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  2. #1068 難聴者と健聴者の詩の感..
2026-10-30 09:51

#1068 難聴者と健聴者の詩の感じ方は違う?

【本日の論文】
Piţur, S., Tufar, I., & Miu, A. C. (2025). Auditory imagery and poetry-elicited emotions: A study on the hard of hearing. Frontiers in Psychology, 16, Article 1509793. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2025.1509793

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おはようございます。心理学者のじんぺーです。 この番組では心理学の研究のお話をしたりとか、研究の裏話をしています。
今日は論文の紹介をしていきたいと思います。 あらためて、クラウドファンディングのご支援ありがとうございました。昨日で無事終わりました。
おとといぐらいにも放送しておりましたし、 この2ヶ月ぐらいずっとね宣伝が続いていたんですけども、
応援していただいてありがとうございました。
気持ちを切り替えつつというか、そっちはそっちで研究をね、 これから始まっていくんですけども、
音声配信の方は引き続き、 リズムをコツコツとやっていきたいなと思っておりますので、よろしくお願いします。
今日は自分の研究のテーマにも近いお話をしてみたいと思います。 詩の話です。ポエムの話です。
結構特殊な
状況というか、お扱った研究で、 難聴者の方が詩を読んだ時にどういうふうに
読むのか、感じるのかということを調べた研究になっています。 実は昨日
大阪の堺市の方で、 老学校の
生徒さんをお前にして研究の話をしてきました。 そこで俳句の話とか、イケバラの話をしたんですけど、
耳が聞こえにくかったり聞こえなかったり する人にとって、
詩だけじゃなくて、アート全般どういうふうにね、 感じられるかということにとても興味があるんですけど、自分は俳句の研究してきたのもあって、
そういう詩を どういうふうに読むのかということは
すごく興味があります。 それで研究ないかなというふうに探したところ、この研究を見つけました。
サンプルサイズとかはそんなに大きくなかったりするんですけども、 参考になるお話もあるかなと思うので、簡単に紹介してみたいと思います。
2025年の論文です。 ルーマニアの方々の研究になっていて、
南朝社の方20人ぐらい、 県朝社の方20人ぐらいが
研究に参加していると。詩を30分くらい読んで、 その後の聴覚イメージ、音のイメージがどれぐらい鮮明だったかということと、
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感情がどれぐらい高ぶったかということを聞いているそうです。 いろいろと聞いているんですけど、
大体今日はそれだけお話できたらいいかなと思っています。 南朝社の方の募集の方法が結構面白くて、
補聴期販売店のチラシに広告を載せたそうです。 あとはFacebookも併用していると書いてますけど、そこに
アクセスしてくださった南朝社の方が 受験に参加したということのようです。
南朝といってもグラデーションだと思うんですよね。 今回の研究では半数以上が
肝音声の南朝で10度だったそうです。 ほぼ全員が両足声なので両耳ともということだと思います。
大半が補聴期を使っていて、 日常のコミュニケーションは毒芯なので
口の動きを読む、唇の動きを読む。 毒芯術の毒芯ですね。が81%で、手話が19%だそうです。
これもそういう比率なんだという驚きがありましたが、 これはどうなんでしょう。日本だったら手話がほとんどなんですかね。
これまた調べてみたいな。新しい疑問ですね。 そういう方々が参加されているということです。
それで聴覚のイメージとか、先ほど言った気持ちの高ぶり みたいなことを聞いたり、また共感とかもあるんですけど、
結果はシンプルにお伝えするんですけど、 まずは聴覚イメージにおいては
軟聴群で低かったそうです。これは仮説通り。 かつ結構想像しやすいところかなと思います。
軟聴、普段耳が聞こえにくい、聞こえないからこそ 詩を読んだ時の音がこう鳴ってこないっていう感じですかね。
一方で、詩による感情の強さ、 詩が歓喜する、詩が呼び起こすような感情の強さというのには
特に差がなかったそうです。 軟聴であれ、謙調であれ、詩を読んで気持ちが高ぶったということです。
これが一番言いたかったことかな。 音のイメージは確かに湧きにくいんだけども、
詩は楽しんでるって言ってもいいかもしれませんね。
詩から何かを感じ取っているっていうところが、 それは同じ由来であるというのが面白いところだなと思いました。
そうなると、これまでの研究とかではイメージの鮮明度が
そういった感情の高まりとか、美しいと思う評価とか、そういうのに繋がるという研究がたくさんあって、私もやりましたし、
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この人たちの先行研究でもそういったことが示されているんですけども、 イメージの鮮明度、特に聴覚、今回の研究では聴覚イメージの鮮明度が
美しさに繋がるよねっていうことが 言えないのだとしたら
この難聴者の方においては言えなさそうですよね。聴覚イメージがそもそもそんなに高くないから。
だから何で補っているかっていうことを考えるのがすごく面白いなと思っています。
音は感じ取れないんだけども、何かで 美しさは確かに、感情は確かに高まっている。
それはもうちょっと意味的な内容かもしれないですよね。まず一つ考えられるのは。
意味が意味深いものになっているとか、自分に関係していることが書かれていたとかかもしれないし、ストーリー性を読み取ったのかもしれないし、
聴覚のイメージじゃないけども、詩の独特なリズムみたいなものは
感じ取れるのかもしれない。ちょっとそれはわからないですけど、そういうリズムが
感情を高ぶらせたっていうこともあり得るかもしれないし、そのあたりを今後考えていくのはとても面白いんじゃないかなと思っています。
実は昨日も
老学校の生徒さんたちにハイ高校を評価してもらって
音を感じ取れるようなハイクもそこに混ぜ込んで評価をしてもらったんですけど、ちょっと人数が少なかったし、
ハイク自体も少なかったので何か言えることはないんですけど、例えばどんなハイクを使ったかということだけは言える気がします。
風鈴のハイクとか、あとは女爺の鐘のハイクとか、そういうのってハイクを読んだだけでも何か音が聞こえてくるような感じがすると思うんですけど、
例えば風鈴の一つなりたる涼しさよ、
というハイクとか、あとは鐘消えて
花の川つく夕べから、他なんかあるかな、
愚かなる犬吠えており女爺の鐘とかですね、こんなハイクがあった時に音の響きは確かにちょっと弱そうな感じがしなくもなかったんですけども、
まあでも結構してるか、5人とか生徒がすごい少人数の前でお話ししましたけども、
だから何かで保管してるっていうのがとても面白い体験だなと思うし、
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なんか楽しみ方は一つじゃないってね、美しさにつながる要因って一つじゃないんだなっていうことを改めて思わされる、
今回紹介した論文でもあるし、昨日のね、老学校の生徒さんとの交流だったなというふうに思っています。
この辺りはね、いずれ研究してみたいなと思います。
今日は詩のポエムの話をさせていただきました。
また、こんな芸術関連、美学関連の話もたくさんしていくので、興味のあるときは聞いていただけると嬉しいです。
最後まで聞いてくださってありがとうございました。今日もいい1日にしていきましょう。
じゅんぺいでした。心を込めて。
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