みなさん、こんにちは。誤り続けるオンナたち、Kayakoです。
Kanaです。この番組は、性格も、住む場所も、ライフステージも、何もかも違うけど、
なんだか昨日、30代女2人が、誤り続ける日々について、ゆるーくおしゃべりするポッドキャストです。
本日もよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
見ましたよ。ちょっと遅い話ですけど、Kayakoさんの娘ちゃんが、小学校に、小学校?キンダーガーデン?に、
そうですね。
ご入学されたということで、おめでとうございます。
ありがとうございます。そうなんですよ。これね、アメリカの小学校の制度を、ご存じない方が多いと思うんですけれども、
そうなんですよ。アメリカの小学校はですね、日本と同じように、1年生から6年生まである。
ここもね、ちょっと地域によって、何年生までが結構違ったりするんで、うちは違うぞって、ご意見いただくと思うんですが、
日本の小学校と同じように、1年生から始まるんですが、しかも同じ6歳からかな。
なんだけど、1年生の下に、キンダーガーデンっていう学年があって、なんでここだけ何年生の概念を入れてないのかよくわかんないんですけど、
それはもうね、日本で言うと年長さんなんですけど、1年生に移行するまでの準備期間としての1年間っていう位置づけで入るんですよ。
英単語とかだと、キンダーガーデンって、幼稚園みたいに習った記憶があって、
私はてっきり、前もこんな話したかもしれないんですけど、年少さんぐらいからの幼児教育を一通りそこで学ぶのかと思っていたら、
今までいた場所はそうではなくて、この1年だけがキンダーガーデンってことなんですか?
そう、そのね、1年生の前の1年間だけを学年の名前なんですよ、キンダーガーデンっていうのは。
すごいややこしくて、またややこしいのが、幼稚園的なところもあるんですよね。
3歳、4歳、5歳、日本の幼稚園と全く一緒。3歳、4歳、5歳を預かってくれる幼稚園もあって、その幼稚園のことも大体ね、スクールって呼び方するんですよね、みんな。
そうなんですね。
そう、スクールって呼び方するし、学校名もなんちゃらスクールって名前だから、幼稚園っていう単語がなくて、
で、3歳、4歳のことね、プリスクールって言うんですよ、プレ、スクールの前。で、プリスクーラーズって言うんです、3歳、4歳のことは。
3歳のことはプリ系3、プリスクール3歳、4歳のことはプリ系4、プリスクール4歳。
5歳になったらキンダーガーデンなんですよ。
3歳、4歳、5歳の幼稚園的なところでも、5歳になったらキンダーガーデナー、キンダーガーデンに通う子たちなんですよ。
それを進学予定の小学校の付属のキンダーガーデンに行くのか、それまで3歳、4歳で通った幼稚園に行くのか、もう家庭次第みたいな感じなんですよね。
ただ、アメリカの公立小学校は無料なので、基本的に授業料が。なので、通う予定の小学校のキンダーガーデンに入れれば、もう無料なんですよ、公立だったらね。
- マンダラ?
- そう、マンダラ。
- 合ってた、合ってた。マンダラで合ってる?
- そう、合ってます、合ってます。10月くらいまでかな。
- 国立博物館で、空海とマンダラみたいな展示をやってて、
- 密教の?
- そう。私、古典ラジオの空海めっちゃ好きだった割には、
- わかる。
- 全然神言集分かってなくて、
- うん、自分全然分かってない。
- そう。で、一緒に行こうかなって言ってた友達と、
- マンダラってもしかして勉強すべきなのでは?みたいな話になって、
- そんな話になるの面白いな。
- なぜかというと、まるまるマンダラとかじゃないですけど、
- そのマンダラって、情報を伝えるツールとしても優秀なんじゃないかと思ったんですよね。
- 文字がまだそんなにね、みんな普及してないときに、キリスト教でいうと絵で描いたりとかしてたみたいな感じのものなんじゃないかってこと?
- そう。要は仏教っていうものの真理を伝えようとしたときに、
- これはその後読んで分かったことですけど、
- 言葉には限界があると、それを言語道断って言うんですけど、
- あー、そっから来てるの?
- そっから来てるらしいんですよ。
- へー、そうなんだ。知らんかった。
- 密教に至るまでの仏教だと、伝えるっていうことを完璧に言葉で行うのは、限界があるみたいなスタンスだったところから、
- 密教では、マンダラを学ぶとか、マンダラを見て修行することによって、
- その全てを得得することができるし、マンダラは全てを伝えることができるっていうスタンスに変わるんですよ。
- えー、めっちゃ大事じゃん。
- あんなの象徴みたいな感じかと思ってたけど、それコアなんだ。学ぶ上で。
- そう。密教のコアはマンダラで、マンダラっていうのは、その宗教、仏教の真理を表してて、
- それがね、さらに学ぶと、めちゃくちゃ構造的に、すごいロジカルに世界を伝えようとしてるっていうものだということが、
- 読んで分かったんですけど、マンダラ入門っていう。
- 本当にマンダラの世界に足の親指の先ぐらいしか浸ってないんですけど、
- 親指の先でその知識量増えてるからいいね。
- ちょっと勉強しただけでも、やっぱり伝えるっていうことを仕事にしている身として、
- あとは日々、それこそ言葉しか使えてないんですけど、何か伝えようと思っていろいろ文章を書いたりしてる身としては、
- そこから学べるもの、宗教的、その世界観以上のものが学べるのではないかみたいなことを思って、
- 3,4年ずっと買ったんだけど、そのままにしてたマンダラ入門を読んだんですよ。
- えっ、むしろ3,4年前に買ってたの?もうマンダラ入門。
- そうそうそう。あの、門川ソフィア文庫が安かった時か何かに多分買ってて、
- カナさんのやっぱつんどくのこのアンテナ、いつか必要な時が来るはずだみたいな、すごいな。
- 本当に3,4年眠らして来たんだ。今がこの時ですみたいな。すごい。
- この時来ちゃって、その当時ちょっと読もうかなって思って開いた時は、全然頭に入ってこなかったんですよ。
- そもそもなんで私マンダラについて読もうとしてるんだっけ、みたいな感じ。
- なんで買ったのマジで。
- 多分だけど、わかんない。古典ラジオ聞いたのかな。あるいは、
- あ、でもそれぐらいかもね。3,4年前って空海最長ぐらいじゃないですか、多分。
- 聞いた熱量のまま、とりあえず買ったんだけど、でもまあ空海編終わって別の○○編とか聞いてるうちに、その時のタイミングは逃してたんですよね。
- わかるわかる。あれ全部聞いたら、まず熱上がるじゃないですか。途中でも熱上がるけど、やっぱ全部聞いた方が、うわーってなんか入ってきて上がるんだけど、
- 翌週ぐらいに次のやつ始まってるから、なんかふーってこっちの次のフェーズに行っちゃうじゃん、自分の気持ちも。
- それがさ、ヨーロッパとかだったりすると、もう空海の感動がね、別に失ったわけじゃないけど、もう過ぎ去った感はあって、
- わかるわかる。
- その状態で読んでも、頭に入ってこなかったんですよ。
- まあそうだろうな。
- 最初に勉強したらよくないかみたいな話になって、私がもうすでに持ってたから、じゃあ一旦先に読んでみるって言って、7割ぐらい読んだところで、内容をGoogleドキュメントにサマリーみたいなのを軽くまとめたんですよ。
- マジ仕事みたいなことしてんな、プライベートでも。
- よかったところはね、私が読みどころだと思った、本当に片足の親指の先みたいな知識をさらにろ過して、本当に水滴みたいになったものをシェアしたんですけど、それだけでもやっぱすごい面白くて、
- そうでしょ。
- やっぱ何かを学ぶって面白いな、みたいなことを思ったっていうことがあって。
- 大人になってからの学びの自由度、だって自分の学びたいことに行けばいいんですもんね、学校でこの授業を受けるみたいな、言ったら受動的じゃなくて能動的に行けるから、何か違いますよね、勉強っていう言葉の意味がね。
- 全然違うと思いますね、それこそかやこさんのバイブルスタディとかもそうですよね。
- あー、本当にそうだわ、本当にそう。これがね、きっとキリスト系の学校に行って毎日聖書を先生から言われて読まされるのと、自分で聖書面白いと思って読むのとでも運命の差がありますよね。
- 最近やってるんですか?
- やってますやってます。変わらず週に1回やってて、間にね、いろいろ休みがあったり、つわりがあったりしてやんなかったけど、1年かけてマタイの福音書の章が28章あるんですけど、終わりましたね。
- おー、メモにはね、ほんと残したことないっすね。エピソードトークと同じだと思ってるんで、思い出みたいな感じで。
結構ね、そこで自分の中でガツンときた考えは、すっごい議論するっていうか、おばあちゃんといっぱい話すんですよ。
それって、つまりこういうこと?とか、言い換えを、自分の理解が間違ってないかみたいなことを知るために、日常で言うと、こういうふうに考えたらいいのかな、みたいなことを、
手をかえしなおかえ、おばあちゃんに言うから、たぶん自分の中にものすごい刻まれるんですよ、その考え方みたいなのが。
それを、はー、これすごいいいわ、と思って帰って、ポッドキャストでそのまま喋るか、ノートで書くみたいな。
だから、バイブルスタディポッドキャストみたいな感じのことを、その、教わりながらやってるってことですね。
そうそう、そのままもうやっちゃってるっていう感じですね。
例えば、直近つても6月に配信した、「神様が努力に見合った報酬を与えない?」っていうタイトルの回があるんですよ、日々中途間で。
はい。
なんか、天国とはこういうところだよ、みたいな説明を神様がする内容で、
一見ちょっとしか頑張ってない人とすごい頑張った人に対して、同じ報酬を与えるんですよね、神がね。
はい。
すごい頑張った人に報いるのが神たるものの、なんか存在なんじゃないの?みたいな感じで思ったんですよ、私は。
すごい頑張っている人のことを神様が見てるみたいな話じゃないの?それはって言ったら、そうじゃないって。
すごい頑張った人が偉い、ちょっとしか頑張ってない人が偉くないっていう例え話は、そのままキリスト教の心身深さ。
要はもう20年ずっとキリスト教徒で、神にずっとこの身を捧げてますって言う人と、今日キリスト教徒になって神様のことを信じてますって言う人を、神は平等に扱うんだって話をするために、まあ例え話をするんですね。
なんかそれが衝撃的で、私的に。
頑張った人が偉いとか、頑張った方が報われるみたいな発想じゃない、全然違う考え方が、そのキリスト教徒の中にもあるんだって、めっちゃショックだったんですよ。
確かに神様が、君は20年信じてくれてるから天国行けるけど、君は今日なったからちょっとまだ足りない、無理とか言い出したら、えー!みたいな感じじゃないですか。
そしたらもうみんな、俺はちょっともう歴が浅いからキリスト教徒になるのやめとこうみたいになるしね。
だから、そういうなんか世の中のあるべきみたいなロジックと全然違うロジックを持ってんだってことがすごい衝撃で、
てことはこういうこと、てことはこういうことって、そこでもう言いまくって覚えてたから、ポッドキャスター様も喋るみたいな流れでした。
あー、なるほどね。
そのあともう一個聞きたかったのは、これを全部英語でやってるってことじゃないですか。
全部英語でやってます。
かやこさんは、英語で本とかそんな読まない人ですか?
英語の本は全然読まないですね。喋る方が得意で、読むのはもうクラクラしちゃうんで。
じゃあ聖書をやっぱり一緒に読むで、それについて議論するって割と高等なことをしてると思うんですけど、それはなんとなくできちゃうもんなんですか?
この聖書を読んで感想文を書きなさいとか、聖書を読んで要約した文章を書きなさいって言われたら、もううんざりして一回目で離脱すると思うんですけど、
でもノートにもするし、ポッドキャストにもするし、日常で人にめっちゃ喋ってるからね。この間はね、聖書でね、どっか行って。
しかもそれをだから、英語で喋ってたのを日本語にして、しかもそれをサマリーで喋るみたいなことをするわけじゃないですか。
さらに解釈、言語を越えて理解しようみたいな解釈が進むから、聖書に関しての気づきも深まるし、英語力も上がりますね。
確かにね、自分ではあんまり思ってなかったんですけど、ちょっと遠くに住んでる友人がいて、めったに会わないんですよ。
この間会って、なんか前から英語は喋れてたけど、さらに上手くなった感じがするけど、何かやってんの?って言われて、
ん?何もやってないな。英語の勉強何もやってないな。でもやっぱそのバイブルトークだと思って、それでやっぱ定期的にアウトプットしてるから、でネイティブだしね、相手は。
だからそういうことかも?と思って、確かに英語のレッスンに。友達でも同じように、違うおばあちゃんなんですけど、
バイブルスタディしてる子がいて、その子はどっちかと聖書への興味ももちろんあるけど、英語の方をメインで、わからない単語とかをいっぱい聞いてるって言ってたから、英語のレッスンとしても成り立ちますよね。
そうですね。だからすごい勉強をしてるんだなぁと思って。
たしかにね。だってバイブルスタディだしね。よく考えたのね。バイブルトークって言っちゃってるけど、雑談ばっかしてるから。
確かにこれはなんか勉強だな、言われてみれば。大人になって、というかもうアメリカに帰ってきてから始めた。
だからなんなら日本帰ったら、仏教のインプットがたくさんあるじゃないですか。お寺とかに行ったりとか、知り合いのお坊さんとか、知り合いにお坊さんいないからも紹介してもらうとか、
それやりたいなと思ってるんですよ。
仏教トーク?
仏教トーク。仏教トークちょっとね、バイブルトークはね、やっぱ日本語でやったらそんなにクリスチャーの人聞いてないから、あんまツッコミ入んないと思うんですけど、仏教トーク日本語でやると、ちょっとね、ツッコミが頬骨から飛んできそうなんで、
あんまり下手なことは言えないってのはありますけど、めっちゃ興味ありますね。やっぱこの濃度のキリスト教のインプット、日本じゃできないかもなって思うんで。
そうですよね。それほど熱心に語る層が身近にはあんまりいないですもんね、きっと。
やっぱ信者から聞くっていうのがね、あんまりできないですよね。面白いなって、日常でどう考えてるのかとか聞くの面白いし、なんかちょっと好きになってるしね、キリスト教のこと、私。
勉強してみたいこととか他にあります?
いっぱいあるんですよ。だからそのキリスト教発端として、私はね、美術を学びたいんですよ、もっと。
美術館も好きだし、美術周りの歴史とか、美術の周りの歴史を学ぶって、つまり歴史を学ぶことじゃないですか。
宗教画とか言ったら、それこそ宗教の話とか、そこに至るまでの歴史を知ってると知らないと全然理解が違うし、それと全然関係ない宗教画じゃない絵画であっても、
質問とかされたらまたそれについて調べたり、それについてどうやったら伝わるかなみたいなことでね、回答したりとか。
もうなんならきっと外国人増えてるから、英語も勉強しなきゃいけないじゃないですか、きっと。
日本人もそうだけど、外の人で興味持って来てくれるなら絶対伝えたいですもんね。
日本に興味持ってわざわざ記念館に来てくれるなんてね。
それ頑張りたいもんね。
そうなんですよ。
そのおじいちゃんたちやっぱり、近場のおいしいそば屋さんとか、グルメ情報にも大変お詳しく。
そりゃそうだわ。
そう、だって聞くから、今今日ここ来て、この後ランチなんだけど、どっか近辺においしいお店ある?とか、私も聞きましたからね。
そうだわ。聞くべき相手ですよね、間違いなく。
私たちの外見を見て、そんなにお金を持ってないと判断したのか、あそこはちょっとうなぎで高いから有名なんだけど、みたいな。
あっちのそばだったらオススメだよ、みたいなこととか言われて。
ちゃんとアレンジしてくれる。
私たちの外見を見て、コメントしてくれるっていう。
財布事情でね。
優しさみたいな。
めっちゃいいじゃん。それはなんかね、言ったら記念館の受付の女性とかよりも下手したらね、もうその町のA子先生見てきて、スイカとか知らんけど、そこはずっと長年やってるとか、ここが最近人気っぽいとかね、知ってるだろうからね。めっちゃいいじゃん。
そうそうそうそう。海外とかでも、友達とかに聞くと、学生さんがガイドしてるとか、それ予約して聞いたりすると、すごい学びが深いみたいなこととか聞いたことありますけど、イタリアだとね、もうそれどころじゃない美術品たちだから、アレですけど。
ごまんとガイドがね、そう。私もガイドさんがいる方が基本はいいなって思うんですよね、やっぱり。どうしてもね、インプット大変だし、ただもうね、
子供がいるとね、ツアーの時間と工程が決まってるのはもう無理だから、基本はね、ほんとガイドさんと行きたいっす、観光地とかいうところは。だからおじいちゃんめっちゃいいじゃん、ボランティアだし。
いやおじいちゃんいいっすよ、おじいちゃんね、子供の対応も上手だから。
確かに。
ほんとにいいおじいちゃんがいたスポット教えてあげたいですもん。
いやほんとですね、ちょっと良きおじいちゃんスポット一覧ちょっと今度いただいて。
記念館とかにいるおじいちゃんっていうのは、なんだかんだちょっとお金もらってたりとか、あるいは正式なボランティアだったりすると思うんですよ。
ちゃんと登録してるみたいなね、公式ガイドみたいなね。
これは私が体験した話じゃないんですけど、上野かな、徳川家の墓とかあるじゃないですか、あの辺に近づくと、待ってましたみたいな感じで待ち伏せしてる教えたいおじいちゃんがいて。
そんなさぁ、人来るだろうけどさぁ、押し寄せるわけでもないだろうに、今日何人来るかの見立てもないままとりあえず墓に来て待ってんのね。
で、経図とか見せられて、すごい丁寧に、ここのお墓にはどんな人がいてみたいなこととかを説明してくれたらしいんですよ。
すごいじゃん、そのおじいちゃん。
意識高いおじいちゃんたち。
すごいね。
一歩間違えたらだって、信者だと使われかねない。
正直ね、そりゃそうですね、どこから来た誰なん?みたいな話ですね、突然しかも話し出して。
怪しい話じゃないっていう、心のブロックを解くまでにもそこそこ時間かかるじゃないですか、正直。
たまたまね、行ったのが、私がよく社会科研学一緒に行く友達、プラスもう一人、何でも知りたいギャルみたいな子だったから。
一緒に行って、おじいちゃん話し出したから。
その後、それこそギャルの子は予定あったんだけど、あまりにおじいちゃんが熱心に話すから、だんだん面白くなってきちゃって、
もう次の予定、遅れてでも、一旦全部話聞いてきたって言ってましたからね。
それはもう理想の聴取。おじいちゃんもやっぱその2人の継承力に、もうエンジンかかりまくっちゃったんでしょうね。
いや、そうそうそうそう。
めっちゃ聞いてくれるやん。だって絶対なんとなく来ただけで、そんな詳しく知りたくねえんだよな、みたいな人っているはずだから。
それは良い聴取。おじいちゃんにとって今日は良かったわって言って帰ってると思う。
だから良いですよね。やっぱ勉強をし続けて、アウトプットし続けるっていうその営み、尊いし、やっぱすごいことだなと思って。
すごいわ。おじいちゃんがそのポッドキャストとか、そのソーシャルメディアとかをちゃんと使いこなせたら、ものすごいアウトプットできてると思うけど、
そのおじいちゃん的にもう選択肢が知り合いに喋るしかなくて、でも知り合いはもう多分家族とか親族とか友達をやり尽くして、もういいよみたいになってるから、
もちろん現地に来て興味がある人捕まえようってなったんだろうな。行動力すごい。めっちゃいいじゃん。そういうバーチャルにもなろう。
そう。だからね、大人の社会科見学にはね、やっぱり物知りおじいちゃん欠かせないですね。
すごいなあ。
いい思い出になるし、あのおじいちゃん良かったよねみたいな話しますもん。
そうね。なんか行ったところのインパクトのあったローカルの人ってすごい覚えてるもんね。
そんだけ熱く語ってくれてね、いろいろ教えてくれるおじいちゃんのことは旅で忘れられないよね。だって得たインプットの根源だしね。
あのおじいちゃんもこう言ってたからねみたいな感じになるしね。その後エピソードとか聞いたときに、この話おじいちゃんから聞いたわみたいになるから。
それはいいな、確かに。社会科見学の面白さがちょっと増えた感じしますね。そういうおじいちゃんに出会わないかなみたいな。
でもかやこさんもイタリア行くときにインプットしたものを生々しい情報が知りたいみたいなことを最初つぶやいていて、
私がだからあやまり交換日記で実際どんなものをインプットしたのか教えてくださいって聞いたら、めちゃくちゃ本読んでたじゃないですか。
あれびっくりしたんですけど。
いやそんなかなさんにめっちゃ読んでたって言ってもらえると思ってなかったですけど、そこそこ買いましたねなんか本をね。
夫も買ったし私も買ったからイタリアに関する文献が我々突然爆増みたいな感じで。それこそ美術を勉強したいって思いはね、ずっとあるんですよ。
多分これはなんかコンプレックスというか洗脳というか、親がね美術館フリークなんでまず。
ちっちゃい頃からずっと美術館を連れ回されてきたんですよ私は。でこの美術館は面白くないじゃないですか正直な話。
そうですね。
よくわかんないしだって。なんかさゲルニカとか見てもさ本物見たわけじゃないけど、大塚美術館とかで見てもなんかふーんみたいな。
で横でお父さんとかがめっちゃ喋ってくれるわけですよこの戦争がどうのとか。うちのお父さんそういうじいちゃんになれるそういうめちゃくちゃあるんだけど。
美術館じいちゃんになれるそういうめちゃくちゃあるから、今行ったらめちゃめちゃいいんですよお父さんと行くの。すんごい知識あるから。
当時思んなくて、だけどなんかやっぱこう親が心躍ってて熱く語れるものを自分も分かりたいみたいになるんですかね、そのちっちゃい時の。
それを引きずり続けてきて、詳しくなりたいって思ってたのが、なんかついにイタリアに行くみたいなね。
バチカン美術館に行くみたいな。もしかしたらもう二度と行かないかもしれないんですか人生で。
だからそうですねもしかしたらね。
そうだって次ヨーロッパ行くってなったら、違う国に行きたいなってやっぱなっちゃうから、
この一世一代のチャンスみたいなのを逃さないためにめっちゃインプットしようっていっぱい買いましたね本当。
西洋美術史とか天使と悪魔の絵画史とか面白かった。そして見る予定のある絵がいっぱい載ってるから。
そうですよね。実際見るとまた感動というか、してよかったこのインプットみたいな感じになるわけですよねきっと。
なったなったなった。YouTubeもめっちゃ見たんですよね。解説してるYouTubeいっぱいあるから。
やっぱ別に何のインプットもなしに、これファーストインプレッションでどう感じるかみたいなのが大事っていうのもすごいね。
鑑賞の誤りとかで言ってますけど。
でもやっぱ、俺がそういう時代背景の中でミケランジロがこうやって描いて、こういう思いがあって。
これは旧約聖書のこのシーンでみたいなのは、分かると感動が等しよって感じですよね。
知ってたこととリアルが繋がるみたいな。ピーンみたいな瞬間があって、すごい面白かったし。
いろんな視点があるじゃないですか。絵としての完成度みたいな話と、歴史的にその重要性がどうだったんだみたいな話と、
ミケランジロの人生の中ではどういう意味があったんだみたいな。ミケランジロ的にはこの中もめちゃめちゃ困ってみたいな。
俺彫刻の方が好きなのに、なんで絵のこと頼まれなあかんのみたいなことになってたけど、