにどうしようもなくワクワクしてしまう気持ち、共感できる方いらっしゃいますか?


[GUEST]

田渕正敏(たぶちまさとし)

書籍、音楽、ファッション、パッケージ等幅広いジャンルのイラストレーションに関わっています。 グラフィックデザイナー松田洋和とともに“へきち”という活動体を立ち上げ、ディレクションを担うプロジェクトにも積極的に参加しています。

Webサイト http://masatoshitabuchi.com/

オンラインショップ https://hekichi-books.stores.jp/

Instagram https://www.instagram.com/blue_drybrush/


本編に出てきた関連リンク

へきち

http://hekichi.info/

GEISAI

https://ja.wikipedia.org/wiki/GEISAI

佐藤晃一さん

https://www.idea-mag.com/idea_magazine/375/

松田洋和さん

https://www.instagram.com/matsuda.hirokazu.qu/

本屋青旗

https://www.instagram.com/aohatabooks/

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[TOPICS]

ゲストはイラストレーターの田渕正敏さんです/完全な同期/兄弟でらくがき/実家は写真屋でそうめん屋/美術が学べない/父の写真指導/大型書店=凝縮された美術との出会い/写真にときめきはなかった/GEISAIの価値観とピッタリ/美術予備校に行きたい/雑誌から受け取るイラストレーションの熱狂/デッサンとは…?/もう引き返せない/なんで合格したかわからない/佐藤晃一先生の授業/守りに入ってしまった/「世間知らず」でデザイナーへ/迷ったら「画材研究」/ゾクっとする感触があればずっと描いていける/青い絵、細密描写っぽさの発見/「レタッチ」技術を教え込まれる/デザイナー松田洋和と出会う/松田の展示が福岡で開催中です/次回に続きます


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[MC]

三河史尭(みかわふみたか)

沖縄在住。グラフィックスタジオNERD ディレクター/デザイナー。2018年デザイン会社BALCOLONY. 沖縄オフィス立ち上げ。2019年よりNERD名義で活動を開始。何かをつくっている人の話を聞くのが好き。

Instagram https://www.instagram.com/balcolony_nerd/


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[BGM]


Life in Clay / Koloto

everyday (11-16-25) must. slowly, trudge forward/standingwave

everyday (11-25-25) never trust the fractals (get you everytime)/standingwave

everyday (11-19-25) time please chill/standingwave

everyday (11-24-25) goobertown shuffle/standingwave

Angel/Ryan Hemsworth & Lucas


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[COVER]

田渕さんの作品とS3_ep.010を話しながら描いたOJIYUさんのキキガキ


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[企画・編集]

NERD



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nerdgallery.info@gmail.com

感想

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00:14
この番組は、沖縄のグラフィックスタジオ、NERDの三河文鷹が、
イラストレーターのおじゆさんや、さまざまなゲストの方たちを迎え、
イラストレーションの面白さや、活動の難しさについて考えをシェアすることで、
日々、作品制作をする皆さんとのつながりを深められないか、という思いで配信しています。
ゲストの方々には、実際に展示をしてもらったり、
一緒にイベントに出展してもらったり、
番組を聞いてくださった皆さんが、直接作品を楽しめるような機会も考えていきます。
今回のゲストは、イラストレーターの田淵正敏さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
田淵くんは、松田くんというデザイナーさんと二人で、
ヘキチっていう野望で、これで認知してる人もいるかもしれないし、
で、あとNERDの三河とは、大学の同期っていうね、非常に稀な。
すごい稀なね。本当に、後で話すかもしれないけど、完全な同期だもんね。
そうそうそう。大学で。
珍しいよね。編入生っていうね。
我々タマビの三年次編入だから、あの時編入したの10人もいないもんね。
いなかったね。
あの過酷な環境に、本当に同期として。
そうですよ。
だから初めて会ってから、今もう20年経ってるっていう。
そうだね。そうなんだよね。
たびたび三河くんとは話してるけど、
その時々で、それぞれ環境が激変しすぎてて、
そうそうそう。
全部たどると本当大変なことになっちゃうんだよね。
ずっとめっちゃ連絡とってるとかじゃないんだけど、
ずっと間を空けて、どうしてるかなみたいなところでね、
今に至るっていう。
だし、今回すごい久しぶりだよね。
だし、さらに言うと、あんまり2人で対面で喋るってないよね。
ないないない。
誰かの仲良しがいて、3人とか4人で話すっていうのが結構あってね。
だから結構ドキドキしてるよ。
謎の緊張感はあるよ。
でもすごい嬉しかったけど、久しぶりに連絡もらえて。
いやいやいや、もういつ呼ぼうかってタイミングを伺って。
ありがとうございます。そんな。
逆にだからこういう機会でもないと聞けないようなことを
03:03
今日は聞いてやるぞっていうつもりで、
今日は楽しみにしてきたんですけど、
だからどこから行くのがいいかな。
僕の知ってる限りでは、
たぶちくんはタマビの3年生に編入してきたけど、
でもそれまで普通に一般大学に通ってて、
デザインの素養とか全くないところから
いきなり飛び込んできたっていうイメージがあって。
だからこそ、たぶん初対面の三河くんに
自分の実情を伝えてさ、
経済学部に通ってて、
そこからタマビのグラフィックデザイン学科に編入学、
3年次に編入学するっていう流れだったから、
タマビに行って、初めてMacとかを手に入れて
みたいなところからだったから、何にもわからなくて、
自宅にはもう古いWindowsがあるだけだったから、
Windowsだったんだ。
で、どうしようってなって、みんなもうそこはクリアしてさ、
そうだね、1,2年で割とやるからね、パソコンのね。
じゃあ3年になって自由な制作が始まってみたいなところで、
Macみたいなところから始まって、
そんな感じなんだよみたいな感じで三河くんに話しかけて、
そしたら三河くんが、自宅に招いてくれて、
三河くんは高専なんだよね。
そう、だから結構使ってたんだよ。
その頃の教材をさ、僕に惜しげもなく全部見せてくれてさ、
惜しむ理由はないけど。
いやでもさ、それをちゃんと資料として持っててさ、
ほんとPhotoshopとかイラストレーターとかね、
当時入門みたいなところをさ、それで僕はほんとに覚えてさ、
三河くんと、あとたまびの助手さんとかに泣きついて、
これどうしたらいいんですかみたいな。
ポスターが提出できませんみたいなところから始めたから。
そう、ほんとに突然美大に行きたくなった人っていうのが、
ほんと正しいかな、そういう感じだった。
だからそれより前の英雄みたいなのをちょっと聞きたくて、
子供の頃の話とかあんま聞いたことないなと思って。
そうだよね。
なんか一番古い昔の絵を描いてた記憶とか、絵好きだったとかありますか。
絵はね、好きだったと思うけど、
落書き?落書きがほんと好きっていうぐらいで、
なんかそんなに頑張って絵を描いた記憶とかは全然なくって、
学校の時間とかもずっとふざけてたような記憶があって、
ちゃんと課題に答えて描くみたいなのが全然できなくって。
06:02
むしろ家で暇だから、何にもないから、
紙とペンだけはあるからみたいな家だったから、
それでほんとに暇な時間に落書きをして、
いかにこの落書きの時間を充実させるかみたいな。
落書きが大好きみたいな。
兄弟で落書きが大好きみたいな感じで。
兄弟って聞いちゃうと、ちょっとこれ言っていいのかと思うんですけど、
弟さんがね、芸人の。
そうそう、弟は芸人。
これね、これもなんか難しい。
あんまり言わないで。
でも全然隠してるとこはないんだけど、
弟が芸人で、
で、今チョンマゲラーメンっていう名前で開閉されたけど。
マエンインディアンスで。
マエンインディアンスでね。
あれのタブチって僕の弟なんだけど、
ほんとね、弟と会面で笑わせ合うみたいな感じで、
落書きをしてるっていうのが日常の風景で。
それ聞くとさぞ楽しいそのやりとりだった。
そう、めちゃくちゃ楽しかったよ。
なんか相手の顔をいかにひどく書くかみたいな対決とかさ。
あと野球漫画が二人とも好きで、
野球のシーンってすごい書くの難しくってさ、
グローブでキャッチしてる様子とか投げてるところとかって、
すごい書くのが難しいんだけど、
なんか漫画をちらちら見ながら、
こうやって書いたら結構キャッチしてるの書けるかもみたいなのを弟と研究してるみたいな。
むしろ弟の方が絵が上手いのね、上手かったのね。
そうなんだ。
僕は本当になんかぐちゃぐちゃの落書きしかできなくて、
でもそれを楽しんでるみたいな幼少期。
それは小学校とか幼稚園とか。
そう、小学校だね。
すごい田舎で本当に遊ぶものが豊富じゃなくて、
本当に外を駆け回ってるか、家で落書きしてるかみたいな、
本当シンプルな遊びしか知らないから、
その中で工夫して遊んでるみたいな。
なんかあの実家が写真屋さん?
そうそう、写真屋さんで、
いわゆる街の写真屋さんってあると思うんだけど、
あれともちょっと違ってて、実家がちょっと田舎すぎて、
ああいう風に待つタイプの店だと、
全然お客さんが来るような場所じゃないよね。
だから父親のメインの仕事は、
自宅から結構車で4,50分かけたちょっと都会に出て、
結婚式を取るっていうのがメインの仕事。
家でその現像とかの仕事も受けるんだけど、
それはあくまでも自分たちが撮影してきたものを現像するのがメインで、
うちにお客さんが来るみたいなのは滅多にないような感じ。
09:04
だから父親はだいたい家にいないみたいな感じ。
可能性としては、
小さい頃からカメラに親しんでみたいなのはなかったのかなと思ってたけど、
全然ないのよ、それが。
仕事をしてる姿はあんまり見てなかった。
本当にそう。
それも特殊なんだけど、
家業としてはそうめん屋さんをやってて。
そうだよね、くれたことあるもんね。
そうめんもらったことあるもんね。
すごいね、変な家なのね。
ひいおじいちゃんの代からかな、そうめんが続いていて、
父親も田舎の古い館州で長男は家業を継ぐみたいなのが全然色濃い時代の人だから、
父親もそうめん継がなきゃいけなくなって、
だけど写真がやりたいっていう気持ちもすごいある人だったから、
写真の会社は自分で起こしたのね。
だからそうめんもやりながら写真の会社を経営するっていう人だったのね。
兼業してたんだ、じゃあ。
兼業してたの。
どっちかっていうと、自宅の仕事としてはそうめんの仕事を僕は見ていて、
父親が写真をやってるってことは知ってるんだけど、
別にカメラがその辺にあって、自由に使っていいものでもなかったし、
ただ父親が印刷会社とかとはよく仕事してるから、
紙とか、でっかい古いカレンダーとかめっちゃもらってくるから、
こういう大きい紙とかがいくらでもあるような環境で、
落書きにはほんとほかないみたいな、不思議なね、そういうものは揃ってる。
落書きに修練されていったんだ、それが。
本当にそう。
落書きでいかに自由になれるかみたいなことをやってるから、
そんな画材を使ってるような意識もないし、
ほんとその辺にあるボールペンとか、
たまに勝手に筆ペンぐちゃぐちゃにして怒られたりとか、そんな幼少期だね。
そうかじゃあ、そういういわゆる美術の世界みたいなのに、
興味を持つきっかけ自体があんまりなかったって感じ?
そう、なかった。
なるほど。
なくて、で、高校生になった時に美術っていう授業があるじゃない。
うんうんうん。
だけど僕の高校って美術が選択科目になっていて、
なるほど。
音楽と美術と書道か、それどれか選ばなきゃいけないみたいな感じになってた。
はいはいはいはい。
3年間美術を志望したんだけど、人気があって美術っていうのは。
はいはいはいはい。
で、3年間ずっと書道を回されたのね。
えー。
書道も小学校6年間ずっとやってたから、嫌いじゃなかったんだけど、
なるほどなるほど。
12:01
でも、なんかその、落書きしかしたことないけど、絵が面白いなーっていう意識はあって、
うんうんうん。
で、なんていうの、教育として美術が学べるっていいなってすごい思ってたんだけど、
その3年間恵まれないから、なんかね、変なフラストレーションがずっとあったの。
美術教育を受けられない、受けたいのに受けられないっていう。
えーすごい。
そうそう。
なんか、今思えば逆にそれが反動になってる感じはしちゃう。
あると、あると思う。
うん。
高校3年生の時とか、何にもできないからディアゴスティーニとか買ってたもんね。
水彩画が完成するっていうやつ。
自分の中ではもうプツプツと何かを作りたいみたいなのがあったんだ。
起草みたいな本をね、図書館で読み始めたりとか、水彩画の描き方とかさ。
へー。
そう、なんかそういうことがやりたいなーみたいなのは、高3の時にもやっとあったんだけど、
でも全然その、美大とか知らなかったんじゃないかな、その当時。
美大に進むっていうような友達も一人もいなかったし。
はいはいはいはい。
だから普通に大学に進学するっていう。
行けそうな大学に、そんな特に勉強も大してやらずに、
なんかの指定校推薦みたいなのってあるじゃない。
はいはいはいはい。
学校の成績なんとなく良かったら行けるみたいな。
それでも早めに神戸の大学に決めちゃって。
じゃあ別に経済やりたかったわけでもない。
全然なくて、なんか経済学部経営学科だったんだけど、
経営学科だったら、なんか何でもやれるんじゃないかみたいな。
具体的に決めてなくても、その行った先で何か見つけるんじゃないかみたいな。
すごいもう何も考えてないに近いんだけど、
それぐらいなんか何でもなれそうな感じがして、経営学科に進んで。
じゃあどこかでその美大との出会いがあるというか、知るきっかけがあったと。
そうそう。で、大学が神戸なんだけど、実家も兵庫県なんだけど、
大学まで2時間ぐらいかかるなんだけど、
まあ通えなくはないから、実家から通うっていう選択をして、
で、えっとね、この時期が多分一番いろいろあったんだけど、
で、大学決まったからバイトがやりたくって、
で、なんとなく親にコンビニでバイト始めようと思うっていう話をしたら、
あかん、ダメって言われて、
家の仕事手伝えって言われて、
それで写真の仕事かみたいな、全然何も知らんけどそんなのできるんかなみたいなところから、
まあなんかそれで教えてもらって、
で、その父親が結婚式撮ってきたフィルムとかを現像したりプリントしたりっていうバイトを始めてみたいな。
で、写真屋さんって現像機をずっと動かし続けなきゃいけなくって、
15:02
あ、止めちゃダメなんだ。
そう、毎日ある程度の撮影したフィルムを通さないと、
その現像機が、現像液が劣化するっていうのがあって、
毎日何かしら父親がこう現像するんだけど、
お前も何か写真を撮れって言われて、
なるほどなるほど。
そのために、いくらでもこのフィルムはあるからみたいな。
で、なぜか急にその写真を撮らなきゃいけなくなって、
それも一応業務の一つにされたから、
大学にカメラ持っていくようになってみたいな。
で、父親の指導で写真をまず覚え始めるっていうのが一個あって、
写真かーみたいな。
で、結構それは面白くって、写真面白いなっていうのがありながら、
その2時間の学校までの道のりを毎朝毎晩行くんだけど、
その途中の駅で、割と僕らからすると都会なんだけど、
姫路駅っていうところを経由するのね。
姫路駅の当時、駅から直結で準九道っていう書店があって、
なんかね、改札から一旦出て、もうそこが書店になってるみたいな作りがあった。
で、大型書店に出会うっていうのも僕その頃なのね。
田舎だからちっちゃい書店はあるんだけど、
そこまで大きい本屋さんって僕出会ったことなくって。
で、電車待ちの間とかにずっと立ち読みとかしてるっていうのが始まって、
でさ、美術にはなんとなく興味がある状態だから、
なんとなく美術っていうジャンルの棚に行って、
で、その頃さ、本を読むっていう習慣もあんまりないから、
ほんと表紙買わないんだけど、表紙を見て、
これ面白そうみたいなものを手に取っていくのがことごとく、
イラストが使われてる表紙だったのね。
やっぱそういうものに惹かれるっていうのがなぜかあって、
そしたらさ、イラストレーションっていう雑誌もあるし、
美術手帳っていう雑誌もあるし、
なんか、なんだろ、自分の興味があるものが、
その一つのジャンルとして雑誌になるぐらいのものなんだみたいな認識がそこで生まれて、
もうそっからもうバックナンバーずっと見てるみたいな日常になっていくんだよね。
書店のそういう面出しされてる造画みたいなのが初めて。
ショック。
すごい。
こんな仕事あるんだみたいな。
めちゃくちゃいい話だね。
書店はほんとでっかい大きな出来事で。
しかもその姫路駅に、当時まだね、ポスターとかがいろんなものが貼ってある時代で、
その中に予備校のポスターもあったの。
なるほど。
本当にもう、それこそ東京芸大とか、たまびのグラフィックとか、
18:02
当時でいうとバチバチのデッサン仕上げていかないと入れないような人たちのデッサンがポスターになってる。
はいはいはい。
よくあるやつね。
よくある。
あれも結構衝撃で、
理大受験予備校ってなんだみたいな。
そこで知るの。大学になってから知るのね。
すごいなそれ。
全部来たの。だからその時期に、うわーやばいみたいな、こっちに行きたいみたいな感じのものがどんどん揃い始めるとか。
なんかその遅すぎたようにも思えるけど、逆にそこに凝縮されてたからこそ、
なんか熱量が半端なかったっていう感じもあるね。
だからもう一気に興味持って、予備校ってなんだ、理大ってなんだみたいなので、知っていったってことか。
写真は面白かったんだけど、なんかね、どうしても仕事から入っちゃったからいきなり。
仕事の技術として覚えて、さらになんかいいっていう基準が父親しかなかったから、
父親が求めてるものに応えられるようにはなるんだけど、
なんか写真楽しいなっていう持続力ってそんなになかったの、その頃。
なんかやらされてるものの中で答えを見つけなきゃいけないみたいな感覚もあって、
むしろ今のほうが好きだったりする。距離がね、なんか取れるように。
その辺が本当にいろんなものに影響を受けて。
でもなんかカメラやってる人というか、写真家を志す人からしたらちょっと羨ましい環境ではあるけどね。
そう思う。今思うとね、なんか無駄にした部分もすごいある。
楽しさがあんまりなかったのか、最初。
そう、なんかね、ときめく部分があんまりなくて、やらされて、
で、上手くいったりして嬉しかったりもするんだけど、仕事にもなるし、
そのうち撮影にも活かされて、で、取れるようになって、
で、バイト代ももらえるからめちゃくちゃ本当にいい環境だったし、
そう今思うとね、もっと活かせただろうとも思ったりするけど、
でもバイト代でめっちゃ画材を買ってたんだよね。
もう別のを見つけちゃってたからね。
ちなみに一応聞いとくけど、送電やお告げとか手伝いみたいなのはなかったの?
そう、なくて、なんかね、それは言ってはいけないんじゃないかっていうのは
多分父親の中にあったんじゃないかと思う。
すごいね。
そういう空気はあるんだけど。
写真にしてもさ、やっぱ急にさ、もう一人立ちできるぐらいの技術を教え込もうとしてたから、
これはちょっとまずいぞと思ってたんだけど、
でも僕がやっぱりね、大学の2年目ぐらいでもう暴走し始めるから、
21:01
止まらなくなっちゃった。
もうね、たぶん止められなかったと思う。
お父さんから見ても明らかにカメラじゃないぞってなってたんだ。
こいつなんか何か見つけちゃってるんじゃないかみたいな、
まあそういうことも言ってたし、大学辞めたいとか言って、
もう辞めたいまで言ってたんだ。
言ってた、もうむちゃくちゃだった、その当時衝動的すぎて。
だから大学1年とか2年で書店に出会って、それこそ美術手帳がね、
当時村上隆前世紀、スーパーフラットってあったじゃない。
芸祭っていうイベントを始めたばっかりの特集だったの。
その後を本当に初期に見て、そしたらさ、その当時全く美術教育受けてないから、
すごい都合よく受け取るわけ。
このめちゃ混ぜの混沌とした状態の、これいいなって思うものが、
ことごとくなんか自分の落書きみたいに見えた。
え、これ今書いてるまんまで、なんか飛び込める世界なんじゃないか。
風に、もうめちゃめちゃ都合よく受け取って、
で僕、その第2回の芸祭からもう応募してるの。
美大受験予備校とか行く前に、
僕もうその、本当に美手帳に感化されて、何回行ったのかな。
3回ぐらい芸祭に参加してるの。
あ、夜行バスいきなり。
それぐらい本当にね、急にやってみたいみたいな。
で、妙な自信がある状態で、
ほんとね、落書きをかき集めて、
なんか毎回なんかいろんなことやってたけど、
でもさ、そんな人に作品見せるみたいな意識もまだ何にもない状態だから、
なんかね、書いてる紙の束を持ってて、
多分最初はブースに座ってるだけとかだったと思うんだけど、
初めて行った時のグランプリの人がめちゃくちゃよくて、
すぐ活動やめちゃったんだけど、
ポテトハンっていう二人組が、
あ、多分わかんないと思う。
芸祭出てないとわかんないぐらいの人なんだけど、
でもね、今見てもめちゃくちゃ面白い絵で、
一人がペインティングやって、一人は漫画描いてたのかな。
めちゃくちゃ面白いアクリル画で。
自信を失うみたいなことはあんまりなかった?
なんだろう、自信を失うはなかったかな。
多分そんなに冷静じゃなかったと思う。
東京に一人で行ってるっていうのも初めてだし、
なるほどね。
ドキドキしてた。
どうなっちゃうんだろうみたいな。
とりあえず自分の落書き持ってきてみたっていうぐらいで、
だけど評価されてるものが、
めちゃくちゃ自分でいいって思えるものばっかりで、
金銀銅って決まるんだけど、
24:02
全部いいって思ったのね。
えーすごい。
同床の人がブースにママチャリをダーンって倒してて、
その籠からジャンプみたいな漫画が落ちてるみたいな展示方法だったので、
鑑賞者はその漫画を拾って読むんで、
そしたら本当にくだらない漫画が書いてあってみたいな。
うんこ三太郎っていう人だったんだけど、
もう舐めきってるんだけど、
でもそういう人が面白って思ったら同床とか取るわけよ。
すげーって思って。
めっちゃ自分の評価軸とぴったりみたいな。
何にも知らないのに、
面白い人たちがちゃんと認められてるみたいな感じがして。
いや、もう今思えば相当特殊な環境だけども、
本当に偶然そこを引き当ててブーストしたんだ。
本当にそうだと思う。
で、2回目3回目って参加すると、
やっぱりね、それだけじゃないっていうことが分かってくる。
全然傾向の違うものが受賞してて、
ちょっと分かんなかったりするの。
なんで今回こんなことになっちゃってるんだろうとか。
で、審査員もどんどん変わっていくし。
審査員もね、当時めちゃくちゃ豪華で、
さわらぎのいさんとか。
なんかイメージある。
間誠さんとか。
なるほど。
スタマヤヨイさんとか。
すごい人に会場で練り歩いてたりするから。
そういうのもあったかも。
それでそういう人たちの本を後追いで読んでみたりとかね。
なるほど。
どんどんハマっていく感じだった。
それで3年生になったのね。
3年生になるとみんながすごい就活の話とか始めるの。
そうだよね。
みんななんとなくね、進路をふわっと決めてて。
で、どこでもいいから、どっかの企業の営業かなとか。
僕は公務員かなとか。
なんかふわっとしてるんだけど、みんなもうそっちかなっていうのを決めていて。
なんかその感覚が全く持てなくって。
やばいなみたいな。
こんな感じで僕は同じように就職活動できる気がしないなって思って。
で、美大受験予備校。
そこから?
でもね、毎年お願いしてたの、親には。
だけどちょっと非現実的すぎていきなりそんな美大に行くって何?みたいな。
全く理解できない世界。
僕も分かってないし。
そっかそっか。
それもね、芸才の影響があるよね。
何々美術大学。
うん、誰誰。
卒業の何々みたいな感じでみんななんか自己紹介してるから。
なるほど。
美大ねーみたいな。
そういうところで、教育を経てこういうものを書いてるってどういうこと?みたいな。
27:03
興味もあったりとか。
いやすごすぎるなー。
そう、なんか本当脳みそぐっちゃぐちゃな状態なんだけど、とにかくそっちに行きたいから。
何にも論理的に親を説得できないんだけど、とにかくやりたいみたいなことを毎年言うみたいな。
もう熱量で押し切る。
そう、熱量で押し切ろうと思ったんだけど、無理無理みたいな。
そんなお金もめっちゃかかるしみたいな。
まあそうだよねー。
それをね、3年になっても言い続けてるから、じゃあ1年だけやってみればみたいになったのね。
もうやんないと諦めないだろうぐらいの感じかな。
親の保険で辞めなくていいと。1年休学して予備校に通えばいいって言ってくれて。
そこから1年間昼と夜の美大受験予備校をフルで通って。
両方?
そうそうそう。
大学も行ってなかったのか、じゃあ。
そうそうそう。
すごいドラマチックだななんか。
その辺だもん。でもその辺しかないからね。きっかけで言うと。その辺に詰まってる感じだから。
で、何個か受けたの?
何個か受けた。だけど美大っていうふわっとしたイメージはあるけど、どこに行ったらいいとかも全然わからない。
当時さ、まだインターネットで調べるとかもそんな一般的じゃなかったし、ほんと情報がなくて、周りに美大に行ってる人なんかいないし。
だから予備校に行った時にイラストレーターになりたいですって言ったら、じゃあたまびのグラフィックだねって言われて、もうそこになっちゃった。そこが第一志望。
唯一の情報がそれだったんだ。
それだけ。
しかも今思うと、その予備校の先生がそこ出身だったから、進めれるだけだったんだけど。
砂渡りというか、浴槽っていう感じで。
ほんと何にも考えてなかった。
やりたいだけで。
それでそこ受けるなら、同じようなところでむさびの四角伝達があるよとか、そこもダメだったら近くで、例えば京都聖火大学とか、通える範囲でもあるよみたいな話をされたりとかして。
じゃあ、もうその時点でイラストレーターっていう職業が認識して、もう雑誌とか見て、絵画っていうよりはイラストレーターだなっていうのはあった?
なんかね、それもイラストレーションっていう雑誌とか美術手帳とかの影響だと思うんだけど、むちゃくちゃ自由な感じがしたんだよね、当時のイラストレーションって。
で、バックナンバーとかもぶわーって遡って見てたから、ちょっとその時代ごとに整理して見れてなかったかなって。
30:06
あーもうごちゃ混ぜだったんだね。
そう、ごちゃ混ぜで見て。
特にさ、やっぱり、例えば日比野克彦さんの時代とかの。
なるほど。
あの熱狂ってさ、雑誌からも伝わってきてさ。
で、当時イラストレーターではなくなってたけど、日比野克彦さんってすごいアーティストだったし、だったしって言うとなんか今どうなんだっていう話だけど。
そこがハイライトとして残っちゃって、頭の中に。なんかイラストレーターってすごいじゃんみたいな。何でもやってるじゃんみたいな。
なるほどね。
そうそう、肩書きはあるんだけど、何でもやれそうな感じがしたし。で、就活の時期っていうのもあったかもしれないけど、職業としてすごく意識しやすかったのかな。
なんか仕事に、仕事をやってる人たちっていう感じがしたから。年間とかもあったし。
えー、いやすごい偶然何個重なってんだっていうぐらい、なんかそのちゃんと選択肢を揃えて選んでるんじゃなくて、選んだのがこの道だったみたいな感じだもんね。
そうだと思う。
いやー、でももう予備校でもう勉強して、デッサンして。
でも、初日で間違えたかもって思った。予備校に行った時に、その時期も全然僕考えてなくて、普通4月とかから行くとかが普通だと思うんだけど、
はいはいはいはい。
僕ね、たぶん2月か3月に突然行ったの。もうすぐ行きたいみたいな感じで、半分大学の試験をボイコットしていくぐらいの感じにしちゃって。
そしたらさ、予備校の人たちってもう仕上がってる人たちばっかりだった。
もう受験は直前、終わってから。
でさ、僕だけ、僕だけでもなかったけど何人か20代、大学辞めてみたいな人はいなかったかな。
浪人生とかがいたり、社会人受験やりたいみたいな人が1人2人はいたけど、いきなり美術の授業も受けてないようなやつで、今からデッサンやりますみたいなやつはいなかった。
超初心者というか、本校でもやってないもんね。
そう、やってないの。で、とりあえずこれを書いてみてくださいみたいな感じで、イーゼルと画用紙と渡されて、鉛筆のセットもらって、デッサンみたいな。
デッサンとはみたいな。
でも周り描いてるからさ、それをなんとなく見てさ、線とかで縁取りしていくわけじゃないんだ、みたいなことだけはわかってなかった。
でなんか、ササササササーって、本当に煙みたいなものしか描けなくて、ブリキのね、ブリキの車と積木とかそんなものを先生が組んでくれたやつを描いた記憶があるけど、
33:11
本当にひどい。何にも本当に手が出ないっていう感じ。
逆にここにいることが不思議な人だもんね。
そうそう。それでなんか好評っていうのがあってさ、1日の終わりにみんなの作品をぶわーって壁に並べて、なんか一番から順番に並べられるんだけど、
なんか最後の溜まりみたいなのがあって、もう順位もつけられないような人が重ねて置かれるみたいな。
そこの一番後ろに自分の絵があってさ。
もうなんか、うわ本当にやばいとこに来ちゃったかもしれないって、初日に思ったんだけど、もう逃げられないっていうかさ。
そういう気持ちにはなってたんだね。
なった。だからね、予備校めっちゃ行きたくて行ったんだけど、本当に辛かったかも。
結局2年間行ったの。
あ、そっか。
そう。2年目はね、副学して夜間だけ行くみたいな。
あ、へー。
1年目ではね、地元の美大にしか受からなかったのかな。
それでちょっとさすがにそこに行くっていう選択はないかなってなって。
そうなんだ、そこはもうちょっと高みを目指してたんだ。
さらに泣きつくっていうね。
もう本当に、本当に愚かだよね。
いや、ちょっと何だろう、こう言っちゃなんだけど、やっぱり僕の頭の中に浮かぶのは本当に世間知らずっていう。
本当そう。
言葉に尽きるというか。
でもそこでよく諦めなかったなっていうのはね、熱量が増えたんだね。だからね。
そうだね、でもなんかね、あんまりいい話じゃないと思ってて。
うん。
結構ね、いやいや予備校に行ってるみたいな時期もあるのね。
あ、そうなんだ。
そんななのに、なんかこう、すっごい落書きが好きな人だったんだけど。
思いっきり肩にはめられるみたいなことに反応があって。
なるほどー。
そう、もうバチバチに正解が示されて、こう書くんだみたいなものを染み込ませる時期だったから。
今思うとめちゃくちゃ大事な時期だったんだけど、その当時は本当に嫌で、受験デッサンっていうのが本当に嫌で。
なんか慣れてくると、本当に自分が書きたいように書き始めちゃって。
あ、へー。
そう、なんか反抗し始めちゃって。
めちゃくちゃ叩かれたよね。
叩かれた。
叩かれた、そう。
いや、よくやめなかったな、それで。
そうだね。
なんか、その自分の中でもう引き返せないっていうのはずっとあったって感じ。
36:01
うん、そうだね、それはあったかも。
あー、なるほどね。
引き返しても相当地獄かも、みたいな。
引き返すってことは、もしかしたら、親に仕事継げって言われたら、継ぐしかないかもとか。
仮を作りすぎてて、そう。
なるほど、なるほど。
これはもう行くとこまで行かないと、自分でもう選べる実感がなくなるかもみたいな感じがあったかも。
すごい勝手なんだけど、それも。
めちゃくちゃなんだけどね、考えてることが。
それは良くも悪くも周りが見えてないというか、ゆえの。
だし、その2年目でたまびの変入っていうシステムを見つけたの。
あ、1年目は知らなかったの?
知らなかったの。一般入試で入ろうとしてたの。
へー。
1年目でもし行けてたら、三河くんとは出会えなかった。
なるほど、なるほど。
そっか、そっか。だからその3年次変入っていうのがあるらしいってのも説得材料として。
そうだね、本当にそう。
へー。
そんなのありますけど。
4年より良くないですか?みたいな。
いやもう、あとはじゃあやるっきゃないって感じだもんね。
そうだね。
だから2年目は結構本気でやったかな。
ちゃんと。
ちょっと我慢してというか。
そう。
なんか長い時間をかけてその美大にも志す人の期間をギュッとしてる感じ。
そうそう。
そうそう、本当そうするしかなかったよね。
もうそれこそ大学入ってからもまたそれなんだけどね。
確かにまあそうだよね。
でも逆によく合格したねと。
本当本当。
だから多分ね、三河くんもそうだからちょっと失礼になるかもしれないけど、当時多分ちょっと抜け穴だったんだよ、まだ。
美大に時代が良かったって言ったらあれだけど、まだ多分変入学でたまびに行こうっていう人がそんなにいなかったんじゃないかなみたいな。
どうだろう、でも。
いたのかな。
でも一方ですごい倍率高いよねって言われたこともあった。
本当。
確かにな、三河くんみたいな結構ちゃんとした人も入ってきてるからよくわかんないね、基準が。
わかんないけど。
自分的にそのデッサンめっちゃ上達したなとか手応えは全然なかった。
あ、そうなんだ。
一般入試だったら多分たまびに入れてないと思う。
変入ってさ、デッサンとフォートフォリオと面接だったじゃない。
そうそうそうそう。
多分ね、そっちで救ってもらえたのかなみたいな。
面接とかってこと?
面接が得意なわけではないけど、なんかそれこそさ、今みたいにさ、お人たちを話すとさ、ちょっとネタが豊富だから。
39:02
そうだね。
なんだこいつみたいな感じで取り入れておくかはあったかもしれない。
なるほど、だから自分でもなんで受かったのか正直わからない。
本当にわかんない。フォートフォリオとかもめっちゃひどかったし、デッサンと着彩やったやつと、本当にその予備校でやった課題をプリントして貼っ付けてるだけのフォートフォリオが一冊と、あともう一個写真のフォ
ートフォリオを作って出したのね。
なるほどね。
それでイラストレーターになりたいんですって、たまびの面接でも言ったんだけど、それこそ佐藤浩一先生が面接官でいらっしゃって。
いらっしゃらなかった?
僕、たぶん違う先生だった。
で、イラストレーターになりたいんです、なりたくてたまびのグラフィックを受験しましたって言ってるんだけど、その材料がなさすぎてフォートフォリオに。
大学に入ったらどんな写真が撮りたいんですか?ってずっと写真の質問をされて、隣にいる片山先生っていうアニメーションの先生が、いや彼はイラストレーターになりたいらしいですよ、みたいなのをずっとフォローして
くれてるっていう。
ずっと最後まで写真の質問されて、みたいな。だからもう手応えどころじゃなくて、これはダメだろうと思って。
こんな面接じゃ、何やりたいやつか結局何も言えてないし。
確かに。
そう、写真の質問されてなんかしどろもどろになってみたいな。
よくしかないから。
何が評価されたのか全然わからないね。本当によく入れたなっていうか。全然自信ない、本当に。
その時佐藤小一先生の存在は知ってた?
それがね、それがめっちゃ幸運で、予備校に夏季講習とか冬季講習の時だけに来てくれる予備校のOBっていう人がいて、浜日のグラフィックからも来てくれてる人がいて、
その先輩がめちゃくちゃ親切で、自分が大学でやってる課題とか全部持って帰ってきて見せてくれて、プレゼンしてくれたりとか。
へー。
当時その人が佐藤先生の授業受けてて。
へー、すごい。
で、ポスターとか見せてくれて、その授業でやったやつだよみたいな、そのポスターもめっちゃ良かったんだけど。
へー。
で、浜日のグラフィック行くんだったら絶対佐藤小一さんの授業を取った方がいいって言われたの。
なるほどー。
それで佐藤先生の作品とかも見てたし。
へー。
で、ポスター作れるのいいなとも思ってたし、ポスターも好きだったから。
そっか、ホスポン屋さんでも見てたしね。
そうそうそう。
へー。
他ね、授業は迷わなかった。イラストレーションの授業を取りたいっていうのもあったし、写真の授業も取りたいっていうのもあったから、半々で取っててみたいな。
42:09
いやー、そう、佐藤小一先生の授業がね、もう僕は思い出すだけ辛い。
辛い?辛い記憶でもあるもんね。
いやー、僕は本当にはまんなかったなーっていう思い出しかないかも。
なんで取ったんだろうって途中で思ってたもん。
思った。
辛すぎて。
いやー、僕3年の時がそうだったかな、だから本当にどうしようと思って最初。
うーん。
そうやってさ、冒頭に話したみたいにMac使えないからさ。
うん、そっかそっか。
手書きで出してたのね。
そうだよね、そうだよね。
手書きでさ、絵を書いて、で、レタリングして文字を。
はいはいはいはい。
あのー、これはポスターじゃないですって言われて。
あ、言われてた。
そう。
あの、とにかく印刷物の形にして提出してもらわないと何にも言えないからみたいな。
あー、そっかそっか。
本当最初の授業がそれで、2回目とか3回目もね、結局覚えながらだからまだ手書きとかやってて、
でもなんか更新したもの見せたくて持ってってたんだけど、
ちょっと君はちょっと遅れすぎてるからみたいな感じで、
なんか本貸してくださったりとかして、
どうしてあげたらいいんだろうみたいな感じだったの。
なんかやばい、やばい奴いるぞみたいな。
あー、なんか僕の中の記憶、まあ途中からなのかな、
すごいポスターの後で絵を描くみたいなこととかやってたじゃん。
で、そのスキャンした質感が面白くてとか、
で、あの授業がもう一対一なんだよね、全員ね。
全面談をひたすら繰り返していくみたいな授業で、
みんながね、控えて見てるんだよね。
そうそう、周りでなんか教室にいてもいいし、いなくてもいいし、
で、なんか横で見てて、
途中から割と反応が良かったイメージあるんだよね、多分。
そう、まさにね、それやった時にちょっと空気変わって、
やっぱそっかそっか。
そう、めちゃくちゃ嬉しかった記憶がある。
しかも、ちょうどそれ、絵を描いて、スキャンして、
イラレで文字乗っけて、みたいなのができるようになってきた。
そっかそっかそっか。
段階で、ちゃんと出力したもので見てもらって、
そしたら一発目でめちゃくちゃリアクション良くて、あのシリーズが。
いやー、でもそんなイメージある。
で、なんかそれまでね、たまびの中で、
友達もそんなにまだいない状態だったんだけど、
めっちゃ褒めってもらえるから、みんなそれを見に来てくれて。
あ、そうそうそうそう。
それで、あれ描いてる人みたいな感じで、覚えてもらった記憶がある。
いや、そうだよ。当時、僕もなんかめっちゃ複雑だったよ。
なんか、先に抜けてったみたいな感じが。
僕もでも、もう本当に今となっては笑い話というか黒歴史なんだけど、
45:06
自分で絵を描けなさすぎて、
自分の髪の毛拾って、
めちゃくちゃ覚えてるよ。
それを募り合わせて形を作って、
なんか女性のトルソーとかを、
めっちゃ覚えてる。
描いて持ってったら、それはめちゃくちゃ褒められて、
髪の毛ですって言ったらめっちゃ笑われて、
これは見たことないですねって初めてなんか笑顔になってくれたのは覚えてる。
本当ね、なんかよくも悪くもそういう授業だったよね。
リアクションどっちみたいなさ。
めっちゃ怖い時は本当に怖いからさ、
早く下げて帰りたくなるんだよね。
帰ってちょっと作り直しますみたいな空気になっちゃって。
前の人がめっちゃ怒られてるともう出したくないなとか。
本当そうだし、後から聞いた話だとさ、
2年生の時の授業オリエンテーションみたいなのがあって、
高校1先生が中途半端な覚悟で、
私の授業は受けないでくださいみたいな脅しをかけてたみたいな話を聞いて、
それ知らないよみたいな。
知らない知らない。
すごいオススメされて受けただけなんだ。
僕もなんかちょっと表現やってみたいなと思って受けたら、
まさかそんなことになってるとは知らなくて。
本当に胃が痛かったあの時は。
すごかったよね。
やらないよりはやってよかったなとは思えるけどね。
そうだね。
そこででも結構さらに密度高く、
イラストレーションっていうものをほぼ初めてぐらいに書いてたわけじゃない?
うん。
なんかそこで手応えなんて感じてる余裕はなかった気もするけど、
ちょっと掴んだものとかはあった?
当時はあったと思うけど、
今思うと本当に浅はかだったなと思う。
その当時はめちゃくちゃやったって思ってるんだけど、
そこで止まっちゃったなっていう気はするすごく。
へー。
やっぱりさ、どっかで怯えてるからさ、
手応えがあったものを量産し始めるんだよね。
こっちの方でもうちょっと精度を上げていけば間違いないみたいな、
ちょっと守りに入っていくから。
人の話とは思えない。
あるよね。
だから今思うとさ、学生時代に何守りに入ってるのって感じなんだけど。
今思えばね。
全然もう必死だったからな。
いやー結構ね、愚かだったなって思うよ。
しかも見抜かれるしね。
見抜かれるね。
どんどんね、リアクションも否定はされないけど、
まあこの辺で終わらせるんだなみたいな感じ。
うん、あったあったあった。
だからやっぱりいけなかったな、その先には全然。
48:02
でもまあ先生本当にいなかったから、
ありがたかったわ、ありがたかったなっていうのもありつつ。
でもそうだよね、確かに卒業してすぐは別にイラストレーターの方向に行ったわけじゃないもんね、田淵くんもね。
それこそさ、世間知らずでさ。
いや本当に、いや続いてるんだよ、ずっと。
そこら辺は。
でさ、じゃあいよいよなんか就職活動かってやっぱりすぐなるじゃない。
たまにでも3年次だから。
でみんななんか当時はさ、代理店、広告代理店の時代。
えー本当だね。
三河くんってさ、代理店受けた?
いや僕はなんかこれ言うのも恥ずかしいけど、代理店アンチだったんだよね。
いやいや全然、僕も僕アンチどころかなんか全くそんなの関係ないと思ってたよね。
でもちょっと時代を象徴するような。
いやもう間違いなく前世だったあの人。
ね、多分アンチでも受けてたよね。
受けてたし、あの僕もそのゲスト講師が広告の授業で来るって時とかはもう一応聞きに行ったりはして。
そうだよね。
本当に広告好きじゃないなってずっと思ったんだよな。
でその時期に、え、イラストレーターの就職先ってないぞってなるの。
そこで気づいたんだ。
そう、やばいでしょまた。
なんかあると思ってたの、なんとなくこう。
で、なくはないけど。
あ、そうだねそうだね。
本当に名の知れたイラストレーターのアシスタントとかさ。
なんかインハウスのイラストレーターみたいな、なくはなかったけど。
でも全然自分がやりたいイラストレーションとは違う世界だなと思っちゃって。
なるほど。
あーこれどうしようみたいな、いきなりフリーでイラストレーターですって。
やれるほど何か今かけるものもないし。
だけどまたこれで何もしないでアルバイトとか言い始めると、東京にいられないかもみたいな気持ちになってきて。
本当に東京にいるための手段としてデザイナーを選ぶっていう。
なるほどね。
だからその当時の友達にめっちゃ心配された。
え、デザイナー今からやるの?みたいな。
写真とイラストレーションだもんね。
あれって卒業して最初に入ったのがエディトリアルの会社?
そうだよね。しかもすごい有名なとこに入ったもんね。
それがなんで入れたの?
それもわかんないよね。
それこそ面接とかでイラスト好きなんだねって言われて、その熱意だけはめちゃくちゃ伝わった感じがして撮ってもらえたんだよ。
51:01
面白がられたって感じだ。
そう。
なんなんだ。
奇跡な魅力としか言いようがないものがあるんじゃないですか。
だからここから頑張るぞって思ってたんだけどね。
でも結構即戦力が必要だったみたいな。
入ってみたらあれってなっちゃった。
また周りすごいなみたいな感じだった。
あんまり続かなかったんだっけ?
全然続いてない。もう4ヶ月で辞めちゃった。
そっかそっかそっか。そっからは?
そっからすぐ別のデザイン事務所に就職した。
ほとんど間髪入れずに就職して。
それがいいの?
ではなくて、その前にもう1個。
デザイン事務所。
エディトリアルではないんだけど、なんか紙物メインでやってる事務所で、そこは3ヶ月使用期間があってやってみて、そこはちょっと自分から辞退させてもらって、ちょっと続けられないかもってなって。
で、ちょっとこのまんまホイホイデザイン事務所渡り歩いてても、全くいい展望が描けなかった。
ここまでの話でデザインが好きになったエピソード1つもないもんね。
ないでしょ。だからこれはまずいなみたいな。
そこでバイトをしながら、ちょっとイラストレーターやってみようっていう時期が始まるのね。
もうフリーというか自分の。
フリーで。
本当に短期間だけどれぐらいやったのかな。だから次の就職がどれぐらいだったか忘れちゃったんだけど、そこから1年ぐらいかな。
バイトしながら、本当何描こうかなみたいなところから。
それこそ学生時代にやってたものとかを、まだまだやれそうな熱意もなかったし、もう結構ね、学生時代に守りに入っている感覚が結構あったから、そういうものを続けようとは思ってなくて。
だし結構ポスターの授業の特性上、すごいデジタルで書くっていう感じになってたから。
そうじゃなくて、ちょっと1回アナログでやれることをもう1回やってみたいと思って。
本当にね、画材の試し書きみたいなところから始めて、何で書くのがいいのかなみたいなところから、もう1回やるっていうような時間があって。
その中で、ブルーの絵の具っていうのもあって。
すごい転機じゃん、それは。
でもね、学生時代もそんな感じだったのね。なんか迷うと、どんな画材がいいかなみたいな。
もう1回1からやってみようみたいな。
カッターでね、厚紙に溝を入れてラインを引いていくみたいなこともさ、だいぶ血迷ってるじゃない、その手法としては。
まず選ぶ方法じゃないじゃない。
なんかこう、新しいことないかなみたいな。
54:02
そういうところがあって、それで家にある画材を順に試してた時に、なんかそのブルーの色味が面白いっていうのと、
エンジェリックカラーっていう名前のボールペンで写真に文字が書けるみたいなやつが当時流行ってて、
で、結構マットなインクが使えるっていうのがあって、その書き味がね、すごい面白いなと思ってて。
そしたらそのポスターカラーとそのボールペンがほぼ同じ色してるっていうのがたまたま発見して、
これ面白いなーみたいな。
なんかただ時間だけがあるから、本当にそんな時間をずっと過ごしてて、
試し書きで何にドキドキするかみたいな。
やっぱ感覚、感触、これで書き続けられるなみたいなのがあって、やっぱり書いてみないとわかんない。
なるほど、そこドキドキなんだ。
面白い。
その筆落としただけで続ってすれば、たぶんずっと書けるっていうのがわかるかな。
これ飽きないかもみたいな感じがあって。
なんかすごい今、何かを感じたフェチズムというか、なんかオタクっぽいものじゃないか。
そこだと思う。
画材フェチというか。
そうそうそう。感触みたいなものはめちゃくちゃ大事なんだと思う、自分は。
なるほどー。
なんか感触が残ってないと、いずれなくなっちゃう気がする。
そういうのがあるとずっと残るっていう感じ。
だからイラストレーターやりたいんだけど、ほぼそんな時間を過ごしてる。
イラストレーションの仕事につながるのかもよくわからない。
わからない。
結構そのリアル目のイラストレーションの方に行ってたじゃん。
それはもう意識的にというか、一生懸命描くんだみたいな感じだった?
いや、なんかね、試し描きしてる時に、最初は線引く、塗るとかすごい単純な動きしかしないんだけど、
だんだん線で囲って塗るとか、面取りっていうか面分けていって、一面だけ塗るとかやってたら、
なんかこのすごい単純なボールペンと跡だけで立体感みたいなものを描けてきたぞみたいなタイミングがまたあって。
すごい画材研究の成果ですね。
そうそう、画材研究。立体感が描けるってことは具象が描けるってことなんじゃないかと思って、
で、モチーフなんでもいいからと思って、その日食べたものを描くっていう、後にシリーズにするけど、
その当時はもうシリーズっていう意識もなくて、今日はドーナツ食べたからドーナツ描いてみようとか、
買ってきた白菜ちょっと面白い形してるから描いてみようとか、
ほんとそんな感じで自分が食べたものをこの描き方で描いてみたら、描けるってなって。
57:00
えー、すごいなー。
だけどデッサンみたいに一生懸命描いてる感覚はない。
ちょっとずつトーンを積み重ねて描くとかじゃなくて、
輪郭をブワーって取って、ハケでバサバサバサって描いたら、そのものになっていくっていうのが面白くって。
あー、だからその旗から見てるとめちゃくちゃリアルだなと思って見てるけど、
それも実はそのハケの効果でリアルっぽく見えるっていうことを見つけたってことなんだ。
そう。えーすごい。
だから当時も今も細密描写すごいですねって言われることがあるんだけど、
全くその感覚で描いてなくて、むしろすごい横着な描き方。
あ、そうなんだ。
すごいざっくり細密っぽい絵になるから面白いと思ってて。
えーいや、とんでもない集中力の持ち主だなと思って。
全然、めっちゃ速いよだからあれ描くの。
あ、そうなんだ。これは面白い話だなぁ。
幅の広いハケを使ってかすれさせると、
鉛筆で何十回も均等に平行に重ねた線みたいなものが一発で引けるから、
そういうなんかね、よくわかんないところに能力を抑えてるっていうか。
ハックする方法を見つけちゃったって感じだ。
やっぱりすぐ形にしたいから早い方がいい。
いやめちゃくちゃ驚きだなぁこれは。
下書きはすごい細かいけど。
あ、なるほどね。
形取るのとかはすごい手に入る。
いやもう一回見てみようちょっと。
見てみて初期の食べ物とか半分ちょっとやっぱりまだ抽象っぽいんだよね。
そうなんだ。
そう、ドーナツとかも単純な形だからいいなと思って最初に選んだのね。
円柱で真ん中に穴が開いてるだけでも表現できそうだから、
立体を書くっていう対象としてドーナツを選んでるみたいな感じだった。
なるほどね。
そう、なんかすごい変な書き方だなって今見ても思う。
でもそこでもうやっぱちゃんとドキドキしてというか、
ドキドキして、これは面白いかもって一人でなってた。
そうそうそうそう。
本当に一人でね、これ面白いかもってなったんだけど、
やっぱりね一人から広がらなかったねその期間は。
そういうものを書いてて、
本当ねその瞬間とかはこれでイラストレーターになれるかもとかちょっと途切るんだけど、
でも全然何にもうまくいかなくて、
コンペとかももうその時にはやってるんだけど、
何にも結果出なくって。
あ、そうなんだ。
そうそう。
ただ書いてるって感じだったね。
だからこれはその書けたはいいけど、
このまんまだと何にもならんぞみたいになっていって、
1:00:02
それでまた就職を考えたって感じ。
そこで、そんな感じなんですみたいな近所に住んでるイラストレーターの先輩がいて、
タマビの先輩でもあるんだけど、
その先輩が心配してくれて、
ちょっと知り合いのデザイン事務所あるけど受けてみるって言われて、
うわーまたデザイナーかーって思ったんだけど、
確かに。
そう、もうダメじゃん。
満のモチベーションもないんだけど、
うわーどうしようみたいな、
でもこのまんまじゃちょっとやばいよなと思って。
それで就職して、
また面接でイラストしか見せるものないからさ、
あーそっかそっか。
うわーこういうの好きなんだねってまためっちゃいいリアクションもらってさ、
めちゃくちゃ青い絵気に入ってくれて、
あ、えーもう出来立ての青い絵を見せる。
そう、出来立ての青い絵を。
これすごいねーって言ってくれて、
全然関係ないデザイナー職で取ってくれてみたいな。
それ採用ってなって。
採用ってなって。
その上司もたまたまたまびのOBの人で、
やへー。
そう、その人がほんとなんかいい人だったから、
そこでほんとね、デザイナー1年目みたいな感じにようやく慣れて、
もう一から教えてくれた。
そう、一から教えてくれた。
一から教えてくれたんだけど、
僕、まあ特殊な会社で、
Eのヒロースタジオっていうところのデザイン部だったから、
なんかすごく写真が強い会社で、
写真業界でめっちゃ有名だもんね。
いいね。
そこにデザイン部があるっていうことも初めて知って、
就職したから、
写真を扱うことがすごく多い。
うん、なるほど。
だから、文字を組んだりっていうことももちろんあるんだけど、
あるにはあるんだけど、
基本は写真を扱って、
写真のリサイズの技術とか、
それこそレタッチまでやらなきゃいけないことがあったりとかして、
めちゃくちゃフォトショップを教え込まれるような職場。
いやー、でもだし、文字を扱うよりはもうちょっと絵的な感覚だから。
そうそう。
こんなに絵を描く感覚と近い感覚で、
デザイナー職としてもやれるのかな?みたいな感じで。
そうそう。
そっか、じゃあそこは結構続いたのか?
そう、そこに4年いたのかな?
で、そこでマッツンと一緒になったんだ。
そう、僕が2年ぐらいそこに勤めた後に来たのかな?
うーん、なるほどね。
で、マツダに僕が実務とか雑用とか全部教える役割になって、
で、話してるうちに仲良くなるみたいなことがあった。
絵とかも見せたりとかして。
そうそうそうそう。
いや、この出会いもめちゃくちゃ天気だよね。
もう一人なんか変な人が現れるというか。
そうそうそうそう。
1:03:01
マツダはマツダでちゃんと目的意識を持ってその会社に来てて。
あ、そうなんだ。
そう、ずっとなんかCDジャケットのデザインとかを長くやっていて、
なんか自分に足りないのはフォトショップだって自覚的にあったらしくて。
それで同じ職場に来て、
もうこの職場にはフォトショップを覚えに来ましたけど、
明確に目標を持っていて。
あ、すごいねその割り切り方。
すごい。
全然僕とはやっぱタイプが違って。
すごい見通してるね。
自分に必要なものとかこの先何やっていくとか。
いや、マットの話もちょっと今度聞こう。
そうだね。そっちはそっちで面白いですね。
いやもう相当ラッキーが積み重なってるというか。
でもそこまで何一つ良いことないんだけどね、あんまり。
あ、そうなんだ本人的には。
イラストレーターとしてはね、何にもないから。
そのいわゆる経歴の王道からはずっと外れてるっちゃ外れてる。
そこからまだでも仕事はもらえてるわけではないもんね、イラストのね。
だからそっからコンペとかに出して、そっちの方を頑張っていくんだと思うんですけど、
もうここまでの話がボリューミーすぎて。
そうだね、すごい。
一回ここら辺でちょっと前編として。
ちょっとね、いつも前後編でやってるんだけど、もしかしたら前中後編になるかもしれない。
やばいね、僕さ、もう結構初めの段階から、
俺なんか収録してるんだということあんまり意識しなくなっちゃってて。
三河くんと楽しく喋っちゃってたなと思って。
いやいや、もうそれが一番いいから。
聞き返すのやだな、自分が。
いやー、ということで、一応告知とかあればできますよっていうことにしてるんですけど。
告知ね、告知は。
自分の告知はないんだけど、
それこそヘキチの松田が20日の土曜日から、
6月20日土曜日。
本屋青旗さんで、
ジャグダ新人賞の3人展っていうのをやるので。
そこの話もね、聞きたいけど、
一旦前半はここら辺で区切っていいですか。
もちろん。ありがとうございます。
はい、今回のゲストはイラストレーターの田渕誠さんでした。
ありがとうございました。
01:06:53

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