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おはようございます。研究者がそばにいるくらし、ドイツ在住心理学者のじんぺーです。
この番組では心理学の研究のお話とか、研究者の生活のお話とかをしています。
心と暮らしの処方箋という企画を
やっておりまして、Googleフォームでお悩みとかお便りとか送っていただいて、それに対して心理学者が答える、応答するというようなことをやっています。
ちょっとすみません、今日はそれじゃないんですけど、今日もねがいうろんにGoogleフォームのURLを貼っているので、よかったら投稿してみてください。
明日か明後日かぐらいからはまた再開していきたいと思っています。 今日はちょっと準備がまだできていないので、自分の研究の話をさせてもらえたらと思っています。
大学院の時にやってた俳句の研究の話をね、ちょっと振り返りながら改めて話したいなと思いました。 ちょっとその経緯とかはまたお伝えしたいなと思うんですが、
先にお知らせをいくつかさせてもらえたらと思います。 もう4月に近づいてきまして、
すごくね自分も楽しみにしているんですが、4月に日本に一時帰国します。 今ドイツに住んでるんですけど一時帰国します。その時にいくつかイベントを企画してまして、
昨日お伝え、配信したのは昨日か、田中恵子さんとね対談したアーカイブも上がってますのでぜひ聞いてもらいたいんですけど、そんな恵子さんが登壇されるイベント、私がオーガナイズをしています。
4月の6日あいまい会議、こちらがボリューム2というところで東京でやります。
その話はいっぱいしたので、別のところも改めてお伝えしたいんですけど、4月の15日と16日、こちらはそれぞれ別の企画なんですけど、どちらも平日の夜で、
平日で申し訳ないんですけども、15日は生け花の話、16日は古代染色、日本の伝統色とかのお話をそれぞれ実践されている方と一緒に、
研究の話も交えながらしてみたいというふうに思っています。京都、関西、もしくは遠く離れた方でも大丈夫ですので、遊びに来ていただけるとすごく嬉しいです。
4月のイベントはいくつかあるっていうのと、あとはもっと直近でお知らせがありまして、
今日か、配信される今日か、すみません。当日になってしまったんですけど、
今日の夜、9時半からボイシーパーソナリティの東谷先生と対談をすることになっています。
東谷先生は一度対談をしたんですけど、リピートというところでめちゃくちゃ嬉しいです。
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前回は東谷先生が今実践されているかつ研究にもしたいというところでしたけど、ヘルプシーキングの話をしたんですが、
今回は曖昧さの話を絡めるのがいいのではないかという助言を妻からいただきまして、
2回目何話そうかなという話をしてたんですけど、
彼女はもともと東谷先生と共通点じゃないですけど、いろいろ喋ってたら、
教育現場って曖昧さというのが、自分は曖昧さが好きなんですよ、前提として。
曖昧会議って言っているぐらいだからね。曖昧さの研究、今日も曖昧さの話いっぱいします。
好きって言っても、なかなかそうは言っていられない場所もあるよねというのは分かっているんですよ。
教育現場というのはその最大の例ではないかと。
曖昧な指示とか、曖昧な目標設定とかね。
そういうのがどういうふうに受け取られるのかとかね。
それが東谷先生のいる特別支援教育の現場だと、より濃く、
どちらかというと白黒はっきりつけるような指示とかがいいのではないかと思ったりするんですけど、
そういった中でどういうふうに曖昧さを受容していく?
もっと言うと曖昧さを楽しんでいくような態度を養っていけるかということを話してみたいなと思っています。
仮ですね、これは。どういう話になるか。
その場の東谷先生のレスポンスとかも伺いながら対話を進めていきたいなというふうに思っています。
あんまり固いことはないと思いますので、気軽に聞きに来ていただければと思います。
9時半からこちらのチャンネルからですね。
30分後に東谷先生のチャンネルに移動するという感じになっています。
よろしくお願いします。
東谷先生のVoicyのリンクも概要欄に貼っておこうと思いますので、今のうちにチェックしておいていただけると嬉しいです。
お知らせが大変長くなってしまったんですけども、色々あるというところで楽しみですね。楽しみが続きます。
どこかでも関われるところがあれば、ぜひ来てもらえると嬉しいなと思います。
本題に戻りたいと思います。
曖昧さの話をします。俳句の話をします。
なぜ改めてここで俳句の話をするかというところなんですけど、これももう2、3週間前になるのかな?
というかずっと言ってるんですけど、書籍を書きたいと思っていて、その構想みたいなところをずっとしてるんですよ、自分の中では。
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構想だけして、VoicyとかPodcastでは話しているんだけども、それを文字情報に起こしていくということをした方がいいなと思っています。
いくつかバラバラにはあるんですよ。
例えばリクルートさんに取材していただいたときももちろん謙虚な話をしたし、兄弟にいたときもザッツ兄弟というメディアがあるんですけど、
兄弟制しか載らないメディアがあって、そのときも取材してもらったりとか、新聞で取材していただいたりとかいくつかあるんですけど、
改めてノートとかで長く自分のやってきたことをまとめるということを今年は挑戦していく。
それがもしかしたら編集者さんに届いたら嬉しいなと思うし、そうじゃないにしても自分がいざ書くというときに何もないところ、
これまで研究してきたけど、特にまとまっていませんみたいなよりはまとめておいた方がいいのではというところを今年の一つのテーマにしていまして、
それの一環としてまずはここでしゃべると。しゃべったら文字起こしも簡単にできますし、それを土台にしながら改めて再構成して書いていくということをしたいと思います。
ノートもぜひフォローいただけるとすごく嬉しいです。
マガジンを作ってまして、2週間くらい前に1本書いた。
それは美しいってどこまで人類共通なんだろうっていう。
これも確かボイシーで先にしゃべって、頭の中を整理しながら書いた文章になるので、これもぜひ読んでいただきたいですし、
マガジンですね、ノートというマガジンを作れるんです。
いくつかの自分の記事とか、他の人の記事も入れたりできると思うんですけど、
自分の記事をまとめてこういうセットになってますよということを設定できるんですけど、
それが日本的感性の心理学という風に一応今名前つけてます。
どうだろうね、美しさって言った方がいいかな。
今はとりあえず感性という風にしています。
この一環で自分のやってきた研究を出来上げ、分かりやすく話していくのが大事ではないかという風に思っていて、
その中でも一番やってきた俳句の話を先にしたいと思います。
曖昧会議の話も宣伝でしたんですけど、曖昧会議はまさにボリューム2の方ですね。
ボリューム2の方は言葉と美というところで、俳句をやっていらっしゃる前住さんにも来ていただくというところで、
これは自分の研究のこれまでの蓄積を前住さんに聞いていただいて、
どういう反応をするか、全然なってないよという風に言われるかもしれないんですけど、
そんなこと言う人ではないかな、どうだろう。
出来上げ、研究者じゃない人にも伝わるように伝えてみたいなと。
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どんな風に反応が返ってくるかすごく楽しみなんですけど、
一番やってきたというところは事実というか間違いないかなと思うので、まずは話したいと思います。
前置きでも10分くらい話しちゃったけど、どうしようかな。
明日も話すか。もう今日ここまでにするか。言い過ぎか。ちょっとだけ喋ろうかな。
話し出します。
俳句を何でやっていたかという話は何回もしているので飛ばそう一旦。
曖昧さと俳句の美しさというところで今日は話してみたいと思います。
俳句を研究しようと思った時に、美しさを研究しようと思った時に、
曖昧さがすごくいいなと思ったんですよね。
俳句って17文字しかない、17音しかない中で、
情報が少ない、圧縮化されている、省略されているという言語、芸術、形態なわけですよね。
そこでどうしても曖昧さが出るであろうと、全てを言い切ることができない。
余白って言えるかもしれないですね。
もしかしたら干渉する側に最後の解釈をよだねるというところがすごくいいところだなと思っていまして、
余白という言葉であまり研究の中では使われないので、曖昧さ、アンビギュイティでいうと、
それをまずはやってみようじゃないかというところで、
京都大学に行ったときに、博士課程のときはずっと、終始から厳密にはずっとこれをやっていました。
曖昧さがいいというふうに思っていて、別にそれは自分だけが言っているわけじゃなくて、
いろんな俳句をやっていらっしゃる方とか、俳句を評論していらっしゃる方とかが、
そういう表現じゃないにしても、さっき言った余白とか、干渉者によだねるとかということを、
俳句のすごく重要な特徴であるというふうに述べているので、着眼点としては結構いいんじゃないかなと当時から思っていました。
重要だと思うし、それが特徴と言うんだとしたら、曖昧さを感じるといいだろうと、美しいと思うだろうというふうに思って、
それを自分のやっていた心理学という手法、もとよく実験心理学とか認知心理学とかという手法で、
それを明らかにしてみようじゃないかというふうなことを思っていたのが、5、6年くらい前ですかね、ということになります。
これが思い立ったのは簡単だし、やり方はいくつか思いついていたんですけど、まあうまくいかないですよね。
すごいうまくいかなかった。今もうまくいってないですよ、どっちかというと。
なんですけど、そのうまくいかなかった奇跡みたいなものをお話しできたら嬉しいなと思っています。
ちょっと長いから今日ここまでにしようかな、本当に。
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すいません、一発で話し切るつもりだったんですけど、前置き長いね。
聞いてくださった方のために1個だけ結論みたいなことを言うと、一番最初にやった研究とか、その後もそうなんですけど、
基本的に私の今までやってきた俳句の曖昧さと美しさに関する研究、定量的に曖昧さをどれくらい感じますかと、この俳句からどれくらい感じますかと、
美しさをどれくらい感じますかというふうに聞いたときに、その関係性がわかるわけですよ。
例えば僕の思い描いていた関係性は曖昧さが上がるほど美しさが高くなる。
もしくは曖昧さがちょうどいいポイントがあるであろうと。
曖昧さがちょうどいいポイントで美しさが一番高くなるという仮説を立てていたんですよね。
でも一番最初にやった研究、あとはそれに続く研究もおおよそそういう結果だったんですけど、基本的には負の関係になるんですよ。
つまり曖昧さが上がるほど美しさは下がる。
曖昧さがないほうが美しいという研究結果になったという話です。
すごく残念だし、今でもこの結果を言うときはすごく寂しい気持ちになるんですけど、一貫してそういう結果になった。
ただそれだけじゃ5年もやったんで終わらない続きがあります。
例えばドイツ人と比べた研究をやったりとか、熟達者と比べた研究があったりとか、俳句の評価を一時点だけじゃなくて何回もやるとどうなんだろうという研究とかね。
あとMRI、脳の活動を測ったりとか、いろんな角度で俳句の曖昧さと美しさの関係を調べてきましたので、
全体的な結果としては曖昧さが上がると美しくないという結果なんだけども、
そのもがいてきた奇跡みたいなのをお伝えできれば嬉しいなと思っています。
研究って自分が思っていた通りにいかないんだなということも伝えたいし、
だけど別にその思い描いていた結果が出なかったとしても最悪ってことでもないんですよね。
それはそれで大事な結果であると。
そこから何を考えて次にどういう一手を取るかというのが力量なのかなというふうにも思っていて、
ちょっとまだ修行中の身ですけども。
博士号取ったから修行中とかも言わないほうがいいのか。
まだまだ初期も初期のペーペーであることは間違いないと思って。
それなりに時間をかけてやってきたと思いますので、一緒にその旅を楽しんでいただければ嬉しいなと思っています。
あとはやってきた研究だけじゃなくて、次にやるとしたらこれをやるみたいなこともあるんですよ。
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残念な結果と言ったけど、今までやってきた結果をいろいろ見ても残念なものが多いんだけども、
でもそれだけじゃ終わらせない次の一手みたいなこともあったかな?
喋りたいなと思います。
俳句とか曖昧さの話、美しさの話はいいですね。
上がってきちゃっても止まらなくなっちゃうんですけど、一旦止めますね。
15分になっちゃったからね。
また明日もぜひ聞いてください。
あとさっきも言ったように、今日は東亜先生と夜に話しますので、それもまた聞いていただけると嬉しいです。
最後まで聞いてくださってありがとうございました。
今日もいい一日にしていきましょう。
陳平でした。心を込めて。