本の紹介と感想
おはようございます、心理学者のじんぺーです。
このチャンネルでは、心理学の楽しいお話を毎日しております。
今日は、本の紹介をしたいと思います。
石津智博先生という先生が、関西大学にいらっしゃるんですけど、
神経美学と呼ばれる分野の研究者です。
日本、もしくは世界の神経美学のパイオニアのお一人と言ってもいいと思います。
そんな先生がね、大阪にいらっしゃるんですけど、
そんな先生が、つい2日、3日前ぐらいに出されたご著書を早速読みましたので、紹介したいと思います。
タイトルとしては、泣ける消費、人は物ではなく感情を買っているというようなタイトルです。
一般書にあたると思いますので、ぜひ手にとって読んでいただきたいなと思います。
サクッと読めました、僕自身は。
200ページぐらいって言ってたかな、電子書籍で読んだので、詳しいページ数はわからないんですけど、
それぐらいの本なので、ぜひ買っていただきたいなと思うんですけど、
自分なりの感想というか、面白いなと思ったところを紹介してみたいと思います。
本題に入る前にお知らせを1つさせてください。
7月の6日の放送で、このボイシーが700回目の記念放送を迎えました。
100回刻みごとに記念のNFTを作っておりまして、無料で受け取れるようになっています。
今回はGoogleフォームにウォレットアドレスというのを打ち込むことになっていて、
本当にウォレットアドレスというものを持っている人であれば、
10秒ぐらいで終わる作業かなとコピペするだけでと思いますので、
ぜひチェックしてもらえれば嬉しいなというふうに思います。
よろしくお願いします。
あとは生配信の予定も言っておこうかな、ちょっと待ってくださいね、今思いついた。
明日いけるかな?いけます。
ちょっと遅い時間にしようかな、明日。
実は明日はあるコミュニティでお話をすることになってまして、
それが4時からなので、7時とかにしようかな。
どうですか?むしろ夜の方がいいのか。
7時って夜か。
よし、そうしましょう。
8時にしよう。8時に生配信にしようと思います。
はい、よろしくお願いします。今決めました。
では、本のご紹介というか感想を話していきたいと思います。
僕ね、本の感想よりは結構苦手ですね。
論文を紹介する方がよっぽど楽だなと思います。
悲しみとネガティブな体験
フォーマットが決まっているし、
文量も本ほど長くないので、
なんとなく紹介すべきことはすぐにわかるんですけど、
本というのは構成要素がたくさんあるので、どこを紹介するかというのはいつも迷うんですが、
まず泣ける消費って何なのかってことですよね。
私たちは泣くということとか、
一番典型的な感情でいうと悲しみとかだと思うんですけど、
悲しい思いをしたくないはずじゃないですか。多くの人は。
だけども、悲しみを伴う映画を見に行きたいと思ったりとか、
演劇を見に行きたいと思ったり、小説を読みたいと思ったり、
そういうふうに泣きに行きたいですよね。
これが何かということを心理学的に、
もしくは石津先生の専門である神経科学・神経美学と呼ばれる領域から論じているような本になっています。
切り口はいろいろあって、
例えばなんでそもそもネガティブを消費しに行こうとしているかというところで、
感情の揺れ動きに私たちは報酬を感じるというか、喜びを感じるというふうになっていて、
ポジティブだけだったら、なかなかその揺れ動きというのが少ないので、
必要だよねということとか、
あとは自分がすごくやっぱり面白いなと思っていることは、
現実世界での悲しみとか、悲しみだけじゃなくてもいいです。
ネガティブなエピソード。
何があるかのほか、悲しみがわかりやすいのか、
異形の念ということとかも出てきますけど、
ちょっとネガティブよりの混合感情、異形の念というものがあったりとか、
そういったものを体験するときに距離が必要という話ですね。
自分自身のことだったら悲しみを感じる、
自分の出来事で悲しみを感じると、それは楽しいとか美的な体験ということは全く言えないし、
例えば、友人とか家族とかでもそうですよね。
もし家族との私別の体験とかがあったときに、
それを消費するというか、体験として楽しむということはあり得ないわけですよ。
だけども、すごく遠くの人の悲しいエピソード、
それについても共感が強い人、
伊勢先生が共感が強い話が個人的に初めて聞いたのですごく興味深かったですけど、
共感性が高すぎると辛すぎて、自分のことのように思ってしまって、
楽しめる状況ではないということがあります。
それを距離を持たせるというのは、もちろん遠い親戚とか、
よくわからない人とかという意味でもそうなんですけど、
芸術の文脈に乗せてあげることによって、その距離が保たれる。
それによって人は安心してネガティブなことを受け入れたりとか、
ネガティブなことを一つの美的な体験として捉えることができるということが、
とても面白いところだなと思います。
僕があまり普段見ないから、すっかり頭から抜けてたんですけど、
ホラー映画の話もたくさん出てきます。
ホラーというのもそうですよね。恐怖というのは感じたくない。
恐ろしい人とかに出会いたくないし、そういう現象、怪奇現象みたいなこととか、
自分に振りかかってきたら嫌なんだけども、スクリーンの中で起こっていることだったら何とか楽しめる。
僕はそれでも嫌なんですけど、そういうふうに距離があるということがとても重要であるというのは、
すごく面白いと思ってますし、
研究でも文脈を操作したりとか、ただただ悲しい芸術作品とかを見せることによって検証がなされています。
伊勢先生も悲哀な美という、ちょっと物悲しいことを題材にしている写真の作品だったりとかを実験に使っていらっしゃるので、
まさにこの辺りはご専門なのかなというふうに思います。
あとこの観点ですごく面白いなと思うのは、恐怖と悲しみとか異形の念とかという感情を紹介してきたんですけど、
ネガティブ感情って他にもいろいろあって、怒りとか嫌悪感というのもあります。
これらというのが消費されないよという話がすごく面白いなと思って読んでました。
ある研究の紹介がなされていて、これもまさに脳科学的な、神経科学的な研究なんですけど、
嫌悪感を覚えるほど非常に醜い絵を見た3箇所の脳内でどこが活性化したかというと、運動屋と呼ばれる脳領域が活動したそうです。
これは身体を動かす、死霊を出す場所なんですけど、
これはどう解釈されるかというと、強い醜い、強い醜さを感じる題材に向かっているときと対峙しているときに、
脳が自分から遠ざけたい、無意識に身構えてしまうことを反映しているんじゃないかというふうに解釈されているそうです。
これは恐怖とかいうよりもむしろ拒絶に近い反応であるというふうに書かれていて、
拒絶というところまでになると楽しめるような題材ではなくなるということで、
ネガティブ感情というふうに一括りにしたいんですけど、その中でも嫌悪感みたいなのはその中には入ってこないということです。
あと怒りの例も挙がっていて、怒りというのは手が震えたりとか、頬が膨張するとか、
生理的にこれは戦闘状態の一種であるというふうに言われるんですけど、
これは仮想の怒りではなくて、現実での身体感覚を伴うリアルな反応であるというので、
こういった感情というのは回遺につながりにくいために、
マーケティングとかコンテンツ設計、映画とかで怒りを設計するみたいなことはなかなかうまくできないというふうに書かれていて、
ネガティブ感情の消費条件
この辺もとても面白いなと思っています。
これらの話からネガティブ感情が消費される、コンテンツとして楽しまれるためには3つの条件が必要だと書かれていて、
1つが身体が過剰に反応しないこと、
2つ目が当事者としてではなく、一歩引いた安全な立場から体験できること、
3つ目が単一のネガティブな感情ではなくて、複数の感情が混ざっていることというふうに市井先生がまとめられていて、
これはなるほどその通りだなというふうに思いました。
こんな形でネガティブな感情、泣くという一見ネガティブな反応をコンテンツ、映画とか小説とか芸術作品の前においてはいいものとして捉えられるという、
その現象について本当に多角的に書かれている本なのかなというふうに思うので、
もし今の話に興味を持った方とかはチェックしてもらえると嬉しいなというふうに思います。
本当に一部分だけなんですけど、他にもたくさんの研究例が紹介されていますし、
とても読みやすいですね。
これを読んだ時に、研究者の人で、
本当に気を付けないとなと思うんですけど、
毎日のように論文を紹介しているんですけど、ちょっと肩苦しくなっちゃうんですよね。
この泣ける消費という本の中ではそれが全くなくて、どういうふうに作られたかちょっとわからないんですけど、
こういうふうに翻訳するんだと、研究結果とかを伝えるんだということは、
とても勉強になったなというふうに思います。
悲劇を観る理由
なので自分のポイシーとかよりもよほどわかりやすい本の内容かなと思います。
テーマ的にも触れやすいテーマなのかなと思いますので、
興味を持った方はぜひ買ってもらえるといいのかなと思います。
今日はもうちょっと紹介しないですけど、後半では曖昧さの話も出てきていて、
一つ紹介しないと言いながら、曖昧なものというのも、
逆に注目されている。
わかりやすいコンテンツ、ショート動画とか、倍速視聴とか、
ネットブリックスの最後の終わった後に余韻を残さずに次に行ってしまうとか、
そういうどんどんスピード感と結果を速くするということが重視されている一方で、
曖昧さの重要性がわかっていくんじゃないかと。
それは曖昧の方が記憶にむしろ残る。
スッと入ってくるよりも、何でこれこうなっているんだろうとか、
自分なりの解釈をそれに付与するような体験の時に、
より記憶に残るんじゃないかと。
記憶だけじゃなくて、心に残る感情ともなって、
自分の中に入ってくるんじゃないかということとかも書かれていて、
この辺りはすごく同意ですね。
完全に同意ですし、
そういう曖昧さが楽しまれるような、難しいんですけど、
書道の研究発表
とても難しいことなんですが、
コンテンツ消費。
消費ってそうなった場合はいらないかもしれないんですけど、
コンテンツ鑑賞になっていけばいいなというふうに、
個人的には思っています。
伊勢先生とは一緒に共同研究みたいなことまでしたことないんですが、
たくさんディスカッションさせていただいたりとか、
一緒に研究費出したこともあって、実際。
それ取らなかったので、研究自身に空いていらなかったんですけど、
遥か先を行く同じ分野で方なので、
同じような問題意識というか、
見たい世界は似ているのかなと思うので、
伊勢先生の研究はこれからもフォローして、
自分もそれに追いつけるように頑張っていきたいなというふうに、
そんなふうにも思って読んでおりました。
どこかにリンクを貼っておこうと思いますので、
読んでみてください。
AmazonとかKindleでも買えますので、
電子書籍派の人もぜひチェックしてみてください。
最後まで聞いてくださってありがとうございました。
今日もいい一日にしていきましょう。
ジェミン・ペイでした。
心を込めて。
最後、最後までご視聴ありがとうございました。
今日もいい一日にしていきましょう。
ジェミン・ペイでした。
心を込めて。
最後、雑談をします。
昨日はハンブルクで、
自分がメインの発表者ではないんですけど、
研究発表をしていました。
何の研究かというと、
書道の研究を昨年1年間、
今年の初旬まで、
初旬って言わないか、
今年の1、2月くらいまで行っていたんですけど、
それの発表をしてきたわけです。
もうすぐ論文も書き終わるくらいなので、
書き終わってもすぐ見せれるわけではないので、
ちょっと時間は空くんですけど、
いずれシェアできたらと思います。
書道の研究、
どういう枠組みでやっているかというと、
アマニュースクリプト、
原稿というのかな、
いろんな文字とか、
そういう筆記に関する技術とか、
対象物とかを研究しているセンターがあって、
これ何ていうセンターだったか、
ちょっと待ってくださいね。
正式名称せっかくだったら、
入れた方がいいと思うんですけど、
Center for the Study of Manuscript Culturesか、
そんなセンターがハンブルクにあって、
我々は書道の研究、
しかもそれを心理学的に研究しているということなんですけど、
歴史とか、あとは考古学的な学者の方、
そういう方が多いのかな。
でもそうだし、あとは、
もうちょっとこう、
自然科学的なX線を使って、
原稿の、ありますよね、
美術館とか博物館で見たことあると思うんですけど、
そういうことを発表している方がいらっしゃったりとか、
あとは塗料の合成みたいな感じで、
発表されている方がいたりとか、
マニュスクリプトっていうことを、
そのテーマでいろんな分野の人が集まって、
発表会しているのがすごく面白いなと思って、
昨日は楽しませていただきました。
あんまり詳しいところまでは、
正直理解できていないところもあるんですけど、
人が書いたものとか残したものについて、
みんなで価値を認め合ってというか、
それについて議論し合っているのがすごくいいなと思って見ていました。
紀元前のものとかってなると、
そこからいろんな手がかりがあるわけじゃないですか。
当時の生活とか文化とか、
儀式とかね、
そういう可能性とかね、
力を秘めた題材なんだなということを感じました。
書道のことで、
自分たちは書道がどう鑑賞されるかという研究なので、
歴史とかっていうことではないんですけど、
それらの研究分野が組み合わされることによって、
書道の重要性であったりとか、
保存に対する社会の風向きというか、
やっぱり残していくべきだよねという風な
潮流を作れるんじゃないのかなということとかは、
議論を常々しておるところでございます。
機会があったら本当に書道の研究を続けていきたいなと思っていますので、
ご期待ください。
いろいろやりたいことがいっぱいあるけど、
頑張りたいなと思います。
それでは。