というわけで、今日は対談をお送りしたいと思います。
心理学者、感情心理学者の長峯さんです。
よろしくお願いします。
純レギュラーとして、私のPodcastを支えてくださっている長峯さんに、
論文を出すたびに来てくださるというのを宣言してくださって、
たくさん出される方なので、たくさん来ていただいているという感じですね。
ありがたい。
話してもらえるように来ています。
前回とか前々回とかのアーカイブとかも概要欄に貼っておこうと思うので、
長峯さんの研究の話、興味持ったら、そっちはそっちでね、
方向性は一緒だけど角度違うような話を研究たくさんされているので、
あわせて聞いてほしいんですけども、もしかしたら初めて聞く方もいるかなと思うので、
改めて長峯さんにどういう、まず自己紹介をしていただきましょうかね。
お願いしていいですか。
はい。
江戸川大学というところで心理学の教員をしております。長峯と申します。
一応専門は、いわゆる混合感情という、エモいみたいな、
ポジティブな感情とネガティブな感情がちょっと混ざったようなものとか、
一緒に感じるような状況のこととか、そこら辺について細々とやっている感じです。
細々。
ありがとうございます。
あれでしたっけ、授業とかは社会心理学とかも教えてあるんでしたっけ。
一応そのポジションは社会心理学ポジションなんですけど、
感情心理学とかを教えている感じですね。
あんまりね、感情心理学ってポジションはそもそもないですもんね。
別に混合感情の話はあんまりする機会がないから、話させてもらいに来ている感じです。
授業とかでは混合感情の話しないですか。
ほぼしない。
何の話をするんですか、感情で混合感情なかったら面白くないでしょ。
普通にシャノンバードとかジェームズランゲから。
エッグマンとか基本感情。
基本的なものをやってますね。
なるほど。ありがとうございます。
さっきも言ったように、この文を出して、それの文が出たら、
それについて詳しく聞きまくるという回を何回かしていて、
今回はまた別の論文を出されたということで、
ちょっとまだ収録時点では出てないんですけど、
これを流す前に僕の方から解説のパイを1回設けてからこれを出そうかなと思うので、
昨日のやつを聞いてもらったら予習ができるというスタンスにしておこうかなと。
そっちはそっちで、僕の長峰さんの論文解説があって、
今日はせっかくなんで、長峰さんにどういう研究をしたかというのを
2人から聞かせていただいて、僕がひたすらツッコミを入れて深掘っていくという、
そういう感じにしようかなと思ってますけども、大丈夫ですかね。
はい、お願いします。
論文のタイトル、悲しみと切なさの概念的移動。
移動というのは異なる同じ移動ですね。
これどういう研究をされたんですか、ざっくり。
ざっくり言うと、悲しいという感情と切ないという感情が何が違うのかを調べた研究です。
なるほど。
悲しいはサドネスとか英語だと。
切なさとかは英語はそんなにないですか。
切なさは近い表現はあるんですけど、
バシッとこれっていう定訳が決まっているわけではない感じですね。
だから、そもそもなんでその違いを調べようと思ったかとか、そこから聞いてみたいんですけど。
なんか普通に切ないっていう言葉が好きなんですけど。
好きですね。
いいじゃないですか。
好きです。
でも、切ないっていうことをちゃんと調べた心理学の研究って実はなくて、
静谷くんもね、ご存知だと思うんですけど、
結構いっぱいある感情のうちの切なさっていうのがちょっと一個ありますよとか、
むこう昔、婚後感情を図る項目みたいなのをちょっとざっと作ったときに、
切なさをそこの一つの項目として当てはめたりとか、
悲しみに関係する言葉の中に出てくるとか、
そういうたまにコッと出てくるみたいなのはあったんですけど、
切なさっていうものがどういう感情ですよっていうのをちゃんと調べた研究って、
少なくとも僕が知ってる限りは心理学ではなくて、
でも、切ないって、多分日本人だったら、
切ない、この間映画見たんだけど切なかったんだよね、
切ない曲が好きなんだよねって聞いたときに、
だいたいわかるっていうか、何それってならないじゃないですか。
ならない。
ならないから、絶対その、
悲しい歌と切ない歌っていうのが2つあったときに、
多分どっちが悲しい歌やどっちが切ない歌ですかって聞かされたら、
多分当てられると思うんです。
確かに。
でも、実際は何が違うのかって、
意外とわからずに使ってる、感覚的に何か違うんだろうなっていうのはわかっても、
具体的に何が違うのかあんまり意識せずに使ってるんだろうなっていうのが、
あって、そこを見たいなって思ったのと、
あと、前に話した今後感情語の、
今後感情の表す言葉を書き集めて整理しましたみたいなやつで、
最終的にこれは日本で結構典型的な今後感情と思われてるっぽいですよっていう風に、
言っていた12個の言葉の中に入ってたんです、その切なさ。
だから、日本人が思う、いわゆる今後感情、エモい感情っていうのの中に、
切なさ、切ないっていうのが入ってて、
典型性として高い方ではあるから、
ちゃんともう少し深掘りできたらいいだろうねっていう感じで、
でもその切なさは、やっぱりそれこそ一緒に書いて、
いつぞやその3人で対談も、そして大先生が、
悲しみを表す言葉として出してるし、
実際問題は悲しみとかなり近い要素があるっていうことで、
言うたら悲しみの位置表現というか、
悲しみのちょっと本当に違う、ちょっと表現違うぐらいで、
悲しみは悲しみみたいな感じの考え方をする人もいるだろうなって思ったんですね。
それ言うたら、たとえば英語系の方に説明したとき、
それサドネスじゃないの?みたいな。
私たちはそれサドで表現するよみたいなこともあるかもしれないので、
まずはその切なさ単体を見るよりは、
悲しみってめっちゃ近いところとの違いを見た方が分かりやすい。
それこそ何が似てても何が違うのかっていう部分で、
切なさの立ち位置がはっきりするかなと思って、
やってみたっていう感じです。
なので悲しみはポジティブでなくネガティブであるということが強かったんだけど、傾向として。
切なさは物にもよるけど、ポジティブでもありネガティブでもあり、みたいな感じの傾向がありましたね。
面白い。
だから結構これははっきり分かれていて、やっぱりその切なさの方が悲しみよりも混ざってる感じがすごく強いなっていう感じの結果ではありました。
なるほど。
そもそも悲しみと切なさってどれくらい相関してたんでしたっけ?
ここの相関?
ここの相関はね、どんだけだったかな。
これかも。
4Qだね。1.49だから中ぐらい?そんなに高くない。
そんなに高くないですよね。
中ぐらいだね。
いいなあ、この結果も。
そうそうそう。
比べるともちろん高いんだけど。
だからやっぱり悲しみと切なさっていうのは似てるけど結構違うところも多いよっていうことなんですね。
そうですね、これまでの研究は割と重なる部分も多かったけど、これは割と違うかもなっていうのを感じるような結果だなっていうのは思いますかね。
バシッと違うんだなっていうのが分かりやすい。
この一番最後のやつが結構割と全体で見たら大事かなっていう気はしますね。
ごめんね。
どうぞ。
さっきの1回飛ばした家族とか病気・怪我がそこで下がった理由なんだけど、
これなんだろうなって考えた時に、そもそも切なさの特徴っていうところが
結構強く反映されてるのかなって思うんだよね。
笹井先生っていう、
切なさを心理の人じゃなくて、
日本語の研究生の方がまとめたところによると、
切なさっていうのが結構、理想と現実のずれ、
それによって生じる願望とか、
っていうのに特徴付けられるみたいなことを言っている。
これって、前も少し対談とかで話したかもしれないけど、
ゴマスとかが今後感情をいくつか分類したときの一つで、
そういうホープみたいな、そういう願いが叶わない状態の
今後感情語群があるみたいな話をしたと思うんだけど、
結局逆に下がれなかったのが、
目標が達成できなかった失敗場面と、恋愛と孤独なんでね。
これって、つまり目標に関しては分かりやすく、
達成できなかったですっていう話だし、
恋愛における悲しみって、
自分の好きな人に振り向いてもらえなかったとか、
逆にお付き合いしてたけど、
別れることになってしまったという、
恋愛対象に関する何かの思いが遂げられてない状態っていうのは、
結構クリアに出てきやすい。
なるほど。
孤独もまさしく、
社会的な欲求というか、他の人と、
それこそ仲良くなりたいとか、
友達が欲しいとかっていうのが達成されてないっていう、
自分が望んでるものが手に入ってないっていう文脈が結構、
フューチャーされやすい場面かな。
逆にその他の3つは、
比較的いろんなものが混ざりやすくて、
思いが達成できてないみたいな文脈じゃないものも入ってきやすい分、
悲しみの方が少し得点が高くなりやすかったのかな、
みたいな考察をしてましたね。
実際その種別も表現的な理由性はなかったけど、
悲しみの方が高かったし、
そういうような感じではありました。
なるほど。
わかんないけどね、一応。
そう、わかんないけど。
面白い、面白い。
でも多分、素朴に、
切ない、多分切ないっていうときって多分そうなんでね、
何か目標とか思いみたいなものと現実がずれてるときに多分使うから。
だから恋愛とか、
対人に関してで、そういうこと起きやすいじゃん、割と。
そうだね。
別に恋愛じゃなくても、
友達と仲良くなりたいんだけどな、
でも向こうはそうでもないしなっていうのもそうだし、
自分はこの後尊敬しててすごく一緒にやれたらいいと思ってるけど、
向こうは自分のこと全然あんまり特に気にかけてないというか、
全くランチにないみたいな。
子供が親に対してすごくもっと遊んでほしいとかあるけど、
親側はそれがちょっと難しかったりするときに、
子供に対しても切ないなみたいな。
そういう、
思いが割と思いがあったり、
比較的混じりっけがないものであるほうが、
より切ないみたいなのが起きやすいのかなみたいな感覚はあって、
結構美学的な観点があるのかなっていう。
純粋なものだと美しいとか、
そうですよね。
すごくいろいろ聞いてみたいんですけど、
今の話でいうと、
最初の方に言ってられなかったんですけど、
花束みたいな恋をした映画がすごい好きで、
坂本英理さん。
そうそう、
でもちょっとあんまりネタバレするとあれなんで、
あれがたぶん僕の中で切ないの代表例なんですけど、
すごく面白そうだなって、
結構ピュアだったと思うし、あの二人は。
はいはいはい。
だから結構その話とはマッチしてるなって思いながらっていうのが一つと、
あとその欲求と絡むみたいなことを聞くと、
そもそも感情って人が生きていくために備わったものだよねみたいな話あるじゃないですか。
そうなった時に、
悲しみってそれなんでなんだっけっていうのと、
じゃあその切ないのを、
なんか我々がもっと切ないという感情を感じるようになったのはなぜなんだろうみたいなのは、
ちょっと聞いてみたくなったかなっていうのはあるんですけど。
はい。
悲しみはね、一緒にやって白井先生がド専門なんで、
ちょっとあれなんですけど、
やっぱりその悲しみ自体は結構原始的な基本感情の一つでもあるから、
動物とかも結構悲しそうな顔する動画とか割とあると思う。
あれはその、なんか怒りと根っこは似てるみたいな感じで、
やっぱりその何かその自分の所有物とか、
そういう主体と思っているものが奪われてしまうとかなくしてしまうっていう時に、
防衛反応として出てくるのが結構怒り的な感じ。
守ろうとする感じ。
で、悲しみは防衛できないって思ってるような、
対処可能性が低いときに、
結構悲しみが出てきやすいみたいな話もあるんですよ。
自分がここで相手に対して威嚇するとか、
無理やり奪いに行くとかができるんだったら怒るけど、
例えばどうしようもないことって言ったら、
まあでもただ悲しむしかないというか。
悲しみってその対処可能性を認知している分、
結構抗じの反応、怒りよりも少し、
抗じの反応っていうふうな解釈を、もしかしたらできるかもしれないなって。
確かに。
思いますね。だから。
対処可能性の話とかで言うと、切なさってどうなんですかね。
切なさは、悲しみ寄りだと結構できないので、
思っちゃってると思うんだけど、
切なさは、どっちかって対処できないって分かってるけど、
いわゆる目標とか欲求めいたもの自体を消せないとか。
どうしても、例えばすごく欲しいものがあって、
自分じゃ絶対手に入らないだろうなって分かってるけど、
でもどうしてもそれを求めてしまうみたいなものとか。
人だったり夢だったり、いろいろあると思うんだけど。
対処可能性はすごく低いと思う。
悲しみよりもそこの要素がすごく、
求めてるっていう要素が強いかな。
切望の切って切だから。
そう思った。
それも聞きたかった。
なんで切るなんですか?
何を切ってるの?
元々は身を切るみたいな痛みを表す言葉だったんだけど、
身が切られるような痛み。
ちょっと痛いっていう感じ。
結構痛いですね。
痛いんだけど、
それが結局転じて、
胸がキュッてする感じ。
こういうのを表すのに使われるようになったかなっていう感じですかね。
みたいです。
なるほど。面白いですね。
僕が切なさに関してすごく好きなユニークポイントがあって、
言語の方の文献で確かにって思ったんだけど、
切ないって、自分の状態も自分じゃない状態もどっちも使うんですよ。
同じ切ないって言葉。
例えば、
感情って自分の感情を表す言葉じゃないですか。
苦しいとか悲しいとか辛い。
もちろん切ないも自分がキュッてなって切ないなーみたいなところを使うんだけど、
他の人、例えば映画見ましたとか、
ドラマ見ましたときの登場人物がめっちゃ切ないような体験をしたときに、
切なっていう、自分じゃなくて、
他の人の何か、心情を表現するときに、
悲しいだろうなとか、怒ってるだろうな、他の言葉で何とかだろうなっていう言葉を付けないと不自然な。
切ないは切ないで結構いけるというか。
確かに。
そうなんだよね。
就職的な要素があるからだと思うんだけど、
自分が切なく思っているというか、登場人物とかは切なみたいな感じの表現を、
就職として使う、就職的感情表現みたいな感じで使うのってあんまり他でないなと思って。
うん。
そういうこと、悲しみはそういう使い方しないから、
そういう違いもありますみたいな言語の方の人が言ってて、なるほどなって思った。
面白いですね。
いい例が思いついてないから言うのやめよう。
すごく分かります。
確かに切なって言うな、話とはならないなあんまりな。
確かに。
切ない歌とか切ない物語っていうときに、
たぶん、おそらくは切ないの背後にある思い、願い、請求みたいな部分が集中されるので、
ここに対して価値を感じやすいんだろうなっていう気はします、割と。
なるほど、そうです。
だから、なくすこと自体は、悲しみそのものはもしかしたらやっぱり辛いから、
だけどその背景にすごく強い願い、思い、要求がありましたら、
そこにすごく心揺さぶられるような何かがあるんだなって思って、