はい、というわけで始まりました。心理学者のじんぺーです。
今日は対談をお送りしたいと思っております。
僕も今日初めましてなんですけども、とてもワクワクしております。
何と紹介したらいいか難しいですが、Coda Schoolの木佐貫さんです。
木佐貫さん、今日はどうぞよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いいたします。
改めましてCoda Schoolの木佐貫拓眞と申します。
今日は木佐貫さんとのお話、楽しみにしております。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
木佐貫さんの自己紹介もしつつ、
経歴とかに今やってはることもすごい、別でやってはることとかも面白いので、
その辺もよかったら軽くでもいいので、踏まえながら自己紹介いただきたいのと、
その後にCoda School、ちょっと詳しめにどんなスクールっていっているので学校かと思うんですけども、
聞かせてもらえれば嬉しいなと思います。
はい、そうですね。まずちょっと何者なのかってところからお話を話しますと、
もともと大学を京都で過ごした、京都大学に文学部の学士を卒業した後に、
今社会人、ちょうどもうすぐ2年が経つってところで、まだまだ20代の若小僧なんですけど、
今は徳島県の上勝町っていう人口で言うと1300人弱の、
四国で数えると一番人口としては小さい町に、
そうなんですよ、人口としては多分町っていう単位だと上勝町が圧倒的に小さいんですけど、
そこに何か家族の縁とかがあったわけじゃなくて、
ただ単身と移住という形で飛び込んでみて、2年経とうとしているようなところで、
そこで今、上勝町って町自体もすごく興味深くて面白い町なんですけど、
すごくそこの町づくりだったり、町の発信に携わっているような、もしくは地域福祉的なところも絡みつつ、
そういうようなことをやっている人なんですけれども、
もともと大学時代、2021年の6月からですね、
今日、この高田スクールの草抜きということで、
呼んでいただいたんですけれども、僕は一応サブリーダー的なポジションで、
もう一人事業部長として最初に立ち上げた西口雄貴という人と、
2021年に立ち上げたのが高田スクールというところで、今も今年ちょうどね、
26年の始まったところなので、もうすぐ5年が経つぐらいのところで、
それも社会人しながら並行して今も変わり続けているというような人間です。
一応、自分の中での最近のホットトピックというか、どういうことを考えている人かというところで言うと、
さっきの上笠町でやっている取り組みというのがゼロウエストというですね、
ゼロウエストというのは本当にゴミとか無駄とか浪費の発生抑制を目指すという一つの考え方があるんですけど、
上笠町自体がこのゼロウエストという考え方を調整に、議会を通して、
宣言という形で調整の根幹となる方向づけに採用したというのが、
日本の自治体で初めて取り組んだ町ということで、それが平成15年なので、
もう22年前にそれを行ったというような町なんですけど、
今すごく僕はそこで、ゴミを出さない町づくりみたいなところを上笠自体はやっているんですけど、
すごく僕はそこから発生して、ゴミって言葉にどんどんのめり込んでいって、
今ではこの言葉は一体どこから来たのかということであったりとか、
なんでこの言葉を僕らが日常的に使うことによって、
どういった色眼鏡が生み出されているのかみたいなところが、
最近のすごく熱いポイントですね。
現代史的なアプローチであったりとか、そもそもこの言葉を通して、
人はどういう固定観念を持ってしまっているのかみたいなことを、
そろそろ社会人も3年目の時期に落ち着いてくるタイミングなので、
もっと今年は向き合っていきたいな、みたいなことを考えています。
一旦いいですか。
小野の話、行く前が面白すぎてどうしようかなと思って、大変なんですけど、
神勝者ってそんな早くからゼロウェイスと言ってたんですか?2003年?
そうです。2003年で、これも話し出すともっと面白いんですけど、
これまた別回をぜひ撮らせてください。
また来てもらいましょう、この話。
あと、やや省略気味でしたけども、
京大の時は文学部の中でも美学をやってあったってことで。
そうです。
ドイツですよね、先生がね、ドイツ美学の。
もうまさに、お話ししたら同じ先生を知ってたので、
僕はドイツ美学の担当の人が、担当教員としてゼミも一緒に、
しばくし動かれてましたね。
どのくらい人数いたんですか?そんな多くないですよね、美学やってる人と同台で。
あの時はだいぶ少なかったですね。
多分、収支とか入れても15人ぐらい?
15人も。
やっぱ結構ルーズというか、だいぶ毎回顔出してなさそうだなって人もいたので、
ボス何人だったんだろう、結局みたいな。
そういう外観がつかめないようなゼミでしたね。
京大っぽくていいっすね。
そうです。
ちょっとそれもね、聞きたいも聞きたいですが、
今日はね、ちょっと限られた時間で、
講座スクールというね、
キサノキさんが、神活でそういうお仕事をされていて、
プラスアルファでね、やってることはどっちがメインか、
どっちがメインとかもあんま考えなくていいですよね、今のね、この時代で。
そうですね、ほぼほぼ同じぐらいの熱量でやってます。
そんな、講座スクールってのはどういう授業というか活動なのかというのを教えていただけますか。
ありがとうございます。
講座スクールっていう名前なんですけど、
コンセプトというか、実は頭に枕言葉がついてまして、
僕らは小中高生のための大学院講座スクールと呼んでます。
なので、小中高生のための大学院なんですね。
講座っていう言葉も、音楽やられてる方とかだったら結構身近なんですけど、
楽譜にね、講座記号という楽譜のマークが出てくるんですよ。
これは、その楽の小説の最後の行に飛ぶっていう意味が音楽的にもあって、
それを文字って講座スクール。
小中高生が大学院に講座する、飛ぶっていうことを言葉には込められてるような、
そういったことをやってる環境です。
本当にその文字通りで何をしてるところかっていうと、
小中高生が、たぶん今だと、僕の高校時代とかまさにスタートだったんですけど、
探究学習とか結構もう一般的に授業のカリキュラムに取り入れられている中高って増えてきてると思うんですけど、
そこで行われて探究学習。
どちらかというとSDGsの、それこそアンバン、均衡なくそうっていうところを自分で調べて、
課題を設定して解決策を出すとか。
結構そういう調べうるっていうことであったりとか、
自分で社会の課題に対して自主性を持って設定して、
解決策をちょっとクリエイションしてみるみたいなレベルなのかなと思うんですけど、
僕たちがやってるのは探究とは言えずに、やっぱり研究と言ってるところが肝で、
やっぱりアカデミックに、僕は結局経験しながらですけど、
大学院とか修士、博士課程で取り組むような、
本当にアカデミックな本格的な研究を小中高生たちができる環境を、
僕らは届けているっていうような場所になります。
面白いね。これはどうですかね。
ここまで聞いてみて、リスナーさんがどう思われてるかってのがすごく気になるんですけど、
おそらくね、第一印象は厳しないという。
できるの?みたいなところですよね。
できるの?ってことじゃないですかね。
その辺だってよく聞かれると思うんですけど。
まさにまさに。本当に結構それを言われるところもあるんですけど、
やっぱり僕ら実際に、そもそも高田スクールを始めた時のきっかけっていうのが、
それこそ今事業部長として最初の立ち上げの、本当に発起人だった西口雄貴の
一個の引き続きから始まってるんですけど、
彼がちょうど2021年のタイミングで、大学院生になったタイミングで、
大学院で普通にゼミ活動だけじゃなくて、一応いろんな授業を取ったりとか、
ちゃんと研究者として研究というアプローチをちゃんとできるようにするための
いろんな実践だったりインプットをしていく中で、
いろんなタイミングで、高校生までのときにやったら、
5科目の重要性に気づくタイミングが何度かあったっていうところ。
で、例えば、もちろん国語とかの評論文を読んで、
端末に自分の中で書かれてることについてアウトプットするっていうのは、
めちゃくちゃ論文読解に重要であったりとか、
数学とかも意外と文章とか相関係数を出すみたいな、
センターで絶対出てくるけどこれいつ使うのよみたいなやつも、
実は統計分析っていう1個の分析手法を使うときに、
どれぐらいの因果関係があるのかを定量的に見るのって結構大事じゃないですか。
これ多分文系でもやるんですよ。
こういったこととか、あと理科の対象実験、
小学校のときにやった朝顔がサクサクはないっていう、
あれですら研究においては、どこを定数にしてどこを変数にすると
比較ができるのかっていう文脈で実は活かせるんだっていうところとかで、
大事だったんだ、小中高生のときの勉強。
結構作れる場所があるんだっていうことを、
研究をする土壌に立ったときに初めて気づけたっていうところがあって、
それだったら、当時僕もそうだったんですけど、
普通の個別指導塾も傾向してやっててもともと。
やっぱり子どもたちからの声として、
やっぱり勉強を何でするのっていう問いに大人たちが答えられないっていう、
人情をリアルに、自分も経験者だった中で、
この伝え方がもっとできるんじゃないか。
伝えるっていうか、研究を子どもたちがすることによって、
勉強する意味っていうのが逆に戻って、
いもずる的に分かる部分が出てくるんじゃないかっていうことで、
始まったのが実は高田スクールだったっていうところなんですけど、
でも子どもたちが、あ、なるほど、
勉強する意味が分かるから研究やろうってなるわけではないんですよね。
どういう発端で子どもたちが、
それこそ本当に研究できるのってところだと思うんですけど、
結論めちゃくちゃできます。
どれぐらいできるかって言ったら、
2年かけて高校1年生の時に学術論文1本書いてる子もいるし、
2回に出してる子もいるし、
なんなら自分が高校生の時に取り組んできた研究実践を使って、
大学の総合型の入試で、
自分はこういうことをやってきた人ですとか、
こういうことをもっと通っていきたい人ですということで、
大学に進学につなげたりとかする人も、
実際高田を通して生まれているっていうところがあるんですけど、
僕らがやってることは、どちらかと言うと塾なのかってとこなんですよね。
塾って教える人がいて、教えられてる対象がいて、
その関係性のもと成り立っている教育的な場だと思うんですけど、
僕ら高田スクールの時に共同研究っていうアプローチを取ってます。
共同っていうのは、いわゆる大学研究室とかでいう、
共に同じの共同ではなくて、
協力して働くのほうの共同ですね。
なので、小中高生はもちろんできないこととか最初たくさんあります。
論文読むっていう、本当に研究なので、
小中高生も自分でテーマを設定したら、そのテーマの先行研究を網羅的に言って、
自分で問いを立てて、リサーチクエスチョンを立てて、
解説を立てて、検証方法を考えてみたいな、
一個一個のプロセスだったりとか、論文も一人で読むとか、
分析手法を自分だけで考えるのはできないんですけど、
その辺を大学生だったり、大学院生のお兄さんお姉さんとか、
時には大学のもっと教授の人とか、
有識的なその専門にすごく根差されてる大人の方とか、
いろんなステークホルダーが手伝いながら協力して一つの研究をやっていく。
ただ大事なのは、やっぱり子どもたちには好奇心があるんだ。
やっぱりそこは僕らがブレンツに意識してるところでもあって、
何か課題とか問いは僕らから掲示しないところはあるんです。
あなたは何が知りたいのかとか、何に興味があって何に関心を持ってるんだっていう、
それは内発的な部分から出たものに対して、
それを研究という手段を通してもっと面白がれるし、もっと深められるし、
もっと自分の言葉で伝えられることってあるんだっていうことを、
研究を手段にして自分が表現したいことであったりとか、
自分が知りたいと思ってしまったことに対する熱量を注ぐ先が
子どもたちに用意されてるっていうようなイメージなんですよね。
なので、子どもたちはすごく自分の好きなことが特にあって、
親御さんもニッチな専門について、学校でもそういう話し相手がいないみたいなところで、
そういう熱のぶつけ所を失った子どもたちの一種の窓口として、
僕らが社会に存在できてるのかなって思います。