それで究極は何も考えない。
呼吸だけを意識するといいけれども、
それができないときに妄想するということは
あり得るけれども、
決してポジティブばかりだと
やった気持ちになっちゃうっていうのも
あるらしいですよ。
うちの父親もさ、また違う話始めちゃうんだけど、
なんか言うのよ。
例えばね、
次の日曜日、
みんなで買い物行こうって言うじゃん。
やったー、どこそこに買い物に連れてってくれる、
何か買ってもらえるのかなって、
こっちはワクワクするじゃん。
子どもたちが喜ぶ父親を見て、
自分はいいことをやったげたと思うじゃない。
もうやった気持ちになっちゃう。
次の休みに行かないの。
終わったことになっちゃうの。
あ、言っただけで?
そう。
やったげたつもりになっちゃうの。
アウトプットが行動になっちゃった。
それは約束を果たしてからにしてほしいね。
そういうことだよね。
妄想もいい妄想だと、
自分に対して言って喜んで、脳が喜んで、
そこで満足しちゃう。
で終わっちゃう。
それよくないね。
よくないよね。
ポジティブな妄想は、
程々にした方がいい。
まだ片付いていない仕事を、
片付いた図を想像するがあまりに、
やらないで終えてしまう。
片付いたつもりになっちゃう。
やりそう。
ね。
私やっちゃいそうだな。
私も。
それでね、また自分の話ばっかりでごめんね。
そういう番組ですわ。
そうか。
知らなかった。
百十何回に。
そういう番組ですか。
はい。
じゃあ安心して自分のことばっかり話すんですけれども、
うちの娘がネガティブ妄想なタイプで、
うちの息子がポジティブ妄想なタイプなのね。
で、人から見ると、
いつも心配ばっかりを抱えている娘さん。
いつも略天的で陽気な息子さん。
でも帰ってくるときのセリフが違うからね。
娘さんはどうしようっていう感じだけど、
息子さんは帰ってきて、
ああ人生って楽しいとかね。
え、すごいね。
ああ僕ってすごい恵まれてるんだとかね。
人に訳は恵まれてるとかね。
すごいポジティブなことを言って。
分かりやすくポジティブ。
そう、こう一番帰ってきてそういうことを言い出すわけ。
娘さんは不機嫌そうに過ごすわけ。
で、娘さんはそういう、
たぶん空が落ちてくることを心配するタイプなのよ。
落ちてきてないのにね。
海のそばに泊まって、ホテルが海沿いだったのね。
しかも若い娘さんだったらどう?
喜ぶじゃない?
オーシャンビューってやつですよ。
むしろみんなそれへ向かって行くじゃないですか。
津波とか洪水が起きたらどうしようって。
その晩眠れなくなっちゃったんだって。
心配症だね。
心配症だね。
気持ち分からんでもないけどね。
行き過ぎてるよね。
なのでそれが心配なんだけど、
でもそのためにどういう行動を起こすか分かります?
なんだろう。
もうね、一からした調べで。
ホテルに関してはそうじゃなくて、
例えば仕事のことも何か将来のことも
全部調べ上げるの。
不安の要素をなくすために。
前もってやっとくの。きちんと。
すごいね。
すごいの。きちんとやっとくの。
だから物事はちゃんと終わるの。
一方、うちの息子さん。
もう別れでしょ。
想像つくけど。
そうでしょ。
自分と一緒なんだけどね、
なんとかなるさんってなんともなんないの。いつも。
でもメンタル的には常に満たされてるのは彼の方なんだろうな。
そうそう。前話したけれども、
パソコンなくしたときに玄関で泣いて崩れ落ちたっていう
その瞬間を娘は目撃してるの。
だけど、なんか次の日には笑ってた。
もしあれが私だったら、1ヶ月は笑えないって言ってた。
そうだろうね。
私もそう思う。
そっちタイプ?1ヶ月は笑えないタイプ?
いや、割と翌日笑っちゃうタイプかもしれない。
そうだよね。笑うよね。多分笑うんですけど、うちの娘さんも。
でもそれぐらい反省しないのよ、息子は。
起きたことはもう起きたことになっちゃうの。
なので、どっちがいい?
さて、あなたが選ぶなら、どっちの子供?
どっちを選ぶっていうか。
楽天的でいられるんだったら、そっちの方がいいよね。
失敗だらけだよ。
でも失敗しても、失敗っていう風になって自分でネガティブにならないんだったら、いいんじゃない?
だから失敗するんだよ。
もう分かんない。
追い詰める。
人に迷惑がかかるんじゃ困るけど。
そうだね。そこだけは守ってるかもしれない。分かんないな。
でもさ、長女さんのネガティブをさ、もしかしたらさっき言った幸福日記みたいに感謝日記みたいに、
いいことを見つけて、それを書き留めておくに留めるようにしたらさ、
だんだん心配性がいいことに変わっていったりとかしない?
例えば不安なホテルだったらさ、調べて調べるんでしょ?
調べて良かったことだけをピックアップして3つ書いておくみたいな。だめ?
やってる意味、そういうことを言って、思考の癖だからそういうネガティブなことを考えがちっていうのはやっぱり思考の癖なので、
昔ね、心理学の本を作った時に、やっぱり認知行動療法っていうのがありまして、
そういうとってもネガティブなことを考えてしまったり、心理的に追い詰められてしまう人って、
やむを得ない場合はあるよ。例えば仕事がひどく忙しくてさ、追い詰められて寝られないし、生活環境もうまくいかない。
そういうことってあるじゃないですか。時間が回らないと。っていうのはどういう人だってぶっ壊れちゃうから、
それはしょうがないっていうか、そういうことで鬱になっちゃう場合は、誰しもが避けられないことだと思うんだけれども、
同じことが起こっても、そういうことがある人とそういうことがない人がいて、そういうふうに避けるためには認知行動療法っていうのがあって、
思考の癖だから、思考を薬とかと併用しながら考え方を変えていくっていうか、
すごいディープだな。
ちょっと急にディープになっちゃったけど、そういう話をしたことあるのよ、娘にね。
なので、例えばさ、物がここで倒れましたとするじゃん。
そしたらさ、普通の正常の考え方で言うと、今度からここに置かないようにしようなわけ。
でもそういう思考の癖の人は、何でこんなところに置いちゃったんだろうって。前から分かってたはずなのに。
自分だったらここに危ないなってあの時思ったよね。何でそこをやらなかったんだろう。だから自分はダメな人間になっちゃうわけ。
でもそうじゃないじゃん。もう起きちゃったことなんだから、次から置かないようにしようねっていうだけなんだけど、
そういう考え方になっちゃうから、そういうのじゃないっていうのをやったほうがいいよっていう話をしたことあるの、うちの娘に。
たぶんそれをやってたみたいだけど、直んなかったね。
直んなかったというか、いまだにそういう考え方になっちゃっているので。
でも感謝日記だったらいいのかな、言ってみるね。
なんか聞きそうな気がしない。
申し訳ないけど。
超ネガティブなパワーを送ってみました。
なんかね、わかんないけどね。
そうするとさ、三つ書くっていうことをミッションにするっていうさ、その思考の癖とはまた別の話かもしれないけど、
今日いいことを三つ、毎日書き留めるよっていうのを新たなミッションとして一個やるっていう風にしたら、
たぶん別の話になるのかもしれないよね。
そうだね。
だからそうすると、今日の感謝三つは何にしようって思って、
ポケモンみたいにさ、よくみんなが。
ポケモンGOみたいなこと?
そうそう、ポケGOみたいにさ。
見つけようって。
コンビニに行って何か言ったら今日いいこと見つけようみたいな風に、ゲームみたいになっていくといいのかなって、
そういう癖になっていくと、だんだんね、思考の癖が。
そうだよね。
なっていくの?わからない。
いや、もはやもうわからなかった。
うちの娘さん出したのが悪かった。
そうすると、なんか一応チャピにも聞いてみたのよ、GPTにも。
こういう感謝日記ってどうなのと。
チャピ、教えて。
一応ね、グラティチュードジャーナルとか行って感謝日記ってちゃんとあるらしくて。
へー。
心理的な、心理学の研究とかにも使われたりとかは一応してるみたいで。
そうなんだ。
そうそう。
だんだんそうやって一個ずつ見つけてさ、今日三つ見つけた、やったって攻略していくのが楽しくなってくると、
昨日とはまた別の感謝のネタを見つけるようになるじゃん。
今日と昨日と、昨日と同じネタを今日に書こうとは思わないから、違うネタを見つけようと思うから。
同じネタじゃダメなんだね。
ダメってことはないけど、違うのを見つけたくなるじゃん。
なるね。
そうするとどんどん守備範囲が広くなっていって、あらゆるものに感謝ができるようになって、
最終的には冷蔵庫を開けて食べ物があるところに感謝しちゃうっていう。
もう審査万章。
またヨガに戻ってっちゃう。
そこまで行っちゃうらしいから。
行っちゃうか。
じゃあ行ってみるね。
だから娘ちゃんが冷蔵庫を開けてプリンが入っていたら、母ちゃんありがとうってなるかもしれない。
そうだね。ちょっと行ってみるわ。
治るんだろうかな。
そのネガティブ。
ネガティブは治らないかもしれないけど、感謝の気持ちはできるかもしれないね。
そうだね。それと違うんだと思う。ネガティブと感謝。
ごめんね。
その通りだって。
最初の感謝と、次に私がぶち込んだ妄想との差で、
なんでポジティブだけど、そっちは良くてそっちは危ないのかっていうことを考えたときは、
やっぱり感謝は起こったことに対するポジティブだから、
それはいくらやっても良いことなんだよね。
良いこと言うね。
良いこと言うんだよ。
過去のことだもんね。
過去のことで変えられるわけじゃないものの見方を変えるだけでしょ。
なので、さっき言ったものと一緒だけども、見方を変えて、
これは良いことだったんだっていう側面を探していくことだから良いことなんだよね。
でも、ポジティブな妄想が危険な理由は、起きてないことをあたかも起きたって感謝しちゃうっていうか。
起きたことっていう判断しちゃう。
それを脳の報酬として受け取っちゃう。喜びとして。
やっぱり感謝日記も何でもそうだけど、喜びって脳みそに与えると嬉しくてドーパミンが出るじゃないですか。
みんな今大好きなドーパミンなのかセルトミンなのか分からないですけど、幸福だったらセルトミンなのかもしれないですけど、
ここを引っ張る必要はないんですけれども。
そういうのって喜ぶからまたやりたいって思うじゃないですか。
でも起きたことに関して喜びを与えるのは良いよね。
でも起きてないのに喜びを与えられると、もうそれでいいかに満足になっちゃうよね。
そうだね。
うちの父親なのよ、だから。やってないけどもう脳みそは喜んだから、もうやったことで。
それに関してどうかと思うよね。
本当にどうかと思うよ。昔から思ってましたけど。
もうやったげただろうぐらいな感じなわけ。喜んだじゃん、あの時みたいな。
それはっていう人いますので、周りにそういう人がいたら要注意ですよ。
そうですね。
ということで、いいですかね。
ということで、今回のエンディングはどんな感じですか?
感謝?感謝?
壮大なテーマなんだけど。
鬼太郎みたいな感じですね。
鬼太郎?
オカリナじゃなくて、シルクロードを作ったような。
あっちの鬼太郎か、びっくりした。
そっちの鬼太郎じゃないよ。
鬼太郎が斜めに固めにかかっている方の鬼太郎かなと思っちゃった。
いろんな鬼太郎いるからね。
そっちじゃないです。
いいよ、もう一個の方は。もう一個の方は考えなくていいんで。
分かった、分かった。
だから、シルクロードみたいな壮大なっていう感じ?
シルクロードって言われちゃったから。
ヨガって言ってたから。
インドみたいな。
なるほどね。